正反対の兄弟

第三十一話

presented by 紫雲様


麻帆良祭準備編CASE④シンジの場合―
 ネギと別れたシンジは、年齢詐称薬で20代の青年になったまま学園内を気分よく巡回していた。と言うのも、普段からシンジは前髪を垂らして目元を隠している。何故こんな事をしているのかと言うと、自分の顔が何らかの情報媒体によって、MAGIに見つかるのを防ぐ為に必要な自衛手段だからである。
 だが過ごしにくい事も事実である。なので普段から窮屈な思いをしていたのだが、今は違った。何せ本来の年齢より10歳年上になっているので、例え情報媒体に映っても、碇シンジだとバレないのである。
 そのおかげで、シンジは久しぶりに顔を太陽の下に曝け出す事が出来た。
 (・・・ああ、目の前がハッキリ見えるって良いよなあ・・・)
 久しぶりに遮蔽の無い視界を、思う存分堪能する。そんな時に、ふと悪戯心が湧いてきた。
 (・・・薬が切れるまで、4時間あるしな・・・)
 手持ちの財布を開き、軍資金は十分にある事を確認する。
 「よし、じゃあ適当に陣中見舞いでも買ってくかな」

 とりあえず適当な洋菓子店に入り、焼き菓子のセットを購入したシンジは、路上で見覚えのある姿を見つけていた。
 そこへ静かに近付いて行く。すると向こうも気付いたのか、シンジへ顔を向けた。
 「・・・あの・・・まさかとは思いますけど・・・ひょっとして・・・シンジさんですか?」
 「やっぱり分かった?」
 「はい!だってシンジさんの傍に行くと、力の気配がしますから!ところで、いつのまに大人になっちゃったんですか?」
 学園祭の準備風景を面白そうに眺めて回っていたのは、さよであった。そんなさよにシンジが事情を説明すると、彼女は『そんなお薬があるんですか?』と目を丸くして驚いていた。
 「折角だから、他人のフリをして知り合いに会いに行こうと思うんだ。名前も六分儀ゲンドウという偽名でね」
 「面白そうですね。分かりました、六分儀さんと呼ばせて貰いますね。だから、私もついて行って良いですか?」
 「良いよ、じゃあ一緒に行こうか」

聖ウルスラ女子高等部―
 この日、高音はクラスの出し物の為に一生懸命働いていた。とは言え、動きっぱなしではさすがに疲労も溜まってくる。加えて仮契約相手である愛衣や萌が挨拶に来ていた事もあって、お茶でも奢ってあげようかと思った時だった。
 「高音さん!お客さんよ!誰なの、あのすっごい綺麗な人!」
 「・・・は?」
 キョトンとする高音。少し離れた所で見学していた愛衣や萌も首を傾げている。
 「・・・綺麗な人?御名前は聞いていらっしゃいますか?」
 「えっとねえ、六分儀って言ってたわよ。真っ黒な着流しを来た人!」
 「六分儀?」
 ますます心当たりのない高音は、それでも自分がド忘れしているのかと思い直して、級友達が固まっている出入り口へと向かった。
 そこに立っていたのは、麻帆良の幽霊生徒として有名なさよと、見た事もない美形の青年である。さよの事は高音も知っていたが、男には全く心当たりが無い。その為、さよには目配せで挨拶をしつつ、男に対して警戒心を剥き出しにした。
 「・・・失礼ですが、どこかでお会いした事がありますか?」
 「ええ、ありますよ。高音先輩・・・・
 どこか聞き覚えのある声色に、高音が首を傾げる。それは後ろにいた愛衣達も同じであった。
 「これは陣中見舞い・・・・・です。皆さんで食べて下さい。メインストリートにある洋菓子店フルーレのクッキーですから」
 一斉に上がる歓声。少女達の間では、洋菓子店フルーレは3本の指に入るお店であったりする。だからフルーレのクッキーと聞いて、喜んでしまったのである。
 その時、高音の脳裏に『まさか?』と疑問が浮かぶ。『高音先輩』『陣中見舞い』そして相川さよが一緒に行動するのは、女子中等部の3-Aのメンバーのみ。
 「貴方、まさか!」
 「多分、御名答です。ビックリしました?」
 確証を得る為に、高音がシンジの着流しの襟をグイッと開く。煽情的な光景に歓声が上がった。だが魔法生徒である3人だけは違った。
 青年の体に刻み込まれた15本の呪刑縄。これをいれているのは、麻帆良中を探しても1人しかいない。
 「「えええええっ!」」
 「ちょ、ちょっとこっちへ来て下さい!」
 咄嗟にシンジを強制連行する高音。その後を愛衣と萌が追いかける。
 「高音さん!休憩し過ぎちゃだめだからね!」
 「変な事を言わないで下さい!」
 からかってきた級友に抗議すると、高音はシンジを屋上まで連れだした。

屋上―
 「年齢詐称薬ですって!?」
 「僕も最初は偽物だと思ってたんだけどね。便利だから1粒譲って貰ったんだよ」
 「・・・それで、その姿という訳ですか・・・」
 今のシンジは、彼女達が知っているシンジとは大きくかけ離れている。身長は10cm以上高くなっているし、中性的な顔も露わになっている。何より黒の着流しは、着たきり雀のシンジとは、あまりにも印象が違い過ぎていた。
 「私も驚きましたよ~」
 「そ、そうでしょうね。確かにこれは驚きますよ・・・」
 顔を赤らめている愛衣の言葉に、萌がウンウンと頷く。
 「僕も明るい視界は1年ぶりでね。本当に気分が良いよ」
 『だったら前髪を切りなさい』と言いたかった高音だったが、それは別の意味で危険な事に気がつく。だから質問を変える事にした。
 「それなら、どうして前髪を伸ばしているんです?不便だと自覚しているのでしょう?」
 「昔の知り合いに見つかりたくないからだよ。僕にも色々あるからね」
 「まあ良いでしょう。ですが、その姿なら知り合いにあっても、貴方だとは気付かないでしょうね」
 その言葉に、激しく同意する愛衣と萌である。
 「そういえばさ、シスター・シャークティーは、今日はどこにいるの?折角だから、からかって挨拶して行きたいんだけど」
 「・・・不穏当な発言は慎んで下さい。それはともかく、シスターでしたら今日は大学部の情報管理室に顔を出していますわよ。あまり怒らせないで下さいね」
 「ありがとう。それじゃあ行こうか、相坂さん」
 「はい~それではまた~」

情報管理室―
 関東魔法協会の情報収集の要とも言えるコンピュータールーム。そこに6人の魔法教師が集まっていた。
 ここの責任者を務める明石教授を筆頭に、刀子、シスター・シャークティー、神多良木、ガンドルフィーニ、弐集院が集まっている。彼らは世界樹の発光量のデータを睨めっこしながら討論していた。
 そこへコンコンとドアがノックされて戸が開く。もともとこの部屋には人払いの結界が張ってあるので、ここに来た時点で魔法関係者だと判別できる。だが見覚えのない人間が入って来たとなれば、話は別だった。
 黒の着流し姿の美形の人物に、一瞬にして緊張が走る。
 「誰だ!」
 武闘派である4人が一斉に身構える。だが次の瞬間、明石教授が声を上げた。
 「碇博士!?」
 「明石教授!知り合いですか!?」
 「いや、その・・・知り合いと言うか・・・この情報管理室のメインプログラムを組み上げてくれた方に、とても似ていまして・・・」
 『彼女は死んだと聞いていたんだが』と首を傾げる明石。そんな明石に、シンジが声をかけた。
 「僕は不法侵入者じゃありませんよ。ちゃんとここに入る資格は持ってますからね。あとこれ、陣中見舞いです。良かったら食べて下さい」
 フルーレの紙袋に、甘党である刀子とシャークティー、そしてガンドルフィーニと弐集院の視線が一瞬だけ泳ぐ。そんな同僚達に若干の頭痛を感じながら、神多良木が当然の質問をした。
 「・・・君は誰だね?名前を知りたいのだが」
 そこへ開いていたドアから、さよが『失礼します~』と後を追って入ってきた。その姿に、ピンと来たのは明石だった。
 「まさか近衛君か!?」
 「ああ、やっぱりバレましたか。正解ですよ」
 一瞬の静寂。次の瞬間『何いいいいい!?』と絶叫が上がった。
 「道理で碇博士に似ている筈だ!」
 「そういえば、明石教授は母さんと知り合いだったそうですね。あれには僕も驚きましたよ。それに、ここの情報収集プログラムを組んだのも、母さんなんですよね?」
 「ああ、そうだとも。それにしても、見れば見るほど碇博士にソックリだなあ」
 顎を撫でながら、懐かしそうに語る明石。だがそこでシャークティーとガンドルフィーニ、更には弐集院が口を挟んできた。
 「ちょっと待ちなさい!貴方が碇博士の息子さん!?」
 「た、確かに年齢的には問題はないが・・・」
 「・・・いや、彼には面影があるよ。血縁と言われれば、納得はできるね」
 三者三様の発言に、明石が笑いながら応えた。
 「ここの基本システムが出来上がったのは、今から約15年前。その頃シスター・シャークティーとガンドルフィーニ先生は初等部、弐集院先生は中等部に通う魔法生徒だった。僕は教師になったばかりで、神多良木先生はまだここにはいなかった。そんな時に、学園長の相談を受けた君のお母さんがここで仕事をしてくれたんだ」
 「そうだったんですか」
 「碇博士は赤ちゃんと一緒に訪問されていたんだ。そう、君だよ」
 その言葉に、目を丸くする一同である。どう考えても、扱いにくい事この上ない捻くれ者の少年と、可愛い赤ん坊が結びつかないのである。
 「シスター・シャークティーは赤ちゃんだった君を可愛がっていてね。おしめもミルクも率先してやっていたよ」
 「そうだったんですか。さすがに覚えてはいませんが、その節は御迷惑をお掛けいたしました」
 わざとらしく頭を下げるシンジに、どう反応して良いのか分からないシスター・シャークティーである。彼女の脳裏には、在りし日の光景が浮かんでいたのだが、どうやっても赤ちゃんとシンジが=で結びつかずに頭を抱えていた。
「それはそうと、どうしてそんなに外見というか、年齢が変わってしまったんだい?」
 年齢詐称薬という答えに、刀子とシャークティーがピクンと反応する。
 「幸い、一目で僕と見抜ける人はいないですからね。薬の効果時間が切れるまでの間、こうして陣中見舞いを配って回っているんですよ。一応、魔法関係者のみに限定してますんで、驚かれる事はあっても騒がれる事はないですけどね」
 「ちょ、ちょっと待ちなさい!その薬はどうやって手に入れたの?」
 「まほネットの通販だと聞きましたよ。ネギ君の使い魔をやってるオコジョ妖精のカモミールの事は知っていますか?」
 その言葉に、刀子がコクンと頷く。
 「そのカモミールが買って来たんですよ。で、1粒譲って貰ったんです。およそ4~5時間ほどの間、5~10歳ぐらいの範囲で外見を変える事ができるんです。幻術の1種だと言ってましたが」
 「・・・シスター・シャークティー。私の言いたい事は分かりますね?」
 「ええ。今回に限って言えば、私達は共闘できます」
 ガシッと手を握り合う女が2人。残る男性陣4人は、呆れたように2人を眺めるばかりである。
 「それじゃあ僕も他の所へ行きますから、失礼します」
 「失礼します~」
 フヨフヨと漂うさよとともに、シンジは情報管理室を後にする。
 ガラガラと音を立てて戸が閉まり、足音が遠ざかっていく中、弐集院がポツリと呟いた。
 「・・・あの時の赤ちゃん・・・あの子が、本当に彼なんだろうか?碇博士の赤ちゃんは、ただの人間だった筈なのに・・・」
 「弐集院先生の言う通りだ。確かに、僕も覚えている。近衛家と血縁関係はあると聞いていたから、魔法使いの血が流れていてもおかしくはない。だが、碇博士母子が人間だった事だけは断言できる!」
 かつての記憶を思い出し、首を傾げる2人。周囲も沈黙を保つ中、明石が立ち上がった。
 「・・・それについては、学園長が調査中です。何か分かれば、きっと発表があるでしょう。だから今は、下手に動かず自分の仕事を済ませましょう」
 明石の言葉に、4人は頷くと複雑な視線を閉められた戸へと向けていた。まるで戸の向こう側に、シンジの背中が見えているかのように。

超包子―
 時刻は午後2時を回った頃。そろそろお客が掃けただろうと考えたシンジは、超包子へ顔を出す事にした。
 幸い、超包子関係者で魔法を知らないのは五月1人―あくまでもシンジ視点では―である。五月がいるなら寄らずに次へ行こうと考えたのだが、どうも休憩中らしくお店に姿が見えなかったので、シンジはお店へ寄っていく事にした。
 ちょうどお客として来ていたらしい、エヴァンジェリンを中心に、超・古・茶々丸・聡美の姿が見える。
 「こんにちは、まだお店はやってますか?」
 「む?お客様アルね。ランチメニュー以外で良ければ、作れるアルよ」
 「それじゃあお願いします。席は2人分で」
 お客と言う事で、茶々丸が御冷を取りに、古と超が厨房へ戻る。エヴァンジェリンは話を中断されて少し不機嫌そうに、聡美がテーブルへ案内する。
 「御冷をお持ちします」
 「まだ火は落としていなかったネ。運が良かったヨ」
 「さあ、もう一頑張りするアルよ!」
 「・・・ちっ・・・」
 「お客様、こちらへどうぞ」
 「僕は肉まんで。相坂さんはどうする?」
 「この杏仁豆腐っていうのを食べてみたいです~」
 その瞬間、全員が一斉に振り向いた。なぜなら男の同伴客がさよだったからである。
 「「「「「な!?」」」」」
 「あら?私、おかしな事を言いましたか?」
 「違う!そうではない!何故、お前は見知らぬ男と一緒にいるんだ!」
 エヴァンジェリンの突っ込みに、少女達が一斉に首を縦に振る。
 「こちらの方は、私のお友達なんですよ~六分儀さんと言うんです~」
 「六分儀ゲンドウと言います。宜しくお願いします」
 その言葉を聞いた超が、ものの見事にすっ転んだ。周囲が状況を掴めないまま困惑する中、超は必死で声を絞り出す。
 「それは何の冗談かナ?」
 こめかみに青筋を浮かべながら、ニッコリと笑う超。勿論、彼女はシンジの実父の名前は未来の知識で知っている。だからこそ、目の前の青年の正体に気付いたのであった。
 「まだ分かんないかな?みんなは。少なくとも、エヴァンジェリンさんは気づいてくれても良いと思うんだけどな」
 「何だと?私はお前のような奴に会った覚えは」
 「酷いなあ。地下室へ監禁しておきながら、そう言う事言うなんて」
 『地下室へ監禁』という表現に、古と聡美のエヴァンジェリンに対する視線が、意味有り気な物に変わる。それに気付いたエヴァンジェリンが慌てて叫んだ。
 「待たんか、貴様ら!私は!」
 「ああ、僕の体だけが目的だったんですね」
 「貴様も誤解を招くような大ウソを吐くな!」
 顔を朱に染めて、ガーッと吠えるエヴァンジェリン。そんなエヴァンジェリンからわざとらしく距離を取る古と聡美。そこへ茶々丸が近づいてきた。
 「御冷をお持ちいたしました。どうぞ、近衛さん、相坂さん」
 「ありがとう、茶々丸さん」
 「ありがとうございます~」
 一瞬にして、シーンとなる店内。視線が集まる中、エヴァンジェリンが無言でシンジに近付き、右手をかざした。
 「・・・おい、これは幻術か?」
 「そうですよ。年齢詐称薬という、あちらの世界の魔法薬だそうです」
 「そうかそうか、良い度胸だなあ、近衛シンジ」
 その言葉に、古と聡美が同時に絶叫した。
 「まさか、この人が近衛さんだというんですか!?」
 「どう見てもシンジさんには見えないアルよ!」
 「だろうな。こいつは20代に化けているのさ。しかし、改めて見直すと、お前は母親によく似ているな」
 感心したように頷くエヴァンジェリン。
 「ところで、その着流しは誰の趣味だ?」
 「早乙女さんがどっかから持って来たんですよ。何でこんな物を持っていたのかは分かりませんが」
 『漫画の資料として買ったんだな』と納得する聡美達。だが黒一色というシンプルさは、エヴァンジェリンの趣味に触れる物があったのか、袖を手にして『もう少し可愛らしさが欲しいな』と真剣に呟いている。
 「それにしても、よくハルナがシンジさんを独り占めにしようとしなかったアルね?」
 「いや、されそうにはなったよ。ただ仕事をサボる訳にはいかなかったから、それを口実に抜け出したけど」
 「仕事アルか?」
 「そうだよ。学園祭の間はトラブルが多いから、それを未然に防ぐパトロールだよ」
 肉まんを堪能し、シンジが『御馳走様でした』と丁寧に挨拶する。
 「そうそう、これ忘れてたよ。これ食べて頑張ってね」
 「おお!フルーレのクッキーじゃないですか!」
 「本当アルね!」
 甘い物には目が無い聡美と古が、キラキラと目を輝かせる。そこへ『学園祭当日には月餅も持ってくるからね』と声をかけると、シンジは次の場所へと向かった。

女子中等部近辺―
 女子中等部の周辺と言う事もあり、人口比率は圧倒的に少女が多い。そんな人混みの中を、シンジは一人で歩いていた。
 当然の如く、周囲から視線や歓声が向けられるが、シンジは足を止めずに歩いていた。そんな時に、見覚えのある人影を見つけた。
 「・・・六分儀さん?」
 「ちょうど良いや、挨拶して行こうか」
 「はい!」
 さよの返事とともに、シンジは近寄った。

 散歩部の学園祭での企画。それは麻帆良学園敷地内一周ツアーである。そして散歩部の最上級生の1人である楓は、双子姉妹とは別行動を取って、どこか目新しいルートは無いかと探している所だった。
 とは言え、楓は甲賀忍びの中でも、上位に位置する中忍である。背後に近付いてくる気配に気づかず、そのまま近寄らせるような真似はしない。
 「ふむ。何用でござるかな?」
 「ちょっと知り合いに御挨拶回りをしているんですよ。長瀬さん」
 「なるほど。挨拶回りとは、実に殊勝な心がけでござるな。だが拙者は会った覚えが無いでござるが・・・」
 「そんな事無いよ。毎日会ってるし」
 首を傾げる楓。目の前の男は、とにかく目立っていた。楓を上回る長身。温和そうな、中性的な容貌。黒い着流しに、妙に色気が漂っている。こんな人間が傍にいれば、覚えていない筈は無い。
 そこへシンジの肩越しに、さよが姿を見せた。
 「こんにちはです~長瀬さん~」
 「む、さよ殿でござるか。こちらの御仁は、さよ殿のお知り合いでござるか?」
 「はい!私の友達なんですよ~」
 ニコニコと笑っているさよに、ますます困惑する楓である。
 「済まぬでござるが、どうしても分からんでござるよ。名前を聞かせていただいても良いでござるか?」
 「六分儀ゲンドウ、って名乗ってるよ」
 その名前に、楓が目を丸くする。なぜなら、彼女もシンジ捜索に当たって、碇シンジの家族情報ぐらいは聞かされていたからである。
 「ちょ、ちょっと待つでござるよ!すまぬが、何歳でござるか?その外見で50を超えていると言う事は・・・」
 「まさか!僕は16だよ、長瀬さん。良く知っているでしょ?一緒に仕事してるんだからさ」
 その言葉に、記憶を浚い直す楓。楓の直接的な仕事仲間は、3人である。その内、男は1人だけ。それも彼女の要・護衛対象である。
 「ど、どういう事でござるか!?」
 「ちょっとした遊びだよ。今の僕は魔法の薬のおかげで、外見だけ20代なんだ」
 「お、驚かせないで欲しいでござるよ・・・」
 青年の正体に気付いた楓が、ホッと息を吐く。そこへ遠くから『楓姉!』という元気な双子の声が聞こえてきた。
 (・・・どうするでござる?)
 (アドリブで)
 短い言葉で互いの意思を確認すると、シンジは開き直った。そこへ双子姉妹が元気よく駆けつけ、見慣れない男の姿に思わず硬直する。
 「2人とも、お帰りでござるよ。何か良い所はあったでござるか?」
 「う、うん。まあ・・・楓姉、この人、知り合い?」
 風香の言葉に、史伽がコクコクと頷く。
 「僕は六分儀ゲンドウと言うんだ。彼女の遠縁だよ」
 「おお!それで着流しなんだ!」
 アッサリと納得する風香。史伽は恥ずかしいのか、風香の背中に隠れたまま、チラチラとシンジを眺めている。
 「仕事の都合でこの辺りに来たから、彼女の様子を見に来たんだよ」
 「そうなんですよ~六分儀さんはとっても良い人なんです~」
 ニコニコ笑っているさよに、警戒心を無くしていく双子。となると、今度は好奇心が芽生えてくる。
 「ねえねえねえ!楓姉とはいつ頃からのつき合いなの!?」
 「実はつき合い自体は浅いんだ。僕は父親と喧嘩して家出していてね、ここ数年、実家へ帰って無かったんだよ。だから彼女と会ったのも、彼女が麻帆良に来ていると母から聞かされてからなんだ」
 「そうなんだあ、お兄さんも大変だねえ」
 アドリブで進む会話に、楓は内心ヒヤヒヤし通しである。とは言え、割と言い逃れし易い設定ではあるので、これなら何とかなりそうでござるな、と安堵しかけた時だった。
 「お兄さん、恋人はいるの?」
 「いや、今はいないよ」
 「そうなの!?じゃあ楓姉とかどう?」
 「そうだなあ。可愛いお嫁さんになってくれそうだし、貰っちゃおうかな。手料理とかも得意そうだしね。恋愛についても一途そうだし、結婚したら幸せになれそうだね」
 突然の不意打ちに驚いて、唾が気管に入って噎せかえる楓。ゲホゲホと苦しそうに咳こむ楓に、史伽が『大丈夫?』と駆け寄る。
 「だだだだ、大丈夫でござるよ!で、でもゲンドウ殿!下手な冗談は止めて欲しいでござるよ!」
 「そう?純白のウェディングドレスとか似合うと思うんだけどなあ。そう思わない?」
 「思う!史伽も思うよね?」
 元気よく返事をする風香に、史伽もコクコクと頷いてみせる。
 「ゲンドウ殿!」
 顔を真っ赤に染めた楓は、どうして良いのやら分からずパニック寸前である。今までに一度も見た事のない楓の慌てっぷりに、双子姉妹は口に手を当ててクスクス笑い続けた。
 「はいはい、ここら辺にしておくよ。それとこれ、差し入れだからみんなで食べてね」
 「うわあ、フルーレのクッキー!ありがとうね、お兄さん!」
 「楓姉お嫁さんにしたくなったら、言ってね。私達手伝うから!」
 「風香殿!史伽殿!」

 散歩部を後にしたシンジは、学園長室へと向かった。コンコンとノックをすると、中から『開いとるよ』と返事が返ってくる。
 「・・・珍しいね、仕事してるなんて」
 「ふぉ?・・・ユイ君か!?」
 「僕は母さんじゃないってば」
 驚きのあまり、思わず立ち上がった近右衛門だったが、肩越しにさよが浮いているのを見かけると、目の前の来客の正体に気がついた。
 「もしやシンジか?」
 「そうだよ、幻術で外見だけ20代なんだよ」
 「そうじゃったか、しかし見れば見るほどユイ君に似とるのう・・・」
 書類仕事の手を止める近右衛門。その前にシンジが備え付けの給湯施設でお茶を淹れて近右衛門の前に持っていく。
 「けど母さんの事を知っている人、みんながソックリだって言うよ。そんなに似てる?僕、男だよ?」
 「似ておるんじゃから仕方なかろう。ところで誰に会ったんじゃ?」
 今まであったメンバーの名前を全て挙げて行くシンジ。それに対して、近右衛門も『彼らもビックリしたじゃろうな』とお茶を啜りながら相槌を打つ。
 「そうじゃ、お主に言っておく事があったのを忘れておった。学園祭の前日、少し時間を作っておいてほしいんじゃよ。頼めるかの?」
 「それぐらい良いけど、何をやるの?」
 「うむ。そろそろネギ君を魔法関係者に正式に会わせてあげるべきじゃと思ってな」
 以前、シンジ殺害未遂事件の審議中に直談判の為に乗りこんだ事があるネギだったが、あの時は色々と問題がありすぎて、自己紹介どころの騒ぎではなかったのである。何よりネギ自身も、近右衛門へ直訴する事しか考えておらず、全く周りを見ていなかった。その為、ネギも参加メンバーをハッキリ覚えていなかったりする。
 「分かったよ、時間、空けておくね」
 「頼むぞい」
 短時間の打ち合わせを終えて、学園長室を退室するシンジ。その足音が完全に聞こえなくなった所で、近右衛門は机の引き出しから1枚の写真を取り出した。
 そこに写っていたのは、赤子のシンジを抱いて、幸せそうに微笑むユイである。
 「ユイ君・・・シンジに一体、何があったと言うんじゃ・・・使徒戦役・・・未だに仮の調査報告すら上がってきておらん・・・これは、いよいよ非合法な手段も考えねばならんかのう・・・」

図書館島―
 そろそろ薬の効果時間が近くなってきた為、シンジは最後に図書館島へ顔を出す事にした。ちょうどハルナ・夕映・のどかの3人が準備中だからである。木乃香も本当なら手伝う必要があるのだが、彼女はアスナのデートのサポートを任されて、今日の手伝いは欠席扱いとなっていた。
 正面入り口からさよとともに入っていくシンジ。学園祭の準備中という事もあり、図書館島には探検部メンバーの姿がかなり見受けられる。そんな中を、シンジは勝手知ったる我が家の如く、ベースキャンプの3階へと向かう。
 3階には、予想通り3人が額を突きつけながら話し合っていた。
 「こんにちは、調子はどう?」
 「こんにちは~」
 その声に顔を上げる3人。彼女達は、実にらしい反応を見せた。
 『やっぱり色っぽくて良いでしょ!』と豪語するハルナ。
 『ですが、刺激が強すぎるですよ』と顔を赤らめる夕映。
 『は、恥ずかしくて見られません』と顔を俯けるのどか。
 「色々回ってたら遅くなっちゃったよ。これ、差し入れだから適当に食べてよ」
 紙袋に印字された、フルーレの文字に、ハルナ達の目がキュピーンと輝く。
 「マジ!?ありがとう、シンジさん!」
 「喜んでくれるのは良いんだけど、あまり大声で名前呼ばないでね」
 慌てて口を手で塞ぎ、周囲を見回すハルナ。遠巻きに眺めている人影が幾つかある事に気付き、失敗を悟ったが、シンジは笑うだけである。
 「まあ、同じ名前の人と言う事で押し通せばいいよ。それで、準備の方は万全?」
 「勿論です。私達の案内は比較的浅くて、安全なルートですからね。高等部や大学部方達とは違い、安全面よりも、どうやって楽しんでもらうかを考えているですよ」
 「なるほどねえ。単なる図書館島案内で終わっちゃうと、次の来客に繋がらないもんなあ。そりゃ頭を使う必要があるよね」
 シンジの言葉に、夕映とのどかがコクコクと頷く。
 「案内も良いけどさ、少し考えを変えてみるのはどうかな?」
 「何か妙案があるですか?」
 「妙案ってほどじゃないけどね。何も図書館島の案内に限定する事は無いと思うんだ。図書館島の歴史は明治時代にまで遡る事が出来る。だから、その由来を説明する展示コーナーとかはどうかと思うんだよ。休憩コーナーも兼ねるようにしてね」
 『それは面白そうですね、それぐらいなら先輩にかけ合えば、何とかできそうです』と納得する夕映に、のどかも頷く。
 「他には他クラブとのタイアップはどうかな?例えばおでこちゃんが所属している児童文学研究会と、童話の読み聞かせ会を行ってみるとか。ここなら探せば、珍しい童話とかありそうだしね」
 「それは良い案ですが、すでに専用の教室でやる予定なのですよ」
 「だったら、図書館島の広場に変更とかできないの?ビニールシートを敷いて、青空の下での朗読会とか。教室の中で閉じこもるより、評判は良いと思うよ。何より、注目度が違ってくるからね」
 むむむむむ、と考え込む夕映である。青空の下、という発想は児童文学研究会の中でも案として出ていたのだが、場所が確保できずに潰えた経緯があった。だが図書館島探検部とのタイアップに成功すれば、話は変わってくる。
 「シンジさん、先輩を説得する為に、タイアップによる探検部側のメリットが欲しいです」
 「それならあるよ。高等部や大学部は、少し危険なエリアを担当するんだろう?そうなると小さな子供連れのお客は、どうしても敬遠しがちになる。誰だって自分の子供を危ない目に遭わせたくないからね。でもその子供を、童話の読み聞かせ会という形で、一時的に預かる事ができるとしたら、どうかな?」
 「それです!それなら説得できるですよ!」
 拳を握りしめて、夕映が立ち上がる。
 「のどか、ハルナ。少し席を外すです。今の案を実行してくるですよ!」
 「それなら手分けしてやろうよ!夕映吉は先輩の説得と、児童文学研究会のタイアップを。私とのどかで展示コーナーと休憩所の話を進めてみる!」
 「だったら、もう1つ。休憩所で御茶菓子を出すなら、どこかのクラブとタイアップ出来ると思うよ。勿論、自分達で御茶菓子を作るのも良いけど、出張販売店みたいにするのも良いんじゃないかな?相手にも宣伝になるからね」
 「良いねえ、それ!よし、行くわよのどか!」
 「あ、ま、待ってよ!」
 飛び出していくハルナ。その後を一礼したのどかと夕映が慌てて追いかける。そんな3人の後ろ姿を見送った後、シンジは図書館島を後にした。

夜、麻帆良学園中等部女子寮―
 学園祭準備で疲れている少女達が多い事もあり、ここ最近の学食は繁盛している。そんな中、食堂の中をある噂が飛び交っていた。
 「そんなにカッコ良い人だったの!?」
 「あんな美形の兄弟見た事無いよ!お兄さんは黒の着流しに胸元を見せた色気のある人。弟の方は赤毛で礼儀正しい美少年、って感じ」
 裕奈の説明に、問いかけた美砂が『私も見たかった!』と悔しそうに歯噛みする。そこへ超が通りかかった。
 「どうかしたのカ?」
 「裕奈がカッコ良い男を見かけたっていうのよ!黒の着流しを着た、色気のある男だって!」
 「ふむ。その人なら超包子にも来ていたネ。この人ヨ」
 茶々丸のデータベースの中からプリントアウトしていた写真を取り出す超。その写真を見た美砂達チア部3人娘が絶句する。
 「・・・この人、本当に男!?」
 「正真正銘、男だったネ」
 「うわあ・・・生で見たかったなあ・・・」
 ガックリ肩を落とす3人娘。やがて好奇心につられて、他の少女達も食事を中断して写真を覗き込み、同じように言葉を失った。
 「・・・マジでこんな男がいるのかよ・・・」
 「・・・本当に綺麗な人ねえ」
 「・・・というか、着流しが凄く似合ってるんだけど」
 そこへ『見せて見せて』と飛び込んできた双子姉妹が写真を見るなり、絶叫した。
 「この人、楓姉にプロポーズした人だよ!」
 「「「「「「何いいいいっ!?」」」」」」
 一斉に楓へと群がる少女達。その迫力に、甲賀指折りの忍びである楓が、勢いに負けて後ずさる。
 「今のは風香殿の冗談でござるよ!」
 「ええ!?『可愛いお嫁さんになってくれそうだし、貰っちゃおうかな』って言ってたじゃん!」
 「それは社交辞令というやつでござる!」
 恨めしそうに楓はシンジを見るが、シンジは厨房を忙しく動いており、助けを出すような余裕はない。
 様々な言葉が飛び交う中、超は厨房の中で働いているシンジに、ニヤニヤと笑いながら視線を向けていた。

深夜、エヴァンジェリン邸―
 もうすぐ日付が変わる時間帯。エヴァンジェリンが住むログハウスに、数名の人影が姿を見せていた。
 主であるエヴァンジェリン主従、超、真名、聡美、五月、シンジである。そして五月がこの場にいた事にシンジは目を丸くした。
 「何で四葉さんが?」
 「実は私、前から魔法の事については知っていたんです。でも超さんには、魔法には近づかない様に言われていたから、魔法に気づいていないフリをしていました」
 「そうだったんだ。でも、だったらどうして、この場に?」
 当然と言えば当然の質問である。だがその質問に、五月は笑いながら応えた。
 「私、超さんが戦う理由を知っているんです。でも今の私は、ただ料理人を目指すだけの子供でしかありません。龍宮さんや茶々丸さん、近衛さんの様に戦う事も出来なければ、葉加瀬さんの様に頭脳で力となる事も出来ないんです。ですから、私は超包子のシェフとして、超さんが活動する為の資金を集める事で手助けしてきたんです。料理好きな私には、それしか出来なかったから」
 「・・・四葉さん、それは違う。君が自分を卑下する理由は何処にもない。確かに君は弱いかもしれない。でも君は間違いなく、超さんの仲間として勇気を振り絞って戦ってきたんだ。それは誇るべき事だよ。君は尊敬するに値する女の子だ」
 「近衛さん・・・」
 シンジの言葉に、五月が目を丸くする。
 「僕からも改めて言わせて貰うよ。僕は超さんを主とする、魔法使いの従者ミニステル・マギ近衛シンジ。四葉五月さん、麻帆良祭が終わるまでの短い間だけど戦友として一緒に戦おう」
 「・・・はい、宜しくお願いします」
 少し顔を赤らめながら、返事をする五月。その様子に、無言を貫いていた真名が、やれやれとばかりに肩を竦めた。
 そこへ、超が静かに歩み寄る。彼女の腕の中には、30cmほどの大きさの人形が抱かれていた。シンジと超以外は知らなかったが、その外見は紫の鬼―エヴァ初号機に酷似していた。
 「シンジサン、お望みの人形ができたネ。シンクロシステムのテストをするヨ」
 「ありがとう、超さん。じゃあ試してみようか」
 かつて初号機に搭乗していた頃の事を思い出し、同じように思考する。すると目の前の人形は、シンジが考えたように動いた。
 その動きの滑らかさに、周囲から感心したような声が漏れる。
 「さすが超さんだね。この追従性なら、シンクロ率は60%台ってとこか。実戦には十分すぎる能力だよ」
 「それは一歩間違えると嫌みネ。かつてチルドレンの中で、唯一90%台を当たり前のように叩きだしていたシンジサンの実力を考えれば、60%台なんて不便極まりないのではないカ?」
 「そうでもないよ、高シンクロ率は諸刃の剣だからね。それはそうと、この子に名前はあるのかな?」
 首を左右に振る超。
 「私はつけていないネ。でもつけてあげれば、きっとその子は喜ぶヨ。その子には3歳児と同程度の知性があるからネ」
 「・・・アベル。この子の名前はアベルだ。宜しく頼むよ、アベル」
 アベル、と名付けられた人形がその双眸を輝かせる。
 「その子は心があるから、自分の意思で動く事もあるヨ。覚えておくネ」
 「分かったよ、ありがとう超さん」
 アベルを、シンジが抱きかかえる。そこへエヴァンジェリンが口を挟んだ。
 「ところで、お前と超の仮契約についてだが、今日、行うと言う事で良いのだな?」
 「ええ、お願いします」
 「頼んだネ、エヴァンジェリン」
 足元に光を放つ魔法陣が現れる。その魔法陣の中へ入ったシンジと超だったが、悪戯じみた笑顔で超が口を開いた。
 「私はシンジサンと違って、キスは初めてネ。せめて前髪で顔を隠すのは止めて貰いたいヨ」
 「・・・そう言う物なの?」
 「そう言う物ネ。女の子の初物なのだから、もっと大切にして貰いたいヨ。それとリードは宜しく頼むネ」
 何処か茶化すような超の言葉に、シンジはしばらく考えた後、髪の毛を後ろへ全て持っていくと、持っていたハンカチで無造作に縛った。
 露わになったユイに似た女性的な顔立ち。その容貌に、エヴァンジェリンはフンと鼻を鳴らし、聡美と五月は微かに頬を赤らめる。そして茶々丸同様に、冷静さを保ち続けていた真名が口を開いた。
 「・・・シンジさん、顔を隠さない方が良いんじゃないか?以前、容貌に自信が無いと言うような事を聞いた覚えがあるが、どう考えてもそれは間違いだ」
 「アレはウソだよ。僕は自分の顔を情報媒体に取られるのが嫌だったんだ。その為には前髪を下ろしておくのが、一番手っ取り早い方法だったんだよ」
 「そう言う事か。ならば、仕方ないな」
 アッサリと自分の意見を収める真名。
 再び、超へ顔を向けるシンジ。その手を超の肩に置く。
 「じゃ、いくよ」
 「・・・ん」
 目を閉じて、顔を赤らめた超に、シンジが顔を寄せる。その瞬間、魔法陣が一際強い光を放ち、1枚のカードを出現させた。
 ゆっくりと降りてくるカードを、エヴァンジェリンが手に取る。
 そこに描かれていた姿は、プラグスーツ姿のシンジが、石のような物を持っている姿だった。
 「従者名はリリン。称号は堕ちた天使、か。お前はルシファーにでもなるつもりか?」
 「僕の行動のせいで、不幸に遭う人もいるでしょうから。それぐらいの汚名は甘受しますよ・・・来れアデアット
 エヴァンジェリンからカードを受け取ったシンジが、早速、アーティファクトを呼び出す。同時に、シンジの服装が、かつて使っていたのと同じデザインのプラグスーツ姿へ切り替わった。
 「・・・凄いな、昔のと同じデザインなんて。まあ細かい機能は取り払われているみたいだけど」
 「そのウェットスーツ、知ってるんですか?」
 「2年前に着ていた戦闘服だよ。それより気になるのは、これだよな・・・」
 聡美に答えを返しながら、シンジは右手に握られていた石へと視線を向けた。何の変哲もない石ころに、さすがにシンジも頭を悩ませる。
 「これ、何か分かりますか?」
 「どれ、貸してみろ」
 エヴァンジェリンが受け取ると、仔細に調べて行く。時折、茶々丸に何かを命じながら調べて行く内に、エヴァンジェリンの表情が、徐々に険しく変わりだした。
 「・・・おい、シンジ。お前はまた、とんでもない物を呼び出したな」
 「その石ころが、エヴァンジェリンさんが驚くほどの物なんですか?」
 「ああ、そうだ。間違いない、こいつは賢者の石だ。お前も名前ぐらいは聞いた事があるだろう」
 賢者の石。錬金術師が作りだそうとする、究極の一品である。
 「勿論、これは本物ではない。本物には届かない、良くできた偽物だよ。だが仮契約のアーティファクトとして見れば、間違いなく破格の一品だ。何せ、お前にかけられている呪いの鎖を、一時的にだが外す事が出来るのだからな」
 「そ、それは本当カ!?エヴァンジェリン!」
 「ああ、事実だ。こいつの能力は、物体の状態を本来の状態へと戻す事だからな」
 超とシンジが、思わず唾を飲み込んだ。解放を諦めていた力が、一時的にとは言え、蘇ると分かったのだから。
 「・・・みんなに頼みたい事がある。エヴァンジェリンさん、茶々丸さん、龍宮さん、超さん、4人がかりで僕と戦って欲しい」
 「本気で言ってるのかい?」
 「本気だよ。もしこの石がそれだけの力を持っているなら・・・悪いけど、僕は負けるつもりはない」
 その言葉に、ピクッとエヴァンジェリンのこめかみに青筋が浮かぶ。真名もエヴァンジェリンに近い物があった。茶々丸は無表情のまま成り行きを見守り、超だけが納得したように頷いた。
 「エヴァンジェリン、別荘で試すネ。私も本気で戦ってみたいヨ。全てを使ってネ」
 「・・・本気か?超」
 「本気ヨ。でもエヴァンジェリンの鑑定が正しければ、4人がかりでも負けるのは私達ネ」

第3新東京市、洞木邸―
 この日、ヒカリは久しぶりに自宅へ泊まりに来たアスカと、夜遅くまで話をしていた。シンジが失踪して、既に1年と4カ月。その間、アスカの精神の不安定さには目を覆う物があった。
 現在も治ったとは到底言い難い。普段は勝気で強気なアスカだが、それが表面上だけである事をヒカリは知っていた。アスカは親友であるヒカリには、何一つ隠す事無く全てを打ち明けていたから。
 シンジが失踪した理由。それもヒカリは聞かされていた。ミサト・リツコの期待の過大さと、アスカの意地っ張りな部分が相乗効果を引き起こし、最悪の事態を招いてしまっていた事に。
 互いに一対の翼であった2人。だが片方が無くなれば、鳥は翔べなくなってしまう。それが今のアスカだった。
 「・・・早く、見つかると良いね」
 「・・・アタシさ、ずっと持ってるんだ。いつ馬鹿シンジに会っても良いように、ずっとプレゼント持ってるの・・・」
 シンジが失踪したのは3月。15歳の誕生日を祝ってあげる事が出来なかったアスカは、ずっとプレゼントを肌身離さず持ち続けていた。そして1週間後には、シンジの16歳の誕生日がやってくるのである。
 「葛城さんや、赤木博士も頑張ってるんでしょ?」
 無言のまま、アスカがコクンと頷く。失踪して以来、NERVはその力の半分以上をシンジの捜索に傾けていた。諜報部は全国へ飛び、MAGIは日本全国の映像を検査し、それらしい人物の姿を探し続けている。
 だが今に至るまで、シンジの手掛かりを見つける事は出来ずにいた。
 「ごめんね、アスカ。本当なら、私も一緒にいてあげたいんだけど・・・」
 「ううん、ヒカリは十分に優しいわよ。ヒカリがいてくれたから、アタシは絶望せずにギリギリで踏み止まっていられるんだから。ありがとう、ヒカリ」
 「・・・大学見学終わったら、すぐに帰ってくるからね、アスカ」
 その言葉に、アスカが泣き腫らした眼をヒカリに向けた。
 「確か、麻帆良学園女子短期大学、だっけ?」
 「そうだよ。研究分野なら第3新東京市だけど、教育分野なら麻帆良を上回る学校は無いって評判なの。私ね、小学校の先生を目指しているから」
 「・・・いつ頃から行くの?」
 「6月5日に向こうへ泊まって、6日に見学なの。ちょうど学園祭と時期が重なっているみたいでね、のぞみが『私も一緒に行く!』ってブーブー文句言ってたわ」
 ヒカリの言葉に、アスカがクスッと笑う。末っ子である為か、甘えっ子気質なのぞみなら、確かに口にしそうな言葉だった。
 「何かあったら、遠慮なく電話してね。アスカ」
 「ありがとう、ヒカリ。アタシ、ヒカリが友達でいてくれて、本当に良かった・・・」

エヴァンジェリンside―
 目の前で起きている光景に、傍観者の立場として一部始終を見つめていた聡美と五月は、シンジから預かったアベルを抱きながら、声もなく呆然としていた。
そして彼女と同じく、600年を生きてきたエヴァンジェリンもまた言葉を無くしていた。
 別荘の中にいる為、今のエヴァンジェリンには何の束縛もない。いわば最強無敵の反則状態である。
 超は科学による呪紋回路を発動させ、激痛と引き換えに炎の魔法を自在に操っていた。
 真名は魔眼だけでは足りないと判断し、その身に秘めた魔族の力も発動させていた。
 茶々丸は自分の体にかけられていた制御リミッターを解除し、人間では対応できない機動性能で勝負を仕掛けていた。
 その4人の攻撃を、呪刑縄から解放されたシンジは凌ぐどころか、圧倒していたのである。
 眠りから目覚めた15の力。白き月のアダムに連なる、人類の別の可能性。それが4人を追い詰めていた。
 「ラスト・テイル・マイ・マジック・スキル・マギステル!」
 全身の激痛と引き換えに、魔法を操る超。
 「契約に従い我に従え炎の覇王ト・シユンボライオン・ディアーコネート・モイ・ホ・テユラネ・フロゴス来れ浄化の炎燃え盛る大剣エピゲネーテートー・フロクス・カタルセオース・フロギネー・ロンファイア!」
 超の使える最大最強の炎の魔法。だがシンジは邪魔する事無く、魔法の発動を待っている。その姿に、真名と茶々丸もタイミングを図っていた。
 「ほとばしれよソドムを焼きし火と硫黄レウサントーン・ピユール・カイ・テイオン・ハ・エペフレゴン・ソドマ罪ありし者を死の塵にハマルトートウス・エイス・クーン・タナトウ燃える天空ウーラニア・フロゴーシス!」
 超からシンジ目がけて爆炎が走る。同時に真名と茶々丸が一斉に攻撃を仕掛け―
 「力を貸して、胎児を司る使徒サンダルフォン
 爆炎がシンジに直撃して、大爆発を引き起こす。そこへ高速で背後へ回り込んだ茶々丸と、死角から狙撃した真名の銃弾が、同時にシンジへと襲い掛かった。
 だが、それだけ。『力を貸して、水を司る使徒サキエル』という静かな言葉とともに、爆炎を切り裂くように閃光が放たれる。そこへエヴァンジェリンは遅延呪文ディレイ・スペルを利用した時間差攻撃を仕掛けた。
 「解放エーミッタムおわるせかいコズミケー・カタストロフェー!」
 シンジを中心に、絶対零度の世界が広がり、足元から一気に飲み込もうとする。だが全てを凍らせ、粉砕する魔の一撃は、完全に隙を突いたにも関わらず、シンジの体に届かなかった。
 シンジの足の下に現れた1枚の赤い障壁―ATフィールドによって。



To be continued...
(2012.04.21 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は完全オリジナルストーリーによる番外編です。平和その物な麻帆良祭準備期間。笑いと活気に満ち溢れた学園生活。だがその背後では、超による計画が順調に進む、という話に仕立てました。
 ちなみに五月が魔法の存在を知っている、と言うのは私独自の設定です。原作でははっきりとしていませんので、その点はご了承下さい。
 話は変わって次回です。
 次回はネギの魔法関係者への顔合わせの話になります。
 ついに魔法関係者に正式に紹介をされたネギ。その最中、顔合わせを覗き込んでいた偵察用機械が原因で、学園に騒動が起きる。
 その裏では、千雨と和美が遂にシンジの過去の一端に辿り着いてしまう。そして得られた証拠から推測された事実に、2人は複雑な思いを抱えてしまう事に。
 そんな感じの話になります。それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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