正反対の兄弟

第三十四話

presented by 紫雲様


予選会場―
 中夜祭までの暇を持て余していた3-Aメンバー達は、ネギが麻帆良大会本戦に参加が決定したと聞いて、それを祝福しようと会場へ駆けつけていた。
 「ネギ君、おめでとー!」
 「ネギ君、強かったんだね!」
 まき絵や桜子達がキャーキャー言いながらネギを取り囲む。
 「あはは、ありがとうございます。でも勝ち抜けるかどうかは分かんないですけどね。何せ初戦の相手はタカミチだから」
 「そうなの!?ちょっとトーナメント表見せてよ!」
 確かにそこには、第5試合でネギとタカミチがぶつかる組み合わせになっていた。
 「高畑先生が相手かあ、あの人、デスメガネって呼ばれてるんだよね?」
 「知ってる知ってる!学園内の抗争を全て1人で沈めて着いた渾名だもんねえ」
 「あうう・・・」
 かつて見た光景を思い出し、ネギの心から余裕が消える、そこへ小太郎が話しかけた。
 「あの先生、そんなに強いんか?」
 「前に見せてくれたんだけどね。タカミチ、笑いながら100mの滝を真っ二つに割った事があるんだよ、素手で」
 「・・・そら、強いわ。頑張るんやで」
 そうこう言っている内に、予選会場から落選した参加者達が姿を見せ始めた。ところが、その惨憺たる姿に、千雨が呆れたように呟いた。
 「おいおい、腕を吊ってるどころか、松葉杖にギプスってなんだよ?担架で運ばれてる奴までいるじゃねえか!」
 「一体、何が・・・」
 呆然とするネギ。そこへ同じく本戦出場を決めた楓が声をかけた。
 「なるほど、ネギ坊主は知らんかったでござるか。あれはCグループの代表者がやった結果でござるよ。ネギ坊主とは2回戦で当たる故、気をつけた方が良いでござる」
 「ええ!?ちょっとトーナメント表見せて下さい!」
 思わずトーナメント表を見直すネギ。
 「第6試合は高音さんと・・・シンジさん!?」
 「そうでござるよ。シンジ殿は力の加減ができるほどの修業は積んでいないのでござる。故にあのように怪我を負わせてしまったとの事。すでに大会随一の破壊屋クラッシャーとして名を馳せつつあるでござる。何せ予選だけで16名が骨折したそうでござるからな」
 世界樹防衛線で一緒に戦う様になった楓にしてみれば、シンジが格闘に関する鍛錬を積んでいない事はすぐに分かった。その代わり気による身体強化は異常極まりないレベルなのである。だから楓にしてみれば手加減できない破壊屋という評価は妥当だと考えたのだが、シンジの裏の顔を知らない少女達にしてみれば絶句するしかない。何せ普段は温厚な料理人であり、策略家。そしてネギの補佐役という姿しか見た事が無い少女達にしてみれば、素手で人間の骨をへし折るほどの破壊力をシンジが秘めているという事自体、全く予想もできない事であった。
 「ちょ、ちょっと!?1回戦でデスメガネの高畑先生倒しても、2回戦で破壊屋の近衛さんと当たるの!?」
 「まあ、シンジ殿の破壊力はスイッチが入らない限りは大丈夫でござるよ。極論すれば、シンジ殿は1か10しかないのでござる。2や3と言った丁度良い物が無い故に、ああなってしまうのでござる」
 「フォローになってないって、楓姉」
 風香の感想に、周囲が一斉に頷く。だが楓はと言えば、ケラケラと笑うばかりである。
 「対処法等幾らでもあるでござるよ。まあこれも修業と思って、色々考えると良いでござる。本人も認めているでござるが、シンジ殿は格闘に関しては素人でござるからな」
 「は、はい」
 緊張しまくっているネギの肩を、小太郎が『まあ頑張れや』とポンポン叩く。
 「そういえば、その破壊屋の兄ちゃんはどこ行ったんや?」
 「お兄ちゃんなら中夜祭の準備があるって言って、もう会場へ向こうとるえ~」
 「そうですわ!私達はその中夜祭へネギ先生を御誘いに来たのです!さあ、参りましょう!」
 「は、はい」
 あやからに先導されたネギは、そのまま中夜祭へ突入―した訳ではなく、まだ済ませていない初日の約束を果たす為に、もう一度初日を繰り返す事になったのだが、それはまた別の話である。

麻帆良祭2日目、麻帆良武闘会本戦会場―
 本戦に3-A関係者が大量に出場すると言う事で、当然のように3-A生徒達も応援に駆けつけていた。何せ担任のネギを筆頭に、前担任のタカミチ、補佐のシンジ、武道四天王と呼ばれる真名、古、刹那、楓に加えてアスナとエヴァンジェリンの合計9名も出場しているのだから、気にならない訳が無い。
 とは言え、応援と言ってもスタンスは見る者によって大きく違う。イカサマ大会だろうが笑う事は出来るだろうと冷めた態度の千雨。家族である小太郎の晴れ舞台を見届けようという夏美と千鶴。2回戦でネギとシンジがぶつかる可能性に複雑極まりないハルナ・のどか・夕映の3人。実に様々な応援姿勢で会場にやってきていた。
 第1試合・第2試合はほぼ秒殺により小太郎とクウネル・サンダースことアルビレオが2回戦へ進出。だが第3試合では、ちょっとした波乱が起きた。
 楓の相手となった中村が使った烈空掌という技に、観客からどよめきがおこったのである。
 『おおっとお!遂に本戦にも遠当ての使い手が出現!これは本物かあ!?』
 審判兼レポーターの和美の実況が、更に観客を沸き立たせる。
 「やるでござるな」
 「驚いたか!だがこの勝負は貰ったぜ!」
 だが烈空掌を放とうとした直後に、バーテンダースタイルの楓の姿は消えていた。同時に対戦相手の中村の背後に静かに出現。首筋へ手刀を一閃し、昏倒させてしまう。
 「さすが楓さんですね。あれが『縮地』です。瞬動術と伝統武術の縮地法―ネギ先生の場合は八極拳の活歩になりますが―両者を極める事で習得できる技、そのほぼ完成型です。これからネギ先生と小太郎君が習得しなければならない技の1つなのですが、とても無駄のない、綺麗な技だったとは思いませんか?」
 「はい、凄いですね・・・」
 「さすが楓姉ちゃんやなあ」
 以前、敗北した為か、素直に楓の力量を認める小太郎。そこへ『次は私達の番アルね』と言いながら古と真名が近づいてきた。
 「古老師!龍宮隊長!」
 「隊長はやめてくれ、ネギ先生」
 今年の麻帆良祭において、魔法関係者として告白防止作戦にも真名は雇われて力を貸していた。そんな中で初日を繰り返していたネギと遭遇し、一緒に仕事をした真名であるが、そこで彼女にとっての予想外の事態が待ち受けていたのである。
 真名のプロフェッショナルぶりに、ネギは畏敬の念を覚えたらしく『隊長』と呼ぶようになってしまった事であった。
 これにはさすがにクールな真名も気恥かしさを感じたようで、こうして呼び方の訂正を求めるようになったのだが、ネギの真名に対する畏敬の念が消えない限り、彼女の細やかな望みは消えそうもない。
 「龍宮隊長かあ、なかなかハマっている呼び方だと思うんだけどなあ」
 「む、それは私を敵に回すという意思表示と捉えて良いのかな?」
 「はいはい、降参降参。僕は負ける喧嘩をするつもりはありませんよ」
 いつのまにか近づいてきていたシンジの格好に、ネギ達は驚いていた。というのも、シンジは烏帽子に狩衣姿で登場してきたからである。
 「シンジさん、その服はなんですか?」
 「ああ、これ?一応、僕の陰陽師としての正式な仕事着だよ」
 「う、動きにくくないんですか?」
 「それを言ったら、ネギ君のローブの方が遥かに動きにくそうだけどね」
 シンジの言葉を認めたかのように、真名達が頷いてみせる。
 「それじゃあ2人とも頑張っておいで。僕達はゆっくり敵情視察と洒落こませて貰うからね」
 「そこまで堂々と断言されると、好きにしてくれとしか言えんな」
 『全くアルね』と頷いた古とともに、真名は会場へと歩み出した。

 『それでは第4試合!前年度ウルティマホラ・チャンピオン古菲選手!それに対するはここ龍宮神社の1人娘龍宮真名選手!本日の大本命の試合が始まります!』
 和美の実況に、観客達から一斉に古菲コールが沸き起こる。
 「やれやれ、アウェイに乗り込んだサッカー選手の気持ちが分かるな。ところで、ここで私がお前を倒してしまったら、観客はガッカリするだろうな」
 「我只要和強者闘我が望むのはただ強者との闘いのみ。名声にこだわりなど無いアル。それよりも真名、手加減などするでナイよ?」
 「無論だ。元より戦闘における私の選択肢に、手加減等という物は無い」
 2人が互いに構えを取った所で、和美が叫ぶ。
 『それでは第4試合、Fight!』
 同時に、古が会場ギリギリまで吹き飛んだ。

ネギ・シンジside―
 「な、何が起こったの!?」
 突然、吹き飛んだ古の姿に、ネギは状況を掴めずにいた。その隣にいた小太郎は『面白いやんけ』と犬歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべている。反対側に陣取っていたシンジは、目を瞑って何かを考え込み始めた。
 「ネギ、あの姉ちゃんがやったのは羅漢銭という技や。早い話が、コインを指で弾く飛び道具やねん」
 「そんな事ができるの!?」
 「普通は無理や。多分、気なり魔力なりで身体能力を底上げしているからこそ、可能な技や。普通は丸くて小さい玉を弾丸として使うし、あんな人が吹き飛ぶような破壊力はあらへん」
 和美のカウントが進む中、カウント9で古が跳び起きる。
 「けどあの姉ちゃんもやるな。当たった瞬間に、後ろへ飛び退いて衝撃を減らしていたんや。並みの反射神経じゃあ、あんな真似はできへん」
 小太郎の説明が終わると同時にシンジが目を開く。その直後、真名によるマシンガンの如き羅漢銭の雨は延々と降り注ぎ始めた。板張りの舞台は砕け散り、瞬く間に無残な姿を晒していく。
 だが古は後ろへ下がる事無く、唯一の勝機である接近戦に持ち込もうと必死で弾丸を躱わしながら、真名へ近づく為の隙を待ち続ける。
 周囲の観客からは、古菲一色の歓声が上がる中、彼女は賭けに出た。
 片足で立ち、右腕を真上にあげると言う無防備な姿をわざと作る。その行動に、本当に僅かだが、真名の羅漢銭の発射が止まった時だった。
 次の瞬間、古は一瞬にして真名の懐に飛び込み、肘打ちを放っていた。
 「今の、瞬動か!?」
 「いえ、あれは八極拳の活歩です!」
 刹那が口にした時、渾身の肘打ちを躱わされていた古は、離されてなるものかとばかりに強引に攻撃を続行していた。だが突然、古の体が真上へと跳ね上がった。
 「今の、まさか!」
 「間違いありませんね、羅漢銭を真上に撃ったんですよ。さしずめアッパーカットという所でしょうか。距離に得手不得手が無い所は、さすが龍宮と褒めるしかありません」
 そのまま地面に仰向けに倒れ込んだ古に、真名が冷静に追撃を仕掛ける。再び距離を開けられ、機銃掃射のような羅漢銭を全身に浴びた古が、負けを認めたのか全身から力を抜いた、その時だった。
 「くーふぇさん、しっかり!」
 ネギの応援に、古の目に光が戻る。同時に右手が、古の腰へと伸ばされ「パンッ!」という音とともに、羅漢銭の雨を叩き落とした。
 「何だと!?」
 「私には、まだこいつが残ってたアルね!」
 腰に巻かれていた布が真名へと襲い掛かり、彼女の顔の下半分と左手を巻き付けてしまう。
 「ようやく捕まえたアルね」
 額から流れ落ちてきた一筋の赤い滴を、古が舌でペロリと舐め取る。
 「弟子の前で情けない姿は見せられないアルよ!」
 「そうか、その布は布槍術の為の・・・やるじゃないか」
 『捕らえた、古選手!龍宮選手を遂に捕らえた!』
 和美の実況が響く中、真名は冷静に反撃を開始する。まずは羅漢銭の一撃で、左手と顔を拘束している布槍術を破壊する。
 だが古は拘束する事には拘らず、布槍術の名前に相応しく、槍の刺突のように攻撃を開始した。リーチにおいては、真名と互角。手数においても互角。激しい攻防が繰り広げられる。
 だが真名の狙い澄ました一撃が、古の左腕に命中し『ゴキン』という鈍い音を発生させた。
 「折れたで!」
 「ええ、間違いなく今の音は折れました!」
 「くーふぇさん!頑張って!」
 しかし古は痛みを堪えて布槍術を維持。真名の左腕に布を巻き付けて、全力で引っ張る。体勢を崩した真名に対して、古は最後の勝負に出た。
 羅漢銭の一斉一点集中射撃を、古は硬気功で耐えてのカウンターに賭ける。
 一瞬の攻防。
 やがて古がズルリと崩れ落ちる。
 「今のが浸透勁と言う奴か。見直したぞ、古」
 「いやあ、まだまだアルよ」
 バン!と音を立てて、真名の服の背中の部分が弾け飛ぶ。そのまま真名は崩れ落ち、古がふらつきながらも立ち上がった。
 『―――9、10!古菲選手の勝利!龍宮選手を下し、2回戦進出決定です!』
 途端に観客達から、歓声が沸き起こった。

超side―
 「ありがとう、龍宮サン。上手く負けてくれたネ」
 「・・・いや、今の試合、それなりに本気だったよ。古は間違いなく、一般人の部類としては最強だ」
 「それを聞けば、古も喜ぶだろうネ」
 その言葉に、真名が外を眺めながら頷く。真名が向ける視線の先には、祝福される古の姿があった。
 「あとシンジサンからも、ありがとうと言っておいて、と連絡が入っているネ」
 「フン。あれだけ見せてやったんだから、それなりの物は期待したい所だがな。成果の程は聞いているか?」
 「およそ4割。そう言っていたヨ。ネギ坊主、きっと驚くヨ?」
 超の悪戯じみた笑顔に、真名は苦笑するしかない。彼女にとって超は雇い主であると同時に同志である。そしてシンジは同志であると同時に、超一派の切り札という関係でもある。
 そのシンジが珍しく口にした我儘の為に、真名は羅漢銭の大盤振る舞いをしてみせたのであった。
 「・・・ネギ先生の為、か・・・」
 「結局の所、あの人はお人好しネ。いや、兄として振舞いたいだけなのかもしれないが、その甘さは嫌いではないヨ。私はネ」
 
 『皆様、大変お待たせいたしました!板の張り替えが終了しましたので、只今より第5試合に移らせていただきます!それにしてもレベルの高い大会になってきました!』
 和美の実況を聞いていた千雨が、不審げに眉を顰める。
 (レベルが高いだと?それ所じゃあねえだろうが・・・どう考えても、さっきの動きは普通の人間にできる動きじゃない・・・遠当ても、イカサマだとしたらどうやって?)
 そんな事を千雨が考える中、和美の選手紹介が始まる。
 『一方は学園の不良にその名を知らぬ者無き恐怖の学園広域指導員タカミチ・T・高畑!もう一方は半年前に麻帆中に赴任してきた噂の子供先生ネギ・スプリングフィールド!このような公の舞台に姿を現すのは初めてです!』
 緊張して同じ方の手と足を同時に動かすネギに、周囲から暖かい視線と『かわいいー!』という歓声が送られるが、あまりにも武道会とは場違いである。
 「おや、ネギ君。その指輪は・・・」
 「あ、これマスターから貰ったんです。杖代わりに、って」
 「ふふ、エヴァも何だかんだ言って、ってとこか」
 舞台に上がった2人が、開始線に向かって離れて行く。
 『解説者席の豪徳寺さん。トトカルチョは圧倒的にデスメガネ高畑の圧倒的人気ですが、どう見ますか?』
 ≪いえ、外見で判断してはいけません。あのネギという少年、かなり強いですよ≫
 ≪あの、豪徳寺さん。ネギせんせ・・・ネギ選手に勝算はあるのでしょうか?≫
 ≪そうですね、まずは距離を取る事です。高畑のヤロー・・・失礼、高畑選手は、近づいてくる敵が片っ端から倒れていくと言う謎の技を使いました。正体不明の技を使う相手に対しては、距離を取って冷静に対処するのが常道ですよ≫
 『解説者席の豪徳寺さん、茶々丸さん、ありがとうございました!』
 和美の言葉に、茶々丸が丁寧に頭を下げる。
 「さあ、やろうかネギ君」
 タカミチがズボンのポケットに両手をいれる。
 (やっぱり、あれがタカミチの構えなんだ・・・よし、やってやる!相手はタカミチ、負けてもともと、失敗したっていい!全力でぶつかるんだ!)
 『それでは第6試合Fight!』

時間は少し遡り、舞台袖―
 ステージに繋がっている選手専用のエリアに、シンジは待機していた。一緒にいるのはアスナ・刹那・小太郎・楓・エヴァンジェリン・茶々ゼロ・カモ・古というメンバーである。
 「なあ、楓姉ちゃん。あのタカミチって男の技、見当はつくか?」
 「ふむ、実は拙者も見た事がないでござるよ」
 「ガキ、タカミチの技を知りたいなら、長瀬よりもシンジに聞いた方が良いぞ?こいつはタカミチの技を初見で破っているからな」
 「何やて!?」
 唖然とする小太郎。シンジの顔見せでの一件を知らないアスナや古も、思わずシンジを凝視していた。
 「エヴァンジェリンさん、あれは罠にはめただけですし、そもそも高畑先生は手加減していたんですよ?あんなの破ったなんて言いませんよ。それに高畑先生の得意技については、詠春さんから聞いた事がありましたからね。そうじゃ無ければ、高畑先生の為だけの罠なんて張れませんよ」
 「だからと言って、躊躇い無くタカミチの懐に飛び込んでいける馬鹿は、そうはいないだろうよ」
 「ま、待つアルね!高畑先生の技の正体を知っていると言うなら、教えて欲しいアル!」
 突如割り込んできた古。その肩越しにウズウズとしている小太郎の顔も見つけると、シンジは舞台上の2人を見ながら口を開いた。
 「居合拳だよ。普通は刀を使うけど、あの人はポケットを鞘、拳を刀に見立てて抜刀術を行っているんだ」
 「そ、そんなことができるアルか!?」
 「できるんだろうね。実際、やってる人が舞台上にいる訳だし」
 視線の先では、ちょうどネギが『戦いの歌』と『風楯』を発動させた所だった。
 「エヴァンジェリンさん、あそこに僕以上の無謀なお弟子さんがいるみたいですけど?」
 「ハッ!ガキはあれぐらいでちょうど良いのさ!」
 同時にネギがタカミチ目がけて瞬動術で突撃する。途中、何かがネギに命中し、代りに風楯が犠牲となって木っ端微塵に吹き飛んだものの、何とか背後へと回りこんだ。
 「さすが兄貴!」
 「瞬動術、成功や!」
 ネギに背後に回り込まれたタカミチは、ポケットから手を出すとそのまま拳で迎撃に入る。
 「・・・ひょっとして、あの技は接近されると使えないのか?居合って接近してこその技だと思っていたんだけど・・・」
 「まあタカミチの居合拳は、直接の打撃ではなく、中距離の相手に拳の風圧によるダメージを与える事を目的としているからな」
 「ふうん、ちょっと組み立て直す必要があるか」
 舞台上では、タカミチの拳による迎撃を躱わしたネギが、もう一度瞬動術を使って、背後へ回り込み、背中を向けているタカミチ相手に空中でグルッと前回転している所だった。
 「あれは八極拳の金剛八式翻身伏虎アル!となると次は硬開門が来る筈」
 振り下ろされた右の手刀をタカミチは、いとも容易く左腕で受け止める。そこへネギが放った左の拳を、タカミチは右の掌打で受け止めようとする。しかし左の一撃はフェイントだった。そこからネギが放った右の肘打ちを正面からまともに浴びる。
 「うむ、完璧な連続技アルよ!」
 「いけえ、兄貴!」
 「おお、行けるで、ネギ!」
 ネギの右拳に、一瞬だけ青白い電気が走る。
 同時に放たれた右の拳をタカミチは左腕でかろうじて食い止めたが、その体は見事に吹き飛ばされていた。
 「今のは、魔法を併用したのか?」
 「そうだぜ、雷の1矢を拳に乗せて打ったんだ」
 「無詠唱魔法・・・そうか『雷の斧』の連続技の応用か」
 吹き飛んだタカミチ目がけて、ネギが冷静に追撃に入る。基本は両手の拳による攻撃だが、時折、タカミチの踵に足を引っ掛けたり、タカミチの攻撃を躱わしながらのカウンターを放ってきたりと、実に多彩な攻撃をネギは仕掛けていた。
 「戦いの歌が効いているね。あれで力と速度が上昇しているから、高畑先生も油断できないんだな」
 「いえ、それだけではありません。ネギ先生の小柄さも武器です。本来、武術というのは対人間を想定しています。それは自分自身とある程度、同じ大きさである事を相手に求めます。しかし長身の高畑先生と、小柄なネギ先生では・・・」
 「そう言う事か。ネギ君が小さいから、高畑先生も戦いにくいのか。でもそれを考えると、古さんって実は恵まれているんじゃないか?気を使えるようになれば、小柄な体格による筋力は補えるどころか、逆に小柄さを武器にできるんだから」
 その言葉に、古が驚いたようにシンジを見る。自分の体格の小ささ、女性ゆえの非力さを弱点と捉えていた古にしてみれば、あまりにも衝撃的な逆転の発想だった。
 「お、兄貴、切り札だすつもりだぜ」
 カモの言葉に、再び舞台上に視線が集まる。ネギの右拳の周囲に、3つの光の球が浮かんでいた。
 それらを束ねた崩拳をまともに食らったタカミチが、轟音とともに30メートルは吹き飛び、外野エリアの池の水飛沫の中に姿を消す。
 「決まったぜ!雷の3矢を重ねた雷華崩拳!」
 『ななな、何でしょうか、今のは!凄まじい一撃!まるでトラックにハネられたかのように、高畑選手が吹き飛びました!これは決まったか!?いや、命は無事か!?』
 和美の実況に、観客席は大盛り上がりである。
 「カモミール、ネギ君の雷華崩拳は3本が限界?」
 「実戦で使うには3本が限界だぜ。それ以上は溜めに時間がかかりすぎるんだよ」
 その言葉に、シンジとエヴァンジェリン、刹那が露骨に顔を顰めた。
 「ど、どうしたってんだ?旦那」
 「高畑先生を倒すには、3本じゃ足りないんだよ」
 「シンジの言う通りだ。さっきの雷華崩拳、2本はレジストされていた。さっき雷の1矢だけを乗せた拳があっただろ。あれのせいでタカミチを警戒させてしまったんだよ。タカミチに自分がどれだけ成長したのかを見せたかったんだろうが、これは坊やの作戦ミスだな」
 「そうですね、切り札をわざわざ見せてしまっていたんです。こればかりは経験不足という所でしょうか」
 3人の言葉に、ネギの犯した作戦ミスを理解した少女達が、やっと事の重大さを理解し始めた。
 「旦那、何かねえのかよ!」
 「1つは時間をかけてでも最大本数を増やして力で一撃必殺を狙う事。もう1つは通常攻撃その物全てを雷の1矢を乗せた攻撃にする事。でもどちらも今の状況では・・・ネギ君が高畑先生の好奇心を刺激できれば、何とかなるだろうけど」
 和美のカウントが進む中、水煙の中からタカミチが飛び出してきた。そのままネギと走りながら、互いに拳での応酬を開始する。だが突然のタカミチの蹴りにネギは反応が遅れて、見事に吹き飛ばされた。
 「これは、マズイな」
 「ああ、完全にタカミチの距離だ」
 パンパンパンパンッ!という音とともに、立ち上がったネギが吹き飛ぶ。
 「ネギ!接近戦に持ち込むんや!その距離じゃお前は不利や!」
 小太郎の叫びが聞こえた訳ではないだろうが、ネギは瞬動術を使ってタカミチの懐へ飛び込んだ。しかし僅かに横に移動したタカミチが置いておいた足に引っ掛けられて、見事に宙を舞った挙句にゴロゴロと転がる。
 「この戦い、ネギ先生には良い経験になるでしょうね」
 「そうだな。切り札は軽々しく見せない事、同じ手を馬鹿正直に使っては2度も引っかかってくれない事、どちらも大切な事だ。そういう意味では、タカミチには礼を言いたいぐらいだな・・・む?」
 エヴァンジェリンが無意識の内に前へと踏み出す。その視線の先には、若干だが雰囲気の変わったタカミチの姿があった。
 「ネギ君、僕はね、今日は嬉しい事ばかりだよ。君との試合がこんなに楽しいなんて、全く想像していなかった。さすが僕の憧れたナギの息子だよ。だから、今からほんの少しだけ、本気を見せてあげよう・・・左腕に『魔力』、右腕に『気』・・・」
 ボウッと光るタカミチの両手。それを胸の前にまで持っていく。
 「合成・・・感卦法」
 ゴウッという音とともに、タカミチを中心に風が吹き荒れる。
 『こ、この風圧は!?』
 「一撃目はサービスだ。避けろ、ネギ君」
 背後へ飛び退るネギ。それに僅かに遅れて、ゴンッ!という轟音とともに舞台上に直径2m近いクレーターが姿を現した。
 尻もちを突いて、目を丸くしているネギ。観客席から応援していた3-Aメンバーも、この光景に声が無い。
 「あれがタカミチの切り札、感卦法と豪殺居合拳だ」
 『何だ、今のは!パンチだったのでしょうか!まるで大砲の着弾だあああ!』

千雨side―
 (おいおい、今のは明らかにおかしいだろうが!)
 そんな千雨の気も知らず、観客の中からヒートアップする者が出始める。彼らは今の豪殺居合拳の威力に、明らかに興奮していた。
 (待て、てめえら!何でもノリで納得すんじゃねえよ!)
 千雨は舞台上に視線を戻す。
 (どうなんだよ、ネギ先生!イカサマやって観客驚かして楽しいかよ!)
 だが視線の先にいたネギは、豪殺居合拳の破壊力に恐怖で体を震わせていた。その事に千雨も気付き、目の前の光景がイカサマでない事を漠然と悟ってしまった。
 だが目の前では、更に過激な光景が続けられる。
 動き出したネギを追い詰めるかのように、タカミチが豪殺居合拳でネギを追いかける。そんな中、ネギも一矢報いようと接近を試みるが、それは居合拳で全て未然に防がれてしまう。
 (またあの見えない攻撃かよ!あの大砲は喰らえば一発アウト、かと言って反撃しようとすれば見えない攻撃。これは詰んだんじゃねえか?なのに・・・なんでまだ諦めねえんだよ、ネギ先生!)

ネギ・タカミチside―
 豪殺居合拳の一瞬の隙を突いて、ネギは瞬動術で接近を試みた。だがそれを呼んでいたタカミチに背後をとられ、隙を晒してしまう。
 それでも豪殺居合拳だけは紙一重で躱わすが、ネギはじり貧である。そして、遂にネギはバランスを崩すと言う失敗を犯してしまった。
 すでに豪殺居合拳が発動仕掛けている事を察したネギは、咄嗟に右手を突きだした。
 「風花・風障壁フランス・パリエース・アエリアーリス!」
 轟音とともに砕け散る風障壁。一命は取り留めたが、代わりにネギはタカミチの姿を見失ってしまっていた。
 「風障壁は10tトラックの衝突すら防ぐ、優秀な対物理防御だ。だが効果は一瞬、しかも連続使用はできないという欠点がある」
 「風楯デフレクシオー
 背後からの声に、別の風障壁を張りながら振り向くネギ。そこへ問答無用の豪殺居合拳が腹を抉るように放たれる。
 障壁を簡単に粉砕されたネギの口から、鮮血が吐き出される。そこへ更に放たれた2発目の豪殺居合拳。それを体その物を仰け反らすようにして、ネギが必死で躱わす。だがトドメとばかりに振り下ろされた3発目の豪殺居合拳が天から振り下ろされるように、無防備なネギを捉えた。

千雨side―
 『き、決まってしまった!いや、それより大丈夫なのか!?』
 土埃が収まっていく中、クレーターの中から虫の息状態のネギが姿を見せる。
 骨折こそしていないが、その惨状に観客は言葉を失った。
 『も、もう高畑先生の勝ちでいいよ!このままじゃ死んじゃうって!』
 和美の判断に、観客が真っ二つに分かれる。ネギがギブアップも気絶もしていないのに、負けにしてもいいのか?それともノックアウト扱いにすべきなのか?人数比で言うならばノックアウト派が多数である。何より3-Aメンバーもそれに同意する者が多数いた。
 木乃香やのどかは涙目、夕映やアスナ達は絶句している。そんな中、千雨は拳を握りしめていた。
 (あのメチャクチャな格闘や爆発パンチがイカサマかどうかなんて知ったこっちゃねえ。ただあいつら2人が本気で戦り合っているのだけは確かだ・・・)
誰も声が無い中、静かに響いた声があった。
 「ネギ君、諦めるのか?君の想いはそんな物か?」
 タカミチの声に、ネギがうっすらと目を開く。
 「高畑先生の言う通りだよ、ネギ君。今の一撃、見た目ほどにはダメージは受けてないはずだよ」
 シンジの冷静な声に、観客達の視線が集まった。その視線の先、そこにはふらつきながらも立ち上がろうとするネギの姿がある。
 「ネギ!何やってんのよ、立ちなさいよ!」
 「ネ、ネギ先生、しっかりー!」
 「ネギ坊主!」
 「ネギ先生!」
 (・・・立てよ、立ち上がれよ!)
 
ネギ・タカミチside―
アスナやのどか達の激励を皮切りに、観客からネギへの応援が上がり始めた。
 (特殊術式『夜に咲く花』リミット30アルティス・スペキアーリス・フロース・ノクティクルス・リミタートウス・ペル・トリーギンタ・セクンダース!)
 ふらつくネギの姿は頼りない、今にも倒れ込みそうである。
 (無詠唱用発動鍵設定キーワード『風精の主』シネ・カントウ・クラウィス・モウエンス・シット・ウエルパ・ドミヌス・アエリアーリス魔法の射手・光の9矢サギタ・マギカ・セリエス・ルーキス!)
 ネギの周囲に、光の矢が姿を現していく。その数は徐々に増えていく。
 ネギが何をするつもりなのか、タカミチは興味深々に待っている。そこへ光の球を引き連れながら、ネギは攻撃を仕掛けた。
 右の掌打、左の回し蹴りと連続攻撃を仕掛ける間に、光の球は9つにまで増える。そこへタカミチの膝が跳ね上がってきた。
 (今だ!術式封印デイラテイオー・エフエクトウス!)
 膝が顎を捉えると同時に、光の球は消滅。完全に宙へ浮いたネギ目がけて、居合拳で更に遠くへ吹き飛ばすタカミチ。
 「今のは実戦向きとは言えないな、ネギ君」
 「風楯デフレクシオー!」
 間一髪のタイミング張られた風障壁で、居合拳から繋げられた豪殺居合拳の一撃を凌ぐネギ。だが技の威力までは殺しきれず、場外の池にリングアウトする。
 水中を沈んでいくネギ。だがその顔に笑みが浮かぶ。
 (魔法の射手・雷の9矢サギタ・マギカ・セリエス・フルグラーリス!)
 水中という安全な領域で、雷の球を構成しながら思いついた策をザッと考え直す。
 (無謀かもしれない、でも!)
 勢いよく飛び出るネギ。そのまま石灯篭の上に着地する。
 『ネギ選手復活!まさに不屈の闘志だ!』
 「タカミチ、最後の勝負だ!」
 「・・・良いだろう、こい!」
 『おおっと!両者、フィニッシュ宣言!子供先生の後ろの観客の皆さん、念の為に避難して下さい!』
 和美の警告に、観客達の一部が慌てて左右へ避けていく。
 (・・・瞬動術!)
 力強く石灯篭を蹴るネギ。同時に雷の9矢を解放し、体その物に纏わせる。
 青白い雷を纏ったネギの体当たりに、タカミチは冷静に豪殺居合拳でカウンターを合わせる。そこへ意識的に瞬きすらせずに目を開け続けていたネギが叫んだ。
 「風花・風障壁フランス・パリエース・アエリアーリス!」
 「何!?」
 トラックの衝突すら防ぐ風障壁を前に、豪殺居合拳は防がれる。同時に無防備となったタカミチの腹部に、雷の9矢の破壊力と瞬動術の速さを併せ持ったネギの体当たりが命中した。
 (・・・上手い!)
 豪殺居合拳と風障壁の激突、ネギとタカミチの激突。2つの激突は、大量の水と埃を舞台上にまき散らす。視界が0となる中、和美の実況だけが響いていた。
 『両者激突!今のはネギ選手の体当たりか!?煙で何も見えません!』
 (僕に正面から撃たせる為に自分から真っ向勝負を誘って、豪殺居合拳は一瞬の風障壁で防いだのか。好奇心を擽るやり方は、シンジ君と同じだな。朱に交われば、という奴なのかな・・・だが)
 「この程度では僕は倒せないぞ、どこだネギ君」
 挑発の為に、わざと声を出すタカミチ。その肩に背後から『風精の主ドミヌス・アエリアーリス』と言いながら置かれた手があった。
 振り向くタカミチ。そこには光の9矢を解放したネギが、ボロボロになりながら立っていた。
 「この距離なら、タカミチの技は使えないよね」
 「遅延呪文ディレイ・スペルか・・・」
 「最大、桜華崩拳!」
 煙に支配された舞台上で、更なる煙と大地を揺るがすかのような轟音が発生する。そして煙が晴れた舞台上には、今までとは一転してクレーターに沈むタカミチの姿があった。
 『逆転、逆転です!これよりカウントを』
 「待ちなさい、朝倉君」
 そう言いながら、タカミチが腹筋だけで上半身を起こす。その姿に、観客達からどよめきが上がり―
「僕のギブアップだ」
 「え、ええっ!?」
 タカミチの発言に一番驚いたのは、対戦相手であるネギであった。
 「な、なんで!?」
 「さすがに20以上も年の離れた君に本気を出して、こうも見事に一本取られたんだ。ここは素直に負けを認めるさ、ネギ君」
 『・・・た、高畑選手ギブアップを宣言しました!これによりネギ選手の勝利!10歳の子供先生2回戦進出が決定しました!』

臨時救護室―
 第5試合の舞台への被害が大きすぎた為、急遽始まった修理作業。その為に空いてしまった時間を使い、ネギは治療を受けていた。ちなみにタカミチは試合が終わると同時に、仕事があるからと言って姿を消している。
 「・・・・ふん、まだまだだな」
 「あ、師匠!見ててくれました!?僕、タカミチに何とか勝ちましたよ!」
 「アホかーーー!」
 エヴァンジェリンの正拳がネギの頬を捉える。幸い救護室には、他に小太郎とカモ、古しかおらず、エヴァンジェリンがスパルタ教師である事も知っているので、騒ぎにはならなかった。
 「勝ったんじゃない、勝たせてもらっただ!この愚か者が!」
 「は、はううううう」
 「大体タカミチもタカミチだ!ウズウズ尻尾を振って、お前が何かやって来るのを待ってやる等、これでは修業にならんだろうが!」
 グリグリと踏まれるネギ。その姿に小太郎達は『相変わらず厳しいなあ』と呆れるばかりである。
 「・・・まあ、最初の瞬動と決め技の着想だけは良かったがな」
 「えっ?」
 「うんうん❤ホメる所はホメなければいけないアルよ」
 「うるさいぞ、そこのバカ」
 微かに頬を赤らめるエヴァンジェリンに、足元にいた茶々ゼロが『本当ニ、コイツ育テル気ダナ~』と呟く。
 「坊や、上には上がいるんだ。お前も才能に溺れる事無く、精進しろよ」

1時間後、舞台上―
 『皆様、大変長らくお待たせいたしました。舞台の修理も終わり、これより第6試合を開始します!』
 和美のアナウンスに、観客達から一斉に歓声が沸き起こる。
 『制服姿での登場です!聖ウルスラ女子高等学校2年生、高音・D・グッドマン選手!才色兼備、優等生として名高い彼女、武においてもその実力をいかんなく発揮し、本戦への出場を果たしました!』
 待機席から歩き出した高音の登場に、観客達から歓声が上がる。
 『対戦相手は麻帆良随一の策略家、近衛シンジ選手!ですが策略家の評判とは裏腹に、予選においては出場選手20名の内16名を力技で骨折に追い込むと言う破壊力を発揮!こちらは狩衣姿に烏帽子という、実家である炫毘古社の仕事着での登場です!』
 珍しい装いに、周囲から違った意味で歓声が沸き起こる。
 「・・・そんな恰好で戦うつもりですか?」
 「問題ありませんよ。こう見えても動きやすいですからね」
 しかし、事ここに至ってもなお、目元を隠したままのシンジに、高音の怒りのボルテージは上昇していく。
 (・・・その服と言い、視界と言い、甘く見ているんでしょうね!)
 『それでは第6試合Fight!』
 開始と同時に、魔力で身体能力を強化した高音が突撃する。小技を中心に隙の少ない手数による攻撃で、シンジを追いこんでいく。
 『おおっと、これは一方的な展開!近衛選手、全く手も足も出ません!まさに棒立ち、サンドバック状態だ!』
 「戦う気が無いのですか、貴方は!」
 わざと攻撃の手を止めて、弾劾する高音。対するシンジは平然と返した。
 「僕が困っているのは、どうやって先輩を無傷のまま敗北させるかなんですよ。下手に攻撃して傷ものにされちゃったら、困るでしょ?」
 「な、何ですって!?」
 激昂する高音。手が出ないどころか、相手にしていないようなシンジの言い分に、高音の全身が小刻みに震えだす。
 「許しません!」
 再び猛ラッシュを開始する高音。シンジが殴られる度に発生する豪快な音に、和美は思わず目を閉じかけたが、その時、背中にいたさよに囁かれて、ある事に気がついた。
 『こ、これはどういうことでしょうか!近衛選手、これだけの猛ラッシュを無防備で受け続けているにも関わらず、全く気にしている様子がありません!これは攻撃が効いていないのか!?』
 「な、何を馬鹿な事を!」
 目を凝らす高音。だがシンジの体には、どこにも怪我を負っている気配は無い。
 「思ったより早くバレちゃったな。正解、先輩の攻撃はダメージになってないんです」
 その言葉に、高音が目を丸くした。
 思わず手に目を向ける高音、その両手は皮膚が少し破れ、赤い滴が浮かび上がっていた。
 『こ、これは予想外の事態!近衛選手の体が硬過ぎて、高音選手の拳の方が負けてしまった!』
 「朝倉さん、試合中断して僕を検査して。下に防具でも着こんでるんだろうとか疑われたくないからね」
 『え!?は、はい!審判権限で一時中断!身体チェックをさせていただきます!』
 和美の行動に、観客達からどよめきが沸き起こり始めた。殴った方が負ける等、スーパーヘビー級ボクサーでもなければ、起こりえない珍事である。
 『・・・チェックの結果、問題はありません!近衛選手の服はただの狩衣です!何の細工もありません!』
 更に大きくなるどよめきの中、戦闘は再開された。

図書館探検部メンバーside―
 「・・・凄い、あれだけ殴られてノーダメージなんて・・・」
 「なるほど、分かったですよ。シンジさんは策略で高音先輩を降伏させるつもりです」
 夕映の言葉に、周囲にいた図書館探検部メンバーの視線が集まった。
 「ノーダメージなのは、気による身体強化だけではありません。多少の傷は、再生能力のおかげで傷を負った直後には治っているのですよ。そして高音先輩は、恐らくはシンジさんの再生能力を知らないのです。その上で、服に細工もない事がチェックで証明されました。だから全く攻撃が通じていない様に感じている筈なのです」
 「な、何でそんな事をする必要があるの?ゆえゆえ」
 「・・・多分、怪我をさせたくないんでしょうね。素直に降参してくれれば、無傷で終わらせる事ができるです」
 両手を左右にダランと垂らしたままのシンジに、猛ラッシュを続ける高音。最初は小技中心だったが、今は破壊力を重視した大技メインの攻撃に切り替えている。
 だが顔を見れば、高音の方が必死になっていた。
 どれだけ攻撃しても、シンジの口元に浮かぶ笑みが消える事は無い。痛がるそぶりも見せない。これでは高音が焦ってしまうのも無理は無かった。
 「先輩、必死になってるな」
 「そうだね、試合開始直後から一方的に攻めている方が窮地に立たされているなんて、普通はあり得ないもんね」
 『試合開始から5分が経過!相変わらず一方的な展開!しかし、表情に焦りを浮かべているのは高音選手の方だ!』
 拳をこれ以上傷める訳にもいかないので、高音は蹴り技を多用するようになっていた。回し蹴り、後ろ回し蹴り、前蹴り、踵落としと連続で放ち続ける。
 「先輩、息が上がってきていますよ?無理はしない方が良いと思いますが」
 「黙りなさい!」
 『おおっと!攻められている方の近衛選手、高音選手を心配するほどの余裕を見せています!』
 更に大きくなる観客のどよめき。見た目だけで判断すれば高音が優勢なのだが、結果を見ればシンジが有利なのである。
 「先輩、先輩が強いのは分かりましたから、素直に降参してくれませんか?」
 「ふざけないで下さい!」
 更に攻撃の激しさを増す高音。だがシンジは平然としたまま、攻撃されるがままに任せている。
 『解説者席の豪徳寺さん、この戦い、どうして高音選手の攻撃が効かないんでしょうか!?』
 ≪私見ですが、近衛選手は硬気功を使っているのではないかと思います。極めれば鋼鉄の如き硬さを得る事のできる技。事実だとすれば、高音選手は鉄骨相手に殴りかかっているような物ですよ≫
 実況席からの解説に、観客達が言葉を無くす。勿論、豪徳寺の意見は間違い。夕映の予想した身体強化と使徒としての再生能力の複合によるハッタリが正解である。
 高音の表情に、徐々に絶望の色が浮かんでいく。不安と焦燥がその身を焦がし、それが動きにも徐々に表れていく。
 「・・・なんか、先輩が可哀想になってきたな・・・」
 「仕方ないですよ。怪我をさせずに、という方法に拘るのであれば、これが一番なのですから」
 夕映の言葉に、のどかも『仕方ないよね』と渋々頷く。だが1人だけ、違う反応を見せた少女がいた。
 彼女は観客席から身を乗り出す様にして叫んだ。
 「シンジさん!手加減するなんて失礼だよ!高音先輩の気持ちを考えてあげてよ!」

舞台上―
 突然の叫びに、高音は攻撃の手を止めてしまった。シンジも無意識に内に、ハルナの方へ顔を向ける。
 「この大会へ出ている人は、怪我を覚悟の上で出ているんだよ!相手が女の子だからって手加減したら、高音先輩が立ち直れなくなっちゃうよ!」
 ハルナの叫びに、周囲から少しずつ同意の声が沸き起こる。それは少女の身でありながら武を追求する古や刹那、楓達にとっても共感できる叫びだった。
 「シンジさん!堂々と勝って下さい!」
 ネギもまた同意するように叫ぶ。
 「お姉さまは弱い人じゃありません!それはシンジさんだって知っているでしょう!?」
 愛衣の叫びに、隣にいた萌がウンウンと頷く。
 『これは、近衛選手の消極的な戦い方に対する叱咤激励が飛んでいます!』
 やがて沸き起こる歓声の嵐。そんな中、シンジは大きく溜息を吐いた。
 「・・・全く、怪我なんてしないに越した事はないじゃないか・・・」
 「・・・そうやって、他人を見下して楽しいですか?」
 高音が悔しそうに歯噛みする。本気で攻撃し続けた彼女だからこそ、シンジには勝てない事を理解できていた。だからこそ、悔しかった。対等な対戦相手として、見て貰えないから。
 「例え、貴方にその気が無くても、私にとっては屈辱なんです。まともに相手をして貰えないんですから!」
 「僕には理解できないよ。怪我をしてまでも、誇りを守りたいと?」
 「当然です!そうでなければ、何のために今まで自分を鍛えてきたのか、それすら分からなくなります!」
 凛とした発言に、観客達が静かになった。
 「素人である貴方に大怪我を負わせられるほど、私は修業をサボってはいません!」
 「・・・知らないよ、どうなっても」
 かつてミサトから習い覚えた護身術の構えをとるシンジ。右半身を後ろに引いた、半身の構えに、高音が全身に今まで以上の魔力を凝縮させていく。
 『近衛選手、初めて構えを取りました!これは攻撃するという意思表示か!』
 その言葉を言い終えるのとほぼ同時に、シンジが飛び出した。そのまま無造作に右の拳を繰り出す。
 洗練された訳ではない攻撃だからこそ、鍛錬を積んできた高音には、シンジがどこを狙っているのかすぐに判断できた。両の掌で受け止めて、その一撃を堪えようとする。
次の瞬間、高音は背中に痛みを感じていた。
 (な・・・何が起きたの・・・?)
 『高音選手リングアウト!』
 体が全く言う事を聞いてくれない。仕方なしに目だけを動かすと、緑色の芝生が飛び込んできた。
 (・・・そうか、私は吹き飛んだんだ。それで地面に背中を叩きつけられて・・・)
 歯を食い縛り、何とか立ち上がろうとする高音。シンジに対してあれだけの事を口にした以上は、守らなければならないプライドがある。素人に大怪我など負わされないと断言した以上、何としてでも立ち上がってみせる必要があった。
 残された魔力を足に集め、柵に寄りかかりながら立ち上がろうとする。崩れ落ちそうになりながらも、柵に体重を預けながら彼女は何とか立ち上がった。
 (・・・あんな無造作な一撃に、どれだけの『気』を込めたんだか・・・)
 『―――9、10!場外10カウントにより近衛選手の勝利!2回戦進出決定です!』
 和美の言葉に、高音はシンジへ目を向けた。やはり未だに納得できていないのか、どことなく所在なさげな雰囲気に、高音はクスッと笑った。
 「次はこうはいきませんからね・・・」
 そう呟くと、高音の意識はブラックアウトを起こし、その場に崩れ落ちた。

ハルナside―
 高音が地面に叩きつけられた瞬間を、ハルナ達はハッキリと目撃していた。
 シンジの肩を狙った一撃を、高音は受け止めきれなかった。そのまま舞台の床へ背中から叩きつけられた高音は、大きくバウンドしてリング外の芝生の所に落ちたのである。
 「・・・これは、シンジさんが攻撃を躊躇ったのも理解できるですよ・・・わざと急所を外して肩を狙ったのは正解です・・・」
 「そ、そやなあ・・・」
 視線の先では、高音が担架で運ばれていく所だった。愛衣が付き添いの為に傍にいるが、落ち着いているように見えるので、命の危険は無いのだろうという事は理解できた。
 観客席からは、先ほどのネギ・高畑戦と違って、健闘を讃える声は聞こえてこない。逆に高音が担架で運ばれていると言う事実もあってか『やりすぎではないか』という声すら囁かれるほどである。
 「・・・ごめん、私、シンジさんのとこに行ってくるよ」
 「待つです、ハルナ」
 呼びとめた親友の声に、ハルナが足を止める。
 「私も行くです」
 「・・・うん、行こう」

控室―
 誰も寄せつけようとしない雰囲気のシンジに、ネギ達は声をかけられずにいた。正確には声をかけたくても、シンジがそれをハッキリと拒絶している事が分かったからである。
 そもそも今回の件は、誰にも非は無い。強いて非のある者をあげるとすれば、それは高音である。戦いの場である以上、弱さは罪なのだから。
 その程度の事はシンジも理解していた。戦闘技術は拙くても、シンジ自身は使徒との戦争を生き延びてきた少年である。だから弱肉強食という絶対的な現実が存在する事は、嫌と言うほどに理解していた。
 そんな所へ、ハルナと夕映はやってきた。
 「シンジさん、やっぱり自分が悪いと思ってるの?」
 「・・・そうだよ。僕は自分の力を把握しているんだ。力を出せば、ああなる事は予測できていたんだからね」
 いつになく自虐的なシンジの言葉に、周囲に重苦しい空気が立ち込めていく。ハルナ達は知らなかったが、高音との一戦を通して、シンジ本来の自虐的な性格が前面に押し出されていた。
 (・・・これは・・・いや、今のシンジ殿こそ、父上から聞いていた碇シンジに近いでござるな・・・)
 楓がそう考えていると、そこへ夕映が口を挟んだ。
 「そう思うのだったら、どうして予選の時は手加減しない事に躊躇わなかったのです?」
 「必要があったから、直接的な知り合いじゃなかったから。そんなとこだよ。僕は依怙贔屓する性格だからね」
 「シンジさんは戦いを楽しいと思った事は無いアルか?強くなる喜びでも、新しい技を身に付けた達成感でも良いアルよ。何かないアルか?」
 古の言葉に、シンジはアッサリと言葉を返した。
 「そんな事は感じた事が無いよ。僕にとって戦いっていうのは、相手の命を奪うと言う事だからね。僕は人を殺す事に喜びを覚えるほど、狂っちゃいないよ」
 「ちょっと待つアルよ!何で戦い=殺し合いになるアルね!」
 「何でって、当然じゃないか。戦争って言うのは、そういう世界なんだから」
 その言葉に、少女達は言葉を無くした。
 目の前の少年は、明らかに自分達と違う思考、自分達と違う世界を生きているのだという事を理解してしまった為に。
 「殺らなきゃ殺られる。弱ければ殺される。生き残った者が勝利者。そこには道徳観も達成感もない。有るのは弱肉強食という、唯一無二の原初からの法則だけだ。こちらの事情なんて、相手は汲み取ってはくれない。相手の事情なんて、こちらが汲み取ってやる必要はない。そんな下らない『戦闘』という行為に、僕は喜びなんて感じない」
 「違うよ!古菲が言いたいのは、そう言う事じゃないよ!」
 ハルナの叫びに、シンジが顔を向けた。
 「古菲は純粋に強くなる事に喜びを感じないのか、って言いたいのよ!こう言ったら古菲は怒るかもしれないけど、戦いを1つのスポーツとして考えてみてよ!戦争の道具じゃなくて、純粋に強さを競い合う物だって考えてよ!」
 「早乙女さん・・・」
 「古菲と龍宮さん、楽しそうに戦ってたよ。ネギ先生と高畑先生だって、ボロボロになっちゃったけど、純粋に腕試しとして戦ってたじゃない!シンジさんにどんな過去があったかなんて、私は知らない。でも、昔の考え方を変える事ならできる筈だよ!」
 ハルナの言葉に、シンジが絶句する。そんなシンジに、ネギも言葉をかけた。
 「僕も早乙女さんと同じです。僕はタカミチに僕がどれだけ強くなったか見て欲しくて戦いたかったんです。それはシンジさんに対しても同じです」
 「ネギ君・・・」
 「シンジさん、桜通りの吸血鬼事件の時に話してくれましたよね。正義と言う名の下に、親友を殺した、って。シンジさんが戦いを嫌うのは、それが理由なんでしょう?高音さん相手に拳を振るいたくなかったのも、もう2度と誰かを殺したくなかったからなんでしょう?」
 ネギの明かしたシンジの過去に、少女達は言葉が無かった。
 「あの時、言ってくれましたよね。僕には自分と同じ悲しい思いは味わって欲しくないって。もしそういう状況になったら、相談して欲しいって。犠牲になる少数を、僕の代わりに助けてあげるからって。その言葉を、僕はシンジさんに返します。僕は次の試合で、シンジさんを助けます!」
 ネギの宣言に、全員がネギをマジマジと見直した。
 「僕だって本当は戦いたくなんてありません。でも小太郎君との腕試しや、古老師との鍛錬、師匠マスターとの実戦練習は嫌いじゃありません。でもそれは殺し合いがしたい訳じゃないんです。少しずつだけど、自分が強くなっている事が実感できて嬉しいんです。だからその事をシンジさんに知って欲しいんです。その為に、僕はシンジさんと戦います!」
 「・・・くく・・・」
 思わず顔を覗き込むネギ。そのネギの頭に手を伸ばすと、シンジは全力でグシャグシャと頭を撫でまわした。
 「じゃあ、助けて貰うとするよ。楽しみにしてるからね、ネギ君」
 「・・・はい!」



To be continued...
(2012.05.12 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は麻帆良武道会前編と言う形になりました。それにしても久しぶりに鬱状態というか自虐モードのシンジを書けました。妙に新鮮味があって、書いていて楽しかったですw
 話は変わって次回ですが、麻帆良武道会後編になります。
 1回戦が終了し、2回戦が始まる。そして遂にシンジとネギの兄弟対決が始まる。
 シンジを救おうと、全力での勝負を挑むネギ。そんなネギの行動に、シンジもまた全力で応えようとする。だがシンジの放った攻撃に、ネギは困惑するしかなかった。
 そんな感じの話になります。
 それではまた次回も宜しくお願い致します。



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