第三十五話
presented by 紫雲様
選手席―
「・・・やっぱり恥ずかしいわ。この格好は」
「・・・同感です。と言うより、何で猫耳なのでしょうか・・・」
主催者である超の指示により、アスナはフリルがたくさんついたメイド服、刹那は割烹着に猫耳、靴底が10㎝近い草履(?)という恰好である。しかも、両者ともにスカート姿であった。
『今大会の華!神楽坂選手に桜咲選手です!キュートなメイド女子中学生の登場に、会場も別な感じで盛り上がり中!』
「あああ、朝倉あああ!」
『いや、アンタ達ってさ、古菲みたいに前年度チャンピオンとかの箔が無いでしょう?折角可愛いんだから、恰好だけでもインパクトをって、主催者の指示でね』
和美の暴露話に、観客から『ナイスだ、主催者!』『いいぞー!』と一斉に歓声が沸き起こる。
そんな3人をよそに、舞台脇では古や楓、エヴァンジェリンが試合開始までの僅かな時間をどちらが勝つかで予想し合っていた。そこに突如、アスナの頭をクシャクシャと撫で回した手があった。
「ちょちょちょっと!イキナリ何するんですか!?」
ビクウッと後ずさるアスナ。ローブ姿のアルビレオの登場に、エヴァンジェリンの顔色が目に見えて変わっていく。
「・・・改めて間近で見ても信じられません。人形のようだった貴女が、こんなに快活な女の子に成長していたとは・・・友人にも恵まれているようですし、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグが貴女をタカミチ君に託したのは正解だったようですね」
「・・・誰?あんた、誰なの?」
「ネギ君からの魔力を受け取る時、何も考えず力を抜いて、自分を無にしてごらんなさい。そうすれば、貴女にもタカミチと同じ事ができるでしょう」
過去の自分を知っているらしい人物の登場に、アスナが詰め寄ろうとする、だがそれよりも早く、エヴァンジェリンが飛びかかった。
「おい!何故、貴様がここにいる!どれだけ探したと思っているんだ!」
だがアルビレオはそれには応えずに、まるで空気へ溶け込むかのようにフッと姿を消してしまった。
「消えた!何者アルか、今の御仁は!」
「・・・奴は坊やの父親の友人の1人だ。名はアル」
「クウネル・サンダースで結構ですよ。クウネルとお呼び下さい」
背後からの声に、古と楓が慌てて振り返った。そこにはいつの間にか、アルビレオが立っていた。
「貴様、今までどこで油を売っていた!それに神楽坂明日菜について、何故、知っている!」
「・・・なるほど、貴女は知らなかったんですね。では、今しばらくの間は秘密、と言う事で」
ニッコリと笑うアルビレオに、エヴァンジェリンのこめかみに大きな青筋が浮かび上がる。
「ところでアスナさん、貴女は力が欲しいのでしょう?ネギ君を守る為の力が。私が少しだけ、力を貸しましょう。もう2度と、貴女の目の前で誰かが死ぬ事のないように」
それだけ言うと、アルビレオは再び姿を消した。
舞台上へ移動する2人。刹那はデッキブラシを、アスナはハリセン状態のハマノツルギを手にしていた。
「アスナさん、試合開始前に魔力を受け取っておかないと。今後もアスナさんは、それが当然の状態で戦う訳ですから」
「う、うん。えっとシズ・メア・パルス・・・」
ネギからの魔力供給が開始され、アスナの全身に魔力が満ちていく。
「さて、では始めましょうか」
「うん、行くよ師匠。朝倉、いつでもいいよ」
『それじゃあ、第7試合Fight!』
エヴァンジェリンside―
この麻帆良学園において、神楽坂明日菜の力量をもっとも正確に把握しているのは、剣の師匠であり京都においては戦友となった刹那と、敵として刃を交えたエヴァンジェリンの2人である。
そのエヴァンジェリンから見ても、今のアスナの動きは異常に見えた。何せ、いざ試合が始まってみれば、防戦どころか互角の剣撃の応酬なのである
身体能力は互角に近いが、経験と技量において、刹那はアスナを上回る。だからこの試合は刹那が一方的に攻め、アスナが防戦に回ると考えていたのであり、アスナには勝機など無かった筈なのだから。
「・・・凄いですね、こんなに成長していたのか・・・」
「シンジか、少しはマシな面に戻ったようだな」
「ええ、早乙女さんとネギ君に叱咤激励されましてね。ネギ君は僕を救ってくれるそうなので、少し楽しみなんですよ」
そんなネギはと言えば、所用で今は席を外している。シンジもネギが、今まさに解説者席の真横で、小太郎や千雨と会話をしているとは欠片ほどにも考えていなかった。
その間も、剣の応酬は続く。
走りながらの応酬から一転し、足を止めて剣を交える2人。だが僅かな隙を突いて、刹那が逆立ちからの両足による蹴りを放ってアスナを吹き飛ばしていた。
空中へ飛ばされたアスナ。そこへ刹那が追撃を仕掛ける。足場のない空中での応酬であるが、その激しさは地上での応酬に勝るとも劣らない。
「何故だ!神楽坂明日菜にこれほどの身体能力がある筈がない!ただの体力馬鹿では説明がつかんぞ!」
「素直ニ驚キダナ」
「ああ」
エヴァンジェリンの叫びに、茶々ゼロとカモが同意する。
「あれは、元々彼女が持っていた力ですよ」
再び現れたアルビレオに、エヴァンジェリン『貴様!』と振り向いた時だった。
「ひょっとして知り合いなんですか?アルビレオさんとエヴァンジェリンさんは」
「シンジ君。今はクウネルと呼んで戴きたい」
「ええ、良いですよ。それでクウネルさんはエヴァンジェリンさんと知り合いなんですか?」
「ええ、その通りです。古き友、と言うべきでしょうね」
「ちょっと待て!貴様ら知り合いか!?」
激昂するエヴァンジェリン。シンジはキョトンとしたまま答えを返した。
「まあ取引相手ってとこですかね。貴重な書物をお互いに交換し合っているんです」
「・・・確かにウソではありませんね。もっともシンジ君が持っていったのは、禁呪の写本でしたが」
「それについては等価交換という約束は守っています。こちらも陰陽道の秘奥級の書物『金烏玉兎集』を提供したんですから、釣り合いは取れているでしょう?」
「いやいや、詠春とは似ても似つかぬタヌキだと痛感させられましたよ。どうやったらここまで性格が捻じれるのか、彼を問い詰めたい所です」
爆弾発言の応酬を繰り広げる2人の姿に、周囲は唖然として声もない。と言うよりも、あまりにも2人の息が合い過ぎているのである。
この瞬間、エヴァンジェリン達の脳裏に『似た者同士』『類は友を呼ぶ』といった言葉が浮かんだのも仕方ない事かもしれない。
「それはそうと、我が古き友エヴァンジェリン。賭けをしませんか?私はアスナさんの勝ちに賭けます。賭ける物はアスナさんについての情報です」
「・・・フッ、良いだろう。貴様が何をしようと、奴が刹那に勝てる事などあり得ないからな」
「ならば決まりです。では、あの神鳴流剣士のお嬢さんが負けた場合」
ポンッと音を立てて『えゔぁ』と名前の入った紺色のスクール水着が現れる。
「貴女にはこれを着て次の試合に出て戴きましょう」
「待てえい!何だそれは!」
「何って、スクール水着を知らないんですか?エヴァンジェリンさん」
「そう言う事じゃない!というか、何を当然のようにアルに与しているんだ、シンジ!」
「そちらこそ、何を言うんですか。クウネルさんと組んでエヴァンジェリンさんを弄り回す方が楽しいから、与しているに決まってるじゃないですか」
ウガーッと暴れ出すエヴァンジェリン。その横にいた茶々ゼロが『御主人、落チツカネート玩具ニナルダケダゼ』と冷静にツッコんでいる。
(・・・楓、悪党が2人に増えたアルよ・・・)
(・・・クウネル殿が3-Aに直接関わる事はないでござろう)
ヒソヒソと小声で会話する2人。そこでクウネルが『おやおや』と呟いた。
視線の先。そこには今まで順調に剣撃を繰り広げていたアスナが、まるでガス欠でも起こしたかのように動きを止めていたからである。
「まあ初めてでは仕方ありません。さあもう一度、先ほど教えた通りにやってみましょう。左手に魔力、右手に気」
僅かに遅れて、アスナの全身からブワッと力が沸き起こる。
「バカな!『気と魔力の合一 』咸卦法はタカミチも別荘を使わねば習得できなかった技だぞ!そう簡単に・・・」
「タカミチ君、頑張りましたよね。気と魔力を融合して、身の内と外に纏い強大な力を得る高難度技法。相反する力を融合して得る力の凄まじさは、貴女も知っての通り。今は素人な彼女ですら、あの威力です」
刹那side―
再び正面からぶつかり合うアスナと刹那。経験と技量を考慮すれば刹那に有利だが、刹那はあえて技を封じて戦っていた。と言うのも、刹那は初めて戦いに『楽しい』という感情を持ったからである。
刹那にとっての戦いとは、木乃香という大切な存在を守るべき物である。だから第6試合でのシンジの作戦には否定的ではあったものの、控室でシンジが口にした考えには、どこか共感できる部分があった。
もし刹那が敗れれば、木乃香の身に危険が及ぶ。それはすでに、京都で一度実現している事なのである。だからこそ、シンジの『戦い=殺し合い』という考えは、大袈裟とは思いつつも否定しきれないでいた。
(・・・でも、今は違う。私はアスナさんと戦う事に、確かに喜びを感じている)
アスナの動きには、まだまだ無駄が多い。ハッキリ言えば隙だらけである。だがその隙を突いて戦いを終わらせようという考えは、刹那には無い。それより、いつまでもアスナと剣を交えていたいという欲求が湧きあがって来ていた。
しかし、それはあくまでも刹那が全力を出さないと言う前提条件があってこその均衡である。同時にその事実は、刹那がアスナの実力を自分よりも下だと認識している事の裏返しでもある。
だからこそ、油断を突かれた刹那は反応できなかった。
刹那の攻撃をしゃがんで躱わすと同時に、アスナは左拳で刹那の手を攻撃。さらに右肩からの体当たりで刹那を地面に吹き飛ばしつつ、ハマノツルギを喉元へ突きつけるという一連の動きに。
(今のは!?)
反射的にハマノツルギを足で蹴り飛ばしつつ跳ね起きる刹那。アスナの流れるような連続技に、刹那は素直に感嘆した。
「今の動きは素晴らしいですよ、アスナさん!」
刹那が空中を舞っていたデッキブラシをハシッと掴む。そして再び始まる剣撃の応酬。だがアスナの動きは、更に速度を増していた。
(これは咸卦の気が密度を上げた!?)
アスナの速度の上昇に比例するかのように、アスナが攻撃する時間帯が増していく。
『謎のスチール製ハリセンの神楽坂選手、デッキブラシの桜咲選手を僅かに押しています!このまま押し切るか!?』
「こらー!桜咲刹那ーーーー!詠春と同じ京都神鳴流剣士が、ちょっとパワーが上がっただけの素人に何をてこずる!さっさと倒せ!負けるなど、私が許さぬぞ!」
「い、いえ、このアスナさんの動きは本物」
「騙されるな!こいつが助言しているだけだ!ええい、貴様、念話を止めんか!」
アルビレオに肩車した状態で、後ろから首を絞めるエヴァンジェリン。近くにいるシンジ達は呆れたように見ているだけである。
「いいか!もし負けてみろ!お前には私以上の恥辱を与えてやる!お前の大切な御嬢様の眼前で!」
「ちょっとーーーー!?」
目尻から涙を噴き出す刹那。思わず剣撃を止め、外野のエヴァンジェリン目がけて抗議する。刹那にしてみれば、自分には何の非もないのに、いきなり脅迫されたのだから仕方ないかもしれないが。
(神鳴流の技は大観衆の前で使いたくなかったが・・・本気を出さないのはアスナさんに対して失礼。それなら!)
「神鳴流奥義、斬空掌・散!」
アスナside―
エヴァンジェリンの言う通り、アスナはアルビレオから念話で助言を受けながら戦っていた。だがその事に、段々とアスナは耐え難い物を募らせ始めていた。
(クウネルさん!助言はもういりません!こんなの、卑怯です!)
(そうは言いますが、貴女はこの試合に勝ってネギ君と戦いたいのではありませんか?)
一瞬、口籠るアスナ。だが彼女は決断した。
(自分の力で戦わないと意味が無いんです!本気でやってる姿を見せないと、あの馬鹿に届かないんです!だから、私1人でやらせて下さい!)
(・・・うむ、ですが本当に良いのですか?何度も言いますが、今の貴女では彼女に勝つ事は出来ない。それはネギ君をあのままにしておくと言う事なのですよ?)
アスナの脳裏に、ネギの過去がフラッシュバックする。ただひたすら、無心に父親の背中を追いかけようとする、小さな姿が。
ほんの僅かとは言え、アスナが体を硬直させる。そこへ刹那の『行きます!』という叫びが聞こえ、慌ててアスナは振り向いた。
「神鳴流奥義、斬空掌・散!」
複数の衝撃波がアスナの周囲を直撃。アスナの視界を塞いでしまう。
(あの子には危険な所があります。あのままでは、あの子をも失う事になってしまうかもしれませんよ?)
その言葉に、思わず視線をアルビレオへ向けるアスナ。そこへ空中から刹那が舞い降りた。
その迫りくる姿に、アスナは激しい頭痛とともに、覚えのない記憶を思い出す。
『よお、タカミチ。火ぃ、くれねえか?最後の一服って奴だ』
場所は深い樹林。目の前には、2人の男がいた。1人はスーツ姿の無精髭の男。年齢は40歳ぐらいで、岩に背中を預けて満足そうに紫煙をくゆらせている。もう1人はやはりスーツ姿で、10代後半ぐらいの少年。それは若き日のタカミチだった。
『何だよ、嬢ちゃん。涙見せるのは、初めてだな・・・へへ、嬉しいねえ』
『・・・師匠!』
『タカミチ、これは俺の遺言だ。嬢ちゃんの記憶から、俺の事は念入りに消しておけ。これからの嬢ちゃんには、必要ないものだ。嬢ちゃんに幸せになって貰うのに、必要な事なんだ』
ゴフッゴフッと口から血を吐く男。そんな男の手に、小さな女の子がソッと手を重ねる。
『やだよ、ナギもおじさんもいなくなっちゃうなんて・・・やだよ・・・』
『幸せにな、嬢ちゃん。嬢ちゃんには幸せになる権利があるんだ』
『やだよ、ガトーさん!』
苦痛を堪えながら笑う男。その瞳に映っていた女の子の顔は、小さな頃のアスナ―
「いなくなっちゃ、やだ!」
アスナの咆哮と同時に、ハマノツルギがハリセンから大剣へと姿を変化させる。そしてハマノツルギは、刹那の斬岩剣をガキイッ!と食い止めていた。
アスナの目尻に涙が浮かぶ。だがその瞳は、正気を失い激情に支配されていた。
今まで以上の咸卦の気が、ハマノツルギを含めたアスナの全身を包み込んでいく。その力の強大さに、ハマノツルギがまるで呼応するかのように、キキキキキと小さな音を立て始めた。
激情に呑みこまれたアスナが、ハマノツルギを右手一本での切り落としを仕掛ける。最短コース、最速という最高の一撃は刹那の眼前に迫り―
「神鳴流浮雲・旋一閃!」
逆に懐へ飛び込んだ刹那が、空中3回転しながらの投げ技を敢行。正気を失っていたアスナを派手に舞台へ叩きつけ、昏倒させた。
『神楽坂選手健闘してくれましたが、残念ながら、この大会は刃物は禁止されています!よってこの試合、神楽坂選手は失格。桜咲選手の勝利となります!』
観客席から沸き起こる歓声。その歓声で気付いたのか、アスナが目を開ける。
「刹那さん、私・・・?」
「アスナさん、凄い素質ですね。修業すれば、絶対に強くなれますよ」
そういうと、刹那はアスナに手を差し出した。
そして第8試合は、まるでストレスを発散させるかのように、エヴァンジェリンが対戦相手を瞬殺してのけていた。
3-Aホラーハウス担当組―
「ななな、何て凛々しい御姿なのでしょう!」
麻帆良武闘会の1回戦のハイライトシーンが、学園中に流されていた。観客席は録画機器の類は使用できないので、今流れているのは全て超が流している物である。その映像を3-Aのホラーハウス担当組も見ていたのであった。
パソコンのディスプレイ上では、ちょうどネギが瞬動術でタカミチの背後を取った所が流されていた。そのシーンにあやかはもとより、鳴滝姉妹やチア部3人娘らも『おお!』と画面を食い入るように覗き込む。
1度はタカミチに倒されたが、そこから不死鳥のように立ち上がり、逆転KOする一部始終を目撃するに至り、クラス中から歓声が起こる。
「ネギ君、高畑先生に勝っちゃったよ!」
「ス、スゴ!」
呆気に取られる少女達。それが終わると、今度はシンジのシーンになる。
「ちょっとちょっと、シンジさんボコボコなんだけど」
「・・・ん?ちょっと、これ見てこれ!」
亜子が指差したのは、画面隅の時間である。凄まじい速度で進むカウントに、少女達はやっと画面の意味を理解した。
「ひょっとしてシンジさん、5分以上殴られっぱなし!?」
「つーか、それで無傷って何よ!」
早送りが終わると、シンジが高音相手に殴りかかった。すると今度は殴られた高音が舞台に叩きつけられ、まるで冗談のようにバウンドして10カウントを取られた。
「馬鹿力にもホドがあるでしょ!?」
「高音先輩、死んでるんじゃない?」
「いや、速報によれば気絶で済んだみたい。でもこの2人が、次はぶつかるんだよね?」
裕奈の言葉に、全員がゴクッと唾を飲み込む。
((((((見たい))))))
「誰か私と仕事、代わりなさーい!」
「やだよ、こんなの見たら、私達も行きたいもーん!」
紛糾するクラス。だがザジが仲間を呼んでホラーハウスを担当するという話で結論はまとまり、3-Aメンバーは見物へ行く事になった。
余談だが、武道会の間の3-Aホラーハウスは、実にリアルな恐怖を味あわせるホラーハウスとして、来客の間で高い評価を得る事になる。
超side―
「調子はどうネ?」
「カメラ妨害用ナノマシン散布良好。ネットに撒いた種も、上手く芽吹いているようですよ。さすが超さんのプログラムです」
真っ暗な大会運営室。光源はパソコンのモニターのみという中、超と聡美は現在の状況確認を行っていた。
「ところで、この人は良いんですか?このクウネルさんという方ですが」
「身元については、シンジさん経由で確認が取れているネ。ネギ先生の父親の仲間、目的はネギ先生に試練を課す事。こちらからちょかいをかけなければ、問題は無いヨ」
「それなら安心ですね。分かりました、クウネルさんについては、警戒レベルを引き下げておきます」
カタカタとキーボードが鳴る中、超が面白そうに呟く。
「ネットの下準備も24時間以内に完了する。魔法関係者に動きがあれば連絡が来る筈だが、それも無い。作戦は順調ネ」
千雨side―
1回戦のハイライトシーンが、舞台の上空に映し出されていた。そこに映し出されている映像に、ネギの顔色が段々と悪くなっていく。
「オイオイオイオイ、ええんか?アレ」
「マ、マズイんじゃないかなー、撮影禁止なのに・・・それとも大会側が撮るのはOKって事なのかな?」
「あの、先生。その事なんだけど、ネットにも上がってますよ?もう30分ぐらい前から、全く同じ映像が」
千雨のノートパソコンには、確かにネギとタカミチの戦闘シーンが映し出されていた。
(どどど、どうしよう。僕、たくさん魔法使っちゃったよ・・・)
(アホウ、ビビんな。こんな程度でバレへんって)
(で、でももしバレたら・・・)
幾ら声を顰めても、隣にいれば聞こえてしまう。当然の如く、千雨は問いかけた。
「何かバレるとマズイんですか?」
「え゛?」
「やっぱりイカサマでもしてたんですか?だからバレるとマズイとか?」
認めればイカサマ扱い、否定すれば魔法がバレかねない事態に、ネギがパニック寸前に追い詰められていく。
そこへイカサマ呼ばわりされた小太郎が激昂するが、千雨は『うっせえ、ガキ』と一蹴して、ネギをさらに問い詰める。
「本当の事を言って下さい。本当に、あんなに強いんですか?」
オロオロするネギ。そのネギの姿に、千雨はフンと鼻を鳴らした。
(イケ好かねえガキだが、イカサマに加担するような奴じゃねえよな・・・)
「ま、良いですよ。ところで、実はもっと気になる物が、その映像と一緒に流れているんです。『魔法』ってのに心当たりはありますか?」
その言葉に、ネギも小太郎も同時に硬直する。そこへ『間もなく2回戦第1試合が始まります。村上選手とクウネル選手は会場へお越し下さい』という和美のアナウンスが流れた。
「お、俺の出番や!じゃあ、決勝でな、ネギ!」
「うん!」
『では、これより2回戦第1試合を開始します。まずは第1試合、対戦相手の佐倉選手を、アッパーカットの風圧でリングアウトに追い込んだ、村上選手です!』
「っし!いったるか!」
腕をグルグルと回しながら、小太郎が歩き出す。そこへ楓が近づいた。
「コタロー、油断は禁物でござるよ」
「ああ、わかっとる。油断は俺の最大の弱点やからな」
既に舞台上に上がっているクウネルを、軽く睨む。
「油断はせん、最初っから全力や!準決勝で待っててや、楓姉ちゃん!」
舞台上は上がる小太郎。そこで今度は和美がクウネルの紹介を始める。
『次は第2試合、対戦相手の大豪院選手を鮮やかなカウンターの一撃で沈めたクウネル選手です!』
沸き起こる歓声。
『それでは2回戦第1試合Fight!』
楓side―
試合開始直後と同時に、瞬動術でクウネルの懐へ飛び込む小太郎。確かに全力で戦ってはいるが、楓は小太郎が作戦ミスを犯した事にすぐ気がついた。
基本的に相手の手の内も、実力も判断せずに全力攻撃というのは愚策である。楓は油断しない=相手の力量を過小評価しない、と言う意味で忠告したのだが、小太郎は油断しない=本気で戦うという意味に捉えていたのである。
(狗族のハーフ故の身体能力という長所と我流故の欠点と言うべきでござるか。自信過剰にすぎる所があるでござる。そういう意味では、駆け引きにおいては、ネギ坊主に一日の長という所でござるな)
突撃したものの、小太郎は強烈な一撃を顎と背中に貰い、派手に吹っ飛んだ。
それでも何とか立ち上がるが、膝が笑っているのを楓の目はしっかり捉えている。
(顎の一撃で脳を揺さぶられたようでござるな。ここは我慢をする所でござるよ)
だが楓の思惑とは裏腹に、小太郎は攻めに拘る。7体の影分身による全方位攻撃。それをクウネルは見事に躱わしつつ、左の掌手を小太郎に叩き込む。
空中へ飛ばされた小太郎の口から『がふっ』という苦悶が漏れる、そこへクウネルの右の掌手が襲い掛かり、まともに被弾した小太郎は、石灯篭を吹き飛ばしながらリング外へ吹き飛び、水上の回廊の柱に叩きつけられてやっと止まった。
(コタロー、こういう時こそ落ち着くでござるよ)
「疾空黒狼牙!」
右手から無数の狗神が放たれる。漆黒の狼の群れは、クウネルの周囲へ降り注ぎ目くらましとなる。そこへ瞬動術で小太郎がクウネルの懐へ飛び込んだ。
(む、今のは良い攻め方でござるな)
「我流・犬上流!狼牙双掌打!」
両手の掌打に気を込めた一撃を、クウネルは正面から受けた。だがクウネルは痛みを感じていないかのように、苦悶の声1つ漏らさない。
「アホな!今のは直撃のはず」
そこへクウネルの魔力を込めた肘打ちが、小太郎に襲い掛かる。一撃で地面へ叩きつけられた小太郎は、呼吸困難を起こして息をするのもままならない。
「貴方はまだ若い。実力の差に、気を落とさないで下さい」
「ふ、ふざけんな!」
小太郎の目に怒りが宿る。同時に小太郎の髪の毛の色が変色し始め―
(コタロー!)
思わず飛び出そうとした楓だったが、それよりも早く、ゴシャッという音とともに、小太郎は崩れ落ちた。まるで真上から巨大なボールで押しつぶしたかのように、舞台は半球体形状に凹んでいる。
『きょ、強烈な一撃!村上選手、気絶!勝者、クウネル選手です!』
麻帆良武闘会会場外―
弐集院、ガンドルフィーニ、瀬流彦、明石、刀子の5人は超が流していたハイライトシーンを見ながら小休止を取っていた。
「うわちゃー、タカミチさん本気出しちゃってますよ。咸卦法に豪殺居合拳って・・・」
「あっはっは、これは男として仕方ないでしょう、それにしてもネギ君がここまで強いとは思わなかったな。それで次の相手は・・・おや、次はシンジ君なのか、どれどれ」
画面をクリックして、シンジのハイライトシーンを見る。5分以上殴られっぱなしからの一撃必殺のカウンターに、ガンドルフィーニが目を丸くする。
「5分間無傷って、何をやったんだ?」
「・・・恐らく、硬気功の類ではないでしょうか?あの子の気の容量は莫大ですからね、全部防御につぎ込めば、下手をすれば私の一撃にも耐えるかもしれません」
「防御は分かった。では最後のカウンターは?」
「純粋に気を込めて殴っただけかと。ただ込められていた気が、高音さんの予想を遥かに超えていたんでしょうね。まあ格闘技術その物は素人レベルですから、恐れるほどの物ではありませんが」
紅茶に口をつけながら説明する刀子に『そんな事言えるのは刀子先生ぐらいですよ~』と瀬流彦が苦笑いする。それを耳にしながら『糸使いの事は黙っておいた方が良いんだろうなあ』と弐集院が画面を覗き込むようにして顔を隠す。
「今の所、バレそうな映像はあるかな?」
「そうですね・・・先ほどの小太郎君の7体分身、長瀬君に敗れた遠当て使い、高畑先生の豪殺居合拳、ネギ君の魔法の射手を乗せた体当たり攻撃、シンジ君の硬気功、神楽坂君の大剣変化、今のところはそれぐらいでしょうか」
「一番バレにくいのが、あの近衛君 なのかね・・・」
「不幸中の幸いと考えましょうよ。ところで刀子先生、ネットの方は問題ありませんか?」
こめかみをグリグリと押さえるガンドルフィーニを慰める瀬流彦。その瀬流彦の言葉に、刀子が苦笑しながら応じた。
「・・・まあこの程度の画像流出ならば誤魔化せるかと。ただ学園長には連絡を入れておくべきでしょうね、念のために」
(・・・不自然に『魔法』という単語が目立つが、まあ気にするほどでも無いか)
麻帆良武道会場―
『2回戦第2試合ですが、古菲選手は左腕の骨折の為に試合を辞退。長瀬選手が不戦勝として準決勝へ進出が確定しております。皆様、ご了承ください』
観客席の武道系サークルから悲鳴が漏れる中、和美はアナウンスを続ける。
『気を取り直して2回戦第3試合に移ります!まずは死の眼鏡 高畑選手を激戦の末に下した少年拳法使いネギ・スプリングフィールド選手!師、古菲選手が敗退した中、どこまで勝ち残れるか注目が集まります!』
ネギの登場に歓声が起こる。
『対するは1回戦で硬気功からのカウンターの一撃で高音選手を沈めた近衛シンジ選手!両者ともプライベートにおいては実の兄弟のように仲が良い事は有名!この兄弟対決、どちらに軍配が上がるのか!?』
和美の実況に、観客席からどよめきが起こる。女子寮の住人や、魔法関係者でなければ知らない情報なので、驚くのも無理は無かった。
『解説者席の豪徳寺さん、どちらが有利と見ますか!?』
≪そうですね、やはりネギ選手かと思います。先ほどの試合は見ましたが、近衛選手は格闘技術その物は不得手のようですから。あの破壊力と硬気功は恐るべきものですが、それでも総合力でネギ選手が上回るでしょうね≫
『ありがとうございます、豪徳寺さん。それでは・・・ん?ちょっと、シンジさん。そのトランクケースは何?』
シンジがトランクケースを持ってきている事に気付く和美。周囲も首を傾げるばかりである。
「これ?僕の切り札」
そう言うと、トランクケースを手にしたまま、シンジが頭を掻きながら開始線上に立った。
「じゃ、楽しみにしてるからね、ネギ君」
「はい!行きます!」
観客席―
「間に合いましたわ!って、貴女達もいらしたんですの?」
「いいんちょ!?それにみんなまで!」
ズラーッと勢揃いの3-A。この場にいないのはごく少数である。
「話は後ですわ、それより始まりますわよ!」
あやかの言葉に、慌てて視線を戻す図書館探検部4人娘。ネギは半身に構え、シンジは脱力したまま立っている。
『それでは2回戦第3試合Fight!』
宣言と同時に、ネギが背中から地面へ倒れ込んだ。続いて何かが落ちる音が響く。
『い、今何が・・・これは、10円玉?』
足元にまで転がってきた10円玉を摘みあげる和美。観客席からも訝しげなざわめきが聞こえてくる。
「ネギ君、起きないと追撃しちゃうよ?」
「だ、大丈夫です。さすがに驚きましたけど・・・」
額を押さえながら立ち上がるネギ。その額から流れる赤い1筋の流れに、あやかが『ネギ先生に何をするんですの!?』と激昂し、裕奈達に力づくで取り押さえられる。
「古老師みたいにはできませんでしたから」
「だろうね。じゃあ、いくよ?」
同時にシンジの手元から、無数の射撃が開始された。それを必死になってネギが捌いていく。
『こ、これは羅漢銭!?第4試合で龍宮選手が見せた射撃技!近衛選手も使い手だったんでしょうか!?』
真名に比べると威力は落ちるのか、床を砕くほどの破壊力は無い。そのおかげで、ネギもローブの裾を利用しながら、硬貨の嵐を防ぐ事が出来ているのである。
「でも、この程度なら!」
顔の前で腕を組みながら、一気に間合いを詰めるネギ。シンジが硬気功を使ってくると呼んで、破壊力重視の無詠唱雷の1矢を乗せた雷華崩拳で勝負をかける。
「おお!早い!」
「ああ、さすがネギ先生ですわ!」
だが、シンジの行動はネギの予想を上回っていた。迫りくる一撃を、シンジは両手で下から上へ払いのけながら、そのまま右肘でカウンターを決めてきたのである。
全く予想と違う行動に、ネギは無防備のまま肘を喰らい、慌てて後ろへ飛び退いた。
「ウソ!シンジさん、あんな真似できたの!?」
「いえ、そんな筈がないですよ。だって長瀬さんが『格闘技術に関しては素人』と言っていたです!」
ジュースを飲みながら説明する夕映に、のどかと木乃香がウンウンと頷く。
『い、今のは肘打ち、ですか?』
≪ええ、恐らくそうです。ネギ選手の拳を上へ跳ね上げる事により、胴体をがら空きにさせ、そこへ肘によるカウンターです。中国拳法、恐らく八極拳ではないでしょうか?≫
『羅漢銭だけではなく、中国拳法まで習得していた、と?』
その間も、ネギは打開策構築の為、距離を取ってシンジの様子を窺っていた。距離は8mほど。シンジの手はポケットに入っていて、羅漢銭を放ってくる気配は無い。
「ネギ君、本当にいいの?そこは僕の射程範囲内だよ?」
言い終わると同時に『パパパン』と音を立ててネギが吹き飛んだ。その光景に、解説者席の豪徳寺が絶叫した。
≪馬鹿な!居合拳だ!タカミチのヤローの居合拳だと!?≫
ネギは体勢を立て直すと、即座に移動を開始。止まっていては居合拳の的になると判断したからである。そこへシンジが羅漢銭で追撃していく。
『これは予想外!力任せの素人という評価だった近衛選手!ここで龍宮選手の羅漢銭、高畑選手の居合拳、古菲選手の中国拳法と惜しげも無く使ってきた!』
選手席―
「ど、どういう事アルか!?シンジさんは素人だった筈アルよ!」
「これは、面妖でござるな。恐らく何らかの仕掛けはある筈でござるが・・・」
そこで距離を詰めたネギが、小技で牽制の攻撃を仕掛ける。それにシンジは組みつくと、グルッと回転しながらネギを投げ飛ばした。
「今のは浮雲・旋一閃!神鳴流の技まで!?」
もはや言葉も無い少女達。試合場では打つ手のないネギが、険しい形相で必死に起死回生の方法を探りながら、攻撃を凌いでいる。
そこへシンジが宙に飛び上がった。ポケットに手を入れたままの姿勢に、ネギが咄嗟にその場から逃げ―
ゴウンッ!という音とともに、舞台上にクレーターが出現していた。
「あれは高畑先生の豪殺居合拳!?」
「そうでござるな。さすがに高畑先生よりも規模は小さいようでござるが、間違いなく同じ技でござる」
「クク、そう言う事か!あのペテン師が!」
急に笑いだしたエヴァンジェリンに、周囲の視線が集まる。
「確かにアイツなら可能だろうよ!本当に楽しませてくれる奴だ!」
「心当たりがあるのですか!?」
「ああ、ありすぎるほどにな!クックック、おい茶々ゼロ。お前も分かったんじゃないのか?」
「ケケケケケ、アノ詐欺師!トコトン悪党ダヨナア」
答えに気付いた主従は、心底楽しそうに笑っている。
「だが、少々大盤振る舞いしすぎだな。いや、それも思惑の内か」
エヴァの視線の先、そこにはやはり答えに気付いたらしいネギが、笑顔を浮かべながら立ち上がっていた。
「・・・凄いですよ、シンジさんがそこまで凄いなんて、知りませんでした。でも手品の種は分かりました!」
ネギの叫びに、観客達が一斉に静まり返った。
「シンジさん、貴方はみんなの技をコピーして再現したんです!タカミチの居合拳、龍宮隊長の羅漢銭、刹那さんの神鳴流、全てこの大会で使われた物でした!まず貴方は完全記憶を使って達人クラスの技を分析した。そして判明したもっとも効率的な体の使い方を人形制作者 で再現。そして身体能力自体は気で補った!そうでしょう!?」
「あらら、思ったより早くバレちゃったなあ。やっぱり豪殺居合拳はサービスしすぎたかな?」
「はい、あれで確信できました。古老師の中国拳法だけは、僕と老師の修業を近くで見ていたから、技のストックこそ多いでしょうけど、それでも100%には及ばない。豪殺居合拳の威力が小さかったのも、羅漢銭で龍宮隊長のように500円玉じゃなくて10円玉を使っていたのも、100%再現出来ないという欠点があったからです!」
ネギの指摘に、全員が絶句した。その場で技をコピーする等、どう考えても無理がありすぎる。なのにそれをシンジはしてのけたと言う事に。
『ちょ、ちょっと待ってよ!ネギ先生!シンジさんは確かに完全記憶の持ち主だけど、そんな真似出来るの!?』
「出来るんでしょうね、実際にやっている訳ですから」
そんなネギと和美の会話を聞きながら、エヴァンジェリンが面白そうに口を開いた。
「坊やも良い洞察力を身につけてきたじゃないか」
「じゃ、じゃあ今ので正解なの!?」
「そうだ。シンジは私から修業を受けているが、同じ方法で訓練をしているのさ。私の人形使いの技をな」
その言葉に、アスナ達はエヴァンジェリンの別荘での言葉を思い出していた。既にあの別荘で3ヶ月以上、修行していたという言葉を。
「そ、それならネギ坊主の勝ちアルね!種が割れたなら・・・」
「それは大きな間違いだ。シンジに取って手品の種が暴かれるのは想定内なのだから。アレはまだまだ手を隠しているぞ?」
そう返すと、エヴァンジェリンは舞台上へ視線を戻した。
観客席―
当初の予想とは大きく違う戦いに、少女達は言葉が無かった。技と速さのネギ、破壊力と防御力のシンジという戦いの予想は、達人の弟子対達人のコピーという予想外の光景だったからである。
「・・・完全記憶とは言え、そこまで出来るなんて」
「これは予想外だよねえ」
夕映の独り言に、ハルナが同意する。だが人形制作者 という異能の特性は、2人も聞いた記憶があった。
そんな2人の後ろでは、シンジの異能を知らない裕奈や双子姉妹が『この悪党があ!』と歓声をあげ、あやかは『ネギ先生、さすがですわ』と褒め称えている。
「ん?お兄ちゃん、何しとるんや?」
木乃香の言葉に、少女達がシンジへ目を向けた。当のシンジはと言えば、狩衣の袖からゴソゴソとヌイグルミを取り出している所である。
「あれは、ヌイグルミだよね?熊かな、あれは?」
観客達も気付いたのか、ざわめきが上がりだす。同時にネギと和美も、シンジの行動に気付いた。
『シンジさん、ヌイグルミなんてどうする気?』
「僕の武器。朝倉さん、下がってないと、巻き込まれるよ?」
その言葉に慌てて下がる和美。ネギも慌てて身構える。
「じゃあ、行くよ。第2ラウンド開始だ」
その言葉と同時に、地面に置かれたヌイグルミが音も無く立ち上がる。その異様な光景に、観客席が一斉に息を飲んだ。
更に3体のヌイグルミはネギ目がけて突撃。3方向から短い手足を武器にして襲いかかる。
『ここ、これは一体どういう事か!ヌイグルミがネギ選手に襲い掛かっています!これは一体!?』
≪審判の朝倉さん!すぐにリング外へ逃げるんだ!≫
解説者席の豪徳寺の叫びに、和美が素直にリング外へ逃げ出す。同時にヌイグルミの攻撃が、更に苛烈に、速く変化していく。
『豪徳寺さん、これは何ですか!?』
≪これは人形使いと呼ばれる技です!目に見えないほど細い糸で、人形を自由自在に操って攻撃する技です!≫
豪徳寺の説明に、観客席からどよめきが上がった。それは少女達も同様である。
「ちょっとちょっと!何をあんなラブリーな攻撃しちゃってるのよ!」
「ラブリー、ですか?」
そこへドスン!という轟音が聞こえてきた。少女達が目を向けると、ネギの足元にヌイグルミの1体が拳を突き立てている。更にその周辺が、若干だが円形状に窪みができていた。
「どこがラブリーですか!明石さん!」
「いいんちょ、おちついて!」
「ええい、離しなさい!ネギ先生を傷つけようとする、あの無法者を許す訳には参りませんわ!」
会場へ乗り込もうとするあやかを、裕奈とアキラが2人がかりで羽交い絞めにする。
『おおっと!布と綿のはずのヌイグルミの攻撃で、床が陥没したあ!?』
≪人形使いは、人形その物に手を加える事でも、気を通す事でも、総合的に強くなる事が出来ます。ただ操り手にも相応の実力を求められますがね。それは近衛選手の両手を見て戴ければ、分かって戴けるでしょう≫
観客達の視線がシンジの手に集まる。シンジの手は残像を残すほどに、速く細かく動かされていた。
≪ヌイグルミ3体分を制御しているんです。本人の負担は、生半可な物じゃありませんよ。例えるなら、同時に3つの作業を並行して行っている訳ですからね≫
3体1という戦いに、ネギは防戦一方に追い込まれていく。だがその目に諦めは無い。
右拳に無詠唱雷の1矢を乗せ、その時を待つ。
やがて飛び込んできた熊のヌイグルミ目がけて、拳を突きこんだ。
「雷華崩拳!」
ヌイグルミに走る青白い蛇。一瞬だけヌイグルミはビクンと震えると、静かに地面へ転がった。
『おおっと!ヌイグルミが1体沈んだ!だがまだ2体は健在!そしてネギ選手を挟み込むように襲いかかる!』
片方は顔を、もう片方は腹部を狙うように襲いかかるヌイグルミ。だがネギは瞬動術で挟み打ちされた状態から、強引に抜け出すと同時にシンジの懐へ飛び込む。
「雷華崩拳!」
雷の1矢を乗せた右拳が、シンジの腹部を抉る。崩れ落ちそうになるシンジだが、その口元からは笑みが覗いていた。
一撃を決めた代償に技後硬直するネギ。そこへ背後から同時に2体のヌイグルミが襲い掛かる。
「甘いです!」
一瞬早く振り向いたネギが、1体を鷲掴みにしながら、もう1体に叩きつける。そのまま床に押しつけながら、雷華崩拳を叩き込んで無力化させる。
勝ちを確信し、振り向くネギ。その顔へ、4体目 のヌイグルミが拳を叩き込んだ。
吹き飛ぶネギ。そこへ和美の実況が響く。
『ネギ選手!ヌイグルミを3体沈めたのは良いが、伏兵の4体目までは予想していなかったか!顔面に綺麗にクリーンヒット!ここは麻帆良随一の策略家の本領発揮か、近衛選手!』
シンジの狩衣の袖から、ネギの顔に一発を入れた熊のヌイグルミが舞台上へと降り立つ。その光景に、観客席からどよめきが上がった。
≪これはネギ選手、下手に攻められませんね。まだ何体、ヌイグルミを隠し持っているか、予想できませんからね≫
豪徳寺の解説の中、ネギが口元を拭いながら立ち上がる。そして豪徳寺の解説とは反対に、そのまま躊躇い無く突っ込んだ。
『何と、ネギ選手!伏兵の可能性を無視して突撃だ!』
だが対峙するシンジも手元の1体のヌイグルミをネギ目がけて突撃させる。だが1体だけではネギを食い止める事などできる訳が無い。
雷華崩拳の一撃で4体目を無力化するネギ。その勇ましさに、あやか達が歓声を上げたその時だった。
『近衛選手!持ち込んでいたトランクケースを放り投げた!』
その言葉に、全員の視線が集まった。同時に宙を舞うトランクケースから、人間サイズの影が飛び出してくる。
その飛び出て来た影に、3-Aメンバー達は見覚えがあった。
「「「「「「茶々丸さん!?」」」」」」
『ええ!?どういう事!?解説者席の茶々丸さん!』
≪シンジさんの依頼で、ハカセが急遽仕上げた戦闘人形―名称は茶々丸セイバーです。ただ飛び道具と刃物の類は外してありますので御安心を≫
『いや、安心できねえって』
和美のツッコミに、観客席から一斉に同意の声が上がる。特に工学部に近い者達ほど、強く同意していた。
「さすがにこれで打ち止めにして欲しい所ですが」
夕映の指摘に、隣にいたのどかがコクコクと頷く。
「けど、本当に操れるのかな?あんな大きいの」
首を傾げるアキラに裕奈が同意する。だがその不安は一瞬で払拭された。
ネギの猛攻を、茶々丸セイバーは確実に凌いでいく。その展開に観客はおろか、当のネギまでもが目を丸くしていた。
「ど、どうしてついて来られるんですか!?」
「そりゃあそうだよ。何度ネギ君の練習相手を務めたと思ってるのさ。ネギ君、君はね攻め方がお手本通りなんだよ。攻撃パターンが少なすぎるんだ。覚えが早いのは素晴らしい事だけど、その分、経験の少なさという弊害が出ているんだろうね」
シンジの指摘に、ネギが口籠る。選手席で試合を見ていた師匠の古も『まあ、こればかりは仕方ないアルよ』としか言う事が出来ない。
「相手が初見なら問題ないけど、完全記憶を持つ僕にとっては、これほどやり易い相手はないよ?」
逆にシンジの操る茶々丸セイバーが、主導権を奪い返して反撃に転じる。そしてその攻撃の密度に、ネギは瞬く間に防戦一方へ追い込まれていく。
『ここで攻守逆転!ネギ選手、先ほどまでと一転して追い詰められていく!』
「は、速い!」
≪そうか!ヌイグルミ3体を操る技術を、1体に集約しているんです!先ほどと攻撃の質が変わるのは、当然ですよ!≫
ついに会場の隅にまで追い詰められるネギ。そこへ襲いかかる茶々丸セイバー。だが、ネギは諦めていなかった。
「操る物が無くなれば、人形使いは何もできない!」
無詠唱・雷の3矢を体全体に纏いつつ、茶々丸セイバー目がけて瞬動術を使うネギ。
咄嗟にシンジも、茶々丸セイバーに腕を交差させて防御に入ろうとする。しかしネギの高速体当たりの方が早かった。
爆音とともに砕け散る茶々丸セイバー。その光景に観客席から歓声が上がる。
「やりましたわ!さすがネギ先生です!」
あやかの歓声に、少女達が一斉に頷く。だがネギは茶々丸セイバーを破壊した所で、動きを止めていた。
『これは・・・ネギ選手、何があったのか!?人形全てを失った近衛選手を前に、何故か動きを止めている!』
「・・・悪いね、ネギ君。化かし合いは僕の勝ちだ」
シンジが右手を上げると、ネギもまた右手を上げた。その光景に、観客席が一瞬にして静まり返る。
「茶々丸セイバーを犠牲にした甲斐はあったよ。ネギ君は僕の糸の支配下だ」
『何と!ここで近衛選手から事実上の勝利宣言!ネギ選手、対抗策はあるのか!?』
「さすがです、シンジさん。でも、僕に糸は通じません!」
ネギが無詠唱・雷の1矢を自分の体で暴発させる。激痛と一瞬の硬直と引き換えに、ネギの体を支配していた糸が、ボウッと燃えた。
自由を取り戻したネギが、雷の1矢を乗せた雷華崩拳をシンジの腹部に叩き込む。
「僕の勝ちです、シンジさん」
「・・・強くなったね、ネギ君」
最後にネギの頭をクシャッと撫でると、シンジは意識を手放した。
『近衛選手、ネギ選手の拳を腹部に食らい気絶!よって2回戦第3試合はネギ選手の勝利です!』
救護室―
「目、覚めました?」
瞼を開きかけていたシンジは、聞き覚えのある声にハッと目を覚ました。場所は大会用救護室。自分がベッドに寝かされていた事を理解する。
近くにはハルナと夕映が立っていた。
「・・・そうか、最後の攻撃で気絶したのか・・・試合はどこまで進んだの?」
「試合はすべて終了したよ。決勝戦はクウネルって人とネギ先生が戦って、クウネルって人が勝ったの。何でもクウネルさんがネギ先生のお父さんだとかいう話もあったみたいだけど・・・」
「さすがにそれは無いだろうね」
小さく笑い声を上げながら、シンジが立ち上がる。そこへガラガラっと音を立ててドアが開き、ネギ達が飛び込んできた。
「シンジさん、起きたんですか!?」
「おはよう、すっかり眠りこんでたみたいだ。それと準優勝、おめでとう」
クシャクシャと頭を撫でまわされ、ネギが嬉しそうに笑顔を作る。
「さてと、お祭りも終わったし、やることやらないと・・・ん?」
クイクイッと裾を引かれるシンジ。振り向くと、そこには双子姉妹と裕奈が目をキラキラさせながら立っていた。
「シンジさん!あのヌイグルミ動かす奴、もう1度見せて!」
ズイッと突き出されるウサギとワニとペンギンのヌイグルミ。期待に応えて、シンジが右手を軽く動かすと、ヌイグルミが3人の腕の中で暴れ出した。
「「「おおおおお!?」」」
ジタバタ暴れたヌイグルミは、3人の束縛から逃れると床の上に着地。そこでヌイグルミは3つとも床の上に立つと、お互いに手を取り合って短い脚を懸命に振り上げながら、ラインダンスを踊りだした。
「「「アハハハハ!可愛い!」」」
それは他の少女達も同じだったのか、指を差して同じように笑っている。
最後に一礼すると、ヌイグルミはポーンとジャンプして、裕奈達の腕の中へ戻った。
「それじゃあ、僕も用事を済ませてこないとね」
「ん?どこか行くの?」
「葉加瀬さんとこ。茶々丸セイバー壊しちゃったお詫びにね」
そう苦笑しながら返すと、シンジは救護室を後にした。
To be continued...
(2012.05.19 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
麻帆良武道会ですが、シンジは2回戦で脱落という結果に終わりました。作者的にはキリの良い成績だと思うのですが、いかがでしょうか?
それにしても人形制作者 は我ながら反則スキルだとつくづく思います。他人どころか、自分自身すらも思いのままに操るって滅茶苦茶ですねwまあそれも完全記憶があってこそな訳ですが。
話は変わって次回です。
武道会が終わり、再び学園祭へと戻るネギ達。そんなネギ達とは別に、遂に超が行動を起こす。
そんなネギ達に混じるシンジは、ネギ達に気取られないように動き続ける。取り返しのつかない、訣別の時が迫っている事を覚悟して。
そんな感じの話になります。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。
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