正反対の兄弟

第三十六話

presented by 紫雲様


観覧車にて―
 この日、長谷川千雨は頭痛を堪えていた。原因は同行者であり、そもそもの元凶でもある彼女の担任、ネギ・スプリングフィールドである。
 麻帆良武道会でのネギの活躍は多くの者達が知る所となり、今のネギはアイドル扱いである。その為に、色々な人から追いかけ回されていた。
 そして千雨も、いつのまにか無し崩し的に巻き込まれてしまい、今はネギと茶々丸の3人で、逃避行しなければならない身となっていた。
 そして現在、目の前には疲れ切ったネギが、茶々丸の膝枕で眠りこんでいるのである。
 「しかしまあ、随分アッサリ眠っちまったな」
 「魔力を使うと言う事は、精神力を削ると言う事です。限界を超えると、気絶してしまうのです」
 「魔力、ねえ・・・アンタや先生から魔法の存在は教えられたが、それでも眉唾物だぜ」
 武道会の間、千雨は解説者席の真横にいた。そこで2回戦開始前のネギと小太郎の囁き声による会話、ネットで広まり始めた『魔法実在説』、そして目の前で繰り広げられる奇想天外な技の数々、そしてネギの口から漏れた『マギステル・マギ』という言葉を調べた結果、遂に魔法の実在を認めざるを得なくなってしまったのである。
 もっとも、それを追求された事による心労も、今のネギが寝込んでいる原因の1つなのではあるが。
 「うちのクラスには、魔法の存在を知っているのは何人いるんだ?」
 「およそ16~17名でしょうか。その内、仮契約されているのは5名です」
 「クラスの半分以上じゃねえか!守秘義務はねえのかよ!・・・仮契約?」
 ピクンと千雨が反応する。それに対して、茶々丸はネギのポケットから覗いていた仮契約カードを見せた。
 「魔法使いと契約する事で、カードと強力な魔法のアイテムを手に入れる事ができ、パートナーとして魔法使いをサポートできるのです」
 「神楽坂、桜咲、宮崎、近衛、それのあの不気味寮監まで契約してるのかよ!」
 「はい。ちなみに先生とキスする事で契約できます」
 『ふうん、キスねえ』と何気なく聞き流す千雨。だが突然、顔を赤く染めながら茶々丸を凝視した。
 「キスだと!?こいつら、この子供とキスしたってのか!?」
 「はい。しかし相手は10歳の子供ですから。特にシンジさんの場合は、アクシデントの結果論という一面もありましたし・・・」
 「・・・ああ、ひょっとしてアレか?修学旅行の前に、神楽坂の悪戯で寮監が先生とキスしたって騒ぎがあったが、アレの事か?」
 「はい、その通りです」
 『あの寮監、トラブル招く体質なのかねえ』と、観覧車から景色を眺めながら千雨が呟く。
 「それに、命のかかった緊急事態という時もありました。木乃香さんの場合が、それに当てはまります。桜咲さんも似たような状況でした」
 「おいおい、命って、そりゃあ洒落になってねえぞ?」
 「事実です。魔法に関わると言う事は、裏の世界に関わると言う事ですから」
 茶々丸の指摘に、千雨が思わず唾を飲み込む。茶々丸がウソを言っていない事は、すぐに分かったからである。
 「・・・命ねえ・・・そこまでして、親父に会いたいのか・・・」
 目の前でコンコンと眠り続けるネギを見ていた千雨がニヤッと笑う。
 「気が変わった。私もネギ先生に協力させて貰うかな。10歳のガキとキスするぐらい大した事じゃないし、魔法のアイテムとやらにも興味がある。それに、アンタと戦うのは面白そうだ、茶々丸さん」
 「も、もしや千雨さんはネギ先生の事が好きなので?」
 「何でそーなる!」
 全身を小刻みに震わせながらプルプルと震える茶々丸に、千雨が全身全霊を込めて突っ込んだ。

 観覧車から降りた後、ネギ達3人は再び取材陣からの逃亡をする事になった。そんな時、ちょうど葉加瀬へのお詫びを終えたシンジとバッタリ遭遇したのである。
 「どうしたの?」
 「追われてるんです!」
 「こっちだ!」
 ネギを引っ張り、走り出すシンジ。校舎の影に入ると、手近な空き教室へ窓から飛び込む。手早く鍵をかけると、今度は廊下の窓から外へと抜け出して、更に逃走を続ける。
 やがてしばらくした所で、シンジが足を止めた。
 「よし、これでしばらくは大丈夫だ」
 「うう、助かりましたあ」
 ホッと一息吐くネギ。その間に、茶々丸から一部始終の説明を受けるシンジ。それを聞き終えた瞬間、シンジは深い溜息を吐いた。
 「そっか、長谷川さんも知っちゃったのか・・・」
 「まあな。というか、私としてはアンタが関係者だったのは、よっぽど納得できるんだけどよ。で、アンタも先生と同じ魔法使いなんだな?」
 「似ているけど違うよ。僕は陰陽師だ。名前ぐらいは聞いたことあるだろ?」
 コクンと頷く千雨。
 「アレだろ?式神とか、お札とか使う奴だろ?」
 「正解。でも僕は情報収集系だけから、派手な魔法バトルなんて期待しないでね。そう言う事はネギ君に任せているから」
 「んなもん、誰も期待してねーよ。だがこれからどうするつもりだ?いくらなんでも、報道連中から逃げ切れねえぞ?」
 その言葉に、ネギがゴソゴソとポケットから瓶を取り出した。
 「ネギ君?それって・・・」
 「はい、もう1度やりましょうか」

 人混みに支配された路上を、千雨はどこか納得できないでいた。
 (・・・年齢詐称薬とか言ったが・・・こいつら何でも有りだな・・・)
 確かに取材陣の目を晦ます事はできた。彼らの前を堂々と通り過ぎても、追いかけられる事は無い。
 ただ問題なのは、周囲から上がる黄色い声である。
 (超の野郎が持ってた写真、正体はこいつかよ!)
 シンジとネギは、準備期間中に現れた美形兄弟に姿を変えていた。ネギはシンジが着ていたスーツを借りて、服装その物が変わっている。
 シンジは手近な貸衣装屋で、黒の着流しを借りて着ていた。同時に茶々丸は特徴的な耳を隠す為に兎の着ぐるみを着こみ、幼児にまで戻った千雨は『折角だから』とランドセルを背負って歩いている。
 この2人の正体に気付く事ができる奴はいないだろうなあ、と千雨が考えていた所に、やはりネギ同様に取材陣に追い回されていた小太郎も合流。同じように年齢詐称薬で姿を変えて同行する事になった。
 その為、更に注目を集めながら5人は世界樹広場前に設置されたコンサート会場へと向かっていた。目的はチア部3人娘と亜子が演奏する、でこぴんロケットのバンドを見る為である。
 「まあ役どころとしては、寮監と先生が兄弟。小太郎、アンタは先生の同い年の友達ってとこだな。優等生と仲の良い不良ってとこで」
 「何やねん、それは!というか、お前はどうすんだよ!」
 「私は寮監の姪っ子って事にしておくさ。年齢的にも問題は無いだろう?」
 そんな事を言いながらステージへと近づいていく。やがて向こうもネギ達に気付いたのか、指を差して何かを言い合っている。
 「あれは、大河内さんに明石さんに佐々木さんですね」
 「連中、和泉達の応援に来ていたみたいだな。どうする?」
 「開き直れば良いよ。別に問題は無いからね」
 シンジの言葉に、それもそうかと考え直す千雨。
 「すいません、こちらに和泉さんという方がいる筈なんですが・・・」
 「あ、亜子に用事ですか!?亜子なら控室にいると思います!」
 「そうですか、ありがとうございます」
 丁寧にお辞儀した後で、控室へ向かおうとするネギ。そこを裕奈が慌てて呼びとめた。
 「あ、あの!貴方、ネギ君に似てるんですけど身内の方ですか?」
 「ええ、そうです。僕はネギの従兄でナギと言います。隣は遠縁の親戚で」
 「六分儀ゲンドウです。ナギの兄みたいな者です」
 『よっしゃあ、名前ゲット!』と言っている裕奈に苦笑すると、ネギは控室へ向かおうとする。
 「ナギ、僕は外で待ってるから」
 「・・・来ないんですか?」
 「僕はそんなに野暮な事をする趣味はないよ」
 シンジの言葉に、裕奈とまき絵が『おおおおお!?』と歓声を上げる。
 「ちょっと、ちょっとお兄さん!それってどういう意味?」
 「どういう意味と言われてもなあ、そういう意味としか返しようがないんだけど」
 「兄さん!」
 微かに頬を赤らめながら抗議するネギに、シンジは『ごめんごめん』と返す。その最中に、千雨はシンジにアイコンタクトを送られ、その意味を察した。
 頭を軽く掻いた後『しょうがねえなあ』と言った感じで、ネギを追いかける。
 (後は長谷川さんが、上手く対応してくれるだろう。こちらは、3人の足止めをしておいてあげようか)
 「ところで、ネギ君は元気にやってる?あの子と、もう半年ぐらい会ってないんでね、良かったら様子を聞かせて欲しいんだけど」
 「ええ、良いっすよ!そんな事で良ければ、もう幾らでも!」
 乗り気の裕奈、携帯電話で『写メ撮って良いですか?』と訊ねるまき絵、後ろで苦笑しているアキラと話しながら、シンジは3人がネギの後を追いかけていかない様に時間稼ぎを始めた。

 だがそれから5分後、泣きながら外へ駆けだしていく亜子の姿に、シンジや裕奈達は呆気に取られた。
 一体、何が起こったのか事情も把握できず、困惑するばかりである。
 そこへ携帯電話が鳴った。
 「もしもし、何かあったの?和泉さんが走って行ったけど」
 『ああ、その通りだよ。結論から言うと、和泉の奴、他人に見られたくない傷痕を、よりにもよってナギに見られちまって、パニックを起こしたんだ』
 「そういうことか。じゃあ先に追いかけているよ」
 ピッと電話を切るシンジ。そこへ裕奈が問いかける。
 「亜子に何かあったんですか?」
 「亜子さんの古傷の話は知ってる?それを偶然、ナギが見ちゃったらしくて、パニックを起こしたと言うんだ。もし時間があるなら、彼女を探すのを手伝って貰えないかな?」
 「いいよ!そう言う事なら手伝うって!」
 裕奈達は互いに顔を見合わせると、その場から走り去った。そしてシンジも、舞台裏から姿を見せたネギ達と合流すると、同じように捜索の為に走りだした。

それから2時間後―
 噴水の傍で泣き崩れている亜子を見つけたネギ達は、さてどうしようかと頭を悩ませていた。
 すでにコンサートは終わっているし(でこぴんロケットはメンバーの体調不良という理由で、急遽、出場取り消しとなっていた)、今から戻ってもコンサートには出場できない。何より、今のままでは亜子は『自分のせいでコンサートに出られなかった』と自分を責めるのが目に見えていたからである。
 「で、どうすんだ?」
 「シンジさん。僕はこのまま和泉さんを放っておけないんです。なので」
 ジャラッと音を立てて、ネギが懐中時計を取り出す。
 「分かったよ、行っておいで」
 「はい!」
 そのまま亜子に近づいていくネギ。しばらく会話をした後、亜子がクテンと崩れ落ちる。
 「さ、行こうか」
 「おいおい、何をするつもりだよ?」
 「信じられないかもしれないけど、タイムトラベル」
 千雨の頭に?マークが浮かんだ。

 「全く、魔法使いってのは、こんな非常識な連中の集まりなのか?」
 「まあ例外中の例外だと思ってよ」
 コンサート開始までの時間を使って、デートを楽しむ亜子とネギ。そんな2人を繁みの陰から見守るシンジ達である。ただ問題なのは―
 「あのガキ10歳だよな?何であんなに完璧紳士なんだ?イギリス人の本能なのか?」
 「スゲーな、あいつ・・・」
 「我々の手助けは必要なさそうですね」
 ネギの完璧な対応に、女タラシの素質を垣間見る千雨達。そんな千雨達の後ろから、シンジは声をかけた。
 「この分なら大丈夫そうだから、僕も用事を済ませてくるよ」
 「お、おい!」
 「心配いらないって。それじゃあ」
 軽く手を振り立ち去るシンジ。寮監室へ戻って薬の効果を解除すると、服を着替えて再び外へと出る。
 3-Aメンバーとの約束を果たす為に、動き回るシンジ。
 図書館島に向かう途中、麻帆良祭2日目を『3回目』というネギと遭遇。亜子の問題が解決した事を聞き、素直に嬉しく思ったシンジだったが、図書館島で夕映とネギの仮契約に立ち会う事になる。
 その後、ネギ達と別れたシンジだったが、すぐに2日目を『4回目』というネギに遭遇。一緒にいたのは刹那や楓、あやかといったチグハグなメンバーであった。こちらはアスナとタカミチのデートを見守っていたのだが、アスナが最後に告白し、それをタカミチが断った事に対して、憤慨するネギを全員で窘めていたのである。
 そこへ更に、超が『帰郷の為に自主退学』という連絡が入り、更に困惑する一同。
 だがシンジは世界樹のパトロールの時間が来ており、それを口実に助言する事も無く、その場を後にした。
 最後の決断をする為に。

噴水広場―
 世界樹の魔力溜りからは外れ、人気のない広場に彼女達は来ていた。そんな場所へパトロールに来る物好きもおらず、密談をするには絶好の場所だったからである。
 すでに聡美と茶々丸が待っていた。そこへ超とシンジが僅かに遅れて合流する。
 「皆さんにお別れは済ませてきましたかー?」
 「大体、終わたヨ。まあ身辺整理みたいなものだたけどネ」
 「またそんな事言って。ところでシンジさんは?」
 「早乙女さんの事だけ、おでこちゃんに頼んできたよ。他のメンバーには黙って消えるつもりだったからね」
 小さく溜息を吐く聡美。超は麻帆良武道会での一件で、既に魔法関係者からマークされているので、どちらにしろ姿を消さざるを得ない立場である。だがシンジは違う。問題児扱いされてはいるが、まだシンジが超の仲間である事はバレていない。そんな状態でおおっぴらにサヨナラ宣言をすれば、嫌でも疑惑を招いてしまう。だから黙って姿を消す必要があった。
 「早乙女さんの事は、私の方でもフォローはしておきます」
 「うん、ありがとう。それと数日の内に、NERVがここに来る筈だから茶々丸さんの事はバレないようにね。ただでさえ、麻帆良はオーバーテクノロジーの集まりだから」
 「分かっています。その辺りは上手にやりますよ」
 茶々丸を見ながら頷く聡美。当の茶々丸も、真剣に頷いている。
 「頼むよ、NERVは信用できない組織だからね。それでも僕と言う存在がある限り、対SEELEという目的の為に、関東魔法協会と関西呪術協会は、NERVと手を取り合う筈。下手に手を出しては来ないとは思うけど、用心だけは忘れないでね」
 「まあ、そこら辺は学園長の辣腕ぶりに期待すれば良いネ。葉加瀬は自分の身の回りに気をつけていれば良いヨ」
 この場にいる者達は、シンジの素生と過去について、本人の口から聞かされていた。『利用され尽くした』というシンジの言い分を考えれば、シンジがNERVに強い不信感を抱くのも仕方ないだろうと全員が納得していたのである。
 「ですが超さん、やっぱり明日でないといけないんですか?」
 「そうです。せめて卒業まで・・・」
 「葉加瀬や茶々丸の気持ちは有難いが、それはダメネ。本来なら魔法の公然化した世界という状況だけを整えて、未来へ帰って裏からコントロールするつもりだたヨ。だが、シンジサンのおかげで直接介入の目処ができたネ。直接、この手でSEELEに復讐し、そして悲劇の連鎖を断ち切るチャンスを逃す訳にはいかないヨ」
 強い決意を秘めた超の口調に、聡美も黙りこむしかない。
 「申し訳ないのは、シンジサンネ。本当ならここを安住の地とできたのに、再び戦場へ戻らせてしまうのだから」
 「別に気にする事は無いよ。僕が悪の魔法使いになるのは、きっと運命だったんだ。だから僕は受け入れるだけだよ、マイ・マスター」
 わざとらしく『マイ・マスター』等と口にしたシンジの腹部に、超が笑いながら肘を入れる。
 「唯一、心残りなのはネギ坊主ネ。大会でも観察してきたが、アレは年には似合わぬ堅物ヨ。こちらにはつくまい。それだけが残念だたが、諦めよう。あの子に目的があるように、私達にも目的があるのだからネ」
 その言葉に、シンジがポンと手を打った。
 「超さん。これを渡しておくよ。これは僕が自決用に研究していた物だ。もしかしたら何かの役に立つかもしれないからね」
 シンジが手渡したのは、緑色のアイスピックのような代物だった。だがそこに秘められた魔力は、尋常な物ではない。
 「やはり、これだたカ・・・神殺しのミストルティン・・・」
 「君が持っていれば、万が一、僕達がSEELEを討ち洩らす事があっても、奴らが台頭してきた時に切り札にできると思う。これは僕が書きだした研究ノートだ、一緒に持って行って」
 「うむ、大切にするネ」
 丁寧にミストルティンと研究ノートを手にする超。そこで改めて、超は顔を上げると宣言した。
 「誰にどう思われようと構わない。私達は私達の目的を果たすまでネ」
 「クックック、良い度胸だ」
 突然の声に、振り向く4人。そこには魔法使いの帽子を被り、箒に乗ったエヴァンジェリンが浮かんでいた。
 「エヴァンジェリンさん!」
 「マスター!」
 「学園祭最終日を前に、大分、魔力も回復してきたようネ。不死の魔法使いマガ・ノスフェラトゥエヴァンジェリン」
 ニヤッと笑う超に、エヴァンジェリンは平然と返した。
 「安心しろ。私は手を出さん。酒の肴に見物させて貰うだけさ。なぜなら、明日も祭りだからな」
 その言い分に、超がツボにハマったかのように笑い声を上げる。
 「けど、いいのカ?貴女の弟子、ネギ坊主に敵対して、困らせる事になるヨ?」
 「素晴らしい♪存分にやってくれ、あの坊やはどんどん困らせてやってくれて構わんよ。茶々丸は貸してやる。だが壊すなよ?」
 「ありがとうございます、マスター」
 晴れて正式に生みの親への助力を主から認められた茶々丸が、ペコリと頭を下げる。それを満足そうに頷いた後、今度はシンジへ目を向けた。
 「シンジよ。本当に良いのだな?まだ、引き返せるぞ?お前が進もうとする道、それは確かに必要な道かもしれんが、お前が犠牲となる道だ。ユイは、そんな事は望んでいないだろうよ」
 「でしょうね。2年前に初号機の中で母さんと話をしました。母さんは、僕の幸せを願ってくれていた。だから僕の道を知れば、母さんは反対するでしょう。でも譲る訳にはいかないんです。この小さな楽園を壊さない為に、そして悲劇の連鎖を断ち切る為にも」
 「・・・お前が祝福されるべき日に、忌み嫌われる道を選ぶとは、皮肉な物だな」
 その言葉に、シンジがピクンと反応する。
 「私が聞いていないとでも思ったか。明日はお前の誕生日なのだろうが」
 「・・・そうでしたね、すっかり忘れていましたよ。明日は誕生日だったんだ」
 「馬鹿者が」
 そこへ超の携帯がメールの着信を報せる。
 ディスプレイを目にした超の顔に、笑みが浮かんだ。

ネギside―
 超が退学するという連絡は、ネギだけでなく魔法関係者の間にも伝わっていた。同時にその席において、武道会1回戦の後で超がタカミチを捕縛していたという事実、そして魔法を公然の物とするという思惑までも明らかにされたのである。
 この事態に、魔法教師達は超の捕縛を決めた。彼らにしてみれば、超の自主退学は逃亡宣言と受け取られたのかもしれない。
 だがネギは、超の行動がどうしても納得できず、超と話し合いの場を作る事にしたのである。
 約束の時間になり、その場に超が姿を現した。
 「ネギ坊主!1対1での話し合いとは何かナ?進路相談なら間に合っているガ?」
 「・・・教えて下さい。どうして退学届なんて出したんですか!何で・・・悪い事をするんですか!」
 「魔法先生達に話を聞いたカ?」
 超はネギの言葉を否定しなかった。
 「彼らの言う通りネ。私は高畑先生を捕縛し、彼の前で魔法の公然化を宣言したヨ」
 「どうして!?どうしてそんな事をしたんですか!」
 「・・・理由を知りたいカ?ならば力で止めると良いネ」
 超の顔が光に照らされていく。その光源は世界樹。同時にキュイイイイインというモーター音のような音が、超から聞こえてくる。
 「22年に1度の大発光。本番は明日だが、それでもここまで光るとはネ・・・だが、ネギ坊主。これで私を止めるのは、更に難しくなたヨ」
 「超さん。貴女は魔法も使えないし、気を操る力も古老師に劣ると聞きます。無茶な事は」
 「ネギ坊主。君は現実が1つの物語だと仮定した時、自分は正義の味方だと思うカ?逆に自分の事を悪者だと思った事はないカ?」
 超が何を言いたいのか理解できず、ネギは首を傾げる事しか出来ない。
 「この世には正義も悪も無く、ただ人間の数に等しい正義が存在する。そんな中からどの正義が、貫かれると考えるネ?」
 「それは・・・」
 「思いを通すのは、いつも力ある者のみ」
 真後ろから聞こえてきた超の声に、ネギが振り向く。そこには今まで目の前にいた筈の超が、ネギと背中合わせに立っていた。
 咄嗟に飛び退くネギ。だが超は攻撃も警戒もする事無く、その場に立ったままである。
 (今のは瞬動?でも全く気配を感じなかった)
 「ふむ、良い事を思いついたヨ。私と戦うネ。私に勝つ事ができたら、理由も話すし、悪い事も止めるヨ。だがネギ坊主が負けたら、私と一緒に来て貰うネ」
 「ええ!?」
 「納得したカ?では行くヨ」
 一気に間合いを詰める超。ネギが戦いの歌を使って身体強化を施せたのは、不幸中の幸いだった。
 魔力で身体強化したネギを、超は気で強化した身体と技で圧倒する。
 「今の条件、本当ですね!」
 「うむ!火星人ウソつかないネ!」
 「は!?」
 一瞬、呆気に取られたネギに超が空中からの連続蹴りで襲いかかる。その最後の一撃をネギは被弾しながらも、ただ蹴られて終わると言う事だけはしなかった。
 「魔法の射手・戒めの風矢サギタ・マギカ・アエール・カプトゥーラエ!」
 かつてフェイトすらも捕縛した、零距離からの捕縛魔法が超の体を束縛していく。
 「素晴らしいネ、ネギ坊主。さすが武道会準優勝者。でも―――残念だたね」
 再び背後から聞こえてきた声。気がつくと捕縛魔法に捕らわれていた筈の超は姿を消していた。
 「まさか、どうやって」
 「ちょっと痛いが、これも勝負ネ。悪く思うナ」
 キュイイイインというモーター音とともに、超の右手に青白い電流が走る。そして超の放った崩拳は、ネギをいとも容易く吹き飛ばした。そこに秘められていた破壊力は、石柱を軽々と砕くほどである。
 だが―
 「これは両者合意の上の勝負ヨ?水を差すとはどういうつもりネ」
 「それはこちらの台詞だ、超鈴音」
 土埃の中から、ネギを守るように姿を現す刹那と楓。そしてネギの肩には、カモが乗っている。
 「超鈴音、貴様が何を考えているかは知らない。だがネギ先生の友人として、そして貴様のクラスメートとして阻止させて貰う!」
 一瞬で超の背後へ回り込む刹那。そのまま肘関節を極めつつ、地面へ組み伏せる。
 「生半な腕では我等から逃れる事は叶わぬぞ。つまらぬ企みは諦めるがいい」
 「さすが刹那サンネ。この時代の使い手達は最新式の軍用強化服を生身で軽く凌駕する。いやーホントに驚き―――ネ」
 完全に腕を極められて組み伏せられていた筈の超がいつの間にか姿を消し、刹那の背後に現れて、電撃を帯びた強力な一撃を放っていた。
 テラスの手摺を砕きながら、吹き飛ばされる刹那。だが刹那も黙ってやられるばかりではない。
 間合いを詰めてくる超の姿を確認すると、カードを取り出す。
 「来れアデアット匕首・十六串呂シーカ・シシクシロ!」
 一瞬にして現れる16本の小刀。その全てが刹那の思考通りに宙を翔け、超を囲むように地面へ円形に突き刺さる。
 「これは、アーティファクトカ!」
 「稲交尾籠いなつるびのかたま!」
 (初めて使う捕縛陣。見た事も無いこの術ならば、先ほどのようには!)
 離れた所から上がるカモの歓声。だがネギだけは、自分のポケットが気になるのか、そちらへ視線を向けている。
 「や❤」
 突如、目の前に現れた超。軽く掌で押された刹那は、驚きで体を硬直させていた事もあり、呆気なくバランスを崩して尻もちを着く。
 (馬鹿な!何の兆候も無く一瞬で初めて見た捕縛陣を破るだと!?)
 「助太刀する!拙者もこのカラクリ、確かめてみたい!」
 同時に超を挟み込むように刹那と楓が動く。無数の拳撃でどの方向に移動しようとも、必ず拳のどれかが当たるように。
 そして超の隙を突いて肩に手を置いた瞬間、超は包囲網をすり抜けていた。その手に刹那と楓の髪の毛を纏めていた、ゴムとリボンを載せて。
 「これは餞別代わりに貰って良いカナ?」
 「うむ、これは敵わぬでござるな!退くでござるよ、ネギ先生!」
 ババッと音を立てて屋根伝いに逃走を開始する2人。ネギも若干遅れて後に続く。
 「追ってきたぞ!」
 「楓さん、どこへ?」
 「第3廃校舎でござるよ!」
 その宣言通り、楓は第3廃校舎の屋上で足を止めた。同時に超もまた足を止める。
 (・・・この気配、魔法先生達の待ち伏せか)
 「多勢に無勢では私も大変ネ。こちらも応援を呼ばせて貰おう」
 スッと左手を上げる超。同時に超の後ろに飛び出してきた人影の姿に、ネギが声を上げた。
 「龍宮隊長!?それに茶々丸さん!?」
 「やあ、ネギ先生。それに楓、刹那、私もお前達とは一度、ッてみたかったよ」
 真名の言葉に、楓と刹那は沈黙を貫く。
 「ダ、ダメです!クラスメート同士で戦うなんて!超さん、さっきの勝負は僕の負けで良いですから、止めて下さい!」
 「人が良いね、ネギ坊主。だがやめる事は出来ない」
 「ネギ坊主、案ずるでない。まだこちらには奥の手がある」
 その言葉と同時に、衝立が倒れていく。その向こう側に隠されていた眩いばかりの光の奔流に、超が目を手で覆う。
 (魔法先生と言えど、高畑先生と学園長以外は・・・)
 「「「「「「ようこそ!超りん、お別れ会へ!」」」」」」
 「「へ?」」
 超とネギが同時に素っ頓狂な声を上げる。2人の目の前では、クラッカーを鳴らす3-Aメンバー達が勢揃いしていた。
 「ちゃおちゃおー!イキナリお別れなんて突然すぎるよー!」
 「何で何も言ってくれなかったの!?てゆーか、転校するって本当なの!?」
 「話はホントネ。どうしようもない家の事情でネ」
 級友達に周囲を囲まれながら超がそう説明すると、少女達も『それなら仕方ないかあ』と諦めたように声を出す。
 「ってことはもう格安激旨肉まんは食べれないって事!?死活問題だよ!?」
 「あんまんは!?」
 「それは五月に頼めば大丈夫ヨ。というか最後の心配がそれカ!?」
 裕奈とまき絵にツッコミながら、超が視線を刹那と楓へ向ける。
 (・・・謀ったネ?2人とも・・・)
 「今夜は徹夜で騒ぐよーーーー!」
 「「「「「「おー!」」」」」」
 「いやいや、マジで寝ないと死ぬぜ、アイツら」
五月とシンジが特設調理台で作ったばかりの焼きそばを食べながら、千雨がそう呟いた。

お別れ会終了後―
 騒いでいたメンバーも、前日までの睡眠不足や中夜祭の徹夜騒ぎによる睡眠不足もあり、誰かが持ち込んでいたお酒を口にした者から順番に撃沈していった。
 「さすがに3-Aの猛者達も、撃沈のようネ」
 そういう超も、かなりゲンナリしている。超の故郷はどこなのか?という質問から始まった超への質問大会は、当初は『私は未来からやってきたネギ坊主の子孫にあたる火星人ネ』というボケで収まる筈だった。
 ところがそこへ『シンジさんの事はどうすんのよ!』という美砂の投げた火種は、瞬く間に燃え上がった。
 何せ級友たちの眼前で、公然と勝負を宣言していたのだから当然である。これに対して超は『かさらて良いカ?』とハルナに訊ね『ダメに決まってるでしょ!』と激しい火花をまき散らした。
 これには周囲もヤンヤヤンヤの大喝采である。調理中だったシンジが強制連行され、まるで時代劇のお白州よろしく、正座を強制されて『どちらを選ぶか答えなさい』とお酒が入って目が据わったあやかに詰問されると言う一幕もあった。
 そんな騒動も睡眠によって終わりが告げられる時になると、今まで静かだったネギが、まるで何かを堪えるような表情で超へと歩み寄った。
 「超さん、先ほどの未来から来たとか、僕の子孫とか、火星人とか・・・」
 「あまりに突飛すぎる話は、誰も信じてくれないネ・・・私は『君達にとっての未来』『私にとっての過去』、つまり『歴史』を改変する為にここへ来た。それが目的ネ」
 「歴史!?」
 話を聞いていた刹那と楓が、寝たふりをしていた夕映と千雨がそれぞれ小さく反応する。
 「世界樹の力を使えば、それだけのロングスパンの時間跳躍が可能ネ。そんな力を持てたとしたら、ネギ坊主はどうする?父が死んだと言う10年前、村が壊滅した6年前、不幸な過去を変えてみたいとは思わないカ?」
 瞬間的にネギの顔色が変わる。
 「今日の午前中はまだ動かない。また会おう、ネギ坊主」
 それだけ言うと、超は会場から姿を消した。

EVANGELINE’S RESORT
 「ななななな、何じゃこりゃああああああ!」
 千雨の叫び声が、別荘に響いた。隣に立っていた楓も、珍しそうに周囲を見回している。
 彼女達はタカミチに振られて別荘へお籠りしていたアスナと木乃香を呼びがてら、今後の超対策の為にやってきたのである。
 ただ到着してみれば、アスナは怒りが頂点に達したエヴァンジェリンの苛烈な教育的指導で強制的に立ち直されていたのだが。
 「さあ、泳ぐわよ!」
 「ちょ、待て!この腐れ女子!」
 強制的にスクール水着へ着替えさせられ、ハルナにプールへ引き込まれる千雨。他のメンバーも水着へ着替えてプールで騒ぎ始めている。そこへ騒ぎを聞きつけたアスナが走り寄って来た。
 「ネギ!?どうしてここに?っていうか、何で千雨ちゃんがいるのよ!」
 「じ、実は魔法がバレちゃいまして」
 「どどど、どうすんのよ!アンタ、オコジョの話はどうなったのよ!もうオコジョよ、アンタ!70%ぐらいオコジョ決定よ!」
 「ひいいいっ!スイマセン!」
 目尻から涙を噴き出しつつ、ネギが全力で謝罪する。その肩に乗っていたカモが『姐さんの言う通りだよなあ』ともっともそうに頷いた。
 「しかし、ホント何があった訳?ていうか、千雨ちゃんがみんなと遊んでいるなんて珍しい」
 「やほー、アスナ!フラれたんだって!?」
 「放っとけ、パル!」
 ハルナのからかいに、アスナが顔を赤くしながら抗議する。そんな2人から、千雨が『私は関わり合いにはなりたくねえ』とばかりに静かに離れていく。
 「それより、アスナさんの方こそ、大丈夫ですか?」
 「あー、うん、いや、まあ、その・・・」
 「この女、人の別荘でリゾートを堪能しつつ、4日間も食っちゃ寝していたんだぞ?これでも足りんというなら、私が永遠に眠らせてやろう」
 「悪かったわよ!もう立ち直りました!」
 腕を組みながら歩いてきたエヴァンジェリンに、アスナが抗議する。
 「それより、アンタ達どうしてここに?」
 「はい、実は・・・」
 ネギの超に関する説明に、アスナはネギの頬を左右に引っ張った。
 「この子はからかっているのかしら?」
 「からはってまふぇんゆ~」
ワタワタと慌てるネギを、刹那が間に入ってフォローする。そこへ別荘の厨房を借りていたシンジが、即席のジュースを作り上げて戻ってきた。
 「はいはい、少しは落ち着きなよ」
 ジュースを手渡され、口をつぐむアスナ。
 「ちょうど良いじゃないか。神楽坂さんと木乃香は、お別れ会には出ていなかった訳だし、ここでちょっと状況を整理しよう」
 「そうでござるな。正直な所、整理して貰えると拙者も助かるでござるよ」
 その声に、プールで遊んでいた少女達も水から上がってきた。
 「まず、超さんは未来の世界からやってきた、火星人。その頃には、火星は人間が移住可能になっている、と。更にネギ先生の子孫でもある訳です」
 刹那の切りだしに、木乃香が『ひゃあ』と声を上げる。
 「目的は航時機による歴史の改変。その為に魔法の事を世界にバラそうとしている訳です」
 「そして学園祭3日目、つまり今日の午後から行動を起こそうとしている訳でござるな?」
 整理したのは良いが、改めて考えてみるとあまりにも荒唐無稽な内容に、半信半疑という者達が大半を占めている。千雨は『世迷言だな』と断言し、刹那は『やはりウソでしょうか?』と皆に訊ねる。
 「確かに、タイムトラベルなんて酔っ払い以下の戯言です。しかし、魔法を公にする、ですか・・・」
 口籠る夕映。なぜなら彼女はシンジの思惑の一端を聞いているからである。魔法が公になれば、万が一SEELEが攻めてきたとしても、魔法関係者達は生徒を守る為に大手を振って魔法を使う事ができる。そういう意味では、シンジにとっては有難い流れなのである。
 「でも、僕にはウソだとは思えません。実際、超さんからお借りしたこの航時機は本物です」
 ネギとタイムトラベルを体験した者達が、その事実を渋々と認める。
 「まあ、こちらの目的も定めた方が良いと思うよ。結論として、みんなは超さんを止めたいの?それとも止めたくないの?逆に私はどっちでもいいよ、って言うのも有りだろうけどね」
 超を止める、という言葉にネギを筆頭に、アスナや刹那、楓や古達が手を上げる。ただ驚いたのは千雨が手を上げた事だった。
 「意外だね、僕は長谷川さんは中立派だと思っていたんだけど」
 「私は世界がマジカルファンタジー路線まっしぐらなんてゴメンだよ。そんな世界は絶対にお断りだ!それより、アンタはどうなのさ!」
 「僕?僕は中立だよ。正直、どちらでも良いってとこ。心情的には超さんに力を貸しても良いかな、ぐらいには思っているけどね」
 意外な言葉に、少女達が目を丸くする。
 「魔法の公然化。そのデメリットを把握した上での、僕個人の意見だよ。極端な例を挙げてみようか。木乃香、交通事故で瀕死の人を見かけました。ところがその人は応急処置などでは助からず、治癒魔法を使うしか無いとする。こんな時、木乃香だったら、どうしたい?」
 「・・・それは、助けてあげたいな」
 「だろうね、当然の事だよ。桜咲さん、長瀬さん、もしもだよ?魔法を使う犯罪者にクラスメートが襲われているとする。どうやっても力を使わなければ助けられないと仮定した時、2人はどうする?」
 「「それは・・・」」
 「悩むのは当然だよね。僕が意地の悪い質問をしているのは自覚しているよ。でも、魔法が公然の物となれば、その悩みは消える。そういう意味においては、僕は心情的には超さんに力を貸してあげたいと思ったんだ。事の善悪は抜きにしてね」
 むう、と考え込む少女達。特に夕映については、シンジが本当は誰を助けようとしているのかが理解できた。
 (・・・超さんの計画が成功すれば、少なくとも麻帆良の生徒達は守られる訳です)
 「でもね、これはあくまでも、僕個人の意見だ。だから何もみんなが賛同する必要は無い。だって、この問題については、正解と言う物は存在しないんだからね」
 「・・・ま、それについては寮監の言う通りだろうよ。魔法が公になれば、良い事に使う奴もいれば、悪い事に使う奴もいる。魔法を秘密のままにすれば、新たに魔法を悪用しようという奴は増えないが、代わりに魔法で助かった筈の命がそのまま失われる。結局、どちらに転んでも、失われる物は存在するんだからな」
 ますます思考の迷路に迷い込む少女達。それを横目に見ながら、エヴァンジェリンが『あまり苛めすぎるなよ?』とシンジにアイコンタクトを送る。
 「まあ、この問題については即答できないだろうから、時間をかけて考えれば良いよ。あとは、どの選択肢を選ぶにしても戦いは避けられない。だから戦力を見直しておく必要がある」
 「ど、どういう意味ですか?」
 「ハッキリ言うとね、超さんに味方すると関東魔法協会の全戦力が敵に回る。逆に超さんと敵対すれば、当然、超さんが敵に回るって事。戦わずに済むのは中立だけだよ」
 のどかの問いに対する答えに、刹那と楓が躊躇い無く頷いた。確かにシンジの言う通りなのだから、否定しようがない。
 「そうなると、事前準備は当然必須になる。だから戦力確認が必要なんだよ」
 「確かに旦那の言う通りだな。よし、いっちょ確認してみるか」
 ネギの肩からカモが飛び降りる。
 (オ、オコジョが喋った・・・いや、何を今更・・・もうツッコムのはやめておこう。良く考えれば魔法少女に喋る小動物はつきものだしな・・・いやいや待て待て。このガキは男だろうが!)
 脳内劇場に忙しい千雨の前で、カモが戦力の再確認を始める。
 「前衛は魔法殺しの姐さん、神鳴流の嬢ちゃん、それから中国拳法の古老師に、忍者の姉ちゃんの4人。これに魔法拳士の兄貴で合計5人か。後衛は他のメンバーになる訳だが、どんなアーティファクトか教えて貰えるか?」
 すでにアーティファクトの効果を確認しているのどかとハルナ、木乃香は問題ないが、契約したての夕映や未契約状態の千雨はサッパリである。
 「そうすると後衛戦力が不安だな。旦那や木乃香嬢ちゃんがいるおかげで継戦能力はズバ抜けているが、火力に不安が残るな。さすがに火力を旦那のパートナーの姉ちゃん1人に任せっきりって訳にもいかないからな。そうなると旦那には破術よりも人形使いで戦って貰う必要がある訳で・・・」
 グリグリと地面に構成図を書きあげていくカモ。
 「あとは情報収集能力だな。のどか嬢ちゃんの絵日記は強力だが、それだけでは超の情報力に対抗できねえ。やっぱりネット関係に強い協力者が必要だ。そういう意味では、アンタの協力はありがてえな。いっそ仮契約しちまわねえか?ちうっち?アンタ、腕の立つハッカーなんだろ?」
 「するかバカ!」
 「いいじゃん千雨ちゃん❤やっちゃおーよ、仲間じゃん❤」
 「いつ私がお前らの仲間になったんだッ!つーか私に抱きつくんじゃねえ、この腐れ女子!」
 ガーッと吠える千雨。だがカモは『ムフフ』と笑うばかりである。
 「でもよお、ここで協力しないとする。そうすると世界はアンタの大嫌いなマジカルファンタジー路線まっしぐらだぜ?」
 「ぐ・・・だが、そうなると決まった訳じゃないだろ」
 「本気でそう思ってるのかい?」
 無論、そんな事は無い。ハッカーたる千雨は、情報の重要さと言う物をよく理解している。そういう意味では、今のネギ達にとって最大の弱点が情報収集力―特にインターネット方面であり、それを千雨なら補う事ができるのは、彼女もよく理解していたのである。
 「・・・チッ。仕方ねえ、今回だけ協力してやる」
 「よっし、決まりだ!そうすると、あとは後衛火力の問題だな。問題は旦那の茶々丸セイバーに代わる人形の確保と、夕映の姉貴のアーティファクトだが・・・」
 「僕の人形なら問題ないよ。茶々丸セイバーより上の人形を用意してあるからね。僕の方より綾瀬さんの事を頼むよ」

夜―
 アスナ達が寝静まった頃、ネギはエヴァンジェリンの元へ相談にきていた。
 「ふふ、やはり来たな」
 「はい、相談に乗って下さい、師匠マスター
 「良いだろう」
 別荘を管理する、茶々丸の同型機が給仕したワインを楽しみながら、エヴァンジェリンは弟子の話を聞く体勢に入った。
 「疑問点は2つあります。まず魔法の暴露が、何故、歴史の改変に繋がるのか。もう1つは超さんの動機です」
 「ふむ、では1つ目から説明してやろう。こちらは簡単な話だ。この世界は科学文明が発展した世界であり、魔法という存在はインチキや妄想の類として扱われている。そんな物が実在したとなれば、歴史の1つや2つは簡単に変わるだろうさ。昼間にシンジが、事故で死にかけている命を救う例え話をしていただろう?これが全世界規模で行われれば、これは革命と呼ぶに等しい。そんな革命が1つや2つどころか大量に起きるんだ。そりゃあ歴史的大事件にもなるだろうさ。お前の故郷を発祥とする、産業革命のようにな」
 「確かに・・・」
 ネギの顔が真っ青に変わっていく。
 「更に言うなら、魔法世界では孤立主義が台頭してきている。これは魔法世界とこちらの世界を完全に切り離して、交流を絶とうと言う考えだ。いわば鎖国だな。この考え方にも真っ向からぶつかる事になる。当然、事件の影響は魔法世界にも及ぶだろう。孤立主義を嫌う魔法使いは、間違いなくこちらの世界への移住を決めるだろうな。何せ、魔法を隠す必要はなくなるのだから」
 「そう考えると、超のやろうとしている事は大それた物だな。下手なテロより影響がデカイ。いや、それどころか影響がデカ過ぎて想像もつかねえよ」
 「ま、そう言う事だ。次の動機についてだが、お前には何か思う所があるようだが?」
 ちょうどそこへ茶々ゼロが酒飲み相手を求めてやって来た。カモと互いに酒を交わしながら、ネギの話に耳を澄ます。
 「はい。超さんは僕の父さんや村への襲撃の事を例に挙げ、過去を変えたくないか、と訊いてきました」
 「そうか、超も同様の理由で過去を変えに来た、という事だな?」
 「恐らくそれは、1つ目の質問にも関わる事。魔法の存在が暴露されていなければ、変えられないほどの過去だと思うんです。これが個人レベルなのか、それとも世界規模なのかまでは分かりません。でも、そう考えていたら、超さんのやっている事は正しい事なのか悪い事なのか、分からなくなってしまったんです」
 「ふむ、なるほどな。よし、坊や。外に出ろ、少し稽古をつけてやる」
 席を立った2人は、別荘の海岸にまで足を伸ばした。その後ろに、頭にカモを乗せた茶々ゼロがワインを手についていく。
 「構えろ、坊や」
 言うなりネギへ飛びかかるエヴァンジェリン。強烈な回し蹴りで、ネギを海へと蹴り飛ばす。
 「戦う相手が悪かどうか分からず迷うとは、子供だなあ、坊や!」
 エヴァンジェリンから魔法の射手がネギ目がけて飛んでいく。するとネギも対抗して、魔法の射手で迎撃にはいった。
 「良いか!戦いにおいて、どちらかが悪である、等と言う事態は稀だ!シンジが言ったように、この戦いに正解などは無いのだよ!それともお前は、超鈴音を悪と決めつければ躊躇い無く戦えると言うのか!」
 「違います!」
 接近しての拳撃を見舞ってきたエヴァンジェリンに、同じく拳撃で対抗しながらネギが叫ぶ。
 「お前はな、迷っているのではない。怖がっているだけなのだよ!超を傷つけ、自らも傷つく事を恐れている!何より、自分が悪と呼ばれる事になるのでは、とな!」
 「そ、そんな事は!」
 エヴァンジェリンが右手をクイッと上げる。同時にネギの体が、見えない何かに縛り上げられたように、不自然に強張った。
 (糸!?それなら!)
 咄嗟に魔法で糸を断ち切るネギ。
 「お前のデコボコパーティーもそうだ。お前は奴らが危険な目に遭い、傷つく事に耐えられない。だからお前は1人でやりたいのではないか?」
 「そ、そんなの先生として当然じゃないですか!」
 「いいや、違うね」
 瞬時に背後へ回ったエヴァンジェリンが、ネギを押さえこむ。ドパアッという音とともに、海水の柱が立った。
 「お前は奴らが見えていないんだよ。彼女達を仲間として認めていないんだ。お前のようなひよっこが、1人で何かができると思うなよ?お前が得た信頼に、お前も信頼で応えるという気概くらい持てんのか」
 「で、でも」
 「一歩を踏み出した者が、無傷でいられると思うなよ?キレイであろうとするな。他者を傷つけ、自らも傷つき、泥に塗れても尚、前へと進む者であれ。それでこそ我が弟子だ」
 「師匠マスター・・・ふむぐう!」
 ジタバタと足掻くネギ。やがて満足したのか、エヴァンジェリンが顔を離す。
 「今のは相談料だ。ま、せいぜい頑張れ」

翌朝―
 ネギは全員を広場に集めていた。ネギの最終判断を宣言する為に。
 「超さんは魔法を全世界中にバラそうとしています。作戦の詳細は分かりませんが、これが実行された場合、世界中に大混乱が広がり、様々な問題が起こる事が予想されます」
 「まあ、魔法だしねえ」
 「想像したくもねえな」
 ハルナの言葉に、千雨が相槌を打つ。
 「超さんの最終目的が本当に悪い事なのかは、僕にも分かりません。でもその過程において、超さんはタカミチを地下へ閉じ込めるなど、悪い事をしています。話し合いに応じず、作戦を強行しようとしている事。また作戦の成功時の影響による被害が、甚大な物である事も予想出来ます。だから僕は、先生として彼女を止めようと思います。だから、皆さんの力を僕に貸して下さい!」
 ネギの声に、一斉に『おー!』と声が上がる。
 意気揚々と別荘から出ていくネギ達。
その時、ネギ達は誰も気づかなかった。
1つはネギの持つ航時機が、勝手に作動を始めた事。そしてもう1つは、シンジだけがネギの宣言に声を出さなかった事に。



To be continued...
(2012.05.26 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さりありがとうございます。
 今回の話は『決戦前夜』というイメージです。平和で騒がしく楽しい学園生活。その裏で進行する一大決戦を前に、ネギ達は自分達の道を模索する。同時にシンジはトロイの木馬として活動する。そんな感じで仕上げました。楽しんで頂ければ幸いです。
 話は変わって次回です。
 超の罠にかかり、強制時間転移させられたネギ達。だがその世界はシンジにとって最良を飛び越えた最悪と呼ぶべき世界であった。自分達の目論見が失敗した事を察したシンジは、本来の時間軸へと戻ってやり直す為に、ネギ達とともに過去へと遡ろうとする。そんなシンジ達の前に立ち塞がるのは、真実を知らない者達。シンジは刹那とともに足止めを目論むが、彼らが対峙するのは『鬼女』の2つ名が相応しい女傑であった。
 そんな感じの話になります。
 それではまた次回も宜しくお願いいたします。



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