正反対の兄弟

第三十七話

presented by 紫雲様


千雨side―
 「おいおい、こりゃあどういう事だよ!」
 外の異常な光景を理解した千雨達は、混乱の極みにあった。
 と言うのも、麻帆良祭が終わってから1週間が経過していたからである。おまけにその間一同は行方不明扱いとなっていた。更に付け加えれば外の世界は既に魔法が公然の物となっており、麻帆良武道会の映像はその証拠として扱われていたのである。
 こうなってしまっては、派手な魔法バトルを繰り広げてしまったネギやクウネル、分身の術を披露した小太郎や楓達は、言い訳すらできない状況である(クウネルだけは地底図書室の奥へ引っ込んでしまって、外へは出てきていないのだが)。
 そして少女達は、別荘に添付されていた一通の魔法世界の手紙に気付き、額を突き合わせながら、それを見ている所だった。
 『やあ、元気かナ?ネギ先生と、その御仲間達。これを見ていると言う事は、君達の負けが確定したという事ダ。だがもっとも良い戦略は、戦わずして勝つ事。悪く思わないで欲しいネ』
 超のホログラムは、記録されている通りの言葉を再現した。
 『実はネギ坊主に貸した航時機には、時限式の罠が仕掛けてあったネ。その結果、君達は最終日を超えた1週間後の日にいる訳だヨ。それは歴史改編後の世界にいるという事ネ。ようこそ、新世界へ』

ネギside―
 学園内をパニックに陥りながら状況把握に動いていたネギは、ガンドルフィーニに強制連行されて、魔法使い専用の取調室にいた。
 そこでガンドルフィーニから聞かされた『超のテロ行為』についての説明を聞かされたネギの顔が、見る見る青くなっていく。
 「それとネギ君。君の超に関する報告だが、あまりにも非現実的すぎる。航時機による歴史改編計画、時間跳躍など不可能だ!超鈴音はテロリスト!それ以上でもそれ以下でも無いんだ!」
 「ネギ君。彼女の作戦は恐ろしく用意周到だったよ」
 瀬流彦の言葉に、ネギが顔を向ける。
 「彼女は告白防止作戦で作戦ポイントと設定した6か所を、大量のロボット兵器で占拠した。気付いた僕達はすぐに対応に動いたが、何もできなかった。だって一般人の前で魔法を使う事なんてできないからね」
 「瀬流彦君の言う通りだよ。我々が歯噛みする中、あの女は悠々と計画を進めた。直径3kmの魔法陣と、世界樹の魔力による強制認識魔法は、地球上に存在する12ヶ所の麻帆良と同等の聖地と共鳴し、その魔力を増大。3時間後には地球全てが強制認識魔法の支配下に置かれてしまったのだよ」
 「そ、そんな大規模な?」
 愕然とするネギに、瀬流彦は更に説明を続けた。
 「強制認識魔法の効果自体は軽い催眠術程度だった。『魔法があるかも』『魔法使いはいるかも』と思わせる程度でね、それだけなら空想癖の人間が増える程度で済ませられた。だが、それだけじゃなかったんだ。彼女はインターネットも利用していたんだよ」
 「表向きはトンデモ映像として流されている麻帆良武道会。だが強制認識魔法にかかっていれば、話は変わってくる。それどころか興味を持って突き詰めていけば、魔法の存在を示す情報にまで行けるように設定されていたんだ!」
 ドンと悔しげに机を叩くガンドルフィーニ。
 「ここまで進んでしまっては、もう事態の収拾は不可能だ!半年以内には、世界中の人間が魔法の実在を信じる事になる!」

シンジside―
 慌てる少女達を前に、シンジは超の作戦が成功した事を冷静に受け止めていた。
 (・・・とりあえずは、超さんの作戦は成功したか。これで僕の思惑が成功しようが失敗しようが、どちらに転んでもこの子達の身は守れるだろう)
 この状況から、更に自分にとって都合の良い結果を勝ちとる為に、どう動こうかと悩んでいると、カモが航時機を引っ張りながら飛び込んできた。
 「大変だ!兄貴が捕まっちまった!しかも、これを見てくれ!航時機カシオペアが動いてねえんだよ!」
 「・・・まさか、世界樹の魔力か?」
 「多分、旦那の予想通りだ。こいつは起動に世界樹の魔力を必要としていたんだ!」
 超から航時機カシオペアの動力源について聞かされていたシンジは、その事については特に驚きは無かった。全て超の計画通りだったからである。だがネギがオコジョの刑を受けるというカモの説明に、シンジは内心で舌打ちをしていた。
 「兄貴は子供だから、精々、数ヶ月程度で済む筈だ。だが兄貴には超の教師と言う立場があるから、無罪放免という訳にはいかねえんだ。武道会でも派手な魔法バトルやらかしちまったからな。このままいけば、本国へ強制送還。2度とこっちには戻ってこられないだろうぜ」
 「ちょっとちょっと!他の先生はどうなのよ!」
 「他も似たり寄ったりだ。軒並み、オコジョの刑罰を受けて年単位で服役。学園長の爺さんは、その筆頭だ」
 麻帆良学園から、魔法関係者がいなくなる。これはシンジにとって最良を飛び越えすぎた、最悪の事態だった。
 (超さん、上手くやりすぎたか!だがこうなってしまっては、超さんでも手の打ちようが無い。そうなると、僕の方で帳尻合わせをする必要があるな)
 この時間の超に相談して情報収集を行うのも重要だが、問題なのはネギである。ネギが捕縛されていては、シンジとしても都合が悪い。何としてでもネギを奪還する必要があった。
 「みんな、ちょっと聞いて欲しい」
 シンジの言葉に、混乱に陥っていた少女達が振り向く。
 「まずはネギ君を奪還しよう。どんな選択肢を採ろうにも、王将を敵に奪われていては負けは揺るがない。次の目標としては、航時機カシオペアを動かす方法を探すんだ。ここまでは良いね?」
 一斉に頷く少女達。
 「その為の第一段階として、ネギ君の居場所に関する情報を集めないといけない。だが僕や木乃香の人脈は使えないだろう。そうなると他の手段で集める必要がある」
 「シンジ殿、待つでござる。どうやらその時間はなさそうでござるよ」
 窓際から外を見ていた楓が警告を発する。彼女の目が捕らえたのは、刀子と神多良木の2人だった。
 「さすがに仕事が早いな。拙速の攻撃は僕にとって一番相性が悪いんだけど、そうも言っていられないか」
 「どうします?」
 「まずはここから逃げる。途中、情報収集を行いがらね。足止め役は僕と桜咲さん。それから長谷川さんは、何とかインターネットを繋げて、世界樹に関する情報、主に発光に関係する情報を集めてくれ。ネギ君の居場所については、強引だけど捕虜から聞きだすんだ。これは宮崎さんがいれば可能だろう」
 おおざっぱな説明ではあるが、少女達が頷く。
 「ネギ君を奪還したら、僕達を召喚で呼んで。それで問題解決だ。非常時の連絡は僕と早乙女さんの念話で取り合うよ、良いね?」
 ハルナとの仮契約カードを側頭部に当てながら、タオルを頭部へ適当に巻き付けるシンジ。戦闘の間に連絡が来た場合、悠長にカードを取り出す余裕が無かった場合を考えての措置である。
 この堂々とした行動故に、少女達は気づかなかった。
 シンジがタオルに完全に隠れる様に、超の仮契約カードを仕込んでいた事に。
 『貴女達!そこにいるのは分かっています!5分待ちましょう、外へ出てきなさい!』
 「式神と落書帝国で身代わりを作って、すぐに行動だ!」
 一斉に頷くと、少女達が動き出す。シンジも短刀を引きぬいた。
 「桜咲さん、やるよ?」
 「ええ、任せて下さい」
 切り裂いた手首から溢れ出る血潮を嚥下していく刹那。初めてそれを見たメンバーは顔を真っ赤に、2度目というメンバーは僅かに頬を染める。
 「詠唱はギリギリまで待つよ。戦闘の意思を気取られたら、突撃してくるからね」
 「はい!」
 「それと作戦だけど、刀子さん相手に、時間は稼げそうかい?」
 「ええ、何とかしのぎます。血の契約の援護もありますから」
 「よし、じゃあ神多良木先生は僕が押さえるよ。ただあの人のカマイタチは遠距離攻撃だから、油断だけはしないようにね」
 コクッと頷く刹那。そこへ逃走の準備が終わった事を、ハルナが告げた。
 「じゃあネギ君は頼んだよ」
 「任せてちょうだい!」
 楓の先導の下、ログハウスの裏口から出ていく少女達。それにタイミングを合わせて、シンジと刹那は正面玄関から姿を見せた。
 「状況はおおよそ把握しています。そちらにとってみれば、1週間ぶりなんですよね?僕達にとっては昨日会ったばかりですが」
 「何を訳の分からない事を言っているのですか!」
 「僕は大真面目ですよ。まさか理論上しか存在しえないタイムマシンを、この身で体験するとは思っていませんでしたからね。科学の壁を魔法で超えるなんて、予想外も良い所です」
 その言葉に、神多良木がピクンと反応する。だが刀子には逆効果だった。
 まるで蛇のように、刀子の髪の毛が揺らめき始める。それは気の影響であった。
 「良い度胸です。この後に及んで人をおちょくるとは!やはり貴方達も超鈴音の仲間なんですね!私の人生を滅茶苦茶にした、あの超鈴音と!」
 「・・・あー、少し落ち着いたらどうだ?葛葉」
 「これが落ち着いていられますか!今回の件で私は行った事も無い魔法の国へ強制島流し!しかも3年はオコジョ収容所いりなんですよ!?やっと、やっと一般人の彼氏を捕まえて上手く行きかけていたのに!」
 目尻から涙を噴き出しつつ憤慨する刀子。呆気にとられた刹那は、何も言えない。
 「あの、葛葉先生。何を焦っているんですか?」
 『ば、馬鹿者!』とシンジにアイコンタクトを送る神多良木。だがシンジの言葉に、刀子は敏感に反応した。
 「くっくっく、良い度胸です。何故、と問いますか。私は28歳、服役から戻ってくれば30代は確定です!その意味が分からないんですか!」
 「・・・いや、僕の周りには30過ぎても独身の女性がいたので。軍関係に勤務していたせいか、多忙で2人とも独身だったんです。それを考えれば葛葉先生は、まだまだ余裕がありますよ」
 「知っていますか?無邪気という言葉を。これは罪が無いのではなく、思慮に欠けるという意味なんですよ?」
 スラアッと太刀を抜く刀子。その両目は既に妖しく輝いている。同時に神多良木が両目を手で覆う。
 「うーん、30歳でも美人は美人だと思うんだけどなあ。美女って言葉は、当てはまりますよね、神多良木先生」
 「そこで俺にふるな!」
 本気で反論する神多良木。だが刀子の鋭い視線に『いや、葛葉。お前は美人だ。それだけは断言できる』と我が身可愛さに必死の弁護を行う。
 「美女だと思うんだけどなあ。僕の美的センスが狂っているなら、否定されても仕方ないんだけど」
 「そ、そうですよ!刀子さんは美人です!」
 「そうだぞ、葛葉。彼らの言う通りだ!」
 背筋に寒気を感じていた刹那と神多良木が、敵味方の垣根を越えてシンジの言葉に同意する。
 「まあ、美女が不服であれば、他の表現がありますが」
 おお、と希望の視線を送る神多良木。だが彼は近衛シンジと言う人間の性格をしっかり把握していなかった。
 戦う際には、徹底的に相手の戦力を削ぎ落してから戦う策略家である事に。
 「美熟女なんてどうでしょうか?果物は熟れている方が喜ばれますし」
 ブツンッという音が刀子から聞こえてきた。
 『馬鹿者!本当の事を言うなあ!』と叫ぶ神多良木。
 『何、挑発してんですか!』と目尻から涙を噴き出しつつ叫ぶ刹那。
 「何言ってんですか。源先生が良い例でしょう。あの人、葛葉先生より2つ年上ですよ?なのにあの人気です。これは年齢ではなく、ひとえに内面的魅力が高いからこそ、高畑先生の心を捉えていると思いますが。仮にどちらか選べと言われたら、僕も葛葉先生よりは源先生を選びますしね」
 丁寧にトドメの一撃を放つシンジ。神多良木は胸の前で十字を切り、刹那は死を覚悟して夕凪を構える。
 「死ねええええええ!」
 「と、刀子さん、落ち着いてええええ!」
 怒りのあまり、初手から大技の雷鳴剣に入る刀子。神多良木は目を覆って、まだ戦闘態勢に入っていない。それどころかどうやって止めようかと考えるほどである。
 その隙をシンジは突いた。糸を放って刀子の攻撃を送らせつつ、詠唱に入る。
 「我、藤原之朝臣近衛家之従者、シンジ也。是より桜咲刹那と、血之契約を結ぶ物也」
 それに神多良木が気付いた時には遅かった。すでに血の契約は発動し、刹那の気は常に回復し続ける状態に切り替わっている。
 「まさか、これが狙いか!」
 「貴方の相手は僕ですよ、神多良木先生」
 「チッ、舐めるなあ!」
 神多良木が無詠唱によるカマイタチを立て続けに放つ。だがその一撃を、シンジは全て躱わしていく。
 その光景に違和感を覚える神多良木。どういう事かと思わず攻撃の手を緩める。
 「これは試合ではありませんからね。種明かしはしてあげません」
 「面白い!どこまでその強がりが言えるか、試してやろう!」
 カマイタチによる一方的な攻撃が、シンジを襲う。だがその全てシンジは紙一重で躱わし続ける。若干の傷は負うが、それでも小さい傷は使徒としての自己再生能力で瞬く間に癒されていく。
 もう一方の刹那は、気の大半を身体強化に注ぎ込んで鬼神と化した刀子の猛攻を食い止めていた。不幸中の幸いと言うべきか、刀子は予備動作の大きい一撃必殺の技ばかり使ってくるので、本来なら格下である筈の刹那でも、何とか刀子を制御できていたのである。
 (これが狙いだったのか?確かに隙の少ない小技を使われたら、1分持たなかっただろうが)
 理性と言う戦力を削られた刀子は、限界まで身体強化した刹那でも互角に持ち込む事ができた。だが刀子を傷つける訳にはいかないので、刹那としても下手に攻撃へ持ち込む訳にはいかない。
 「神鳴流、百烈桜華斬!」
 「チッ!神鳴流、百烈桜華斬!」
 刀子と同じ技を放って相殺させる刹那。一撃の破壊力は刀子が圧倒的に上。だが理性を失った刀子は、技も心も制御ができていない。それは刀子の反転した瞳を見れば、同じ神鳴流剣士として刹那には断言できた。
 (そうだ、今の刀子さんは、あの月詠と同じだ!)
 制御の甘い技に対して、刹那は精密さで勝負をかける。相手の破壊力勝負に付き合うのではなく、相手が破壊力を活かす事が出来ない部分に攻撃を集中させていく。
 (冷静になれ、もっと冷静に!)

超side―
 「・・・報告します。ただいまマスターの家で魔力による戦闘の反応がありました。衛星からの映像を調査した所、近衛さんと桜咲さんが、葛葉先生と神多良木先生との戦闘に入っております。また周辺映像を確認した所、家の裏手からネギ先生以外のメンバーが走り去る姿を確認できました。ですがこのままだと、まもなく高音さん、佐倉さん、夏目さんの3人と接触し、戦闘に入る事が予想されます。ですがこちらの情報によれば、彼女達は魔法をメインとする後衛型。神楽坂さんがいる限り、敗北の確率は低いと思われます」
 「ありがとう茶々丸。しかし結果論になるが、シンジさんを保険として送っておいて助かったネ。まさか本国が、魔法関係者全てを処罰対象にするほど、頭が悪いとは思わなかったヨ。こればかりは私もシンジさんも予想外だったネ」
 「超よ、それは偶然ではないのではないか?もしかしたらSEELEが今回の件を利用して、将来的に侵攻作戦の障害となる魔法関係者を排除し、自らに都合の良い手駒を送ろうとしたのかもしれんぞ?」
 「・・・確かに考えられるネ。だとすると、奴らはすでに関東魔法協会の上層部、メガロ・メセンブリア首脳部にまで及んでいると考えるべきカ・・・」
 麻帆良学園に超が作ったアジト。そこに超・茶々丸・真名が集まっていた。聡美は魔法関係者にマークされていなかったので、ただの頭の良い一般生徒として普通に学校へ通っている状況である。もっともクラスで異変が起これば、すぐに超へ連絡を入れる手筈になっているのだが。
 「ハカセからネギ先生の目撃情報が来ました。ですがネギ先生はガンドルフィーニ先生に捕まり、魔法協会日本支部へ連行された事が確認されております。最後の目撃地点はこちらになります」
 モニターに映る映像。それを見た真名が『ほう?』と声を上げた。
 「ここはシスター・シャークティーの教会の近くだな」
 「なるほど。では少し待つネ。まずはシンジさんに状況を伝える。その間に準備を万全にしておいて欲しいヨ・・・念話テレパティア
 シンジの仮契約カードを頭につけて、超は念話を送り始めた。

シンジside―
 ≪シンジさん、私ヨ。今、そちらの姿を確認したネ。戦闘中なのは分かっているので、手短に状況と用件を伝えるヨ≫
 超からの念話に、神多良木のカマイタチを必死になって避けていたシンジの口元に、笑みが浮かび、小さく『念話テレパティア』と呟く。
 ≪まずこちらの成果を悪用した者が魔法世界にいるネ。恐らくは関東魔法協会の上層部メガロ・メセンブリア首脳部に巣食っていると思われるSEELEだと私達は予測しているヨ。彼らの目的は、今回の件を悪用して将来の侵攻作戦において邪魔となる魔法関係者を合法的に排除し、自分達にとって都合の良い手駒を配置する事だと思われるネ≫
 超の予想に、シンジがチッと舌打ちして、超の説明に同意の意思を伝える。幸い、神多良木の攻撃を僅かではあるが被弾している状況なので、舌打ちならば回避が上手くいかずに苛立っているように見えるので、怪しまれる事は無かった。
 ≪裏手から逃げ出した神楽坂さん達には、高音さんを中心とする魔法生徒が接近中ネ。だが向こうの戦力は魔法が中心。魔法無効化能力者である神楽坂さんがいる限り、敗北の確率は低いヨ。こちらは心配いらないネ。それとネギ先生はガンドルフィーニ先生に捕まった後、シスター・シャークティーの教会の辺りで姿を消しているヨ。恐らく、あの辺りに出入り口があると思われるネ≫
 ちょうど神多良木が刹那の動きを止めようとカマイタチを放とうとしていた事に気が付き、慌てて符を飛ばす。
 「急々如律令!」
 符がカマイタチを相殺。それに刹那が狙われていた事に気がつく。だが―
 「神多良木先生、貴方の相手は僕ですよ!」
 気で全身を限界まで強化しながらシンジが突撃する。これは神多良木も予想外だったのか、シンジの足を止めようとカマイタチを放つ。カマイタチはザックリと太ももを切り裂いたが、シンジは再生能力を信用して走るのを止めずに突っ込んだ。
 「バカな!正気か!?」
 そのまま体当たりを敢行するシンジ。神多良木がバランスを崩した所へ、シンジが力任せに蹴りを放つ。吹き飛ばされた神多良木は、近くの立木へぶつかった。
 ≪こちらの行動を説明するネ。茶々丸と真名には彼女達の援護をさせ、まずはネギ先生の奪還を手伝うヨ。戦闘中で危険だとは思うが、何か要望はあるかネ?≫
 「神多良木先生、まだやるんですか?」
 「当然だ。こっちの世界に入ってたかだか1年程度のヒヨッコに負ける訳にはいかんからな」
 「・・・全く、しつこいですよ。素直に諦めてくれれば良いのに。『世界樹防衛作戦』と言い『告白防止作戦』と言い、どうしてこんなに仕事に真面目な人ばかりいるんだか」
 首を傾げる神多良木。微妙にシンジとの会話が繋がっていないのだから、疑問を感じるのも当然である。
 シンジも苦しいかな?とは思いつつも、超の知能に期待を託した。
 ≪・・・世界樹の情報が欲しい、それで良いのカ?それで良ければ、舌打ちを1回。違うなら2回頼むネ≫
 シンジが符を構えながら、小さく舌打ちを1回する。
 「そもそも、貴方達に勝ち目は無かったんですよ。情報という物の価値をちゃんと把握していないから、今回の超さんの事態を招いてしまった。それは世の中を見れば理解できるでしょう?世の中、情報を守る為なら何でもする。ハッカーを雇って機密情報の防衛をするようにね」
 ≪・・・ハッカー?・・・なるほど、そちらには千雨さんがいるのカ。茶々丸の報告によれば優秀なハッカーと聞いているネ。了解した、彼女の動きを追跡して、情報を与えるようにするヨ≫
 「・・・何が言いたい?」
 妙な会話に眉を顰める神多良木。これ以上は念話に気付かれると判断したシンジは、会話を打ち切る事にした。
 「いえ、今更何を言った所で手遅れですからね。僕達は僕達なりに動くだけです!貴方達と同じ轍を踏まないようにね!これ以上は力で語りましょうか!」
 「・・・ハッ!大きく出たものだな!良いだろう、サムライマスターの直弟子の実力とやら、拝見させて貰おうか!」
 ≪彼女達の援護は任せるネ。ではこちらも念話を切るヨ。シンジさん、歴史の修正は貴方に託すネ≫

超side―
 「待たせたネ、2人とも。これから方針を説明するヨ」
 超の言葉に、茶々丸と真名が頷く。
 「ああ、良いとも。私としてもクラスの連中がSEELEの思惑に巻き込まれるのは、ゴメンこうむりたい所だ。それに、私自身も奴らに借りがあるからな」
 真名が首から下げられたロケットに手を伸ばす。
 「御指示を、超」
 「うむ。まず茶々丸はネットからの支援を頼むヨ。彼女達には宮崎さんの『いどの絵日記』がある。間違いなくネギ先生の所へ向かう筈ネ。それと千雨さんがネットに潜ろうとしているから、彼女が世界樹に関する情報を集めやすいようにサポートを頼むネ」
 「了解です、超。直ちに作戦支援に入ります」
 茶々丸がネットにダイブして、アスナ達に事が有利に運ぶように、機器の操作を開始する。
 「真名には彼女達の直接援護を頼むネ。『傭兵として雇われた』と言えば、万が一見つかっても、彼女達なら納得する筈ヨ。向こうには楓と刹那がいるからネ」
 「了解した、では向かうぞ」

アスナside―
 高音達の襲撃は、愛衣のアーティファクト『オソウジダイスキフアウオル・プールガンデイ』により、ハルナ・のどか・夕映・木乃香が服を脱がされた事以外に被害は無く、無傷で済んだ。そしてのどかの『いどの絵日記』によるネギの居場所調査も終わり、今は千雨の情報待ちの状態である。
 「全く、とんでもない破廉恥アーティファクトね」
 「違います!人を変態呼ばわりしないで下さい!」
 「だってねえ・・・外で服を脱がされる方はたまったもんじゃないわよ」
 それには渋々と納得する愛衣である。事実、愛衣を含めた3人は高音の影法師を防具として纏っており、高音が気絶させられたと同時に影法師の服も消えていたのである。その為、尋問を受けていた愛衣は、コートを肩にかけられただけの裸状態であった。だからアスナの言い分は、痛いほど心に突き刺さってきた。
 「あと、もう1つ言っておくわ。シンジさんには、それ使わない方がいいわよ。絶対に後悔するから」
 「・・・何でですか?」
 「あの人、下着は褌なの」
 互いに顔を見合わせる愛衣と萌。その顔が徐々に赤くなっていく。ゆっくりと他の少女達に顔を向けると、楓と木乃香以外は顔を赤らめながら頷き返した。
 「まあ見たいと言うなら止めはしないけど」
 「「絶対にやりません!」」
 同時に抗議する2人に、アスナが苦笑する。そんな所へ千雨が『終わったぜ』と声をかけてくる。
 「世界樹に関する情報は集め終わった。発光に関する情報も集めたぜ」
 「よし、じゃあ行こうか!」
 ネギの居場所目指して移動を開始するアスナ達。やがてそれらしき建物が見えてくる。
 「・・・おかしいでござるな」
 「長瀬さん?」
 「見張りの気配がしないでござるよ。これはどういう事でござろうか・・・」
 「でも見張りがいないなら、ラッキーじゃないかな?」
 罠の可能性も考え、むう、と考え込むアスナ達。
 「でもよ時間がねえんだ。ここは身の軽いメンバーで隠密先行して貰って、人が多いようなら回り道で、少ないなら気絶させて強行突破ってのはどうだ?」
 「ふむ。カモミール殿の案が現実的でござろうな。あまり時間をかけすぎると、刹那殿やシンジ殿の負担が大きくなりすぎるでござる」
 全員がコクッと頷くと、アスナ・古・楓の3人を先導役として侵入を図る。
 ところが中に入ってみれば、昏睡状態のガンドルフィーニや瀬流彦が倒れている。
 この状況に不信感を抱いた楓が、2人を調べてハッとしたように眼を見開いた。
 「・・・そう言う事でござるか」
 「何か分かったアルか?」
 「恐らく、麻酔弾を撃ち込まれたのでござるよ。やったのは真名殿でござろうな」
 真名の名前に、アスナと古が互いに顔を見合わせる。
 「龍宮さん?でも龍宮さんって、超さんに雇われているんだよね?お別れ会の時に、超さんに雇われていたって話、刹那さんから聞いたわよ?」
 「何か変化があったのかもしれんでござるよ。だが真名殿の仕事だとすれば、彼らが昏睡しているのも理解できるでござる。今の内に進むでござるよ」
 楓の言葉に、アスナは頷くと後方で待機していた少女達に合図を送った。

時間は少し遡って、ネギside―
 ガンドルフィーニと瀬流彦が立ち去った後、ネギはタカミチと差し向かいで今回の事件について話し合っていた。
 「タカミチ。今回の事件だけど」
 「完全に超君にやられたね。さっきガンドルフィーニ先生は口にしなかったけど、実は僕、一度は超君を追い詰める所まで行ったんだ。でも超君の計画を、それ以前にある人物から聞いていてね。最後の最後に躊躇ってしまった」
 タカミチは紫煙を燻らせながら、肩を竦めて見せる。
 「最後の一撃は龍宮君だろうな」
 「龍宮隊長!?タカミチ、怪我はないの!?」
 「そこが超君の恐ろしい所だ。今回の事件による直接的な死者・怪我人は0なんだよ」
 その言葉に、ネギが『一体、どういう事!?』と詰め寄る。
 「彼女達が使う銃弾。あれを喰らえばどんな達人でも一発アウトだ。恐らくエヴァでも回避以外に方法は無いだろうし、シンジ君の破術でも無効化はできない可能性が高い。あれは学祭期間中に限り、間違いなく最強の弾丸だよ」
 「師匠マスターやシンジさんでも無理!?」
 「あの弾丸の効果は強制転移。弾丸に触れた一点を起点に、ある程度の球体場の力場を発生させて」
 「待ってよ、タカミチ!どうして僕にそんな事を!?」
 ネギが困惑しきったように立ち上がる。そんなネギにタカミチは笑いかけながら答えてみせた。
 「さっきのタイムマシンの話、本当なんだろう?」
 「信じてくれるの!?」 
「ああ。さっきの弾丸だよ。あの弾丸は力場の中にいる者を、数時間先に転移させる効果を持っていたんだからね」
目を丸くするネギ。
「だったら、どうしてガンドルフィーニ先生は信じてくれなかったの!?」
「あの人にしてみれば、時間移動なんて信じられないんだよ。それよりも強力な麻酔弾で数時間眠らされていたと考える方がよっぽど納得しやすいのさ」
タカミチの説明に、ネギも頷くしかない。
「ネギ君。超君には気をつけるんだ。方法は分からないが、彼女は時間移動能力を持っている。立場上、僕は手助けできないが、もうすぐアスナ君達が君を助けに来る筈だ。頼んだよ、ネギ君」
「・・・うん、分かったよ。でも1つだけ教えて。タカミチはどうして、超さんと戦った時、躊躇ってしまったの?」
「そうだね・・・確かに超君の行動は認めるべき物ではない。これは断言できる。だが君のお父さんなら、超君に味方したかもしれないんだよ」
シュボッと音を立てて、2本目の煙草に火を点ける。
「今もなお、世界には紛争と貧困に苦しむ人達が溢れている。そんな人達を救う為に、僕達は努力している訳だ。だが制約は多く、活動は限定されざるを得ない。その一例が魔法を一般人の前で使わない事、という例だよ。例え目の前で人が死にかけていたとしてもね」
ハッと顔を上げるネギ。
「シンジさんが言ってた事と同じ・・・」
「それはどういう意味だい?」
「はい、実は・・・」
エヴァンジェリンの別荘の中で、シンジが口にした事をネギが説明する。その内容に、タカミチが重々しく頷いた。
「なるほど、シンジ君の言った事は僕の言いたい事その物だよ。魔法が公然化された世界であれば、僕達は今までよりも多くの人達を救う事ができる。それは否定しようのない事実なんだ」
「そ、それじゃあ、超さんは正しいの!?」
「いや、そうでもない。シンジ君が言ってたんだろう?正解は無い、って。その通りさ。世界はそう単純には出来ていない、そう簡単に世界を救うなんてできない。ただ言えるのは、超君の計画が成功すれば『より多くの人を救う事ができる可能性があった』というだけの事なんだ」
紫煙がタカミチの口から、静かに揺らめきながら天井にまで立ち上っていく。
「それで、僕は躊躇ってしまったのさ」
「じゃあ、超さんが間違っているとは断言できないんだね」
「それは違うさ。いかに大義名分があろうとも、力で無理矢理計画を実行した事は、正当化できないんだよ。彼女が未来人だと言うなら、尚更だね。個人的な事を言わせてもらえば、彼女は間違っていると思うよ。ただ僕達は失敗しているんだ。そんな僕達には、何を言う資格も無いと思うんだよ。ネギ君が自分で考えて、自分で決めるべきだと思う」

神多良木side―
 (妙だな、この子供、何を考えている?)
 魔法先生は関東魔法協会にも何人かいるが、神多良木は戦闘系としては珍しく、物事を一歩退いた位置から見る事のできる人材だった。
 そういう意味では、実戦経験豊富なタカミチに次ぐ有能な人材とも言える。破壊力だけなら他にも強い者はいるが、思考的な視野の広さや咄嗟の判断力は、目を見張らせるだけの物を持っていた。
 その思考の広さが、ずっと警鐘を鳴らしているのである。目の前で己と戦う子供―近衛シンジは何かを隠していると。その証拠が、先ほどまでの微妙に食い違った会話なのではないか?と。
 それを突きつめたかったが、今のシンジは戦闘に集中している。もう先ほどまでの態度は微塵も見えず、解決のヒントとなるような物は全く表に出そうとしない。
 (戦闘に集中している・・・もう終わった、と考えるべきか?それなら納得できるのだが)
 無数のカマイタチを放ちながら考える神多良木。経験豊富な神多良木にしてみれば、シンジを制圧する事は、不可能ではなかった。
 達人のコピーした技は強力だが、致命的な欠点がある事にもすぐに気がついた。あの技は応用が利かないのである。例えば真名の羅漢銭は普通に立って撃つ事ならできるのだが、走りながら撃つような真似は出来ない。それは武道会の映像を繰り返してみる度に、その印象を強める結果となった。
 何故なら、シンジは真名やタカミチと全く同じ動きしかしていないのである。古についてはネギの修練に付き合っている分、より多くの行動パターンが蓄積されているが、所詮はそれだけだろうと考えた。
 そう言う意味では、シンジのコピーは手品と同じ一発芸である。その事をタカミチに訊ねてみた所『神多良木先生も気付きましたか』という答えが返ってきた事で、彼は自分の答えが的を射ていた事に自信を持った。
 そして今、シンジは技のコピーを使って来ない。それはシンジ自身が、自分の技の欠点を理解しているからだろうとも推測していた。
 (本当に頭が回る子供だよ。ましてこの状況で、桜咲の方にも注意を払う余裕を持つか)
 先ほどから牽制を兼ねて、時折、刹那の方にカマイタチを飛ばしているのだが、それは全てシンジの符によって防がれていた。
 (視線はサングラスで隠しているから、読まれる訳がないのだが・・・試してみるか)
 シンジを狙い打とうとしていたカマイタチの内の一発を、強引に刹那へと切り替える。若干反応は遅れたものの、シンジはきっちりとカマイタチを符で相殺してきた。
 その代わり回避が遅れたシンジは、今までより深い傷を負う事になる。だがその傷は、瞬く間に癒えていく。
 (やはり防いできたか。それに、この治癒能力も不可解だ。自動再生と言うべきか?まるで吸血鬼だな。だが真祖の血族になった訳でもないようだ。となると、陰陽術の秘術の1つか?)
 放たれるカマイタチを、皮膚を切り裂かれながら避けていくシンジ。気で強化された体は、シンジに持久力を与えて神多良木を食い止める。シンジには攻撃手段がないが、それでも下手に近付けば、あの強化された体で捕まえられる可能性があるので、神多良木もおいそれと近づく訳にはいかない。
 (武道会で使っていた人形もないようだしな。闇の福音譲りの人形使いの技も、人形がなければ・・・人形!?)
 ハッとした神多良木がカマイタチを放つのを止める。突然の攻撃停止に、シンジもまた驚いたように神多良木に目を向けた。
 「そう言う事か!よくもまあ、引っ掛けてくれたものだな!」
 「・・・何の事ですか?」
 「これだよ!」
 神多良木が四方八方、無差別にカマイタチを巻き散らす。その流れ弾を喰らわない様に、刹那と刀子が互いに距離を取り合う。
 そんな2人が目にしたのは、宙を舞うキラキラと光る物だった。
 「・・・これは?」
 「糸だよ!周囲に糸を張り巡らせてレーダー代わりに使っていたな!道理で私の視線を確認せずに、カマイタチを正確に把握できた筈だ!」
 種がバレた事に、シンジが小さく舌打ちする。だが、まだ種の全てがバレた訳ではない。まだ半分と言った所である。
 人形使いの糸は、操る事が目的である。その対象は人形だけとは限らない。
 人間だって操る事は可能である。それが敵であろうと味方であろうと関係は無い。
 だが―
 「若くてピチピチの中学生の貴女なんかに分かるもんですか!」
 一瞬の隙を突かれて刀子に頭を鷲掴みにされた刹那が、人間ミサイルと化してシンジへ投げ飛ばされる。避ける訳にもいかないので、シンジは抱き止めるようにしながらも、威力に負けてその場に尻もちを突いた。
 「ディグ・ディル・ディリック・ヴォルホール」
 その隙を利用して、神多良木が詠唱を開始する。
 「逆巻け夏の嵐ウエルタートウル・テンペスタース・アエスティーウア彼の者等に竜巻く牢獄をイリース・カルカレム・キルクムウエルテンタム風花旋風風牢壁フランス・カルカル・ウエンティ・ウエルテンティス
 ゴウッと音を立てて竜巻がシンジと刹那を閉じ込める。
 「葛葉。今の内に子供達を確保するぞ。そうすれば、こいつらも諦めるだろう」
 「ええ、分かりました」
 神多良木の足止めは確かに正解だった。だが同時に失敗でもあった。
 竜巻は閉じこめられる代わりに、中にいる者達を完全に守り抜く。だからシンジと刹那はすぐに破術で竜巻を破らずに、態勢を整え直した。
 式神と落書帝国のゴーレムに騙された神多良木と刀子が慌てて外に出てきた時、ちょうどシンジ達は竜巻を破った所だった。
 これまでの間、相当の時間を費やしていたので、血の契約をかけ直した刹那の口元から、飲みきれなかった血が滴り落ちる。
 「おかげで一息吐けましたよ、神多良木先生。第2ラウンド開始と行きましょうか」
 「・・・私達に勝てるつもりか?」
 「ええ、そちらは随分と消耗されているようですね。自分で言うのも何ですが、僕にとっては先ほど使った気の量は、大したものじゃありません。元々の気の容量が違いますからね。それから桜咲さんの気は全て回復させて貰いました。対して葛葉先生は大技の連発で気の大半を消耗、神多良木先生も無詠唱魔法を放ち過ぎたのではありませんか?降参するのはそちらの方だと思いますが」
 グッと歯噛みする刀子。怒りに踊らされ、大技を連発したのは事実だからである。本来の状態なら刹那を一蹴する事など容易いが、今の刹那は気は回復し続け、更に体も温まっているという最高のコンディションである。気を節約しながら戦い続けるとなれば、いくら刀子でも分が悪いと言わざるを得ない。それどころか身体強化だけで、実の所、手一杯という状況であった。
 そして神多良木も無詠唱魔法の連発と、『戦いの歌』による身体強化を当たり前のように使っていたので、魔力はかなり減ってきている。そこへ竜巻の牢獄を使ったので、残りの魔力は既に4割を切っていた。
 シンジの目的は時間稼ぎだったかと推測する神多良木。ならば残りの力を全て使っての短期決戦に勝機を見出すしかないかと、神多良木は考えた。その思惑を、刀子もアイコンタクトで共有しあう。この辺りは歴戦の戦士だからこそ、通じる考えだった。だが―
 「桜咲さん、葛葉先生はガス欠寸前だ。後の事は考えずに短期決戦で一気に削り落とすよ。方法は一任するから、油断だけはしないでね。その間、神多良木先生は足止めしておくから。そちらが終わったら、援護に来て」
 「はい、分かりました」
 「「な!?」」
 逆にシンジ達の方から短期決戦を挑んできた事に、驚愕する神多良木と刀子。確実に勝てる長期戦を放棄する等、戦術上、あり得ない選択だったからである。
 「何を驚いているんですか?戦術っていうのは状況に応じて千変万化する物です。常に定石が正しいとは限りません」
 刀子の懐へ飛び込む刹那。神多良木を支配下に置こうと、次々に糸を繰り出してくるシンジ。
 機先を制された刀子は防戦一方に回り、神多良木も糸を斬り落そうとカマイタチで迎撃せざるを得ない。
 「本当に厄介極まりない子供だよ、お前は」
 「どうせなら悪党と言って下さい、神多良木先生」

夕映side―
 地下への螺旋階段を駆け降りる夕映は、改めて自分のアーティファクトを見直していた。当初は魔法使い見習いに与えられる初心者教本だとばかり思っていたのだが、何故か、今は使われていないこの螺旋階段の存在が載っていたり、アスナと魔法無効化能力について載っていたりと、普通の教本には相応しくない情報が載っていたからである。
 「どう思うです?カモさん」
 「・・・これは初心者教本じゃねえのかもな。もっと違う、他の何かか?」
 「ええ、実は」
 やがて階段を駆け降りた一行は、B30というプレートが貼られた通路へ飛び込もうとする。だが先頭を切って飛び込んだアスナが、突然、進行方向とは逆の方へ、勢いよく壁に叩きつけられた。
 「な、何だあ!?」
 やがて通路から、巨大な影が姿を現す。3つの頭と蛇の鬣をもつ、巨大な犬。その首の上には、小さな人影が乗っている。
 「リリ、リアル地獄の番犬ケルベロス!?」
 「いえ、鬣が蛇ですから、多分、弟さんのオルトロスさんではないかと。でもオルトロスさんは頭が2つだから、いとこさんでしょうか?」
 「どこまでファンタジーなんだよ!つーか、解説してないでとっとと逃げろ、宮崎!」
 そこへ更に空中から、襲撃者が現れる。鷲の頭と翼に、馬の胴体を持つ魔獣―ヒポグリフである。
 「に、逃げるアルよ!」
 古が木乃香を抱き上げて逃走すると、その後をヒポグリフが追いかける。ハルナ・のどか・千雨の後をケルベロスが追いかけ、それを止めようと楓が走りだす。夕映とカモは体を起こしたアスナを介抱しようと、駆け寄った時だった。
 「悪いが、ここまでだよ」
 「た、高畑先生!?」
 つい今しがた、ハルナ達が逃げて行った方から、姿を現したのはタカミチだった。
 「通して下さい!じゃないとみんながあのお化け犬に食べられちゃいます!」
 「そう思うなら、何故、彼女達を連れてきたんだい?エヴァに言われなかったのかい?こちらの世界へ足を踏み入れるなら、相応の覚悟はしておけ、と」
 タカミチの全身が咸卦法の光に包まれる。同時に通路の先から、のどかと千雨の悲鳴が聞こえてきた。
 「本屋ちゃん!千雨ちゃん!」
 「ま、待つです!高畑先生、話ぐらい聞いて下さい!」
 「綾瀬君か、君達と話す事は無い。下がっていなさい」
 「・・・なるほど、『綾瀬君』ですか・・・どうぞ、お好きに。元担任の貴方に、それができるのでしたら」
 その言葉と同時に、パパンという音が響いて、夕映が弾かれる。間違いなく、タカミチの居合拳による一撃だった。
 「高畑先生!」
 「この程度で驚くのかい?その程度の覚悟なら、ただの女子中学生でいた方がいい。さあ大人しく立ち去るか、本気で僕と戦うか、2つに1つだ。選べないなら、僕が選んでやろう・・・いくよ!」
 螺旋階段を舞台に、タカミチとアスナの間で戦闘が勃発する、だがアスナにタカミチを攻撃できる訳も無く、防戦するだけの一方的な戦いであった。
 一方で戦いの余波による瓦礫が天から降り注ぐ中、夕映は顔に走る痛みを堪えながら、アーティファクトを調べ出していた。
 「お、おい、大丈夫かよ!」
 「い、いえ。正直言って、非常に痛いです。よくネギ先生やシンジさんは、この痛みを堪える事ができるですよ・・・」
 口元から流れ落ちる鮮血を拭いながら、夕映がアーティファクトに目を通していく。
 「別荘で調べたのですが、私のアーティファクトは魔法教本ではありませんでした。名前は世界図絵。その能力は魔法に関するあらゆる問いへの答えを開示してくれる『魔法百科事典』或いは『魔法学大系』と言うべき代物でした。その情報量は、ゆうに図書館1つ分に匹敵します」
 「マジかよ・・・うお、深度Aランクの機密情報まで!?とんでもねえ掘り出し物だ」
 「これで調べた所、アスナさんの魔法無効化能力や、咸卦法についても載っていました。これなら何とかできそうです」
 キッと顔を上げる夕映。そこに轟音とともに豪殺居合拳でアスナが地面に叩きつけられた。
 「アスナさん!」
 「だ、大丈夫。剣で防いだから」
 クレーターの中から、剣を支えに体を起こすアスナ。少し離れた所にタカミチが降り立つ。
 「今のは加減した。諦めて降参しなさい」
 「・・・高畑先生・・・」
 アスナの体が小刻みに震えだす。そんなアスナの耳元に、夕映が囁いた。
 「・・・それで良いの?」
 「はい。理論上、これは高畑先生にも防げない技です。それほど、貴女の能力は強力なのです。倒す必要はありません、その剣で触れるだけで良いのです」
 倒さなくて良いと聞き、アスナの目に意思の光が戻ってくる。それに舌打ちしながら居合拳で攻撃を開始するタカミチ。その拳の弾幕を、アスナは紙一重で躱わしていく。
 「無極而太極斬トメー・アルケース・カイ・アナルキアース
 ハマノツルギを受け止めるタカミチ。同時に轟音が轟いた。だが煙の中から現れたタカミチは全くの無傷。それどころか勝利を確信して、笑みすら浮かべている。
 「残念だったね。何やら策があったようだけど、僕には通じないよ」
 「いえ、今ので答えは分かりました。私達の勝ちです、高畑先生。いえ、ニセモノの高畑先生」
 夕映の指摘に、アスナとタカミチが同時に夕映に目を向けた。
 「設定も少々甘かったです。先生は馬鹿レンジャーと呼ばれた私達には、名字でなく名前を呼んでいました。先ほど、あなたは私を綾瀬君と呼んでいましたよね?小さなミスですが、致命的なミスでもありました」
 「な!?」
 「それともう1つ。あなたはあまりにも強すぎた。アスナさんの魔法無効化能力が通用しない等、絶対にあり得ないんですよ。私の予想が正しければ、貴方はこの術で相手に直接トドメを差す事が出来ない。精神的に追い詰めて屈服させるしかないんです。それがあなたにとっての不運でした」
 その言い回しに、カモが即座に反応した。
 「そうか!旦那のやり方か!」
 「そうです。シンジさんは心理的に相手を追い込む事を常套手段としています。そのやり方を、私達は色々な機会で目撃してきました。だからこそ、精神的に追い詰めると言う戦術は、私にヒントを与えてしまったのです」
 そう言いながら、夕映がそっとハマノツルギに触れる。
 「ほどけよ偽りの世界セー・デイソルウアント・キルクムスタンテイア・フアルサ
 その声と同時に、世界が砕け散る。一瞬にして2体の魔獣とタカミチは姿を消した。代わりにその場にいたのは、小さな魔法使いと、3体の人形である。
 「全て幻だったんです。そしてあなたが犯人ですね?おチビさん」
 「・・・じゃ、じゃあ全部嘘だった訳!?」
 愕然とするアスナ。そこから少し離れた所では、千雨が『それでも痛みは本物だったろうが』と苦しげに咳き込み、楓の肩を借りて立ち上がった。
 「あの鳥馬、どれだけ攻撃しても立ち上がってきたアルね。不死身かと焦ったアルよ」
 「道理で手応えがおかしかった筈でござるな。今にして思えば、クウネル殿を相手にした時と同じでござったが・・・」
 「ゆ、許さない!ふられたばっかの憧れの人と戦わせるなんて、どういう神経してんのよ!この馬鹿ガキ!」
 アスナが『キシャーーー!』と、古が『ほにゃーーー!』という奇声をあげながら犯人へ詰め寄る。慌てた犯人の頭から魔法使いの帽子がコロンと落ちた。
 その下から現れたのは、まだ幼いおかっぱ頭の女の子である。そして全員が、その子の事を覚えていた。
 年末に開催された女子寮のイベント。そこへ顔を出した、幼稚園にあがったばかりの弐集院の娘。
 「す、すいまふぇん・・・パパが・・・パパがオコジョになっちゃうの・・・いやだから・・・」
 「「「「「「う・・・」」」」」」
 一斉に口籠る少女達。彼女達が躊躇っている間に『パパー!』と叫んで通路の奥へと走って行ってしまう。
 「ちょっと気まずいわね、さすがに」
 「どこが気まずいんだよ!確かに今のは幻だったかもしれねえ。だが痛みは本物だったんだぞ!」
 激昂する千雨。だがアスナは『まあまあ』と言いながら、通路の奥へ踏み込もうとした。
 「おい、待てよ。ちょっとだけ待て!このまま進んでもいいのか!?」
 思わず足を止める少女達。その視線は最後尾にいた千雨に向いた。
 「いいか。このままいけば、また同じ目に遭うかもしれねえ。私達はただの女子中学生だ。良く分からん使命を背負った、物語の登場人物とは違うんだ。本屋、てめえだってさっきの幻覚で痛みを感じただろ。だが今度は本当に怪我するかもしれねえんだぞ!」
 その言葉には、誰も否定する事ができなかった。だがのどかは、必死で声を振り絞った。
 「そうだね、長谷川さんの言う通りだと思う。でも・・・今動かないと、もう2度とネギ先生に会えなくなっちゃうから・・・」
 「それはそうだ。だが命を賭けるほどの事か!?こう言っちゃなんだが、私達とあのガキの関係は、ただの生徒と教師だ。こうまでしなきゃならねえ義理はねえ!」
 「・・・確かに命を賭けるほどかどうかは分かんないけどさ・・・でもアイツ、偉そうな事言ってるくせに1人じゃ何もできないから、私達が助けてあげないといけないのよ」
 アスナの言葉に、少女達が頷いた。
 「怪我してもうちが治してあげられるし」
 「超りんの野望を止められるのは、現状、私達しかいないしね。それに私の場合、シンジさんを救ってみせるって決めているから」
 木乃香とハルナの言葉に、古と楓が互いに頷きあう。
 「興味深いが危険な非日常。その世界に足を踏み入れてしまった以上、もう覚悟はできているです」
 「・・・まあ、確かに私も世界中があんな謎な魔獣が闊歩するファンタジーワールドになっちまうのは、まっぴらごめんだが・・・」
 仕方ねえ、とばかりに前へ踏み出す千雨。
 「なら決まりね、行くわよ!」
 アスナの掛け声に走り出す少女達。やがて通路の奥に、光が見えてきた。そこにいたのは、しがみついて泣き叫ぶ娘をあやす弐集院と、タカミチである。
 咄嗟に身構える少女達。だがタカミチは小さいが、ハッキリと口に出した。
 「行きなさい。立場上、協力はできない。でも10分ぐらい居眠りしちゃう事はあるだろうさ」
 「ありがとうございます」
 頭を下げるアスナ。そんな彼女の頭に、タカミチが手を載せる。
 「がんばって」
 一瞬、呆然とした後、アスナは頷いて奥へと駆けだしていく。その後に少女達が続く。その内の1人、夕映をタカミチは呼びとめた。
 「ちょっと、伝言を頼んでいいかな?」

ネギside―
 取調室で必死に扉と格闘していたネギだったが、何の前触れも無く封印が解けた事に疑問を感じながらも、外へ出る事ができた。
 そのまま出口目指して歩いていくと、空港の金属探知機のようなゲートに辿り着く。その脇に無造作に置かれていた仮契約カードと、エヴァンジェリンから貰った魔法発動体の指輪、初心者用の魔法の杖に、ネギの手が伸びる。
 「よし、これさえあれば!」
 即座に外へと駆けだすネギ。やがて走る内に、進行方向から迫ってくる人影に気がついた。
 「あれは!」
 向こうもネギに気付いたのか、歓声が上がる。
 「皆さん、無事でしたウブッ!?」
 「やっと見つけた!」
 「よっしゃあ!」
 出会い頭の抱擁に、ネギの声が潰れる。その姿に、少女達の顔に笑みが戻っていく。
 「これでネギ君は取り返した!あとは航時機カシオペアね!」
 「そ、そうだ!早く地上へ戻って」
 「それ何だがな、兄貴。旦那の作戦がある、今はこのまま地下へ向かって走り続けてくれ」
 カモの言葉に、ネギは訳が分からないながらも走りだす。その途中、ハルナがカードを取り出して、シンジへネギの救出に成功した事を念話で伝える。
 「いつでも召喚してくれって!」
 「頼むぜ、兄貴!」
 「分かったよ!召喚エウオケム・ウオースネギの従者ミニストラ・ネギ桜咲刹那サクラザキセツナ近衛シンジコノエシンジ!」
 ネギの召喚に従い、夕凪を抜いた状態の刹那と、糸を展開していたシンジが呼び出される。2人とも戦いの激しさを物語るように、あちこちがズタボロになっていた。
 「旦那!今の所、計画通りだ!このまま地下へ向かうぜ!」
 頷くシンジと刹那。そのまま走りだす。だがさすがにネギは1人事情を知らない事もあり、肩口へ飛び移ってきたカモに説明を求めた。
 「世界樹は大発光の年に限り、学園祭が終わった後も1週間程度は、僅かながらも発光が続いているんだ。もし魔力が残っているとすれば、それは地下なんだ!」
 「で、でもどうして地下に?」
 「世界樹は地下を走るレイラインから魔力を汲み上げているからなんだよ」
 その説明に、ひたすら走るネギ達、やがて通路の左右に世界樹と思しき根が見えだす。やがて発光し始めた根の姿が見えてきた。
 「兄貴!」
 「・・・うん、動き出してる!」
 「よっしゃあ!これで最終日に戻れるぜ!」
 湧きあがる歓声。だが―
 「足を止めるな!急々如律令!」
 シンジの怒声に、少女達がビクッと身を竦める。振り向いた先には、巨大な生き物が火炎を吐き散らしていた。
 「「「ワイバーン!」」」
 以前、会いまみえた事のあるネギ・夕映・のどかの脳裏に、シンジを犠牲にした時の光景が浮かぶ。
 「早く行くんだ!固まってる暇は無いんだぞ!人形制作者ドールメイカー!」
 シンジがコピーした劣化版豪殺居合拳をワイバーン目がけて撃ちだす。幸い、ワイバーンにとっては狭い通路なので、型通りの技であっても、確実に命中させる事ができた。
 「早く行って!最深部に行ったら、僕を召喚し直すんだ!」
 「は、はい!」
 豪殺居合拳の連打を浴びながらも、ワイバーンは巨体故のタフネスに物を言わせて、徐々に前へと進行を開始する。
 「行きますよ!」
 足止め役のシンジを置いて、走り出すネギ。ハルナは心配そうに見ていたが、やがて意を決してネギの後を追いかける。
 しばらく走った後、ネギ達は世界樹の魔力を集めると思しき、遺跡へと辿り着いた。
 「いいか!全員手を繋ぐんだ!誰か1人でも手を離したらアウトだからな!」
 カモの叫びに、コクッと頷く少女達。やがてネギが、シンジのカードを取り出す。
 「召喚エウオケム・ウオースネギの従者ミニストラ・ネギ近衛シンジコノエシンジ!」
 呼びだされる魔法陣。だが左腕を食い千切られ、袈裟がけに鉤爪で切り裂かれている凄惨な姿に、少女達は息を飲み―そんなシンジに、ハルナが手を伸ばした。
 「シンジさん、ゴメン!手当はあとで必ずするから!」
 「それで良い!今は飛ぶんだ!」
 残された右手で、ハルナの手を握り返すシンジ。全員が繋がっている事を確認して、ネギが航時機カシオペアを作動させた。

6月6日午後1時、ヒカリside―
 「・・・これが学園祭?」
 麻帆良祭の巨大すぎる規模に、ヒカリは圧倒されていた。昨日、泊まったビジネスホテルの従業員が勧めてくれたので、学校見学も兼ねて顔を出してみたのだが、そこに広がっている光景は、彼女の予想を超えていたのである。
 「NERVもとんでもない事やってのけるけど、こっちはそれを上回りそうね」
 だが、一見したところ、とても楽しそうな学園祭ではあった。折角だから、覗いていこうと考えヒカリは歩き出した。
 彼女はまだ知らない。この地で、失踪した級友を見つける事になる事を。



To be continued...
(2012.06.02 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は超の罠にはまり、本来の時間軸へと戻る話だったのですが・・・葛葉先生ゴメンナサイ。決して貴女は年増等ではございません。とても美人でございます、ハイ。
 話は変わって次回です。
 改変された時間軸から帰還したネギ達は、超の目論みを潰すべく学園側を味方につけて動き出す。そんな中、シンジはハルナとの最後の思い出を作る為、短い時間ではあるもののデートに誘う。
 その光景を偶然にも見かけたヒカリは、シンジを呼び止めようとする。そこへ現れたのは超であった。
 そんな感じの話になります。
 それではまた次回も宜しくお願い致します。

P.S.引っ越しの為、ネット環境の再構築に伴い、もしかしたら再来週更新分を送れないかもしれませんが、ご了承下さい。ネットが繋ぎ次第、すぐにでも再開します。



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