第四十話
presented by 紫雲様
時間は少し遡って、学園長室―
「私が国際連合非公開組織特務機関NERV総司令、葛城ミサト准将です」
「・・・儂がこの学園の責任者を務める近衛近右衛門じゃよ。ところで、お父上はヒデアキという名前かの?」
突然の近右衛門の問いかけに、面喰いながらもミサトは丁寧に返した。
「はい、確かに父の名はヒデアキですが」
「もしや、葛城調査隊の葛城博士かのう?」
「御存知なのですか?」
ミサトが些か驚いたように切り返す。すると近右衛門は『縁とは不思議な物じゃのう』と納得したように頷き返した。
「葛城博士は儂の教え子じゃよ。そうかそうか、1度だけあの子が女の子を連れて、ここへ遊びに来た事があったが、あの時の子が君じゃったとは・・・」
「ひょっとして、私と会った事が?」
「うむ。かなり昔じゃがのう。葛城君に手を引かれて遊びに来た、やんちゃな女の子じゃったよ。儂の髪の毛を引っ張って遊んでおったわい」
ふぉっふぉっふぉ、と笑いだした近右衛門に『その節は、大変な失礼をしました』とミサトが慌てて頭を下げる。
「何、気にする事はなかろうて。それでは、本題に入ろうかの。NERVが第3新東京市で何をやっておったのか。その後、シンジが飛び出した事も把握しておる。それで、総司令である君は、儂にどうして欲しいのか、それを聞かせて貰えるかの?」
「はい。1つ目はシンジ君の安否を知りたい事。これは上司と部下ではなく、一緒に家族として暮らした者としてのお願いです。2つ目はアスカに誤解を解くチャンスを与えて戴きたい事。そして最後に、シンジ君をSEELEから守る為に、共同作戦をお願いしたい事。以上3点になります」
「ふむ。1つ目については、身体的には問題はないわい。元気その物じゃ。問題なのは心の方じゃがのう。明るく振舞ってはいるが、時折、見ているこちらが不安になるほど自虐的な一面を見せておる。2つ目については問題は無い。好きなようにやってくれて構わん。3つ目じゃが、ここはただの学園都市じゃよ?儂らに何を期待しておるのかの?」
敢えて惚けてみせる近右衛門。だが、ミサトも甘くは無かった。
「・・・先代の総司令、碇ゲンドウが残した資料の中に、関東魔法協会に関する資料がありました。これについては私と副司令のみが閲覧できる最重要機密書類として管理しておりますが、いかがでしょうか、近衛理事殿?」
「やれやれ、ゲンドウめ。整理整頓が得意な割に、どっか抜けておるのう」
その言葉に『まさか、碇司令の恩師なんてオチはないでしょうねえ』と内心で考えだすミサトだったりする。
「じゃがのう、葛城君。君の行動は遅かったかもしれんぞ?」
「はい。だからこそ、今すぐにでもシンジ君の考えを改めさせる必要があります」
「その気持ちは分かるんじゃがのう・・・たった今、連絡が入ったんじゃが・・・シンジめ、SEELEに宣戦布告をしおったわい。やれやれ、我が孫ながら頭が痛くて仕方ないわい」
背後の窓ガラスへ目を向ける近右衛門。それにつられる様に視線を向けたミサトは、その直後に全身を硬直させた。
驚愕の大きさに全身から冷や汗が浮かび、言葉は失われてしまう。だが、目に映る光景は現実だと受け入れざるを得なかった。
「・・・シンちゃん・・・私達は・・・遅すぎたの・・・?」
上空4000mに広がる真紅の翼は、ミサトを絶望の淵に叩き込んでいた。
第3新東京市、NERV本部―
総司令であるミサトがいない今、本部の責任者は副司令を務めるリツコの役目である。そんな彼女の前で、過去の悪夢が繰り広げられていた。
MAGIの激しく警告音が、第1発令所に響き渡る。そして正面モニターに映る光景は、リツコに限らず、全てのNERV職員にとっての悪夢であった。
NERV本部職員は、ただ1人の例外も無く『贖罪』の為に働いている。それは使徒戦役という地獄の中に、14歳という子供を放り込んだ事を誰に言われずとも理解しているからであった。
「・・・何て・・・こと・・・」
誰もがモニターに映る光景を、嘘だと思いたかった。特にチルドレンと接する機会の多かったマコト・シゲル・マヤの旧オペレーター3人組は、怒りのあまり、拳をコンソールに叩き付ける程である。普段、温厚で気弱なマヤですら怒るほどなのだから、その悔しさは想像を絶する物である事ぐらい、容易に推測出来た。
モニターには、リリンとしての姿を現したシンジの姿が映し出されていたのである。
そしてモニターの隅には、見慣れた文字が表示されていた。
『Blood Type Pattern Blue 18th Angel』
助けるべき少年が変わり果ててしまった現実に、彼らは無力感に苛まれる事しか出来なかった。
楓side―
使徒の姿を現したシンジの放つプレッシャーに、楓は戦いを止めてしまっていた。
「・・・シンジ殿?」
「あれがあの男の覚悟さ、楓」
隙だらけの楓を狙い撃つ事は十分に可能だった。だが真名は、絶好の機会であるにも関わらず、行動しようとはしなかった。
「楓。今からでも遅くは無い。こちらに就くんだ」
「真名殿?」
「あの男と超には、まだ長い戦いが待ち受けている。その時、お前ほどの手練れが傍にいれば、必ず2人の力になるだろう。何より、お前にとっても望ましいのではないか?」
糸の様に細い目を見開く楓。そんな楓に、真名が苦笑しながら続ける。
「気になっているんだろう?刹那もそうだが、自覚が無いというのは困り者だな」
「・・・何を言っているでござるか?」
「さあな。知りたければ、私を屈服させてみろ。そうしたら教えてやろう」
「分かり易くて結構でござる」
互いに武器を構え直す2人。
次の瞬間、同時に2人の姿は消え、激しい轟音だけが響いていた。
世界樹前広場―
(は?何あれ?)
音声までは繋がっていないが、モニターにはシンジの姿がハッキリと映っていた。ハッキリ言ってヤバすぎる映像である。
和美も立場的には魔法隠匿派に鞍替えした身なので何とかしたいのだが、超にしろ魔法関係者にしろ何の連絡もよこさないのである。
肩越しにモニターを除いていたさよが『どどど、どうしましょうか~』と慌てる中、和美は覚悟を決めた。
(ええい、女は度胸だ!アドリブでやってやる!)
「たった今、大会運営から入って来た情報によりますと、近衛さんは悪の大ボス超鈴音に人体改造を施されていたサイボーグだそうです」
モニターを眺めて唖然としていた生徒達から、笑いが漏れる。3-Aメンバーからは『超りん、近衛さんを改造しちゃったの!?』『やっべえ、マジでありそうだ』と呑気な会話があちこちから聞こえてきた。
「さあ、敵戦力も限界が見えてきました!もうひと踏ん張りです!世界樹を防衛してみせましょう!」
和美の檄に、再び砲火が激しくなる生徒達。そんな中、遥か上空で行われている本物の魔法使い同士の戦いに、一抹の不安を感じる和美だった。
同時刻、4000m上空―
『殺戮』を司る使徒、世界を創造した神を名乗ったシンジに対して、対峙した者達は複雑な心境だった。
幾らなんでもと流したい所なのだが、本性を現したシンジの放つ威圧感は、尋常な物ではない。何せ20年前の大戦を潜りぬけた英雄である詠春ですら、手を出しあぐねる程なのである。
そこへ、シンジの声が響いた。
≪力を貸して、雷を司る使徒 ≫
シンジの頭上に、一瞬だけラミエルの姿がボウッと浮かび上がる。そしてシンジの手が高音に向けられた。
≪動かないで下さいね。当たったら即死ですから≫
同時に高音の首筋を、一条の光が通り過ぎ、背後に浮かんでいた影法師を瞬時に蒸発させた。だが光は1筋だけではなかった。
無数の光が、高音の輪郭をなぞる様に通り過ぎていく。当の本人である高音は、自分が何をされているのか全く理解できない。分かっているのは、動いたら即死だと言う事実だけである。
≪雷を司る使徒 の特性は、絶対命中を誇る神の雷≫
こうなると周囲も下手に手を出せない。万が一、手元を狂わせて高音に光を直撃させる訳にはいかないからである。
時間にして30秒ほど、高音は光に晒され続けた。やがて光が収まった時、高音は遂に緊張の糸が切れて重力に捕まり落下した。
慌てて助けに向かおうとするタカミチ。だが落下はある程度の高さで止まる。
≪マスターに反重力 フィールドを張って貰っています。墜落死はありえませんよ≫
「・・・シンジ君。君は今、自分が何をしたか理解しているのか!圧倒的な実力差で嬲るのが、君のやり方か!」
≪ええ、そうです。それで降参してくれるのなら、僕は幾らでも非道になりますよ。嫌われるのには慣れていますからね。それとも、苦しむ間もなく、一瞬で焼き殺すべきだったんでしょうか?≫
タカミチの怒りを、シンジがアッサリと受け流す。
≪次は誰ですか?来ないなら、こちらから行きますよ?≫
その言葉に、タカミチが咸卦法からの豪殺居合拳で先制攻撃を仕掛ける。だがシンジは慌てずに、口を開いた。
≪力を貸して、水を司る使徒 ≫
今度はサキエルの姿がボウッと浮かび上がる。そこへ飛んできた豪殺居合拳を、シンジが正面から光のパイルで迎え撃つ。一撃必殺の豪殺居合拳は、光のパイルで真っ二つに断ち割られ、シンジの左右へと流れていった。
だがそこへ、奇襲攻撃を仕掛けた者がいた。
「神鳴流奥義!百烈桜華斬!」
「我流犬上流!狼牙双掌打!」
刀子と小太郎の真横からの挟み撃ちによる、神速の奇襲攻撃がシンジを襲う。だが―
≪力を貸して、昼を司る使徒 ≫
間髪いれずにシャムシエルの姿が浮かび上がる。両手から姿を見せた光の鞭が、全てを寸断する光の鞭で迎撃に入る。その危険性を勘で悟ったのか、あわてて飛び退く刀子と小太郎。するとその判断が正解だと言わんばかりに、刀子の愛刀は先端を切り落とされ、小太郎は左腕をパックリと切り裂かれていた。
≪水を司る使徒 の特性は光のパイルと加粒子砲による中・遠距離戦。昼を司る使徒 の特性は高周波振動による斬撃を兼ね備えた音速の鞭による接近戦。僕に勝てない事、理解して貰えましたか?≫
「・・・この程度で勝ったつもりですか?」
≪ええ、少なくとも葛葉先生レベルでは怖くありませんから。だって、エヴァンジェリンさんより弱いでしょう?≫
刀子がヒクッと顔を引き攣らせる。だがその肩を、タカミチが慌てて止めた。何故なら、聞き流せない一言をシンジが口にしたからである。
「今のはどういう意味だい?どうしてエヴァの名前が出てくるんだ?」
≪試しに戦った事があるからですよ。呪いから解放されたエヴァンジェリンさん、切り札を解放した超さんと龍宮さん、リミッターを解除した茶々丸さん。4対1で戦いましたがこちらの勝ちでした≫
目を丸くするタカミチ。エヴァンジェリンの実力を知る詠春も、今のシンジの言葉には驚きを隠せなかった。
ネギside―
本性を現したシンジの姿に、ネギは呆然としてしまった。兄と慕った男が、これだけの実力を秘めていた事と、神を名乗っている事に大きな衝撃を受けたからである。
「どういう事?シンジさん、あなたは一体・・・」
「・・・彼の言ている事は事実ネ、ネギ坊主」
雷華崩拳で航時機 を破壊された超が立ち上がる。だがネギもまた航時機 が遂に限界を迎えて、爆裂四散していた。
「この世界の誰もが知らない抹消された歴史。確かにシンジさんは神ヨ。彼がいなければ、ここでこうして私達が戦う事もなかたのだからネ」
「どういう事ですか?」
「それ以上聞きたければ戦いを終わらせて、本人から直接聞くが良いヨ。世界の生贄となた顛末をネ」
超の前に強制時間跳躍弾がズラーッと並ぶ。本来なら撃鉄が必要なのだが、超は電撃を利用して火薬へ着火。一斉に弾丸を発射した。
無数の力場がネギを飲みこむ。だがネギは杖を高速機動させて、間一髪凌いでいく。
「超さん!もう止めて下さい!航時機 が無くなり、魔法を使えない貴女では、僕には勝てません!」
「魔法を使えなイ?それはどうかナ?」
その言葉に、ネギが思わず動きを止める。
「呪紋回路解放封印解除。ラスト・テイル・マイ・マジックスキル・マギステル」
超の足元に魔法陣が姿を現す。
「契約に従い我に従え炎の覇王 !来れ浄化の炎燃え盛る大剣 !」
「呪文!?まさか!」
「私が魔法を使えるとおかしいカ?私はネギ坊主とサウザンドマスターの子孫ヨ?」
咄嗟にネギが魔法障壁を展開して、直撃に備える。
「ほとばしれよソドムを焼きし火と硫黄 !罪ありし者を死の塵に !燃える天空 !」
炎が走り、ネギを大爆発の中へと呑みこむ。だがその爆発の中から、ネギは生還していた。
「今のを持ち堪えたカ・・・」
(どうして!?いくら超さんが天才でも魔法まで最強クラスなんて・・・そんな事ありえるの?)
その時、ネギの目が超の姿を捉えた。闇の中、超の体を走る異様極まりない魔力の流れを。
(あれは・・・超さんの体に呪紋処理が施されてる!?あんなの見た事もない、いや、科学技術!?)
「さあ、再開しようカ。私もシンジさんも、覚悟を決めて戦ているネ。甘く見ると命を落とすヨ?」
エヴァンジェリンside―
上空で激突する2つの戦いを、エヴァンジェリンは茶々ゼロをともに、チビチビやりながら見つめていた。
「御主人、見テイルダケデ良イノカヨ?」
「私が手を出して良い物じゃない。あれは超とシンジの戦いだからな」
そうは言いつつも、やはり見ているだけでは気になって仕方ないのか、体をソワソワさせるエヴァンジェリンである。
「素直ジャネエナア、御主人」
「五月蠅い、黙れ。くびり殺すぞ」
「ケケケケケ」
笑いながら酒を口へ運ぶ茶々ゼロ。エヴァンジェリンも酒を口に運んでいたが、その顔はどう見ても楽しんでいるようには見えなかった。
世界樹前広場―
「子供先生頑張れー!」
「遂にラスボスが正体現したぞ!」
モニター中継を眺めていた一般生徒達から歓声が上がる。まだ超の機械人形は残っているので、イベント参加者達は上空の戦いを気にしながらも、そちらへ視線を向ける訳にもいかずに、砲火を交え続けていた。
「遂に正体を現しました!悪のラスボス超鈴音!巨大な爆炎で攻撃を仕掛けるも、子供先生は機動力を活かして紙一重で回避したあ!」
和美の実況に『うおおおおお!』と歓声が上がる。だが別のモニターを見ていた生徒達から悲鳴があがった。
「おおっと!もう1つの戦場―近衛シンジ戦はまたもや脱落者がでた!今度は瀬流彦先生だ!佐倉愛衣、高音・D・グッドマンに続いて3人目の脱落者!」
『あの強さはチートじゃねえか!』『いや、あれだけヒーローユニットがいるんだから、バランス的には問題ないだろ!?』『つーか、デスメガネの大砲パンチをぶった切ってるじゃねえか!』と賛否両論である。
(うわあ、近衛さんマジで裏切ってるよお・・・)
内心では全てを投げ出して逃げ出したい和美だが、肩に捕まって悲しそうにしているさよを見ていると、そうも言えなくなる。
さよがシンジに好意的なのは周知の事実。それだけさよにとって、シンジという存在は救いに思えたのである。
そのシンジが冷たい目で戦っている姿は、さよにとって耐え難い光景であった。
それでもさよはモニターから視線を外そうとしない。涙を堪えて、必死になってモニターを見つめている。
(・・・近衛さん、本当に裏切っちゃって良いの?ハルナやさよちゃん泣かせちゃって、本当に後悔しないの?)
そう考えていた和美の目が、人混みの中に一瞬だけ見えた人影を捉えた。
アスカside―
やっと世界樹前広場に辿り着いたアスカは、人混みを掻き分けるようにしてモニターを覗き込んだ。
目の前で使徒の力を解放して戦うシンジの姿に、アスカの顔が激情で崩れていく。そんな時だった。
(アスカさんですか~?)
耳元で、自分の名前を呼ばれたような感覚に、思わず振り返るアスカ。
(聞こえてますか~?えっと、惣流・アスカさんで宜しいんですよね~?)
「誰?誰かいるの?」
(この先にある実況席まで来て下さい~魔法使いの格好をして、マイクを持った和美さんが待っています~バルコニーの上ですよ~)
分からないながらもキョロキョロと周囲を見回し、それらしい人影を見つけるアスカ。すると相手も気付いたのか、手を大きく振り返してきた。
「あの子か」
1回だけモニターの中のシンジに視線を送ると、アスカは再び走りだした。今度は和美と合流する為に。
詠春side―
シンジが見せた戦闘力の高さに、対峙した者達は圧倒されていた。シンジは自身を神と称していたが、確かにそう名乗ってもおかしくない程なのである。
(・・・20年前を思い出しますね・・・)
大戦の最終決戦。そこで刃を交えた敵の首領を思い出す詠春。その時、詠春は盟友であるナギが戦うのを、ただ黙って見ている事しかできなかった。
(だが、今度はそうもいきません。あの子の父親として、あの子を止めなければ!)
近右衛門から借り受けた実戦拵えの胴太貫を手にする詠春。その姿に刹那と刀子が驚きで目を見開いた。
「「詠春様!?」」
「下がりなさい、2人とも」
いつになく厳しい口調に、下がらざるを得ない2人。そのまま詠春は、胴太貫を構えた。
「シンジ、お前の魔を祓います。そして一緒に帰るんです」
≪・・・魔を祓う?そうか、そう思われているんですね。先に言っておきますが、これは僕の意思ですよ≫
「それならば尚更です!神鳴流奥義!斬魔剣!」
人は斬らず、魔のみを斬り祓う神鳴流の奥義がシンジへ襲い掛かる。だがシンジは少し考えると、右手を前に突き出した。
≪ATフィールド展開≫
赤い六角形の障壁がシンジの前に現れる。だが詠春は気にした様子も無い。なぜなら斬魔剣には防御は意味が無い事を理解しているからである。
しかし必殺の筈の斬魔剣は、ATフィールドを突破できずその場で甲高い音を立てて消滅していた。
「バカな!斬魔剣が突破できない!?」
≪それはそうですよ。斬魔剣は魔を切り裂く技なんですから。ATフィールドは第1始祖民族である使徒だけが使いこなす事のできる最強の盾であり、魔法でも呪術でもありません。魔と言う特性は欠片ほども持ち合わせていません≫
その言葉に、詠春が歯噛みする。そこへ剣が声をかけた。
「・・・1つだけ教えてくれ。どうして、どうして君は使徒になってしまったのだ!使徒を倒してきた君が、どうして使徒に!」
≪SEELEの老人どものせいですよ。アイツらは人類補完計画を発動させて、自らが神になろうと画策した。死を恐れて不老不死に手を出そうとしたんです。そしてその為の生贄となったのが僕です≫
絶句する剣。詠春達も事情はよく理解できなかったが、それでもシンジもまた被害者である事には気づく事が出来た。
≪老人達にとって誤算だったのは、僕の心を壊しきれなかった事。父さんも老人達も、僕の自我を弱める為に、僕の心を傷つけてきた。でもそれが失敗だったんですよ。僕は父さんに捨てられた頃から心に傷を負い過ぎて、他人から傷つけられる事が普通なんだと認めてしまう事ができるようになっていた。だから皮肉な事に僕の心は傷はついても、壊れる事はなかった。そして僕の心は壊れないまま、人類補完計画が発動した≫
「・・・そんな・・・」
≪僕の心が壊れていれば、老人達の画策通りに事は進んだ。でも僕の心が残っていた為に、人類補完計画の舵取りは僕の手に握られてしまった。そして結果として、老人達は計画失敗に気付く事無く命を落とした・・・そして残された僕は、新たな使徒として生まれ変わってしまったんですよ。こんな事、望んでもいなかったのにね≫
悔しげに歯噛みするシンジに、対峙した者達は何も言う事が出来なかった。
≪だから僕は戦う。全ての元凶たるSEELEを滅ぼす為に。この麻帆良の地を守る為に。僕にホンの一時だけど、家族と言う小さな幸せを味あわせてくれた、弟妹達を守る為に。その為に僕は悪の魔法使いの道を歩み、超さんを主と認めた≫
「・・・シンジさん・・・」
シンジにとって3-Aメンバーと過ごした一時が、幸せな時間であり、同時に救いでもあった事を知っていたハルナが崩れ落ちる。自らが描き上げた飛行用ゴーレムに。
肩を震わせ始めたハルナは、自分の無力さに悔し涙を浮かべ、小さい嗚咽を漏らす。
「・・・私・・・何にも出来ない・・・私じゃ・・・シンジさんを救えない・・・」
「早乙女さん!しっかりして!」
ガクガクとハルナの肩を揺さぶる刹那。それでも反応しないハルナ。
「・・・すいません、後で謝ります!」
パシン!という音とともに、ハルナの頬に赤い痣が浮かび上がる。そのショックに、ハルナが僅かに顔を上げた。
「早乙女さん!貴女はシンジさんを好きなのでしょう!その貴女が!一番シンジさんに近い貴女が!シンジさんの従者である貴女が最初に諦めてしまうんですか!」
「・・・桜咲さん?」
「貴女が諦めると言うのなら、私がシンジさんを救います!もう貴女に任せてはおけません!」
刹那の告白同然の宣戦布告に、目を丸くするハルナ。突然の事態に呆然としたハルナだったが、慌てて立ち上がる。
「ダ、ダメ!シンジさんは私のなんだから!」
「・・・少しはマシになったみたいですね」
ハッと正気に戻るハルナ。緊迫した状況下であるにも関わらず、どこか温かい空気が場を支配する。
「・・・早乙女さん!シンジさんを止めましょう!絶対に、何処にも行かせません!」
「うん!絶対に止めよう!」
ショックから立ち直り、戦線へ復帰したハルナ。その姿に、シンジはどこか困ったような、それでいて嬉しそうな複雑な表情を浮かべた。
≪・・・アベル。方針変更だ。早乙女さんの右腕を捕えて≫
「「シンジさん!?」」
シンジの命に従ったアベルが、ハルナの右腕を掴む。それを振り払おうとするハルナだったが、アベルの腕力に勝てる訳も無い。
≪利き腕を封じられては、何も出来ない。それが君の弱点だ≫
「・・・何でよ!何でなのよ!私は、私はシンジさんの従者なんだよ!」
≪言った筈だよ?僕がこれから始めるのは戦争だと。僕は妹を戦場へ連れて行く趣味なんて無いんだ≫
それでも必死にアベルの束縛から離れようともがくハルナ。その必死さに、刹那がギリッと歯軋りする。
その光景にハルナの問題は解決したと判断したシンジは、改めてタカミチ達へと目を向けた。
≪そろそろ終わりにしましょうか、僕はみんなを倒して前に進みます。僕の家族を守る為にね。力を貸して、水を司る使徒 ≫
次の瞬間、加粒子砲の連射が始まった。ラミエルの加粒子砲に比べれば、遥かに劣る威力。命中率も絶対命中とまでは言えない。だが詠春達にとっては、厄介極まりない攻撃だった。
必死に避ける詠春達。
事、ここに至り、詠春が叫んだ。
「刀子さん!刹那!決戦奥義を仕掛けます!」
「「詠春様!?」」
「私1人ではあの赤い障壁を破れる保証はありません!」
「やめや、長!シンジが死んでまう!」
反対した千草が、式神に命じて一気にシンジの懐へ飛び込む。
「もうやめや!これ以上、自分を苦しめんでもええんや!そんな事をしても、ユイはんは喜んだりせえへんで!」
千草の言葉に、シンジの動きが止まる。そこへ千草は詰め寄った。
「ユイはんはな、お前の幸せを願うとった!お前が不幸な目に遭う事なんて、絶対に望んではおらへんかった!赤子だったお前を抱いて、ずっと『シンジには幸せになって欲しい』言うとった!その願いを、ユイはんの息子であるお前が台無しにするんか!」
≪・・・師匠・・・すいません≫
一瞬だけ、千草の全身に青白い蛇が走り、静かに崩れ落ちる。制御を失った式神も消え、反重力フィールドに囚われた。
≪母さんの想いは知っています。それでも僕は、この道を歩くと決めたんです・・・詠春さん。効果があると良いですね、真・雷光剣≫
その言葉に、詠春が先頭を切って飛び出す。刀子は先ほどの話に割り切れない物を抱えつつも、後に続く。それとは逆に、刹那はシンジを止めるには、無傷で済ますのは不可能と判断し全力で仕掛けた。
シンジなら破術で決戦奥義を無効化してくるだろうと判断して。
「「「神鳴流決戦奥義!真・雷光剣!」」」
≪・・・を司る使徒 ≫
炸裂する巨大な3条の稲妻。同時に響く爆発音。やがて風が吹き、爆煙が収まると、そこにはシンジの存在を示す物は何も残っていなかった。
「シンジ・・・すまない。シンジ・・・」
「どうして、どうして!破術を使えば無効化出来た筈なのに!」
悲しみに肩を震わせる詠春。シンジを殺してしまったと思い、衝撃で頭の中が真っ白になる刹那。そんな2人に声をかける事もできず、打ち沈む一同。だがどこからか聞こえてきた拍手の音に、慌てて顔を上げた。
≪さすがにまともに食らったら危険なので、逃げさせて貰いました≫
≪それにしても、まさか桜咲さんが手加減抜きなんて、想像外だったよ≫
同時に別の方向から聞こえてきた声に、そちらへも目を向ける。するとそこには、映像を巻き戻すかのように、体を高速再生しているシンジがいた。
だが別の方向にもシンジはいる。
「シンジが・・・2人?」
≪音楽を司る使徒 の特性。分裂状態における、相互補完能力。同時に両方撃破しない限り、永遠に再生し続けます≫
「「「な!?」」」
絶句する3人の前で、2人いたシンジが1人に戻ってみせる。
≪力を貸して、昼を司る使徒 ≫
両手から光の鞭を生やしたシンジが3人目がけて襲い掛かる。慌てて飛び退く3人だが、全てを切断する音速の鞭から逃れる為に、刀子と詠春は鞘を犠牲に、刹那は髪の毛を一房持っていかれた。
「疾空黒狼牙!」
そこへ小太郎が、全方位から黒狼を突撃させる。
「赤い障壁で防げるもんなら防いでみい!」
小太郎の叫びに、シンジは狼の群れを目視すると呟いた。
≪奇襲するなら静かにやらないとダメだよ?力を貸して、夜を司る使徒 ≫
シンジの頭上に、ゼブラ模様の球体がボウッと浮かび上がる。そして狼が襲い掛かる寸前に、シンジの姿がゼブラ模様の球体へと切り替わった。
攻撃目標を見失った狼たちは、そのまま突撃し、そして足元にできていた影へと、ただの1つの例外も無く、呑みこまれてしまう。
そして再びシンジが、元の姿を取り戻す。ただし、小太郎の背後に。
≪小太郎君は警戒心が無さすぎるよ。護衛者には不向きかもしれないね≫
「いつの間に!?」
気を込めただけの無造作なパンチを、小太郎が間一髪の所で受け止める。しかし込められていた破壊力が高すぎて、文字通り吹き飛んでいた。
「な、何をしたんや!兄ちゃん!」
≪夜を司る使徒 の特性。虚数空間の操作。分かり易く言えば、異次元空間へ繋げる事により、敵を飲みこんだり、違う場所へ移動できる能力。小太郎君の狼は、虚数空間で彷徨ってるから、返してあげるよ≫
その言葉と同時に、小太郎の背後に影が生じる。そこから飛び出してきた狼の群れは、目の前にいた小太郎の背中に激突した。
痛みで呻きながら小太郎が気丈に顔を上げる。だが全く打てる手が無い状況に、悔しげに歯噛みするばかりである。
そんな光景を見続けていたアスナが、その体を震わせ始めた。
「こ、こんなの勝てる訳ないわよ・・・」
歯がガチガチと鳴りだすアスナ。実戦経験はほとんど無いのだから、恐怖心を制御できなくても当然である。
「アスナさん!気をしっかりもって!」
「無理だよ・・・私はただの中学生なんだよ?こんな・・・こんな・・・・」
だがそのアスナが吐露した本音は、空を飛べないアスナの足場役を担当していた美空も同様だった。
もともと美空は、自らの意思で魔法使いを目指した訳ではない。美空は魔法世界の孤児であり、魔法を身近な物として育ってきた。そして親代わりを務める事になったシャークティーに『何となく』弟子入りして、そこでココネを主としただけにすぎないのである。
そんな美空に、戦い続けようとする覚悟がある訳が無い。何より相手は、美空にとっては『料理上手な、面倒見の良いお兄ちゃん』のようなシンジなのである。敵対心を持つ事自体、美空には考えられない事だった。
アスナの顔には圧倒的な実力差を前にした恐怖が、美空の目には戦いたくないという悲痛さが涙となって浮かんでいる。
そしてハルナはアベルに利き腕を封じられ、シンジに攻撃出来ない。
更に愛衣、高音、瀬流彦、千草は離脱し、もはや復帰は絶望的である。
そういう意味では、すでに戦力となりえるのはタカミチ、詠春、刀子、刹那、剣、小太郎の6人しかいなかった。
≪僕としてもみんなを殺すつもりはありません。だから、眠って貰います。次に目覚めた時には、もう僕はここにはいないですから。さようなら≫
「やめ・・・止めなさい!シンジ!」
≪今までありがとうございました≫
咄嗟に飛び出す詠春と剣。1人の大人として、シンジを見過ごす事が出来ないからこそ、2人は飛び出していた。だが―
≪力を貸して、鳥を司る使徒 ≫
シンジの頭上に、光輝く鳥が姿を現す。
≪鳥を司る使徒 の能力は、広範囲精神攻撃。悪夢で申し訳ないけど、無傷のまま無力化するには他に方法は無いんです。先に謝っておきます、ごめんなさい≫
シンジを中心に光が照射された。
木乃香side―
今回のイベントの為、急遽、設置された救護室。そこに木乃香はいた。幸い、怪我人が運ばれてくる事も無く、仕事も無い平和な状況である。
だから、木乃香はモニターを通して、全てを見ていた。シンジが仲間達を裏切って、超に与した事。そしてシンジが使徒としての姿を現し、攻撃を仕掛けた事を。
そして今、彼女の父詠春と親友刹那が、シンジと刃を交えた光景を。
「何でなん?お兄ちゃん、何でなん?」
「・・・木乃香・・・」
ネギを送り出す為の露払いを務めた古と夕映、のどかの3人が木乃香を慰めようと声をかけた。
「木乃香・・・」
「木乃香さん」
「・・・木乃香、聞いて欲しい事があるです。シンジさんの事で」
夕映の言葉に、木乃香が今にも泣きそうな表情を向ける。
「ごめんなさいです。木乃香達には相談すべきだったのに・・・私はシンジさんがネギ先生達を裏切った理由を知っているです」
「・・・そ、それはどういう意味アルか!?」
「シンジさんは、私達を守る為に私達を裏切ったのです」
夕映の口から語られた、麻帆良予選会の直前に、シンジから夕映へと語られた話に、少女達は言葉が無かった。
「・・・これが真実なのです。だから、あの人は本心から裏切った訳ではないです」
「SEELEが関係していたアルか・・・楓のお父さんから聞いていた以上に、状況は深刻だったアルね・・・」
悔しげに歯噛みする古。彼女にとって超は親友、シンジは頼りになる兄だった。そんな2人が思い悩んだ挙句に起こした行動に、どうして自分は2人の心の内を察してやれなかったのかという後悔と、どうして相談してくれなかったのかという無念が沸き起こる。
そして、その悔しさは木乃香も同じだった。
例え実の兄妹でなくても、木乃香はシンジを兄として慕っていた。シンジの方も、木乃香を妹として受け入れていた事を、彼女は良く知っている。
(・・・お兄ちゃん、どうして相談してくれんかったん?どうして、全部1人で抱え込んでまうん?そんなにウチらは、頼りにならへんの?)
「お兄ちゃん、お兄ちゃんは1人やあらへんのや。お願いやから、戻って来て」
モニターに映る兄の姿に、涙を堪え切れない木乃香。少女達も、かけてあげる言葉を見いだせずに、項垂れる。
だから気付かなかった。救護室に人影が入って来た事に。
ネギside―
超の呪紋回路の発動による、自分を上回るほどの強大な魔力。それには素直に驚いたが、その驚きはすぐに冷めた。
世の中、簡単に手に入れられる力など無い。もしあるとすれば、それは多大なデメリットと引き換えとなる筈だからである。
(きっと超さんの呪紋回路には欠点がある筈だ。もし無いなら、最初から使えば良いんだから)
「ラスト・テイル・マイ・マジックスキル・マギステル!」
ネギの眼前では、超が次の魔法の詠唱に入る、その身から放たれる魔力は、莫大な物であった。
「火精召喚 !槍の火蜥蜴29柱 !」
だが同時に気がつく。確かに超の魔力は莫大である。だがその制御力は決して高い物ではない。
例えるなら、超の魔力は暴れ馬なのである。確かに力強いが、いつ乗り手である超が振り落とされるかは分からない。
(あの呪紋回路で無理矢理、魔力を捻りだしているだけなんだ!だとすると、相当体に負担をかけている筈!)
超の呼びだした火の精霊を、風の精霊で迎え撃つネギ。だが超の呼びだした数は29に対して、ネギの数は17である。にも拘わらず、ネギは超の精霊を迎撃する事に成功していた。
(やっぱりだ、無理矢理捻りだしているせいで、制御力が甘すぎるんだ!だから精密なコントロールができない!)
そう考えたネギは魔法勝負で超に限界を超えさせない為に、接近戦へと持ち込んだ。対する超も、接近戦の方が有利に戦えると考えて、正面からネギを迎え撃つ。
「もう止めて下さい!凄まじい痛みが、貴女を襲っている筈ですよ!」
「ほう、そこまで分かたカ。だが!」
一瞬の隙を突いて、超がネギの腹部へ拳の一撃を叩き込む。その威力の大きさに、ネギの呼吸が一瞬止まる。
「この時の為に、私は2年と言う歳月と全ての労力を注ぎこんダ!そしてシンジさんと言う同志の協力すらも得る事が出来タ!言葉などでは止まらんヨ!」
その言葉に、ネギも苦しみながらも魔法の詠唱を開始する。
「魔法の射手 !連弾・火の59矢 !」
「魔法の射手 !連弾・光の37矢 !」
互いに対消滅を起こした魔法の矢の爆発の余波で、互いに吹き飛ぶ超とネギ。そんな中、激痛を噛み殺してでも戦闘意欲を失わない超の姿に、ネギは感じる物があった。
(・・・超さんが全てを賭けた計画。言葉で止めようなんて間違いなんだ・・・超さんもシンジさんも、自分と言う存在全てを賭けているんだから!)
「・・・やと本気カ・・・そうだ、それで良い。この計画を止めたくば私を力で倒せ、完膚なきまでに。サウザンドマスターの息子ダロ」
肩で息をしながらも、決して自分を曲げない超。そんな超に、ネギはどうしても訊きたかった事を訊ねた。
「1つだけ教えて下さい。超さんはこの計画の為だけに来たと言いました。それではこの2年間、くーふぇさんや葉加瀬さん、クラスの皆と過ごした2年間は何だったんですか?」
超の顔に、年相応の表情が戻る。
「・・・それが一番の誤算だたヨ。とても楽しい2年間だたネ。私は初めて、生きていて良かたと思えたヨ・・・さあ、向こうも終わりに近い。そろそろ終わりにするネ」
ネギと超の視線が交差する。そしてどちらが合図をした訳でもないのに、2人は同時に動き出した。
「ラスト・テイル・マイ・マジックスキル・マギステル!契約に従い我に従え炎の覇王 !」
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!来れ雷精風の精 !」
「来れ浄化の炎燃え盛る大剣 !ほとばしれよソドムを焼きし火と硫黄 !」
「雷を纏いて吹きすさべ南洋の嵐 !」
超の詠唱はまだかかるが、ネギの詠唱が終了する。完全に出遅れた事を、超は自覚した。
「罪ありし者を死の塵に !」
「雷の暴風 !」
「燃える天空 !」
先に放たれた雷の暴風を、超の至近距離で燃える天空が炸裂して食い止める。機先を制したのはネギ、だが地力では超が勝る。
互いに意地を賭けた勝負。だが―
「シンジサン!?」
信じられない光景に、一瞬だが集中力をとぎらせる超。そこへ雷が炎を切り裂いて超に殺到した。
ハルナside―
(どうして・・・どうしてこうなっちゃうの?シンジさん、本当はみんなと戦いたくなんてないのに!)
だが戦いを止めたくても、既にその機は逸していた。
ハルナの目の前では、全員が苦悶の声を上げているからである。その光景にシンジは小さく溜息を吐きながら、アベルにハルナを解放させた。
「シンジさん!みんなに何をしたの!」
≪悪夢を見ているんだよ。鳥を司る使徒 の精神攻撃はトラウマを抉りだす力≫
最悪な攻撃に、ハルナが言葉を失う。だが彼女はシンジを責める気にはなれなかった。
≪恨んでくれて構わない。それでも、みんなが怪我するよりマシだから≫
目の前にいるシンジは、明らかに肩を落としていた。そんなシンジの姿に、アベルが小さく唸り声を上げる。
目の前では、1人の例外も無く、健在だった者達が頭を抱えて呻いていた。特に精神的に未熟な部分が多い、美空や小太郎、刹那は戦意を喪失して落下し、反重力フィールドに囚われている。
(・・・え?)
もう1度目の前の光景を見直すハルナ。反重力フィールドには、既に囚われていた高音・愛衣・瀬流彦・千草に加えて、美空・小太郎・刹那が加わった。タカミチ・詠春・剣・刀子・アスナは何とか空中で足場を維持するのが精一杯で、反撃などできない―
(おかしい、何かがおかしい)
そんなハルナの表情に気付いたのか、シンジがそちらに顔を向けた時だった。
(そうだ!アスナは空を飛べない筈!)
咄嗟に警告しようとするハルナ。だがそれよりも早く、アスナが動いた。
虚空瞬動で一気にシンジの懐へ飛び込んでいく。その目は明らかに正気を失っていた。
振り下ろされるハマノツルギ。咄嗟にシンジが飛び退く。
≪鳥を司る使徒 の力が効かない!?力を貸して!昼を司る使徒 !≫
アスナの攻撃は接近戦。本当なら遠距離攻撃で攻めたいのだが、懐に飛び込まれている以上、シンジは打ちあうしかない。
音速を超える斬撃の鞭で、ハマノツルギを破壊しようと試みるシンジ。だがアスナは、その攻撃全てをハマノツルギで切り返してきた。
激しい火花が飛び散り、シンジにとっては信じられない事に、シャムシエルの光の鞭が先に音を上げる。
ハマノツルギによって、途中から切断されたのであった。
≪馬鹿な!使徒の力が!?≫
そこへアスナが飛び込んでくる。視線は定まらず、目も虚ろなまま。明らかに意識が飛んでいると誰の目にも分かるほどである。にも拘らず、彼女は無意識の内に咸卦法を使って斬り込んできていた。
シンジが内心で『しまった!』と叫んだ時には遅かった。アスナはハマノツルギを高々と掲げている。
「無極而太極斬 」
振り下ろされるハマノツルギ。咄嗟にATフィールドを張ろうとするシンジ。だが―
「アスナ、止めてええええ!」
シンジの前に飛び込んでくる人影。両手を広げて、自らの身を盾にする。
目の前の少女に振り下ろされようとする刃。その光景に、シンジは無意識の内に体を動かしつつ叫ぶ。
「ATフィールド展開!」
姿を現す真紅の障壁。絶対的な防御を約束する最強の盾。だがその鉄壁の守りは、ハマノツルギの一撃によって、まるで紙の様にアッサリと破られる。
そしてハマノツルギがシンジの左肩に食い込み、ハルナもろともシンジは吹き飛んだ。
アスカside―
さよの声に導かれたアスカは、和美の下へ辿り着いた。
「アスカさんだよね?シンジさんの知り合いの」
「シンジを知ってるの!?」
「知ってるよ。今、あそこで戦ってるんだ」
和美が空を指差す。そこではシンジが、使徒の力を解放して戦っている筈だった。
「シンジさんを止められる?」
「・・・止められる自信は無い。でもアイツには言わなきゃいけない事があるの!どうしても伝えたい事があるの!・・・アイツ、今日が誕生日なのよ・・・」
アスカの言葉に、和美が目を丸くした。それはさよも同じである。
「誰にも誕生日を祝って貰った事が無いのよ、アイツ。私がもっと素直になっていれば、こんな事にはならなかったのに・・・」
「・・・いいよ、協力してあげる。まずは航空部に連絡して、足を確保するから。さよちゃん、この人を手伝って」
「シンジ!?」
アスカの顔が、ショックで強張っていた。彼女の視線の先、そこに映ったモニターには正気を失ったアスナの一撃で、遥か4000m上空から叩き落とされたシンジとハルナが映っていた。
「パル!?」
「早乙女さん!シンジさん!」
思いがけない光景に、和美とさよが悲鳴を上げる。
反重力フィールドを超えた2人は、轟音を立てて大地へと落ちていく。
その光景に気付いた生徒達からも悲鳴が上がる中、アスカはシンジの落下する方向へと走り出していた。
ネギside―
勝負の途中で、集中力を超がとぎらせた事に、ネギは気づいていた。故に、爆発の余波で地面へと落下しかけた超を、ネギは間一髪の所で掬い上げる事ができた。
「超さん!大丈夫ですか!?」
「・・・ネ・・・ギ坊主・・・?」
意識が朦朧としているのか、超の反応は鈍い。だが次の瞬間、飛行船に描かれた魔法陣が強烈な光を放つ。
「あれは!?」
「強制認識魔法が発動したネ。私との戦いに時間をかけすぎたヨ・・・これから数分という時間をかけて、世界樹の魔力は世界中の聖地と共鳴する。それで終わり・・・」
「だったら止めるだけです!まだ数分あるんでしょう!?」
だがネギ自身にも限界はやってきていた。激しい痛みとともに、ネギの口から鮮血が滴り落ちる。
(まさか、魔力の限界!?こんな大事な時に!)
気力を振り絞るネギ。だが遂に意識がブラックアウトを起こし、超の腕に抱かれるように意識を失う。
「無理も無いネ・・・私と違て自分の魔力で航時機 を連続使用。その上で魔法を連発したのだから、こうなるのは当然ネ」
ゆっくりと地面目がけて超とネギが落下を始める。今は超のスーツにセットされた浮遊システムがかろうじて生きているおかげでゆっくりだが、地面に辿り着く前に、機械に限界が来るのは目に見えていた。
少し離れた場所には、ハルナと重なるように落下していくシンジが、雲の中へ突入していく姿が見える。
(・・・これが運命カ・・・だが、最後まで足掻かねばならないネ・・・)
自分に残された全ての魔力を使い、ネギだけでも助けようと抱きしめる。
(私の体と魔力を利用すれば、子供1人ぐらい何とかできるネ。SEELEについては、学園長に任せるカ。これだけ大騒ぎになれば、NERVも何らかのアクションを起こす筈ネ)
ポケットに忍ばせたままのミストルティンを思い出し『こんな事になるなら、聡美に預けておくべきだたヨ』と今更ながらに考える。
そのまま超は重力に身を委ねた。たった一つ、腕の中のネギを助ける事だけを考えて。
電脳世界―
激しくキーボードを叩きながら、千雨は茶々丸に訊ねていた。
「なあ、茶々丸さん。あの2人の覚悟は、私にも分かったよ。でもな、アンタはそれに納得しているのか?」
『・・・それはどういう意味なのでしょうか?』
「結局、あいつらのやり方だと、あいつら2人だけが犠牲になる訳だ。アンタはその事に納得しているのか?って訊いてんだよ」
その問いに、茶々丸は答える事が出来なかった。茶々丸はロボットである。人間の脳の代わりに登載された、最高性能の人工知能は、千雨の問いに肯定を促していた。
たった2人の犠牲で、麻帆良学園という小さな世界は滅びから救われる。これのどこに不満があるのだ?と。
そう、頷けばいい。たった2人の犠牲で、麻帆良全てが救われる。やがて訪れるであろうSEELEの侵攻によって生まれる無数の犠牲者が救われる―
『・・・嫌です・・・私は、納得できません・・・』
茶々丸の口から漏れたのは、人工知能が命じたのとは違う言葉だった。
『何で・・・何であの2人だけが・・・』
「茶々丸さん、私は世界がどうなろうが知ったこっちゃねえ。ニュースで世界のどっかで紛争やら戦争が起きているのを見ると、可哀想だなあ、ぐらいには思うさ。けどな悲しいとは思わねえんだよ。何でか分かるか?」
答えを見つけられない茶々丸。
「それはな、私の世界が麻帆良だけだからだ。いや、3-Aだけと言っても良いかもしれねえ。正直な話、隣のクラスの誰かが死んでも、悲しいとは思わねえよ。それは隣のクラスが、私の世界じゃねえからだと思うんだ」
『千雨さん?』
「ああ、私がひでえ事言ってるのは自覚してるよ。でもな、綺麗事を言うつもりはねえんだ。私にとっての世界は、3-Aなんだよ。そしてその中に、あの悲劇の主人公面した馬鹿2人も混じってんだ」
茶々丸が何かに気付いたようにハッと顔を上げる。
「いいか、私はこんな結末は認めねえ。3-Aの誰かが犠牲にならなきゃいけないような世界なんて、こっちから願い下げだ!」
その叫びとともに、千雨はリターンキーを押した。
世界樹前広場―
駆けていくアスカと、その後を追いかけるさよを見送った和美は、後味の悪さを感じつつも、自分の役目を果たそうとした。
目の前では鬼神が姿を消し始め、生徒達が歓声を上げている。
(・・・この人達は何も知らないんだよな・・・)
はるか上空で行われた戦闘が、世界の行く末を賭けた戦闘であった事を、和美は知っている。その戦いで敵味方に分かれて、彼女のクラスメートや知人が争っていた事を、和美は知っている。
4000mもの上空から落下した4人。もはや生きて会う事はできないだろうと思った和美の両目に、熱いものが込み上げてくる。
それでも目尻をゴシゴシと擦ると、和美は精一杯の声を張り上げた。
「学園防衛魔法騎士団の勝利です!」
超side―
ドサッという衝撃に、超は『随分と近い所に地面があるネ』と疑問を持った。だが耳へ飛び込んでくる騒がしい声に『一体何の騒ぎカ』と思いながら目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、自分を心配そうに覗き込む木乃香と古だった。そのすぐ傍では、夕映とのどかがネギを抱きかかえている。
「・・・これは・・・」
周囲を見回す超。すぐ近くには雲海が見える。にも拘らず、超は自分が路面電車の上にいる事に気がついた。
(そうか、これはこんなこともあろーかと作ておいた、我が路面電車屋台の飛行能カ。となると、五月カ!)
頭を左右に振りながら、超が身を起こす。まだ体中に痛みは残っているが、それでもやらなければならない事があった。
「五月!向こうへ行てほしいネ!シンジさんとハルナを捜すヨ!」
その言葉に頷くと、五月は超が指示する方向へと路面電車を向かわせた。
麻帆良郊外の森―
シンジとハルナが墜落したと思われる方向を目指した超達。その途中でエヴァンジェリンと茶々ゼロが合流し、彼女達は森を目指していた。
やがて森の一画に、木々が薙ぎ倒されている光景が、一行の視界に飛び込んでくる。
「五月、東へ向かえ!あの先だ!」
エヴァンジェリンの指示に、路面電車が方向を変える。そこへ先ほどまで超やシンジと戦っていたタカミチ達が姿を見せた。
「おい、タカミチ」
「分かってるよ、エヴァ。手を出すつもりは無いよ。シンジ君には嫌われてしまったけど、それでも僕は先生なんだ。ネギ君やあの子達だけじゃない。シンジ君の事だって心配なんだよ。あの子の心の傷に、もっと早く気づいてあげていれば・・・」
俯き気味なタカミチの姿に、矛を収めるエヴァンジェリン。だが一番問題なのは、アスナだった。無意識とは言え、シンジに致命の一撃を叩き込んだ事に、とてつもない罪悪感を感じていたのである。
必死になってシンジとハルナの無事を祈るアスナの姿は、痛々しくて見ていられない物があった。
「アスナ・・・」
「木乃香、ごめん。私・・・私!」
「もうええ、もうええんや!アスナがやりたくてやった訳やないんやから!」
互いに抱き締めながら、木乃香とアスナが涙を流す。刹那も痛ましげに2人を見るだけで、声をかけることすらできずにいた。
「・・・む、あれか?五月、そろそろ下に降りろ!」
エヴァンジェリンの指示に従い、路面電車を着陸させる五月。電車から放たれるサーチライトに気付いたのか、ハルナの声が聞こえてきた。
「助けて!お願いだから、シンジさんを助けてよ!」
ハルナの叫びに、エヴァンジェリンとタカミチが飛び降りる。僅かに遅れて詠春が、木乃香を抱えて飛び降りた。
サーチライトに照らされた2人は、無残な姿だった。
ハルナはシンジの血止めをしようと、自分の服を破って止血していた。だがそれでも止血しきれない為、自分の手でシンジの傷口を押さえていたのである。結果、全身を真っ赤に染め上げていた。
そしてシンジはアスナの一撃で左腕を肩から切り落とされ、更には着地の衝撃の際にハルナを守る為、自らをクッション代わりにした事により、全身がズタボロになっていた。
「早乙女!シンジの自己治癒は!?」
「左腕の傷が治ってくれないの!」
涙と返り血で顔をグシャグシャにしながら訴えるハルナに、エヴァンジェリンが駆け寄る。
「おい、近衛木乃香!アーティファクトを使え!」
「だ、ダメなんよ。私、もう今日の分、お兄ちゃんに使うてるんよ!」
愕然とするエヴァンジェリン。だが呆然としている訳にもいかず、エヴァンジェリンは昔取った杵柄とばかりに、ハルナより上手な応急処置を行っていく。その横で、木乃香が泣くのを我慢して、必死になって治癒の魔法をかける。だが―
「何で!?何で効いてくれへんの!?」
木乃香の治癒の術は、全く効果を現さなかった。その異常事態に、電車から飛び降りてきた千草が、陰陽術の治癒の術をかけ始める。
「ど、どういう事や!」
千草の術も効果を発揮しなかった。
どうしてなのか、全く理解できない一同。特にアスナは『私のせいだ』と強く自分を責め苛みだす。
そんな時だった。
「・・・もう良いんだ。魔法が効かないのは、当然だから・・・」
「シンジさん!」
うっすらと目を開いたシンジに、ハルナが飛び付く。だがシンジは、もう体を動かす力も残っていないのか、ピクリとも動かなかった。
「神楽坂さん、君が自分を責める必要はないんだよ。むしろ、僕はお礼を言いたいんだ。ありがとう、僕を殺してくれて」
「何で!?何でよ!?」
「・・・だって、やっと僕は休む事が出来るから・・・どれだけ望んでも手に入れる事が出来なかった『死』を、やっと手に入れられたんだから・・・」
ゴホゴホッと噎せかえるシンジ。
「嫌だよ、死んじゃ嫌だよ!」
「ハルナの言う通りヨ、シンジサン」
「・・・無事だったのか、超さん・・・ネギ君は無事?」
黙って頷く超。その返答に、シンジが満足そうに頷いた。
「・・・僕が死ねば、麻帆良が武力侵攻を受ける事は無くなる。SEELEを滅ぼす事は出来なかったけど、最低限の目的は達成できた・・・良かった・・・」
安堵したように溜息を吐くシンジ。だがその胸倉を、怒気に満ちたエヴァンジェリンが掴みあげた。
「いい加減にしろ!近衛シンジ!貴様はどこまで自分を蔑ろにすれば気が済むのだ!」
「お、おいエヴァ!」
「黙れタカミチ!近衛シンジ!お前は目の前でこの女が泣いているのを見て、何も思わんのか!」
ハルナに人差し指を突き付け、本気で怒るエヴァンジェリンに、シンジは苦笑しながら応えた。
「悪いとは思ってるよ。本当はこんな風に泣いて欲しくは無かったからね。でもそれ以上に、死ぬ事が出来てホッとしているんだ。僕は・・・神様になんてなりたくなかったから・・・」
「お前が神とはどういう事だ?お前のあの力―使徒とは何だ?」
「・・・エヴァンジェリンさん、頼みがあるんだ。僕の記憶をみんなに見せてあげる事はできる?」
黙って頷くエヴァンジェリン。
「ネギ君にも見せてあげて。大人に利用されると言う事がどんな事なのか、僕と同じ轍を踏んで欲しくないから・・・」
「分かった。おい、誰か坊やを起こせ」
そして、シンジの記憶の追体験が始まった。それは抹消された歴史を知る事であった。
To be continued...
(2012.06.23 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
いきなりですが、ネタバレを1つ。今作におけるシンジのコンセプトは最強シンジではありません。敢えて表現するならBOSS属性シンジです。まるでどこぞの某RPGの様ですねw
何で最強ではないかと言うと、BOSSという存在は倒される為に存在しているからだと個人的には思うからです。
話は変わって次回です。
次回はシンジの過去・回想編になります。
全ての始まりであるセカンド・インパクト。母・ユイの消失。父・ゲンドウとの別れ。そして遂に始まった使徒戦役。
シンジが体験してきた過去を垣間見る事になった少女達。そこには近衛シンジではなく碇シンジという少年が存在していた。
そんな感じの話になります。
麻帆良祭編終了まで、残り3話。
次回も宜しくお願い致します。
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