正反対の兄弟

第四十三話

presented by 紫雲様


 ≪全ての使徒を撃退し終えたNERV。みんながもう戦わなくて良いんだと思っていた。でも父さんの戦いはこれからが本番だった≫
 SEELEメンバーと会話するゲンドウ。その席上において、ゲンドウはSEELEと完全な決裂を起こす事になる。
 『死は、君達に与えよう』
 その言葉を最後に、SEELEはNERVを切り捨てる事を決断する。
 ≪ちょうどその頃、失踪中だったアスカが保護されて、NERVへ戻って来た。でもアスカは酷い状況だった≫
 アルミサエル戦から僅かに1週間と経たない時間だったにも関わらず、アスカは痩せ衰えていた。両目からは光が失われ、頬は痩せこけ、髪の毛は手入れされずにくすんでいる。
 「一体、何があったアルか?」
 ≪アスカはね、心が死んでしまったんだ。その状態で都市機能が壊滅した第3新東京市の廃墟の中で、野ざらしのまま過ごしていたんだよ。勿論食事なんて摂ってなかった。この時のアスカは、体は栄養失調に脱水症状、疲労と衰弱に襲われていた。弐号機を操れなくなった事で、自我が崩壊してしまったんだよ≫
 アスカの保護を知ったシンジが出向いても、アスカはピクリとも反応しなかった。
 ≪レイも、この時は自分を把握する事で手一杯だった。レイはね、命を落とすとあの水槽の中に漂っていた肉体のどれか1つに魂を宿らせて目覚める。記憶とかは共有できないけど、魂に刻まれた想いは受け継ぐ事が出来る。その為に3人目のレイは、心当たりのない感情に混乱していたんだ。そして自分を捜そうとしていた。綾波レイとは、一体何なのか?ってね≫
 そんな状況下において、シンジはますます追い詰められていく。
 ≪僕はレイが怖かった。レイが『人ではない』という事実に恐怖と嫌悪を抱いて、距離をとってしまった。心を閉ざしたアスカに縋ろうとして、でも反応してくれないアスカに絶望した。家族と思っていたミサトさんに頼ろうとして、でも真実の追求に全てを費やしているミサトさんは振り向いてはくれず、孤独を感じた。今にして思えば、どれだけ僕が自分の事しか考えていなかったか、良く分かるけどね≫
 「確かに、シンジさんの言う通りかもしれないアルよ。けど、さすがにここまで過酷な状況となると・・・」
 自分に置き換えてみた古は、シンジの弱さを否定しきれなかった。それは詠春や刀子らも同様だった。
 「彼女の言う通りです。例え戦いが終わったとしても、大人達には戦いの道具となった子供達へのアフターケアと言うべき義務があるでしょう。それを考えれば、一概に、君だけが悪いとは言えないでしょう」
 ≪いえ、それでも僕は許されないんです。自分自身を許せないんですよ。確かにアフターケアをしなかったのは、父さんがその必要性を認めなかったからです。父さんにしてみれば、僕が壊れていればいるほど、都合が良かったんですから。でも、例えそうだとしても許されない事があります。そして僕は、その罪を犯してしまった≫
 反応しないアスカに助けを求めるシンジ。だが心を閉ざしたアスカは、ピクリとも動かない。やがてシンジがアスカを揺さぶった事で、痩せ衰えたアスカの胸が露わになった。そして―
 ≪結局、僕は自分の事しか考えていなかった。助けを求める事しか考えていなかったんですよ・・・僕はどこまでいっても、ゲンドウと言う人でなしの息子だったんですよ≫
 手についた白い物を眺めながら、自己嫌悪に苛まれるシンジの姿に、どう返して良いのか分からない少女達である。アスカが肉体的な被害を被った訳ではないのは事実だが、それでも『汚された』というイメージを抱いたのは間違いなかった。
 しかし大人達は違った。特に戦いの中を生き抜いてきた者達にすれば、事実上の少年兵であったシンジには、同情すべき点がいくらでもあった。
 「確かに君のした事は間違いだったかもしれない。だが酌むべき事情は山ほどある。第一、あの過酷な状況を考えれば!」
 ≪だとしても、僕は自分が許せないんですよ。自分の勝手な思い込みでレイを遠ざけて、またアスカに戻ったんです。こんな自分勝手な奴、許されなくて当然です≫
 記憶の中のシンジもまた、心を閉ざし、世界その物から距離を取り出す。そんな中、ついにSEELEによるNERV攻略作戦が開始された。
 世界中に設置されたMAGIレプリカ6台によるMAGIへのハッキングが開始される。これに対抗する為、ゲンドウは独房からリツコを解放した。
 『必要になれば、捨てた物も利用する・・・我ながら無様ね・・・』
 やがて666プロテクトにより、MAGIへの侵攻はストップした。だがSEELEは最終手段に打って出る。
 本部の直接占拠。この為に日本政府には『NERVがサード・インパクトを画策している』という情報がSEELEから伝えられ、日本政府は戦略自衛隊の出動を決めた。
 そして戦自の大部隊による侵攻作戦が開始する中、ミサトは作戦指揮官として迎撃に乗り出す。
 病室にいたアスカを弐号機へ乗せて地底湖に安置。そしてシンジに初号機で迎撃させようとした。だが肝心のシンジは心を閉ざして動こうとせず、最悪な事に戦自の侵攻ルート上にいた。
 この事態に、ミサトはシンジ救出の為に単独行動を開始する。そして音信不通だったレイは、ゲンドウとともにセントラルドグマへと向かっていた。
 ≪この時、父さんはサード・インパクトを起こそうとしていた。レイとリリスを1つに戻し、アダムと接触させる事でね。父さんはNERVに対して、その為の時間稼ぎという価値しか見出していなかった≫
 だがそんな事とも知らず、NERV職員は混乱の真っ只中にあった。火炎放射機で生きながらにして焼き殺される者。死んだ恋人を泣きながら引きずっている所へ、背後から容赦なく叩き込まれる銃弾。命乞いにも関わらず、無残に殺される者。
 断末魔の叫び、無念の悲鳴、苦悶する呻き声、あらゆる負の叫びがNERVを支配していた。その地獄のような光景に、ついに木乃香が耐えられなくなった。
 「何で!何でこんな酷い事するんや!お兄ちゃん達が、何をやったっていうんや!」
 その叫びは、全員に共通した思いであった。ネギやアスナと言った正義感の強いメンバーは怒りを顔に浮かべ、のどかやハルナといった多感な者達は犠牲者を悼んで涙を流す。そして世界の残酷さを知る大人達は、自分達が知らない所で繰り返されていた地獄のような光景に、安易に慰めの言葉をかける事も出来なかった。
 もしNERV職員が武器を手に取り戦っていたのならば話は違ったかもしれない。だが戦自が殺していたのは、NERVは人類を救う組織であると無心に信じていた、何の力も無い一般職員達であった。
 そして木乃香の泣き声が響く中、遂に戦自は発令所へ侵入。オペレーターを務めていたシゲルやマコトといった元・戦自組を中心に迎撃を開始する。
 その頃、外に部隊を展開していた戦自は、地底湖に安置されている弐号機を発見し、N2爆雷による破壊に取りかかった。
 迫りくる死への恐怖に、アスカがますます心を閉ざす。そんなアスカの心に、囁いてくる声がある事に気がついた。
 『・・・ママ・・・?』
 弐号機から語りかけてくる、懐かしい存在に、アスカの顔に明るさが戻っていく。
 『そこに、そこにいたのね!ママ!』
 復活したアスカは、弐号機を稼働させて反撃に出始めた。
 『アタシとママに、勝てるなんて思うな!』
 一方的に攻めていた戦自に、初めて敗北の空気が漂い始めた。
 
一方その頃、シンジも殺されようとしていた。エヴァのパイロットである子供は、確実に殺すように指示が出ていたからである。
 そこへ駆けつけたミサトによって、瞬く間に瞬殺される隊員達。
 初号機の下へ向かいながら、ミサトは自分が知った真実を全てシンジに伝えた。
 だがケージ直通のエレベーターの所で追手に見つかり、銃撃戦が始まる。ミサトは敵を倒したものの、自分もまた致命傷を負っていた。
 『僕は、僕は最低だ!カヲル君を殺して、アスカを汚して、綾波を嫌悪して、トウジを傷つけた僕なんかに、生きている資格なんてないんです!』
 『・・・辛いのね、汚れる事が・・・』
 感情を吐露するシンジにミサトは微笑みかける。そのまま顔をシンジに重ねた。
 『・・・大人のキスよ、生きて帰ってきたら、続きをしましょうね』
 そういって、シンジを送り出すミサト。だがエレベーターが閉まると同時に、ミサトは床へと崩れ落ちていた。
 自分の死は免れない。そう自覚したミサトが、ポツリと呟いた。
 『これで・・・良かったのよね・・・加持君・・・』
 その言葉が、ミサトの最後の言葉となった。
 
同時刻、セントラルドグマではゲンドウがサード・インパクトを引き起こす準備に入っていた。そこへリツコが顔を出す。
 『君か、何の用だ?』
 『たった今、本部自爆の準備をしてきた所です』
 リツコの手に握られているのは、遠隔操作式のリモコン。スイッチを押せば、MAGIが自爆決議を承認する事になっていた。
 『私と一緒に死んでください』
 躊躇う事無くスイッチを押すリツコ。だが聞こえてきたエラー音に、リツコが慌てて視線を落とす。
 『そんな!カスパーが反対!?母さん、そこまで男が大事なの!?』
 女としての赤木ナオコの人格OSを与えられたカスパーの反対により、本部自爆決議は行われなかった。そしてチャキッという音とともに、ゲンドウが銃口をリツコへ向ける。
 『・・・ウソツキ』
 その言葉が、リツコの最後の言葉となった。

 その頃、ジオフロントではアスカの奮戦により撤退した戦自に代わって、SEELEの量産型エヴァンゲリオンとの戦端が開かれていた。
 戦力比は1:9。その上弐号機には残り僅かな内臓電源しか残されておらず、量産型エヴァンゲリオンにはS2機関による無限の動力が供給されている。
 だがこの事態にも、アスカは絶望していなかった。
 『アタシとママに勝てると思うな!』
 量産型エヴァンゲリオンを短期決戦で沈めていくアスカ。量産型も反撃に転じようとするが、実戦を経たアスカと弐号機の前に歯が立たない。
 だが勝利を確信したアスカを、最後の1機が投じた大剣が襲う。
 『そんな攻撃、ATフィールドの前には!』
 大剣が、突如、刀身を捩じらせて槍へと姿を変えていく。その形状に、アスカは心当たりがあった。
 『ロンギヌスの槍!?』
 瞬間、槍は赤い障壁を難なく貫通、弐号機の左目にその穂先を貫通させた。
 激痛に悲鳴を上げるアスカ。だがそんなアスカの視界の中で、倒された筈の量産機が、次々に立ち上がっていく。
 「そんな!確かに倒した筈なのに!」
 ≪量産型エヴァンゲリオンにはS2機関による無限のエネルギー供給があった。そしてそのエネルギーを利用して、傷を再生させたんだよ。こいつらを倒すには、使徒と同じようにコアを潰すしかなかった。でもアスカはエヴァが使徒のコピーだと言う事を知らなかった≫
 やがて始まる惨劇。アスカの絶叫の大きさに、ネギ達が顔を伏せる、特に木乃香やのどかは耳を塞いで『もうやめて!』と悲痛な声を上げた。
 『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!』
 苦悶しながら、それでもアスカは戦おうとする。自分と母を傷つける量産機を倒す為に。そしてアスカの意思に応えて、弐号機が無残な姿を晒しながらも、暴走して動き出す。だがそこへ降ってきた槍が、アスカの意識を断ち切った。
 ≪僕が初号機で出た時には、全てが終わっていたんだ≫
 記憶の中のシンジは、初号機に乗って姿を現した。だがその目に映ったのは、無残な姿を晒す弐号機。量産型の餌となった事を理解したシンジは、絶叫した。
 そこへ量産型が強襲を仕掛ける。レプリカのロンギヌスで初号機の両手を縫いつけ、空中へと引っ張り上げていく。
 「・・・一体、何を始める気なのですか?」
 ≪サード・インパクト。壊れかけていた僕にアスカの無残な最期を見せる事で、老人達は僕の心を完全破壊しようとした。そして、老人達の思惑通りにサード・インパクトは始まった。ただ老人達にとって誤算だったのは、綾波レイという存在≫
 光景が一変し、セントラルドグマへと戻る。そこにはゲンドウと、裸身を晒すレイが立っていた。
 ≪さあ、レイ。ユイの下に案内してくれ≫
 ゲンドウが右手の手袋から手を抜く。そこにあった物に、全員が気付いた。
 「「「「「「アダム!?」」」」」」
 ≪そうだよ。父さんは加持さんが運んできたアダムを自分の体に埋め込んでいたんだ≫
 その右手がレイの腹部へと静かに潜りこんでいく。
 ≪SEELEが初号機とロンギヌスの槍、量産型エヴァンゲリオンでサード・インパクトによる補完計画を為そうとしていたのに対して、父さんはアダムとリリスの『禁じられた融合』という手段で、自分の目指す補完を成し遂げようとした。ただの自己満足の為にね≫
 「・・・そういえば、補完って何なの?SEELEっていう悪い人達は、神様になるのが目的なのよね?」
 ≪そうだね、その事も説明しておくよ。SEELEはまずサード・インパクトを起こす事で全人類を1つの生命体として統合。そして自らはその生命体の唯一無二の意思となろうと画策したんだ≫
 呆気にとられる一同。だがエヴァンジェリンが口を開いた。
 「しかし、そんな事で不老不死が達成できるのか?1つになった所で、命である事に変わりはなかろう?」
 ≪そこなんですよ。実はSEELEの考えは正しかったんです。カヲル君が『リリン』と言う言葉を使っていたけど、これが何を意味しているか、理解していますか?≫
 「・・・確かに使っていたな。歌はリリンの文化の極み、弐号機をさしてリリンの僕、あとお前自身も超のカードにリリンと書かれていたな?」
 その言葉に、超が頷きながら仮契約カードを取り出す。そこにはハッキリとリリンという名前が書かれていた。
 ≪第2使徒リリスを祖とする人類もまた、使徒なんです。第18使徒リリン、それが人類の使徒としての名前であり、使徒として覚醒してしまった僕の名前でもあるんです。ところでエヴァンジェリンさん、質問ですが使徒と人間の違いは何だと思いますか?≫
 「まあ何から何まで違い過ぎているが、貴様の事だ、表面的な事ではあるまい?」
 ≪ええ、使徒と人間の最大の違い、それは生命の実―S2機関の有無です≫
 記憶の光景が切り替わり、かつての使徒を映し出していく。
 ≪S2機関は、無限のエネルギーを供給します。これにより使徒は永遠に行動し続ける事が可能になります。無限のエネルギーを利用してどんな傷も再生し、敵の攻撃を学習して進化し続ける生命体。更にはATフィールドという最強の盾すら有しています。まさに最強の生命体だと思いませんか?≫
 「・・・確かに貴様の言う通りだ。生命体として最強種なのは認めよう」
 ≪故に、使徒は単一生命体です。子孫を残さず、永遠に生き続ける不老不死の生命体。最強を体現する事で、あらゆる死の危険を乗り越える存在なんです。だからアダムに連なる使徒は、常に1体ずつしか攻めてこなかったんです。何故なら、どんな危険でも、1人で乗り越えるのが使徒だからです≫
 シンジの言葉に、納得したようにエヴァンジェリンや夕映が頷く。
 ≪もう1つ、使徒の特徴として情報の譲渡と言う物があります。これは次の使徒に、進化の参考としての情報を渡すと言う物です。サキエルは中・遠距離戦型使徒でした。これで攻略に失敗した事を悟ったシャムシエルは、近距離に特化しました。これでも失敗した事を悟ったラミエルは、遠距離戦に特化しました≫
 シンジの言いたい事を理解した一同が、大きく頷いた。
 ≪ガギエルの場合は、加持さんがアダムの運搬をしている事に気づいた為、それまでの情報を活用せずに、水中戦を前提とした能力へと進化しました。そしてラミエル・ガギエルの情報からエヴァが複数でアダムを守っていると判断したイスラフェルは、相互補完能力に特化。それでも倒せなかったので、サンダルフォンは溶岩流を利用して遥か地下深くから本部へ奇襲する事を選択。でもそれを実行する前に、弐号機に滅ぼされました≫
 「・・・改めて聞いとると、とんでもない能力やなあ・・・」
 ≪使徒である僕が言うのもなんですが、全くもってその通りです。とにかくあらゆる手段を尽くして、それでも本部を攻め落とせなかった使徒は、ゼルエル戦を最後に力攻めから方針を切り替えました。それがアラエルの精神攻撃とアルミサエルの融合による、人の心を理解する事。そして最後にカヲル君が来たんです。エヴァとのシンクロ率を自由に設定できると言う能力を持って≫
 言葉も無い一同である。だがそこでのどかが口を開いた。
 「あの、1つ良いですか?カヲルさんが最後の使徒になったんですよね?そうなると、カヲルさんまでに蓄積されてきた情報は、どうなったんですか?」
 その言葉に、全員が『あ!』と声をあげた。
 ≪それにはリリスの子であるリリンの説明が必要なんだ。使徒はS2機関を手にして単一生命体の道を歩んだ。だがリリスの子である人類は、群体という道を選んだ。そこでS2機関の代わりに手に入れたのが、知恵の実。つまり小さく弱い存在だけれども、協力して死の危険を乗り越えようとする力なんだよ。自分1人で乗り越えようとする使徒とは、対極に位置する力なんだ。そのせいで、人間はATフィールドを自在に操る事はできなくなってしまったんだけどね。ここまでは良いかな?≫
 コクコクと頷くのどか。隣にいた夕映も、好奇心を刺激されたのか強く頷いている。
 ≪ところが、SEELEにとって予想外だったのは、カヲル君が本気で僕に好意を持ってしまった事なんだよ。元々、カヲル君は人間の体にアダムの魂を埋め込まれた人工の使徒という存在。それはアダムとリリス、両方の特性を併せ持つと言う事なんだ。そして僕はリリスのコピー体である初号機の子供として再生を果たしていた。それも使徒としての肉体的資質を眠らせた状態で≫
 「まさか、カヲルさんはシンジさんに情報を渡したんですか!?」
 ≪そのまさかだよ。もっとも僕がその事に気付いたのは、はるか後の事だったけどね。でもこれで、僕が使徒の能力を自在に扱える理由は分かったでしょう?≫
 言葉も無い一同。そんな彼らの前で、記憶の中の光景は更なる展開を迎えていた。
 ≪話を戻すよ。老人達にとっての補完が何なのか?これは理解できたよね。じゃあ父さんにとっての補完とは何なのか?それは今後の展開を見せながら説明するよ≫
 レイの腹部に右手を埋めたゲンドウ。だがそこでレイがハッと目を開いた。同時にゲンドウが苦痛の呻き声をあげながら、後ずさる。
 『ダメ、碇君が呼んでる』
 『レイ!?』
 そこには、右手を失ったゲンドウが、驚いたようにレイを見ていた。
 ≪父さんにとっての誤算は、レイの心の成長だった。補完計画にとってのレイは、父さんの命令を疑う事無く遂行する存在である必要があった。それは3人目のレイに切り替わった時、全ての記憶はリセットされて、従順なレイに戻る事で達成される筈だったんだよ。でも思い出して欲しい。使徒は次の使徒へ情報を譲渡できる事、常に1体ずつしか行動できない事を。これって、綾波レイという存在に似ていると思わない?≫
 「確かに、言われてみればそうよね!綾波さんは死なない限り、次の綾波さんが目覚めない!そして魂は受け継がれていく!」
 ≪これが父さんの最大の誤算だったんだ。3人目のレイには、自覚していなかったけど確かに2人目までのレイの心が受け継がれていたんだよ≫
 レイが腹部にアダムを取り込んだまま、オリジナルであるリリスの下へと飛び立つ。そしてリリスの中へとその身を融合させていった。
 レイにリリスから『おかえり』という思念が届く。
 やがてリリスは十字架から解放され、その身を自由にした。そしてその体を巨大化させつつ、地上を目指す。
 不思議な事に、あらゆる物体をすり抜けて地上へ出ていくリリス。その通過を身をもって体験したマヤやシゲル、マコトから悲鳴が上がる
 「こ、これは驚くわよ・・・」
 アスナの言葉に、少女達が一斉に頷く。だが更なる驚きが待ち受けていた。
 ≪この時、レイが融合したリリスの中には、第1使徒アダムまでもが含まれていた。それは父さんが目指した補完計画が実行寸前であり、あとは最後のスイッチを入れるだけという状態だったんだよ。そしてスイッチの意思はレイが握っていた。そのレイは、僕にスイッチを託そうとしたんだ≫
 初号機目指してその身を起こすリリス=レイ。その姿に、記憶の中のシンジが狂気に陥って悲鳴を上げた。
 「おい!これは本当にあった事なのか!?」
 ≪覚えていないのは当然だよ。だって、僕がそうしたんだからね≫
 記憶の中では、ゲンドウの補完計画が開始されていた。あらゆる人間達が、もっとも心を許す事のできる人の幻を目撃して、ATフィールドを解いてしまいLCLへと変わっていく。
 ≪ATフィールドとは全ての生命体が自らを形成する為に持っている排他的精神領域。父さんの補完計画では、心を許す相手=ATフィールドを無くしてしまう―LCL化させてしまう相手を見る事になるんだけど、父さん自身はこの過程を目的としていたんだ。理由は分かる?≫
 「そうか、ユイさんを見る事が目的だった・・・」
 ≪そうです、ホンの僅かな一瞬だけ現れる母さんの幻を見る為だけに、世界中の人間を道連れにする。それが父さんと冬月さんの目指した補完計画の正体だったんです≫
 あまりにも身勝手すぎる計画に、誰も声を挙げられなかった。SEELEの老人が目指した不老不死となる補完計画も酷かったが、ゲンドウの補完計画も酷過ぎる物があった。
 「・・・ここまで来ると、呆れて何も言えんわ」
 ≪SEELEの補完計画も、人類をLCL化する事を途中経過としていたので、老人達は自分達の補完計画が成功したと思い込んでいました。その後、どうなったかについては後で説明します≫
 シンジにも、ATフィールドを解きうる誘惑が忍び寄っていた。レイ・アスカ・ミサトらが姿を現す。その誘惑の中、リリスと融合したレイによって、世界の行く末がシンジに託された。
 ≪この時、僕は無数の人達と混じり合いかけていました。その副産物として、僕の中には他人の記憶―世界の記憶が残されているんです≫
 その最中、ゲンドウにも補完の時が迫っていた。だがゲンドウの前に現れたのは、ユイではなく怒り狂った初号機であり、上半身を食い千切られると言うショッキングな補完であった。
 「・・・ユイ殿は現れなかったのか?」
 ≪本物の母さんが怒ったみたいなんです。この補完計画の最中に母さんと触れ合ったんですけど、かなり父さんに対してストレス貯め込んでたみたいで。何せ僕をいきなり実戦に放り込むは、ダミープラグを使うはと散々な事をしたでしょう?特に僕がゼルエル戦で初号機へ取りこまれた際に、母さんは僕の記憶を読み取っていたらしいんです。それで僕がどんな生活を過ごしてきたのか、完全に理解しちゃったらしくて。三行半というか絶縁状を叩きつけたと言うか・・・』
 「・・・怒るのは当然でしょうね・・・」
 刀子の言葉に千草も頷く。遺言としてシンジを託したのに、それをゲンドウは裏切っていたのだから、母親としてのユイが怒るのは当たり前であった。
 ≪そして全ての人類の補完が終わった後、母さんが訊いてきたんです。僕にこれからどうしたいのか?って≫
 母ユイと会話をするシンジ。決して幸福とは言えない過去に、シンジはこのまま誰もいない世界への誘惑に駆られていく。
 それは二度と心に傷を負わない世界だった。だが、第3新東京市での辛い生活の中で手に入れた、小さな幸せを思い出す。それは他人との関わりが合ったからこそ、手に入れられた幸せだった。
 『他人に傷つけられても良い。それでも僕は他人の存在を望む』
 『本当に良いの?また、傷つけられても?』
 ユイの言葉に、シンジが頷く。
 ふと気がつくと、シンジは砂浜にいた。目の前には赤い海と赤い空。白い砂浜に薄暗い世界。全てが死に絶えた世界だった。
 隣には体中に包帯を巻いたアスカが、そして遥か水平線の先には、崩れ落ちた巨大なレイの頭部が水没して、まるでシンジを見つめるかのように目を開けていた。
 『碇君。本当に、それで良いのね。今なら、弐号機パイロットと2人だけで生きていく選択肢もあるわよ?』
 『ううん、良いんだ。僕はみんなと一緒に暮らすから。綾波、僕はね自分の名前の意味について考えたんだよ。母さんを失う前の父さんが付けてくれたシンジという名前。これは信じるという意味なんじゃないかな、って。だから僕は信じるよ、みんなの事を。だから綾波、僕が望む補完をお願い。みんながいる世界という補完を』
 『そう、分かったわ。それなら私は碇君を信じるわね。元気でね、碇君』
 レイの顔が崩れ落ちていく。同時に世界中が太陽の光に照らし出され、シンジが望んだ世界へと戻って行った。
 ≪これが僕が犯してしまった最大の罪。安易に綺麗事を盲信してしまった愚かさという罪なんです≫
「何でや?お兄ちゃん、何でみんなを信じる事が愚かだと言うんや!」
≪・・・木乃香。みんながみんな、3-Aのメンバーみたいだとは限らないんだよ≫
どこか辛そうな兄の口調に、憤慨した木乃香が口籠る。
≪話を戻します。結果として補完計画は中断されて、世界は元に戻った。ただし補完された状態を強く望んでいた人達―老人達は戻ってこなかった。そして戻っていく世界その物を、綾波が戦自の侵攻前に設定してくれていたから、戦自の侵攻自体も無かった事になった。ミサトさんやリツコさん、そしてNERV攻防戦で死んだ人達の死も無かった事になった。つまり蘇る事が出来た。これが僕が世界を破壊した神であり、再創造した神であるという理由なんです≫
 記憶の中のシンジは、アスカを抱きかかえるとNERV本部へと歩き出した。
 「・・・エヴァはどうなったんですか?」
 ≪母さんは初号機とロンギヌスの槍とともに、宇宙へと飛び立った。僕が母さんから独り立ちしたと考えて、母さんは研究者としての自分の想いに従う事にしたんだよ。弐号機の中にいたアスカのお母さん―キョウコさんは、魂が消滅してしまっていた。量産型戦の最中、アスカを守る為にキョウコさんはシンクロ率を400%まで引き上げてアスカを弐号機の中へ取り込む事で、アスカを補完計画から守ろうとしたんだ。そして補完が終わった後で、最後の力を振り絞ってアスカを産み直すと、そのまま消えてしまっていたんだよ≫
 キョウコの母としての強さに、刀子や千草達から嗚咽が上がる。
 ≪この時の記憶は、僕とアスカにだけ残っていた。アスカの場合は、弐号機―キョウコさんを通しての記憶だったみたいだけどね。僕とアスカはお互いに話し合い、ミサトさんやリツコさんに真実を告げた。最初は信じてくれなかったけど、実際に父さんや老人達が消えていたから、結局は信じてくれたんだけどね。それから少し経って、僕はアスカと正式に付き合う事になったんだ。いや、そうじゃない。僕が自分の事を棚に上げて、付き合っているんだと思い込んでいたんだ≫
 妙な言い方に、全員の注目が集まる。
 ≪これは補完計画が終わった後、NERVの混乱も収まってきた頃だよ。ここから先は、全て僕の記憶だけになるから≫
 未だに入院生活を続けるアスカの下へ、シンジは毎日のように見舞いへ向かっていた。そしてこの日も、いつものようにアスカと時間を共有できると思っていた。
 『私としては、シンジ君にはNERVにいて貰わないと困るわ。エヴァンゲリオンのパイロットとしての功績を考えれば、尚更よ』
 『それについては同感ね。あの子の政治的価値はとてつもなく大きいもの』
 アスカの部屋から聞こえてきた声はミサトとリツコの物だった。
 『日本政府が色々言ってきているけど、私は絶対に譲るつもりはないわよ!』
 『当然ね。あの子を渡せば、NERVは存在価値なしと見なされるでしょうからね』
 (・・・どういう事?僕の事みたいだけど・・・)
 シンジの心臓の鼓動が、徐々に早くなっていく。
 『いまやあの子はNERVの象徴よ!?その象徴を渡すなんてできる訳ないでしょう!』
 『でもミサト、そうなるとアスカはどうなるの?ドイツからアスカを帰還させろって五月蠅いんでしょう?』
 アスカと言う名前に、シンジがピクンと反応した。
 『アタシはドイツになんて帰りたくないわ。今更あんな父親の顔なんて見たくも無いからね』
 『まあ、シンちゃんと恋人なんだから、そこを使えば何とかなるだろうけど』
 『恋人じゃないわよ!アタシはアイツを利用しているだけ!アタシはドイツに帰りたくないだけよ!』
 その怒声に、シンジが後ずさる。お見舞いの品として持ってきた手作りのお菓子が、廊下にポスンと落ちる。
 (・・・ハハ、そうか、そうだよね・・・僕が許される訳がないよね・・・そうだよ、僕は何を勘違いしていたんだ・・・何を思いあがっていたんだ・・・罪人の分際で!)
 かつてアスカにした事を思い出すシンジ。そのまま踵を返すと、シンジは走り出した。
 ≪結局、僕は自分の罪とちゃんと向き合っていなかったんです。だからアスカが僕を好きなってくれたと思い込んでいた。そして僕はこの日、せめてものお詫びにと、NERVから失踪しました。アスカはドイツに帰りたくない。でも僕がいなくなれば、本部―日本にずっといられる大義名分を手に入れられるから≫
 シンジの決断に、誰もが言葉を失っていた。ただ1人、ヒカリから事の真相を聞いていた超が複雑そうな表情をしたが、敢えて口には出さなかった。
 ≪僕は銀行へ駆けこんで、ありったけのお金を下ろして、姿を眩ませる資金を確保しました。その上で保安部を撒くだけの策を考えて、それを実行したんです。多分、この時に策略家としての素質に目覚めたんでしょうね≫
 そのままシンジの逃走劇の記憶が続く。やがて1週間後、シンジは京都の山奥に来ていた。
 ≪僕は自分という存在についてずっと考えました。僕が生まれてきた理由はなんだったのだろうか、ずっと考えたんです。そして出た結論を実行しました≫
 人気のない山の中。清流を前に、シンジは1本のナイフを取り出す。それを手首に当てると躊躇いなく切り裂いた。
 「「「「「「!?」」」」」」
 シンジと関わりの深いメンバーが声も無くリストカットをしたシンジの記憶に言葉を失っていた。
 『・・・これで楽になれるんだよね』
 手首を水につけると、そのまま瞼を閉じるシンジ。意識が鈍くなり、やがてプツンと意識が落ちた。
 「シンジさん、何やってるのよ!」
 ≪何って自殺だよ。僕の出した結論は、僕は使徒を倒す為だけに生まれてきた。その役割を果たし終えた以上、もう生きているべきじゃないんだ、という答えだったからね。そう、役を果たし終えた役者が、舞台から退く様に≫
 ハッキリと帰ってきた答えに、全員が言葉を失う。
 ≪確かに母さんは、僕の幸せを望んでいた。それは母さんの記憶から分かったよ。でも望まれたからと言って、それは本当に正しい事だったのか?と考えたんだ。何せ僕は、地球上の全ての命を殺し尽くした『殺戮』を司る使徒なんだからね≫
 ふと気がつくシンジ。すでに時間は夜になっていた。満天の星の下、シンジは自分が何故生きているのか?と首を傾げた。
 右手には血に塗れたナイフ。左手は傷1つないきれいな肌。
 シンジは再び手首を切り裂くと、もう一度水の中に手首を入れた。そしてまた瞼を閉じる。
 「シンジさん、待って下さい!もしかして!」
 ≪ネギ君の予想通りだよ。僕はね、この時すでに、使徒としての再生能力に目覚めていたんだよ。ただこの時には、その事に気づいていなかったんだけどね。使徒である事を自覚したのは、もっと後だったから≫
 2回目のリストカットも失敗したシンジは愕然とした。そして、その後で繰り広げられた光景に、木乃香が悲鳴をあげた。
 「お兄ちゃんが!」
 記憶の中のシンジは、手当たり次第にあらゆる自殺を試みていた。服毒、首吊り、入水、焼死・・・とにかく気が狂ったかのようにありとあらゆる手段で自分の命を絶とうとし続けていた。
 そして自殺を試みる度に耐え難い苦痛に絶叫し、意識を取り戻す度に絶望に泣き叫ぶ。
 もはや直視できなくなった木乃香は詠春に縋りついて号泣し、ハルナと刹那はショックで地面に座り込んでいる。のどかと夕映、古は顔を真っ青にし、ネギと小太郎、超は呆然としたまま身動き一つ取ろうとしない。アスナや美空、高音は泣きそうになり、エヴァンジェリンは『馬鹿者が』とだけ呟く。
 そして大人達は、顔を俯ける事しかできなかった。
 ≪僕は何度も試した。でも僕は死ぬ事が出来なかった。その内、僕は自分の心が徐々に壊れていく事を自覚したんです。絶望が人を殺す、という言葉がありますが、あれって本当なんだなあって、他人事みたいに思いましたよ。だって、僕には死と言う最後の安息すらも奪われていた事を、嫌でも理解せざるをえなかったんですから。そして遂に、碇シンジという人格は、壊れたんです≫
 「ま、待つんだ!じゃあ、今の君は誰なんだ!」
 ≪碇シンジと認識していた人格の残骸をベースに、上から新たに肉付けされた新しい人格です。碇シンジの記憶もあるし、人格だって残っている。状況によっては、碇シンジの人格が表に出てくる事だってある。でも碇シンジとは言いきれないでしょうね。昔とは大きく変わっていますから≫
 その言葉に、剣と千草がハッと顔をあげる。
 ≪とりあえず記憶を続けますね、もう少しで終わりますから≫
 壊れたシンジは、虚ろに笑いながら崖の上に足を伸ばした。シンジが何をしようとしているのか、理解できない者はいない。
 やがて一歩を踏み出すシンジ。遥か下の地面が近づき、シンジは意識を手放した。
 ≪さすがに、これで楽になれると思いました。でも、そうはいかなかった≫
 ふと気がつくと、シンジの目に板張りの天井が飛び込んできた。
 『気がつきましたか?』
 「この声!」
 「まさか!?」
 声に導かれるように、シンジが横を向く。そこには詠春が正座した状態で枕元に座っていた。
 (・・・また失敗した!?)
 混乱したシンジは、咄嗟に詠春が持ち歩いていた脇差に手を伸ばした。詠春も止めようとしたが、それより早く刃が頸動脈を掻き切る。
 『何て事を!』
 (ああ、今度こそ・・・今度こそ・・・)
 再び落ちる意識。だがシンジの望みは果たされなかった。
 気がつくとシンジは拘束された状態で、布団の中にいた。そして枕元には、些か怒ったような詠春が正座して看病を続けていた。
 『ハハ・・・ハハハ・・・ハハハハハ・・・何でだよ・・・何で死ねないんだよ・・・』
 『・・・死にたいのですか?貴方は』
 『死にたい・・・もう死にたいんだ・・・もう生きていたくないんだ・・・』
 視界が涙で歪む。絶望で心をすり減らしたシンジには、もはや生きる気力等欠片ほどにも残っていなかった。
 『・・・ですが、貴方が死ぬ事は不可能でしょうね。貴方を見れば分かります』
 『どういう事ですか?』
 『貴方は私達が言う所の気を異様な量で所持しています。その大量の気が、先ほどの貴方の首の傷を癒してしまったんですよ』
 その言葉に、シンジは耳を傾ける。その事を察した詠春は、気について説明を始めた。
 『じゃあ、僕に気がある限り、僕は死ねないという事ですか?』
 『・・・ええ、そうでしょうね。寿命でも来れば話は別でしょうが』
 『何だよそれ・・・どうして・・・死なせてよ・・・お願いだから死なせてよ・・・』
 啜り泣くシンジの声に、同情した少女達から小さい啜り泣きが聞こえだす。
 『どうしても死にたいと言うなら、方法があります』
 詠春の言葉に、シンジが泣くのをやめて顔を向ける。そこへ『長、只今参りました』と襖を開けて1人の女性が入って来た。
 『ああ、来てくれましたか。千草さん、関西呪術協会の長として貴方に弟子を取って貰いたい。この子の師となって欲しいのですよ』
 『長!?それはどういう事や!?ウチは弟子なんて取る気はあらへん!』
 「そうやったな、あの時ウチは断ったんや。弟子なんて育てとる暇があったら、復讐の為に力をつけたかったからな・・・」
 千草が辛そうに声を絞り出した。
 『・・・この人の弟子になれば、僕の望みは叶うんですか?』
 『正確には、私、近衛詠春と彼女、天ヶ崎千草が貴方の師になるんですよ』
 『分かりました。天ヶ崎さん、僕を弟子にして下さい。僕は自分の命を絶ちたいんです』
 自殺する為に弟子になりたいというシンジの言葉に、千草が怒りで顔を真っ赤に染める。だが詠春に耳打ちされる内に、その怒りは鎮まり、逆に憐れみが浮かんできた。
 『お願いします・・・僕に死を与えて欲しいんです・・・もう、生きていたくないんです・・・お願いですから、弟子にして下さい・・・』
 泣きながら訴えるシンジの姿に、遂に千草は折れた。1つだけ条件をつけて。
 『いいか!ウチがお前を弟子にする条件として、ウチはお前に生きる気力を取り戻させてやる!絶対に生きたいと思わせてやるからな、覚悟しいや!』
 ≪こうして僕は師匠の弟子として、陰陽師の修業を積み始めた≫
 「そうやな。あれから1年以上経ったというのに、この馬鹿弟子は・・・」
 記憶の中のシンジは、ひたすらに死ぬ為だけに努力を費やしていた。そしてその物覚えの良さに、千草や詠春はますますシンジを弟子として可愛がるようになっていく。
 ≪この時、既に僕の完全記憶は目覚めていたんです。多分、何度となく死と絶望を経験する内に、脳に変化が生じていたんでしょうね≫
 「完全記憶?そうか、それで・・・」
 初めてシンジの完全記憶を知った詠春が、納得したように頷く。そして記憶の中のシンジは、見習いでありながらも常軌を逸した気を所持している事と物覚えの良さも相まって、将来を期待される逸材として周囲から評価されていくようになった。特に牛鬼退治で策略を仕掛けた事で、ますます期待されるようになる。
 だがそんなある日、式神の訓練中にシンジは何気なく他人の式神に触れた。そして他人が生み出した式神を、シンジが操ってしまうという事態を起こしたのである。
 式神を操る事が出来るのは、術者本人だけ。陰陽術の中には他人の式神を奪う術も確かにあるが、当然、新米どころか卵同然のシンジがそんな高等な術を覚えている訳が無い。それならば、何故シンジは他人の式神を操る事が出来たのか?
 「これって、人形制作者ドールメイカーですか?」
 ≪そうだよ。僕自身、それまで全く気付いていなかった異能。この時、僕は理解したんだ。これこそが18番目の使徒リリンとしての僕の特性なんだって≫
 人形制作者ドールメイカー―シンジの危険性は、瞬く間に関西呪術協会中に広まった。そしてシンジの排斥の声が日に日に増していく。
 自らが使徒として覚醒していた事を理解したシンジは、本能的に体内で未だに眠りに就いているかつての使徒の力にも気がついた。そしてその力の大きさにシンジは悩み、詠春と千草の手による呪刑縄により、18番目の使徒リリンとしての力以外、全ての使徒の力を封じた。
 だが強力な力を封じ、なおかつ攻撃の手段を持たないシンジが謂れのない暴力を受ける可能性は残念ながらある。その点を考慮した詠春と千草は攻撃の術を伝授しようとしたが頑としてシンジは受け入れようとしない。
ほとほと困り果てた2人は相談の上で、身を守る切り札―身代わりの術を直々に伝授される。
身代わりの術は技術的には難しいとは言えない上に便利な術である。だが習得出来た者は少ない。それどころか、陰陽師よりも神鳴流剣士の方が習得している者が多い程である
 その理由。それは身代わりの術に必要な気が大量すぎるという点。
 それ故に、より生命力が強く、前衛という危険なポジションを担当する神鳴流剣士に習得者が多かった。
 使徒である事を自覚したシンジにしてみれば、不必要な術。ただ自分を心配する2人の気持ちを無碍にする事も出来ず、シンジは自分が折れる事を選択する。
 ≪僕は死ぬ為に修業をしてきたけど、僕が死ねない原因が使徒の特性にあるのなら、このまま修行しても意味が無いと判断しました。そこで僕は他の方法を捜す事にした。幸い、ヒントはあったからね≫
 「ヒント・・・ですか?」
 ≪ロンギヌスの槍だよ。使徒にとっての天敵と言っても良いロンギヌスの槍。似たような物があれば、僕を殺す事が出来るんじゃないかと考えたんだ。だから僕は手当たり次第に書物を読み続けた。でも京都で見つける事は出来なかった。その間に、僕の居場所は無くなり、麻帆良への異動の話が持ち上がった。そして僕はそれを受け入れた≫
 詠春に見送られるシンジ。そして千草はシンジを心配して口を開く。
 『もっと年相応の対応をするんや。お前なら、それぐらいできるやろ』
 記憶にある言葉に、詠春がハッと顔をあげた。
 「シンジ、まさか!」
 ≪はい。師匠の言葉は、凄く助かりました。年相応の人格を作る事で、僕は麻帆良で生活を送る事が出来たんですから≫
 京都を発ち、木乃香達4人と出会うまでの数時間の間に、碇シンジの残骸をベースとした近衛シンジの人格が確立された。
 年相応に冗談を口にし、たまに悪戯をし、困っている相手には手を差し伸べる人格を。
 あまりにも惨い真実に、もう誰も言葉を発する事が出来なかった。
 そして麻帆良へ辿り着き、紆余曲折を経ながら時を送るシンジ。地底図書館で手に入れた禁呪の写本から、不完全な神殺しのミストルティンを作り出し、それを完成させようと、1人研究を続ける日々を送る。
 だが超から協力を要請され、それについて考える時間も増えていった。それが、徐々にシンジに影響を与えていく。
 更にネギや少女達の前向きな行動、ハルナの思慕、それら全てが複雑に絡み合い、近衛シンジに影響を与える。
 何より強い影響を与えたのは、マユミとの再会だった。かつてとは違う、心の強さを手に入れた少女との邂逅に、シンジは心を揺さぶられた。
 ≪この時、僕は初めて自殺を第1目的から外したんです。どうせ死ぬなら、他の誰かの為に、この命を使おうと決めた≫
 超への協力を決めたシンジは、自分専用の武器を手に入れようと考え出す。そんなシンジが思いついたのは、妖怪達の肉片からシンクロシステムを利用した、エヴァンゲリオンのような人形を作り出せないか?という考えであった。
 ≪ただ僕にとって予想外だったのは、リョウメンスクナという存在だった。妖怪どころか鬼神の肉片を入手できたのは、嬉しい誤算ではあったけどね≫
 人形制作者ドールメイカーを利用して、肉片を入手するシンジ。それを超に手渡し、条件付きでの同盟を交わす。
 だがシンジの口にしたアベル製作の内容に、全員が言葉を失った。
 重い沈黙が降り立つ中、ハルナがゆっくりと口を開く。
 「シンジさん・・・何で・・・何で・・・」
 ≪事を成すには対価が必要だから。僕は全てを納得した上で、決断を下したんだよ。自分の体を切り開き、中身をアベルに与えると言う決断をね≫
 別荘の中ですすむ血生臭い時間。やがてアベルがこの世に生を受ける。それは超とシンジにとって、戻る事の出来ない決定的瞬間とも言えた。
 ≪ここから先は、みんなが知る通りです。だから、僕の記憶はここで終わりです≫

 シンジの記憶を見た者達は、もう何も言えなかった。ただハルナだけは、シンジに縋りついて泣いていた。
 「ネギ君、大人に良いように使われる。その末路は理解できた?」
 「は、はい。でもこれじゃあシンジさんが」
 「良いんだ、これで。使徒を滅ぼす為だけに生まれてきた自分の立場も弁えずに、周囲に迷惑ばかりかけて生き続けてしまった僕だけど、少なくともネギ君の反面教師にはなれたと思うから。だから、僕の様になっちゃダメだからね」
 あまりにも救われない、と言いかけたネギの頭を、シンジが残された右手でグシャグシャと掻きまわす。その行為に、ネギも遂に感情を爆発させて、シンジにしがみついた。
 「神楽坂さん、君に伝えておく事があるんだ。君の能力は魔法無効化能力なんかじゃないんだよ」
 「え?」
 「良く考えてみなよ。詠春さんの斬魔剣でATフィールドを突破できなかったように、使徒の力は魔に分類される物じゃないんだよ。なのに君の無極而太極斬トメー・アルケース・カイ・アナルキアースは、シャムシエルの光の鞭を切断し、僕に再生不能の傷を負わせ、致命傷を与えた。矛盾していると思わない?」
 確かにシンジの言う通りである。今もシンジは左腕だけが傷を癒されない。他の傷は治っているのに、この傷だけが治らない。
 「これは僕の推測だけど、神楽坂さんの力は魔法無効化じゃなくて、異能無効化能力なんじゃないかと思うんだ。魔だろうが、気だろうが、神だろうが、ありとあらゆる異能を殺す力―神殺しが君の力なんじゃないかと思うんだよ」
 「神殺し!?私が!?」
 「あくまでも推測だけどね。そもそも神楽坂さんの能力はレアとは言っても、一応は魔法世界で把握されている能力なんだ。それは言い換えれば、異能と言っても魔法と気だけが対象となる世界。使徒なんて存在しない魔法世界では、当たり前だけど使徒の力を無効化出来るかどうかという比較実験なんて出来なかった。だから魔法無効化能力としてしか認識されなかったんだと思う。興味があるなら魔法と気以外への実験を行って、色々調べてみなよ。僕は付き合えそうにないから、ネギ君かエヴァンジェリンさんに相談すれば良いからさ」
 やがて、シンジが疲れたとばかりに目を閉じる。
 「・・・これで、やっと楽になれる・・・でも、綾波やカヲル君には会えないか・・・あの2人なら天国にいるだろうし・・・」
 そこで、途中からずっと黙っていた超が、遂に口を開いた。
 「シンジサン、まだ死ぬのは早いネ」
 「・・・超さん?」
 「ヒカリサンが伝えてくれたみたいネ」
 こんな所で聞く筈のない名前に、驚いたシンジが体を起こそうとする。そこへ聞き覚えのある声が響いた。
 「シンジ!」
 声の持ち主は、さよを伴っていた。そして集まる視線の中、ただひたすらに走る。
 「アスカ?どうして・・・」
 「ごめんなさい・・・アタシのせいで・・・ごめんなさい・・・」
 シンジの傍らに膝をついて、アスカが泣き崩れる。
 「シンジサン、実は今日の昼間に、洞木ヒカリという子から、シンジサンが失踪していた理由を聞いていたネ。そしてそれが、誤解が原因である事も教えて貰たヨ。だから私はヒカリサンを通じて、シンジサンの情報を彼女に流したネ」
 アスカがここに来た理由は理解できたが、誤解という言葉に、シンジは首を傾げる事しかできなかった。
 「ドイツに帰りたくない、それはアタシの本音よ。確かにアタシはあんな家に帰りたくない。ママを見捨てたパパの所になんて、帰りたくない!でも、本当は違うの!アタシはシンジと一緒に居たかっただけなの!」
 「だったら、何で・・・」
 「恥ずかしかったのよ・・・シンジと一緒に過ごす時間は、アタシにとっては幸せだった。それは本当なの。でもミサトやリツコにからかわれると、どうしても我慢できなくてそれで・・・」
 真相が分かってしまえば何の事は無かった。
 アスカの口から伝えられるミサトとリツコの真意。2人はシンジをNERVの3代目総司令に就けたがっていた。それはチルドレンとして辛い時間を過ごさせた、せめてものお詫びであり、ゲンドウとユイが作り上げた組織を受け継いで欲しかったのである。
 「ミサトもリツコも、シンジを利用しようなんて欠片ほどにも思ってないの。シンジが消えてから、NERVは酷いもんなんだから。みんな笑わなくなっちゃったのよ?みんながシンジを心配してるのよ?マヤとシゲルはね、戦いの途中から付き合っていて、終わったら結婚する予定だったの。でもシンジが失踪しちゃったから、自分達だけ幸せになれない、って言って結婚を延期してまで捜していたの。マコトだってそうよ、マトリエルの時に知り合った人と結婚する約束だったのに、やっぱり延期して捜していたのよ・・・」
 「そんな・・・」
 「それにシンジ、ずっと言いたかった事があるの」
 ポケットからアスカが箱を取り出す。中から出てきたのは、小さなオルゴールだった。そこから流れ出した旋律に、シンジは聴き覚えがあった。
 「シンジが、初めて弾いてくれた曲よ。覚えてるでしょ?」
 頷くシンジ。
 「遅れちゃってごめんね、ハッピーバースデイ、シンジ。15歳おめでとう、そして16歳おめでとう」
 その言葉に、今日がシンジの誕生日であった事を初めて知った者達が、驚きで顔をあげる。
 「シンジ、お願いだから死なないで・・・アタシを1人にしないでよ・・・もう寂しいのは嫌だよ・・・」
 「シンジさん、私もシンジさんに死んでほしくないよ!お願いだから生きてよ!」
 「僕も嫌です!こんな別れ方嫌です!」
 「私もです!シンジさん、死なないで!」
 「お兄ちゃん!ウチもお兄ちゃんが死ぬなんて嫌や!」
 「シンジさん、生きるですよ!こんな結末、誰も認めたくないです!」
 「・・・シンジサン。貴方が生きている事を願う者達がいる。それだけで生きるには十分な理由ネ!」
 その思いはシンジも同じだった。誤解が解けた今、シンジには生きたいという気持ちが湧いてきたのだから。だが同時に、自分が死のうとしている現実を、把握せずにはいられなかった。
 「ハ・・・ハハ・・・馬鹿だ・・・僕は救いようのない大馬鹿だ・・・」
 シンジの両目から、涙が流れ落ちる。
 「こんな間際になって、あれだけ望んだ死を手に入れた今になって・・・後悔するなんて・・・」
 だがシンジの死は避けられない物だった。無極而太極斬トメー・アルケース・カイ・アナルキアースによる一撃は左腕を切り落としただけではない。使徒リリンとしての存在その物を、削り取られていたのだから。
 「ごめんね・・・迷惑かけてごめん・・・」
 「シンジ!死なないでよ!」
 「シンジさん!」
 少女達が必死に呼びかける。そんな中、シンジがポツリと呟いた。
 「生きたいよ・・・死にたくないよ・・・」
 ゆっくりと力なく閉じられていく双眸。
 それを止めようと、必死で少女達がシンジを揺さぶり、声も枯れんばかりに呼びかける。


















 ≪その言葉、待っていたわ≫


















 信じられないとばかりに、硬直するシンジ。少女達がハッと顔をあげ、やはり驚きで体を強張らせた。
 シンジの前に半透明の、青い髪の少女と銀の髪の少年が立っていたからである。
 「綾波?カヲル君?」
 ≪久しぶりだね、シンジ君。君が生きたいと望んでくれたおかげで、僕達はやっと出る事が出来たんだよ。君が壊れたと思っていた心―実際には本当に僅かだけど残っていた心を閉ざしていただけだったんだが―僕達2人は君の閉ざされた心の中にいたんだよ≫
 ≪でも、こうしてまた、会う事が出来たわ。会えて嬉しい・・・≫
 シンジは何も言えずに、ただ茫然と2人を見つめていた。
 ≪シンジ君。君の体は僕達が治すよ。完治とまではいかないけど、僕と彼女の力を使えば、少なくとも死だけは免れられるからね≫
 ≪そうね。私達に残された力の全てを、碇君にあげる。だからお願い、生きて≫
 「ダメだよ!そんな事をしたら2人が!」
 その言葉を遮るかのように、カヲルがシンジの前に掌を突きだす。
 ≪僕は君に謝らないといけない。僕は良かれと思って君の手にかかる事を選んだ。だが結果として、君の心を傷つけてしまった。本当に君の事を思うのであれば、あんな事はせずに、君と敵対したまま憎むべき敵として殺されるべきだったんだ。そうすればシンジ君は苦しまずに済んだと言うのに・・・≫
 「カヲル君!それは違うよ!僕は、僕はカヲル君を憎みたくなんてないんだよ!たった1人の親友を、憎みたくないんだ!」
 ≪・・・ああ、やっぱり君は優しいね。好意に値するよ。だからこそ、僕は君を助けたいんだ。彼女のようにね≫
 カヲルの視線がレイに向く。するとレイもまた、コクリと頷いた。
 ≪碇君は私の大切な絆なの。だから消えて欲しくない≫
 「綾波・・・」
 ≪お願い、生きて≫
 簡潔だが、想いの籠った一言に、シンジが両目を手で覆う。
 「僕は・・・最低だ・・・生きられるのは嬉しいよ・・・でも・・・2人を犠牲にして生きるのを嬉しいと思うなんて、僕は最低だ!」
 ≪碇君のその思いは、優しさの裏返しなのよ。だから、その思いを忘れないで欲しい。その優しさこそが、碇君の強さなのだから≫
 ≪彼女の言う通りだよ。それにね、シンジ君が死んでしまえば、僕達も拠り所を失って消えてしまうんだ。だからシンジ君が気に病む事は無いんだよ≫
 「ゴメン・・・僕が・・・僕が愚かだったせいで・・・ゴメン・・・」
 シンジが嗚咽をあげながら、何度も2人に謝る。全ては、アスカやミサトの事を信じる事が出来なかった事が原因だったのだから。
 ≪・・・碇君。最後に1つだけ、お願いしたい事があるの。これは私達2人の最後のお願いなの。聞いて欲しい≫
 「・・・うん、何でも言ってよ」
 ≪SEELEの事については、シンジ君の中で僕達も聞いていた。その事で頼みがあるんだよ。何とかして、SEELEを潰して僕達を解放して欲しいんだ≫
 カヲルの頼みに、シンジが『どういう事?』と訊き返す。
 ≪君の仲間である超さんの未来の話に、量産型エヴァンゲリオンが出てきた事を覚えているだろう?何故、量産型が暴走したのか。僕達なりにその原因を考えてみた。恐らく、量産型には僕か彼女のクローン体が使われている可能性が高い≫
 ≪そして量産型を操る私や彼が、何らかの要因で記憶を取り戻し、碇君が死んだと言う事実を知ったとしたら・・・≫
 「それで、量産型は暴走したというのカ!?」
 ≪そうだよ。だって量産型は最初にNERV本部を襲撃したんだろう?≫
 超の叫びに、カヲルがアッサリと切り返す。
 ≪碇君、それだけではないの。SEELEはフォース・インパクト、彼らにとってのサード・インパクトを画策していると思うの≫
 ≪僕はSEELE議長キール・ローレンツの直属だったから、色々聞いていた話がある。老人達はサード・インパクトが起きるとどうなるか、その事をSEELE構成メンバーには伝えていなかった。インパクトを起こしその混乱に乗じて、世界を掌握して支配者となる。そんな嘘で配下を動かしていたんだよ。何故か分かるかい?≫
 「・・・実際には、老人達だけが生き残る計画だったから。他は全てその為の犠牲となる計画だったから、でしょ?」
 レイがコクンと頷く。
 ≪でも今のSEELE残党は、その嘘を真実だと思いこんでいる人達の集まりなの。更にはインパクトを起こすだけの物を、手に入れる事ができるのよ≫
 「ファースト!?それは本当なの!?」
 驚いたアスカの叫びに『本当よ』とレイが返す。
 ≪量産型は開発すればいい。これはSEELEが開発元である事を考えれば、何も不思議は無い。量産型その物は、材料と設備さえ用意すれば、3カ月程度で完成できるしね。レプリカ・ロンギヌスの槍も、やはり開発データが残っているから、そう難しい事ではないだろう。そして世界の生贄となる欠けたる人格の子供は、僕や彼女のクローン体を使えば、準備する事など容易い筈だ≫
 ≪それにね、初号機とオリジナル・ロンギヌスの槍もSEELEの手に落ちている可能性があるの≫
 シンジが驚きで目を丸くする。レイの言いたい事を、嫌でも理解せざるをえなかったから。
 「どうやって!?どうやって宇宙空間を彷徨っている筈の初号機を!?今の地球に、初号機を回収する技術力は無い筈だよ!?」
 ≪・・・これは推測だけど、SEELEに加担していると言う魔法使いの仕業ではないかと思うんだ。これ以上は申し訳ないけど、僕達にも分からない。初号機については、彼女の勘というべき物だからね≫
 ≪証拠は無いわ。でも何となくそう思うの。初号機は私の分身でもあるのだから≫
 顔を俯けるシンジ。その体が小刻みに震えだす。
 「許さない・・・許さない!」
 シンジの気配が切り替わる。それに気付いたカヲルが慌てて止めに入った。
 ≪落ち着くんだ、シンジ君!今の君は弱っている!使徒の力には耐えられない!≫
 「でも・・・でも!」
 ≪碇君、私達のお願いしたい事、もう分かったでしょう?SEELEのフォース・インパクトを阻止して欲しい。そしてSEELEに利用されている、私達2人のクローンを解放して欲しいの。私達に休息の時を与えて欲しいの≫
 それが何を意味するのか、理解できない者はこの場にいなかった。全員の視線が、シンジへと集まる。
 「・・・分かったよ。もう1度だけ、もう1度だけ2人を・・・」
 ≪辛い事を頼んでしまってごめんなさい。でも碇君しか頼める相手がいないの≫
 「ううん、いいよ。2人の頼みだというのなら、引き受けるよ」
 シンジの承諾に、レイが儚げな笑みを浮かべる。
 ≪それとシンジ君。僕達2人の力を全て費やしても、君の命を繋げるのが限界なんだ。僕達アダムの使徒、15体の力については2度と使えないと思って欲しい。いや、それどころか君のリリンとしての力も大半は眠りについてしまうだろう。S2機関も、自己再生も、機能増幅能力も、人形制作者ドールメイカーも眠りにつく。君は弐号機のパイロットと同じ、普通とは少しだけ違うリリンに戻ってしまうんだ。そして失われた左腕も、もう元には戻らないと思う≫
 「・・・うん、分かったよ。それでも2人については何とかするから」
 ≪ああ、ありがとう。ではまず兄弟達から・・・ん?≫
 カヲルが動きを止める。そんなカヲルの前に、シンジの胸から1つの光球が浮かび上がって来た。
 ≪・・・シンジ君。実はシャムシエルが君のアベルに宿って、君の力になりたいと言っているんだ、良いかな?≫
 「シャムシエルが!?どうして!」
 ≪シャムシエルはシンジ君が1人で倒した使徒だから。君を守ろうとした初号機が倒したのではなく、友を守る為に君が初号機を操って1人で倒したから。だからシャムシエルは碇シンジという存在を認めているんだよ≫
 光球がまるで許しを請うかのように、ユラユラとシンジの前を漂い出す。
 「アベルはどうなるの?アベルには心が芽生えているんだよ?」
 ≪シャムシエルはアベルの一部として統合されても構わないそうだ。若干は影響を受けるだろうけど、逆に自我が発達するんじゃないかな?≫
 「・・・シャムシエル、こんな僕でよければ力を貸して。アベルに宿って、僕に力を貸してほしい」
 その言葉に、光球がスッとアベルの中へ消えていく。
 ≪・・・どうやらアベルも受け入れてくれたようだね。シンジ君、最後に一言。君に会えて良かった。君の親友となれた事を誇りに思う。幸せになってくれ≫
 ≪碇君、頑張ってね。きっと幸せになれるから。弐号機パイロット、早乙女さん、それからこの場にいる人達全てにお願いします。碇君を支えてあげて≫
 その言葉に、全員が頷く。
 ≪始めよう、リリス≫
 ≪ええ、タブリス≫
 「まって!・・・ありがとう、2人とも。僕も2人に会えて嬉しかったよ」
 シンジの言葉にレイとカヲルは笑みを浮かべると、静かにシンジの中へと消えていった。

 レイとカヲルの姿が消える。そこへ五月から連絡を受けた葉加瀬が、更に茶々丸と千雨、和美が遅ればせながらに姿を現した。
 五月以外の4人は左腕を失っているシンジの姿に驚いたようだったが、特に口には何も出そうとしなかった。
そして超は、全員の顔をもう一度見回すと、ポケットから航時機カシオペアを取り出す。
 「シンジサン、ネギ坊主。私も私の戦場へと戻る事にするヨ」
 「・・・未来へ戻るの?」
 「うむ。こちらの世界の事は、シンジサンやネギ坊主達が何とかしてくれると期待するヨ。私はこれを完成させて、暴走する量産型を止めて見せるネ」
 超がポケットからヤドリギを取り出す。
 「神殺しのミストルティン、大切に扱わせてもらうヨ。過去ではなく、未来を切り開く為に使わせて貰うネ」
 「ま、待って下さい!だったら、別にここで研究しても良いじゃないですか!」
 「ここでの私の戦いは全て終わたヨ」
 慌てるネギ。だがそんなネギを、超が愉快そうに見つめる。
 「僕も協力します!そしてたくさんの人を救いましょう!一緒に立派な魔法使いマギステル・マギを目指しましょう!」
 「そうネ・・・そんな未来も悪くないかもしれぬナ」
 「それじゃあ、ここに残って!」
 「いや、帰るネ」
 ガーンとショックを受けるネギ。他のメンバーも一斉にすっ転ぶ。
 「しかしネギ坊主。そんな愛の告白のような事を言て良いのカ?共に立派な魔法使いマギステル・マギを目指そうというのは、魔法使いの間ではプロポーズの言葉ヨ。仮にも血の繋がた私に、その言葉はマズイのではないカ?」
 「「「「「「え?」」」」」」
 ネギと仮契約したメンバーが、一斉に硬直する。それを聞いていた高音が『そういえばそうですわね』と納得したように頷き、タカミチも『ああ、そういえばそうだったなあ』と頭をポリポリ掻きながらネギを見る。
 「コラー!超!アンタ黙って聞いていれば!」
 「アハハ、怒るな、冗談ネ」
 「超さん!冗談じゃありませんよ!僕は本気で!」
 「なお悪い、馬鹿坊主」
 何の躊躇いも無く、即座に切り返す超。そのついでにネギの頭へ拳を一発入れていくのを忘れない。
 「でも超さん!」
 「クドい!まあこれ以上は力で遣り合わねば、答えは出そうにないネ。ならば良かろう。私も最後の切り札を出すネ。超鈴音、最強最大の一撃を」
 突然の攻撃宣言に、刹那やアスナ、タカミチや詠春達武闘派メンバーが一斉に身構える。
 「これを使えばネギパーティーの仲間割れによる壊滅は確定。未来の力を結集した、究極の心理攻撃兵器。その威力はシンジサンの鳥を司る使徒アラエルをも上回るヨ。それがこれネ!」
 超が右手に掴んだ『超家家系図』という題名の入った和綴じを取り出す。
 「ちゃおけ・・・かけいず・・・?」
 「私がネギ坊主の子孫とゆー事は、当然、ネギ坊主は誰かと結婚して、子を生した、とゆー事ネ。と言う事は、この家系図には当然、その誰かさんの名前も・・・」
 一瞬の静寂が場を支配する。
 「「「「「「究極兵器アルティメットウェポンだーーーー!」」」」」」
 「これはマズイ!」
 「色んな意味で!」
 全員にピシャーンと稲妻が走る。
 「とにかくマズイ!ネギ君、それを守って!」
 「は、はい!」
 和美の叫びに、ネギが動き出す。だがそれよりも早く、飛行ゴーレムを呼びだしていたハルナの方が早かった。
 「こんなこんな危険な物!私が責任もって処分しとくわーーー!」
 「嘘つけ、パルーーー!」
 アーッハッハッハー、というハルナの笑い声を聞きながら、超は慌てる事無く説明を続けた。
 「ちなみにアレには、ネギ坊主の結婚相手だけではなく、何年後に結婚するのか、何人の子供を作るかまで、事細かに記されているネ」
 夕映・のどか・木乃香が顔を真っ赤に染めて言葉を失う。そんな夕映の頭上では、カモが『マジで悪魔の書だな』と他人事のように呟いていた。
 「あれを誰にも見せるなー!」
 「分かってるわよ!」
 ハルナ目がけてハリセン状態のハマノツルギを分投げるアスナ。見事命中してハルナは落下するが、シンジの思考に従って動いていたアベルが空中でキャッチする。
 そして家系図はヒラヒラと舞いながら、のどかの手元へ舞い降りた。
 「は、はう!?」
 「本屋ちゃん、早く処分して!」
 「え?ええ?しょ、処分というからには・・・」
 そっと開くのどか。そこへ隣にいた木乃香と夕映、刹那も好奇心から覗きこむ。
 「見るなってんだろーーー!」
 咄嗟にアーティファクト力の王錫スケプトルム・ウィルトゥアーレで千雨が4人を殴り飛ばす。
 「アホかてめーら!こんなの見ても何にもなんねーぞ!大体、未来ってえのはなあ!」
 「アンタも見るなー!」
 「ぎゃああああ!」
 アスナの眼鏡越しの眼潰し攻撃に、悲鳴を上げる千雨。最早、少女達の混乱は、収まりがつかなくなっていた。
 そんな光景を見ながら、アスカがポツリと呟く。
 「アンタんとこ、賑やかね」
 「少なくとも退屈はしないよ」
 「シンジさん!止めるの手伝って下さいよーーー!」
 呑気に眺めているシンジに、ネギが目尻から涙を噴き出しつつ猛抗議する。
 「さて、では私はそろそろ行くネ。五月、超包子は任せるネ。葉加瀬、協力してくれてありがとう。茶々丸、お前はもう自立した個体だ、好きなように生きるが良い」
 コクッと頷く3人の少女達は、笑顔で超を送り出す事を選んだ。その間に超はエヴァンジェリンに視線を向ける。だがエヴァンジェリンは鼻を鳴らすだけだった。
 「高畑先生、今回の件は全て私の責任として欲しいヨ。まだ彼らには、戦いが残ているからネ」
 「その点は問題無いさ。学園長が上手く収めてくれるよ。勿論、僕も協力する」
 「ならば良いカ・・・古!いつかまた手合わせするネ!」
 「うむ!必ず!」
 高畑と古もまた、超を笑顔で見送る事を選んだ。
 「シンジサン、貴方に出会えて良かたヨ。この仮契約カードは、ずと大切にするネ」
 「・・・お互い、頑張ろうね。超さん」
 「・・・シンジサン、お別れする前に餞別が欲しいから、貰うネ」
 妙な言い方にキョトンとするシンジ。その隙を突く様に、サッと唇を重ねる超。
 一瞬の早業を目撃した少女達が『あー!』と叫ぶ中、超は小悪魔の様な笑みを浮かべる。
 「初恋が実らぬとは良く言った物ネ。でもシンジサンを好きになれて良かったヨ」
 「・・・ごめんね。僕も超さんの事は嫌いじゃないし、どちらかと言えば好きなんだけど、異性として愛しているか?と言われると・・・言い訳がましいけど、誰かを好きになろうなんて考える余裕も無かったし」
 「それで構わないヨ。でも、いつかシンジサンが私を選んでおけば良かった、そう後悔するぐらい良い女になってみせるネ」
 そして最後に、超はネギへと目を向けた。
 「超さん!」
 「さらばだネギ坊主!また会おう!」
 空に閃光が立ち上がり、複雑精緻な多層型魔法陣を描きあげる。そして航時機カシオペアが一際強い光を放つと、超の姿は消えていた。



To be continued...
(2012.07.14 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 まずは謝罪から。先週は誤った原稿を送ってしまい、申し訳ありません。致命的な矛盾に気づいて直した原稿を送り間違えるなんて・・・そりゃあもうショックでした。
 それは置いておいて、今回で麻帆良編は終了となります。
 シンジが関西呪術協会に現れるまで何をしていたのか?と言った大半の伏線についてはこの43話で回収し終えました。風呂敷は広げ過ぎると畳むのが大変だという事が良く分かりますw
 話は変わって次回です。
 次回は麻帆良編後日談となります。
 レイやカヲルの依頼を受けたシンジは、戦いの道を選択する。だが使徒としての力を失ったシンジは、SEELE打倒の為に失われた力に代わる新たな力を準備せざるを得なくなる。そんなシンジを支えようと、アスカはシンジとの間に仮契約を行い、魔法使いの従者ミニステル・マギとなる。
 かつての恋人アスカ。想いを自覚し始めた刹那。強力な2人のライバルの出現に、ハルナもまた焦りを感じ始める。
 そんな感じの話になります。
 しばらくはお気楽なドタバタコメディーとなりますが、また次回も宜しくお願い致します。



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