正反対の兄弟

第四十四話

presented by 紫雲様


麻帆良祭振替休日1日目、麻帆良学園会議室―
 麻帆良学園では、麻帆良祭が終了した後2日間の振替休日を取るのが、例年の事となっている。その初日、関東魔法協会理事である近右衛門は、緊急会議を開いていた。
 出席者は関東魔法協会に所属する魔法先生や、地方支部の責任者がメインである。だが今回は、外部出席者も姿を見せていた。
 「本日の議題は、昨日の件と今後の方針についてじゃ。じゃがその前に、彼らの紹介を行いたい」
 近右衛門の言葉に、出席者達の視線が集まる。
 「関西呪術協会で長を務める近衛詠春と申します」
 「同じく、関西呪術協会所属、天ヶ崎千草や」
 「私は甲賀忍びの長を務める長瀬剣。本日は宜しくお願いする」
 良くも悪くも有名な3人の出席に、一同は複雑である。特に千草は京都での一件があるので、どちらかと言うと『何でこいつが?』みたいな空気が流れていた。
 「ふぉっふぉっふぉ、思う所があるじゃろうが、必要なので呼んでおるんじゃ。その説明は必ずするでの、先に紹介を済まさせてくれ」
 そう言われてしまうと、何も言えなくなる出席者達である。続いて、残る2人の紹介が行われた。
 「私は第3新東京市に本拠地を置く国際連合非公開組織特務機関NERVにおいて総司令を務める葛城ミサトと申します」
 「同じくNERV副司令、赤木リツコと申します。本日は宜しくお願い致します」
 魔法と関係ない世界の人物、それもVIPクラスの人物の登場に、地方支部の責任者を中心に、ざわめきが広がっていく。
 「まずは昨日の件から説明させて貰う。タカミチ君、お願いして良いかの?」
 「はい。これから話す事は、全て真実です。そして他者には絶対に漏らさない事を、関東魔法協会として要請します。これに違反した場合、相応の処置を私自らが行わねばなりません。その点を御承知下さい」
 妙に格式ばったタカミチの態度に、一瞬にして緊張が走る。もともとタカミチは魔法世界において、実力と実績はトップクラスの知名人である。そんな人物に、これほど物騒な警告を受けて、緊張しない者がいない訳が無い。
 「では、昨日発生した魔法の存在を暴露しようとした事件から説明します。まず事件その物は防ぐ事が出来ませんでした。しかしながら一般社会に対して魔法の存在が知られるという最悪の事態だけは避ける事に成功しております。これについては間違いありません・・・」

昼食時、麻帆良学園女子中等部女子寮―
 麻帆良祭が終わり、学生食堂もこの日から本格再開となった。さすがに徹夜でぶっ騒ぎ続けた事もあり、3-Aメンバーも午前中は静かだった。だが昼間となれば、仮眠を終えたメンバーが食堂で食事を摂ろうと姿を現し始める。
 食堂に現れたメンバーは、前髪を切り落としたシンジの容貌に、まずは呆気にとられた。そして―
 「シンジさん、その腕、どうしちゃったの!?」
 左腕が肩から綺麗に消し飛んでいるシンジの姿に、風香が悲鳴を上げた。隣では史伽が『あわわわわわ』と混乱している。
 その傍では『うお、マジで腕がねえ!』と裕奈が驚き、チア部3人娘は『痛くないの!?』と断面をマジマジと注目していた。
 「どうして!?どうして腕が無くなっちゃったの!?」
 「いや、ちょっと麻帆良祭で悪乗りし過ぎちゃってね」
 「「「「「「悪乗りしすぎだ!」」」」」」
 一斉にツッコム少女達。どこの世界に学園祭で腕を失う奴がいるんだ、と呆れている。
 「・・・しかし、シンジさん。どれだけ自分を特徴づければ気が済む訳?」
 頭に?マークを浮かべるシンジ。その眼前に、美砂が携帯用の鏡を突きつける。
 「自分の顔見て、何とも思わないの?」
 「・・・女顔だね。正直、見るに堪えないと思うんだけど」
 「「「「「「何でそうなる!」」」」」」
 再び、一斉に入るツッコミ。
 「そもそも、シンジさんの美的センスが分からないよ!シンジさんにとってカッコ良い男の人って、どんな人なの!?」
 「僕にとってカッコ良い人?」
 問われたシンジが思い出したのは、1人の青年である。
 「そうだなあ、加持さんって言って年の頃は30前後。どっか陰があって、煙草が似合ってて、スイカに水遣りしてる姿がピッタリくるね。雰囲気的には高畑先生みたいな感じだな。あとは髪の毛を後ろで束ねてて、無精髭はやしてて」
 「絶対違うよそれ!間違えてるって!」
 口々に『勿体ない』と呟く少女達。シンジの説明では、農作業に疲れて身だしなみを整える暇も無いオジサンをイメージしていたのだから、少女達が反論したのも仕方ない事である。
 そこへハルナがシンジを手伝おうと、厨房に入って来た。
 「ハルナ!シンジさんの美的センスどうにかならないの!?」
 事情を聞いたハルナが、呆れたように笑いだした。
 「シンジさん、その説明じゃみんな誤解しちゃうって。えっと、ちょっと待ってなよ」
 メモ用紙とボールペンで、サラサラとシンジの記憶で見た加持の姿を描きあげる。
 「この人が加持さんだよ」
 「どれどれ?」
 似顔絵を覗き込む一同。反応は実に様々である。
 「渋い。渋いわ。これはアスナのストライクゾーン?」
 「いや、でも無精髭はちょっとだらしないイメージが・・・」
 「髭って、確かに男性をイメージする部分ではあるけどねえ」
 加持の似顔絵を前に、喧々囂々の議論を始める少女達。更にシンジの理想像という話を聞きつけて、好奇心を擽られたメンバーが、話の輪に加わろうとする。
 「結論。シンジさんの理想像は、男らしい男な訳だ」
 でた結論をシンジに突きつけて、裕奈が『ファイナルアンサー?』と訊ねる。
 「・・・言われてみればそうだね。確かに男らしい容貌の方が良かったかな。僕の顔は母さんソックリで女の人みたいだから、あまり好きになれないし」
 「だから、それが間違えているんだって!」
 もはやツッコミ疲れたのか、少女達から覇気が失われていく。
 「良い?シンジさん、自分がどれだけ特徴あるか理解して無いでしょ。ただでさえ不審人物、策略家、完全記憶、料理人、面倒見が良い、怒ると怖い、長身、天然ボケ、カナヅチという9つもの特徴を持ってたのよ?それが不審人物の代わりに美形が入って、さらに人形使いなんて訳の分からない技を使うどころか、隻腕って一体何なの!?」
 「いや、そう言われても困るんだけど」
 実際、説明のしようが無いのだからどうしようもない。
 そこへ寮のロビーの方から『近衛さん、お客様ですわよ』という千鶴の声が聞こえてきた。
 「お客?一体誰が」
 「シンジ!」
 千鶴の横を駆け抜ける赤い影。そのまま周囲の視線を気にする事無く、赤い影はシンジに飛びついて右腕を抱きしめる。
 「「「「「「おおおおおおお!?」」」」」」
 「アスカ!?」
 「シンジ!」
 いきなりのアスカの登場に、慌てるシンジ。周囲では少女達が歓声を上げ、千鶴が口に手を当てて『あらあら』と声を出す。
 だがその間に、ハルナはツカツカとシンジに歩み寄る。そのままアスカとは反対側に回ると、シンジの首に手を回して抱きついた。
 「「「「「「うおおおおお!?」」」」」」
 「早乙女さん!?」
 アスカとハルナの間で、視線がバチバチと火花を散らす。
 「ふうん・・・恋人のアタシと勝負しようっていうのね?」
 「へえ・・・元・恋人に負けるつもりは無いわよ?」
 この状況を、アスナや木乃香達は遠くから笑いながら食堂の入口から眺めている。そんな光景の中、どこか不機嫌そうにキツイ視線を向ける少女がいた。
 「・・・せっちゃん?混じんなくてええん?」
 「このちゃん?」
 「さあ、行くで!お兄ちゃん!」
 親友の手を引っ張りつつ、兄に向って突撃する木乃香。その勢いのまま、正面からフライングボディアタックの様に飛びつき、勢いに負けたシンジがアスカとハルナを巻き込む様に仰向けに倒れこむ。
 「ちょ、木乃香!?」
 「ここ、このちゃん!?」
 「あはははは!お兄ちゃん、うちとせっちゃんを忘れちゃいかんえ♪」
 シンジに馬乗り状態のままニコニコ笑う木乃香。その肩越しに、うっすらと顔を赤らめた刹那がシンジを覗き込む。
 歓声に包まれる食堂。そこへ、アスナ達の背後から声が飛んできた。
 「アスカ、どこに行った・・・って、シンちゃん!?」
 肩越しに聞こえてきた声に、振り向くアスナ達。そこにいたのはミサトとリツコである。だが2人のスタイル―特に浜辺での勝利条件を満たす部分を目の当たりにし、揃って自分の部分を見下ろして溜息をついた。
 「ミサトさんとリツコさんじゃないですか!」
 「シンちゃん、大きくなったわねえ。今、いくつあるの?」
 「先月計った時は、180でした」
 『あの人の血ね』と呟くリツコ。そんなリツコの肩をパンパン叩くと、ミサトはリツコとともにシンジに近寄った。
 「それにしても可愛い子ばかりいるわね・・・手ぇ出しちゃった?」
 「ミサトさん!」
 顔を赤らめるシンジ。キスをしたか?という意味であれば、ハルナと刹那には手を出している為、反論など出来る筈も無い。
 そんなシンジの内心を察したのか『ニシシシ』と笑うミサトに、少女達から『あの人、風香みたい』と的確な指摘が入る。
 「ミサト。その前にやる事があるでしょ」
 「おおう、そうだった。えっと、私は葛城ミサト。シンちゃんとアスカの保護者よ、よろしくねん♪」
 「私は赤木リツコ。ミサトの友人兼、後始末係よ」
 リツコの名前に、和美と千雨が驚きでガタッと立ち上がる。
 「ん?どうかしたのかしら?」
 「貴女が赤木リツコ博士!?赤木ナオコ博士の娘にあたる?」
 「NERVのウィザードが何でここに!?」
 それぞれ聞き逃せない箇所が合った事に、リツコがピクンと反応する。同時に、珍しく食堂で食事を摂っていた聡美も、赤木ナオコ博士の娘と言う言葉に顔を上げていた。
 「そうね。確かに私の母は赤木ナオコよ。それから、私はウィザード級だけど、貴女もその手の人なのかしら、子猫ちゃん?」
 『ヤバイ!』とばかりに、どうやって誤魔化そうかと慌てる千雨。その横では和美が『マジで本物!?』と歓声を上げていた。
 「リツコさん、あんまり苛めないであげて下さいよ。相手は中学生なんだから、食べちゃったら犯罪ですよ」
 一斉にブッと飲みかけのお茶を噴き出す少女達。同時にリツコから距離を取る。
 「シンジ君、それは一体、どういう意味かしらねえ・・・」
 「・・・マヤさんとそういう関係じゃなかったんですか?」
 「違うわよ!私は至ってノーマルよ!」
 この事態にミサトがお腹を押さえて笑いながら床にしゃがみこむ。アスカもツボにはまったのか、顔を背けて必死になって笑いを堪えていた。
 「てっきり、そういう趣味だと思ってました」
 「全く・・・マヤが誤解されるような言動をとるからね。後でお仕置きしてあげないと」
 「リツコさんも十分爆弾発言してますよ」
 ミサトは床に倒れ込み、バンバン床を叩きながら笑い転げている。
 「シンジさん、あの人、百合?」
 「本人は違うと言ってるけど、嘘にしか思えないよね。さっきの子猫ちゃん発言とか」
 「だから違うと言ってるでしょうが!」
 リツコは顔を赤く染めながら、必死で抗議する。だがここまで爆弾発言を繰り返されては、信用度0である。
 「いやあ、私も狙われちゃいそうだわ~」
 「ミサト!」
 「冗談だってば、冗談。それより、用件を済ませないとね。シンちゃん、貴方の義手を作りたいの。調べたい事があるから、ちょっと良いかしら?」
 その言葉に、シンジが素直に頷く。そのすぐ目の前で、リツコが持参していたノートパソコンを取り出して準備を整える。
 「あれ?リツコさん、パソコン変えたんですか?」
 「そうよ。言っとくけど、私がこれを使えば、戦自の中枢ぐらい楽にクラッキングできるわよ?」
 「あんまり恐ろしい事言わないで下さいよ」
 この発言に驚いたのは千雨である。『自作だよな、アレ』と言いながら、興味深そうにリツコのパソコンに目を向けた。
 「じゃあ、まずは上半身裸になってちょうだい。色々、調べないといけないからね」
 「はあ、分かりました」
 言われた通り、服を脱ぐシンジ。周囲から黄色い歓声が上がる。
 「みんな、見物料は1回100円よん♪」
 「ミサト、質の悪いジョークは止めなさい」
 見事なボケとツッコミに、周囲から拍手が沸き起こる。その間も、リツコによる診察は続けられていた。
 「・・・もう良いわよ。必要なデータは取り終えたわ。それにしても、成長したのは身長だけじゃないわね。筋肉もしっかり増えているわ」
 「そうなんですか?」
 「そうよ。やっぱりミサトの家を出たの、正解だったんじゃないかしら?」
 同時にミサトから『ほっとけ!』と抗議の声が上がる。
 「だってあの家にいたら、シンジ君の将来は家政夫一択じゃない。すこしは一般人が食べられる料理は作れるようになったのかしら?」
 「リツコ。ミサトにそんな不可能な事は聞かないでちょうだい。炊事の担当はアタシなんだから」
 「そうね、そういえばそうだったわね」
 アッサリと切って捨てたリツコに、ミサトが『シンちゃん、リツコが苛めるの~』と泣きつこうとして、ピタッと動きを止める。そのままシンジを上から下まで見下ろすと、ニヤア、と笑った。
 「シンちゃん!私のお婿さんに!」
 「止めんか、この年増!」
 「ダメー!」
 「ダメです!」
 アスカとハルナ、更には刹那までもが同時にミサトを突き飛ばす。それを木乃香が笑って見ている光景を見ながら、リツコは近くにいた裕奈に質問した。
 「あの2人、シンジ君の彼女?」
 「パル―眼鏡かけてる方は半年ぐらいモーションかけてますけど、桜咲さんは初めて見ました。でもシンジさん、結構人気あるんですよ?」
 「そうなの?」
 裕奈から見た、シンジへ好意を持つ人物の名前が次々挙げられていく。慌てたのは、名前を挙げられた当人である。
 『違うです!』と強く否定したのは夕映。同時に真名が『どうしてそう見える』と冷たく裕奈に話しかける。
 一方、木乃香と楓は否定する事も無くニコニコ笑っている。既にシンジに告白した事が知られているハルナは胸を張って堂々と、逆にシンジ争奪戦に参加したばかりの刹那は顔を赤らめながら俯いてしまう。更には風香と美空が『あの顔ならアタックしても良いかなあ』と口にして、史伽に口を塞がれようとしていた。
 「随分と人気があるのね」
 「まあ面倒見が良い人だし、悪い人じゃないですからね。でも、最初の頃は凄かったんですよ?麻帆良随一の不審人物と言われていたんですから」
 裕奈が携帯電話の画像データを見せる。覗きこんだ瞬間、リツコが口元を押さえて笑いだしていた。
 「シンジ君!貴方、一体何考えてるのよ!」
 リツコの反応に、アスカとミサトが裕奈の携帯を覗き込む。次の瞬間、2人揃って笑いだした。
 「そんなにおかしいですか?これでもお巡りさんに呼びとめられた事はありませんよ?」
 「そういう事じゃないって!」
 ミサトの発言は、少女達が同意するに足る物だった。

寮監室―
 シンジ手製の昼食を済ませた後、シンジ達は寮監室へ場所を移していた。出席者はミサト、リツコ、アスカに加え、ハルナ、ネギ、アスナ、刹那、木乃香、カモと後で合流してきた詠春、剣、千草、近右衛門、タカミチといったメンバーである。
 シンジが人数分のお茶を淹れ、全員が一息ついた所で、最初にシンジが頭を下げた。
 「今回は迷惑をかけてすいませんでした」
 「まあ情状酌量の余地はあるからのう。ペナルティは軽い物で済むじゃろうて。じゃが相談しなかったのは、拙かったのう」
 「反省してます」
 1人で思い悩んで突っ走った挙句に超と組んでSEELEに宣戦布告するわ、関東魔法協会を裏切って魔法をばらそうとするわ、挙句の果てに魔法関係者どころかタカミチや詠春までも敵に回して圧倒的な戦力差で暴れまくり、あわや関東魔法協会を壊滅寸前にまで追い込んだのだから、責任を求められるのは仕方ない所であった。
 「同情的な意見がかなり多かったからのう。ガンドルフィーニ君やシャークティー君が折れてくれたのには驚いたわい。それに婿殿や長瀬殿、葛城君達の弁護も大きかった。ちゃんと礼を言っておきなさい」
 「はい。ありがとうございました」
 改めて頭を下げるシンジに、大人3人が苦笑いする。
 「ところで、シンジや。お主が使徒としての力を封じられたのは聞いた。そうなると、今のお主は何が出来るんじゃ?」
 「記憶と気については今まで通り。人形制作者ドールメイカーと血の契約はもう使えません。S2機関が完全に止まってしまいましたからね。無事なのは陰陽術と人形使い、それにアベルです。かなり戦力低下起こしてますよ」
 「ま、それは仕方あるまい。じゃが、それでもお主はSEELEに戦いを挑むつもりなのじゃろう?」
 無言で頷くシンジ。レイとカヲルの頼みを引き受けた以上、ここで引き下がるつもり等全く無かった。
 「そこで、じゃ。シンジや。少し陰陽術を学び直すがええ。幸い、婿殿や天ヶ崎君も、ここにしばらくいてくれるそうじゃ。それに、それぐらいの時間はお主の行動のおかげで稼げたからのう?」
 心当たりが無いシンジは、首を傾げた。そこへミサトが説明した。
 「SEELEの残党は、世界征服を狙うような俗物的な連中よ。ここまでは良いわね?」
 「ええ、大丈夫です」
 「ところが、昨日の一件で、シンジ君は使徒としての本性を現して、魔法世界の実力者として有名な高畑先生や詠春さん相手に互角以上に戦ってみせた。ここで質問。SEELEが麻帆良祭を利用して、敵情視察を行っていなかったと思う?」
 「いえ、行っていたでしょうね。絶好の機会ですから」
 シンジの答えに、ミサトがウンウンと頷く。
 「当然、スパイはシンちゃんの戦闘シーンを見て、上に報告を入れた筈よ。SEELEへの宣戦布告も含めてね。ここでもう1つ質問。シンちゃんが自分達を攻撃する気満々だと知ったら、SEELEの幹部はどうするかしら?」
 「・・・連中は我が身可愛さに、ガードを固めて迎撃しようとする?」
 「正解。その間にこちらも歩調を完全に整えるわ。向こうが動き出す頃には、こちらのガードは固め終わってるわよ。まあ2ヶ月ぐらいは余裕で稼げると思っているけどね」
 ミサトの読みに、シンジが納得したように頷く。2ヶ月あれば、エヴァの別荘も使えば相当の準備が出来る筈だった。
 「シンジ君の義手については、週末には出来あがる予定よ。取り付け手術は第3で行うから来て貰う必要はあるけどね」
 「・・・取り付け手術?改造でもするんですか?」
 「機械を取り付ける、と言う意味では改造と言えるわね、筋肉や神経の電気信号を読み取る機械を埋め込んで、そこにAI制御の義手を取り付けるんだもの。幸い、今のNERVはその手の物の研究も盛んだから、性能については期待してくれて良いわよ?」
 少し茶化したように発言するリツコに、シンジが笑いながら『ありがとうございます』と返す。
 「あとは今後の方針なんだけど、実はこっちの方が問題でね」
 「何かあったんですか?」
 「アスカよ。今回の件で、アスカがちょっちね」
 その言葉の意味を理解できないシンジではない。
 「仮契約って奴、アタシもするわ。帰って来るのを待つなんて、性に合わないの。それにSEELEにはママを殺された恨みがあるからね」
 「そう言われちゃったら、僕が何か言える訳ないよ」
 「それなら決定ね。学園長」
 「うむ。確かにアスカ君を預からせて貰うぞい。そこでじゃ。アスカ君のアーティファクト次第で、誰に教えを請うかを決めねばならん。シンジ、今から仮契約をして貰えるかのう?」
 近右衛門の爆弾発言に、シンジが『今からあ!?』と声を上げる。この展開にはネギ達も驚いたのか声も無い。
 「シンジ、何か問題ある訳?」
 「仮契約の説明は受けた?」
 「仮契約すると便利なアイテムが手に入って、強くなれるって説明受けたわよ」
 頭を抱えるシンジ。もっとも重要な説明を省略されているのだから、悩むのは当然である。
 「あのね、アスカ。仮契約ってキスする必要があるんだけど」
 「キス?ふうん、そうなんだ・・・はあ!?」
 驚くアスカ。木乃香はニコニコと笑ったまま。ただしハルナと刹那は険しい顔を作る。目の前で自分の好きな相手が他の女とキスをするとあっては、不機嫌になるのも仕方が無いのだが。
そんな少女達をミサトが眺めながら『あら?アスカ、シンちゃんとチューしちゃうの?うっらやましい!』と囃したて、隣のリツコに『みっともないから止めなさい』と釘を刺される。
 そして足元には、魔法陣を描き上げたカモがチョークを持ってニヤリと笑っていた。
 「旦那も隅におけないっすねえ?」
 「ナマモノが喋ったあ!?」
 「違うわ、アスカ!あれは首を挿げ替えたダックスフントよ!」
 「ミサト、そんな馬鹿な事がある訳ないでしょう。あれはオコジョよ、準絶滅危惧種、ネコ目イタチ科に属するオコジョ。ここにいるという事は、ホンドオコジョかしらね?体色が微妙に違うようだけど。でも喋る事と言い、ネコちゃんの親戚である事と言い、是非私の研究室に」
 最後の台詞に本能的に恐怖を覚えるカモ。そんなカモにリツコが手を伸ばそうとするよりも早く、カモが慌てて喋った。
「おいらは由緒正しいオコジョ妖精のアルベール・カモミール!カモって呼ばれてんだ!職業はネギの兄貴の使い魔だ!だから、そっちの姐さんの研究室に連れて行かれちゃ困るんだよ!俺っちの稼ぎが無くなっちまったら、病気の妹が!」
「大丈夫よ。ネコちゃんであるだけで、私にはそれが全てなの。兄妹一緒に私の研究室へいらっしゃい」
「藪蛇!?助けてくれよ、兄貴!」
 突如始まるエロスの使徒とマッドの漫才劇。
 そこへアスカがカモを掴みあげ、グイッと後脚を左右に引っ張った。
 「いてえ、いてえっすよ!股が裂けちまう、股が!」
 「・・・痛いの?マジで」
 「マジだってマジ!頼むから止めてくれえ!」
 解放されたカモは畳の上に転がると。股間を押さえていた。時折『股関節が・・・股関節があ・・・』と呻き声を上げている。
 「カモ君大丈夫?」
 「兄貴、俺っちが死んだら、墓には姐さんの下着をいれてくれ」
 「止めんか、このエロオコジョ!」
 スパンとハリセンバージョン・ハマノツルギでアスナがツッコム。
 「今、どうやってそのハリセン出したの?」
 「ああ、これが私のアーティファクトなの」
 実際に出し入れを実演してみせるアスナ。その光景に、アスカが『凄いわねえ』と感心したように納得する。
 だがその時、リツコの目がキラーンと輝いた。
 「シンジ君。アスカが終わったら私もお願い。興味が湧いたわ」
 「リツコーーーー!」
 アスカがリツコの首を締めあげる。その目は完全にすわっていた。
 「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる」
 「落ち着きなさいアスカ!リツコも早く謝って!本気でアスカに殺されるわよ!」
 目の前の光景に唖然とする一同。ピンと来たのはハルナである。そのままハルナは木乃香と刹那を引っ張って対岸に座っていたアスナの隣へ移動した。
 (あのアスカさん、異常なまでに嫉妬深いというか、ぶっ壊れた性格みたいね)
 (他人事みたいに言ってるけど、アンタ達も気をつけた方が良いんじゃないの?パル)
 (いやあ、私の場合は既に勝負始めちゃってるし)
 (あはははは、アスカさん過激やなあ)
 (このちゃん、あれは過激とは言いません。正確には犯罪者予備軍です)
 楽観的なハルナと木乃香に溜息をつくアスナと刹那。やがてアスカも落ち着いたのか、リツコから手を離した。
 「まあいいわ。シンジ、話は分かったわ。それじゃあ仮契約しましょうか。こっち来てちょうだい」
 「・・・アスカ、こんなに人がいるんだけど」
 「いいから、こっちへ来いって言ってんのよ!」
 グイッと引っ張るアスカ。たたらを踏んだシンジが、魔法陣の中へ引き込まれる。そのままアスカは躊躇いなく唇を押しつけた。
 まさかアスカが人前でキスをするとは思っていなかったシンジが目を丸くする。だがそれは同席していた者達も同じだった。
 「おお!姉さん、思いっきりが良いねえ・・・お、カードが出たぜ」
 カモの言葉に、アスカが唇を離す。
 「アア、アスカ!?」
 「アンタ、あの子と仮契約してるんでしょ?負けてらんないのよ、アタシは!」
 その言葉に、千草が『おお?』と感心したような声を上げる。記憶の中のアスカより、今のアスカが強く感じたからである。
 「姉さん、カードを持って『来れアデアット』だ、やってみてくんな」
 「分かったわ。来れアデアット
 カードが光を放つ。次の瞬間、アスカの手には2m近い長柄の武器が握られていた。
 「これは戟のようじゃのう。効果は調べてみんと分からんが、アスカ君の教育方針はほぼ決定じゃな。婿殿、頼めるかの?」
 「ええ、分かりました。気の扱いは私が教えましょう」
 「うむ、頼むぞい」
 これで一仕事終わったわい、とばかりにウムウムと頷く近右衛門。だが仮契約の魔方陣が再び発光し目を剥く。
 その先には、押し倒されたシンジと、戟を手にワナワナと怒りで打ち震えるアスカがいた。
 その原因となった少女はと言えば―
 「・・・これで私もシンジさんの魔法使いの従者ミニステル・マギです!」
 「さ、桜咲さん!?」
 「せっちゃん、ようやったで!」
 唖然としたのは周囲の大人達である。特に衝撃を受けたのは、ある意味、刹那の育ての親と言っても良い詠春である。
 「せ、刹那君?君は何をやったのか、理解しているのですか?」
 「わ・・・私はもう怯えるのは嫌なんです!好きなのに距離を取るのも嫌なんです!もう二度とせっちゃんの時と同じ失敗を繰り返したくありません!」
 娘同然の愛弟子の決意に、詠春も言葉を失う。その隙に、刹那は勢いよく振り向き、恥ずかしさを勢いと大声で振り切るかのように叫んだ。
 「シンジさん!貴方には私のファーストキスを奪われているんです!ちゃんと責任は取って貰いますからね!」
 「へ?お兄ちゃん、せっちゃんの初めて奪ったん?そりゃあ責任取らんとあかんえ~」
 「・・・へえ・・・シンジ・・・ちょっとこっちへ来てもらおうかしら?」
 背筋に走る寒気に、ゆっくりと振り向くシンジ。
 そこには紅茶色の髪の『鬼』が出現していた。
 「これには事情が!」
 「・・・悪いけど席を外すわね。少し積もる話をしたいのよ・・・肉体言語で」
 ズリズリと引きずられていくシンジ。そこには関東魔法協会を壊滅寸前にまで追い込んだ『殺戮』を司る使徒の面影は欠片も無い。
 あるのは恐怖と絶望に怯える、哀れな子羊である。
 「アスカ!僕達には話し合う余地があると思うんだよ!」
 「ええ、アタシも同感。だから語り合いましょう・・・拳で」
 「やめてえええええええ!」
 シンジの悲鳴に、3-Aメンバー達が何事かと廊下へ顔を出す。だが何故か次の瞬間、慌てて自室へと顔を引っ込めてしまう。
 やがてしばらく経った頃、屋上の方から断末魔の悲鳴が聞こえてきた。
 その悲鳴にネギは頭を抱えてブルブル震えていた。
 「・・・シンジさん、ごめんなさい。僕は・・・僕は自分の命が惜しいんです!だってまだ立派な魔法使いマギステル・マギになっていないんです!」
 「奇遇ね、ネギ。私も自分の命が惜しいわ」
 「・・・まあ済んだ事をとやかく言うても仕方なかろう。ところで刹那君、君のアーティファクトを見せてくれるかの?」
 カモからカードを受け取り『来たれアデアット』と呟く。その手に握られたのは1対のサイである。
 「ほう?サイとはまた珍しい武器じゃのう?」
 近右衛門の言葉を聞きながら、出現したサイを試しに操る刹那。ところが想像以上に手に馴染む事実に、刹那の顔がゆっくりと綻ぶ。
 「これは思ったより使えそうです。能力は分かりませんが、これなら月詠相手であっても互角以上の勝負を挑めそうです」
 「せっちゃん、良かったな。お兄ちゃんとの絆やし」
 その一言に、刹那の瞳が揺れる。やがてサイを胸に抱きながら『シンジさんとの絆』と顔を赤らめて俯きながら呟き―やがて『うふふふふふ』という笑い声が漏れだす。
 初めて見た刹那の知られざる一面に、言葉も無い一同。特に小さい頃の刹那を知る詠春や近右衛門にしてみれば、全く想像できない姿であった。
 「む、婿殿。儂らは刹那君の教育を間違えてしまったんじゃろうか?もう少し、情操教育に力を入れるべきじゃったか?」
 「い、いえ。間違ってはいなかったと思いたいのですが・・・」
 保護者2人の台詞はどこか泣きそうな声だったと、後にこの場にいた者達は語ったと言う。
 ちなみに戻ってきたシンジはズタボロであった。だが嫉妬に駆られたハルナと暴行相手であるアスカとの間で『どちらがシンジを膝枕で看護するか』で更なる争いが勃発。その最中、刹那はトリップし続けたままであった事を付け加えておく。

その日の夜―
 アスカはハルナ達への対抗意識から、中等部女子寮の空き室に間借りする事になった。そうなると、当然のようにお祭り好きの3-Aの歓迎会が行われる。
 そしてアスカへの質問タイムとなり、麻帆良のパパラッチこと和美の司会進行による質問攻勢が開始された。
 「まず名前からお願い」
 「名前は惣流・アスカ・ラングレー。国籍はドイツ。1/4が日本、1/4がドイツ、1/2がアメリカのクォーターよ」
 「・・・惣流?」
 まさか?と思いつつも、和美が心に浮かんだ疑問を口にした。
 「東方の三賢者、惣流・キョウコ・ツェペリン博士って、お母さん?」
 「そうよ。あなた、ママの事知ってるの?」
 イキナリの爆弾発言に、東方の三賢者の事を聞いた事があるメンバーから、一斉に歓声が上がった。
 「NERVって一体何なの!?何で東方の三賢者の子供が全員揃っちゃってる訳!?」
 「何でも何も、親が関係者だったからよ」
 「はあ・・・何と言う天才集団の集まりなのかしら・・・」
 とりあえず気を取り直すと、和美が再び質問タイムに戻る。
 「じゃあ、質問に戻るわね。日本語はペラペラみたいだけど、日本語以外も喋れたりするの?」
 「喋るだけじゃなくて、ドイツ語と英語なら論文も書けるわよ。日本語は漢字が多すぎて無理だけど」
 アスカの言語能力の高さに、少女達から驚きの声が上がる。
 「ちょっと待って。惣流さんはシンジさんと同い年よね?ドイツでは中学とかで論文を書くの?」
 「アスカ、で良いわよ。論文っていうのは、大学の論文の事。これでも12の時に飛び級でベルリンの大学卒業してるのよ」
 「マジ!?ネギ先生と同じな訳!?」
 アチコチからざわめきが上がる中、逆にアスカが『ネギ先生って誰なの?』と質問し返す。
 「あの、ネギ・スプリングフィールドと言います。3-Aの担任で今年で10歳になります。今は英語を教えています」
 「・・・子供が先生やってるの?マジで?」
 コクンと頷く少女達。
 「どこの大学出たの?」
 「イギリスのオックスフォードです」
 「・・・まだ10歳でしょ?まさかアタシを上回る子供がいるとは思わなかったわ」
 素直に驚くアスカ。
さらに風香が『シンジさんがネギ君の補佐役やってるんだよ』というと、アスカが『はあ!?』と声を上げる。
 「アンタが補佐役!?」
 「黒板に文字書いたり、重い物運んだりする程度だからね、誰でもできるよ」
 「そ、そうよね。3馬鹿トリオのアンタが先生なんてそんな訳ないわよね」
 だがアスカの『3馬鹿トリオ』という発言に、少女達の注目が集まった。特に強い反応を示したのは馬鹿レンジャー筆頭の馬鹿ブラックこと夕映である。
 「シンジさんは、頭が悪かったのですか?そうは思えないのですが」
 「ちょっとね、男3人揃って馬鹿な事ばかりやってたから、そう呼んだの」
 「今更だけど、それについては異論があるよ。トウジやケンスケ以外に、アスカが個人的に話をする同年代の男の知人っていないじゃないか。まるで男=馬鹿と決めつけているように聞こえるんだけど」
 「当たり前じゃない。アンタねえ、誤解からアタシと別れた挙句に、左腕を失っておいて『自分は馬鹿じゃありません』なんて言うつもり?」
 言葉も無いシンジである。反論はしたくても、何1つとして反論できない。だが周囲の少女達にしてみれば、更に好奇心を刺激される話ではあった。
 「シンジさんと付き合ってたの?」
 「まあね。別れたのは誤解が原因。ただその発端はアタシにあったから、シンジを一方的に責められる立場じゃないんだけどね」
 「じゃあ、よりを戻す訳?」
 「そこが問題なのよね」
 アスカがチラッと視線を向けて、シンジに『これ以上庇ってやるつもりはないから、アンタが説明しなさいよ』と無言の圧力をかける。
 「確かにアスカを好きだったのは本当だよ。でも別れてから、自分の感情を一度は整理しちゃっていたからね。アスカには申し訳ないけど、今の僕にはアスカは『元・恋人』という存在でしかないんだ」
 「じゃあ、ハルナを好きなのですか?それとも木乃香?或いは桜咲さんとか」
 「あくまでも兄として、だよ。そもそも僕は3-Aのメンバーを妹みたいにしか見ていなかったからね。早乙女さんについても、それは同じだったから断り続けていたんだよ。だからアスカや早乙女さん、桜咲さんについても、これから真剣に考えていかなきゃならない、ってとこかな」
 シンジの言葉に、アスカが肩を竦めて『まあいいわ。改めてアンタを落とし直してやるだけだから』と発言する。その一方で、ハルナと刹那が少し不満気な顔を見せた。
 「どうしたの?早乙女さん、桜咲さん」
 「その呼び方!私の事も名前で呼んで下さい!アスカさんだけ名前ってズルイです!」
 激昂するハルナ。その横では木乃香に脇を突かれた刹那が、顔を俯けながらボソボソと呟く。
 「・・・その、私も名前で呼んで頂けたら、と・・・」
 「お兄ちゃん?これで断ったらしたら、うち怒るで?」
 「分かった、分かったよ。名前で呼ぶから!」
 嫉妬するハルナ、恥ずかしがっている刹那はからかいの対象になってもおかしくはない。特に刹那は、上空での戦いを知らない者達にしてみれば、まさに青天の霹靂と言って良い程である。にも拘らず、周りの少女達がからかわないのは、偏に寒気を感じる笑顔の木乃香がいたからである。
そんな3人の可愛い我儘に、微かに顔を赤らめるシンジとムッと警戒するアスカ。
 「・・・それにしても、アンタって本当に分からない奴よね。向こうにいた頃はファーストに戦自娘に眼鏡娘でしょ?更にアタシと1つ屋根の下で同居。その上、今は女子中学生の集団と一緒に生活。よくもまあ今まで耐えられたわね。普通なら、手を出してるわよ?」
 「更に言うなら、高等部や下級生にも親しい人がいるですよ。高音先輩とか、佐倉さんや夏目さんもそうです」
 「・・・この無自覚天然女タラシが」
 アスカの言葉に、一斉に頷く少女達。
 「それって僕が悪いの?」
 「・・・まあいいわ、改めて躾し直してあげるだけだから」
 物騒極まりないアスカの言葉に、ハルナが同意したかのように頷く。一方、刹那は『シンジサンを躾ける?』と虚空を見ながらブツブツと呟き、木乃香は『せっちゃん、手伝うてあげるからな』と妙に上機嫌である。
 そんな様子に不安を感じるシンジ。そんなシンジを眺めていたアスカが『良い事思いついた!』とニヤリと笑う。
 「シンジ。アンタ首輪しなさい。リードは持ってあげるから」
 「は?それ冗談だよね?」
 「マジに決まってんでしょ。これ以上、アンタの周囲に女を近寄らせたくないの。そうなると効果的な方法としては『こいつはアタシの所有物だ!』とアピールしつつ、アンタの評判を落とすのが一番な訳」
 「アスカ!それ、おかしいよ!」
 「・・・君の知る惣流・アスカは死んだ」
 妙に芝居がかった口調のアスカ。だが口調はふざけていても覚悟は本気。そう考えたシンジがズリズリと後ずさる。
 「アスカさん」
 「何?反論は受け付けないわよ」
 「いえ、出来れば私がシンジさんに首輪をつける時には、白い色を使わせて下さい。アスカさんなら赤い色が似合うと思いますが」
 「せせせせ刹那さん!?」
 パニック寸前のシンジ。そのまま逃走に移ろうとしたが、背後からガシッと掴む者がいた。
 「逃げたらあかんで、お兄ちゃん。あ、うちは青希望や」
 「拙者は緑を希望でござる。首輪をつけたシンジ殿を、一度見てみたいでござる」
 「私は黒を希望するです。大丈夫、安心するです。実家にいた頃、よくペットの散歩をしていた事はあるですよ。ちゃんとお散歩セットも用意するです」
 「それってどこの公開羞恥プレイですか!?というか中学生にはレベル高すぎるよ!」
 必死に逃げようとするが、楓に軽めに関節を極められていて逃げようにも逃げられないシンジ。そんなシンジの視線が、この騒ぎに参加してこない少女へと向けられた。
 「助けて!ハルナ!」
 「任せて!全て描かせてもらうから!」
 最後の砦が質の悪い意味で陥落していた事実に、愕然とするシンジであった。

 しばらく経ってシンジが復帰―ただし本当に首輪がつけられていたが―した後、再びアスカへの質問タイムが再開されていた。
 「それで、他に質問とかはある訳?」
 「あ、はいはい!アスカさんは麻帆良に転校するんだよね?高等部へ入るの?」
 風香の質問に、隣に立っていた史伽が『気になります』と同意する。
 「それなのよねえ。大学部で適当に講義受けてても良いんだけど。高等部入っても勉強する事も無いし・・・いっそ工学部にでも入ろうかしら。シンジの義手のメンテナンス役は必要だからね」
 「そうアッサリ入れる物なのかよ、大学ってのは」
 「アタシなら簡単よ。よし、決めた。明日、編入試験受けてくるわ」
 即断即決すぎるアスカの発言に、言葉も無い一同である。会話した時間は短いが、目の前の少女がどんな性格なのかは、全員が掴みつつあった。
 勝気で強気、即断即決の天才。常に保険をかけて行動する、慎重派のシンジとは対照的な性格なのだ、と。
 「そうだ!1つ聞いておきたい事があるんだけど、シンジさんって昔から、こういう性格だったの?」
 裕奈の言葉に、アスカが首を傾げる。
 「シンジさんね、麻帆良随一の策略家って言われてるの。昔から、他人を罠にはめるのが得意だったのかな?って思ってさ」
 『そういえばそうだよねえ』と同意する多数の少女達。シンジの記憶を垣間見たメンバーは複雑そうに見ているが、下手に割って入ると藪を突きかねないので、顔を背けていた。
 その内にアスカが『策略家?何かやらかしたの?』と訊き返す事になり、少女達の口からシンジがやらかした策略の一例が説明され始める。
 ドッチボールで高等部の策を見抜いて、対抗策をネギに指示していた事。学年末テストでケーキと馬鹿レンジャーの称号を利用して、学年末テスト1位のお膳立てをした事、麻帆良祭の準備の時間を捻出する為、3年の学級委員長全てを巻き込んで警備の裏をかいた事等を、次々に列挙して行く。
 その内容に、アスカがシンジに飛びついて首を締めだした。
 「アンタ、ヤクザな碇司令みたいになったら人生破滅よ!あんな人でなしな父親一直線に目指してどーすんのよ!」
 「く、苦しい・・・」
 シンジがバンバンとアスカの肩を叩いてギブアップの意思表示をするが、それでもアスカは手を離さずに、ガクガクと揺さぶり続ける。やがて見かねた楓が仲裁に入って、やっとシンジは解放された。
 「ところでアスカ殿。シンジ殿のお父上は、そんなに危険な人物なのでござるか?」
 「当然よ!アタシが知る限り、あれを上回る悪党なんて存在しないわ!他人の事なんて道具としか見ていないような性格だったんだから!まああれぐらい悪人じゃなければ、国際政治の裏舞台を暗躍する事なんてできなかったんでしょうけどね。何せ言葉1つでこの国の内閣総理大臣を辞職させるぐらいの権力は持っていた人だから」
 危険すぎるアスカの発言に、シンジが否定する事も出来ずに『アハハハハ』と乾いた笑い声をあげる。
 だが少女達は、アスカの発言に驚く事しきりである。まさかテレビ番組とかにしか出てきそうにない『国際社会を暗躍する人物』『総理大臣を首にできる権力者』なんて者が実在していたどころか、それが自分達の寮監の実父だったと知らされれば、驚くのも無理は無かった。
 「ねえねえ、写真とかないの?どんな悪人なのか、見てみたいんだけど」
 「そうねえ、ここ、ネットは使えるかしら?」
 偶然、ノートパソコンを持ち歩いていた千雨が、自身のパソコンを提供する。
 「ありがとう・・・ふうん、なかなか使いこんでいるわね」
 「分かるのか?」
 「リツコから電脳戦の講義も受けているからね。少し使えば、その程度の事は分かるわよ・・・よし、繋がった」
 アスカがアクセスしたのはNERVの公式ホームページである。そこの概歴をクリックする。
 「碇司令はNERVの創設者だからね、記念碑的な意味合いとして顔写真が掲載されているのよ。そういえば、このクラスに心臓が弱い人はいるかしら?」
 「いや、いねえと思うが、何でだ?」
 「ショック死されたら困るからよ」
 その言葉に『ショック死するような顔って何だよ!』とツッコム千雨。だが画面にアップされたゲンドウの強面の顔を見た瞬間、悲鳴を上げて飛び退いた。
 「何だよ、このヤクザは!」
 「だから、これがシンジのパパよ」
 「パパって言うなパパって!」
 千雨の行動に、好奇心を刺激されたメンバーが次々に覗きこみ、悲鳴を上げていく。特に双子姉妹は衝撃が強すぎたのか『楓姉、助けて~殺されちゃうよお~』と泣いて助けを求める始末である。
 「オイ!マジでアレが父親なのかよ!」
 「・・・残念ながら否定できないんだよね。母さんが不倫でもしていれば話は違ったんだろうけど、実家を勘当されてまでの大恋愛の末の結婚だったと言うから、間違いなく僕の父親だと思うな」
 「何だよそれは!美女と野獣じゃねえか!どう考えても力づくで物にされたとしか思えねえぞ!」
 修学旅行で見た写真を思い出して千雨が絶叫する。同時に、数名の少女達が同意するかのように頷いた。
 「お兄ちゃん、否定できへんな」
 「木乃香、何気に毒を吐かないでよ」
 苦笑するシンジ。だが『お兄ちゃん』という言葉に、アスカが改めて反応する。
 「シンジ。そういえばお兄ちゃんってどういう意味?アンタ妹なんていなかったわよね?」
 「今の僕は近衛という家に養子入りしていてね、木乃香は僕の義理の妹になるんだよ。詠春さんの娘さんと言えば分かるかな?」
 「近衛木乃香言うんやえ、よろしゅうなあ」
 「貴女がそうだったんだ・・・アタシの事はアスカで良いわよ、よろしくね。それにしても珍しい言葉使いなのね。方言って奴かしら?」
 「せやな、ウチは京都弁なんや」
 木乃香がクスクス笑いながら携帯電話を開く。その中に入っていた、シンジに渡した写真の画像データを取り出した。
 「これな、お兄ちゃんがお母さんと一緒に写っとる写真なんや。これがウチ、でお兄ちゃんにキスしてる女の子が、夕映ちゃんと楓ちゃんなんやえ」
 「こここ、木乃香!?」
 慌てだす夕映。一方楓は『落ち着くでござるよ』と平静を保っている。
 「はあ・・・この年から女を落として食い物にしていたなんて・・・」
 「どうしてそうなるのさ」
 「冗談よ。それにしても、アンタってママに似てるわよね。ファーストにもソックリだし」
 その言葉に、シンジの記憶を見たメンバーがギクッと内心で冷や汗をかく。だがアスカは静かに携帯電話を閉じると、ありがとうと木乃香に電話を返した。
 「まあ今後どうなるかは分からないけど、当面は麻帆良にいる事になると思うわ。だからしばらくの間は、よろしくね」

歓迎会終了後、シンジは別の主要人物にアスカを合わせるべく外出した。同行者はアスカ以外に、ネギと古、楓である。
「どこへ行く訳?」
「エヴァンジェリンさんの家だよ」
道すがら、エヴァンジェリンと茶々丸、さよの事について説明をするシンジ。吸血鬼にロボット、幽霊と説明されて、さすがのアスカも言葉を無くしていた。
「こんばんは」
「む、来たか」
「アスカも連れてきたよ」
リビングでは、既にエヴァンジェリンと茶々丸、さよに詠春が待機していた。別荘を使って、更に修業を行う為である。
千草がここにいないのは、何故かミサトやリツコと意気投合してしまい、飲みに繰り出してしまったからである。もっとも千草にしてみれば、別荘で無駄に年を取りたくない、という思いもあったのかもしれないが。
「では、いくぞ」
地下に設置された別荘へ転移する一同。当然の如く、アスカは魔法と言う出鱈目極まりない力を目の当たりにして、言葉を失っていた。
「アベルの調子はどう?茶々丸さん」
「お姉さまと気が合うようで、良くお姉さまを肩車しては、色々と動き回っています」
「あの2人、仲良いですよね~」
そんな事を会話している内に、修業場の広場へ辿り着く。そこへ『オオ、来タジャネーカ』という茶々ゼロの声が聞こえてきた。
「ン?ヒョットシテ詠春カ?随分、老ケタジャネーカ」
「はは、さすがに40代ですからね。しかしあなたは変わりませんね、茶々ゼロ」
「マーナ。デ、ソコニイル見慣レナイノガ、オ前ノ弟子ニナルノカ?」
茶々ゼロと和やかに会話する詠春。人形が勝手に動いて喋っているのにも驚いたが、アスカの視線を独占したのは、茶々ゼロの土台役である。
「・・・やっぱり初号機ソックリよね、アベルって」
「まあね。モデルにしたのは初号機だから、おいで、アベル」
アベルが茶々ゼロを下ろすと、ヒョイッとジャンプしてシンジの肩に着地する。
「シャムシエルを取りこんでから、自我が成長しているみたいだね・・・やっぱりそうか、ありがとうアベル」
「どうしたの?」
「アベルってね、シンクロシステムを採用してたんだよ。アスカは覚えてるでしょ?」
10年間慣れ親しんだシステムを、アスカが覚えていない訳が無い。当然の如く、アスカは『当たり前でしょ』と頷いてみせた。
「どうもシンクロシステムが使用できなくなってるんだ。多分、アベルの自我がしっかり成長してきて、波長が変化しているんだろうね。でも、アベルと思念で意思の疎通ができるみたいだ」
「でもシンクロシステムが使えないと、色々問題があるんじゃない?」
「そこをどうにかするのは僕の役目だよ。それに今の自我を持ったアベルの方が、僕個人としては親しみが持てて嬉しいけどね」
肩に乗ったアベルの頭を撫でるシンジ。するとアベルが、小さく『グルルル』と唸り声を上げた。
 「おい、お喋りはそろそろ良かろう。修業を始めるぞ」
 エヴァンジェリンの声に、視線が集まる。
 「だがその前に自己紹介をしておこう。私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェウル。600年の時を生きる吸血鬼の真祖にして悪の魔法使いだ。後ろに控えているのは我が従者茶々丸、アベルと仲が良いのが初代従者茶々ゼロだ」
 「茶々丸と申します。宜しくお願い致します」
 「茶々ゼロッテンダ、宜シクナー」
 「アタシも改めて自己紹介するわね。惣流・アスカ・ラングレーよ。宜しくね」
 互いに自己紹介を済ませた後、早速エヴァンジェリンが口を開いた。
 「坊や。今日の修業は海岸でやるから、そこで待っていろ。詠春、お前達はここを使うと良い。シンジはいつも通り自習だ、今月中に右手だけで5体は同時に操れるようになって貰うからな」
 「はい分かりました。それじゃあ詠春さん、アスカと古さんをお願いします」
 「ええ、任せて下さい」
 早速開始される修業。とは言え、まずはアスカの実力を見ると言う事で、古と楓、2人との組手を行う事になったアスカである。
 だがアスカの実力に、驚いたのは詠春達であった。
 基本的にはアスカが攻め、一瞬の隙を狙うように古がカウンター狙いに徹する。というのも、古はアスカの実力を見ようと考えたからである。
 ところが―
 「隙ありアルよ!」
 アスカの左中段回し蹴りを、古が一歩踏み込んで右手でガードしつつ、左肘での狙い澄ましたカウンターを叩き込む。ところがアスカは避けるどころか、逆に踏み込み自分の肋骨を利用して、肘を体の真横に流しながら零距離からのショートアッパーを放ってきたのである。
 「おお!?やるアルね!」
 「あなたもね、ここまで綺麗なカウンターの使い手は、軍にもいなかったわよ?」
 「にゃはははは、嬉しい褒め言葉アルよ!」
 アスカの実力は、自分に劣る物ではない。そう判断した古が、カウンター狙いの待ちの戦術を捨てて、攻撃に切り替える。対するアスカも『上等!』と叫んで、多少の被弾は覚悟の上での乱打戦へと持ち込んだ。
 「アスカ殿、想像以上に腕が立つでござるな」
 「そうですね、惜しむらくは蹴り技が主体である事、攻撃に偏りが過ぎている事でしょうか。この辺りのバランスが取れれば、更に強くなれるでしょうね」
 「蹴り技はどうしても隙が大きくなるでござるからな」
 しばらく攻防の末、納得した詠春が止めに入る。そして早速、2人に対して初歩的な気の運用について説明を始めた。
 その一方で、シンジは胡坐をかいて、膝の上にアベルを乗せながらヌイグルミの同時4体操作の練習に入っていた。だがどうしても上手くいかないらしく、その表情は明るい物ではない。
 「大変そうでござるな」
 「でもまあ、自分で決めた事だからね。確実にやってくよ」
 「なるほど。確かに基本をコツコツ積み重ねるのが大事でござるからな」
 そう返すと、楓もシンジの傍に座って、気を更に効率よく活用する為の鍛錬を開始した。

麻帆良祭振替休日2日目―
 アスカの麻帆良大学部転入試験の日、ネギはアルビレオのお茶会に誘われて、地底図書室を越えた先にある、アルビレオの居住区域に足を伸ばしていた。
 途中、ワイバーンの襲撃に冷や汗を感じた物の、アルビレオの通行証のおかげでワイバーンは撤退し、無事に辿り着く事が出来たのである。
同行者はアスナ・刹那・木乃香・カモというメンバー構成である。そして中には、一足先に来ていたエヴァンジェリン・シンジ・詠春が待っていた。
「ようこそ、私のお茶会へ。お待ちしていましたよ」
「今日はお招き戴きまして、おおきに~」
しっかり躾されている分、木乃香の対応は非常に早い。続く形でネギやアスナ達も頭を下げて、お茶会へのお礼を口にする。
「あ、あのクウネ・・・いえ、アルビレオさん」
「ネギ君!私の事はクウネル・サンダースと呼んで欲しいと言った筈です」
アルビレオの背後に浮かびあがった、某フライドチキンチェーン店の看板人形の姿に、ネギが目をゴシゴシと擦る。
「しかし、アル。その気の抜ける名前は何だ?・・・おい、アル。アルビレオ・イマ、聞いているのか!」
エヴァンジェリンの言葉を無視して、テクテクと歩き続けるアルビレオ。
「クウネル?」
「何でしょうか?キティ」
 「その名で呼ぶなああああ!」
 アルビレオの胸倉を掴んで、激しく揺さぶるエヴァンジェリン。その姿に、詠春が『あの2人は相変わらずですね』とニコニコと笑っている。そしてネギ達も、相槌を打つかのように笑っていた。
 「何故です?とても可愛らしいではありませんか?キティ。シンジ君もそう思いますよね?」
 「ええ、可愛い名前だと思いますよ。愛らしくて良いじゃありませんか?」
 「貴様ら、また私をからかっているな!」
 顔を赤くして激昂するエヴァンジェリン。だが麻帆良で1・2を争う策略家である2人には、格好の玩具でしかない。
 「怒ってはいけません。愛らしさが失われてしまいすよ、キティ?」
 「全くです。愛らしさと気品が同居している名前じゃありませんか、キティ?」
 「・・・シ、シンジ?」
 目の前で息子が始めた暴挙に、詠春が凍りつく。アスナ達は『ああ、またか』と言った感じで笑って見守る事しかできない。
 「シンジ君。彼女にキティという名前の素晴らしさを理解して貰いたいのですが、何か妙案はありますか?」
 「ええ、勿論ありますとも。朝会ったら『おはようキティ』昼会ったら『こんにちはキティ』夜会ったら『こんばんはキティ』と挨拶すれば良いんです。彼女だけではなく、きっと多くの人達がキティと言う名の素晴らしさを理解してくれるでしょう」
 「さすがですね。実に素晴らしい意見です」
 「貴様ら、その口を閉じんかあああああ!」
 エヴァンジェリンが両手でアルの首を絞めつつ、両足をシンジの首に絡めて、足の力で頸動脈を締めにかかる。だが魔力で強化していない体なので、シンジも何とか耐える事が出来ていた。
 「お転婆ですねえ、キティ」
 「いえ、クウネルさん。いかにもキティと言う名に相応しい愛らしさではありませんか」
 「確かにそうですねえ」
 闇の世界では伝説と化している最強の悪の魔法使い。真祖の吸血鬼。それを玩具にして遊ぶ戦友と息子の姿に、詠春がショックを受けて凍りついた。
 「どうしたん?お父様」
 「・・・いえ、少々頭痛が・・・」
 まさか息子が仲間内でもっとも性格面に難のあった男と、ここまで息が合うとは思っていなかったのである。だが詠春の驚きは、まだ序の口だった。
 「そういえば、くーふぇさんから聞きましたけど、シンジさんとクウネルさん、麻帆良武道会でも師匠マスターを玩具にした事があるそうです」
 「・・・ネギ君。参考までにあの2人が何をやらかしたのか聞かせて貰えるかな?」
 麻帆良武道会のアスナ・刹那戦での出来事を話すネギ。エヴァンジェリンにスクール水着を着せて出場させようという、自殺志願者としか思えない行動に、詠春が自分のこめかみをほぐし始める。
 だがそれは話を聞いたアスナや刹那も同様であった。
 「一緒に弄る方が楽しいから手を組むって・・・」
 「しかもそれを、エヴァンジェリンさん相手にさも当然のように・・・」
 こんな無謀な事が出来る人が世界中探して何人いるんだろう、と2人が同時に考え込む傍らで、木乃香が『クウネルはんとお兄ちゃんは仲ええんやなあ』と呑気に感心していた。

 アルビレオが用意していたスイーツとお茶で一服した後、少し離れたソファーを独り占めしていたエヴァンジェリンが口を開いた。
 「ぼーや、今回の事件で得る物はあったか?」
 「・・・キレイなままではいられない、そもそも僕達はキレイである筈が無い。悪を為さずに生きていく事などできない。その事を僕は思い知りました」
 「・・・超鈴音は上出来だったな。お前のように真っ直ぐで才能のある、前途有望だが世界を知らぬガキには、それを思い知らせるのがもっとも難しい。だからといって、そこにいる馬鹿弟子ほど捻くれられても手に負えぬのだが」
 毒のこもった台詞に、視線を逸らすシンジ。膝の上のアベルは『グル?』と首を傾げ、少女達は笑うしかない。
 「透徹した目で見れば、生きる事と悪を為す事は同義だ。悪こそこの世の真理。やっとその認識に至ったな」
 「オホ❤悪者全開中ダナ」
 クックックと笑うエヴァンジェリン。久しぶりに悪の魔法使い全開なエヴァンジェリンの姿に、詠春のこめかみに冷や汗がタラーッと滴る。
 「さすがはエヴァンジェリン。生真面目な少年を、よくここまで導きました。やはり師は悪人に限ります。英雄の息子も、ゆくゆくは悪の大魔法使い、闇の福音の後継者、そんなところですか?」
 「よ、余計な御世話だ!大体、貴様!人の弟子の指導方針に口を出すな!弟子入りを言いだしたのはこいつからだぞ!」
 「そうでしたね、失礼しました。それでネギ君。その認識に立った上で、これからどうするのですか?」
 矛先を向けられたネギが、慌てながらもハッキリと答えた。
 「僕は、だからこそ立派な魔法使いマギステル・マギを目指そうと思います。超さんの計画を阻止した僕が立ち止まる事はできません。前へ進むのが、僕の義務だと思うんです。そして父さんの事とは別に立派な魔法使いマギステル・マギになって、色々な人の力になろうと思います」
 ネギの言葉に『ま、そんな所だろーよ』と溜息をつくエヴァンジェリン。だがアルビレオの『そう言う事でしたら、私の弟子になってみませんか?』という言葉に、口に含んでいたお茶をブーッと噴き出した。
 「ちょっと待てい!アルビレオ・イマ!」
 「ここだけの話、エヴァンジェリン、アレはいけません。あんなのに師事していたら人生、棒に振ってしまいます。そうは思いませんか?シンジ君」
 「そうですねえ・・・確かに否定しようがないですね」
 アイコンタクトを交わすアルビレオとシンジ。この息の合い方は、ユニゾン作戦を上回るのではないのだろうか?とアスナ達は内心で考える。
 ネギも興味を擽られて、ウズウズし始める中、エヴァンジェリンが『クウネル!』と叫ぶ。
 「おや、何のご用ですか?キティ。まさかそこまで嫉妬なされるほどに、ネギ君の事が好きだったとは・・・確かに身長的に体の相性は良さそうですが」 
 「何の話をしている!このエロナスビ!」
 「何の?って・・・キティとネギ君の体の相性の事だと思いますよ。クウネルさんがハッキリ言ってるじゃないですか」
 「貴様も黙れ!」
 アルビレオの首を締めながら、シンジに怒鳴るエヴァンジェリン。
 「貴様、何を企んでいる!坊やを弟子に取るなど、何が目的だ!」
 「何が目的って・・・貴女の慌てふためく姿を見たいからに決まってるじゃないですか」
 「死ねえい!」
 エヴァンジェリンの魔力を込めた一撃を、アルビレオが攻撃を透過させる事でサラリと流す。
 「さすがですね、クウネルさん。気恥かしさと嫉妬に狂ったキティを見られるなんて思いませんでしたよ」
 「いやいや、シンジ君。君とは大変、気が合いますね。今後もともにキティを愛でようではありませんか」
 「いい加減にせんかーーーー!」
 エヴァンジェリンvsアルビレオ・シンジ組という戦いに、ネギは茶々ゼロを抱えて凍りつく。アスナ達3人は呆れたように眺め、詠春は良識派らしく、頭と胃の辺りを押さえて呻いている。
 「まあ、冗談はここら辺にして、本題に入りましょうか。ネギ君、私に訊きたい事があるのでしょう?」
 「・・・はい。父さんの事です」
 「ええ、彼は生きています。それについては私が保証しましょう」
 ゴソゴソと仮契約カードをアルビレオが取り出す。
 「これが彼が生きていると言う証拠です。もし彼が死んでいれば、こうなります」
 無数の本を背景にしたアルビレオと、無地の白を背景にしたアルビレオ。違いは一目瞭然である。
 「ですが、彼がどこにいるのかまでは分かりません」
 「じゃ、じゃあ!何か手掛かりみたいな物はないんですか!?」
 「そうですねえ・・・でしたら、一度、英国ウェールズへ戻るべきでしょうね。あそこには魔法世界ムンドゥス・マギクスへの入口があります」
 その身から魔力を漏らし、突風を起こし始めるネギ。そしてシンジもまた、ギリッと歯をかみしめる。
 「じゃあ、行ってきます!」
 早速向かおうとするネギ。ステーンと転ぶアスナ。咄嗟にエヴァンジェリンが糸を放って、ネギをすっ転ばせる。
 「アホか、貴様!そんな簡単に行けるか!」
 「全く、お父さんの事になると周りが見えなくなるんだから!第一、学校はどうすんのよ!テストはどうすんのよ!」
 「はうう・・・そうでしたあ・・・」
 項垂れるネギ。そんなネギにアルビレオが『仕方ありませんねえ』とばかりに苦笑していた。



To be continued...
(2012.07.22 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 ドタバタコメディーですが、麻帆良編のシリアスさは完璧に吹き飛びました。アスカはヤンデレ属性を(お約束ですなw)、ハルナはアスカに対して強烈なライバル心を抱き、シンジ争奪戦へ新規参入の刹那は何故か妄想属性がつき、木乃香は妹系を突き進みながらも黒属性に目覚めつつあります。本当に収集がつくのかどうか、私にも全く予想がつきませんw
 話は変わって次回です。
 次回はショートストーリー2本になります。
 1つはシスター・シャークティーが預かる教会で起きる、美空の悪戯。
 もう1つは第3新東京市で3-Aメンバーが起こす騒動となります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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