正反対の兄弟

第四十五話

presented by 紫雲様


麻帆良祭後日談、CASE①春日美空の場合―
 ココネとともにシスター服から制服へ着替えた美空は、シャークティーの怒声に急きたてられるように教会を飛び出した。
 「遅れちゃう遅れちゃう!ココネ、急ぐから、しっかり掴まってなよ!」
 ココネがしっかり背中へしがみついたのを確認すると、美空は勢いよく道路へ飛び出した。
 自分と同じように学校へ向かう生徒の群れ。その中に、美空は見覚えのある一行を見つけていた。
 「あら?」
 彼女の視線の先では、ネギがアスナや刹那・木乃香とともに通学路を走っていた。その少し後ろには、シンジ・ハルナ・のどか・夕映の姿もある。
 全員、走りながら会話なので、自然と声も大きくなる。その為、離れた所にいた美空にまで声が聞こえてきた。
 「久しぶりですね、通学路走るのも」
 「アハハ、確かにそうよね」
 「というか、少しぐらい早く出た方がよいんじゃないの?」
 シンジのツッコミに、ネギや少女達は笑う事しかできない。
 「そういえばアスカさんは?」
 「今日は引越しの作業だよ。午後からは、僕もそちらの手伝いにはいるつもりだけどね」
 「はあ、大変ですね」
 そんな会話をする中、周囲をチラッと刹那が見る。電車の中から携帯電話で写真を撮っている少女や、アスナ達に目を向ける少年が多数いた。
 「・・・しかし、この集まりは・・・」
 「ちょっと宜しいですか!ネギ君!」
 突然の呼びかけに、思わず足を止めるネギ。瞬く間に報道陣に取り囲まれるネギ。
 「あらら、毎年、学際で活躍すると、こうして取材陣が来るとはいえ、今年はまた集まったもんだねえ。まあネギ君は武道会であれだけ大活躍しちゃったし仕方ないか」
 まるで他人事な美空は、遠くからその光景を眺めていた。雑誌の表紙に、学園映画の子役に、密着取材の申し込み、と一斉に話を持ちかけられてネギが混乱している。
 そんな中、割と近くにいたシンジがハルナに鞄を渡していた。
 「さすがに見捨てる訳にもいかないか、これ持っててくれる?」
 「どうするの?」
 「強行突破を仕掛けるよ。先に行ってて」
 (強行突破って、一体、何をやらかす気だよ)
 息を整えるシンジを置いて、ハルナ達は頷くと先へと進みだす。その間にシンジは気で身体強化を図ると、報道陣の背後から頭上を飛び越えるように跳躍する。
 そのまま空中で回転しながら、報道陣のど真ん中へ飛び込むとネギを右手で掴みつつ、勢いを殺さずに足元を走り抜けていく。
 「あわわわわ!」
 そのまま報道陣を突破すると、古式ゆかしいお持ち帰りスタイルでネギを担ぎつつ逃走を開始した。
 「ああ、逃げられた!今のは誰だ!?」
 「あの悪役人形使いだ!追いかけろ!」
 朝から始まる鬼ごっこに、周囲はやんややんやの大喝采である。
 「・・・随分とまあ目立つ真似を・・・」
 どっか呆れたような口調で呟くと、美空は自分も走りだした。

3-A、SHR―
 「「「「「「おはよーございまーす!」」」」」」
 今日も元気な一同の挨拶に、ニコニコ笑うネギ。千雨・夕映・は呆れたようにクラスメートに目を向ける。
 「超さんはもういませんが、きっと向こうで元気にやっています。僕達も頑張りましょう、また超さんに会えた時に笑って会えるように」
 (おお、ネギ君凛々しいねえ。マジで10歳かよ・・・でもまあ超りんの事件を解決したのは、ほとんどこの子のお手柄なんだから、すげーって言えばすげーよなあ・・・ん?)
 そこで美空の視線が、アスナに向いた。
 (あれ?何で怒ってるのよ、アスナ?何かあった訳?)
 そのまま他のメンバーはどうだろうかと、グルッと周囲を見回す。
 (桜咲さんは信頼の笑みってとこか。本屋は何やら心配そうだねえ、まあラブラブ光線全開なのはいうまでもないけど。長谷川さんは相変わらず、ってとこか。ゆえ吉は心配してるんだか、笑ってるんだか分かんねーな。けど長瀬さんの息子の門出を見守る父親のような顔はどーなのよ)
 SHRも終わり、教室内が騒がしくなり始める。そんな中、美空の視線は別の人物に向けられた。
 (学祭まで知らなかったけど、あの龍宮さん。シスターの話じゃ裏の世界じゃ有名な、冷酷非情・正確無比な殺し屋だとか・・・言われてみればゴルゴみたいな雰囲気だけど)
 更に教室の後ろへ目を向ける美空。そこには朝から居眠りを始める強者がいた。
 (あのエヴァちゃんは私でも知ってる600万$の賞金首『不死の魔法使い』『闇の福音』その人と来たもんだ!魔法世界じゃ寝ない子供に『闇の福音が浚いに来るぞ~』なんて言われるようなナマハゲ扱いの伝説の有名極悪人が同級生って、一体何なの?それにもまして、問題なのはアレだよアレ!)
 再び視線を前に戻す美空。そこには綺麗さっぱり左腕が消し飛び、なおかつ首輪(本日の色は緑)をつけている担任補佐が、ハルナに捕まっていた。
 (というか、マジで神様なんていたの!?つーか、私、そーとも知らずに色々やっちゃいましたよ!?スリッパでツッコんだり、カナヅチなの笑っちゃったりしちゃいましたよ!?まあ、もう神様じゃないみたいだけど・・・それにしても、SEELEなんて訳の分からない組織に、よく喧嘩なんて売れるもんだよねえ)
 そんな事を考える中、シンジがバンバンと黒板を叩いて注目を集めていた。本来なら手を叩くのだが、左手が無いので他に方法が無いのである。
 「1つ言い忘れてた事があったんだよ。実は今週の土日に、僕は義手の取り付けに第3まで行ってくるんだけど、NERVを見学したいっていう人はいる?」
 「NERVと言いますと、あの第3新東京市の?最先端技術を開発し続ける、天才集団の集まりと言われている、あのNERVですか?」
 「そうだよ。特に葉加瀬さんなんか興味あるんじゃないかな?世界最高峰のコンピューターMAGIの実物見れるけど」
 「本当ですか!?」
 ガタッと立ち上がる聡美。続いて『私も行く!』とハルナと和美が同時に手を上げる。
 「人数制限は無いから大丈夫だよ。バスで迎えに来てくれるって言ってたからね。長谷川さんもどう?リツコさん、ちょっと気にしていたみたいだよ?」
 「それはどーゆー意味なのか、訊いても良いかな?」
 「・・・食べちゃうって事じゃない?」
 「断じて断る!」
 ガーッと吠える千雨。一斉に周囲から『千雨ちゃん、食べられちゃう~』と歓声が上がり、ますます千雨が激昂する。
 「まあ、冗談は置いておいて。リツコさん、長谷川さんの事調べたみたいだね。良かったら将来的な事も考えて、見学に来て欲しいんだってさ』
 「・・・どういう意味だ?」
 「リツコさんは天才肌でね、色んな分野を担当してるんだよ。情報処理以外にも、バイオ工学とか、医療技術とかね。ただね、誰でもリツコさんと同じ真似が出来る訳じゃない。だからリツコさん、それぞれの分野に担当をつけてるんだよ。将来的な後継者としてね。ここまではいい?」
 シンジの説明に、千雨が『ああ』と頷く。
 「それで、リツコさんとしては情報処理―つまりMAGIに携わるメンバーとして、長谷川さんに目をつけたんだよ。勿論、長谷川さんの意思は尊重されるし、実際にNERVに入るとしても、大学卒業後だからまだ7年はある。ただ将来的な選択肢の1つとして考えて欲しいから、見に来て欲しいんだってさ」
 事実上のNERVからのスカウトに『千雨ちゃんNERV行っちゃうの!?』と歓声が起こった。
 「・・・NERVのウィザードの後継か・・・少し考える時間が欲しい。返事は明日でも良いか?」
 「それでいいよ。決まったら連絡ちょうだい」
 頷く千雨。そこで思い出したかのように、和美が口を開いた。
 「そういえばさ、シンジさんやアスカさんもNERVの人間な訳でしょ?将来的には、幹部か何かになる訳?」
 「それはどうかなあ。僕は僕でやりたい事あるからね。アスカの場合は・・・ミサトさんの後継になりそうだね。能力的にも性格的にも向いてるし」
 (・・・司令になる気はないんだ・・・まあ関東魔法協会の重鎮になりそうだしねえ)
 陰陽師でありながら西洋魔法使いの集まりの重鎮と言うのもおかしな話だが、今のシンジにはそれだけの価値がある。生きたデータバンク、策略家としての実力、闇の福音の弟子であり、同時に師相手に魔法での力勝負ができる。これだけの力を持っている人間を『お前、西洋魔法使わねえから』なんて理由で放り出すのは、馬鹿のすることである。
 「僕からの臨時連絡は以上だよ。話聞いてくれてありがとう」
 英語の授業は1時間目なので、ネギとシンジは準備に入る。そんな2人を見ながら、亜子がフウと溜息を吐いた。
 「おや?亜子、何か悩み事?」
 「え?いや、そゆー訳ちゃうんけど」
 「だったら、ウチの教会に懺悔でもくるといーよ。ウチの神父さん、評判良いから」
 そこへ風香がタッタッタッと駆けてきて『美空、懺悔って何?』と訊いてくる。
 「ようは神様に『私はこんな悪い事しちゃいました、ごめんなさい』って謝る事だよ。告解とも言うんだけどね」
 「おお!?じゃあ神様に『悪戯しちゃったの、ごめんなさい』って謝れば許してくれるんだ!神様、太っ腹!」
 教室中から『オイオイ』と一斉にツッコミが入る中、元・神様は黒板の前で苦笑いするばかりであった。

教会―
 放課後、美空はココネとともに掃除を行っていた。
 「卒業まではお淑やかに、って取引だから仕方ないけど、早く卒業して、大学にでも入って、ブワーッと遊びたいもんだねえ」
 そう愚痴を零すと、後ろからココネがギュッと抱きついてくる。
 「卒業してもココネの事は放っておかないって。何たって、ココネは私のマスターさんなんだから」
 そのままココネと一緒に、懺悔室の清掃を開始する美空。そこへガタガタと音を立てて誰かが入って来る。
 「あの、神父様良いですか?」
 (アスナ!?何でアンタが懺悔室に!?つーか私は神父じゃねえよ!・・・って、私、自分で懺悔の宣伝しちゃってんじゃん!)
 後悔するが、時すでに遅し。既にアスナは懺悔に入ってしまっていた。
 「私、またつまらない事で喧嘩しちゃって・・・」
 (私の事、神父と勘違いしてる!?こんなんシスター・シャークティーにバレたら殺され・・・ま、いいか。ボイスチェンジの魔法を使って、と・・・)
 「ゴホン、いえ、失礼。どうぞ、続けて下さい」
 ココネは賢明な事に、美空の膝の上で沈黙を保っている。
 「あの、ウチの居候の事なんです。そいつには夢があって、その夢の為なら体がどれだけボロボロになっても構わないって奴なんです。そんな姿見てると辛くて・・・」
 「ほうほう」
 「それで、先日になるんですが、そいつにソックリな奴が事件を起こしたんです。そいつもそれに関わって、少しは自分の危うさというのを理解してくれたのかな、と思っていたんですが・・・それが全く理解していないんですよ!」
 怒りにかられたアスナが、懺悔室の壁をダン!と叩く。その姿に美空が『おいおい、アスナ。懺悔室壊したら修理代請求されるぞ?』と場違いな事を考える。
 「その、私・・・あいつの夢の邪魔をしたい訳じゃないんです。でも私は私で実力不足で何の助けにもなれなくて・・・」
 モジモジと自分の指を弄るアスナ。その姿に、美空の脳裏にキュピーンと閃く物があった。
 「なるほど。よほどその少年の事をお好きなんですなあ」
 「ななななな、何を言ってるんですか神父さキャア!?」
 (いや、惚気以外の何物でもねえって、アスナ)
 美空にしてみれば『もういい加減にしてくれ、お宅ら2人で勝手にやってよ』みたいな感じである。
 「ああ、あいつは弟みたいなもので、そういう関係じゃあ」
 「そう照れなさるな。親愛の情もまた愛情ですぞ?ふぉっふぉっふぉ」
 「ちちち、違います!」
 ダン!とドアを開けて飛び出ていくアスナ。『私はショタコンじゃないのにい!』という叫び声が聞こえてくる。
 「うひははははは!面白かった!アスナかわいーじゃん!」
 「ミソラあくしゅみ・・・」
 ボソッと窘めるようにココネが呟く。だがそこへ、再びガタガタと音が聞こえてきた。
 「・・・し、失礼するです」
 (ゆ、ゆえ吉つぁんーーー!?ウチのクラス、こんなに悩み持ってる奴いたの!?)
 「ど、どうされましたかな?」
 「実は・・・親友の好きな男性を好きになると言う愚を犯してしまいまして」
 (何ーーー!?)
 内心で絶叫する美空。だが驚きを悟られないよう、平静を装う。
 「それは、辛かったでしょうなあ。その苦しみ、ここで吐露して少しでも楽にされると宜しいでしょう」
 「・・・その、私には親友が2人いるです。私は2人の親友が想う人に惹かれてしまいました」
 (ゆ、ゆえ吉つぁんーーー!?そりゃあマズイんでねえ!?)
 今更ながら危険性に気がつく美空。だが夕映は懺悔を始めてしまっていた。
 「片方は意地の悪いお兄ちゃんみたいな人です。私をからかってくるその人に、私は反感を持ちつつも、その人を好きになった親友の為に一肌脱ごうと決めました。ですがその人の他の一面や、辛い過去を背負っていた事を知る内に、今更になって、自分が惹かれていた事に気づいてしまったのです」
 (・・・確かに、あの過去はヘビーすぎるよ、つーか地獄だよ・・・ゆえ吉つぁんも、もっと楽な人を好きになれば良いのに、何でまたよりにもよってシンジさんを・・・)
 「もう片方は、頼りない弟みたいな子です。最初は頼りなかったんですが、その人を好きになった親友の為に、色々手伝ってきました。ですが、その内に私もまた、気がつくとその子を見ている事に気付いたです。私は愚か者です。親友の想い人に想いを寄せてしまうどころか、同時に2人の人を好きになってしまったのです」
 (ゆえ吉つぁん、実は惚れっぽいのか?)
 「なるほど、苦しまれたでしょうなあ・・・」
 敢えて咳払いをする美空。さあ、どう返そうかと思い悩む。
 「人を好きになる。その事自体は自然の事であり、決して責められるべき物ではありません。2人の人を同時に好きになる。それを貴女は心苦しく思っておられるのでしょうが、それ自体は悪い事ではありません。それだけ相手の男性が、貴女を引きつけるだけの物を持っていた、と言う事なのだと思います」
 「で、ですが・・・」
 「やはり、耐えられませんか?」
 泣きそうな顔で頷く夕映。この状況に『何とかせにゃあマズイぞ』と緊張する美空。
 「そうですなあ。まずは御自分の想いが、愛すると言う意味の好きであるかどうかを、見定めてみてはいかがでしょうか?」
 「・・・それはどういう意味ですか?」
 「好き、と一言で言っても、様々な好きがあります。貴女の想い人は、お話を聞く限り兄や弟のような存在であると理解しました。ならば貴女が、彼らの事を兄弟として好きなのか、それとも1人の男として好きなのか。それをまず、ハッキリさせるべきだと思うのです」
 『ちょっと苦しいかなあ』と悩み美空。だが夕映は、ガタンと立ち上がった。
 「ありがとうございます。私、もう一度、自分を見つめ直してみるです」
 「それが宜しいでしょう」
 「はい、失礼するです」
 タッタッタッと駆けていく夕映。同時に『ヤバかったああああ』と脱力する美空。
 「しかし、ゆえ吉つぁんも茨の道だねえ。どっちに転んでも修羅場じゃん」
 「ミソラは大丈夫なの?」
 「ココネ、一体何を言いたいのかなあ?」
 ココネのこめかみを、軽く力を込めてグリグリと押さえる美空。そこへガタガタと音が鳴る。
 「あの・・・失礼します・・・」
 (御本人降臨!?)
 夕映の親友のどかの登場に、美空の背筋に緊張が走る。
 (あの引っ込み思案で人畜無害そーな本屋まで、この懺悔室に何の用だ!?)
 「実は・・・私の親友が、私と同じ人を好きだとゆー事を知ってしまって」
 (三角関係成立しちゃったよ!しかも頂点は10歳の子供って何!?)
 ゴホン、と1つ咳をする美空。
 「しかし、それは貴女の過失ですらありません。最早運命と言うしかないでしょう」
 「・・・そうかもしれません。でも私は自分の心が怖いんです」
 俯くのどか。そのまま辛そうに、彼女は声を絞り出した。
 「お互いの気持ちに気付いた後も、私達、友達のまま一緒に頑張ろうって言ったんです。いえ、もっと言えばあの2人の方がお似合いだとすら思ってしまいました」
 (うえええっ!マジスか!?そりゃあ、幾らなんでもお人好しだよ!)
 「・・・それは本心なのですかな?」
 その言葉に、のどかの肩が小刻みに震えだす。今更ながらに地雷を踏んでいた事に気づいて慌てる美空だったが、のどかは両目をグイッと擦ると言葉を続けた。
 「でも、私、気付いてしまったんです。学園祭の日に、あの2人が悩みや苦悩をお互いに深い所まで理解し合っている事に気付いたんです。その瞬間、私の中にモヤモヤした物が湧いてきたんです。多分、私は2人に嫉妬していたんです。そして私は、その事を認めたくなくて・・・」
 「・・・いやいや、それは人間として自然な感情です。その気持ちが無い方が不自然ですな。自らの暗い気持ちを恐れる事はありません。むしろ、その恐れこそ危ぶむべき物と言えるでしょう」
 のどかがハッと顔を上げる。
 「暗い気持ちに身を任せず、かと言って押さえつける事も無く、全て自分の一部として付き合っていく事です。友人を思うその気持ちがあれば、貴女が道を誤る事は無いでしょう。御安心なさい」
 「あ、ありがとうございました!」
 タッタッタッと駆けていくのどか。同時に足音が消えた所で、美空が『やっべえ!ちょっと楽しくなってきちゃったよ!』と可笑しそうに笑いだした。

のどかside―
夕陽が照らす道を、のどかは1人歩いていた。その顔には、いつになく明るい笑みが浮かんでいる。
「でも・・・やっぱり三角関係に良い解決方法なんかないよ・・・私、どうすれば・・・」
いどの絵日記を見ながら呟いていると、スーッと浮かび上がってくる物があった。
「解決策試案その1。妻妾同衾・・・妻妾同衾!?」
とんでもない解決案に混乱するのどか。慌てて閉じようとするが、後ろから伸びてきた手がハシッと絵日記を押さえる。
「まさかアンタからこんなインモラルかつ淫靡な案を提出とは意外ねえ」
「ハハハ、ハルナーーーー!?」
夕方の路上に、のどかの悲鳴が響いた。

翌日、懺悔室―
 昨日の一件で味を占めた美空は、準備万端で懺悔室にきていた。悪戯の為に覚えたボイスチェンジに加えて、幻術による変装。更にシャークティーが夕方まで外出中なのも確認済みという念の入れようである。
 「さあ、今日も頑張ろうか!」
 「・・・絶対、天罰下ると思う、ミソラ」
 「まあまあ、誰かに迷惑かかる訳じゃないし❤」
 早速、懺悔室へ入る美空。すると、ガタガタと音がした。
 (お、今日の第1号が来た!)
 「ふむ、今日はいかがされましたかな?」
 「その・・・私には好きな人がいます。仕方ない事情があったとは言え、私はその人と口づけを交わしました。しかし私は親友であり、その人の妹からキスを迫られています。自分の想いを自覚しながら、ましてや女同士で口づけを交わしても宜しいのでしょうか。もしあの人に知られたらと思うと・・・」
 いきなりの相談に『何い!』とショックをうける美空。
 (桜咲さん根が真面目だから、このかとの仮契約をクソ真面目に考えてるんだろうな。別にシンジさんにバレタって嫌われるなんてないだろうに・・・ん?ちょっと待てよ?これってもしかすると・・・)
 大物を釣り上げた興奮のあまり、美空の息が徐々に荒くなっていく。
 「OKです!問題ありません!」
 「ええ!?し、しかし!」
 「しかしもかかしもありません!貴女が好きになった人は、その程度で怒るような狭い了見の持ち主なのですか!?いや、そんな事は無いでしょう!寧ろバンバンやって、焼き餅を焼かせるぐらいにしてみせなさい!」
 美空演じる神父に断言された刹那が『シンジさんに焼き餅?それって・・・わーわー!』と奇声を発しながら懺悔室を後にする。
 この1発目に気を良くした美空は『さあこい!』と言わんばかりに袖を捲り、舌なめずりしながら次の獲物を待つ。
 「相談に乗って欲しい事があるんや。ええかな?」
 (このか!?ちょっとあの癒し系お嬢様が、どんな悩みを!?)
 「いやいや、気にされる事はありません。気を楽にして、悩みを吐露しなさい」
 「おおきに。実はうち、お兄ちゃん―言うても本当のお兄ちゃんやないんやけど、最近、お兄ちゃんと一緒にいると、胸が痛いんや」
 (それは病院に・・・って違うだろ!)
 心の中で1人ボケツッコミをする美空。だがその間にも、木乃香の悩みは続く。
 「うちの友達なんやけど、お兄ちゃんの事が好きなんや。それでうちも応援したんやけど、2人が一緒に居るのを見ると、心の中に嫌な気持ちが沸き起こって来るんや。いけない事や言うんは分かっとる。でも止められないんや」
 「・・・それはまた、お辛いでしょうなあ・・・」
 「それでな。この前、お兄ちゃんに首輪つける事になったんよ。そしたら、うち妙に楽しゅうなってな。困っとるお兄ちゃん見てる内に、もっと困らせてあげたいって思ってもうたんや」
 (・・・おいおい。このか。まさかS方面に目覚めたとか言うオチか?)
 ツツーッと汗が一滴滴り落ちる。だが告解は止まらない。
 「うち、何でこんな事考える様になってもうたんやろ?うちは悪い子なんやろか?」
 「・・・それはまあ、いわゆる1つの焼き餅―独占欲というものではないでしょうか?今までお兄さんは、貴女1人だけを見ていてくれた訳です。でもお兄さんには、貴女とは別の意味で視線を向けうる相手が出来た訳ですね。そうなれば、貴女からすれば『お兄ちゃんは私を見てくれなくなった』と考えてしまう訳です。言い換えれば、寂しい、と感じるようになったのです」
 「うん。確かに神父様の言う通りやな」
 ウンウンと頷く木乃香。
 「しかしながら、お兄さんが嫌がる事ばかりされていては、例え貴女のお兄さんが広い心の持ち主であっても、貴女が嫌われかねません。それは立場を置き換えてみれば、理解しやすいでしょう?」
 「せやなあ。うちだって、嫌な事されてもうたら・・・」
 「だから、違った方面から攻めてみるのも良いでしょうね。妹らしく甘えるとかしてみてはいかがでしょうか?他にも料理を作って食べて貰う、とかも良いですね。いっそ貴女のお友達と一緒に行動されてみては・・・」
 (・・・あれ?私は何を言ってるんだ?と言うか、何故かシンジさんを落とす恋愛講座になっちゃってる?しかもこのかと桜咲さん同時?)
 今更ながらに首を傾げる美空。だが発言は撤回出来ない。
 「おおきに、神父様。せっちゃんと一緒に頑張ってみるわ」
 美空が『やっべえ』と後悔した時には、すでに木乃香は席を立った後だった。
 だが引き留めようにも引き留められず、口の中でモゴモゴするばかりである。
 「・・・まあいいや。困るのはシンジさんだし」
 「・・・美空、面倒臭くなった」
 ココネの容赦の無い指摘に、視線を逸らす美空。
 そこに新たな来訪者が訪れる。
 「神父殿。少々、宜しいでござるか?」
 (うおい!今度は長瀬さんかよ!)
 「ゴホン!本日はどのようなご相談ですかな?」
 「実は、友人に色々と思わせぶりな事を言われたのでござる。父上にも相談したのでござるが、父上は笑うばかりで答えを示してはくれなかったのでござる。ただ拙者の好きな様にすれば良い、とだけは言ってくれたのでござるが・・・」
 「まずはどのような事情があったのか教えて頂いても宜しいですかな?」
 学園祭の最終日、真名との戦いの最中に交わした言葉の遣り取りを口にする楓。さすがに魔法絡みの点は巧妙に隠してはいるが、それでも要点は掴むことが出来た。
 (・・・まさか長瀬さんまで・・・無自覚天然女タラシって言われてたけど、確かに納得できるわ)
 「要点は理解出来ました。ですが、これについては私から言えるのは1つだけです。ご自分で答えを見つけられる以外の答えはありません」
 「・・・そうなのでござるか?」
 「私が思うに、貴女は自分自身と向き合う、と言うスタート地点にまだ立っていないのです。だから答えが分からないだけ。その方と、貴女の知人―出来れば同い年以上の男性の知人とを色々と比較して違いについて考えれば、おのずと答えに気付く筈です」
 「男性の知人でござるか。そうなると拙者の場合は、高畑先生に学園長殿でござるかな。だがすぐに答えが見つかるとも思えぬでござるよ。30過ぎの男性にご老人とシンジ殿の違い・・・」
 首を傾げる楓。やがてポンと手を打った。
 「うむ。女子寮に住んでいるか否かでござるな!」
 ドンガラガッシャンと音を立ててスッ転ぶ美空。膝の上にいたココネは、見事にトンボを切ると、音も無く床に着地する。
 「分かったでござるよ!つまり、女子寮に住んでいる=欲望に負けたシンジ殿が男として暴走する危険性を拙者が無意識の内に察していたという事でござるな!なるほどなるほど。父上が拙者に好きにしろと言われたのは、ケダモノとなったシンジ殿の毒牙から己が身を挺して皆を守るも、見捨てるも自分で考えろ、という意味だったのでござるな!」
 (アハハハハ、シンジさんゴメン。長瀬さんの中でシンジさん、性犯罪者にカテゴライズされちゃったよ・・・それにしても長瀬さん、ちょっと天然入ってる?)
 「失礼するでござるよ、神父殿!皆を見捨てるなど論外!そしてシンジ殿の名誉を守る為にも、拙者は必ずシンジ殿の暴走を食い止めてみせるでござるよ!」
 意気揚々と立ち去る楓。途中『真名殿にも助言を頂くでござるよ』と言っていた為、彼女が軌道修正してくれるに違いない、と責任放棄する美空である。
 「アタタタタ、腰、打っちゃったよ」
 「美空・・・おばさん?」
 「花の中学生捕まえておばさんとは言ってくれるねえ、ココネ」
 グリグリとコメカミを圧迫する美空。そこへ新たな来訪者がやって来た。
 「失礼します、少し相談に乗っていただきたいのですが」
 聞き覚えのある声に、ゴホンと噎せる美空。
 「だ、大丈夫ですか?」
 「いえ、大丈夫です。どうぞ続けて下さい」
 (つーか、シンジさん!?何でここに!?)
 パニック寸前の美空。だがシンジは正体に気付く事無く、言葉を続けた。
 「僕に人を愛する資格があるのかどうか、それについて悩んでいます。さすがに知人に相談するのも躊躇われるものですから」
 (そんな事相談にこないでよ!アンタの場合、洒落にならないほど重いんだから!)
 後悔する美空だが、既に後の祭りである。
 「僕は恋人と友人を助ける事が出来ずに見殺しにし、僕を守る為に妹が死に、大義名分の為に親友を殺しました。そんな僕に好意を向けてくれる子がいます。ですが、僕はそれを受け入れていいのかどうかが分からないんです」
 「そ、それはまた、お辛い体験でしたでしょうな。罪の意識ゆえに、と言う所でしょうか?」
 「はい、そうです。僕が犯した罪は許されるべき物ではありません。それは僕自身が一番理解しています。だからこそ、彼女達の想いを受け入れてしまえば、その罪の償いに彼女達を巻き込む事になってしまいます。だからこそ、断るべきではないか。そう考えています」
 (・・・重い、重すぎるよ・・・でもここでそれを認めちゃったら・・・)
 ハルナの努力を美空は知っている。追いかけてきたアスカの本心も、美空は知っている。自らの想いを自覚し、宣戦布告した刹那の姿も見ている。そうなると絶対にシンジの言い分を認める訳にはいかなかった。
 「・・・貴方は、その少女の事をどう想われているのですか?」
 「守りたい、その一言に尽きます。二度と失いたくない。その為なら僕は・・・何度でも罪を犯すでしょう」
 「そこまでして守りたいのですか。ならば、それが貴方の本心なのでしょうね」
 (しっかし、まいったねえ。さすが秘密結社相手に喧嘩売る人は違うよ。必要なら平気で躊躇いなく、か・・・逃げたいなあ・・・)
 既に心は懺悔室から逃走している美空である。膝の上ではココネが小さく『自業自得』とボソッと呟く。
 「お話を伺った所、貴方はその女性に好意を持たれているように聞こえましたが、これは間違いないのですかな?」
 「ええ、それは間違いないと思います。僕にない物を持っていたアスカ、僕に純粋な好意を持ってくれたハルナと刹那。彼女達の想いは、僕にとっては嬉しいものです。ですが、どうしても受け入れる事が出来ないのです」
 (・・・シンジさんも本音では満更でもなさそうだね。それなら・・・上手くいけば進展するかもしれないし)
 妙案を閃く美空。
 「一度、そのお嬢さん方と話し合われてみてはいかがでしょうか?自分と付き合えば、自らの罪に巻き込まれる事になる。その覚悟はあるのか?と。貴方の背中を支え、時に貴方自身を守るほどの覚悟をお持ちであれば、きっとどのような困難も、一緒に乗り越えていく事ができるでしょう」
 「し、しかしそれでは・・・」
 「人は1人では生きていけません。互いに支え合い、大きな困難を乗り越える。これこそが、パンドラの箱に残っていた希望という物ではないでしょうか?唯一の神に仕える者としてはいささか心苦しい話ではありますが、迷える子羊の為にもお目こぼし戴きましょう、アーメン」
 少し大袈裟に十字を切ってみせる美空。対するシンジはと言えば『もう少し、自分なりに考えてみる事にします、ありがとうございました』と言って席を立った。
 「うわあ、ヤバかったなあ・・・まさかあの人が来るとは思わなかったよ」
 「もう止めたら?」
 「そ、そうだね。さすがに・・・」
 そこで聞こえてきたガタガタという音に『ちょっとー!?』と内心で叫ぶ美空。だが既に相手が席に座っている以上、断る訳にも逃げだす訳にもいかなかった。
 「神父様、僕・・・どうやって生きていけば良いのか分からないんです。人生って何なんでしょうか?」
 (重いな、少年!)
 ズーンと暗い空気を纏って顔を俯けているネギ。肩に座っているカモが、小さく溜息を吐いている。
 「色んな人が僕に話をしてくれて、そのどれもが正しく思えてくるんです。そうすると、どの道へ進むべきなんだろうか、それとも立ち止まるべきなんだろうかと考えるうちに、何も分からなくなって・・・」
 (なるほど、アスナも大変だ。こりゃ本屋達も浮かばれまい)
 「そうですな・・・君にはゆとり―余裕と言う物が足りませんな」
 その言葉に、ネギがキョトンとする。
 「少年よ。君にも好きな子がいるでしょう。誰か1人、特別に好きな子の事を思い浮かべてみなさい」
 次々に、顔を思い浮かべていくネギ、やがて1人の少女を思い浮かべた所で、ネギがボン!と顔を赤くした。
 「そのように好きな子の事を考えたり、同年代の友達と馬鹿なことをして遊んだり。今の君に必要な事は、そんな事なのです。夢に向かって一直線に走る、それは確かに素晴らしい事です。ですが人間は、常に全力で走る事ができる訳ではありません。それは君にも分かるでしょう?」
 「・・・はい。それは分かります」
 「時には休憩の為に休んだり、ゆっくり歩いてみたりする事です。きっと見落としていた物、気付かなかった物に気がつく事ができるでしょう。それが君の求める答えに繋がっている、私はそう思います」
 
 『ありがとうございました』と言って教会から去っていくネギの背中を見届けると、美空は『はあ』と大きな溜息を吐いた。
 「もう2度とやらねえよ、こんな疲れるのはコリゴリだ」
 「ミソラ、気付くのが遅い」
 「やっぱり私は、傍観者の立場から適当に悪戯して遊んでるのが性に合うよ」
 「あら残念。告解のお仕事を任せようと思ったのに」
 「絶対お断りっス!・・・シスター・シャークティー!?」
 次の瞬間、美空はシャークティーの怒りの一撃で礼拝堂もろとも吹き飛んでいた。

麻帆良祭後日談、CASE②長瀬楓の場合―
 週末の土曜日、朝の6時。ネギやシンジ・アスカを含んだ3-Aメンバーはエヴァンジェリンと茶々丸を除く全員が、女子寮前へ集合していた。引率としてタカミチ・詠春・千草が参加する。と言うのも、シンジの義手の取り付けがてら、NERVの見学会が行われるからである。
 「しかし、集まりが良いでござるな。ほぼ全員出席とは思わなかったでござるよ」
 「まあ遠足気分みたいなものだし。それに国連の施設見学なんて、滅多にない機会だからね。それが非公開組織となれば尚更だよ」
 「確かにシンジ殿の言う通りでござるな・・・どうやら来たようでござる」
 全員が遠足気分で待つ中、大型バスが入って来る。そして―
 「クエエエエエエエエ!」
 窓から飛び出してくる黒いナマモノ。少女達が凍りつく中、黒いナマモノは一直線にシンジに向かう。
 「ペンペン!」
 「クエエエエ!クエエエエ!」
 シンジに抱き上げられて喜ぶペンペン。1年以上会っていなかった訳だが、ペンペンもシンジがいない寂しさにストレスを貯めこんでいたらしい。
 もっともペンペンの場合は、食糧事情というよんどころない理由もあったのかもしれないが。
 「シンジさん、その子、まさかペンギン!?」
 「そうだよ。名前はペンペン。詳しい事情は省くけど、ミサトさんのペットだよ」
 「抱かせて抱かせて!」
 双子姉妹を筆頭に、まき絵や裕奈達が群がる。ペンペンもシンジに会えて落ち着いたのか、大人しく少女達に抱かれていた。
 そんな少女達のすぐ傍に、バスが静かに止まる。そしてバスの中からバスガイドが下りてきて―
 「みんな、今日の見学会は中止だから」
 「そうね、シンジの言う通りだわ」
 「ちょっと待ちなさいよ!何でそうなる訳!」
 バスの中から下りてきたのは、NERV総司令葛城ミサトであった。ただし、バスガイド姿である。
 「こんなに綺麗なお姉さんがバスガイドしてあげると言うのに、何が不満な訳!?」
 「「言って良いの(んですか)?」」
 まさに絶対零度と評すべき声色のシンジとアスカの切り返しに、旗を持っていたミサトがウッと呻き声を上げる。
 「アスカ、タイミングを合わせようか」
 「任せなさい。ユニゾン作戦よ!」
 「言わないで!お願いだから止めてちょうだい!ちょっと悪乗りしたかっただけなのよ!」
 泣いて謝るミサトの姿に『だったら最初からそんな事をしなけりゃいいのに』と斬って捨てる元・同居人。その容赦のなさに『仲が良いよね、あの3人』という声が上がる。
 「はいはい、ボケ漫才はそれぐらいにしときや。早めに出ないとマズイんやろ?お前の手術もあるんやしな」
 千草の救いの手に、矛を収めるシンジとアスカ。ミサトもその救いの手に顔を上げ―
 「・・・でも30過ぎてミニスカはきついやろ」
 トドメを刺されたミサトは轟沈した。

NERV本部―
 途中で休憩を挟みながら、一行は第3新東京市へと到達した。碁盤の目に道路が走り、公園と高層建築物が整然と並ぶ街並みに『おお』と声が上がる。
 「・・・葛城殿、少し宜しいでござるか?どうしてこれほどまでに、公園が多いのでござるか?」
 「1年半前まで、ちょっち色んな事があってね。結果として、開発用途が決まるまでの間は、景観的な理由から公園にしているだけなの。開発計画が進めば、また変わるんだけどね」
 「ふむ、そうなのでござるか」
 (・・・1年半。話に聞いた使徒戦役の傷痕、という所でござるか)
 麻帆良祭の一件終了後、楓はシンジを問い詰めて、その過去を聞いていた。その為、すぐに使徒戦役に思い至ったのである。ちなみに楓の想像通り、公園は元は兵装ビルであった場所が大半である。
 「さて、それではみんなビックリしないようにね。これからNERV直通の電車に乗り換えて貰います。高所恐怖症の子は、おトイレ済ませておくように」
 「・・・そういえば、バスじゃあカートレインは使えないですもんね」
 「そう言う事♪」
 旗を持ったミサトを先頭に、ゾロゾロとバスから降りる一同。電車に乗り換え、地下を走る。やがて電車の窓から見えたジオフロントの光景に、全員が呆気にとられた。
 「公式ホームページの写真は、見学者専用の表向きの写真なの。このジオフロントこそが、真のNERV本部って訳」
 「これ、NERVが掘ったんですか?」
 「ううん、天然よ。本当はまん丸の球体でね、89%が埋もれているの。で、私達は残り11%の空間を利用しているの」
 亜子の質問に、ミサトがあっけらかんと返す。だが忍びである楓や、スナイパーである真名と言った眼の良いメンバーは、ジオフロントの天井から生えている、人工的な物体に気がついた。
 (・・・真名殿、気付いたでござるか?)
 (ああ、信じられないがアレはビルだな。恐らくは兵装ビルだろう)
 かつての戦いの名残を残す物体に、複雑な思いを抱える2人。だがそんな2人の思いとは関係なく、電車はNERV本部へと静かに入った。

 「ミサト!貴女、仕事放り出して、何を遊んでいるの!」
 「リ、リツコ!?」
 電車の扉が開くのと同時に、リツコの雷がミサトを出迎えた。白衣姿のリツコは仁王立ちであり、その後ろには今は部長職へと昇格している元・オペレーター3人組が並んで苦笑している。
 「日向君。ミサトを司令室へ強制連行しなさい。昨日から溜まっている書類を決裁させたら、事務総長との会食へ突き出すように!良いわね!」
 「はい、分かりました。葛城司令、一緒に来て下さい」
 「待って待って!日向君!ここの責任者は私よ!?何でリツコの命令が上なのよ!」
 「何でって、そうしないとお給料が貰えなくて、結婚できなくなるからです」
 強烈極まりない皮肉に、ミサトがガスンと駅の柱に頭を打ちつける。その姿に、マヤとシゲルが口を押さえて笑いを必死に堪えようとする。
 「リツコさん、ちょっとだけ待って下さい」
 電車の中から聞こえてきた声に、リツコが仕方ないわね、と譲る。同時に、シンジが電車から降りてきた。
 「「「シンジ君!」」」
 「御心配お掛けして申し訳ありませんでした」
 失踪してから1年半。変化したのは姿形だけではない。精神的な部分もシンジは大きく変わっていた。だが3人にとっては、シンジはシンジのままだった。
 『無事で良かった』とマコトが口に出せば、『お帰り、シンジ君』とシゲルが肩を叩く。その横では感極まったマヤが、ハンカチで顔を覆っていた。
 その光景に、シンジは今更ながらに自分が周りを見ていなかった事を痛感させられる。
 「本当にすいませんでした」
 「良いんだよ、シンジ君が無事でいてくれた。それだけで十分なんだからね」
 「ありがとうございます。こちらの手術が終わったら、また挨拶に伺いますね」
 その言葉を皮切りに、日向が『ああん、案内したかったのに~』と恨めしげに呟くミサトを司令室へ強制連行する為に、その場を後にする。
 「それはそうとシンジ君。貴方、何で首輪なんてしてるの?しかもリードが・・・」
 黒い首輪に付けられたリードを視線で追いかけるリツコ達。その先にはオデコの広い少女―夕映が無表情のままリードを握っていた。
 「・・・シンジ君。悩み事が有ったら、いつでも相談してね?」
 「・・・恋愛に年齢は関係ないと言うけれど・・・不潔・・・」
 「ちょっと待つです!そこはかとなく、と言うか物凄い誤解があるですよ!」
 慌てる夕映だが、今の彼女とシンジを見て誤解しない方が少数派なのは間違いない事実である。例え、夕映の悪乗りという一面があったとしても。
 そして3-Aメンバーは野次馬根性を発揮して、生温かい視線を送りつつ、ニヤニヤと笑うばかりである。
 「シンジさんも何か言うですよ!」
 「卑しい飼犬めに何かご用でしょうか、ご主人様」
 ピシッと固まる夕映。爆笑に包まれる少女達。
 次の瞬間、夕映はシンジの顎目がけて全力の頭突き―アッパーを放てるほど、彼女は喧嘩慣れしていない―を喰らわし、シンジを悶絶に追い込んでいた。
 「さて、では私達も行くわよ。マヤ、発令所の管理は貴女に任せるわ。青葉君はこの子達の案内をお願いね」
 「分かりました。任せて下さい、先輩」
 「了解しました」
 リツコはシンジ―リードはシンジが纏めて持っている―を先導しつつ、その場を後にする。本当ならアスカもついて行きたかったのだが、アスカは青葉と一緒に案内する役目があるので追いかける事は出来なかった。 この絶好の機会に、ハルナや刹那もシンジに同行しようという考えはあった。しかし、当のシンジから関係者以外立ち入り禁止のエリアで手術だから、と事前に釘を刺されてしまい、同行を断念したと言う経緯があったりする。
 「さて、と。それじゃあ改めて自己紹介から入らせて貰うよ。ここのNERV本部で総務部長を務める青葉シゲルというんだ。今日はアスカ君と一緒に、ここの案内をさせて貰うよ、宜しく頼む」
 女子中学生の集団を前に、やや緊張気味のシゲル。だが3-Aはそんな事はお構いなしである。
 「青葉さん、何歳なんですか?」
 「今は26。今年で27だよ」
 「恋人はいるんですか?」
 「一応、婚約者がいるよ」
 『おお~』と上がる歓声に、戸惑い気味のシゲル。そこへパンパンと手を叩きながらタカミチが割って入った。
 「こらこら、いきなり質問攻めにしては困ってしまうだろう?」
 「ああ、ひょっとして担任の先生でいらっしゃいますか?」
 「ああ、僕は副担任です。ネギ君」
 ちょいちょいと手招きされて、ネギが前に出てくる。突然の子供の登場に、目を丸くするシゲル。
 「ネギ・スプリングフィールドと言います。3-Aの担任で、英語を教えています。今日はお招きいただいてありがとうございました」
 ペコリと頭を下げるネギ。対するシゲルはどう反応して良いか分からず、タカミチを見直す。
 「いえ、冗談ではありませんよ。彼は本当に教師なんですよ」
 「・・・本当に?」
 「「「「「「そうでーす!」」」」」」
 一斉に声を上げる少女達。それ以外のメンバーは、困ったように笑うばかりである。
 「・・・君、幾つなの?」
 「今は10歳です。シンジさんには色々お世話になっています」
 「そ、そうなんだ・・・」
 少しよろめいたシゲルだったが、そこはNERVの幹部。使徒戦役で鍛えられた精神力を発揮して、何とか気を取り直す。
 「とりあえず施設を案内するよ」

 使徒迎撃という任務を終えたNERVの役目は、最先端技術の開発・管理である。具体的には量産型MAGIと言うべきコストパフォーマンスに優れた情報処理機器の開発や、エヴァンゲリオンのデータからフィードバックされた技術を医療技術等に転嫁する事、或いはS2機関を研究し、新たな次世代のエネルギーとして使えるようにするのが仕事である。
 それら1つ1つに案内して行くシゲル。最初にやって来たのはS2機関を研究するエネルギー開発課である。
 肉厚のガラス越しに研究室を覗き込む一同。中では10名ぐらいの研究者が、忙しなく動いている。
 「ここではスーパーソレノイド機関―通称、S2機関という物を研究しているんだよ。これが開発に成功すれば、世界中に衝撃が走るだろうね」
 「そんなに凄いの?そのS2機関って」
 「S2機関が完成すれば、これ1つで日本の電力全てを補えるんだよ。その上、クリーンエネルギーだから、NERVは必死になって研究しているんだ」
 その答えに、問いかけた和美が目を丸くする。確かにシゲルの言う事は正しい。ラミエルの出力は、日本の電気全てを集めたポジトロンスナイパーライフルと互角だったのだから。
 「本当にそんな物が実在するの!?」
 「本当だよ。もっとも僕達は理論を追随して、手を加えながら研究しているだけなんだけどね。この理論の提唱者は葛城ヒデアキ博士―葛城司令のお父さんなんだ」
 その言葉に、シンジの記憶を見た者達が一斉にシゲルを見る。
 「毎日が思考錯誤の繰り返しなんだよ。それでもみんな、諦めずに研究しているんだ。これが完成すれば、きっとみんなが幸せになれるからね」
 「・・・失礼、宜しいですか?S2機関と言いましたが、危険性はないのですか?」
 「無い、とは言い切れませんね。でも、誰も引き下がりはしないでしょうけど」
 「その理由を教えていただいても良いですか?」
 詠春の言葉に、シゲルは少し顔に影を落としながら口を開いた。
 「・・・犠牲ですよ。NERV―いえ、前身であるゲヒルンの時代からの犠牲。それを無駄にはできません。それに、僕達NERVの大人がしなければならない贖罪でもあります。その事を、僕達NERVの人間全てが理解しているんです」
 シゲルの言葉は、少女達の大半は正確に理解できなかった。だがシンジの過去を知った者達は、シゲルの言葉の意味を正確に理解できた。
 「その言葉、期待していますよ」
 「ええ、見ていて下さい。シンジ君の養父である貴方にこそ、こちらから、その役目をお願いしたいほどです。では次へ行きましょうか」

 次に案内されたのは生体工学課であった。
 「ここでの研究目的は2つ。1つは機械制御による義肢の開発。もう1つはクローン培養を利用した、臓器移植の実用化を目指しているんだ。特に臓器移植の最大の欠点は、拒絶反応の危険性と臓器提供者の少なさだ。けどクローンを利用できれば、そのどちらも解決ができるんだよ」
 これは比較的理解しやすかったのか、少女達からも口々に『おー』と声が上がる。そんな中、ハルナと刹那が口を開いた。
 「「シンジさんの左腕、クローンで治せないんですか?」」
 「・・・本当は、治してあげたいんだけどね。まだまだ研究段階なんだよ。それに残念ながら、シンジ君が腕の移植を拒否しているんだよね。あの子らしいと言えばあの子らしいけど。だから今回は機械制御の義手を付ける事になったんだ。ところで、僕も聞きたいんだけど、君達はシンジ君と親しいのかい?」
 「一応、アタシのライバルよ」
 アスカの言葉に、シゲルが『マジ?』とつい、地を出してしまう。
 「はい、本当です。シンジさんには断られましたけど、諦めてはいません」
 「私もです!絶対に諦めません!」
 『いいぞー!パルー!』『頑張るんやで、せっちゃん!』と少女達が歓声をあげる。一方、驚いたのは千草とタカミチである。2人はハルナがシンジに告白していた事を知らなかったからであった。
 「嬢ちゃん、ホンマか?あの馬鹿弟子を・・・」
 「はい!」
 「そうか、本気なんやな・・・」
 変わりつつある弟子を思い出し、感無量の千草である。そこへシゲルが声をかけた。
 「僕達はどうしても、心情的にアスカ君に肩入れしちゃうんだよ。付き合いが長いからね」
 「それなら問題ないわよ、私達はハルナと桜咲さんに肩入れするからさ」
 アスナの言葉に一斉に『おー!』と上がる歓声。3-Aの息の合いように、アスカは肩を竦め、シゲル達大人組は苦笑するしかなかった。

 次に向かったのは発令所である。使徒の危険が無くなった今、既に発令所の役目は失われ、純粋にMAGIの管理室と化しているのが現状である。
 「ここがNERVでもっとも重要な施設の1つだよ。正面にあるあれがMAGIの本体だ」
 その言葉に『おお!』と聡美が反応する。千雨も世界最高峰のコンピューターを前に好奇心を押さえきれないのか、チラチラと視線を向けていた。
 「これの量産型が、国連の主要五ヶ国に設置されているレプリカMAGIなんだよ。MAGIオリジナルが完成したのは2010年。でも未だにMAGIを上回るスーパーコンピューターは登場していない。これ1機で第3新東京市の全てを守っているのは伊達じゃないんだよ」
 「・・・それって、ハッカーとかって事か?」
 「そうだね。ところで、そう言う事を聞いてくるって事は、君が長谷川さんかな?もしそうなら、副司令が悪戯を用意してるんだが、挑戦してみるかい?」
 ピクンと反応する千雨。
 「おもしれえ、何をやらせるつもりだ?」
 「ああ、準備は整ってるよ。マヤ!」
 シゲルの声に、MAGIの前で仕事をしていたマヤが手を振る。
 「そこの席に座ってくれ。操作方法は大丈夫そうかな?」
 しばらくカチャカチャと指を動かす千雨。だがすぐに『問題無いぜ』と返してくる。
 「良いかい?君はMAGIの1つメルキオールを使って貰う。やって貰うのは、副司令が用意した防壁を突破してカスパーに接触する事だ。メルキオールもカスパーも、性能は互角。となると、純粋に技術の勝負となる」
 「クク、良いぜ。やってやろうじゃねえか!」
 MAGIに直接触れられるという事もあり、興奮のあまり地が出てくる千雨。そんな千雨を、聡美が羨ましそうに見る。
 「彼女が終わったら、挑戦してみるかい?」
 「良いんですか!?」
 「良いと思うよ。特に止められてないしね」
 残ったバルタザールが、千雨の侵攻状況を分かり易くパーセンテージのグラフ状にして表示する。だが千雨がどれだけ早く指を動かしても、どうしても30%より上に進む事ができない。
 「こんなプログラムがあるのかよ!?」
 「MAGIの防壁は、全て副司令のオリジナルなんだ。だからどこにも類似品は無いし、コピーも無い。純粋に技術勝負になるんだよ」
 「ハハ!そう言われたら、ますます負けられねえよ!」
 更に指を早く動かす千雨。徐々に口数が少なくなる。だが遂に、バルタザールが終了を告げる警告音を鳴らした。
 「チッ、32か・・・」
 「いやいや、十分凄いさ。中学生でここまで食い下がれる子なんて、まずいないよ」
 良く分からないながらも、千雨は健闘したのだという事だけは理解できた少女達から、『千雨ちゃん凄い!』と歓声が上がる。その時になって、クラスメートの前でハッカー・チウの顔を見せていた事に気付くが、最早どうしようもない。
 自己嫌悪にかられる千雨を横に、今度は聡美が挑戦する。やはり聡美もクリアは出来ず記録は21%という数字だった。さすがに今回は、ハッカーとしての千雨の勝利である。
 「ふむ。コンピューターに関しては、葉加瀬殿も一歩譲るでござるか」
 「ああ、その手の連中の間では、それなりに有名みたいだからな」
 一番最後列で耳打ちしあう楓と真名。その視線の先では、聡美が『このプログラム貰えないでしょうか!』とシゲルに詰め寄って、それを見たマヤがクスクス笑っていた。
 
午後、シンジside―
 「あら、もう目が覚めたのね?」
 「・・・リツコさん?・・・そうか、僕は手術していたんでしたね」
 シンジが麻酔から目を覚ます。本来なら、あと3時間は眠っている筈なのだが、それでも目を覚ましたのだから、リツコが驚くのも当然だった。
 「目を覚ましたのなら、ちょうど良いわ。試してみましょうか」
 シンジが視線を左肩に向ける。そこには鈍く輝く金属が存在していた。
 「さあ、つけるわよ」
 試作型と一目で分る、スケルトンの義手が取り付けられる。カチャッという音とともに、義手はお互いに引きあうようにくっついた。
 「では動作試験を行うわよ?」
 指を1本ずつ、続いて手を握り、手首を動かし、肘を曲げ、と順番に試していく。結果、問題がない事が分ると、リツコは満足そうに頷いた。
 「試作としてはまずまずね。でも注意しておくことがあるわ。まず動力源は電気なの。取り外せば家庭用電源から充電できるからね」
 「分りました。防水の方はどうなんでしょうか?」
 「そうね、基本的には問題ないわよ。淡水だろうが海水だろうが、それは同じ。あと中にはデータ送信の為の送信機を入れてあるわ。将来的には『気』を動力源にできるようにしてあげたいんだけど、さすがにデータ不足なのよ」
 「それは仕方ないですよ。それに、これだけの物を作ってくれただけで十分です。ありがとうございます」
 さすがに生身の手ほどで素早く動いてはくれない。人形使いの技も、今までに比べれば格段に落ちてしまうのは間違いない。
 「しばらくは慣れる事を最優先にしなさい。無茶はしちゃ駄目よ?」
 リツコにしっかりと釘を刺されると、シンジは困ったように笑う事しかできなかった。

翌日―
 3-Aメンバーは、折角だからという事で第3新東京市へ買い物に足を延ばしていた。使徒戦役後、疎開していた者達も徐々に戻ってきているおかげで、人口が回復すると同時に賑わいも取り戻していた。
 彼らが戻ってくる事を決めた最大の理由は、定期的に行われていたシェルターへの避難訓練が撤廃された事で、もう安心なのだと理解したからである。
 義手を取り付けたシンジも交えて、買い物を楽しむ一同。そこへ聞こえてきた声に、シンジ―本日の首輪は青、リードは木乃香が持っている―が顔を上げた。
 「碇君!」
 「センセ!センセやないかい!」
 「シンジ!」
 「トウジ!ケンスケ!洞木さん!」
 久しぶりの友人との再会に、シンジの顔に笑みが浮かぶ。
 「無事やったんやな!って何や、その左腕は!?」
 「オイオイ、交通事故でも遭ったのかよ!」
 「ちょっと無茶しちゃってね。だけどトウジこそ足の調子はどうなのさ?」
 「全く問題ないわ。NERVの義足やから、走る事も出来るしな。それにクローン技術が改良されたら、いつか足を移植してくれる言うてくれたわ」
 お互いにバンバン叩きながら再会を喜びあう3馬鹿トリオ。その横を通って、ヒカリがアスカに近寄る。
 「アスカ、麻帆良の生活はどう?」
 「大丈夫よ、元気でやってるから」
 「後ろの子達かしら?」
 その言葉にアスカが頷くと、ヒカリは笑顔で3-Aメンバーの前に立った。
 「私、洞木ヒカリと言います。アスカの親友なの。よろしくね」
 丁寧なヒカリの挨拶に、一斉に頭を下げる少女達。そこへトウジとケンスケが顔を向ける。
 「ワイは鈴原トウジや、センセのダチやねん、よろしゅうな」
 「俺は相田ケンスケ。シンジの友達だよ、よろしく」
 相田という名前とその顔に、自分のHPの常連である事に気付いた千雨が、何気なく隠れようとする。
 「お兄ちゃんの友達なん?ウチは近衛木乃香言うんや、よろしゅうなあ」
 「「「妹!?」」」
 驚く3人。そこでシンジが、今は近衛と言う家に養子入りしている事を説明すると、3人は『そう言う事かと』素直に納得した。
 「ところでシンジ。1つ訊きたいんだが、何で首輪?しかもリードが・・・」
 リードの先は、妹と紹介された木乃香が持っている。
 「お兄ちゃんに、悪い虫をつけん為や」
 無言でシンジの肩を叩くトウジとケンスケ。その表情は、言葉で表現するなら『憐憫』という単語が当てはまった。
 「色々心配かけちゃってね。それに対する罰みたいなもんだよ」
 「・・・罰ゲームみたいな物かしら?それなら良いけど、良くアスカが参加しなかったわね?」
 「アスカは明日だよ」
 降り立つ沈黙。ヒカリの『何やってんのよ、アスカ』という無言の視線がアスカに突き刺さる。当のアスカは慌てて明後日の方向を見て、下手な口笛を吹き出した。
 「アスカ!貴女ねえ、何の為に麻帆良まで行ったのよ!」
 「ご、ごめんなさい、ヒカリ!でも成り行きで!」
 「1年以上も泣き暮らして、追いかけた揚句がコレな訳!?」
 「ああああ!それは内緒でしょ!?」
 ヒカリとアスカの漫才劇に、一同、苦笑するばかりである。
 そんな和やかな雰囲気の中、シンジの現状に対する質問が出た瞬間、木乃香は何の考えも無く『お兄ちゃんは女子寮の寮監やってるんやえ』と爆弾を放り投げた。
 「「な、なんつー羨ましー奴」」
 「すーずーはーらー!」
 「ちょ、待ってや!委員長頼む、勘忍や!」
 平謝りするトウジ。だがヒカリは『どうせ私なんかお弁当だけなんでしょう?』と拗ねる真似をし、トウジは更に必死になって頭を下げ続ける。
 その光景に、ハルナと五月がポンと手を叩き、千鶴は口に手を当てながら笑いだした。
 「思い出した!ひょっとしてシンジさんが話してくれた2人!?」
 「・・・ん?どういう事?」
 「年末のイベントで話してくれたんです。お弁当で彼氏を尻に敷いた中学生の女の子の話を」
 ハルナと五月の言葉に、ピシッと固まるヒカリとトウジ。やがてヒカリの体がプルプルと震えだす。
 「いーかーりーくーん!」
 「いやあ、女の子にとって料理は好きな男を物にする最強の武器だよという実例として挙げただけで・・・」
 「ちょっと待てや、センセ!その言い方だと、まるでワイが委員長・・・いや、何でも無いです、スンマヘン」
 隣から遠慮なく突き刺さって来たヒカリの視線に、即座に詫びを入れるトウジ。その光景に、ケンスケが肩を竦める。
 そんな光景に、複雑な顔を浮かべているのは夏美である。夏美はヒカリ同様、ソバカスのある顔にコンプレックスを持つ少女である。にも関わらず、彼女同様ソバカスのあるヒカリが、トウジという恋人を得て幸せな時間を過ごしている事に、自分と大きな差を感じていたのだった。
 「・・・夏美ちゃん、自分を卑下するのは早すぎると思うわよ?」
 耳元に囁いてきた千鶴に、夏美が『え?』と返す。
 「あのヒカリさんも、努力したんだと思うわよ?」
 「そうだね、うん、ありがとう、ちづ姉」
 クスッと笑いあう2人。やがてシンジの第3新東京市時代の話が出た中、ヒカリがキョロキョロと3-Aを見回しだした。
 「どうかしたの?ヒカリ」
 「うん、超さんって子を捜してるの。一度、お礼を言っておきたかったから」
 超の名前に、複雑そうな表情が浮かぶ中、古が口を開いた。
 「超はもういないアルね、故郷へ帰ってしまったアルよ」
 「そうだったの・・・超さんにはお世話になったから、もう一度、お礼を言っておきたかったんだけど、残念ね」
 「その気持ちだけでも、超は喜ぶアルよ」

 路上で30人以上の集団で立ち話を続けるのも迷惑だという事で、一行は近くの公園へ場所を移した。
 互いに自己紹介し合う中、当然のようにネギが教師という事実に驚くヒカリ達。それでも和気藹藹とした雰囲気の中で話は進む。そんな中、シンジはトウジに肩を叩かれて振り向いた。
 「センセ、ちょっとトイレ付き合おうてくれへんか?」
 「いいよ、じゃあ行こうか」
 席を外す2人。やがて少女達から姿が見えなくなった所で、トウジが振り向いた。
 「センセ、こっちには戻ってくる気がないんか?」
 「・・・そうだね、第3に戻るつもりは無いよ。でも、どうしてそう思ったの?」
 「これでもセンセのダチやねん。ずっと行方不明やったんも、それに関係しとるんやろな」
 自販機にお金を入れてジュースを買うと、1本をシンジに放り投げる。
 「ありがとう・・・僕にはやらなきゃいけない事があるんだよ」
 プシュッと音を立ててプルタブを開けると、グイッとジュースを流し込む。そのまま少女達が話に夢中なのを確認すると、シンジは口を開いた。
 「僕の戦いはまだ終わっていないんだ。いや、始まったと言うべきか。僕は綾波を解放してあげないといけないんだよ」
 「綾波か・・・やっぱ、綾波が行方不明なんも理由があったんやな」
 「その通りだよ。僕はその為に戦っているんだ。だから第3へは戻ってこられない」
 その言葉を聞きながら、トウジもまたジュースを一気に半分ほど流し込んだ。
 「どうしてもか?センセは十分戦ったやろ。もうこれ以上戦わんでもええやんか。こう言っちゃなんやけど、あとはミサトさん達に任せるべきなんやないか?」
 「・・・いや、ダメなんだ。綾波は僕がこの手で解放してあげないといけないんだよ。それが綾波のたった1つの願いなんだ・・・」
 「センセ、何か隠してるやろ。ワイには言えない事なのか?」
 思いがけない言葉に、シンジがトウジの顔を見る。
 「・・・何で『解放』なんや?『助け出す』でええやないか?それに綾波の最後の願いって、まるでアイツが死んでるように聞こえるで?」
 「・・・ごめん、それ以上は口にできないんだ。これは僕がやらないといけない事だから」
 「ワイらダチやろ!センセの為なら何だって!」
 「それで洞木さんを巻き込んでしまって良いの?」
 トウジが目を大きく見開いた。だがシンジは、トウジへ畳みかけるように言葉をかける。
 「妹さんはどうするの?トウジ、君には命を賭けてでも守りたい人がいるんだろ?その人達の安全と引き換えになってしまうんだよ?トウジ、君は洞木さんや妹さんを守る為にその命を賭けるべきだ」
 「・・・センセ、変わったんやな・・・ワイの知っている碇シンジとは全くの別人や。そんなん言われてもうたら、ワイ、何も言えんくなってまうやんか」
 「そのつもりで言ったからね。僕は失踪している間に、色々な経験をした。その結果、僕はこの世の真理―大原則とでも言うべき物を理解したよ」
 シンジがシュッと空き缶を投げる。だが缶は缶入れに弾かれて地面を転がった。
 「トウジ。今、僕は横着をしようとして、缶を外してしまった。この場合、僕は自分でもう一度缶を直接捨てるという行動の他に、自分の運動神経の悪さを周囲に晒したり、または周囲から『マナーのなってない奴だ』という評価を受ける。最初から自分で捨てに行けば、こんな事にはならなかったのにだよ?ここまでは良い?」
 「・・・ああ、確かにセンセの言う通りやな」
 「つまり、恥を晒したり、周囲からの悪評価という対価―犠牲を支払わなければならなくなったんだよ」
 自分で空き缶を捨て直すシンジ。今度はちゃんと缶入れに収まった。
 「事を為すには対価が必要だと言う大原則の事さ。つい先日、僕はある事を成す為に対価を支払う覚悟を決めた。それでもなお、対価は足りずに左腕を失い、命を落としかけ、その上、事を成す事はできなかった」
 「センセ・・・」
 「でも僕はここにいる。綾波のおかげで。だから僕はやるべき事をやるんだよ。綾波の『解放』という願いを叶える為にね」
 無言のまま、トウジはシンジに近付く。するとシンジの胸を軽く拳で叩いた。
 「・・・センセの覚悟は分かったで。でも1つだけ言わせて貰うわ。あんまり1人で思い悩むんやないで」
 「うん、それについては痛いほど思い知らされたよ。だから今度はちゃんと周りに手伝って貰いながら進める事を決めているんだ。だから僕は1人じゃない」
 「なら、ええんや。頑張りや、センセ」



To be continued...
(2012.07.28 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は色々と悪ノリしてます。折角だから前回出てきた首輪ネタを活用しつつ、原作のパロディと、オリジナルストーリーの2本立てにしました。楽しんでいただければ幸いです。
 話は変わって次回です。
 アスナの主導のもと、ナギ捜索の為、ネギま部が創設される。そのネギま部創設に当たり、名誉顧問を務めるエヴァンジェリンはあるテストを課す事に。
 そんな感じの話になりますが、これだけではありません。紅の翼アラルブラ最後の2人ラストメンバーの話も、多少ではありますが加わる事になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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