第四十七話
presented by 紫雲様
海水浴場―
「海だーーーー!」
水着姿の少女達が歓声を上げて海へと突撃する。その顔は笑顔に溢れていた。
「やっと・・・やっと、あのエヴァちゃんの地獄のような修行から解放されたのよ!ウェールズへ行くまでの最後のオアシス、目一杯楽しむわよ!」
拳を握りしめて宣言するアスナ。よほど、エヴァンジェリンの修業がきつかったらしい。
「ストレス溜めてるなあ」
極めてハイテンションになっているアスナに、白い首輪をつけたシンジが呆れたように呟く。その隣にはリードを手にしたスクール水着の刹那が陣取り、更にその横にはニコニコと笑う白いワンピース姿の木乃香がいる。一方、シンジを挟んで反対側には白いビキニのハルナがシンジの腕を胸に挟む様に抱きついており、その光景を複雑そうな視線で見つめる黒いワンピースの夕映。そしてシンジの背後には赤いビキニのアスカが抱きつくように、シンジの肩に顎を乗せていた。
「じゃあ僕はここにいるから、みんないってらっしゃい」
「「「「何でそうなる!」」」」
「ややわ~お兄ちゃんたら~」
4人がツッコム中、1人どこからともなく愛用のハンマーを取り出す木乃香。そんな妹の姿に命の危機を感じたのか『申し訳ありません、遊ばせて下さい』と頭を下げるシンジ。
「ほら!義手を外して!」
「・・・ドナドナド~ナ~ド~ナ~♪」
ズリズリと強制連行されるシンジ。さすがに少女達とは言え5人がかり―内、2人は武闘派である―で来られては、シンジに抵抗などできようはずも無い。
「そうそう。私達みたいな可愛い女の子が相手をしてあげるんだから、もっと喜んでくれたって良いのに」
「ハルナの言う通りよ!どこが不満な訳!?」
「お兄ちゃん、うちの水着、似合うとるかな?」
「シンジさん、やはりその・・・スクール水着ではダメなのでしょうか?刀子さんから殿方が喜ぶと伺ったのですが・・・」
「・・・クッ、やはり大きさなのですか・・・」
ビキニ姿でズイッと迫るアスカとハルナ。正面でクルッと回ってみせる木乃香。リードを軽く引っ張って、恥ずかしげに俯く刹那。悔しげに歯噛みする夕映。そんな少女達にシンジは言葉も無く白旗を振って降参する。その光景に浜辺中の視線が集まっていた。
当然の如く、注がれる嫉妬の視線。だが注がれる対象が隻腕・褌・美形という凸凹すぎる特徴の持ち主である事に気づき、嫉妬は不審のそれへと変化していく。
そんな周囲の状況の変化に気づく事無く、シンジ達は遊んでいた。
「シンジさん達、どこ行っても目立つわねえ」
「そうでござるな。まあ目立つ組み合わせではござるが」
アスカとハルナは凹凸のあるスタイルをした美少女である。それがビキニ姿で甘えているのだから、目を引くのは当然である。
木乃香と夕映はおとなしいワンピースの美少女である。傍目に見ると仲の良い兄妹―木乃香は事実、妹なのだが―の姿に、周囲の夫婦や親子連れから暖かい視線が注がれる。
刹那は最初は恥ずかしそうにしていたのだが、しばらく経つと吹っ切れていた。しかも今の刹那はスクール水着。そんな姿で『周りから見たら私がシンジさんを飼っているように・・・うふふふふ』と笑っているのである。この背徳的な光景に、周囲の男を中心に不穏な気配が立ち込める。
シンジもまた美形と言って良い少年である。ただ隻腕に褌というあまりにも特徴的な外見の持ち主の為、悪目立ちしていた。
「そろそろ行くわよ!」
「「「「「せえの!」」」」」
5人がかりで海へと放り投げられるシンジ。ドッパーンと水柱が立ったところへ、少女達は笑いながら突撃した。
「さてと、それじゃあ私達も」
「ホーホッホッホ!」
聞き覚えのある高笑いに、アスナが『ウ・・・』と顔を顰めながら振り返る。そこにはあやかの姿があった。
「って何でいいんちょがいるのよ!これはネギま部(仮)の合宿よ!?」
「あら?ネギま部(仮)って何の事ですの?私は偶然、ここにいるだけですわ」
「「「「「「私達もいるよー!」」」」」」
裕奈やまき絵、双子姉妹を筆頭に飛び出してくる少女達の集団。結果として、茶々丸とエヴァンジェリン以外の全員が大集合していた。
「ふっふっふ、アスナ、今日こそはそのバッジを貰うわよ!」
裕奈の声に、亜子とまき絵、双子姉妹が同時に襲いかかろうとし―
「おやめなさい!」
あやかの叱咤に、少女達がピタッと足を止める。
「私達は負けたのです。それは変えようのない事実です。素直に諦めなさい!」
「で、でも・・・」
「でも、ではありません。そもそも奇襲を仕掛けておいて負けたのに、正攻法で勝てると思っているんですか?私達とアスナさん達の間には、それほどの実力差があると言う事です」
そこまで言われてしまっては、裕奈達も無理強いはできない。渋々とではあるが、矛を収めるしかなかった。
「私達ではお役に立てないでしょう。悔しいですが、今回は引き下がりますわ。これ以上の詮索も致しません」
「いいんちょ、アンタ・・・思ってたより良い奴だったのね、誤解してたわ」
「それはどういう意味かしら?」
額に青筋を立てたあやかの背後に、怒りのオーラがゴゴゴゴゴと立ち上る。
「まあ良いですわ。皆さん、もう1度だけ言っておきます。2度とこの件に関して蒸し返さないように。良いですね?」
あやかの潔い態度に、ネギま部(仮)メンバーから感心の溜息が漏れる。特にアスナはあやかの態度に感銘を受けて、ジーンと感動していた。
「ですが、私、この夏は急にイギリスへ行きたくなってしまいましたわ。個人的に行くつもりなので、向こうで偶然、お会いする事もあるかもしれませんわね」
「全然、引き下がってないじゃないのー!」
「あら?私は貴女のクラブに入りたい等とは言っていませんわよ?それとも、貴女には私が個人的にイギリス旅行へ行くのを止める権利があるとでも言うのですか?」
更にはあやかの自家用機発言により、更なる歓声が沸き起こる。こうなると、もう手のつけようがない。
「ああ、もうどうしたら良いのよお!」
「アスナ殿、イギリスについて来るぐらい、良いのでは?」
「ああ、もう好きにすればいいわよ、全くもー」
その日の夕刻―
「何でみんな、そんなに元気なんだよ」
そう言いながら、シンジは砂浜に大の字になって転がっていた。すでに日帰りの海水浴客は姿を消しており、宿泊客もお風呂に入ろうとすでにホテルや旅館への帰路についている。そんな中、シンジ達は未だに海辺にいた。
「アンタがひ弱なだけよ!もっと基礎体力つけなさい!」
「こう見えても、僕は一般人よりは体力あるんだけどなあ・・・ふああ・・・」
「シンジさん、遊び疲れですか?」
「いや。最近、妙に眠いんだよね。寝不足なのかなあ」
もう1度大きな欠伸をするシンジ。そのすぐ傍には、1日中遊んでも、全く疲れを感じていないアスカが平然と立っている。その反対側では、ハルナ・木乃香・刹那が笑いながら砂浜に腰を下ろしていた。
「寮でご飯作ってる方が楽?」
「全くもってその通りだよ」
返された言葉に、少女達がクスッと笑う。その時、顔を横に向けたシンジの目が、ある人物達の姿を捉えていた。
「ネギ君と神楽坂さんかな?あれは」
少し離れた所で、会話をしているらしいアスナとネギの姿がある。
「ん?あの2人だけじゃないみたいよ?ほら、あの岩場の上」
「本当だ、あれは・・・ゆえ吉とのどかだね。でもあともう1人は誰だろう?」
その言葉に、シンジもまた眼を凝らして岩場へ視線を向けた。そこには、ハルナが言う通り、見た事も無い少女が仁王立ちしている。
「フォルティス・ラ・ティウス・リリス・リリオス!」
「こんな所で呪文詠唱!?」
慌ててシンジが体を起こす。幸い、周囲には一般人の姿は無い。
「アーニャ・フレイム・バスターキイイーーーック!」
炎に包まれながら、飛び蹴りを敢行する少女。海に着地したのは良いのだが、キュゴオ!という爆発音が海水浴場に響き渡る。
「・・・シンジ。滅茶苦茶目立ってるわよ?放っといて良い訳?」
「良くないって!とりあえず止めないと」
疲れた体に鞭打って、立ち上がるシンジ。とは言え、よほど疲労が溜まってるのか、その足取りは非常に頼りない。
そんなシンジとともに、少女達も一緒に移動する。一行がネギ達の下へ辿り着いた頃、少女は自らの放った炎の飛び蹴りの巻き添えを食って燃えだした、マントと髪の毛をやっとの思いで鎮火させた所だった。
「ネギ君!」
「あ、シンジさん!」
ネギの顔がパアッと明るくなる。そんなネギの態度に、少女がピクンと反応する。
「えっと、彼女はアーニャと言いまして、僕の幼馴染なんです」
「アンナ・ユーリエウナ・ココロウァと言います!」
「アーニャちゃんか。僕は近衛シンジ。ネギ君の補佐役だよ、よろしくね」
補佐役、という言葉にアーニャの顔から警戒心が薄れていく。そこへ岩場からのどかと夕映も駆け降りてきた。
「言いたい事は色々あるけど、とりあえず旅館へ移動しよう。あれだけの爆発だ、人目にはつきたくない。詳しい事は旅館へ戻ってからと言う事で、良いね?」
その言葉に一同は頷くと、即座に旅館への帰路についた。
旅館、男子部屋―
8畳間の男子部屋―シンジ・ネギ・小太郎―の寝室に、浜辺の一件を目撃した当事者達が集まっていた。
簡単に自己紹介を済ませた後、シンジは最初に釘を刺した。
「とりあえず、最初に言っておくよ。ここは魔法世界じゃないんだから、不用意に魔法を使わない様に、良いね?」
「う・・・わ、分かったわ。気をつけます」
素直に頭を下げるアーニャ。だがそこで思い出したかのように、口を開く。
「でもこの人達の前で、そんな事言って問題無いの?」
「ああ、この場にいるメンバーは、全員、何らかの形で魔法を知っているからね。それはともかく、君はどんな用件でここまで来たのか、教えて貰っても良いかな?」
「それよ!私はネギを連れ戻しに来たのよ!」
言うなり立ち上がって、ネギの腕をグイッと引っ張り出す。その行動の早さに、言葉も無いシンジ達である。
「早くしなさいよ!夏休みになってもアンタが帰ってこないから、ネカネお姉ちゃんが寂しがってるんだから!」
「わー!待って待って!」
「はいはい、落ち着いて。アーニャちゃん、そんなに急がなくても大丈夫だから」
ドウドウトと仲裁に入ったシンジに『邪魔しないでよ』とばかりにキツイ視線を向けるアーニャ。だがシンジは笑いながら応えた。
「どちらにしろイギリスには行く予定があるからね。8月の13日に向かうって連絡は入れておいたんだけど、聞いてないのかな?」
「そ、そうなの!?」
「そうだよ。その為に、こちらは色々用事を済ませていたんだよ。今日、ここにいるのも久しぶりに息抜きを兼ねた合宿なんだ」
その言葉に、無言で周囲を見回すアーニャ。その無言の視線に、全員が一斉に頷く。
「そ、そういう事なら・・・いや、やっぱり駄目よ!ネギをこんな」
「「「「「「こんな?」」」」」」
急に口籠るアーニャ。だがその態度に、アスカがピンと気付いて、シンジに耳打ちする。その内容に合点がいったのか、シンジが口を開いた。
「ねえアーニャちゃん。どうせなら、君も合宿に参加しない?」
シンジの言葉に、アスカ以外の全員が『え?』と誰何の声を上げる。
「折角、ここまで来たんだから、日本と言う国を見ていくのも良い経験になると思うよ。君さえ問題なければ、渡英の日まで日本に一緒にいれば良い。それで僕達の渡英に合わせて、一緒に帰ればいいんだよ」
シンジの提案に、アーニャがむむ、と考え込む。
「まあ、今日はここに泊まって一晩考えなよ。さすがに子供を2人だけで、こんな時間に放り出す訳にはいかないからね」
「むむ・・・」
「アーニャ、そうしてよ。僕はみんなに心配をかけるような事はしたくないんだから」
ネギの言葉に、アーニャは渋々と折れる事を決めた。
夕食時―
「何これ!スゴイ!」
初めて目にした日本料理―刺し身や天ぷらを前にアーニャは顔を綻ばせていた。それなりに日本の知識はあっても、実際に体験するのは初めてなのだから、喜びも大きい。
本来、ネギはシンジや小太郎と一緒に摂る筈であった。だが『折角だから、アーニャちゃんとゆっくりお喋りさせてあげよう』というシンジの提案に小太郎も同意。小太郎は千鶴達の部屋に、シンジはアスカやハルナ達の部屋へ、急遽移動して夕食を摂っている。
だが問題なのは、アーニャをまだ見た事がなく、ネギに御執心なメンバー達である。彼女達は自分達の食事もそっちのけで、廊下から部屋の中をコッソリと覗き込もうとし―それに気付いたシンジ達によって自室へ強制連行の憂き目に遭っていた。
「おいしー!あんた、こんなのいつも食べてるの!?ズルイじゃない!」
「いつもじゃないって。普段はシンジさんや木乃香さんが作ってくれる手料理食べてるよ。2人とも料理が上手なんだ」
「へえ、家庭料理かあ」
アーニャの言葉に、頷くネギ。
「木乃香さんは中学生になってかららしいけど、シンジさんは僕達ぐらいの年齢から、自分でご飯作ってたんだって」
「それ本当!?」
「本当だよ。すっごい美味しいんだから」
恵まれた食環境にあるネギに、アーニャが複雑な視線を作る。ネギが飢え死にしない環境なのは有難いのだが、自分より料理上手な男という存在は、素直に認めがたいからであった。
だが目の前の御馳走を一度口に運べば、そんな複雑な感情は消し飛んでしまう。瞬く間に相好を崩したアーニャの姿に、ネギもまた器用に箸を使って煮魚の骨を取り除いて行く。
「アーニャ、骨とったからこれ食べなよ」
「え?あんた、いつのまにそんな事できるようになったの?」
「こっちへ来てから、シンジさんや木乃香さんに教わったんだ。日本料理は肉よりも魚が多いからね」
アーニャの煮魚と交換すると、ネギはそちらも綺麗に骨を取り除いて行く。その手慣れた手つきに、アーニャが感心したように箸捌きを見ていた。
「でも、前にシンジさんが作った煮魚は驚いたよ。鯛の頭だけが出てくるんだもん。カブト煮っていう料理だったんだけどね」
「頭あ!?そんなの食べられるの!?」
「見た目はグロテスクだったけど、意外に美味しかったよ。僕は綺麗に食べきれなかったけど、シンジさんなんか頭蓋骨と鱗と眼球以外、全部綺麗に食べちゃってたね」
軽いカルチャーショックを受けたのか、アーニャがクラッとよろめく。だがすぐに気を取り直すと、自分の料理を平らげようと箸を伸ばした。
「日本ってスゴイ国なのねえ。私、お寿司と天ぷらと刺し身とオニギリぐらいしか知らなかったんだけど、そんな料理もあるんだ」
「今度、挑戦してみる?」
「そうね、折角だから挑戦してみようかしら」
意外に乗り気なアーニャ。そんなアーニャに、ネギがふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、修業の調子はどう?」
「勿論、言うまでも無いわよ!確かに最初は大変だったわ。でも街の人達とも仲良くなれたし、リージェント通り裏の占い師アーニャといえば、結構、有名なんだから!」
「頑張ってるんだね、アーニャ」
その言葉に、アーニャの顔にうっすらと朱が差す。その事を自覚したのか、アーニャが自分の顔を隠すように、俯きながら箸を伸ばした。
「そ、それよりあんたはどうなのよ!先生なんて無茶な修行させられて!」
「・・・順調、とは言えないかな」
ネギの言葉に、アーニャが『え?』と顔を上げる。
「確かに僕は、正式に教師になれたよ。でも色んな人に迷惑かけちゃったんだ。だから順調とは言えない。でも、順調でなくても良いと思ってるんだよ」
「何でよ!ミスなんかしてたら、余分に時間がかかっちゃうじゃない!」
「そうだね。でもね、僕はこう考えているんだ。ミスをして初めて分かる事もある。それに、ミスをしたら取り返せば良いんだ、って」
アーニャの知るネギは、天才肌の少年であった。目標を見据えると、脇目も振らず最短ルートで一直線。それがネギと言う幼馴染であった。
だが目の前のネギは違っていた。ミスを素直に認め、そこから挽回する強さを手に入れていたのである。それはミスをしない子供であったかつてのネギには、無いものであった。
「僕は日本に来てから、4回も大きな失敗をしたんだよ。それを全てシンジさんがフォローしてくれたんだ。それだけじゃない、僕にやり直す機会まで与えてくれたんだよ」
「・・・ネギ、あんた変わったわね」
魔法使いとしての成長は不明だが、人間として確実に成長しているネギの姿に、アーニャは言葉が無かった。
女性用露天風呂―
夕食終了後、アーニャは人生初の露天風呂を体験しに、喜び勇んで浴場へと向かった。ネギと違って風呂嫌いではないが、それでも日本の『温泉』には強く好奇心を刺激され、とても楽しみにしていたのである。
満天の星空の下、広がる露天風呂。硫黄の臭いと白く濁ったお湯。その光景にアーニャが目を丸くしていると、先客が声をかけた。
「体にお湯をかけてから入るのが、こういう場所でのマナーよ。覚えておくと良いわ」
「あれ?貴女は・・・」
「惣流・アスカ・ラングレー。一応、ドイツ人よ。アスカで良いわ」
先客はアスカであった。その隣には『やほー、アーニャちゃん』と手を振るハルナがいた。更にその隣には、のどかと夕映が既にお湯へと浸かっている。
「・・・凄い臭いんだけど、大丈夫なの?」
「危険だったら、私達が入っている訳が無いでしょ」
「それもそうね。よし、これで良いのね」
かけ湯をしたアーニャが、恐る恐る温泉へ入る。
「うわあ・・・イギリスの温泉とは全然違うわね」
「それはドイツも同じよ。あっちじゃ温泉ってのは、飲むものだからね」
「そういえば、そういう話を聞いた事があるですよ。まあ日本でも、治療目的で飲む人はいるそうですが」
旅館で売っていた『海藻ジュース・無添加100%』という変なジュースを飲みながら、夕映が相槌を打つ。
「・・・このお湯を飲むの?」
「まあ、飲める場所もあると言う事です。主に胃腸の治療が目的のようですが、その場合はちゃんと飲用専用の温泉と明記されているですよ」
「ふうん、そういう物なんだあ」
お湯をパチャパチャと叩きながらアーニャが相槌を打つ。しばらくそうしていたが、急にハッと正気に戻った。
「そうだ!1つ確認しておきたいんだけど、海でネギと一緒にいた女。あの女とネギはどういう関係な訳!?」
「・・・ひょっとして、アスナさんの事?アーニャちゃん」
「そうよ!あの女は敵よ!」
ザバアッと立ち上がりながら、右拳を空高く突き出すアーニャ。その姿にのどかが『敵?』と訊き返す。
「決まってるでしょ!乳のでかい奴は敵よ!男はあーゆーのに騙されてついて行っちゃうんだわ!」
「・・・そうなのですか?ハルナ、アスカさん」
冷静な夕映の言葉が、ハルナとアスカに向けられる。2人とも大きさだけでいえば、大きいと評される部類には入っていた。
「・・・シンジさんて、挑発しても反応が鈍いんだよねえ」
「一緒に住んでた頃は、それなりに反応した時もあったんだけどなあ」
「「どうやって挑発しようか?」」
急に考え込む2人に、言葉も無いアーニャである。こっそり夕映とのどかの傍に近寄ると、耳元で囁いた。
(・・・あの2人、好きな人がいるの?)
(シンジさんですよ。左腕が無い人と言えば、思い出せますか?)
(ああ!そっか、あの人の事が・・・)
シンジの名前と姿が合致し、ウンウンと頷くアーニャ。
「そういえばアーニャちゃんの魔法使いとしての修業は占い師なんですよね?」
「うん、そうよ」
「その、アーニャちゃんはもうパートナーとかいるんですか?仮契約とかして・・・」
「ままま、まだしないわよ!パートナー選びは慎重にやらなきゃダメなんだから!」
のどかの発言に、顔を赤く染め上げるアーニャ。その慌てぶりに、アスカとハルナが反応する。
「何々?アーニャちゃん仮契約しちゃうの?」
「だだだ、誰が!」
「いやあ、だって私達、もう仮契約しちゃってるし」
舌の先をチョロッと出すハルナ。その隣ではアスカもウンウンと頷いている。
「そ、そうなの!?」
「そうよ。じゃないと勝負にならないもの」
そう言うと、アスカがザバアッとお風呂から立ち上がる。露わになったメリハリのあるスタイルに、アーニャが気圧されたかのように、僅かに後ずさる。
「それじゃあアタシは上がるわね」
「アスカ、早いのね?」
「当然でしょ。時間は有意義に使わないとね」
そのまま更衣室へ姿を消すアスカ。そんなアスカの言葉の意味を考えていたハルナが『しまった!』と叫んで、アスカの後を追いかけるかのように更衣室へ姿を消した。
「何、今の?」
「片方がお風呂で長湯していれば、その分、シンジさんを独り占めできる。どちらかが戻れば、木乃香と桜咲さんが交代でお風呂に来る事になっていますからね」
「人気あるのね、あの人」
人差し指を立てながら説明した夕映に、アーニャは納得したように呟いた。
翌日―
日中はアーニャも交えて限界まで遊び倒した一行だったが、夜に問題が起こった。
と言うのも、ネギま部以外のメンバーは予約無しで遊びに来ていた為、部屋を予約していなかったのである。それでも昨日は空き部屋があった為に問題は解決できたのだが、この日は既に予約で埋まっていたのであった。
「困りましたわ。昨日は空き部屋があったので何とかなったのですが」
心底参った、という感じでお詫びに来た仲居さんである。周辺の旅館にも連絡をいれたのだが、どうしても空き部屋が無いと言う状況に、手の打ちようがない。元々、予約も入れずに突撃してきた方が悪いのだが、だからと言って女子中学生を夜中に放り出す事など論外であった。
「仲居さん、1つ提案があるんですが」
シンジの言葉に、謝罪に来ていた仲居が『え?』と顔を上げる。
「宴会場に泊まらせて貰う事はできませんか?どうせこちらのメンバーは、夜遅くまで起きています。そこで宴会場の使用が終わり片づけが終わった所で、僕達をそこに泊めて貰えませんか?幸い、今は夏です。掛け布団なんて無くても風邪は引きませんし、バスタオルをお腹にかけておけば十分です。敷布団については、僕達が泊まる筈だった個室の敷き布団と掛け布団を利用すれば、1晩ぐらいは問題無く過ごせると思います」
シンジの提案に、裕奈達が『おお!』と歓声を上げる。同時に仲居も、現実的な案としては他に無い事を悟ったのか『女将に許可を戴いてきます』と足早に立ち去った。
「シンジさん、ナイス!」
「あのねえ、少しは反省しなよ。無計画に突撃する悪癖を直さないと、致命傷を負うぐらいじゃ済まないんだよ?旅館の方に、どれだけ迷惑を掛けたのか。その事を本当に理解しているの?特に佐々木さん。学年末テストの時の事、もう忘れちゃったの?」
シンジの叱責に、言葉も無い途中参加組である。特にまき絵は2度目と言う事もあり、項垂れるばかりである。
「2度としない様に。良いね?」
「「「「「「はーい」」」」」」
「よろしい。じゃあこの件はここで終わりにしようか」
手慣れた雰囲気のシンジに、驚いたのはアスカである。寮監という立場にある事は知ってはいたものの、アスカの知るシンジとは、精神年齢が違いすぎるように感じていた。
「シンジ、アンタいつのまにそんな面倒見が良くなっちゃたのよ!」
「寮監なんて仕事してればこうなるよ。それに年齢的に一番上だし、僕がしっかりしなくてどうするのさ?」
そこへパタパタと仲居が駆け戻って来る。しばらくの間交渉した末に、仲居は『それでは、そのように』と言って立ち去った。
「話は纏まったよ。23時に宴会場が空くそうだから、それまでは僕達が予約していた部屋で各自待機。出歩くのは構わないけど、23時までには必ず戻って来るようにね。それからみんなで布団と荷物を持って宴会場まで移動だよ。従業員さんも後片付けで忙しいんだから、自分達の面倒ぐらいは自分達で見なきゃね」
夜、宴会場―
急遽、即席の集団部屋と化した宴会場。そこに全員が集結していた。
全員での雑魚寝という状況に、ボルテージが上がりっぱなしの少女達である。だが木乃香の投げた言葉と言う名の火薬が、少女達を修羅へと変貌させた。
『ネギ君の隣に寝る人、気いつけてなー。ネギ君、お姉ちゃんの温もりが無いと寝れへん時があってな、たまに寝ぼけて抱きついてくるんや』
この言葉に激しく反応したのはあやかとまき絵である。そんな2人を阻止せんとアーニャが覚悟を決め、更に風香や史伽、裕奈達も遅れをとってなるものかとばかりに、枕と言う名の武器を手に取る。
「誰がネギ先生のお隣に寝るか勝負ですわ!」
一斉に始まる枕投げ。だが次の瞬間、投じた枕が180°方向転換して、倍以上の速度で顔面に突き刺さっていた。
「な、何が」
「誰がこれ以上、旅館に迷惑かけても良いよと言ったのか、僕に分かるように説明してくれないかな?」
ゾクッと背筋に走る寒気に、ゆっくり振り向く少女達。その視線の先には、こめかみに青筋を立てたシンジが、右手から糸を放ちながら赤い瞳でニッコリと笑っている。
修学旅行の惨劇、再び。そんなテロップが、少女達の脳裏に点灯した。
「そうだな、あいうえお順でいこうかな。アーニャちゃんはまだ幼いから仕方ないにしても、他はそうもいかないよね。明石裕奈さん、和泉亜子さん、大河内アキラさん、柿崎美砂さん、釘宮円さん、古菲さん、佐々木まき絵さん、椎名桜子さん、鳴滝風香さん、鳴滝史伽さん、雪広あやかさん。以上11名、何か遺ご・・・言い訳はあるかな?」
((((((今、遺言って言ったよ!?))))))
真剣に命の危機を感じたのか、一斉に『すいませんでした』と謝る少女達。
「次は無いからね?ネギ君。君は那波さんと春日さんの間で眠らせて貰いなさい。悪いけど、頼んでも良いかな?」
「ええ、それぐらい構いませんわ」
オホホホ、と口に手を当てて笑う千鶴とは対照的に、美空は『何で私!?』とシンジに問い返す。
「こう言う時は、中立派に任せるのが一番だからだよ。それじゃあおやすみ」
そう言うと、適当な布団へ移動するシンジ。当然のように、ハルナとアスナが両サイドを陣取る。出遅れた事に気付いた刹那が悔しげに歯噛みしながらシンジの真向かいを陣取れば、その隣に当然の様に木乃香が場所を確保した。
「・・・私達も寝ましょうか」
あやかの言葉に、全員が納得したように頷いていた。
深夜―
とりあえずは落ち着いたものの、中には悪知恵を働かせる少女達も存在していた。確かに騒げばシンジの逆鱗に触れるのは間違いない。だが裏を返せば、騒ぎさえしなければ問題は無いという事である。
それに気付いたあやかとまき絵は早速、行動に移っていた。
((寝相の悪さを装いながら、ゆっくり静かに移動すれば良いのよ))
ジリジリと移動を開始するあやかとまき絵。同時にハルナが『Good Luck!』とばかりに親指を立てながら、向かいに寝ていたのどかをけしかける。
(上手くやるのよ!)
(う、上手くってどーしろと言うのですか)
(あうあう)
一方、双子姉妹も絶好のチャンスを逃す気等全く無い。小柄な体を活かして、バレないように匍匐前進で移動しているのを、楓が寝たふりをしながら眺めている。
(・・・まあ頑張るでござるよ。拙者は気付かぬふりしかできぬでござるが。にんにん)
同じ頃、裕奈もまた行動を起こしていた。
(ネギ君は別に狙いじゃないけど、まだまだ遊び足りないんだよねえ)
ゆっくりと移動する少女達。その不穏な気配を感じ取るアーニャ。
(何?この殺気。このお姉さん達、本気でネギの隣を奪りに行くつもり?)
だがそこで、近くで寝ていたネギが起き上がって部屋の外へと移動する。それに気付いた少女達が、一斉に動きを止めた。
やがて外から聞こえてくる水の音。
((((((何だ、トイレか))))))
だが戻って来たネギは、木乃香の宣言通りに寝ぼけていた。そして躊躇い無く、アーニャの布団に入りこむ。
(ちょ、コラ!ネギ!)
ギュッとアーニャを抱きしめるネギ。顔を羞恥で赤く染めたアーニャは、恥ずかしさのあまり全力でネギを蹴り飛ばした。
(しまった!つい)
魔力の込められた蹴りによって、宙を舞うネギ。着地した先は、双子姉妹の真上である。
「「グエッ!」」
10歳児とは言え、空中から落下してきたのだから、その衝撃はそれなりの物がある。一撃で沈んだ双子姉妹だったが、ネギの方はそこからコロコロと転がって、あやかの腕の中へスッポリと収まっていた。
(ななな、なんて棚からボタ餅な!どうぞネギ先生!私の胸をお使いになってくださいま)
「プペッ!?」
あやかの脳天に突き刺さったのは、新体操のバトンであった。少し離れた所では、まき絵が顔の前で両手を合わせて謝っている。
(ごめん、いいんちょ!寝ぼけて寝相が!)
(そんな寝相がありますか!)
目尻から涙を噴き出しつつ猛抗議するあやか。だがその隙を突いて、まき絵のリボンがネギを絡め取る。
(ネギ君は貰ったよー!さあおいで、ネギ君!)
(アーニャ・オーバーヘッドキーーーーイック!)
ネギの首から『ゴギン』という恐ろしい音と、口の端から赤い鮮血が吹き出る。その勢いのまま、ネギは匍匐前進をしていた裕奈の頭部に直撃。裕奈を昏倒に追い込むと、そのままバウンドしてのどかと夕映の間にスッポリと収まった。
(ひゃ!?)
(な!?)
(よく起きないわねえ・・・ああ、気絶してるのか)
すっかり目を回しているネギ。だが普段から奥手なのどかにとっては不幸中の幸い。絶好のチャンスである。
(チャンスです、のどか!)
(で、では、あのネギせんせ!ふ、ふつつか者ですが、よろ・・・よろ・・・ピクウ!?)
背後に現れる3体の影が放つ威圧感に、のどかが動きを止めてしまう。
(抜け駆けは許しませんわ!)
(いやあああああ!?)
(のどかー!?)
(あんた達お姉さんなのに変態なんじゃないの!?)
(愛に歳の差は関係ないよ!)
5人の少女によるネギ争奪戦。だがその勝者に与えられる筈の景品は、ゴロゴロと転がり続ける。やがて眠っていた1人の少女に当たって止まった。
「・・・んだよ、うるせえなあ」
「・・・んー・・・お姉ちゃん・・・」
「♨■$¥〒@☆!」
寝起きの奇襲攻撃に、驚きと羞恥で全身を赤く染める千雨であった。
翌日、EVANGELINE’S RESORT―
雨霰の如く降り注ぐ気弾。それから逃れようとするネギは、水飛沫を立てながら水面スレスレを高速飛行し続けていた。
だがあまりの猛攻にバランスを崩し、勢いはそのままに空中へ投げ出されるネギ。しかし空中でバランスを取ると、まるで見えない足場にでも乗っているかのように体勢を維持しつつ、魔法の矢を放つ。
「魔法の射手・光の17矢 !」
17本の光の矢が、翼を生やして高機動戦闘を仕掛けていた刹那に襲い掛かる。だが刹那は光の矢を全て掻い潜ると、瞬く間にネギの懐へと飛び込んでいた。
決定的な隙に、刹那が鋭い一撃を放つ。だがネギは、上空へと飛び退っていた。
「虚空瞬動ですか」
背後へ回り込んだネギが、桜華崩拳で反撃に出る。対する刹那は桜楼月華で対抗。ぶつかり合った技の衝撃に、巨大な水柱が立ち上がった。
目の前で繰り広げられたネギと刹那の戦闘風景に、アーニャは驚きのあまり、声も出せなかった。
そんなアーニャに、全身濡れ鼠と化したネギが近寄っていく。
「えーと、どうかな?アーニャ」
「ど、どお?じゃないわよ!何であんたがこんなスゴイ魔法戦闘ができるのよ!こんなの上級教本でも見た事ないわよ!」
「いやまあ、色々とあって」
転移用魔法陣で移動するネギとアーニャ。だが転移してすぐに、今度はアーニャの目の前に楓の巨大十字手裏剣が『ズン!』と突き刺さる。
「おや?これはアーニャ殿、驚かせて」
「あ」
古の放った崩拳が、よそ見をしていた楓にまともに突き刺さる。避けられなかった楓は凄まじい勢いで建物の外壁に轟音を立ててぶつかっていた。
「な・・・ちょ、し、死ん」
「いやあ、参った参った」
「ひいいいいい!?」
頭から噴水のように血を噴き出しながら、それでも笑顔を絶やさぬ楓に、アーニャが目尻から涙を噴き出しつつ飛び退る。
「治したげるな~」
「頼むでござるよ」
「じゃあ、それが終わったら次はアタシよ?」
そう言うと、今度は楓とアスカが組手を始める。一撃必殺の蹴り技をメインに攻め込むアスカ。それをいなしつつ、狙い澄ましたかのように鋭いカウンターを放つ楓。アスカと比べて余裕のある楓は、わざとカウンターの手数を減らしている。だが時折放たれるカウンターは、全て致命傷に繋がりかねない隙に対する一撃なので、アスカも手加減されている事に対して文句は言わずに、自分の欠点を潰そうと必死に知恵を巡らせながら組手を続けていた。
「はあ、あの人達もよくやるわねえ」
「みんな頑張っているんだよ。ほら、あそこでも」
ネギが指差した先。そこには青い首輪をつけたシンジが胡坐をかいて座っている。そしてシンジの目の前には、ヌイグルミが7体、アクロバティックな動きを再現していた。
「何、あれ?」
「あれは人形使いと呼ばれる技です。糸使いとも言うそうですが」
ネギとアーニャを追いかけてきた夕映の説明に、アーニャが『珍しい技を使うのねえ』と感心したように相槌を打つ。
「ネギと半デコの剣士にも驚いたけど、みんなスゴイのね。自習なんでしょ?」
「いえ、良き師の下で研鑽を積んでいるからこそです。確かに、全員が明確な目標を持っているという事も影響しているでしょうが」
「良き師?」
「はい。この城の主、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェウルです」
ピシッと固まるアーニャ。その顔は瞬く間に青褪めていく。
「それって、あの『不死の魔法使い 』の?」
「ええ。『人形使い』『悪しき音信』『闇の福音』『禍因の使徒』・・・のエヴァさんです。御存知なのですか?」
「御存知も何も伝説の悪党じゃない!ネギのお父さんがようやくやっつけたっていう、究極の闇の大魔法使いよ!?」
「その通りですが、ネギ先生は彼女に弟子入りしているですよ?」
『ウソでしょ!?』と素っ頓狂な叫び声を上げるアーニャ。
「本当です。ネギ先生はエヴァンジェリンさんから魔法戦闘の教授を受けているです。私達の中では、唯一、正式な弟子と言える立場ですよ。私達は練習場として場所を借りつつ、時折、講義を受けるぐらいですから」
「そうだよねえ。そういう意味では、シンジさんは特別だよね」
「のどかの言う通りです。シンジさんはエヴァンジェリンさん相手に取引をして、人形使いの技を伝授して貰ったそうです。そういう意味では、私達とは一線を画しているとも言えるですよ」
魔王クラスの魔法使いに弟子入りした幼馴染や、そんな魔王相手に取引を仕掛けたという、幼馴染の補佐役の度胸に、アーニャはますます言葉を無くす。
(じょ、冗談じゃないわよ!何でネギがそんなのの弟子なのよ!いい?今からこっそり逃げるわよ!)
ヒソヒソと囁くアーニャの頭の上に、ポンと手が置かれる。
「私がどうしたって?アンナ・ココロウァ?」
ゆっくり振り向くアーニャ。そこにいたのは、黒のマントにドレス、チョーカーを身に付けた大人バージョンのエヴァンジェリンである。彼女は瞳の色を反転させた状態で、ニヤリと笑っていた。
「いやああああああ!食べられるうううううううう!」
ズドドドドドッ!と逃げだすアーニャ。あっという間に姿が消える。
「何をやってらっしゃるんですか」
「あのガキはぼーやの幼馴染だろ?ちょっと脅しておこうと思ってな」
幻術を解いて、にこやかに笑うエヴァンジェリン。そこへシンジが膝の上にアベルと茶々ゼロを乗せて、人形使いの練習をしながら口を開いた。
「キティ。あまり意地悪はしない方がいいですよ?愛らしさが失われてしまいます」
「貴様ああ!その呼び方を止めんか!氷爆 !」
氷の魔法と、破術の符が正面から激突して相殺しあう。
「ついにクウネルさんがいない所でまで暴挙にでてしまうなんて・・・」
「むう・・・」
突発的に魔法バトルを始めたエヴァンジェリンとシンジ。その姿に、考え込んでしまったハルナに、木乃香が『どうしたん?』と声をかける。
「・・・エヴァちゃん、シンジさんと仲良いなあと・・・」
「言われてみれば、そうやなあ。まあエヴァちゃんにしてみれば、赤ちゃんだった頃のお兄ちゃんを知ってる訳やし」
「それはまあ、そうなんだけどねえ」
どこか納得しきれないハルナ。2人の前では『落ち着いて下さい。E・A・キティ・M』『人の名乗りを勝手に変えるな!』と冷酷非情な悪の大魔法使いが、顔を羞恥と怒りで真紅に染め上げながらヒートアップしていた。
逃げだしたアーニャに追いついた時には、のどかと夕映の2人は肩で息をしていた。もともと体力の少ない2人なので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「落ち着いてアーニャちゃん!大丈夫だから!」
「大丈夫じゃないわよ!闇の魔王よ!?」
「そんな事無いよ!確かに昔は怖かったみたいだけど、今はとっても良い人なんだから」
エヴァンジェリンに対するのどかの弁護に、後ろにいた夕映が心の中で『それはどうでしょうか?』と呟く。
「エヴァちゃんはネギ先生のお父さんに力を封じられちゃってるの。でも、ネギ先生の事を気にいって、弟子にしたんだよ」
「魔法使い見習いの私から見ても、彼女は師として優秀だと言えるです」
「むう・・・でもそれなら、ネギのあの強さも納得できるわね。最強と謳われる闇の大魔法使いの弟子だもん。このお城だってそうよ、こんな大魔法見た事無いわ」
改めて、自分がいる場所―レーベンスシュルト城を見回すアーニャ。これが1個人の魔法で作られた世界等と言われても、信じる者等いないのではないか?そう考えてしまうほどに、1つの世界として確立されていた。
「あー!ムカつく!私だって師匠捜して戦いの修業頑張って、今度こそ強さで追いぬいたと思ったのに!」
「・・・アーニャちゃんもネギ先生の為に修業を?」
「ち、違うわよ!別にネギの為なんかじゃないわよ!」
あくまでも否定するアーニャだったが、その顔を見れば、誰の目にも正解は一目瞭然である。
「にしてもネギの奴、幾ら強くなる為だからって、何で闇の魔人なんかの弟子に・・・そうか!やっぱり乳ね!乳に騙されたんだわ!」
ウガーッと吠えるアーニャ。その後ろでのどかと夕映が揃って転ぶ。
「アーニャちゃんアーニャちゃん!エヴァンジェリンさんのさっきの姿は幻術で、本物はアーニャちゃんよりも子供の姿で、胸もぺったんこなんだよ」
「え?そ、そうなの?」
「そうだよ、胸の大きさなんて関係ないよアーニャちゃん。私も頑張ってるんだから」
「そ、そうよね!良い事言うわね、あなた!私達今日から友達よ!」
のどかの手を握って、高らかに宣言するアーニャ。そのまま夕映にも指を差して、『あなたもよ!』と叫ぶ。
「は、はあ・・・貧乳仲間ですか・・・それはともかく、のどか、ちょっとこちらへ」
やってきたのどかとヒソヒソ相談する夕映。やがて話は纏まったのか、2人が顔を上げた。
「私達を友達を思ってくれるのであれば、言っておかなくてはならない事があるです」
「あの、私達・・・」
「その・・・ネギ先生と・・・」
取り出された仮契約カードに、アーニャが凍りついた。
室内の廊下で小太郎と話をしていたネギは、目の前を『サヨナラ!』と叫んで走り去った幼馴染の姿に、呆気に取られていた。
そこへアーニャを追いかけてきたのどかと夕映が合流。事情を知ったネギは、慌ててアーニャを追いかけた。
「バカバカバカ!ネギのバカ!ノドカやユエだけじゃなくて、全部で6人の女の子と仮契約しちゃってるなんて!」
まるで気でも狂ったかのように、魔法陣をバンバンと叩き続けるアーニャ。
「もお!何でゲートが開かないのよ!」
「そこは24時間経たないと開かないんだよ」
「バカー!」
振り向きざまに拳を突きだすアーニャ。その一撃が正確にネギの頬を抉る。
「たった半年しか経ってないのに6人の女の子とキスしちゃうなんて!このエロバカネギ!女の敵!」
「ま、待ってよ!これには理由が!」
「もう知らない!どうせ村の事だって忘れちゃってるんでしょ!」
目尻に涙を浮かべた幼馴染の表情に、ネギがはアーニャの怒りの原因―その内の1つに気がついた。
「バカアアアア!」
炎を纏った拳を、ネギがバシンと受け止める。
「僕達の村の事、一度も忘れた事なんてないよ。それに僕が今、みんなと修業を続けているのは父さんを捜しだす為なんだから」
「あんた、まだそんな事言って」
「父さんは生きてるんだよ!父さんと仮契約していた人が教えてくれたんだ!仮契約カードが生きているから、父さんも生きているって教えてくれたんだよ!」
唖然とするアーニャ。そんなアーニャにズイッとネギが近寄る。
「村の事だって、忘れたりした事なんてない!僕はあの雪の日の事件に決着をつけるんだ。その為に前に進むって決めたんだよ!」
「・・・ネギ・・・」
「その為に、僕はウェールズに向かうんだ。そして、そのまま魔法世界へ行くつもりだよ」
ネギの決心に、アーニャが目を丸くする。
「父さんの手掛かりが、向こうにあるんだ。だから僕は向こうへ行くんだよ。だからアーニャ、一緒に魔法世界へ行かない?」
「・・・仕方無いわねえ・・・あんた1人じゃ不安だし、ついていってあげるわよ!」
決定的な決裂は防げたことに安堵するネギ。アーニャを追いかけて、遠巻きに2人の様子を伺っていたのどかと夕映もホッと一息吐いた。
だから3人は欠片ほどにも予想しなかった。
このすぐ後で、シンジの持っていた仮契約カードを目にしたアーニャが、誤解から大暴走を起こす事になるという未来図に。
To be continued...
(2012.08.12 初版)
(あとがき)
紫雲です、今回もお読み下さり、ありがとうございます。
今回は平穏な日々に投げ込まれる爆弾なお話ですw暴走ツンデレ幼女ことアーニャの参入に、ネギ達は困惑する事に、という感じです。
しかし書いていて思ったのですが、今回は刹那がある意味目立ってるというか、印象が強く残ってる気がします。やはりスク水刹那が、シンジに首輪をつけてリードを持っていたせいでしょうか?シンジが嫉妬の視線で殺される日も近いかもしれませんw
話は変わって次回です。
次回はショートストーリー3編となります。
1つ目はチウこと長谷川千雨が主役。コミケの事を知らないシンジとアスカによって引き起こされるトラブルとは?2つ目はさよちゃんこと相坂さよが主役。恐山へさよ専用ボディを入手の為に訪問した彼女を待ち受けていた過去とは?3つ目は超を失った超包子が主役。超の不在を埋める為、五月達が目を付けた新戦力とは?
こんな感じの話になります。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。
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