正反対の兄弟

第四十九話

presented by 紫雲様


イギリス―
 ネギとシンジを中心とする『魔法世界訪問者御一行様』は、魔法世界へと渡る為にイギリスへとやってきていた。
 ヒースロー国際空港を出ると、待ち合わせ場所へと向かう一行。案内役はまだ来ていないのか、待ち合わせ場所へ到着しても誰もいなかった。
 「少し、早く着いちゃったみたいだね。ちょっと休憩しようか」
 シンジの提案に、体力の少ないのどかや夕映らがホッと息を吐く。そんな時だった。
 「いたーーーーーっ❤」
 ロンドンの街並みに、まき絵の元気な声が響く。
 「もう離さないよ!アスナ!」
 「あんた達、本当に来たの!?」
 「ああ!お会い出来ましたわ~!」
 まき絵がアスナを捕まえる傍らで、あやかがネギを抱きしめる。更に多数の少女達が追いついてきた事で、もはや収拾がつかなくなってきた。
 「これからどこ行く予定なの!?」
 「え、えーっと、それは・・・」
 「ネギ君の故郷へ行くんよ」
 隠そうとしていた事実を木乃香にバラされ、アスナが目を丸くする。アスナにしてみればネギの故郷=魔法使いの里と考えたのだから、隠さないといけないと考えたのは、当然の事であった。
 それが木乃香の無邪気さによって水泡と帰したのである。驚きで目を丸くするのも仕方ない事であった。
 が、その心配は、すぐに解消された。
 「大丈夫ですよ。メルディアナ学校長の許可は戴いてあります。皆さんを連れてきて下さっても構いません」
 「「マクギネスさん!?」」
 同時に声を上げるネギと裕奈。ドネット・マクギネスはネギにとっては旧知の間柄。裕奈にとっては、ネギ達がエヴァンジェリンの別荘で修業している間に起きた、ある事件で知り合った両親の旧友という間柄である。
 「ネギ君。すぐに案内したい所だけど、少し待ってね」
 「あ、はい。分かりました」
 「ありがとう、すぐに済むから」
 そう言うと、ドネットはシンジとアスカの2人に近寄った。
 「大きくなったわね、2人とも。さすがに私の事は、憶えていないでしょうね」
 「・・・ひょっとして、貴女も母の知人ですか?」
 「そうよ。ユイとキョウコは、私の個人的な友人なの。大きくなった貴女達に会えて、嬉しいわ」
 シンジはユイの人脈の広さには慣れてしまったが、アスカはそうもいかない。目の前に現れた女性が母の友人と聞かされ、目を丸くしている。
 「・・・ママの・・・友達?貴女が?」
 「そうよ。時間が出来たら、また昔話とかしてあげるからね」
 そう言うと、ドネットは踵を返す。
 「さあ、行きましょうか」

ウェールズ、ペンブルック州―
 豊かな山林と草原。まるでその隙間を埋めるかのように、小さな人里が築かれた地。そこがネギが麻帆良に来るまでの間を過ごした第2の故郷である。
 爽やかな風が吹き抜ける自然豊かな土地。何よりネギの故郷という土地に、少女達は目を見張っていた。
 「で、どうなのよ、ネギ?久しぶりの故郷の感想は」
 「・・・ここを出たのは、ついこの前の筈なのに・・・もうずっと昔の事みたいで」
 「色々あったもんねえ・・・にしても、何あんた大人ぶっちゃって」
 「ネギ!」
 突然聞こえてきた声に、少女達の視線が一斉に集まる。視線の先には、膝まで届くスカート姿の美女が、草原を駆けてきた。
 「お姉ちゃん!」
 その姿にいち早く気付いたネギが、即座にその場を飛び出した。そのまま姉―ネカネに何の照れも見せずに素直に飛びつく。
 久しぶりの再会に、喜びを顕わにするネギ。そのままネカネの手を取ると、まるでジャイアントスウィングのようにネカネを振りまわし、それを目の当たりにした少女達から『逆だよ逆』と一斉にツッコミが入る。
 「お姉ちゃん、元気だった?」
 「私は大丈夫よ。ネギこそご飯はちゃんと食べてたの?」
 互いの無事を喜ぶ2人の姿に、周囲から暖かい視線が注がれる。その視線に気づいたネギが口を開いた。
 「お姉ちゃん、紹介するね。ここにいるのが・・・」
 「た、たくさんいるのね~」
 考えてみれば、3-Aのほぼ全員が集結している上に、小太郎・アーニャ・シンジ・アスカと約30名の大所帯でいきなり押しかけて来たのだから、驚くのは当然である。それでもネカネは、少しも嫌な顔をせずに全員を出迎えた。
 「初めまして、ネカネ・スプリングフィールドと言います」
 ネカネに続いて、少女達も次々に名乗っていく。その自己紹介をネカネは笑いながら聞いていたが、シンジの所で笑顔は消え、真面目な顔になった。
 「貴方が、ネギの言っていたお兄ちゃんなんですね?」
 「大した事はしてないですよ。不慣れな日本での生活をフォローしてあげただけですから」
 「それで十分です。本当にありがとうございます」
 その気持ちの籠ったお礼の言葉に、シンジも気持ちを受け取る意味で頭を下げた。
 
その日の夜―
 「魔法の国へ行くですって!?」
 ネギから今回の帰省の本当の目的を聞いたネカネは、ショックで床に崩れ落ちた。慌てたネギが咄嗟に抱き止めようとするが、それよりも早くネカネは自力で立ち上がった。
 「ネギ、どうして魔法の国へ行くなんて言うの?」
 「・・・父さんの手がかりを探す為なんだ」
 その言葉に、ネカネはハッと目を見開いた。ネギが父親を求めている事を、ネカネは誰よりも良く知っている。だからこそ、ネギが父親の事に関する限り、決して自分の意見を引っ込める事は無いのだと言う事も。
 「大丈夫だよ、心配しないで。無茶な事は絶対にしないから。今回だって、正直言って手掛かりが見つかるなんて思ってないんだ。向こうへ渡って、父さんの知り合いだと言う人に話を聞く程度だし。みんなもいるから、半分観光なんだよ」
 「・・・そう。ネギがそう言うのなら信じるけど、絶対に危険な真似はしちゃダメよ?」
 「うん、分かってるよ。それに、みんなが一緒だから」
 ネギの言葉にネカネは頷くと、ネギの肩越しに立っていた数人の人影に目を向ける。そこにいたのはシンジ、アスカ、ハルナの3人である。
 「ネギをお願いします」
 「ええ、その約束は必ず守ります。僕にとってネギ君は、弟みたいなものですから」
 シンジの言葉に同調するように、アスカとハルナの2人も頷いて見せる。その対応にネカネがホッと安堵しながら、頭の片隅に浮かんだ疑問を口にした。
 「でもね、ネギ。貴方、本当に魔法世界へ行く事が出来るの?貴方はまだ10歳。あちらへ通じる扉の使用許可が下りるとは思えないのだけど」
 「私が手伝わせて貰った」
 暗闇の中から現れたのは、浅黒い肌に臍まで届く白い髭を蓄えた、白いローブ姿の老人であった。
 「校長!」
 「お爺ちゃん!」
 驚いた様子のネカネとは対照的に、ネギの顔には満面の笑みが浮かぶ。
 「久しぶりです!帰ってきました!」
 「・・・中国では『男子三日会わざれば活目して見よ』と言うが、見違えたぞネギ。コノエモンから色々と話は聞いとるぞ」
 「え!?い、一体何を・・・」
 驚きで目を丸くするネギ。と言うのも、ネギにしてみれば麻帆良でミスした経験があまりにも大きいという自覚が有ったからである。
 「そう緊張するでない。私が聞いておる事など些細な事じゃ。京都で鬼神と戦い、あの闇の福音の弟子になり、爵位級悪魔と交戦したそうじゃな」
 「ああ・・・」
 「ネカネお姉ちゃん!?」
 クラアッと倒れたネカネを、慌てて抱き止めるネギ。学校の先生として赴任した筈の弟が、ここまでぶっ飛んだイベントを経験していたのだから、驚くのも無理は無いかもしれなかった。
 「それだけではないそうじゃな。魔法暴露の危機に陥った、麻帆良学園攻防戦にも参加したと聞いておるぞ。敵の首魁と一騎討ちをしたとな」
 「お、お爺ちゃん!?」
 「全部、聞いとるわい。ネギ、お前が兄と慕うそちらの少年が、麻帆良攻防戦において敵陣営の参謀を務めておった事も、どうしてそんな事をしたのかも全て知っておるわい」
 もはや言葉も無いネギ。だがメルディアナ学校長の言葉に、首を傾げたシンジが口を開いた。
 「それじゃあ尚更、僕を向こうへ行かせるのは貴方の立場的にマズイのではないですか?まあ僕としても暴走するつもりは無いし、ネギ君と一緒にこちらへ帰って来るつもりでいますが・・・」
 「帰って来るつもりがあるのなら問題はないじゃろう」
 「そうですか、それならそのお言葉に甘えさせて頂きます」
 シンジの返事に、メルディアナ学校長も鷹揚に頷いてみせる。
 「代わりと言っては何じゃが、これからもネギの兄代わりでいてやって貰いたい。頼めるかの?」
 「ええ、勿論」
 うむ、と満足そうに頷いたメルディアナ学校長は再びその視線をネギへと向けた。
 「ところで、じゃ。ネギよ、お主に見せたいものがある。その目で見据える覚悟は出来ておるかの?」
 「・・・はい!」
 「過去を見つめず、楽しく生きる道もある。お主がその道を選んでも、誰も責めたりはせんぞ?」
 その言葉に、ネギは視線を床へ落としながらも、ハッキリと宣言した。
 「僕には、僕にはそんな事は出来ません!」
 「やれやれ、頑固じゃのう。頑固は美徳にはなり難いぞ?ま、良いわい。ついてきなさい」

 ネギ達が連れてこられた先は、ある塔の地下であった。四方全てが石造りの螺旋階段を延々と下り続け、やがて目の前に現れた扉を抜けた。
 そこに広がっていた光景に、シンジ達は目を丸くした。そこにいたのは杖を手にした無数の魔法使い達の石像だったからである。そしてネギの記憶を覗いた経験のあるシンジとハルナには、その石像が誰なのかすぐに理解する事が出来た。
 その予想を裏付けるかのように、ネギはパイプを咥えたままの老魔法使いの石像へと近づいて行く。
 「・・・スタン・・・お爺ちゃん・・・」
 感無量のネギの姿に、シンジはアスカとハルナの肩をつつくと、踵を返して螺旋階段を登りはじめた。その行動にメルディアナ学校長は軽く頷いただけでシンジ達を引き止めもせずにシンジ達の行動を了承する。
 階段を登っていく3人。途中、上から降りてきたアーニャを先頭に、アスナ達とバッタリ出会った。だが少女達が声を上げるよりも早く、静かにするようにジャスチャーをすると少女達もそれを理解して慌てて口を閉ざす。
 (ネギ君は下にいるけど、静かにね)
 この下に何があるのか。アーニャはその事を知っている。当然、今のネギがどんな思いでいるのかぐらいは容易に想像できた。
 とはいっても、シンジの言葉に従うかどうかはまた別問題である。なにより勝気なアーニャにしてみれば、乱暴な手段であっても前を向かせるのが彼女らしい態度と言えた。だからシンジの言葉は、最初から聞き流したまま下へと歩いて行く。
 その後ろに、アスナ達が続いて行く。目で何があったのかと問いかけるが、シンジはそれには応えずに、アスカとハルナとともに階段を登っていく。その背中から視線を外すと、アスナ達はアーニャを追って下へと移動を再開した。

 塔の地下から出てきた3人は、満天の星空の下で思う存分、綺麗な夜気を肺の中へと取り込んでいた。塔の地下が不衛生だった訳ではない。それどころか定期的に清掃を行っているらしく、ゴミ一つない空間だった。
 それでも、あの地下には重苦しい空気が立ちこめていたのである。
 「・・・シンジ、あの石像は何だったの?」
 3人の中で唯一、ネギの過去を共有した事が無いアスカが口を開いた。
 「魔法を悪用した結果による被害者だよ。そのせいで村が1つ、地図から消えてしまったんだ」
 「OK。教えてくれてありがとう、口外はしないから」
 「うん、そうしてくれると助かるよ」
 街灯すらない村の中は、夜空に浮かぶ月と星の灯りを頼りに歩かねばならない。道に沿って建っている家屋からは、雨戸の隙間から僅かに灯りが零れおちている程度である。
 そんな自然の闇の中を、3人は歩いていた。そして広場と思しき場所に出ると、そこにあったベンチへ腰かけた。
 「それで、これからどうするの?」
 「明日からはネギ君と一緒に、向こうへ渡るよ。2人も来るんでしょ?」
 当然の如く頷く2人。
 「僕はね、今回は本当に行動を起こすつもりは無いんだ。今はまだ、情報を集めたいと言うのが本音でね。幸い、ミサトさんとお爺ちゃんが情報操作を行って時間を稼いでくれているから、僕としてはしっかり準備をしておきたいんだ」
 「シンジさん。だったら、どうして魔法世界へ行く気になったの?」
 「肌で向こうの世界を感じておきたい、って所かな。本や書類という情報でしか、僕は向こうの世界を知らない。でも、それじゃあダメだと思うんだ。それにね、向こうにいるネギ君のお父さんの仲間―赤き翼アラルブラとも、繋がりを作っておきたいというのもあるしね」
 「そう、それなら良いんだけど・・・」
 そうは言う物の、どことなく不安そうなハルナ。そんな少女に、シンジは苦笑しながら義手をヒラヒラと動かして見せた。
 「大丈夫だよ。今の状態で魔法世界へ行っても、僕は実力を発揮しきれないからね。義手だって完全には使いこなせてないし、バッテリーの問題も解決していない。このまま行った所で、数日の内に義手が使えなくなるのは目に見えている。そんな状態でSEELEとやりあっても、勝ち目なんかないからね。だから今は我慢する」
 その言葉を聞いたハルナが、義手をギュッと抱きしめる。
 「信じて良い?私、もうあんな思いするのは嫌なの。京都の時も、学園祭の時も、辛くて苦しかったの。だから!」
 「約束する」
 その言葉に、2人の少女は少年の腕を抱きしめて頷いていた。

翌日、早朝―
 濃霧が視界を埋め尽くす中、ネカネと学校長に見送られたシンジ達はドネットの案内に従ってゲートを目指して歩いていた。
 「みんな、宿にあったローブは着用したわね?」
 「「「「はーい」」」」
 「では、はぐれない様に私についてきてちょうだい」
 ドネットの言葉に『はいなー』と木乃香が返す。その傍らで夕映が『はぐれたらどうなるですか?』と当然の疑問を口にした。
 「ゲートには手順通りの儀式を行いながらでないと辿り着けない様になっているの。もしはぐれたら、ゲートには辿り着けず濃霧の中を数時間彷徨った挙句に、村まで戻って呆然となる。そんなとこでしょうね」
 「そら怖いな~」
 「アスナ、行っちゃうよ~!」
 1人、一行から離れた所を歩いていたアスナは、顔の前で手を合わせて村の方を見ながら小さく『ごめん』と謝っていた。
 「何を謝っているんですの?」
 聞こえてくる筈の無い声に、ビクウッと身を竦ませるアスナ。背後の岩陰から姿を見せたのはあやかであった。
 「な、何であんたがここに!?まさか、ついてくるつもりじゃあ・・・」
 「オーホッホッホ!ネギ先生の行く所、例え火の中水の中!」
 「うぎゃああああああ!」
 最悪の事態に、絶叫するアスナ。そんなアスナに、あやかがこめかみに青筋を立てる。
 「なんて言うと思いますか!このお馬鹿!私は約束は守ります!一体、何年の付き合いだと思っているんですの!」
 「あ、あら?」
 予想外のあやかの態度に、困惑するアスナ。彼女もあやかが約束は必ず守る性格である事はよく知っている。だがあやかのネギに対する執着を考えれば、強引にでも着いてきた所でおかしくはないと思っていたから。
 「私は御一緒できませんが、アスナさん。ネギ先生に怪我でもさせたらタダでは済ませませんわよ?」
 「・・・任せといて。私がボロボロになっても、アイツは無事に連れて帰って来るから」
 「あなたが怪我してどうするんですかーーーー!」
 『シャギャー』という人外じみた奇声を上げるあやかに、アスナが『じゃあどうしろって言うのよお!』と精一杯の抗弁をする。
 「そういう時は、みんな揃って帰ってくるよ。そう言えば良いんだよ、神楽坂さん」
 アスナの背後から聞こえてきた声に、ハッと視線を向けるアスナとあやか。そこにはゲート通過の為にローブを纏っているシンジが立っていた。
 「ほら、神楽坂さん」
 「う、うん・・・ちゃんとみんな揃って帰って来るわよ」
 「・・・ま、良いですわ。その言葉を信じます。近衛さん、申し訳ありませんが宜しくお願い致します」
 「うん、ちゃんと監督はするから安心してちょうだい」
 シンジに肩を叩かれたアスナは『行ってくるね』と言うと踵を返した。その後ろに、シンジも続く。
 その2人の姿が濃霧の向こう側に消えた所で、あやかは口を開いた。
 「・・・無事を願ってますわ・・・」
 そう呟くと、あやかはつい先程まで自分が隠れていた岩陰に戻った。そこに置いておいた1冊のファイルを取り上げる。
 その表紙には『2015年 第3新東京市で起きた使徒戦役における調査報告書』というタイトルが書かれていた。
 「・・・みなさん無事に帰って来て下さい。SEELEは決して油断して良い相手ではありませんわよ」

同時刻、少し離れた場所にて―
 「やっぱり委員長は見送りかあ」
 「さすが委員長の鑑!」
 「でも私達はそんな良い子じゃないもんね!」
 身を隠していたのは美砂・円・桜子のチア部3人娘と、アキラ・亜子・裕奈・まき絵の運動部4人娘、更には夏美までもがいた。彼女達は濃霧対策の為にちゃっかりと宿屋にあった合羽(ゲート通過の為のローブ)を借りて尾行をしていたのである。
 「こんな面白そうな事、仲間外れにされてたまるかっての!さあ、尾行開始だ!」
 「待った待った。あんまり近付いちゃったら、刹那さんにバレちゃうよ!せめて80mは離れないとね」
 「え~、何それ!」
 そんな事を呟きながら、8人の少女達は尾行を開始した。
 だが、数分後―
 「あれ!?アスナ達がいないよ!」
 「ええ!?見失っちゃったの!?」
 愕然とする少女達。正確には『見失った』ではなく『消えた』が正解である。ネギ達は正式の手順を踏んで移動しているので問題は無い。しかし少女達の場合、正式の手順を踏んでいない為に、濃霧の中を彷徨うトラップが発動していたのである。
 「よし!こうなったらあんたが頼りよ!」
 「その手があったか!」
 「へ?」
 呆気にとられたのは、御指名を受けた当の本人、桜子である。キョトンとしたまま目を丸くする彼女は、何で自分が指名されているのか全く理解できずにいた。
 「桜子大明神!」
 「麻帆良のラッキー仮面!」
 「ん~・・・じゃあ、こっちい!」
 桜子が指差したのは、今までとは全然違う方向。それも逆戻りすると表現しても良いほどの方向である。だが少女達は疑う事無く、桜子の後ろに続いた。

ネギside―
 手順を踏みながら移動を続けるネギ一行。その警戒レベルの高さに驚くネギであったが、ふと頭の片隅に湧きあがった疑問を口にした。
 「あの・・・一般人が偶然、迷い込んでくるっていう事はないんですか?」
 「あるわよ。10年に1度ぐらい、そういう事件はあるわね。でもそんなの、宝くじで1等賞に当たるくらいの確率よ」
 やがて最後の手順を終えた一行の前に、眩いばかりの朝陽が姿を見せる。その眩しさを我慢して両目を開くと、そこには巨大なストーンヘンジと、ネギ達と同じく魔法世界へ渡ろうとする者達が既に集まっていた。
 「ドネットさん、出発まであとどれぐらいありますか?」
 「そうね、1時間ってとこかしら」
 「そうですか、じゃあ休憩を兼ねて朝食にしましょうか」
 手際良くビニールシートを敷くと、昨夜の内に作っておいたサンドイッチを取り出すシンジ。同じく古が蒸籠に入ったままの肉まんを取り出し、アスカとハルナが紅茶を人数分用意していく。
 「おーい!ご飯にするよ!」
 シンジの呼びかけに、少し離れた所にいたアーニャが近くにいた人にぶつかってしまい、謝りながら駆け戻ってくる。
 「そういえば、このゲートって頻繁に開くんですか?」
 「いいえ、良くても1週間。調子が悪ければ1ヵ月に1度しか開かないわ」
 「そりゃ、交流が無くなるのもしょうがないわ。鎖国になる訳だよ」
 和美の言葉に肩に乗っていたさよ(人形バージョン)がウンウンと頷いてみせる。その横では千雨もサンドイッチを齧りながら、同意するように頷いていた。
 「けど楽しみやな~魔法の国かあ」
 無邪気な態度で、期待に胸を膨らます小太郎。
 やがて朝食を摂り終えた一同は、ゲートが開く時間になるのを今か今かと待ち続けた。そしてドネットがスッと立ち上がる。
 「さ、移動するわよ。ついてきて」
 ゾロゾロと移動する一同。ついた先には、先客達が集団でその時を待ち受けていた。
 「この第1サークルの中に集まっていてね。あと数分でゲートが開くから」
 ゴクッと唾を飲み込む一同。やがてゲートである遺跡その物に力が集まっていく。
 その時、ネギとシンジがハッと顔を上げた。
 ネギは不安そうに周囲をキョロキョロと見回す。その不審な態度に、刹那が駆け寄った。
 「ネギ先生、どうかされましたか?」
 「いえ、何か圧迫感のような物を感じて・・・その圧迫感、どこかで感じた気がするんです」
 「私は何も感じませんが、ですが念には念を入れて、相談してみませんか?」
 刹那の提案に頷くと、ネギは彼女とともにドネットに相談しようと足を向けた。そしてネギの感じる違和感とは別の物を、シンジは感じていた。
 ゴソゴソと自分の服の中に手を突っ込むシンジ。その奇行に目を丸くしたのはアスカとハルナである。
 「シンジ?」
 「・・・これか」
 シンジが取り出したのは、1発のライフル弾である。そしてライフル弾は、若干ではあるが微かに魔力の燐光を放っていた。
 「シンジさん?これ、ひょっとして」
 「そうだよ。これは麻帆良攻防戦で超陣営が使っていたBCTL―強制時間跳躍弾。その最後の1発だよ。僕にも切り札代わりとして、1発だけ譲って貰っていたんだ。結局、使わないまま終わったから、こうしてアクセサリー代わりにしていたんだけどね」
 ポケットから1枚の符を取り出すと、それを弾丸に丁寧に巻きつけるシンジ。最後に軽く気を流して、仕上げを行う。
 「今、何をした訳?」
 「弾丸とゲートの魔力を遮ったんだよ。どうもゲートの魔力に共振していたみたいでね。万が一、暴発でもされたら大事故になっちゃうから」
 「まあ魔法世界どころか、別の時間へ飛んじゃったら大事よね」
 ハルナの言葉に頷くシンジだが、そんな事が起きれば冗談事では済まなくなる。だからこそ、シンジは危険性に気がついてすぐに手を打ったのであった。

尾行組side―
 桜子の強運による強行突破を成功させた少女達は、ゲートのすぐ傍までやって来ていた。だが、ここで好奇心にかられて5人の少女達は行動を起こしてしまった。
 「よし、行くよ」
 裕奈を筆頭に、アキラ・亜子・まき絵の運動部組と夏美が第1サークルへ、誰にも気付かれないまま忍びこむ。それをチア部3人娘は引き止めようとしたが、制止を聞かずに少女達は行動していた。
 「ちょっと裕奈、バレたらどうすんのよ!」
 「大丈夫だって」
 楽観的思考のまま、第1サークル内を隠れて移動して行く5人。やがて中央に近付いた所で、地面が何の前触れも無く光出した。
 「「「「「ええ!?」」」」」
 慌てる5人だが、すでに遅かった。ゲートである次元跳躍大型転移魔法陣は発動し、裕奈達5人も巻き込んでいたのである。
 予想外の事態に、身の危険を感じた5人は身を翻して逃げ出そうとしたが、逃げ切れる訳も無く、そのままネギ達同様に魔法世界へと強制転移されていた。

魔法世界、ゲートポート―
 一瞬の閃光の後、一行は魔法世界側のゲートへと転移していた。
 巨大な建物の内部らしく、四方は壁とステンドグラスに囲まれている。足元は先ほどまでいたストーンヘンジのような物を設置した円形のステージであり、そこから橋のような通路が四方八方に伸びている、そしてその通路の先には、魔法陣を描かれた円形のステージへと繋がっていた。
 その地球の建築とは明らかに異なる建築様式に、魔法世界を初めて見た少女達の口から感嘆の溜息が零れおちた。
 「ここが魔法世界?」
 「そうよ。とは言っても、ここはゲートポートいう名前の施設なんだけどね。空港みたいなイメージで捉えてくれれば良いわ」
 「なるほど。そう言われるととっても分かり易いわね」
 キョロキョロと好奇心丸出しで周囲を見回す一同。その姿にドネットはクスリと笑うとある方角を指差した。
 「あそこの階段を上がれば、入国審査手続きの前に街を眺められるわよ」
 「「「「「「突撃いっ!」」」」」」
 一斉に駆け出す少女達。その姿にドネットは笑いを堪え切れずに、顔を背けるだけで精一杯である。
 「ネ、ネギ君・・・手続き・・・行きましょうか・・・」
 「無理に笑いを堪えなくても良いですから。僕はここにいますので」
 「そ、そう?お願いね・・・」
 苦しそうにしながら立ち去るドネット。その後ろにネギ・刹那・木乃香・アスナ・アーニャが続く。一方でシンジは、アスカとともに転移魔法陣の近くにあったベンチへと腰を下ろす。そして視線の先には、魔法世界の街並みに好奇心を満足させている少女達の姿があった。
 「・・・それにしても、まさか魔法世界なんて物を見る事になるとは思わなかったわね」
 「全くだよ。リツコさんがここにいたら、凄い事になってただろうなあ。好奇心丸出しで」
 「それを言ったらミサトなんて、間違いなく魔法世界の酒屋さんを探して大爆走してるわよ」
 そんな事を呟きながら、アスカがふとシンジの右手に視線を落とした。そこにはシンジの私物とは思えない物が存在していた。
 それは2つの指輪。人差し指と中指に通された、地味な指輪である。
 「シンジ、それ、どうしたのよ?」
 「日本を出る時に、エヴァンジェリンさんに餞別代りに貰ったんだよ。便利だから助かってるんだけどね」
 「ふうん、それも魔法の道具って訳かしら?」
 それに答えようとしたシンジだったが、少し離れた所で騒ぎが起きている事に気がつき、静かに立ちあがった。そのまま険しい視線を、別の円形のステージへと向けている。
 「シンジ?」
 「・・・何かトラブルがあったみたいだね・・・『密入国』とか言ってるみたいだよ」
 「密入国!?いきなりとんでもないトラブル大発生ね」
 トラブルの地点らしいステージに向けて歩き出すシンジとアスカ。そこへ手続きを終えたらしいネギ達が、全速力で走って戻って来た。
 「ネギ君か、一体何が」
 「3-Aの誰かが一緒に来ちゃったらしいんです!」
 「「はあ!?」」
 ネギの言葉に、シンジとアスカは素っ頓狂な声を上げた。だがこのまま見捨てる訳にもいかないので、ネギと同様に騒動の元凶を確かめるべく走りだす。
 そこにいたのは、5人の少女であった。ローブのフードを外しているので、顔は丸見えである。その見覚えのある顔に、ネギが叫んだ。
 「まき絵さん!裕奈さん!大河内さん!亜子さん!村上さん!」
 「ネギ君、助けてよお!」
 見覚えのある顔に助けを求めるまき絵。裕奈は自分に起こっている事を把握しきれずに正気を失いかけている。亜子は泣きそうになりながらパニックを起こしかけ、アキラと夏美は何とか冷静さを保持しているように見えた。
 「ど、どうやってここまで来たんですか!?」
 「約束してたのにごめんね。どうしても着いて行きたくて」
 どうしたら良いのか分からずに、こちらもパニックに陥りかけるネギ。その肩越しに覗き込むように、シンジが大きな溜息を吐く。
 「全く・・・君達は好奇心を満たす為だけに、他人のプライバシーを侵害しても良い権利があるとでも思ってるの?」
 いつになくきついシンジの口調に、少女達が一斉に口籠る。
 「君達の気持ちは理解できなくも無い。でも現実として、君達は招かれない立場のまま、不法侵入罪に問われる事をやってしまったんだ。どうして騒ぎになっているのかは、理解できたね?」
 「「「「「ごめんなさい」」」」」
 「OK。君達の事は僕が責任を持って何とかする。だからまずは落ち着くんだ。その後で同じ失敗を繰り返さないようするんだよ、良いね?」
 コクンと頷く少女達。そのやり取りに、ネギもまた落ち着きを取り戻してきたのか、大きく溜息を吐いた。
 グルッと周囲を見回すと、展望テラスへ街を見に行ったメンバー達も不安そうにこちらを覗き込む姿が飛び込んできた。
 そんな仲間達に大丈夫だと頷いて見せたネギであったが、その背筋に寒気が走った。
 (・・・これは!)
 転移前に感じた圧迫感。それを再び感じたのである。咄嗟にネギは携帯用の練習杖をポケットから取り出した。
 「刹那さん!再度、探知の術をお願いします!シンジさんも」
 「うん、手伝うよ。アスカ、警戒を手伝って」
 「まだ何かあるって訳ね、良いわよ」
 刹那が危機感知の術を使い、シンジが防御結界の構築に取り掛かる。
 「警備兵さん!ここに警備を全員、回して下さい!」
 「な、何を言って」
 「早く!時間がありません!」
 矢継ぎ早に指示を下していくネギ。その傍らでは、シンジが構築した防御結界が裕奈達を取り囲み始める。
 「ええ!?これ」
 「黙って!その中から絶対に出るんじゃないよ、良いね?」
 険しいどころか、殺気すら籠った視線で周囲を見回すシンジに、アキラが黙って頷く。状況は全く理解出来ないながらも、自分には理解できないレベルでの異常事態が進行中である事だけは理解できたからである。
 「古老師!アスナさん!シンジさんと一緒にまき絵さん達をガードして下さい!楓さんは入国管理局のマクギネスさんに緊急連絡を!小太郎君はテラスののどかさん達についていて!アーニャ、携帯杖は持ってるね?すぐに僕と一緒に防御障壁の準備を!」
 「ネギ先生!」
 「僕の思い過ごしなら、僕が恥をかくだけですみます!」
 「それなら、僕も付き合うよ」
 シンジの言葉に、ネギがハッと顔を向ける。そこには右手を掲げたシンジがいた。
 「出ておいで、アベル」
 右手の指輪から、光が放たれ床に魔法陣を描きだす。その魔法陣の中に、紫の鬼―アベルが姿を現した。
 一応、魔法関係の武器は入国に当たってはテロ防止の理由から、預けるのが決まりである。指輪は微妙な所であるが、召喚能力に類する物は立派に規則違反に当たる為、本来は預けるべき代物であったりする。
 事実、警備兵の顔色が明らかに変わりだしたが、ネギとシンジの真剣な表情に手を出しあぐねていた。
 そんな時だった。
 「危ない!」
 シンジの警告に、ネギが咄嗟に反応する。だが遠くから放たれた石の槍は、ネギの右肩を背後から貫通していた。
 (これは・・・石の槍ドリュ・ペトラス!致命傷だ、マズイ!)
 ネギの視線が、駆け寄って来るアスナとアーニャを捉える。自分を狙い撃った者の正体に、ネギは気がついた。
 「逃げ」
 グプッと音を立てて、ネギの口から生臭い赤い液体が塊となって零れおちる。そのままネギは、地面へと崩れ落ちた。
 走り寄るアスナとアーニャ。目の前で何が起こっているのか理解できないまき絵達。
 「ネギ先生!」
 駆け寄る刹那。だが彼女の前で、ネギの右肩からはドクドクと血が流れ続けていく。
 「どいて!」
 刹那に僅かに遅れて、シンジがネギに近寄った。そのまま財布の中から、お札に紛れ込ませておいた、初歩の治癒の札を取り出して応急手当を開始する。
 「シンジさん!?そんな所に?」
 「僕の役目は最悪の事態に備えておく事だからね。それより木乃香を連れてきて!あの子のアーティファクトが必要だ!」
 事実、シンジは自分の術の媒体となる物を、それとなく紛れ込ませたまま魔法世界へ入国していた。破術・治癒の札と、召喚の為の指輪。更には人形使いの糸である。万が一、ゲートポートで最悪の事態に陥っても、これだけあれば時間稼ぎぐらいは出来るだろうと判断しての事であった。
 「それより警戒を怠るな!アベル!迎撃戦を開始するぞ!」
 「WOOOOOOOO!」
 小さな鬼神が咆哮を上げる。その原初の恐怖を揺さぶるかのような咆哮に、呆けていた楓や古らもハッと正気に戻って行動を開始した。
 警備兵達も慌てて応援の連絡を取り、周囲が慌ただしくなってくる。そして駆けつけてきた木乃香もネギを助けようとして、ハッと気がついた。
 「せっちゃん!仮契約カードがあらへん!」
 その言葉に、刹那達もハッと気がついた。武器もそうだが、仮契約カードも預けたままなのである。幸い、仕舞ってある封印箱はここにあるが、ゲートポート内部ではどんな事が有っても開かない様になっている箱の中であった。
 「どないしよ!3分経ったら、ウチの力じゃ治せへん!」
 「その箱、どうにかして開けられないの!?」
 「無理です!理論上、どんな方法でも開ける事は出来ない箱なんです!」
 アスナとアーニャの腕の中、ネギは朦朧としたままピクリとも動かない。シンジの治癒術で、血止めを行うのが精一杯という状況である。
 「お、落ち着きなさい。今、治癒術師を呼んだ!その子は助かるよ!」
 「じゃあもっと早くしなさいよ!」
 涙を堪えながら、アーニャが叫ぶ。そんな中、ネギがボソッと呟いた。
 「逃・・・げ・・・て・・・」
 「急々如律令!」
 シンジの手から符が飛んでいく。同時にネギ達に襲いかかろうとしていた2条の雷の内の1つが打ち消され、もう1つは楓と小太郎が咄嗟に張った障壁に直撃。障壁は木っ端微塵に砕かれた代わりに、全員の命を守りぬく。
 だが障壁の範囲外にいた警備兵は、その余波で全員が黒焦げになったまま、物言わぬ物体と成り果てた。
 「久しぶりだね、近衛シンジ。そしてネギ・スプリングフィールドとその仲間達。幾分か力をつけたようだけど、中途半端な力ほど、無様な物は無いね」
 同時に、アベルが本能で動きだす。咆哮とともに、アベルは襲撃者に向けて飛びかかった。
 もっとも、手強いとアベルが本能で感じた相手に向けて。
 それは声の持ち主ではなく、襲撃者の背後に佇んでいた、もっとも小柄な人物であった。
 「ほう?この儂に目をつけたか、面白い。少々、遊んでやろう」
 ローブのフードから覗く顔は、幼い少年のそれである。だがその口から紡がれる声は、まるで老人のような重みのある声であった。
 そのままローブの少年は、アベルと正面から肉弾戦を開始した。その互角の戦いぶりに、アベルの実力をもっともよく知るシンジが驚きで目を剥いた。
 「アベルと互角!?」
 「いや、驚いたのはこちらの方さ。まさか、僕達の中でも最強の魔法使い相手に、互角に戦いうる人形を用意していたとはね。まさに人形使いの後継の面目躍如という所だ。称賛に値するよ、近衛シンジ。いやサード・チルドレン碇シンジ。それともこう呼んだ方が良いかな?創造神リリン」
 シンジの体が、僅かとは言え硬直する。麻帆良祭において、自分の情報が伝わっている事は予想していた物の、それでも直接指摘されれば、どうしても緊張はしてしまう。
 「「「フェイト・アーウェンルクス!」」」
 刹那・小太郎・楓の3人が攻撃を開始する。3人とも素手格闘がメインであったり、或いは武器と同じように習熟している為、実力を全く発揮出来ない訳ではなかった。
 だがそれが、常に良い事であるとは限らない。
 刹那をフェイトが肉弾戦で、月詠が小太郎を神鳴流剣術の剣技ではなく陰陽術で、楓を残った長身のローブ姿の男が影を用いた術で、それぞれを沈めてみせる。
 「楓!コタロ!刹那さん!」
 僅か一瞬の攻防で、周辺は瓦礫の山である。唯一、シンジが張った防御障壁の中だけが、無傷のまま残っていた。
 「な・・・何なのよ!あんた達、何が目的なのよ!私達を尾行て来てたの!?」
 「尾行?まさか。僕達がここで会ったのは偶然さ。君達の学園の人間は、随分と君達の安全と情報管理に気を配っているみたいでね、僕ですらここに来るまで君達が来ているとは知らなかったんだ。それがこんな事態を招くとは、皮肉な事だけどね・・・僕達の目的は、このゲートポート。本当に、君達は今回は無関係だ」
 「むむむ、無関係で、こ、こんな!何様よ、あんた達!」
 逆上するアーニャを、古が押さえようとする。
 「不幸な事故だよ。まさかネギ君が僕達に気付くとは思わなかったからね。だが気付かれてしまった以上は仕方ない。応援を呼ばれる訳にはいかないからね・・・念の為に言っておくけど、外部からの応援は望めないよ。ここは外部と隔絶しているからね」
 「結界か?」
 「正解だよ。だが君の破術でも破るのは不可能だ。何故なら、それをした瞬間、僕達は君を倒しにかかるからね。例え君が使徒であっても、僕達3人の一斉攻撃を凌ぐ事は不可能だと断言する」
 その言葉に、シンジはフェイト達が、シンジが使徒でなくなったという事実を知らない事を理解した。だが、だからと言って状況が好転する訳でもない。フェイトが口にしたのは事実だからである。
 そしてシンジの視界の片隅では、血を流し続けるネギの姿があった。時間は刻々と流れ、タイムリミットまであと僅かである。
 「さて、ネギ君。君のお仲間達にはここで退場して貰おう。僕の永久石化でね」
 「やらせない!」
 フェイトの言葉が、ネギの逆鱗に触れる。かつてないほどの怒りにその身を焦がすネギは、魔力で出血を強制的に止めつつ、全身の筋肉を限界まで強化して、フェイトの顔面に正面から拳を叩きつけた。
 「そんな事は、僕がさせない!この僕が相手だ!」
 「やれやれ、本当に死ぬよ?君に死なれると、僕も困るんだけどね」
 「それはこっちの台詞だよ」
 事、ここに至り賭けに出るしかないと覚悟を決めたシンジ。月詠と、もう1人の正体不明の男を相手にしようと全身に気を巡らせて体を強化する。その時、隣にいたアスカがハッと気がついた。
 「神楽坂さん!封印箱をアンタが壊すのよ!」
 「え!?」
 「神殺しなんでしょ、アンタは!」
 以前シンジから指摘された事実を思い出したアスナが、封印箱に飛びかかる。無造作に叩きつけられた拳は、魔法世界でももっとも強固な封印術をいとも簡単に砕き、封じられていた武器と仮契約カードを解放させた。
 「何?」
 「木乃香!」
 ヒュッと投げられた仮契約カードを、木乃香が受け取る。
 「「来れアデアット!」」
 アーティファクトを呼びだすアスナと木乃香。更に古もアーニャを離れて、アスナとともにフェイトを足止めしようと前に出る。
 その間に、アスカも自分の仮契約カード確保に動きだした。
 大きな戦局の変化。ここが勝負どころと理解したシンジもまた、動きだした。
 「来い!茶々丸セイバー!」
 もう1つ填められていた指輪から、茶々丸セイバーが姿を現す。シンジの右手から伸びた糸の支配下に入った茶々丸セイバーは、操り手と同じく戦闘態勢に入った。
 「神楽坂さんと古さんはフェイトを抑えて!木乃香はネギ君の治療だ!こっちの2人は僕が押さえる!」
 「失礼、御姫様」
 本当に僅かな隙。フェイトを抑えるべく、走りだそうとした瞬間を狙って、フェイトは縮地を使って木乃香の懐へと飛び込んでいた。
 「石の息吹プノエー・ペトラス
 木乃香目がけて石化の魔法が飛ぶ。だが石化の煙の中から現れたのは、石となった木乃香ではなく、白い翼を顕現させた刹那であった。
 「御嬢様には指一本、触れさせん!」
 呼びだしたアーティファクト『匕首十六串呂シーカ・シシクシロ』で攻撃を開始する刹那。その猛攻に、さすがのフェイトも思わず後ずさる。
 そして躱わしきれない致命の斬撃を、フェイトは幻影を利用した身代わりで回避。その隙を突いて、刹那の背後から石の槍で攻撃しようとする。
 そこを古が、気を込めた全力の崩拳で横から殴り、ドゴンッという轟音とともにフェイトを吹き飛ばした。
 ローブ姿の男は茶々丸セイバーを操るシンジが、ギリギリで押さえこんでいる。そして月詠は、シンジではなくアスナへとその刃を向けた。
 「随分美味しそうに育ちましたなあ、御姫様」
 「しまっ」
 決定的な隙を突かれて、死を覚悟するアスナ。だがそこを、横から飛び込んできた小太郎が月詠を蹴り飛ばす事で窮地を救う。
 同じタイミングで、刹那と距離を取って魔法で攻撃しようとしていたフェイトが、自分の足元に何かがぶつかった事に気がついて、何気なく足元へ視線を向けた。
 そこにあったのは、野球ボールほどの大きさの黒い球体である。ただ糸のような物がついており、その先には符が付いていた。
 (・・・これは符と糸?いや、髪の毛か?)
 その事にフェイトが思い至った瞬間、球体は内側から破裂した。更に巨大な手裏剣がフェイトを襲う。
 (そうか!あの球体は!)
 「ふう。完全にしてやられたでござるな。死ぬ所でござったよ」
 ローブの男の影の魔法で球体に閉じ込められていた楓が、最後の賭けを成功させて戦線に復帰する。
そして、木乃香もまた行動を開始した。アスナに確保されたネギに飛びついて、すぐにネギの傷を塞ぎにかかる。
 3分以内であった為、ネギの傷は瞬く間に治癒されていく。
 「良かったあ、間に合うて」
 「ネギ!」
 「っし、反撃や!」
 フェイトを前にハマノツルギを構えるアスナ。その隣には小太郎が立つ。少し離れた所には、月詠みを前に楓・古・刹那の3人が立っていた。更に影の魔法を操るローブの男は茶々丸セイバーを操るシンジが抑え、そこに気で体を強化したアスカが挟みこむように陣取りながら戦闘に入っている。そしてフェイト陣営において最強と思しき魔法使いは、アベルと互角の戦いを繰り広げるままであった。
 「なるほど。悪くないね。君の仲間をゴミと言った事は取り消そう。なかなか、楽しい時間だったよ。今度は本気で戦ってみようかな」
 「待て!君達は何者なんだ!君が何をするつもりでも、僕が止める!」
 同時に、右頬に拳を入れられてネギが吹き飛ぶ。縮地で間合いを詰めたフェイトの仕業である。
 「その有様でどうやって?完全治癒とは言え、無理はしない方が良い」
 ズザーッと地面を滑っていくネギ。フェイトを迎撃しようと小太郎と刹那が動き出したが、それよりも早く、フェイトは距離を取っていた。
 「悪いが、僕達の目的は既に果たした。これだけ暴れれば、嫌でもゲートポートは使えなくなるからね。後はトドメと行こうか」
 フェイトの頭上に、巨大な六角柱の石の柱が出現する。
 「冥府の石柱ホ・モノリートス・キオーン・トウ・ハイドウ
 次々にゲートポートを砕いて行くフェイトの一撃に、ネギ達は身を守るので手一杯である。
 「アベル!そいつはいい!ハルナを守れ!」
 シンジの指示に従い、アベルがハルナの元に移動する。その間に、シンジの破術とアスナのハマノツルギで冥府の石柱を、次々に無効化させていく。
 だが初動の遅れは如何ともしがたい。少女達を守る事は出来ても、ゲートポートの破壊を防ぐまでには至らなかった。
 その姿に、フェイトはアベルと戦っていた魔法使いに指示を出す。
 「彼らにも強制転移を。バラバラになる様に、世界の果てへ。僕は彼を狙うから、他は頼む」
 フェイトの言葉に、頷く魔法使い。やがてネギ達の足元に、魔法陣が浮かび上がった。
 「これは、強制転移!?」
 「ネギ君。こちら側へ来るには、君は少しぬるま湯へ浸かりすぎていたんじゃないかな?ここからの現実は、僕からの君へのプレゼントだよ」
 その言葉と同時に、シンジをフェイトが放った光が包み込んだ。その光は傍にいたアスカをも巻き込む。
 「これは!」
 慌てて破術を使おうとするシンジだが、それよりも術の発動が早かった。ネギ達の目の前で、シンジとアスカの姿が消えていく。
 「さようなら、世界を創造した神リリン。もう2度と会う事はないだろう」
 「フェイト!お前、シンジさんに何をした!?」
 「さあね。もし君が、再び僕の前に現れる事が出来たなら、その時は教えてあげよう。絶望の現実という奴をね」
 その言葉が切っ掛けであったかのように、ネギ達は強制転移により、魔法世界中にバラバラに飛び散った。

シンジ・アスカside―
 ふと気がつくと、2人は山の中にいた。空には煌々と輝く満月と、無数の星々が煌めいている。
 「シンジ、大丈夫?」
 「僕は大丈夫だよ。アスカこそ怪我は無い?治癒術使うから、怪我してるなら教えてよ。傷を我慢して病気にでもかかったら、僕では治せないからね」
 「それは問題無いけど、みんながいないわよ」
 白き翼のバッジの機能の1つによる、他のバッジの位置を探知する機能。それを利用したのだが、周囲にはシンジのバッジ以外の反応が無かったのである。
 「相当、遠くへ飛ばされたみたいだね。強制転移か、面倒臭い事になったな」
 「それには賛成ね。でも、これからどうしようか」
 「まずは情報収集だろうね。あとは遠距離移動が可能な足を確保しないと」
 外に出たままだった茶々丸セイバーを、キーワードで指輪へ仕舞うと、シンジは空を見上げた。
「やっぱり、地球の星座の常識は通じないみたいだ」
 「それは参ったわね。北極星も分からないの?」
 「・・・それっぽいのはあるんだけど、断言は出来ないよ。でもここで止まっていても仕方ないか。まずは人のいる場所を目指そうか。そこで今後の方針を練ろう」
 幸い、山とは言っても幅2m近い踏み固められた道が続いている。その道の先には、人が住んでいると思われる灯りが、点々と見えていた。

 2人は知らない。
 魔法世界中へ飛ばされたネギ達白き翼アラ・アルバメンバーが魔法世界中に賞金首として指名手配された事を。
 そしてシンジとアスカだけは指名手配されなかった事を。
 何故なら、魔法世界にゲート破壊事件のニュースの中で語られたからである。

 近衛シンジ、惣流・アスカ・ラングレー。以上2名、テロ事件に巻き込まれ死亡、と。



To be continued...
(2012.08.26 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は魔法世界編前日譚と呼ぶべき話です。
 原作通りの展開を迎えたネギ達。一方、ネギ達はおろか、最強の武器であるアベルすらも手放したシンジとアスカは完全なる世界コズモ・エンテレケイアの罠により、フェイトの言う絶望の現実を迎える事になります。
 これが何を意味するのか?もし宜しかったら、色々と想像してみて下さい。伏線だけはしっかり張ってありますのでw
 話は変わって次回ですが、次回は50話ではなくキャラクター設定第3弾になります。
 と言うのも、一部のキャラクターの能力が変わり過ぎたからw仕方ないと言えば仕方ないんですけど。
 なので50話は再来週の更新になります。
 プロットによれば、まだエピローグまで半年はかかりますが、最後まで書き上げますのでお付き合いお願い致します。



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