正反対の兄弟

第五十話

presented by 紫雲様


ヘラス帝国、バウンティハンターギルド―
 この日、バウンティハンターギルドにおいて『最強』と評される2人組が、ギルドに姿を現した。
 その姿に、ギルドに付設した酒場で情報収集を兼ねて一杯やっていた荒くれ者どもが雑談を止めて一斉に静まり返る。
 沈黙が支配する場を、2人組は周囲を気にする事無く堂々と歩いて行く。そして酒場のマスターを兼ねている、ギルド情報部の長の前で足を止めた。
 2人組は年齢不詳の男と幼い少女という組み合わせであった。
 片方は外見年齢20歳にも見えれば50歳にも見えると言う不思議かつ特殊サービス業に従事しているとしか思えない、強面をした長身の男である。と言うのも、口元を隠すかのように生やした髭と、目元を隠すサングラスがその理由であった。故に、その素顔を知る者はギルドにおいても1人だけ―彼がギルドに入った際に、面通しを行ったギルド長だけである。
 少女の方は、せいぜい10歳ではないか?と思しき幼子である。紅茶色の髪の毛をツインテールに纏めて、賞金稼ぎには相応しくない可愛い服を着こんでいる。だが、この場にいる荒くれ者達は、少女を過小評価はしない。何故なら、手痛い目に遭った事があるからである。
 そんな2人に、グラスを磨いていたバウンティハンターギルド・ヘラス帝国支部情報部部長カインがニヤッと笑いかけた。
 「久しぶりだなゲンドウ。キョウコ。首尾はどうだった?」
 「ぜっん然ダメ!何度思いだしても腹が立つわ!あの頭でっかち、勉強しか出来ない馬鹿野郎じゃない!ハンマーで何度、あの腐れ頭かち割ってやろうかと思ったわ!」
 「おいおい勘弁してくれよ。ギルド長のメンツを潰されたら困るんだからよ」
 キョウコと呼ばれた少女の物言いに、カインは苦笑いしながら応えた。そして厨房から新鮮な果物を持ってくると、フレッシュジュースを作ってキョウコに差し出す。
 「気が利くわね!サンキュ!」
 「何、アンタらには厄介な仕事を何度もこなして貰ってるからな。これぐらいは構わねえよ。ところでゲンドウ、お前は何が良い?いつものか?」
 コクンと頷くゲンドウに、やはり苦笑いしながらカインは湯気の立つ紅茶を差しだした。バウンティハンターギルドの歴史は長いが、後にも先にも『いつもの』の一言でフレッシュジュースと紅茶が出てくるのは、この2人組だけである。
 更に、この2人が姿を見せるようになって以来、カインにとって1つの悩みが生じていた。と言うのも、この2人は食べ物の味にこだわりを持っているのである。これが単なる我儘ならまだしも、この2人の場合は自ら調理も出来る為、尚更質が悪かった。何せ、カインが『文句が有るなら食うな』と言い返せば、自ら包丁と鍋を振るって料理を自作してしまうのである。その出来栄えたるや、カインはおろか厨房の料理人達ですら脱帽するほどであった。
 おかげでカインは、酒場の主としてプライドを守る為に部下の料理人ともども、料理のスキルを磨かざるを得なくなってしまったのである。結果としてギルドメンバーからの評判も上がっているのだが、カインにしてみれば『俺は密偵の長であって料理人じゃねえ!』と言いたくて仕方が無い日々を送っていた。
 「ところで2人とも。実は長が内密に話があるそうなんだ。そいつを飲み終えたら、長の部屋に顔を出してくれねえか?仕事を頼みたいそうなんだ」
 「セシリアが?OK、すぐに行くわ!」
 グイッとフレッシュジュースを飲み干すキョウコ。一方のゲンドウはと言えば、まだ半分も飲んでいない。湯気が立つほどの温度なのだから、一気飲み出来ないのは当然である。
 「行くわよ!ほら、グズグズしてんじゃないわよ!」
 ゲンドウの襟首を掴んで、ギルド長の部屋へと強制連行を始めるキョウコ。ゲンドウは小さく溜息を吐くと、ティーカップをカウンターに置いて渋々奥へと向かった。

ギルド長執務室―
 「セシリア!ただいま!」
 「相変わらず元気ね、キョウコ。ゲンドウも無事で何よりだわ」
 書類から顔を上げたのは、頭の両側から角を生やした女性―人間に換算すれば30前後と思しき美女であった。
 この人物こそ、バウンティハンターギルド・ヘラス帝国支部支部長を務めるセシリアその人である。そしてゲンドウとキョウコにとっては、上司に当たる人物でもある。
 2人がバウンティハンターギルドに加入して、間もなく1年。だが2人にしてみれば、上司と言うよりは母親と言って良い程に、良く面倒を見てくれた女性でもあった。
 そのせいか、セシリアも2人に対しては上司と部下というより、親子的な立ち位置での関係を望んでいた。それがキョウコが呼び捨てを許されている理由でもある。
 「ただいま帰りました。セシリアさん、今回も手助けをして下さってありがとうございました」
 「良いわよ、それぐらい。それで首尾は?」
 「残念ながら、期待は出来そうにありません。やはり、もっと組織だった魔法研究組織に接触を試みる必要があると思われます」
 ゲンドウの強面からは想像できないほど優しい物言いに、セシリアは頷き返す。
 「アリアドネーは魔法騎士団という立場上、結果的に戦闘に関係する魔法を重要視しているからね。口の堅さは折り紙つきだけど、方向性が少し違ったか」
 「それなんだけどさ、帰る途中にゲンドウと相談したのよ。それでね、どこかの大国の魔法研究組織に接触してみようか?って考えたの」
 「それは良いけど、2つ問題が有るわ。1つは国の利益を優先されかねないリスク。もう1つは技術の戦争への転用よ」
 「それが問題なのよね。こればかりはアタシ達も妙案が浮かんでこないのよ」
 わざとらしくハアッと溜息を吐くキョウコ。ゲンドウも腕を組んで、額に皺を寄せている。
 2人ともバウンティハンターギルドにおいては、腕利きでありながら頭脳派という珍しいタイプである。正直な所、セシリアは自分がギルド長を辞めたら、2人を後継にしたいと考える程に、2人の事を買っていた。
 そんな2人が答えを見出せないほどに、2人の抱える問題はあまりにも厄介すぎたのである。
 「まあゆっくり方策を考えるしか無いでしょうね。それはそうと、2人に頼みたい事があるのよ。至急の仕事なんだけど、良いかしら?」
 「内容は?」
 「この町から、北へ10日ほど歩いた場所に、チェレスタという村が有るの。その村の付近に、黒竜の目撃報告があるのよ。本来なら正規軍の出番なんだけど、あちらさんも何か理由があるらしくて、手が回らないようなのよね」
 セシリアの言葉に、ゲンドウが眉を顰める。正規軍―騎士団が出動出来ないという異常事態は、ついぞ聞いた事が無かった。
 「・・・そういえば、アリアドネーも不穏な空気が漂っていましたね」
 「アリアドネーが?・・・ふうん、もしかしたら厄介な事になるかもしれないわね」
 「・・・北の連合も、亜人排斥の声が日増しに高まっているという噂です。これは僕の勘ですが、誰かが煽動しているのかもしれませんね。情報だけは集めておくに越した事は無いでしょうが・・・」
 「そこら辺は私に任せなさい。それより黒竜よ。村人に被害が出る前に、この一件を解決してきて頂戴。依頼料はいつも通り。足と食料は用意しておいたから」
 セシリアの言葉に頷くと、2人は体を休める間もなく、チェレスタ村へと向かった。

チェレスタ村―
 人口50人ほどの小さな村。主要産業は農業と牧畜。そんなのどかな村に、2人は最新の魔法飛行機で降り立った。
 こんな田舎の村では、下手をすれば一生見かける事すらない魔法飛行機での2人の登場に、村人たちは遠巻きに眺めるばかりである。
 「ちょっと!ここってチェレスタ村よね?アタシ達はバウンティハンターギルドから来たんだけど、村長はいないの!?」
 「・・・儂が村長じゃが・・・バウンティハンターギルドが何の用じゃな?」
 「何の用って、黒竜よ!騎士団が忙しくて手が足りないと言うから、アタシ達の所に話が回って来たって訳!」
 黒竜、という単語に村人達が一斉にざわめきだす。そんな村人達を制するかのように、村長は咳払いを1つすると口を開いた。
 「そうは言うが、お前さん達が黒竜に敵うほど強いようには見えん。下手に怒らせて、村に報復に来られては困るんじゃよ」
 「ちょっとアンタ。自分で助けを求めておきながら文句を言う訳?何様のつもりよ!」
 キョウコの全身から、ゴワッと音を立てて気が立ち上る。その圧迫感に、村人達が驚きで目を丸くした所で、キョウコの前に手がスッと出た。
 「村長。帰れと言われれば帰るが、本当に構わないか?村人全員が黒竜の餌になっても、私達に責任は無いぞ?助けを断ったのは、他でも無いお前達なのだから」
 「な!?」
 「違うか?お前は言った筈だ。私達が黒竜に叶うほど強くは見えない、と。つまり私達では不満が有ると言う事だ。そうだな?」
 ゲンドウの指摘に、頷くしかない村長である。確かにゲンドウの言う通りの事を口にしたのだから、否定など出来る筈も無い。
 「不満が有るなら交代しよう。だが誰も来ない事だけは保証してやる」
 「な、何でじゃ!」
 「賞金稼ぎと一口で言っても、実力はピンキリだ。全員が黒竜と戦えるほど、強い訳ではない。だからこそバウンティハンターギルドは、敵の実力を冷静に見極めて敵を打倒できる人材を派遣する。そして派遣されてきたのが私達だ。逆に言えば、私達以外では黒竜と戦える人材はいないという事を意味している。その私達をお前は断った。それは人材を見極め、適材適所の派遣を続けてきたバウンティハンターギルドに対して『お前達の人物鑑定眼は信用できん』と言ったも同然なのだ。それはギルドの看板に泥を塗るに等しい行為。もしお前がギルドの人間だとしたら、そんな無礼者を助けようと思うか?」
 絶対に助ける訳が無い。それは村長にもすぐに理解出来た。同時に、自分がどれだけ危険な発言をしたのか、それも理解する事も出来た。
 「・・・失礼な事を言ってすまなかった。じゃが、儂らとしては不安で仕方が無いという気持ちを、察してくれると有難い」
 「それは言うまでもない。私も村長殿を困らせたくてこの様な事を言った訳ではないからな。ただこの先、バウンティハンターギルドと関わる際に、余計なトラブルを起こしてほしくないからこその忠告と捉えて頂きたい」
 「全く、アンタ達運が良かったわね。こいつはギルドでも一番温厚な人間としても有名だからね。他の連中だったら、間違いなく癇癪起こして暴れ回ってるわよ」
 肩を竦めてみせるキョウコ。だが村人にとって一番の不安の原因が、どうみても幼い女の子にしか見えない、彼女自身である事を自覚していないのは間違いなかった。

山中―
 村人から教えて貰った獣道を踏破する2人。先頭に立つのは、右手で垂れ下がっている蔓を持ち上げ、左手に持った大振りの鉈を振るって道を遮る草を薙ぎ払うゲンドウ。そのすぐ後ろに、相変わらず可愛い格好をしたキョウコが続く。
 「しっかし、こんな辺鄙な田舎にドラゴンねえ・・・確かに野生動物の宝庫ではあるけどさ」
 そう呟いたキョウコの視界の片隅を、狐がサササッと逃げ隠れるように茂みへ飛び込んでいく。
 耳には樹上で囀る野性の小鳥達の囀りが聞こえる、典型的な山の風景。確かに彼女が言う通り、どこをどう見回してもドラゴン等がいるようには見えなかった。
 「けど、村長が言うには実際に目撃した村人がいるんだからね。目撃したのは長年、この山で狩人をしていた人だ。野生動物と見間違いなんてしないだろうし、そもそも飛行中のドラゴンを、鳥と勘違いするなんて無いと思うよ」
 「それはそうなんだけどね。でもドラゴンが最近になってここへ来て、自分の縄張りにしたと仮定するわよ?それにしたって、あまりにも平和すぎるわよ」
 「それは言えるね。ドラゴンは幼少時は何でも食べる。大きくなると周囲に漂っている魔力を吸収する事で生きていくそうだけど、それでも幼少時の捕食者であった頃の本能が消える訳じゃない。酒や煙草を好む人間がいるように、血肉を好むドラゴンもいる。そんなドラゴンじゃない、老成した温厚なドラゴンであれば交渉が成り立つと思うんだけど」
 鉈を振い続けながらも、ゲンドウは歩むスピードを決して緩めようとはしない。ほっそりした体格からは想像もできない筋力の持ち主である。
 そんなゲンドウの足を、後ろを歩いていたキョウコが止めた。
 「待って。隠れるわよ」
 キョウコの言葉に訊き返すような愚を犯す事も無く、ゲンドウはキョウコの後に続くかのように樹の陰に隠れる。そして周囲に注意を払い出す。
 (上よ)
 見ると、少し離れた所を巨大な黒い生き物が悠々と空を飛んでいた。口には収まりきらない長大な牙、丸太のように太い前脚と鋭い鉤爪、前脚を更に二回りは大きくしたであろう後脚に、とてつもなく太い尻尾。そして一対の翼を動かしている。
 誰が見ても、間違いようのないブラックドラゴンであった。
 「野生動物の誤認は確実に消えたね」
 「あんなのと野鳥を見間違える狩人がいたら、そいつは狩人失格だわ」
 悠々と空を飛ぶ巨大なドラゴン。その姿を見る内に、キョウコが『む?』と声を上げた。
 「・・・ブラックドラゴンって、気性は荒かったわよね?」
 「そうだね。レッドドラゴン・グリーンドラゴンと並んで、とにかく危険なドラゴンだよ」
 「そうよね。だったらおかしいわよ」
 キョウコが目を凝らして、ドラゴンをジッと見る。正確にはドラゴンの周辺である。
 そこ視線の先には、数羽の野鳥が空を舞っていた。
 「・・・お腹が空いていないのかしらね?それとも老成したドラゴンなのかしら?」
 「いや、多分違うよ」
 ゲンドウが周囲に目を向ける。自分達には、先ほどから野生動物達に注意が向けられている事に気がついてはいた。例えゲンドウとキョウコに野生動物を傷つけるつもりが全く無いとしても、動物達にとっては警戒すべき相手だからである。
 「あの鳥にとって、ドラゴンは存在していない相手なんだ」
 「は?それって・・・まさか、幻?」
 「その可能性があるね。となると問題は、幻でドラゴンを飛ばす理由だ。こんな真似が出来るのは、それなりに力のある魔法使い」
 「そうね、行きましょうか」

 「・・・こいつか・・・」
 幻によるドラゴンが空を舞っている中、そのほぼ真下と言って良い場所に2人は来ていた。
 緑が支配する山の中、その中腹にある灰色の断崖絶壁。そこにポッカリ空いた洞窟と、その入り口に立つ人相の悪い男は、暇そうに座りこんでいた。
 「きな臭くなってきたわね。犯罪の臭いがプンプンするわよ」
 「同感だね。まさかドラゴン退治が、賊討伐になるとは思わなかったけど」
 「で、どうするの?相手は最低でも2人。でも2人だけとは思えないわ」
 その言葉に考え込むゲンドウ。
 「一番良いのは相手の戦力を把握する事だ。それなら・・・」
 ゲンドウが1枚の紙―赤い文字の書かれた―を持った右手を軽く振るう。すると、紙は一瞬にしてネズミへと姿を変えて、静かにその場を離れた。
 そして見張りに気付かれない位置から静かに洞窟の中へと入っていくネズミ。その視界を通して、洞窟の中を把握する。
 「・・・中は1本道。敵戦力は山賊らしいのが8名。杖を持った魔法使いみたいのが1人。酒を飲みながら、ダラダラしてるな。あとロープに猿轡状態の女の子が1人居る」
 「女の子?それって、誘拐?」
 「その可能性が高いね。身なりはかなり、上等な代物だよ」
 戦力は理解できたが、これで逆に攻めにくくなってしまったのも事実である。女の子を人質にされれば、ゲンドウ達に打つ手が無くなるからである。縁もゆかりも無い子供だが、見捨てるような真似はしたくなかった。
 「・・・1つだけ方法がある。目には目を、歯には歯を。悪党には悪党を、だ。キョウコ力を貸して」
 「勿論!それで、アタシはどうすれば良いの?」
 ゲンドウの出してきた策に、キョウコは自分なりの改良案を提案すると、それをすぐに実行へ移した。

 「助けて!助けてよ!」
 山中には似つかわしくない、可愛い格好をした女の子が助けを求めながら逃げてくる姿に、見張りの男は『何だ?』と立ちあがっていた。
 だが仮にも男は、営利誘拐を目論む一派である。逃げてきた少女―キョウコの姿が上等な衣服である事を見て取ると『鴨が飛び込んできやがった』とばかりに舌舐めずりする。
 だが万が一にでも、警戒されて逃げられてしまっては勿体無いので、男は精一杯、善人を装う事にした。
 「おいおい、嬢ちゃん。熊にでも襲われたのか?」
 「助けて!殺されちゃうよ!」
 「何だ?また物騒な・・・まあ、いい。中に入って」
 そこで聞こえてきた足音に、見張りの男は振り向くなり絶句した。そこにいたのは、上下ともに漆黒のスーツに身を包んだ、サングラスに髭面の、自分達を遥かに上回るほどの悪党面をした男だったからである。
 「な、何だテメエは!」
 「やれやれ。要らぬ目撃者を増やしてくれたな。また死体を作らないといけなくなったではないか」
 サングラスをクイッと上げながら、いきなり死刑宣告を口にしたゲンドウの姿に、見張りの男は慌てて警告の笛を吹く。
 同時にゲンドウが動き、気で強化した身体を武器に強烈な一撃を見張りの男に叩き込んだ。
 見張りの男は、崖に叩きつけられて呻き声すら上げる事無く崩れ落ちていく。
 息はしているが、しばらくは立ちあがる事すらできないだけの傷を負ったのは、間違いなかった。
 そこへ中から、賊達が愛用の武器を手にドヤドヤと駆けてくる。彼らが見たのは、如何にも悪党なゲンドウと、そんなゲンドウから必死に逃げようとするキョウコ。更には崩れ落ちた仲間である見張りの男の姿であった。
 「助けて!殺されちゃうよ!」
 「何だ?テメエは!」
 「おい、いらぬ仕事を増やしてくれるな。お前が逃げる度に、周りの連中を私は殺さないといけないのだぞ。何度教えてやれば理解するのだ」
 ゲンドウがキョウコに見せつけるかのように、見張りの男を蹴り飛ばす。その光景にキョウコが『止めて!もう止めてよ!』と涙ながらに叫ぶ。
 状況が理解できないのは、賊達の方である。見張りがやられたのは間違いないが、獲物を横取りに来た訳ではないように見えたからであった。
 「まあ、良かろう。もう1度教えてやる。お前は我が組織の実験体に過ぎん。不出来な贋作に過ぎんのだよ。そんなお前に、人並みの生活など送る権利など有る訳が無い。お前は全て、我等の為だけに尽くせばよいのだ」
 自分達が営利誘拐犯御一行様である事を、賊達は十分に理解していた。だが目の前で起きている光景は理解できずにいた。
 『こいつ、人間か?』
 自分達の行為を棚に上げて非難したくなるほどに、ゲンドウは悪党に見えた。そもそもこんな小さな女の子を『実験体』と呼んで憚らない。その行為自体が、賊達には理解できなかったのである。彼らに理解できたのは、ゲンドウが自分達を遥かに上回る悪党なのだという事だけであった。
 「もう1度教えてやらねばなるまい。お前が逃げると言う行為が、何を意味するのかをな」
 「い、いや、もう嫌あああああ!」
 洞窟の奥へと駆けこむキョウコ。あっと言う間に賊達の足元を駆け抜けていく。その速さは、賊達には反応できない速度であった。
 「お前達も顔に似合わぬ義侠心等起こさずに、酒でも飲んで寝ていれば死なずに済んだと言うのに・・・全く愚かな連中だ。空気を読めないとは、この事か」
 「な、な!?」
 「仕方あるまい。死んだ方が幸せだ、その程度で生かしておいてやろう。お前達の苦悶する様を見せつけ、その後でゆっくりと処分してやろう。その光景を見せつけてやれば、アレも今度こそ逃げるのを止めるだろうからな。お前達には我等の大義名分の為、尊い犠牲になって貰おうか」
 気で全身を強化して突撃してきたゲンドウの姿に、男達は納得できない世の不条理さを噛みしめながら、懸命に迎撃を試みようとした。

洞窟内部―
 闇に支配された洞窟の中を、キョウコはひたすらに走った。ゲンドウの式神による偵察によれば、中は一本道であり、女の子が1人捕まっている筈からである。
 時折、背後から聞こえてくる怒号や悲鳴に苦笑いしながら、キョウコは闇の中にうっすらと見えてきた灯りに気がつくとそこへ走り込んだ。
 そこは寝起きする為の最低限の機能を備えた、溜まり場だった。丁度、賭け事でもしていたのか、カードが散乱している。そして溜まり場の片隅に、褐色の肌をした女の子がロープでぐるぐる巻きにされたまま、毛布の上に転がされていた。
 「動かないで、今、外してあげるから」
 キョウコの言葉に、女の子は黙って頷く。まずは猿轡をと考えたキョウコだったが、後ろから聞こえてきた足音に、舌打ちすると振り返って迎撃態勢に入った。
 飛び込んできたのは、2人の男である。だが男達を視界に入れた瞬間、キョウコは先頭に立っていた男の鳩尾目がけて、渾身の一撃を躊躇い無く叩き込んだ。
 あまりにも強烈な苦悶に、男は呻き声すら上げられずに崩れ落ちてのたうちまわる。だがキョウコはそんな男には一瞥すらくれずに、残る1人目がけて襲い掛かった。
 「こ、この糞ガキ!」
 慌てて剣を振り被る男。だが剣先は『ガッ』という音を立てて、洞窟の天井に食い込んでしまう。更に力を込め過ぎていたせいか、幾ら男が力んでも外れる気配は無かった。
 「バーカ」
 そのまま顎目がけて強烈なアッパーカットを叩き込むキョウコ。そこに込められた破壊力は、男が洞窟の天井に頭部を叩きつけられた光景から容易に想像できる。
 「全く、弱っちいったらないわね」
 そう呟くと、キョウコは肩を竦めながら女の子の元へと戻る。そして今度こそ、猿轡を外してあげた。
 「ほら。まずは水を飲みなさい」
 水を飲ませて貰いながら、女の子がコクンと頷く。
 「あ、ありがとう」
 「縄を外すわよ。それから体に異常は?」
 「いや、別に無い」
 ロープから解放された女の子が、フウと息を吐く。
 「ところで、アンタ名前は?」
 「妾か?えっと・・・テオと言う名前・・・」
 「テオ?また勇ましい感じのする名前なのね。男みたいな名前だわ」
 キョウコの感想に、テオもまた『そうなのだ!妾もちょっと気にしてるのだ!』と妙に気合いの入った主張を口にする。
 「・・・まあ良いわ。それより、アンタは何でこんな所で、こんな連中に捕まっていた訳?それぐらいは教えて欲しいんだけどね」
 「ちょっと旅をしていて、その途中で攫われたのだ」
 「旅?それにしては随分、旅には不向きな上等な服ね」
 テオがギクウッと身を強張らせる。そんなテオを、キョウコはジーッと無言で見つめた。
 「うう・・・妾は家出したのだ。そしたらその途中で・・・」
 「家出?」
 「うむ。妾はこれでも、結構、良い所の出なのだ。乳母がいるぐらいにはな。その乳母を務めてくれた人は隠居生活を送っているのだが、その人が病気になったと聞いた」
 テオは小さな両の拳を硬く握りしめたまま、キョウコを正面から見つめる。
 「お見舞いに行きたいのだが、遠く離れているから気軽に行く事も出来ないのじゃ。お父様には手紙で我慢しろと言われたが、我慢できなかった・・・」
 「それで山賊に攫われてたら世話は無いわよ。まあいいわ。とりあえずここから出るわよ。アイツが誘拐犯を叩きのめしたみたいだからね」
 「アイツ?そちの仲間か?」
 テオの問いかけに、キョウコは頷くと道を引き返し始める。その後ろを、テオが縛られていた手首を擦りながら後に続いた。
 やがて外の日光が見えてきた所で、外から声がかけられる。
 「女の子は無事だったみたいだね」
 「当然よ。アンタより強いアタシが、最初に確保に向かったんだからね。無事なのは最初から分かりきっている事じゃない!」
 自信の塊のようなキョウコの発言に、ゲンドウが苦笑する。だが問題はまだ終わっていなかった。
 「嫌あああああ!人攫いがいる!」
 再び、洞窟の奥へと逃げだすテオ。その足音が小さくなる中、キョウコがポツリと呟いた。
 「そういえば、アンタの悪党面を説明してなかったわね」
 「・・・下手に僕が近寄って、絶望にかられて舌でも噛んだら大変だから、迎えに行って来てくれないかな?」
 「そうね、そうするわ」
 相棒の冗談になっていない冗談に、キョウコは苦笑いしながら再び洞窟の奥へと踵を返した。

 「助けてくれてありがとう」
 キョウコの必死の説得が効いたのか、テオはキョウコの背中に隠れながらも、ハッキリ聞こえる声でお礼の言葉を口にした。
 よくよく考えれば、キョウコの背中に隠れているという時点で信じていないと公言したも同然なので、ある意味失礼極まりない態度である。だが自分の悪人面を誰よりもよく理解しているゲンドウは、それを咎める事無く黙って頷いた。
 「それで、連中は?」
 「拘束しておいたよ。セシリアさんに遠距離通信も送っておいたから、その内、確保メンバーが来てくれる筈だ。それなりの賞金首だったし、半年分ぐらいの食費は稼げたかな」
 「ラッキーじゃない!仕事の報酬もあるし、久しぶりに御馳走でも食べるわよ!」
 現金なキョウコの態度に、ゲンドウは苦笑するばかりである。
 「それぐらいは構わないけど、その子はどうする?どこか大きな街で、適当な所に預けていく?」
 「そうよねえ。正直、それが確実」
 「待って待って待って!」
 話の途中に割り込んできたのは、当の本人である。彼女は文字通り血相を変えて、マシンガンのように早口で捲し立てた。
 「妾は帰る訳にはいかぬのだ!何としてもマーリアに会わねばならんのだ!そうでなければ、何の為にここまでやって来たのか分からんではないか!もし今、連れ戻されてみろ!妾は部屋に閉じ込められて、口煩い家庭教師に一日中、礼儀作法やら勉強やらを習わなければいかんのだ!あんな目に遭いたくないから出てきたと言うのに!いやいや、ちょっと待て!先に言っておくが、マーリアの見舞いと言うのは本当の事だぞ!決して、口実に使った訳ではない!それは本当の事なのだ!確かにその気が全く無かったという嘘はつけぬが、それでもマーリアを心配しているのは妾の本音だ!」
 「・・・この子、どうしようか?嘘が吐けない性格みたいだけど」
 「どう考えても、官憲に渡すべきよ。面倒な厄介事に巻き込まれるのはゴメンよ!」
 ハッキリと断言するキョウコに、テオがウッと呻き声を上げる。だがここで諦める訳にもいかない以上、テオは必死になって食い下がる。
 「待って待って!そち達には心と言う物が無いのか!?こんな小さな女の子の、乳母に一目会いたいという純粋な願いを、そち達は躊躇い無く摘み取ろうと言うのか!?」
 「そう思うなら、お父様とやらに馬車でも出して貰えるようにかけあいなさい」
 「ダメだダメだ!折角1人で外に出られたと言うのに!マーリアに会いに行く途中、ちょっと買い食いしたり、服を見たりするぐらい許されて当然だろう!?」
 喧々諤々の論争を繰り広げるキョウコとテオ。その光景にゲンドウは苦笑するばかりである。
 「でもね、キョウコの言葉は当然だよ。第一、マーリアさんの所まで、これから1人旅を再開したとする。そしたら、また山賊に捕まるだろうね。こんな美味しそうな鴨は、滅多にいないからね」
 「そ、それは・・・そうだ!そち達が妾の護衛を務めれば!」
 「その依頼料、アンタが払えるの?」
 キョウコの呟きに、テオがムムッと額に皺を寄せる。
 「・・・ちなみにどれぐらい?」
 「そうねえ。アタシ達を護衛に雇うなら・・・」
 キョウコがメモ帳に金額をサラサラと書いてテオに渡す。そこに書かれた数字に、テオが目を丸くした。
 「ちょっと待て!何でそんなにかかるのだ!」
 「ドラゴンスレイヤーを雇うなら、これでも安い方よ。それでどうするの?」
 「・・・分かったのだ。ただ妾は所持金はそれほど持ってはおらぬ。だから、これでそち達を雇いたい」
 テオがゴソゴソと胸元から何かを引っ張り出す。差し出された掌に載っていたのは、炎のように真っ赤な、鮮やかなルビーである。
 「これを対価にそち達を雇いたい。頼めるか?」
 「アンタ、本気?これだけの大きさとなれば、それなりの価値はあるわよ?」
 「構わぬ。マーリアの為なのだ・・・きっとお母様も許して下さる」
 ズイッと差し出されたルビーのネックレスに、キョウコが困ったようにゲンドウへ視線を向ける。そのゲンドウはと言えば、ルビーに視線を落したまま口を開いた。
 「これを僕達が盗んで姿を晦ますとは考えないの?」
 「・・・そち達は妾を助けてくれた。ならば妾に出来るのは、そち達を信じる事だけだと思った。これで騙されるような事があれば、それは妾の不徳故。誰を恨みようも無い。全ては妾の責任だ」
 「・・・僕達の仕事は、報酬は後払いが基本だ。前金については、財布に余裕が有るから特に請求はしない」
 その言葉に、テオはしばらくキョトンとした後、満面の笑みを浮かべた。
 「ありがとうなのだ!えっと・・・」
 「僕はゲンドウ、相棒はキョウコだ」
 「よろしくね、依頼人さん」

10日後、カナリア村―
 捉えた誘拐犯御一行様をギルドの応援部隊へ引き渡したゲンドウ達は、賞金稼ぎではなく用心棒として国の外れにあるカナリア村へと向かった。
 途中、組み易しと見た盗賊や山賊達が何度も彼らを襲撃してきたが、誰1人としてゲンドウとキョウコに掠り傷1つつけられぬまま、大地に沈められた。
 そして3人は、ついにテオの目指すマーリアのいる村―カナリヤ村へと到着した。
 カナリヤ村は、チェレスタ村とほぼ同じ規模の村である。だが山岳地帯にある村故に、林業と狩猟を村の収入の柱としていた。
 そんな村をマーリアが隠遁の地と定めたのは、この村が彼女の生まれ故郷だからである。
 「ところでテオ。マーリアさんの家の場所は知ってる?」
 「妾は知らん。だがこの村に住んでいるのは間違いない。適当に訊いてみるつもりだ」
 「まあ、それが正解か。分かったわ、さっさと訊いて向かいましょうか」
 畑で鍬を振るっていた、人の良さそうな農夫に道を訊ねて先へ進む3人。すると、1軒のレンガ造りの家が視界に飛び込んできた。
 「ここか!」
 2人をおいて走りだすテオ。そのままドアに飛びつくと、中へと飛び込む。
 「マーリア!マーリアはおらぬか!?」
 「・・・そのお声は・・・テオドラ様?」
 家の奥から出てきたのは、初老に差し掛かった女性である。糸のように細い目をした、温和そうな容貌。着ている服も粗末で、決して上流階級とは言えない人物である。だがその全身からは、毅然とした気配のような物を発していた。
 「マーリア!会いたかった!会いたかったのだ!」
 マーリアの胸に飛び込んでいくテオ。その幼さを垣間見せる行動に、マーリアは目を白黒させるばかりである。
 「テオドラ様。それほどまで喜んで下さるのは大変光栄ではありますが、一体、どうやってここまで来られたのですか?」
 「護衛を雇ったのだ!」
 「護衛?」
 そこへコンコンとノックの音が響き、マーリア顔を上げる。そこには開いたままのドアを軽くノックしているゲンドウと、キョウコの姿があった。
 「マーリア、紹介するのだ!この2人はゲンドウとキョウコ、妾の雇った護衛なのだ!」
 「朝早くに申し訳ありません。僕はゲンドウと申します。バウンティハンターギルド・ヘラス帝国支部に所属する者です」
 「アタシはキョウコ。宜しくね!」
 「これはこれは御丁寧な挨拶をありがとうございます。大したもてなしも出来ませんが、どうぞ中へお入り下さい」
 素直にお招きに預かる2人。上座にはテオが、テオを挟むようにマーリアと、ゲンドウ・キョウコが向かい合うように腰を下ろす。
 マーリアの用意したお茶で一息吐くと、それを待ちかねていたかのようにテオが口火を切った。
 「マーリア!体の具合が悪いと聞いたのだ。大事はないか?」
 「さすがにこの歳になりますと、あちこちにガタがくるものです。私はヘラス族のように長命種族ではありませんので。それでもノンビリ余生を過ごすのであれば、まだ10年や20年は大丈夫でしょうが」
 「そうか!良かったのだ、マーリアが病で寝込んだと聞いたので、心配したのだ!」
 心底からマーリアの無事を喜ぶテオの姿に、マーリアも思う所があったのか顔を綻ばせる。その表情に、マーリアもまた頬笑みで返した。
 「それはそうと、よくもまあバウンティハンターギルドの方を護衛に雇う事が出来たものです。護衛稼業は傭兵ギルドの領分だと思ったのですが」
 「・・・そうなのか?」
 キョトンとした顔で振り返るテオ。
 「全くもってその通りだよ。まあ詳しい事については、後で教えてあげるよ」
 ゲンドウの言葉に、ヤレヤレと肩を竦めるキョウコ。つき合いが長い分、ゲンドウの思惑については、既に理解しているが故の行動である。
 だが、首を傾げたテオが口を開くよりも早く、発しようとした言葉を制するかのようなタイミングでドアが開け放たれた。
 「マーリア婆さん!すぐに逃げろ!」
 「一体、何があったというのですか!」
 「良くは分からねえが、裏山の遺跡からバケモンが出てきているそうだ!あの辺りを狩り場にしているシェイクス爺さんが目撃したんだとよ!」
 「裏山の遺跡?そんな物があるんですか?」
 知人からの報告に顔を青褪めさせていたマーリアが、ゲンドウを見ながらゆっくりと口を開く。
 「詳しい事は私も知りません。ただ幼い頃に、母から寝物語に聞かされた話です。まだこの村ができたばかりの頃、異界から魔族を呼び寄せた魔法使いがいたそうです。ところがその魔法使いは自らが呼び出した魔族を制御できずに殺されてしまい、魔族は思うがままに暴れまわりました。そんな魔族に難儀していたこの村を、旅をしていた別の魔法使いが見かねて手を差し伸べて下さり、魔族全てを封じたという言い伝えがあるのです」
 「魔族の襲撃ねえ。でも魔族が実在する以上、頭ごなしに否定は出来ないわね」
 「言い伝えは恐らく事実だったのでしょうね」
 マーリアは立ちあがると、タンスへと近づき奥をゴソゴソと捜しだした。やがて目当ての物を見つけたのか、革袋を手にゲンドウへと歩み寄る。
 「ここに金貨が30枚あります。このお金を依頼金として、テオドラ様を王都まで送り届けて頂きたいのです。お願い出来ますでしょうか?」
 「マーリア!?」
 「テオドラ様。もう1度お会いできて、私も嬉しゅうございました。ですが今は、少しでも早くここから立ち去るべきです。貴女様がここで死なれる事など、母君様は望んで等おられません」
 「マーリアはどうするのだ!」
 「・・・こう見えても、勤めの間に護身の1つとして魔法の修業もしております。幾許かの時間稼ぎは出来るでしょう」
 マーリアの言葉に、テオが『嫌だ!』と叫ぶ。スカートの裾を掴み、一緒に逃げようと引っ張るも、マーリアの決意を覆す事は叶わない。
 それどころかマーリアは、テオを強く抱きしめるとゲンドウの元へ突き飛ばすかのような勢いで、テオを押し付けた。
 「どうか宜しくお願い致します」
 「・・・悪いけど、貴女が言われた通り僕達はバウンティハンターです。『護衛』という仕事は縄張り争いに繋がるので、決して受けてはいけない仕事なんですよ」
 「何故ですか!テオドラ様の護衛を、貴方達は受けているではありませんか!」
 予想外のゲンドウの言葉に、マーリアが気色ばむ。だがゲンドウは無言で踵を返すと、戸外へと踏み出す。その後をキョウコが肩を竦めながら後に続いた。
 「テオ。私達はここで帰らせて貰うわ。貴女もお家へ帰りなさい」
 「キョウコ!?妾とマーリアを見捨てるのか!?」
 「そうね、そう思ってくれても良いわよ。アタシ達の縁はここまで。それだけの事よ。じゃあね」
 バタンと閉まるドア。中から聞こえてくるテオの『マーリアを助けてあげてくれ!』という悲しみの声を、キョウコは振り切るかのようにしてゲンドウの後を追いかけた。
 その行く先は、件の魔族が出没したと言う裏山の方角であった。

裏山へと通じる道―
 踏み固められた一本道を、ゲンドウとキョウコは歩いていた。ゲンドウはサングラスをかけている事もあって表情は分からないが、キョウコの方は実に楽しそうに笑顔を浮かべていた。
 「アンタも馬鹿よね。分かっちゃいたけどさ、あの宝石、貰っとけばよかったじゃない」
 「・・・貰う訳にはいかないよ。ヘラス帝国第3皇女テオドラ。その母親は、若くして亡くなっている。その程度の知識は誰でも知っているよ」
 「だからって、タダ働きも良い所よね。そりゃあ前金も依頼金も受け取らなければ、問題にはならないけどさ」
 足元に転がっていた石を、キョウコが蹴り飛ばす。石はコロコロと転がりながら、坂道を転がり続ける。
 「ま、それがアンタの良い所なんだけどね。小さい子供の母親の形見。そんな大切な物を貰う訳にはいかないからね。丁度良い縁切りってとこかしら」
 「それもあるけど、少しはバウンティハンターとして稼いでも良いだろう?封印から解放されたハグレ魔族。実はギルドにある、かなり古い古文書という形で依頼があったんだ」
 意外な言葉に、目を丸くするキョウコ。
 「依頼人の名前は書かれていなかった。だがカナリア村という興ったばかりの村の近くに、魔族を封じた事。その魔族の封印が解かれた際、その魔族を討伐して欲しいという内容だった。依頼料は封印に利用されている魔法具一式。鑑定次第だけど、それなりの価値はあると思うんだ」
 「ふうん?そういう事か。面白そうだし、アタシも1枚噛ませて貰うわよ?」
 「勿論だよ。それじゃあ行こうか。大昔の魔族共に、最強のバウンティハンターの実力を見せつけにね」



To be continued...
(2012.09.08 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今作を読まれた方はお判りでしょうが、じゃじゃ馬姫ことテオドラ(幼女)バージョンが登場しております。
 既にお気づきの方もいるでしょうが、今作から魔法世界編紅き翼アラルブラ編(過去編)となります。
 主役は紅き翼アラルブラ最後の2人ラストメンバーことゲンドウとキョウコの2人。強面悪党と血の気の多い幼女の凸凹コンビにしばらくの間お付き合い下さい。
 話は変わって次回です。
 遂に始まってしまった連合と帝国の大戦。そんな中、バウンティハンターギルドで暇を潰すゲンドウとキョウコは、幼い依頼人から1つの仕事を受ける事に。
 舞台となるのは歴史上、大戦において最大の激戦地の1つとまで呼ばれたグレート・ブリッジ要塞。そこで2人は後に英雄と呼ばれるメンバーと邂逅を果たす。
 最強の剣闘士ラカンと最強の魔法使いナギ。
 これに対峙するのは最強と呼ばれるバウンティハンターコンビ・ゲンドウとキョウコ。
 こんな感じの話になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



作者(紫雲様)へのご意見、ご感想は、メール または 感想掲示板 まで