正反対の兄弟

第五十四話

presented by 紫雲様


完全なる世界コズモエンテレケイア』との接触から1月後―
 この日、ゲンドウはマイクロフトに執務室へと呼びだされていた。
 「陛下、お呼びだと伺いましたが」
 室内にはすでにカミュも来ており、難しい顔を作っていた。
 「おお、来たか。実はな、オスティア―ウェスペルタティア王国の第1王女アリカ殿から休戦の話が来たのだ」
 「休戦、ですか?意外ですね、オスティアが真っ先に和睦を申し入れてくるなんて」
 「アリカ殿としてはこれ以上、力無き民を苦しめたくないそうだ。何より、このまま戦いを長引かせた所で、誰とも知らぬ者を喜ばせるだけだ、とな」
 その言い分に、ゲンドウが感心したようにホウ?と声を上げる。
 「どうやらアリカ王女殿下は、連中について気付いておられるようですね」
 「ああ、どうやらそうらしい。それ故の休戦の申し込みなのだ。特別顧問殿は、これについてどう考えておられるか、意見を聞きたくてな」
 「・・・そうですね。提案その物は賛同致します。ですが問題が2つ。1つは相互協力関係にある者として、この情報を流さねばなりません。結果として、会談は間違いなく襲撃の対象となるでしょう」
 ゲンドウが『完全なる世界コズモエンテレケイア』との間に情報のやり取りによる相互協力関係を築く事で、内情の把握に動いている事はマイクロフトやカミュも報告を受けている。それ故に情報を流さない場合、ゲンドウがどんな立場に追い込まれるかぐらいは理解していた。
 「問題点2つ目は誰を使者とするのか、です。帝国としても、それなりの地位の有る者を向かわせなければ、アリカ王女殿下が納得致しかねるでしょう」
 「それなのだ、問題は。一番なのは俺自らが出向く事ではあるんだが、それをやっちまう訳にはいかねえ。そうなると全権代理人として、王族の誰かを向かわせる必要がある。そうなると、ライアスやリィナでは荷が重すぎる。となると、実力的にカミュが最適なのだが・・・」
 カミュならば能力的には全く問題は無い。問題なのは、彼女がいなくなるとライアスの暴走を抑える者がいなくなる点である。ライアスを筆頭とする戦争推進派に対して、戦争否定派を束ねる者がカミュだからである。
 「陛下、提案がございます。この大任、テオドラ皇女殿下にお任せ下さい」
 「特別顧問殿!?本気か!?」
 「はい、本気です。今回の件、アリカ王女殿下が罠を張る事はありません。外交交渉を有利に進めて、国益を計る事も無いでしょう。ならば駆け引きについては、全く考える必要はございません」
 ゲンドウの申し出に、驚いたマイクロフトとカミュではあったが、言い分その物は正しいので頷かざるを得なかった。
 「テオドラ皇女殿下が赴くとなれば、護衛役としてキョウコが付き添うのは必定。ならば、何も不安はございません。『完全なる世界コズモエンテレケイア』にしてみれば、キョウコは同盟相手。そのキョウコに害を及ぼしてまで、テオドラ皇女殿下やアリカ王女殿下に危害を加えるとは思えません」
 「・・・む、確かにそうだが」
 「その上で、こちらからも連中に対しては、こちら個人の計画の為に皇女殿下にキョウコを張りつかせているのだから、一切の邪魔をするなと言っておきます。我々は相互協力の同盟関係にある。情報を提供したにも関わらずこちらの邪魔をするのであれば、帝国宰相になって帝国を操り、貴様らの存在を公にした上で、全員皆殺しにしてやるぞと脅してやります」
 この発言にマイクロフトは僅かな間硬直したものの、すぐに大爆笑を起こした。カミュも唖然としながらも、堪え切れなくなったのか口に手を当てて笑いだす。
 「おいおい、帝国宰相の地位を脅迫の道具に使うんじゃねえよ!」
 笑い過ぎて、地が出るマイクロフト。よほど可笑しかったのか、腹筋に全ての力を込めて必死で笑い声を抑えようとしていた。
 「し、しかし宜しいのですか?折角の同盟関係なんですよ?」
 「構いません。同盟とは相互協力の事。それはお互いの目的を邪魔しない、という事です。ならば私の主張は、彼らに受け入れられるでしょう」
 平然と返すゲンドウに、マイクロフトが太ももをバンバン叩きながら頷いた。
 「よし、決めたぞ。ヘラス帝国代表として、テオドラを向かわせる。キョウコ殿には付き添いとして同行を頼もう」

メガロ・メセンブリア―
 早朝。朝陽が水面を乱反射する光景を前に、ナギ達はどこまでも続く戦争に苛立ちを募らせていた。
 「いつまでこの戦争は続くってんだ!帝都ヘラスまで攻め滅ぼすつもりなのかよ!」
 「まるで、誰かがこの世界を滅ぼそうとしているみたいですね」
 その言葉に、ナギがピクンと反応する。そんな時だった。
 ナギ達に近付いてくる2つの人影。1つは咥え煙草に眼鏡、スーツ姿の40代に見える壮年の男。もう1つはネクタイをキッチリ締めた少年である。
 「見事、正解だぜアル」
 「ガトウ?」
 「俺とタカミチ少年探偵団の調査結果が出た。奴らは帝国と連合、その中枢にまで入り込んでいやがる。秘密結社『完全なる世界コズモエンテレケイア』だ」
 ガトウの言葉に、ナギ達が互いに視線を交わす。
 「どうやら、彼はこの事を言っていたようですね」
 「ん?どういう事だ?」
 「そうか、あの頃ガトウはまだ一緒に動いていなかったですから、知らないのも無理はありませんね。実はグレート・ブリッジ奪還戦の際にあった出来事なのですが」
 ゲンドウとキョウコとの邂逅。別れ際に『完全なる世界コズモエンテレケイア』の存在を仄めかす様な情報を置いていった事などを告げる。
 「・・・ふむ、その2人だが恐らくはヘラス帝国で最強と呼ばれているバウンティハンターだろうな。強面の術師の男と、10才にも満たない少女のコンビだと聞いた事がある」
 「いずれ、改めて接触を図ってみた方が良いかもしれませんね」
 「そうだな、俺も興味がある。ところで、本題に入りたい。実はお前達に会わせたい方がいるんだ。ついてきてくれ」
 ガトウの申し出に、ナギ一行が素直に後へ続く。案内された先は、貴賓客専用の応接間である。そしてそこには、初老の男性が待ち受けていた。
 「マクギル元老院議員?」
 「おお、来たか。お前達に会わせたい御方がおってな」
 コツコツと聞こえる足音。姿を見せたのは、長い髪の毛にパッチリ開いた強気な目、外見年齢は10代後半と思しき美少女である。
 「この御方はウェスペルタティア王国第1王女、アリカ殿下だ」
 「マクギル議員殿。彼らがそうなのですか?」
 「はい。彼らであれば、殿下の力となれるでしょう」

それから半月後―
 アリカがヘラス帝国との間に休戦の打診を行う間、ナギ達は『完全なる世界コズモエンテレケイア』についての情報を集め続けていた。
 しかし調査の結果は、最悪を更に上回る代物であった。
 「しかし、厄介すぎるな。帝国と連合だけかと思ったら、歴史と伝統のオスティア内部にまでシンパがいるなんて」
 「世界全てが彼らに操られているようですね。これは想像以上に根が深そうです」
 紅茶を啜りながら、アルが肩を竦めてみせる。そんな所へ、ガトウが姿を見せた。
 「お、全員いるな。最悪の最悪ついでに、もう一回り最悪を追加する報告がある」
 「ガトウ?何があったと言うのですか?」
 「実はこのメガロ・メセンブリアのNo.2である執政官が奴らの手先である可能性が出てきたんだ」
 ガトウの報告に、アルと詠春が同時に立ちあがる。それに続いて、今度は外から爆発音が聞こえてきた。
 「何だ!?」
 これには昼寝をしていたラカンも驚いたのか、上半身だけ起こして外に視線を向ける。
 「おいおい、まさかテロか?」
 「そういえば王女殿下はどうされている?万が一の事があったら、マズイ事になる」
 「王女殿下なら、ナギが傍に」
 いる筈、と続けようとした詠春の前で、特大の雷が天から降り注ぎ、更なる大爆発を引き起こしていた。
 「・・・今のは千の雷ですね」
 「あ、あの馬鹿者!」
 更に断続的に降り注ぐ雷光。その度にドカンドカンと爆発が引き起こされる。
 「あああああ・・・」
 心労で崩れ落ちる詠春とガトウ。ラカンは落雷を指差して大笑いを始め、アルは空になったティーカップに湯気の立つ紅茶を注ぎ始めた。

翌日―
 堂々と正面から朝帰りを果たしたナギとアリカに、詠春は頭痛を堪える事に必死になっていた。
 「それで貴様はアリカ王女殿下を一昼夜連れ回した挙句に、その敵本拠地とやらを壊滅させてきたと言うのか!」
 『本日未明、正義の味方を名乗る正体不明の2人組が、メガロ・メセンブリア市内において戦闘行為を繰り広げると言う事件を起こしました。しかし問題なのは、相手が犯罪組織であり、更には戦場となった本拠地から無数の違法取引や犯罪行為の証拠が見つかっている点です』
 詠春の怒声を裏付けるかのように、ニュースキャスターが冷静に事態を説明する。だが自称『正義の味方』の片割れは、詠春の怒りなどどこ吹く風とばかりに平然としていた。
「下部組織如き潰した所で何の意味が有る!何の為に内偵をしていると思っているんだ!それに万が一、王女殿下がお怪我でもされたらどうする気だ!」
 「姫さん、ノリノリだったぜ?楽しかったー、とか言ってたし」
 「ナギイイイイイ!」
 怒髪天を突く詠春。そんな詠春の前に、1通の手紙がズイッと差し出される。
 「ちゃんと証拠も見つけて来たぜ」
 開かれた手紙の内容は、メガロ・メセンブリア執政官の関与を示す手紙であった。魔法を利用した映像通信である為、言い逃れなど不可能な決定的証拠である。
 「それが有れば、戦を終わらせられるのじゃな?」
 「お、王女殿下!」
 慌てて膝まづく詠春。アルとガトウは礼を、ラカンは『ウイーッス』とばかりにソファーに寝そべったまま片手だけ上げて挨拶をする。
 「それより、帝国と連絡が取れた。ヘラス帝国皇帝マイクロフト陛下は、休戦に賛同するそうじゃ。その為の全権特使に、実の娘である第3皇女テオドラ殿を任命した。これで戦火は徐々に収まり始めるじゃろう」
 「では?」
 「うむ。当初の予定通り、私は休戦調停の場へと赴く。その間、主らはメガロ・メセンブリアの膿を出し切っておくのじゃ」
 そう言い残すと、アリカは単身、和平会談の場へと向かった。
 その際、乙女心を発揮した彼女が、ナギの頬っぺたに紅葉を作って行ったのは、言うまでも無い事である。

1週間後―
 ナギ達はメガロ・メセンブリアから逃走していた。今の彼らは連合の英雄ではなく、マクギル元老院議員襲撃犯であり、帝国のスパイという有難くない称号を持つに至ったからである。
 と言うのも、アリカが旅だった翌日。ナギ達は執政官弾劾の為にマクギル元老院議員を訪ねていた。ところが肝心のマクギル議員は『完全なる世界コズモエンテレケイア』に暗殺され、全てをお膳立てしていたテルティウムの策略に嵌められてしまったからである。
 ナギの傍にいるのは、ラカンとガトウ。他のメンバーは全くの行方不明。連絡1つ取れない状況下にあった。
 そして今、彼ら3人は辺境を転々として情報を集めながら、今後の行動方針について頭を悩ませている所だった。
 「あれから1週間か・・・」
 焚き火を見つめながら、ナギがボソッと呟く。火で焙った野鳥の肉を、豪快に食らいつきながらラカンがネギの背中をバンバンと叩く。
 「言ってるだろ!人生は波乱万丈でなくちゃ面白くねえんだよ!」
 「そこまで人生崖っぷちになりたくはないんだがな」
 苦笑するガトー。だが楽観的になった所で、妙案は浮かんでこない。全国指名手配の上に、路銀は持ち合わせしかなく、装備も心許ない。
 そんな時だった。
 真っ白い毛並みの狐が、ナギ達を恐れる事無く焚き火の傍にまで近づいてきたのである。
 「これは狐か?アルビノとは珍しい」
 「そういえば、詠春の野郎が言ってたな。白狐は縁起が良いとか何とか」
 「・・・久しぶりだな、ナギ・スプリングフィールド」
 狐の口から発せられた言葉に、ギョッとする3人。咄嗟に身構えるが、狐はわざとらしく欠伸をしてみせる。
 「もう忘れてしまったのか?グレート・ブリッジで会ったと言うのに」
 「てめえ、あの時のバウンティハンターかよ!」
 「ゲンドウ、と呼んでくれ。それから私には敵対するつもりはない。どちらかというと、私は手を組みたくて使い魔を飛ばしたのだ」
 思いがけない言葉に、目を丸くする3人。
 「最初に伝えておく。アリカ王女だが、現在は無事だ。命の危機も、女性としての尊厳も失ってはおらん。軟禁状態にはあるが、元気その物だと聞いている」
 「・・・何で、お前がそれを知っているんだよ」
 「こちらにはこちらの情報網があってな。だが今はまだ、全てを教える事は出来ん。こちらにも事情と言う物があるからな」
 ギリッと歯を噛みしめるナギを、背後から近寄ったガトーがポンポンと肩を叩く。
 「最強のバウンティハンターと名高い貴方が、私達に一体何をさせたいのかな?」
 「このままアリカ王女救出に向かって貰いたい。その間、アリカ王女の身の安全は私が保証する。アリカ王女を救出したら、その後は彼女の指示に従えば良いだろう」
 「・・・王女殿下の居場所は?」
 「夜の迷宮。そこにヘラス帝国第3皇女テオドラ皇女ととも軟禁されている」
 ゲンドウの情報に、ガトーがふむ、と頷いてみせる。
 「そこに至るまでの連合戦力の追撃情報については、使い魔を通じて知らせよう。当面の間は、そのまま海岸線沿いに進んで下さって構わない。追手が近付いたら、その時点でこの子を通じて連絡を入れる」
 「それは有難いが、何故、そこまでしてくれるのかな?」
 「その理由については、いずれ説明しよう」
 ナギが更に頭に血を上らせていく。元来、直情径行型の性格である為、持って回った言い回しや態度は嫌いなのである。
 だがこの場にはナギ以上に豪胆な男がいた。
 「なあゲンドウさんよ。ついでに頼まれてくれてや」
 「何かな?」
 「俺達着の身きのままで逃げちまったんで、路銀がねえんだわ。だから貸してくれ」
 ストレート極まりないラカンの言葉に、ゲンドウが小さく笑う。
 「良いだろう。ではその子の首についている首輪を外して貰いたい。中に当面の軍資金を入れてある」
 「ほう?気が利くじゃねえか」
 首輪を外して、早速分解するラカン。中から出てきたのは20万ドラクマ相当の、紙幣である。
 「おう、じゃあ借りるぜ?」
 「別に返してくれなくて結構。アリカ王女救出の依頼金額と思えば、安い物だ」
 「取引成立だな」
 鼻歌でも歌いだしそうなほど楽観的なラカンに、ガトーが肩を竦めてみせる。ナギも毒気を抜かれたのか、不貞腐れたかのように鳥肉を噛み千切った。
 
夜の迷宮―
 「出すのじゃあ!折角、家庭教師から解放されたと言うのに、外へ出られないのでは意味が無いではないかあああああ!」
 「はいはい、お勉強の時間ですから席へ着きましょうね」
 「嫌じゃあああああ!」
 今日も元気に響くテオドラの悲鳴。テオドラとキョウコが織りなす漫才劇に、アリカが小さくクスッと笑った。
 「テオドラ殿は勉強が嫌いとみえる」
 「当たり前なのじゃ!妾は体を動かしている方が好きなのじゃ!」
 「はいはい、いい加減に覚悟を決めましょうね。幸い、ここにはアリカ王女殿下もいらっしゃいます。今日は歴史と政治の勉強に致しましょうか」
 「キョウコ!何で妾の一番嫌いな勉強にするのじゃ!」
 半分泣きながら猛抗議するテオドラに、アリカが再びクスッと笑う。会談を襲撃されてから約半月。3人はずっと同じ部屋へ閉じ込められていら。
部屋の造りは独房というよりは、急拵えの貴賓室というべき物。トイレや風呂も完備されており、外出出来ないという点を除けば快適な部屋ではある。
 ただ3人は退屈を持て余すような事はなかった。底抜けに明るく幼さを見せるテオドラに、アリカもキョウコも精神的に保つ事が出来たのである。特にキョウコに至っては、ゲンドウと『完全なる世界コズモエンテレケイア』との密約を知っている分、下手な事をしなければ問題は無いと判断していた。
 「ところでキョウコ殿。そなたはテオドラ殿の家庭教師と聞いておるが、それは本当か?どうもそれだけではないように見えるのだがな」
 「ええ、その通りです。アタシは皇女殿下の護衛も兼ねておりますから。こう見えてもバウンティハンターなんです」
 「それで外見に似つかわしくないほど落ち着いておるのか。納得出来たわ」
 アリカが自ら淹れた紅茶を、各自の前に置いていく。芳しい紅茶の香気が、3人の鼻を心地よく擽る。
 「しかし何時になったら、あの馬鹿達は来るのじゃ。閉じ込められて半月、テオドラ殿程ではないが、さすがに気が滅入ってくるわ」
 「全くじゃ!妾は気が休まる暇などないぞ!ここに来てから勉強漬けなのじゃ!」
 「その暇な時間を有意義に使う事にこそ、意味があるとは思いませんか?」
 「嫌じゃああ!」
 妙に丁寧な口調のキョウコに、テオドラが再度絶叫する。当初は何事かと見張りが覗きに来ていたが、最近は顔すらも見せなくなっていた。それどころか食事時になると、テオドラの喉が荒れないようにと彼女にだけは喉飴を付けるほどである。
 「でもまあ、勉強ばっかというのも確かに不健康ではあるわね。そうねえ、今日は別の事を勉強しましょうか」
 「うう、何をするつもりなのじゃ」
 「護身術の基本を教えてあげるわ。いずれは魔法を覚えるんでしょうけど、魔法だけじゃあ危険は乗り越えられないからね」
 おお!と歓声を上げながら立ち上がるテオドラ。バウンティハンター直伝の護身術には興味を惹かれたのか、アリカも興味深そうに視線を向ける。
 「良い?武術を知らない貴女が、男に勝つのは無理があるわ。例え魔力で身体強化をしてもね。でもそれなら、それで方法があるわ」
 「おお、どうすれば良いのじゃ?」
 「全力で男の股間を蹴り上げてやりなさい。手加減なんて要らないわ。相手を殺すぐらいのつもりで蹴り上げてやるのよ。足の力は腕の3倍。一撃で無力化出来るわよ」
 物騒極まりないキョウコの発言だったが、テオドラは素直に頷くと嬉々として右足を真上に蹴り上げる練習を始める。
 「こうか?こうで良いのか?」
 「もっと早く。躊躇ったら負けだからね」
 「うむ、分かったのじゃ」
 可愛い掛け声を上げながら、蹴りの練習に励むテオドラ。その様子に、アリカが口を開いた。
 「キョウコ殿。護身も良いが、男に言う事をきかせる方法を知らぬか?」
 「そうねえ・・・殿下は身体強化は嗜まれておりますか?」
 うむ、と頷くアリカ。
 「それなら股間を握ってやれば良いんです。潰さなければ、奴隷のように従順になりますから」
 「そうか、よく覚えておこう」
 この会話が繰り広げられていた時、ナギが悪寒を覚えたかどうかは不明である。

それから1週間後―
 散り散りになっていた仲間達と合流しながら、ナギ達はアリカ達が軟禁されている夜の迷宮へと辿り着いた。幸い、仲間達は誰1人として欠ける事無く、合流に成功している。
 「それで夜の迷宮についてだが、どうやって攻める?」
 「んなもん、速攻に決まってるだろ!」
 パーティー内で一番血の気の多いナギの言葉に、わざとらしくため息を吐く白狐。その様子に詠春が『分かる分かる』とばかりに大げさに頷く。
 「む、何だよ?」
 「・・・いや、何でも。人質についてはこちらが守りますから、安心して下さい。王女殿下の居場所は、中央部にある塔の3階部分になります。身軽なメンバーに王女救出を、火力の高いラカン殿には陽動を頼みたいのですが宜しいですか?」
 「おう、任せろや。とにかくぶっ壊せば良いんだろ?楽しょー楽しょー」
 力こぶをパン!と叩きながら、ラカンが自信たっぷりに頷く。
 「では行きましょうか。こちらからの連絡が入り次第、陽動をお願いします」
 
 ガラガラガラ・・・
 「よう姫さん、待たせちまってすまねえ」
 石壁の崩れる音に、アリカ達は視線を向けた。そこに立っていたのはナギである。
 「そなた遅いぞ?」
 「これでも目一杯急いだんだよ。今じゃ立派なお尋ね者だからな、俺達は」
 「まあ良かろう、後で説明はして貰うぞ?」
 テオドラ・キョウコとともに部屋を後にする一同。ラカンの陽動は功を奏しているのか、逃走中一度も敵と遭遇する事はなかった。
 やがてナギ達が外へ出ると、ラカンが晴々とした表情で一同を出迎える。
 「よう、姫さんは無事みたいだな」
 「敵は?」
 「全滅させといたぜ。もっと歯ごたえが欲しいもんだがな」
 そんなラカンの顔が、キョウコの顔を見てピタッと止まる。
 「あん時の嬢ちゃんじゃねえか!」
 「まあね、でも今は逃げるのが先よ。増援でも来られたら厄介だからね」
 「増援は来ねえよ、全部倒したからな」
 自分の肩越しに、親指で背後を指さすラカン。
 「それはともかくとして、今はここを立ち去りましょう。連中が遠距離転移で幹部クラスを送ってきたら面倒な事になります」
 「確かにそうですね。隠れ家へ向かいましょう、ここからなら3日も歩けば到着します」
 「そうだな、行くか」
 アルとガトーの提案に一同は頷くと、全員その場を後にした。

完全なる世界コズモエンテレケイア
 「アリカ王女とテオドラ王女を奪われただと!?」
 セクンドゥムの怒りの絶叫が、場を支配した。彼がいるのは主である造物主ライフメイカーを筆頭に、上級幹部全員が揃っている謁見の間である。主なメンバーとしてはプリームムやテルティウム、ドゥナミスといったメンバー達がいる。
 そしてその中には、ゲンドウの姿もあった。
 「ゲンドウ!どうして報告しなかった!貴様、仮契約相手パートナーをテオドラに着けていただろうが!」
 「セクンドゥム殿。君は勘違いをしているな。私は造物主ライフメイカー殿相手に同盟は結んだが、傘下に入った記憶はない。あくまでも魔法世界救済の為に動く同士なのだ。ただし、採るべき手段は違うがな」
 「貴様、小賢しい言い訳をするな!」
 激昂するセクンドゥム。テルティウムは無関心、プリームムはゲンドウの主張に理解を示している。だが他のメンバーは、セクンドゥム寄りの感情を抱いていた。
 「君達が魔法世界救済の為に幻想の全てを犠牲にするという『小の為に大を犠牲にする』行動を選ぶならば、私は『全てを救う』理想を貫くと誓い、同盟を交わしている。そしてその為にはテオドラ皇女殿下が解放されるのは、私にとって都合が良かったにすぎん。故に見て見ぬフリをしただけだ。第一、私を100%信用してどうするのだ。君は最初から私を疑っているだろう。ならば私が君達の為に動く事は無い、動くとすればそれはメリットがあるからだと割り切って対応すべきではないか?」
 面白そうに笑いながら、のんびり見物する造物主ライフメイカー。その一方でセクンドゥムが文字通り怒髪天を突く。
 「ふざけるなあ!」
 怒りのあまり、雷の暴風ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンスを無詠唱発動させるセクンドゥム。だがゲンドウは右手を軽く振るうと、轟音とともに飛んできた雷の嵐を瞬時に消し去ってみせた。
 「全く、言葉で負ければ実力行使か。挙句の果てに力勝負で負けていては、もはや救いが無いな」
 わざとらしく溜息を吐くゲンドウ。そんなゲンドウに対する怒りと、あっさりと魔法を無効化してみせた実力に対する驚きに、言葉を失うセクンドゥム達。そんな中、造物主ライフメイカーがパンパンと手を叩きながら仲裁に入った。
 「セクンドゥム、その辺りにしておきなさい。彼の言い分には筋が通っている。彼を主従では無く、同盟者として迎えたのは紛れも無く僕の意思だ」
 「マスター!」
 「セクンドゥム。彼の言葉を忘れたのか?彼は彼の邪魔をするのであれば、ヘラス帝国宰相として我々『完全なる世界コズモエンテレケイア』に全面戦争を仕掛けると言った事を」
 ギリッと歯軋りするセクンドゥム。プリームムとテルティウム以外の幹部達も憎々しげにゲンドウを睨みつけるが、肝心のゲンドウはどこ吹く風とばかりに平然としている。
 「ゲンドウ、こちらの非については謝罪するが、セクンドゥムをあまりからかわないでやってくれ。この子は見た目より精神年齢が幼いのだ」
 「マスター!?いきなり何を!」
 「・・・そう言う事なら、仕方ないだろう。子供の行動と思えば、可愛い物だからな。笑って流そう」
 「貴様ああ!」
 沸点が低いのか、簡単に挑発にのせられるセクンドゥム。単にからかわれるという経験が無かったせいかもしれないが。
 「それはそうとしてゲンドウ殿。テオドラ皇女が解放される事が、君にとって都合が良いと言ったが、何故都合が良いのか教えてもらっても構わないかな?」
 謁見の間の気温が徐々に下がっていく事に、恐怖を感じるセクンドゥム達。原因はニッコリ笑っている造物主ライフメイカーである。
 だがゲンドウはそれに気づいていないかのように平然としたままであった。
 「ヘラス帝国に恩を売る為だ。確かに私がその気になれば、陛下は私を帝国宰相に任じるだろう。だがカードというものはより多く揃えておくに越した事はない。特に世界その物の行く末を左右しうる問題解決の為に動かないといけないとあってはな。納得して頂けたかな造物主ライフメイカー殿」
 「・・・では、何故率先して救出に動かなかったのかな?救出すれば、恩を売るには絶好の機会だろう」
 「同盟関係にある以上、積極的に君達と矛を交える訳にはいかんからだ。同時にキョウコを張りつかせてある以上、最悪の事態は防ぐ事が出来るという計算もある。ならばこのまま皇女が捕虜のままであっても、皇女を守り切ったという一点において私は帝国に対して功績をあげた事になる。もし彼女たちが逃げ出したとしても、やはりキョウコが傍にいる以上、最悪の事態は防ぐ事が出来る。つまりどちらに転んでも私は帝国に対して功績をあげる事が出来るのだ。だから傍観させて頂いた」
 造物主ライフメイカーが殺気を撒き散らす中、平然と自論を展開するゲンドウの度胸に一同が呆気に取られる。だが肝心の造物主ライフメイカーは殺気を消すと、にこやかに微笑んでみせた。
 「見事なまでに自分の為に動くものだね」
 「当然だ。私は私の理想の為に動いている。その為にはまだまだ為さねばならない準備が山積みなのだからな。君達が私の齎した情報を基に会談を襲撃したように、私も君達を利用させて頂くだけの事だ。まあお互い様と言った所か」
 「それについては同意するね」
 ガタッと音をたてて造物主ライフメイカーが席から立ち上がる。
 「分かったよ、君の今回の行動については一切抗議はしない。同盟関係も継続のままだ、それで良いかな?」
 「こちらは現状に対して何も不満は無い。疑われるのも当然だと思っていたからな」
 ゲンドウは気にしていないとばかりに肩を竦めてみせる。
 「この件はこれで終わりとしよう。それからゲンドウ殿、君の仮契約相手パートナーから我々にとって重要な情報が手に入ったら、また教えて頂けるかな?」
 「それぐらいは構わないが、こちらも皇女の身を守る為に手は打たせて貰うぞ。君達が動く事を考慮した上でな」
 「それは仕方ないだろうね、君にも立場があるのだろうから」
 ローブの裾を翻しながら、謁見の間を後にする造物主ライフメイカー。その後ろにセクンドゥムやドゥナミス達が続く。そして謁見の間にはプリームムとテルティウム、ゲンドウだけが取り残された。
 「ゲンドウ、あまり驚かせないでくれ。どうなるかと思ったよ」
 「プリームム、ひょっとして君はあのような駆け引きの経験はあまりないのか?」
 「まあね、一方的に騙すか利用するだけだったから」
 かなり雰囲気の柔らかいプリームムとゲンドウの会話に、テルティウムが口を開いた。
 「・・・君達は仲が良いのかい?」
 「同盟を結んで以来、何度もお茶を一緒に飲んでいる。最近はお茶を飲みながら与太話をするぐらいには仲が良くなった」
 「僕も正直、意外だったよ。人間の中に、ここまで会話を楽しむ事が出来る相手がいるなんて考えた事すらなかったからね」
 プリームムが立ち上がり、2人を中庭へと案内する。そこにはティーセットが置かれた丸テーブルと椅子が用意されている。
 「テルティウム、君は何を飲む?」
 「・・・とりあえずコーヒーを」
 給仕が持ってくる間に、紅茶を用意するプリームムとゲンドウ。やがてテルティウムのコーヒーが持ってこられた所で口を開いた。
 「君達は紅茶をそのまま飲むんだね。僕が見た紅茶を飲む者達は、砂糖やミルクを入れたりしていたけど」
 「それは飲む人の嗜好によるからね。僕は紅茶はストレートと決めているんだ」
 「私もそうだな。もっとも私の場合は、お茶はお茶でも緑茶を飲む文化圏の出だからな。緑茶はストレート以外の飲み方は無い。だから紅茶も自然とストレートが当たり前となっている」
 「緑茶か、初めて聞いた飲み物だよ」
 好奇心を惹かれたのか、プリームムが身を乗り出す。
 「薄緑色の飲み物でな、旧世界の東アジア圏で飲まれている。昔は薬として珍重されていたそうだが、今は食後に嗜むぐらいだ」
 「ほう?そうなのか、機会があったら飲んでみたい物だ」
 「言われてみれば、私もしばらく飲んでいないな。可能であれば取り寄せてみるか」
 紅茶とコーヒーで渇きを癒しながら、3人で飲み物談義を繰り広げる。そんな中、テルティウムが口を開いた。
 「そういえば、さっきセクンドゥムの雷の暴風ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンスを無効化してみせたが、あれは何なんだい?僕も見た事が無い術式だったが」
 「私の故郷に伝わる術式において、基本中の基本となる術だ。効果はさっきの通りだな」
 懐から破術の符を取り出して、テルティウムに渡すゲンドウ。それを興味深そうに眺めるテルティウムの肩越しに、プリームムが符を覗き込む。
 「・・・ただの紙だな。文字が書いてあるが、特に何の力も感じない」
 「全くだね。セクンドゥムの魔法を打ち消すほどだから、それなりのマジックアイテムだと思っていたんだが」
 「所詮は発動の媒体だ。力を込めなければ、ただの紙切れだよ」
 紅茶を啜るゲンドウを前に、テルティウムがスッと符を返す。それを受取りながら、ゲンドウが思い出したように口を開いた。
 「さて、それでは私もそろそろ帝国へと帰還させて貰うよ」
 「皇女を連れて帰らないのか?」
 「皇女にはキョウコを付けているから命の危険はない。ならば将来の帝国の重鎮として、世界の裏側という物を体験してもらうのも良いだろう。皇帝もその辺りには理解力のある男だからな、問題はない」
 「まあ僕としては情報を提供して貰えるのだから、文句を言う筋は無いけどね。寧ろお礼を言いたいぐらいだよ」
 心配するプリームムと、平然とするテルティウム。そんな対照的な2人に短く別れの言葉を告げると、ゲンドウは長距離転移の魔法具を使って帝国へと帰還した。

ヘラス帝国、帝都―
 「現在の報告です。皇女殿下は夜の迷宮からキョウコとアリカ王女殿下とともに脱出に成功。今は追手を撒きつつ、黒幕を暴こうとしているようです」
 「報告御苦労、特別顧問殿。テオドラが無事ならばそれで良い。あれにも良い経験となるだろう」
 場所は謁見の間。カミュ以外の出席者はゲンドウが叱責される光景を予想していたのだが、現実は正反対であった。
 マイクロフトはテオドラの行動を認め、保護する為の部隊の出動を認めなかったのである。
 「父上!どうして、そのように落ち着いておられるのですか!テオドラが心配ではないのですか!」
 「テオドラにはキョウコ殿がついておる。何も心配はいらん」
 「どこがですが!あのような子供如きに、何が出来ると言うのですか!」
 ライアスの反論は、重臣達も派閥の垣根を越えて賛同した。賛同しなかったのは、カミュとキリルの2人だけである。
 「ライアス。そなたは特別顧問殿の実力を知っておるな?」
 「そ、それがどうしたと言うのですか!」
 「キョウコ殿は特別顧問殿が前衛を任せるほどの実力者だ。つまり、特別顧問殿を叩きのめす事が可能な実力を秘めておるという事だ。それでも役不足だと言うのか?」
 マイクロフトの言葉に、ライアスを筆頭とした参加者達が一斉にゲンドウを見る。
 「私は師にも見放されるほど才能が無かった為、自分の体を強化する事しかできない素人。だが、キョウコは違う。彼女は弛まぬ修練を積んだ、本物の戦闘技巧者。私程度では彼女には勝てない。それが現実ですが、皇子殿下はそれでも御不安でしょうか?」
 「な、何を馬鹿な事を・・・」
 「控えよ、ライアス。特別顧問殿とキョウコは、バウンティハンターギルドにおいて『最強』と呼ばれる実力者。それもドラゴンスレイヤーの称号を持つ、本物の実力者だ。本来ならば術者である特別顧問殿でさえ、最も苦手とする格闘能力において近衛騎士団長であるキリルに迫る実力を持っておる。そんな顧問殿を実力で叩きのめす事が出来る者が、この場にいると言うのであれば手を挙げるが良い」
 勿論、そんな者がいる訳が無い。ライアスは反論を無理矢理封じこまれ、マイクロフトに一礼すると後ろへと下がった。
 「特別顧問殿。キョウコ殿がいる限り問題無い事は分かっておる。だがそれでも1人の父親として心配な気持ちだけは理解して貰いたい」
 「心中、御察し申し上げます。皇女殿下の動向については、定期的に御報告申し上げます」
 「うむ、では頼んだぞ?では解散とする、各自、政務に戻るが良い」
 玉座を発つと、執務室へと戻っていくマイクロフト。その背中が謁見の間から消えた所で、ライアスが足音も荒くゲンドウに近付いていく。
 「特別顧問殿。父上の覚えは良いようだが、身の程を弁えるのですな」
 「殿下、身の程とはどのような意味で御座いましょうか?私は特に、何か要望した記憶は御座いませんが」
 「は、白々しい嘘を吐くな!」
言い終えると同時に、ライアスとその派閥に属する者達がゲンドウを睨みつけながら足音も荒く謁見の間を出ていく。
 一方、カミュとキリル、そしてライアスには与するつもりの無い大臣達が数名、その場に残っていた。
 「特別顧問殿には、いつも兄上が迷惑をかけるな」
 「いえ、大した事ではございません。私のような風来坊が陛下に信頼されているとあっては、周囲の方々が複雑な気持ちにかられてしまうのは仕方ない事」
 「そう言って貰えるとこちらも助かる。それはそうと特別顧問殿、この後、時間があったら私の執務室へ来て頂けないかな?実は妹のリィナが不安にかられていてな。テオドラが無事である事を当事者であるそなたの口から直接話をしてもらいたい」
 「私が、でございますか?」
 ゲンドウが驚くのも無理は無い。キョウコのように後宮へ入る事が出来る立場ではない為、謁見の間等で公式に近い形で着任の挨拶だけはした事がある。
 だが、所詮はその程度。特に病弱なリィナとは、最初の顔合わせの1回しか会った事がなかった。
 「分かりました、すぐに向かいましょう」
 「うむ、頼む。みな、すまぬが先に退席させて貰うぞ」
 カミュの言葉に、一礼して送り出すキリルと大臣達。そんな彼らを残し、ゲンドウ達はカミュの執務室へと向かった。
 「待たせたか?リィナ」
 「いえ、大丈夫です姉上」
 「なら良い。それより特別顧問殿を連れてきたぞ」
 ソファーから立ちあがろうとするリィナ、それを慌ててゲンドウが押し留める。
 「あまり御身体が丈夫でないと聞いております。御無理はなされませぬよう」
 「ふふ、これぐらいなら問題ありません。現に、ここまで歩いてきたのですから。侍医にも適度な運動は勧められておりますし」
 「そうでしたか、これは失礼を致しました。申し訳ございません」
 一礼したリィナが、再びソファーに座る。対面にゲンドウが座った所で、リィナが待ちかねたとばかりに口を開いた。
 「それでテオドラの事なのですが」
 「まずは健康その物です。怪我も無く、ピンピンしているとの事。今はウェスペルタティア王国のアリカ王女殿下と行動を共にされている、との事で御座います」
 「アリカ王女殿下、ですか。まだお会いした事はありませんが、非常に聡明な方だと伺っております」
 とりあえずは安心したとばかりに、胸を撫で下ろすリィナ。元々血色が悪い顔に、若干だが赤みが戻る。
 「無事で良かった。アリカ王女殿下もいらっしゃると聞いておりますが、たった3人で捕まっている事を考えると、不安で仕方が無かったのです」
 「それは当然の事で御座います。テオドラ皇女殿下は、今後もアリカ王女殿下と行動を共にされるとの由。今後も定期的な報告は陛下に上げます故、もし宜しければ皇女殿下にもお伝え致しましょうか?」
 「いえ、それならば良いのです。特別顧問殿も政務でお忙しい立場、あまり私事で拘束致したくはありません。今後は父上を通じて、あの子の安否を伺うように致します」
 その後、一息入れがてらゲンドウが淹れた紅茶を手に、リィナ・カミュと他愛の無い話をするゲンドウ。意外だったのは、リィナがゲンドウのバウンティハンターとしての功績に強い興味を持っていた事であった。
 「・・・以上が、先日のカナリア村の付近で発生した魔族討伐の顛末で御座います」
 「魔族ですか、恐ろしい存在ですね」
 「確かに高い魔力と言い、強靭な肉体と言い、強大な力を持った存在である事は事実です。ですが力を秘めている=邪悪と言う訳では御座いません。現に、私自身も魔族に連なる知人がおりますが、至って善良な性格で御座います」
 「でも、カナリア村の遺跡では、問答無用で襲いかかって来たのではありませんか?」
 「流石に何百年単位で封じられていては、暴れたくなったのも仕方ない事でしょう」
 終始、にこやかに会話を楽しむ一同。だがリィナが小さく咳をした所で、カミュが立ちあがった。
 「リィナ、今日の所は休んだ方が良い。特別顧問殿、今日はお付き合い頂いて、感謝する」
 「いえ、この程度であれば大した事では御座いません。退席がてら、侍医の方を呼んで参りましょう」
 「そうして貰えると助かる。父上の執務室の隣だ」
 「分かりました。それでは退席させて頂きます。リィナ皇女殿下、御自愛を」
 そう言うと、ゲンドウは侍医を呼ぶ為に退室した。
 その顔が、曇っていた事を知る者は、まだ1人もいない。



To be continued...
(2012.10.07 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さりありがとうございます。
 今回はゲンドウとナギ達との同盟、一部の者から煙たがれ始めるゲンドウがメインの話となっています。まあ人望があるというか、好かれるゲンドウというのも想像し辛い物がありますがw
 ゲンドウの暗躍も今回は抑え気味です。これから本格的に暗躍させますので、もうしばらくお待ちください。
 話は変わって次回です。
 指名手配犯となった紅き翼アラルブラと同盟を交わしたゲンドウは、紅き翼アラルブラを助ける為、1つの策を提案する。その結果、完全なる世界コズモ・エンテレケイアにおけるゲンドウの立場は厳しい物になるのだが・・・
 そんな感じの話になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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