第五十五話
presented by 紫雲様
タルシス大陸極西部オリンポス山『紅き翼 』隠れ家―
夜の迷宮から脱出した一行は、隠れ家の1つを拠点として行動をすべく、もっとも近い場所にあった隠れ家に身を顰めていた。
だが問題なのは、敵である『完全なる世界 』の規模である。連合と帝国、その双方の上層部に敵は手を伸ばしており、彼らは公に助けを求める事など出来ない状況であった。そして、状況はそれだけに止まらなかった。
「王女殿下、残念ながら殿下のオスティアも怪しい事が判明しております。それどころか最も『黒い』としか考えられないのです。殿下もお聞きになっているでしょうが、キョウコ殿のパートナー、ゲンドウ殿が『完全なる世界 』に招かれた場所は・・・」
「分かっておる・・・」
ガトーの報告に、アリカが顔を曇らせる。それは以前から、身内に対して疑惑を持ち続けながらも、その疑惑が間違いであって欲しかったからであった。そして今、その疑惑が限りなく確信に近付いた事が、彼女を苦しませている。
「我が騎士よ」
「その『我が騎士』って何だよ!姫さん!恥ずかしーなー!」
「もう連合の兵ではないのじゃろう?ならば主は最早、私の物じゃ」
ガトーの隣にいたナギが顔を赤くして抗議するが、それをアリカはアッサリと受け流す。
「連合に帝国、そしてオスティア。世界全てが我等の敵という訳じゃ。じゃが主と主の『紅き翼 』は無敵なのじゃろう?」
アリカの言葉は、言葉だけであれば皮肉に満ちているように感じられる。だがアリカの顔を見れば、誰もが皮肉とは受け取らないのは間違いない。何故なら、その時のアリカの顔に浮かんでいたのは、紛れもない信頼だったから。
「良いではないか。こちらの兵はたったの9人。だが最強の9人じゃ。ならば我らが世界を救おう。我が騎士ナギよ、我が盾となり剣となれ」
「・・・やれやれ、相変わらずおっかねえ姫さんだぜ。良いぜ、俺の杖と翼、あんたに預けよう」
朝陽が射す中、主従の誓いを交わすアリカとナギ。その犯しがたい荘厳な雰囲気に、誰もが息を飲んで、その光景を見守っていた時だった。
「みんな、久しぶりに良い報告が来たわよ」
キョウコの言葉に、全員の視線が集まる。
「ヘラス帝国上層部に巣食っている連中のシンパ、そのリーダー格をゲンドウが突き止めたそうよ。今はまだ泳がしておくけど、その気になればいつでも対応は可能だって」
「それは、本当か!?」
「ええ。アイツが言うには、向こうがボロを出したみたいね。おかげでこんなに早く特定が出来たんだってさ」
その報告内容に、紅き翼 メンバーが互いに顔を見合せながら笑みをこぼす。
「それともう1つ。本気で『完全なる世界 』を潰すのであれば、まずは手足をもぐ事から始めた方が良いって。連中の資金源はマフィアや死の商人。だから連中を潰した所でどこからも文句は来ない」
「はっはあ!そりゃあ良いや!」
「ついでにもう1つ。その時には、やったのが誰か分かるように『紅き翼 』の存在を焼きつけてやれってさ。そうする事で、まずは民衆の支持を取り戻せだって」
ゲンドウの策に、アルとアリカが納得したように頷く。民衆の支持を取り戻せば、彼らの動きにかかる負荷はかなり軽減されるのは事実だからである。
「キョウコ殿、そなたのパートナーには感謝しておると伝えておいてくれ。我等はまず、その基本方針に従って動くとしよう」
「それならアタシは、手足の情報について調べてくるわ。アタシは指名手配されていないし、バウンティハンターでもあるからね。犯罪組織の情報なら、簡単に手に入るわよ」
「ならば決まりじゃな。まずはタンタルスへ向かうと良かろう。最も近い大都市じゃからな、連中の手足もそれなりにいるじゃろうて」
キョウコの提案にゼクトが同意する。
「これより我等は『完全なる世界 』に対して宣戦布告する」
勇ましいアリカの宣言に、一同は大きく頷いた。
ゲンドウside―
アリカが宣戦布告をした日、ゲンドウはアリアドネーへと足を伸ばしていた。宿を取り、お茶で小休止をしているとドアが軽くノックされる。
「空いている」
「やあ、元気そうで何よりだ、ゲンドウ」
現れたのはプリームムである。
「連絡は受けたよ。彼女達が動いたそうだね」
「ああ、まずはタンタルスへ向かうと言っていたよ。君達は迎撃に出ないのかい?皇女殿下やキョウコ、アリカ王女が無事ならば、他には目を瞑るつもりなんだが」
「まだ動いてはいないみたいだね。セクンドゥム達は様子を伺うつもりらしい。君の情報が信用出来ないみたいだから」
「それで君が見張り番と言う訳か」
プリームムに紅茶を淹れてあげながらゲンドウが応じる。
「まあ仕方ないだろうね。君を同盟相手として推薦したのは僕だから」
「ま、良いさ。僕が事実を告げた事に、彼らは終わってから気づくだろう。それに僕としては君達に対して情報提供という貸しを作っているし、特に問題は無いよ」
「貸し借りか、頭が切れる君らしい言葉だ。僕達としても貸し借りは清算するつもりではいるが、何か望みはあるのかい?」
「この魔法世界の成り立ちについての真実を知りたいんだ。それが理解出来れば、魔法世界全体を救済する為の策が見えてくるかもしれないからね」
ゲンドウの発言に、プリームムが納得したように頷く。ゲンドウが旧世界出身である事は、プリームムも知っている。だからこそ、魔法世界の成り立ちについて自分達より知識が無くても仕方ないと考えた。
「僕の知る限りで良ければ、今すぐ教えよう」
「ああ、頼むよ」
造物主 から伝えられている、魔法世界の成り立ちについての知識を余す事無く伝えるプリームム。ゲンドウから飛んできた質問にも、淀みなく答えていく。
「なるほど、助かったよ。ありがとうプリームム」
「これぐらいは別に良いさ。結果としてこの世界が救われるのであれば、それは僕達にとっても良い事だからね。それより、僕も訊ねたい事があるんだけど良いかな?」
「何を聞きたいんだい?」
「君がアリアドネーにいる理由だよ」
ゲンドウの所属は、非公開ではある物のヘラス帝国である。そのヘラス帝国と正式に戦争状態にあるアリアドネーにゲンドウがいると言う事自体、異常としか表現出来ない。
「ちょっとした調べ物だよ。でも君の情報のおかげで、滞在期間は伸びそうだけどね。調べる事が出来る内に、調べ尽くさないと」
「そうか、何だったら僕も手伝おうか?」
「それは有難いね。アルバイト代として食事代ぐらいは僕が出すよ」
『完全なる世界 』において、ゲンドウは大多数に疑われている。中立はテルティウム、好意的なのはプリームムだけという有様である。その為、ゲンドウへの内偵という行為が提案された時、プリームムは反対しながらも抗しきる事は出来なかった。
それどころか同盟相手として推薦した責任者として、乗り気でない仕事を押し付けられていた。それがゲンドウへの内偵である。もっともゲンドウに近付けるのはテルティウムとプリームムだけなのだから、これについては選択肢が他には無かったと言う現実的な理由もある。
そんなプリームムにしてみれば、ゲンドウがアリアドネーにいる事に対して、不安を感じていたのは否定出来なかった。だがゲンドウに同行をアッサリ許可された事で、やはり自分の思い過ごしであったかと安堵するに至った。
「それで、まずは何から調べようか?」
「魔法世界の創世に関わる情報であれば、何でもだよ。玉石混交は覚悟の上、その中から玉を見つけ出すのが僕の仕事だ。物事は多面的に見てこそ、意外な面が見えてくる。魔法世界救済の策も、そこから見出せるかもしれないからね」
「君がそう言うのであれば付き合おう」
お茶を一息に飲み干すと、ゲンドウはプリームムとともにアリアドネーの図書館へ、古書を調べに足を向けた。
完全なる世界 side―
ゲンドウからの情報を疑っていたセクンドゥム達は、本拠地である墓守人の宮殿から動かずに情勢を傍観していた。それどころか、手足であるマフィアや死の商人を利用して、独自にナギ達の行方を捜索しつつ、手勢の一部をゲンドウがいるアリアドネー近辺に待機させていた。
『あの男は信用ならん。どうせ偽情報に決まっている。もし奴が我等を裏切っておれば、アリアドネーで紅き翼と合流する筈。そこを纏めて始末すれば良い』
タンタルスにナギ達が現れねば、無能者として制裁の対象に出来る。アリアドネーにナギ達が現れれば、裏切り者として制裁の対象に出来る。それがセクンドゥムの意見であり、セクンドゥムに同調した者達全ての総意であった。
ところが、事態は急展開を迎えた。
「セクンドゥム様!大変です!」
「どうした、騒々しい」
血相を変えて飛び込んできた部下の態度に、セクンドゥムが眉を顰める。丁度、朝食を摂っていたいた所に飛び込まれた為、少々不機嫌そうな表情であった。
「タンタルスで大事件が起きております!」
「タンタルスだと?何があった?」
「あの地に基盤を置くマフィア、死の商人の半数以上が昨夜の内に、物理的に壊滅させられました!」
しばらくの間、セクンドゥムは部下の言葉を理解できず、頭の中で何度も報告内容をリピートした。それでも事実を理解できない―というか理解したくない頭脳へ、部下が更に最悪の報告を届ける。
「今現在、残るマフィア共も殲滅させられている最中です!それも世界中にリアルタイムで放送されております!」
「どこの馬鹿だ!そんな事をしているのは!」
慌てて立ち上がるセクンドゥム。そのまま全力疾走で、ニュースを見る事が出来るテレビのある部屋へと向かう。
そこには同じように報告を受けた幹部達が勢揃いしており、ニュースから流れる情報に言葉を失っていた。
ニュースキャスターは悲鳴の如き絶叫を上げながら、現状を報告し続けている。その視線の先では、戦艦を遥かに超える大きさの斬艦剣が轟音と共に地面に突き刺さった所だった。
『タンタルスの皆様!ご覧下さい!兼ねてよりタンタルスの闇を支配してきたマフィア達が、昨夜から壊滅させられております!そして今なお、この事件は現在進行形で続いているのです!』
今度は別の方角から、巨大な稲妻が天から降り注ぐ。同時に別の方角からも、同じように天から稲妻が降り注いでいた。
『襲撃されているのはマフィアや、裏で武器密売に関わっていると噂のある商売人達です!そして驚くべき事に、彼らを壊滅させているのはあの『紅き翼 』だという情報が手に入っております!メガロ・メセンブリア元老院議員であるマクベル氏を襲撃した、ヘラス帝国のスパイ―裏切り者であった彼らが、何故、この様な真似をしているのでしょうか!』
愕然とするセクンドゥム達。ゲンドウの情報が正しかったのは勿論だが、それ以上にナギ達の思惑を読めなかったからである。
『この事態に、タンタルス市民は真っ二つに分かれております!大半は『紅き翼 』は裏切り者、こんな事でだまされるなという物ですが、一方で『紅き翼 』は裏切ってなどおらず、マクベル氏襲撃は濡れ衣だったのではないか、という意見も出ております!』
すでにタンタルスの至る所から、煙が上がっている。だが市民には被害は出ておらず、彼らは遠巻きに騒ぎを眺めていた。
「セクンドゥム、どうする?」
「は!連中など幾らでも代りはいる!放っておけば良いさ。どうせ今から向かった所で、連中の逃げ足の方が速い。それに我らはまだ、表に出る訳にはいかないだろう」
ゲンドウを始末し損ねた事に機嫌を悪くしながら、セクンドゥムが部屋を出る。他のメンバーも似たり寄ったりという感じであったが、ただ1人テルティウムだけは違う反応を見せた。
彼は他のメンバーと同じように部屋を出ると、そのまま自室には戻らずに主である造物主 の元へと足を向けたのである。
「おや、テルティウムじゃないか。何かあったのかい?」
「はい、実は・・・」
テルティウムがテレビで流されていたタンタルス壊滅事件の事を口にする。
「・・・ゲンドウについては、プリームムから何か報告は来ているかい?」
「いえ、アリアドネーで合流して以来、ずっと魔法世界創世に関わる古文書を調べ続けているとの事です。プリームムが言うには、あれほど真剣に古文書を調べているのが、擬態とは思えない、という報告が入っております」
「ふむ。彼は本気でアリアドネーで調べ物をしているのか?それとも・・・」
急に無口になった主に、テルティウムは口を挟む事もせずに黙って主の言葉を待ち続ける。
「テルティウム、君はゲンドウが裏で糸を引いていると思うかい?」
「裏で糸を引いていない、そう考える方が異常ではないでしょうか。あの男は公平に判断しても、怪しいと思われます。ですが、あの男は今回、我々に正しい情報を流しておりました。それもまた、間違いのない事実です」
「君の言う通りだ。あの男は黒に限りなく近い灰色ではある。だが、問題なのは情報の正確性だ。もし我々が情報を信用してタンタルスで待ち伏せていれば、紅き翼は全滅していた可能性があるだろう。にも拘らず、あの男は正しい情報を流した。この矛盾は、一体何だろうね」
造物主 が興味深そうに呟く。もしゲンドウが裏切り者であれば、例え同盟相手であろうが興味の対象であろうが、彼は制裁を躊躇ったりはしない。それだけの冷酷さを彼は持っている。
だがゲンドウの利用価値と実力の高さが、灰色である限りゲンドウを処断させなかった。
「面白い男だ。私相手にここまでギリギリの駆け引きを仕掛けてくるとはね。疑おうと思えば疑う事は出来る。だが完全に黒ではない限り、私が処断する事は無いと考えているのだろう」
「主 、どうなされますか?」
「とりあえずは現状維持を選択せざるをえないだろう。処断するにしても証拠が無ければ話にならん。少なくとも、利用価値がある間は見て見ぬフリをしてやれば良い」
それから1週間後―
相変わらずアリアドネーで調べ物を続けていたゲンドウであったが、図書館にある全ての古文書を読み終え、気持ち良さそうに背筋を伸ばしていた。
「お疲れさま、成果はどうだったかな?」
「君から教えて貰った話を、補強しただけの結果に終わったよ。残念と言えば残念か、新たな一面を発見できるかもしれないと期待していたんだけどね」
そう言いながら図書館を出るゲンドウ。一週間連続で古文書とにらめっこする為に図書館に出入りしていた事もあり、受付役の司書もゲンドウの強面にすっかり慣れてしまい、笑顔で彼を送り出した。
「それで、これからどうするのかな?」
「まずはお茶を楽しみながら腹拵えとしよう。その後で移動だ。今度はメガロ・メセンブリアの国立図書館へ向かう」
「なるほど。では主に伝えておこう。他に何か伝えておく事はあるかな?」
「ああ、彼らはタンタルスの北フォエニクスに向かっている。タンタルスと同じ事をするそうだ。この情報も渡しておいてくれるかな?」
まるで茶飲み話のように話したゲンドウからの情報提供に、プリームムが一瞬虚を突かれて目を丸くする。
「僕はその間にいつもの店に席を確保してくる。先に行っているよ」
「・・・分かった。情報提供感謝するよ、ゲンドウ」
完全なる世界 side―
「今度はフォエニクスだと!?」
プリームムからの情報に完全なる世界 は軽い混乱に陥っていた。
ゲンドウ排斥に失敗したセクンドゥム達は、ゲンドウを粛清出来ない事に不満を抱えていたのだが、そこへフォエニクスに紅き翼 が向かっていると言う情報がプリームム経由でゲンドウから流れてきたのである。困惑するのも当然であった。
この情報に対して、セクンドゥム達は綺麗に真っ二つに分かれてしまった。先のタンタルスの1件で、ゲンドウ個人はともかく情報は正確であると判断してフォエニクスでの待ち伏せを提案する者達。一方は相変わらず、ゲンドウは信用出来ない、情報など無視してメガロ・メセンブリア近辺に手勢を伏せてゲンドウを始末するべきだと強硬する者達である。
前者は少数派ではあるが、その中にテルティウムがいた事は、後者の代表格であるセクンドゥムを激しく苛立たせた。
「テルティウム!どうしてあの男を信用するんだ!」
「僕はあの男を信用などしていない、公平に見ても彼は黒に近い灰色だからね、これには主 も賛同しておられるよ。でもね、情報は正しい物だと推測する。それだけの事だよ」
「あの男が信用できないならば、齎された情報も疑ってかかるべきではないか!」
「彼の情報は、常に正確だったよ?」
「過去が未来を保証する道理など、何処にも無い!」
烈火の如く激昂するセクンドゥム。対照的に冷静沈着なテルティウム。そんな2人の間に割って入る影。
「意見を戦わせるのは結構な事だが、実力行使はやってはならぬ事だ。セクンドゥム」
「ドゥナミス!お前はどっちの味方だ!」
「どちらの味方でも無い。そこでだ、折衷案を提案したい」
折衷案という言葉に、全員の視線が集まる。それはセクンドゥムですら例外では無い。
「セクンドゥム。お前はあの男を粛清する為の手勢を伏せておけ。あの男の背信が決定的な物となったら、即座に動く事が出来るようにな。だが、明らかにならん内は決して動かしてはならない。それは造物主 様の意向に背く事だからな。それからテルティウム、お前はそちらの一派を率いて、フォエニクスへ向かい待ち伏せするのだ。奴らがフォエニクスに現れたら、分かるな?」
妥協できる折衷案に、全員が不承不承ではあるが納得する。
「それとテルティウム。私も同行させて貰うぞ。そちらの戦力は少なすぎる、戦力が多いに越した事は無いだろう」
「分かった。では僕は主 に出撃の許可を頂いてくるよ」
「それでフォエニクスに出撃するという訳かい?」
「はい。プリームムには秘密の上で、僕はあの男に見張り役の使い魔を放って見張らせております。そして今回の情報提供の間に、プリームムはあの男から離れておりました。しかし、あの男は仮契約相手 に連絡を取るどころか、お茶を飲みながらプリームムを待つ事しかしておりませんでした」
「それは奇妙な事だね。彼は自分の仮契約相手 が心配ではないのかな?」
「そうでもないようです。事実、プリームムの目の前で念話を使おうとしている光景が目撃されております。もっとも距離が離れ過ぎており、念話は使えなかったようですが」
テルティウムからの情報に、造物主 が面白そうに口を開く。
「念話をプリームムの前でしか使わない。それは我々『完全なる世界 』に無用な疑惑をもたれない為に我慢しているという解釈は可能だ。理由は分かるかな?」
「はい。念話は情報のやり取りという点において、もっとも優れた情報交換方法です。あの男が我々に紅き翼 の情報を流しているように、その逆もあり得る事です。現に彼は、我々に情報を流した事実を前提に、自分は行動すると言っておりますから。だからそれを実行するのであれば、プリームムの存在は邪魔でしか無い」
「その通りだ。だが彼はプリームムの前でしか念話を使っていない」
ゲンドウの心中を把握しきれない主従2人。ゲンドウが黒に近いのは、2人には断言出来る。だが、決定的な一歩をゲンドウが踏み出さない為に、黒であると断言する事が2人には出来ずにいた。
「主 、あの男にとって仮契約相手 ですらも、駒の1つでしかないという事はありえないでしょうか?」
「ありえないとは断言出来ないな。良かろう、あの男を試してみるとしよう。プリームムにフォエニクスでの待ち伏せ作戦を行うとゲンドウに伝えさせろ。あの男の出方を、それで見極める事にする。テルティウム、君は予定通り出撃するんだ」
「はい、了解致しました」
紅き翼 side―
タンタルスで実力行使とともに再起を宣言した一行は、フォエニクスへとやってきていた。
彼らがいるのは、街を見下ろす崖の上である。
「それで、今度はどうするんですか?」
「任せなさいって、ちゃんと策は用意してあるからね」
幼いタカミチ―と言ってもキョウコより外見年齢は年上だが―に、キョウコが胸を叩きながら自信たっぷりに宣言する。
「フォエニクスのマフィアについては、ちゃんと情報を仕入れてあるからね。さあ、ド派手に行くわよ?」
そう言いつつ用意しておいたフォエニクスの地図を数枚取り出し、それをナギ・ラカン・詠春に手渡していく。
「そこにチェックの入っている場所が襲撃場所。アタシ達はここで待機、何かあればアルビレオとゼクト、ガトーに遊撃隊として乱入して貰うからね」
「俺達がマフィア如きに後れを取るかよ!行くぜ!」
士気も高らかに突撃する3人。彼らは『朝日』を背中に受けながら、早朝の『マフィア撲滅作戦』を実行に移した。
完全なる世界 side―
この日、テルティウム達はフォエニクスにある宿で宿泊しながら、ナギ達が来るのを待ち受けていた。
ナギ達が攻めてくるとすれば動きやすくなる夜だろうと判断し、迎撃作戦を練りつつ体力を温存していた。そんな時だった。
突然、鼓膜を激しく叩く轟音が飛び込んできたのである。
「何だ!?」
慌てて窓に飛びつくドゥナミス。その両目が捉えたのは、あるマフィアの豪邸に突き刺さった斬艦剣であった。
「紅き翼 か!」
時計を見れば時間は8時である。まさかの朝の奇襲攻撃に、唖然として声も無い。
何故なら、こんな時間に戦闘を行っては、紅き翼 は確実に市民の目についてしまうからである。それは同時に、官憲が彼らの捕縛に動き出すという事でもあった。
そして、更に別方向から聞こえてくる轟音と、網膜を焼く稲光。吹きあがる白煙。
「仕方ない!今すぐ迎撃を」
「待つんだ、ドゥナミス」
「何故だ!」
「僕達は目立つ訳にはいかない」
テルティウムの言葉に、ドゥナミスがハッとしたように顔を上げる。これだけの騒ぎとなれば、野次馬は元よりマスコミも集まって来る。そうなれば、確実に顔が売れてしまう事になる。それは秘密結社である完全なる世界 としては、決してありがたくない状況であると言えた。
「まさか、奴らこの時間帯を狙ったと言うのか!」
「その可能性は高いね。奴らも僕達が表舞台に出る訳にはいかない事は知っているだろう。ならば、僕達が出られない状況下で戦闘を行えば・・・」
「小賢しい真似を!」
ギリギリと歯噛みするドゥナミス。その目の前で、次々に白煙が立ち上っていく。
「ドゥナミス。今回は引き上げよう」
「テルティウム!?」
「奴らが破壊活動を終えるのは数時間後。だがその時点では、僕達は手出しできない。一般人の目には止まりたくないからね。だが夜を待っていては、連中は姿を晦ましているだろう」
「・・・いや、手はある!後をつけてやれば良い。そして夜になったら襲撃を仕掛けてやるのだ!」
いつになく過激なドゥナミスの言葉に、テルティウムが僅かに顔を顰める。だが口に何も出さず、ただ小さく『そう』とだけ呟いた。
ゲンドウside―
メガロ・メセンブリアで調べ物をしている最中、プリームムからフォエニクスでの待ち伏せ作戦を告げられたゲンドウは、真面目な顔で口を開いた。
「それでテルティウムにドゥナミスが中心となって、待ち伏せ作戦を?」
「ああ、どうやらそうみたいだね」
「プリームム、同盟関係にある者として忠告しておくよ。愚策だから止めておけ、もう1度戦略戦術を基本から学び直せ、とね」
いつになく厳しい評価のゲンドウに、プリームムは目を見開いた。ゲンドウの冷静さは良く知っていたが、ここまで辛辣な評価をするとは思わなかったからである。
「僕の想像以上に辛辣な言葉だけど、どうしてなんだい?」
「すぐに分かるよ。間違いなく待ち伏せ作戦は失敗するからね」
ヤレヤレとばかりに肩を竦めると、ゲンドウは再び古書の調査へと意識を戻す。そんなゲンドウを見ながら、プリームムはゲンドウの『忠告』を素直にテルティウムとドゥナミスへと告げる。
直後、凄まじいまでの怒りの思念がドゥナミスから送られてきた事に、プリームムが慌てて思念による会話を打ち切った。
「ドゥナミスが凄い怒ったよ」
「だからダメなんだよ。完全なる世界 は組織力や魔法使いとしての層の厚さは恐ろしいけど、戦争に関しては素人の集まりなのが弱点だな」
ゲンドウの言いたい事を理解できず、首を傾げるプリームム。その後、数時間ほど調査を続けていたゲンドウ達だったが、図書館を出ようとした所でプリームムに念話が届いた。
「・・・ゲンドウ。君の予想通りだよ。作戦は失敗した」
ドゥナミス達は紅き翼を壊滅させる為、マフィアを襲撃したナギ・ラカン・詠春の3人を尾行していた。だがその尾行は、予想の範囲内だったのである。
確かに完全なる世界 の人材の層の厚さは、他に類を見ないレベルである。だが構成員全てが上級幹部クラスの実力―ナギ達と1対1で戦えるほどに強い訳ではない。
尾行していたドゥナミス達の背後から、ガトーとキョウコ、ゼクトやアルビレオを中心とした遊撃部隊が襲撃。背後からの奇襲攻撃に対応しようとした時には、ナギ達3人も襲撃に加わり、完全な挟み打ち状態となってしまったのである。
結果、ドゥナミスとテルティウムは撤退を決断し、2人についてきた魔法使い達は異郷の地で永遠の眠りについてしまった。
「それで、ドゥナミスが君を告発しようとしているらしい。理由は君の仮契約相手 が襲撃部隊に加わっていたからだと言うんだ」
「・・・はあ、それでどうしろと言うんだい?また墓守人の宮殿に向かえば良いのかな?」
「悪いね、何度も足を運んで貰って」
「別にいいさ、君に責任がある訳じゃない」
墓守人の宮殿―
怒り狂ったドゥナミスの弾劾裁判と言った雰囲気の謁見の間に、ゲンドウは相変わらず平然としたままの態度で入って来た。
テルティウムは特に怒っていないのか、いつも通り無表情のまま。造物主 はゲンドウがどのように対応するのか、興味深そうな顔をしている。そしてセクンドゥム達はゲンドウを裏切り者と決めつけた上で、殺気をぶつけてきていた。
「よくおめおめとその面を出せたものだな、この裏切り者が!」
「悪いが黙っていてくれ。私はここに自己弁護に来た訳ではないのだからな。まず結論から言おう。お前達『完全なる世界 』は私が同盟を結ぶに値する組織ではない事が、今回の愚かな選択肢を選んだ事で十分に理解出来た。本日付で、私は君達との間に結んだ同盟関係を破棄させて貰う」
いきなりの絶縁宣言に驚いたのは、プリームムと造物主 である。まさかゲンドウがいきなり同盟破棄を切りだすとは欠片ほどにも想像していなかったからである。
「ゲンドウ殿の主張は理解出来た。だがどうしてそのような結論に至ったのか、それを説明して貰えないかな?」
「無能と手を組んでも足を引っ張られるだけだからだ」
簡潔極まりない理由に、一斉に幹部達から怒気が立ち上る。だがそれを造物主 が手を上げて制した。
「すまない、彼らに対してもう少し詳しく説明してあげて欲しい」
「造物主 殿は気づいておられるようだが、ドゥナミスの主張は完全な八つ当たり、言い掛かりにすぎん。私はキョウコをテオドラ皇女殿下の護衛役兼、紅き翼 の動向監視の為に張り付かせている。そんな所へ襲撃を仕掛けられたら、紅き翼 に疑惑を持たれぬ為に、キョウコも迎撃作戦に参加して功績を挙げねばならないのは当然の事だろうが。それともドゥナミス、お前はキョウコに抵抗する事無く犬死にしろとでもいうつもりか?」
グッと押し黙るドゥナミス。もはやゲンドウは敬称をつける価値も無いと判断したのか呼び捨てにしていた。
「更に言うなら、私は常々言っていた筈だ。アリカ王女殿下、テオドラ皇女殿下、キョウコの3人が無事なら好きなようにして構わん、と。だがお前はその事を本当に理解した上で襲撃作戦を展開したのか?」
言葉も無いドゥナミスは、同志の前で罵倒され見下されている事に激しい怒りと屈辱を感じて、全身を震わせていた。
「私の主張は以上だ。造物主 殿、短い間ではあったが世話になった。礼儀として挨拶に来させては頂いたが、もう会う事もないだろう」
「まあ、待ちたまえゲンドウ殿。同志の不手際に不満を覚える君の主張は良く理解出来たよ。こちらの非についてはこの通り謝罪する。申し訳ない」
頭を下げてみせた造物主 の行動に、幹部達が目を丸くする。
「その上で、君に同盟を維持して貰いたい。その為であれば、多少の譲歩はしよう」
「そうは言われるが、同盟を維持するメリットが何処にある?」
「我等は各国上層部にパイプを持っている。君の行動に対して利便を図る事も出来るが、どうかな?」
「ふむ、確かに私は帝国にはパイプがあるが、他に対してはパイプを持っているとは言えんな」
考え込むゲンドウ。しばらく考えた末に、その顔を静かに上げた。
「オスティアの古文書を読ませて貰う伝手が欲しい。それもオスティアの王家でなければ目を通せないような、機密レベルの高い古文書だ。それが可能であれば、同盟関係の破棄は無かった事にしよう」
「その程度で良いのであれば、すぐにでも対応しよう。プリームム、オスティアの王に命じて、彼に古文書の閲覧を認めさせるんだ」
「はい、了解致しました」
主の指示を受けたプリームムが、ゲンドウと共に退室する。同時に、ドゥナミスが咆哮を上げた。
「許さん!あの男、絶対に許さん!」
「ドゥナミス、それではいつまで経っても、君はあの男には勝てないよ。彼とのやり取りから、学ぶべき物を学びたまえ」
「あのような腹に一物ある者から学ぶべき物などございません!」
怒りの籠った足音とともに、謁見の間を出ていくドゥナミス。その後に、やはりゲンドウに対して反感を抱く者達が続き、謁見の間はテルティウムと造物主 だけとなった。
「テルティウム、彼は怪しい行動を取っていたのかい?」
「いえ。プリームムによれば一切、怪しい行動をしていなかったとの事です。またこちらの敗北についても、予想通りとの事です」
「面白い、よくもまあそこまで事態の推移を読み切れた物だ。だからこそ、敵に回られると厄介なのだがな」
ふむ、と思考の淵に意識を沈める造物主 。しばらく考え込んだ後、諦めたように頭を左右に振る。
「まいったな、これは私のミスだったかもしれん。あの男の脚本に乗せられたかもしれんな」
「主 ?」
「奴の目的は、こちらを内部から崩壊させる事なのかもしれん。セクンドゥムやドゥナミス達は、怒りの矛先をあの男へと向けている。結果、紅き翼 討伐の為に全戦力を注ぎ込む事も出来ず、戦力を小出しに出している。あの男を警戒し、隙あらば殺そうとする為にね」
主の言葉に、テルティウムが目を丸くする。
「では、あの男を殺すのですか?」
「それが出来れば苦労はしない。何せ今の私の言葉は単なる勘でしかない上に、決定的な証拠も無いのだからな。更に、今までの経過を振り返ってみても、あの男に非があるという事例は一つも無い。それどころか正確な情報の提供と言い、今回の失態を理由とした同盟破棄の主張と言い、全て向こうに理がある。これでは糾弾なんて出来はしないよ」
「・・・では、一層の監視を行いますか?使い魔にはまだ余裕がありますが?」
「それしかないだろうな。まずはあの男がボロを出したら、確実にそれを捉えるんだ。他については今まで通りの対応で十分だ」
主の言葉に深く頭を下げると、テルティウムは謁見の間から立ち去った。そして造物主 はただ1人、誰もいなくなった部屋で思考を続ける。
「しかし、これすらもあの男の脚本かもしれんな」
To be continued...
(2012.10.13 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
歴史の表舞台で派手に戦いを繰り広げるナギ達とキョウコ。その一方で、歴史の裏舞台で暗躍するゲンドウ。そんな2つの世界を舞台に書いてみました。楽しんで頂ければ幸いです。ゲンドウがどこまで黒に近い灰色を貫けるか、今後もお付き合い下さい。
話は変わって次回です。
次回もゲンドウ暗躍の話になります。ゲンドウを弾劾する為に動き出すテルティウム達。だがゲンドウは抗弁するのではなく、非を認めるという選択肢を選ぶ。
その行動に興味を惹かれた造物主 は、何故非を認めるのかと問いかける。その行動こそがゲンドウの描いたシナリオであるとも知らずに。
そんな感じの話になります。
それではまた次回も宜しくお願い致します。
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