第五十六話
presented by 紫雲様
フォエニクスでの騒動から1ヶ月後―
ナギ達『紅き翼 』による『完全なる世界 』の切り崩し作戦は、既に5つの都市を対象に実行されていた。
その間『完全なる世界 』も黙って指を咥えて見ていた訳ではない。ゲンドウからの情報提供がある度に、迎撃戦力は派遣していたのである。だがゲンドウへの不信感がある為にそちらへ警戒兼粛清用戦力を回してしまい、全戦力を注ぎ込む事も出来ず、戦力の逐次投入を続けてしまい状況を好転できずにいた。
そして失敗の度にゲンドウから蔑みに満ちた目で見られ、ますます頭に血を上らせる幹部達。そうなると幹部達は今まで以上にゲンドウに敵意を持ち、ゲンドウへの粛清用戦力派遣に拘るようになってしまう。
この負の連鎖には、中立的立場であり、もっとも冷静なテルティウムも頭を悩ませた。1度だけ造物主 経由でゲンドウに侮蔑の目で見ない様に申し入れた事もある。それに対してゲンドウは要請を素直に受け入れ、一時は問題が収まるかに見えた。だがそうはいかなかった。
ゲンドウは言われた通り、視線を向けるのを止めた。正確に表現するなら『評価する価値も無い、無価値な存在』とばかりに無視を決め込んだのである。
この対応は、ドゥナミス達の怒りを鎮めるどころか、寧ろ火に油を注ぐ結果を招いてしまった。最早、ゲンドウが対話を行うのは造物主 ・プリームム・テルティウムの3人だけなのである。
同時にテルティウム達にしてみれば、これ以上ゲンドウへの譲歩を求める事も出来なかった。公平に見て、ゲンドウの『完全なる世界 』へ提供した情報の正確さは、1度も外れた事は無い。だがその情報を活かす事が出来ずにいるのは『完全なる世界 』である。そこへ成果も出さずに譲歩を求めるなど、誰がどう考えても不可能である。
オスティアで古書を調べ終えたゲンドウが造物主 に会見を求めてきたのは、そんな日々の最中であった。
「久しぶりだね、調査の成果はあったかい?」
「まあまあ、と言った所だな。それはともかくとして造物主 殿。私が何を言いたいか、造物主 殿は気づいておられると思うのだが」
謁見の間には幹部達が勢揃いしていたのだが、プリームムとテルティウム以外の全員が一斉にゲンドウへ殺意の籠った視線を叩きつける。
「すまない、としか言えないね。非はこちらにある。そしてゲンドウ殿には何ら非は無い。君から提供された情報は、全て正確だったからね」
「そう思うなら、早めに結果を出して貰いたいものだが・・・まあいい。ところで今後の付き合い方についてだが、変えて貰いたい。君達には紅き翼を討伐するのは、荷が重すぎる事なのだという現実を、私も遅ればせながらに気付いたのでね。どう考えても君達より、あちらが強いからな」
この一言に、謁見の間の空気がギシッと音を立てて固まった。幹部の中でも、特に血の気の多いメンバーは、無詠唱魔法を発動できる体勢に入っている。
だが造物主 の前で行動する訳にはいかなかった。造物主 が謝罪している原因は、紛れもなく彼ら自身が結果を出せなかったのが理由だからである。そんな所で実力行使に及べば主である造物主 の顔に泥を塗るも同然であった。
「ではゲンドウ殿、まずは君の主張を聞きたい」
「まず提供した5回分の情報の代償として、メガロ・メセンブリアでの古書の調査に対する口利き、そしてプリームム殿達を生み出した、魔法技術を教えて貰いたい。その上で今後は、提供する情報から紅き翼の動向を外させて貰う。以上3つだ」
「・・・最初の要求は呑もう。2つ目も呑んでも構わない。だが、最後は・・・」
「造物主 殿。何故、私がこのような事を口にしていると思うのだ。本日に至るまで、都合7回もの情報を提供したにも関わらず、君達は結果を出せなかった。これは純軍事的な観点から判断すると『完全なる世界 』という組織は、口先だけの弱小戦力としか判断出来ないのだ。こちらも紅き翼―特にテオドラ皇女が、キョウコに疑惑の目を向けるのは非常に困る。そんな事になれば、こちらの計画に重大な支障が生じるからな」
『口先だけの弱小戦力』というゲンドウの最大級の侮辱に、ドゥナミスとセクンドゥムが『調子に乗るな!』と咆哮する。主の前と言う事もすっかり忘れた2人は、右手にそれぞれが得意とする魔法を発動させていた。
「「くたばれ!」」
造物主 が止める間もなく、闇と雷がゲンドウを呑みこむ。轟音と爆煙が謁見の間を支配する中、造物主 の叱責の声が飛んだ。
「セクンドゥム!ドゥナミス!この馬鹿者が!」
「主 !?何故ですか!」
「どう考えてもゲンドウ殿に非は無い!他人を責める前に己の実力不足を恥じないか!」
初めて見せた主の叱責に、2人が慌てて膝まづく。
「プリームム!すぐにゲンドウ殿の手当てを!」
「手当など必要ない」
重々しい声とともに、爆煙が吹き散らされる。そこに立っていたのは、気で肉体を限界まで強化していたゲンドウであった。何処を見ても傷1つ無く、自分の足でしっかりと立っている。
「造物主 殿、さすがに同盟は破棄だな。本日より、私達は敵だ。こうまで喧嘩を売られてしまっては、最早取り繕う事など出来んだろう」
「すまない、ゲンドウ!2人に非があるのは分かっている!だが同盟破棄だけは考え直してくれ!」
造物主 の謝罪よりも早く、プリームムが行動を起こしていた。
「同盟破棄となれば、僕達は敵同士だ!だから考え直してくれ!」
「プリームム、物事には限度という物がある。さすがに今回は、私も腹に据えかねている。死にたくなければ、この場から立ち去るがいい。その程度の時間ぐらいは待とう」
「ゲンドウ!」
初めて見せた好戦的なゲンドウの態度に、周囲に緊張が走る。だがプリームムの必死さと造物主 の厳しい態度に、幹部達も下手に行動を起こす事も出来なかった。
「セクンドゥム、ドゥナミス。両名にしばらくの間、謹慎を命じる。罪状は同盟相手であるゲンドウ殿に対して、私情から殺害行為に及んだ罪だ。正式な罰については、後日告げる事にする。すぐに謹慎に入るんだ」
「主 !?我々は!」
「控えよ!」
造物主 の鋭い叱咤に、2人は頭を垂れると謁見の間を後にした。
「『完全なる世界 』の盟主として、あの2人に代って謝罪させていただく。誠に申し訳ない事をしてしまった。詫びて済む問題ではないが、他に方法が無いのでな。どうか、この謝罪を受け入れて貰いたい」
「受け入れたとしても、また同じような事が起きたらどうするのだ?その度に、私は命を狙われなければならいとでも?その度に、罪を許せと?まともに仕事1つ出来ない無能如きの為に?」
「・・・何と言われても、私には抗弁出来ん。先ほどの3つの条件については、全て呑もう。だから考え直して貰いたい」
『完全なる世界 』にしてみれば、紅き翼が連合―国家権力と切り離されているからこそ政治的・戦略的に優位に立てているのである。だが連合の代わりにヘラス帝国が紅き翼を支援に入れば、その優位性が崩れるのは間違いない。
だからこそ、今の時点で同盟を破棄される訳にはいかなかった。今、この場でゲンドウを暗殺するという手段もあるが、それは最後の手段である。何故なら、ゲンドウが万が一の事態を考えておかないほど、慎重さに欠ける人間とは思えなかったからであった。
「・・・それならば、もう1つ条件を追加させて貰う。先ほどの3つは、5回分の情報提供に対する要求だったからな。だから先ほどの件の謝罪として、そちらに情報の提供を要請する。それを呑んで頂けるなら、今回の件は水に流そう」
「何を聞きたいのだ?」
「ヘラス帝国に浸透している、そちらの勢力に関する情報だ。その情報を利用して、私はヘラス帝国を実質的な支配下に置く。弱みを握られれば、嫌でも私に協力せざるをえなくなるだろうからな」
この条件には、さすがに造物主 も即答は出来なかった。情報の提供自体は可能だが、本当にゲンドウの思惑は、自分が権力を握る事なのだろうか?と考えたからである。
「その気になったらプリームムに情報を持たせて、私の所へ寄こしてくれ。私は一足先にメガロ・メセンブリアへ古書を調べに向かわせて貰う。話は通しておいて貰うからな」
踵を返したゲンドウは、足音も荒く立ち去る。その姿が消えた所で造物主 が口を開いた。
「テルティウム、メガロ・メセンブリアに連絡を。ゲンドウ殿の古書の調査に最大限の協力を行うように、執政官へ話をすぐに通すんだ。これ以上、状況を悪化させるな」
「・・・はい、すぐに対応します」
謁見の間から姿を消すテルティウム。それを見送った後、造物主 はドサッと音を立てながら椅子に座りこんだ。
「魔法技術の提供については、呑まざるを得ない。紅き翼の情報については使い魔で動向を調査させれば、質は落ちるが監視は可能だろう。だがヘラス帝国内部の協力者の情報か。確かに言い分には一理ある。例え皇帝があの男を重用した所で、反感を抱く者達は必ず出てくる。その者達の弱みを握るという意味では、強力な武器ではあるが・・・」
深く考え込んだ造物主 に、幹部達は下手に声をかける事も出来ず、ただひたすらに沈黙を保つばかりである。
そんな沈黙の中、プリームムが口を開いた。
「主 、発言をお許し下さい。主 はゲンドウを同盟相手としては信用しておられないのですか?」
「・・・正直な所、信用はしていない。互いに相互利用し合う間柄だからな。プリームム、君は彼をどう見ている?」
「個人的には信用しております。少なくとも、魔法世界救済という目的達成の為であれば、力を惜しむ事は無いかと」
「それについては同感だ。彼もその一点に限って言えば、信用できるのだが」
天井を見上げながら、思索の淵に意識を沈める造物主 。その顔が、プリームムを捉えた。
「プリームム。君にやって貰いたい事が2つある。1つは彼に先ほどの要求を呑むと伝える事だ。そしてもう1つは、彼のパートナーを通じて紅き翼の動向に関する情報を集める事だ」
「主 、1つ目は問題ありません。ですが2つ目は難しいのではありませんか?ゲンドウはハッキリと断っておりますが」
「情報提供相手が『完全なる世界 』では、彼も妥協はしないだろう。だがプリームム、君個人が情報提供相手であれば、話は変わってくるかもしれん。少なくとも、失敗したからと言ってこちらが損をする訳ではない。まずは試してみるんだ」
造物主 の意向に、プリームムが了承の返事を返す。
「テルティウムに連絡を。執政官に話を通し終えたら、使い魔を用いた紅き翼 監視網の構築に入るように伝えろ。ゲンドウが応じなかった場合の保険はかけておく必要があるからな。それと・・・」
矢継ぎ早に今後の指示を下す造物主 に、幹部達が続々と動き出した。
1ヶ月後―
プリームムから造物主 の申し出を聞きいれたゲンドウは、同盟関係の維持を選択していた。同時に、プリームム個人への情報提供にも了承の返事を返している。
これには当のプリームムも驚いたが、ゲンドウは理由を説明する事も無く、キョウコからもたらされた情報について提供を行った。その情報の正確さは、テルティウムの使い魔監視網のそれと一致しており、ゲンドウの情報の正確さを裏付ける物となった。
セクンドゥムとドゥナミスはゲンドウ殺害未遂の罰として謹慎状態にあり、前線には未だに出てこられない。その為、他の上級幹部達が今までよりも多い実働部隊を率いて、紅き翼 に襲撃を仕掛ける様になった。
これはメガロ・メセンブリアでの調査を終えたゲンドウが、アーウェンルクスシリーズを生み出した魔法技術の技術供与の為に、墓守人の宮殿に居座る事になったからである。墓守人の宮殿には造物主 を筆頭に、プリームム、テルティウム、謹慎状態のセクンドゥム、ドゥナミスが常駐しており、ゲンドウ粛清の為に毎回用意していた戦力を、紅き翼 に振り分ける事が可能になったからである。
この結果『完全なる世界 』は、戦力の一点集中を行う事が出来るようになり、紅き翼 に対しても今までより効率の良い戦いを挑む事が出来る様になった。
しかし多くの民衆達の間には、紅き翼 への支持が回復していたのも事実であった。それは紅き翼 の実績だけに限らず、同行者としてアリカ王女とテオドラ皇女の存在が明るみになったからである。特に2人が自由意思で紅き翼 に同行している事、更に報道関係機関を通じて『完全なる世界 』の存在について発表してからと言う物、紅き翼 の支持者は日に日に増しつつあった。
結果、紅き翼 は国家―未だにマクギル元老院議員襲撃犯として紅き翼 を指名手配している連合―の支援を受ける事は出来ずにいたものの、民間の有力な者達の支援の下、その活動に勢いを増しつつあった。何より大きかったのは、テオドラが紅き翼 に自由意思で同行しているという事実を、ヘラス帝国皇帝が自ら認めた事である。
『紅き翼 は、この魔法世界を守る為に『完全なる世界 』を敵と回して動いている。彼らは帝国の民ではないが、同じ魔法世界に住む同胞である。故に彼らが『完全なる世界 』を敵に回す限りは、私はヘラス帝国皇帝として彼らを支持する事をここに表明し、その証として彼らに第3皇女テオドラを同行させている事を認める物である』
この発表に対して、魔法世界は大きく揺れ動いた。真っ向から対立したのはメガロ・メセンブリアを筆頭とする連合である。
『紅き翼 は、指名手配犯以外の何者でもない。マクギル元老院議員襲撃犯なのは、疑いようの無い事実である。それを証明するかの様に彼らは無実を公の場で訴える事無く逃走という選択肢を選んでいる。ましてや『完全なる世界 』という組織等、根も葉もない空想上の産物である。そんな組織が実在していれば、我々が気付かぬ筈が無い。全てはヘラス帝国が裏で糸を引く策略である』
互いに正面からぶつかる主張に、周辺諸国は激しく揺れ動いた。そもそも今起きている戦争はヘラス帝国から開戦したのは事実であり、そういう意味では連合側に理があるのは事実である。だが現在、紅き翼 を取り巻く状況だけを見れば、帝国側の言い分の方が筋が通っているのも事実であった。
結果として、周辺諸国は決断しきれなくなってしまったのである。それを後押ししたのは、皇帝マイクロフトによる開戦の裏事情の暴露であった。
軍部の最高幹部と言うべき3名の将軍が『完全なる世界 』に操られ、皇帝の命令も無いままに戦端を開いた事。その目的は無意味な戦線を長期間続ける事であり、死の商人を中心とした『完全なる世界 』構成メンバー達に利益をもたらす事を目的としていた事。そして戦線を少しでも縮小し、無意味な犠牲者を減らす為に帝国は戦線の拡大を皇帝命令で止めている事。同時に『完全なる世界 』に操られた3名の将軍の代わりに、代行として指揮官を派遣し、先制攻撃を全て禁止している事を説明した。
その上で、マイクロフトは紅き翼 の立場についても説明した。紅き翼 は、連合内部の独自の情報網から『完全なる世界 』の存在を知り、その証拠を掴み連合上層部に巣食っている『完全なる世界 』メンバーをマクギル元老院議員やアリカ王女らとともに弾劾しようと動いたのだが、敵に先手を打たれてマクギル元老院議員は殺され、その犯人という濡れ衣を着せられた事。同時に『完全なる世界 』の思惑を知ったアリカ王女は帝国との間に休戦を申し入れる為に動いており、帝国もテオドラを代表として交渉していた事。そして交渉の場を『完全なる世界 』に襲撃されて誘拐され、そこを紅き翼 に救出された事などを全て公表したのである。
周辺諸国にしてみれば、主義主張の正当性よりも国家間の利益に価値を置いて判断するのは常識である。勝てば官軍という言葉通り、勝ちさえすれば正義なのが現実だからである。
だからこそ各国首脳部は、どちらを支持すべきか悩まざるを得なかった。連合と帝国、どちらが勝つかは分からないからである。軍事力ならば最大の軍事力を有するメガロ・メセンブリア―連合側優勢だが、国力で見れば広大な領土を持つ帝国が優勢だからである。
しかし一般民衆にしてみれば、そんな思惑は関係ない。どちらが正しいか、それだけで判断する者が多数を占めるからである。特に紅き翼 の知名度の高さに加えて、少女と言うべき年齢のアリカ王女やテオドラ皇女の自由意思での同行は、民衆の心を強く惹きつける物があった。結果、民衆の大半は紅き翼 支持に回りだしていた。
そして、この状況―特に帝国の行動とゲンドウの関わりについて『完全なる世界 』が疑惑の視線を向けたのは、ある意味、当然であった。
墓守人の宮殿で魔法技術について情報提供を受けていたゲンドウは、造物主 に呼ばれて謁見の間へとやってきた。
以前と同じ弾劾裁判の如き雰囲気に、ゲンドウが露骨に溜息を吐く。
「造物主 殿、また下らない事で呼びだしたのか?どうせ時間の無駄だとは思うが、まずは主張を拝聴させて頂こうか」
「ふむ、どうやら呼びだされた理由については察しているようだね。恐らくは君の考え通りだよ。帝国―マイクロフト皇帝の主張、あれに君が関わっているのかどうか、だ」
「やはりか、関わっているに決まっているだろう。そんな当たり前の、下らない事で貴重な勉強の時間を削らないでくれ、迷惑だ」
ゲンドウの主張に、敵意バリバリの幹部達は元より、テルティウムやプリームム、造物主 までもが呆気に取られた。まさかゲンドウが、こうもアッサリと認めるとは思わなかったからである。
「ゲンドウ殿、それは我等を裏切っていた、そう取って良いのかな?」
「ある一面においては、そう見えるだろうな。物事には、常に複数の見方がある。私に対して悪意ある見方を行えば、私が裏切っているように見えるのは当然だ。逆に好意的に見れば、私は裏切っていない様に見える。違うかな?造物主 殿」
「君の言い分は理解出来た。ならば客観的に見た時、君がどのように行動していたのかを教えて貰えないだろうか?」
造物主 の要請に、ゲンドウは素直に説明した。
「私が帝国を支配下に置く為に動いているのは知っているだろう。そして私は帝国内部における『完全なる世界 』賛同者の情報を得た。この情報を有効活用するには、どのような舞台を整えるべきか、分かるか?」
「・・・そうだね、権力者と言うのは大半が権力を失う事を恐れるものだ。ならば『完全なる世界 』とバレたら最悪の事態になるような舞台を作り出せば良い。違うかな?」
「正解だ。現に皇帝の発言により、帝国内部では『完全なる世界 』は悪意ある存在として見られつつある。その状況で関わりがあるとバレたらどうなるか、敢えて言うまでも無いだろう。おかげで私にとっては、都合の良い舞台になったと言う訳だ」
幹部達に殺意が芽生えるが、一方で造物主 は面白そうに笑っていた。それは、この状況からゲンドウがどうやって立場をひっくり返そうとしているのか、強い興味を惹かれたからである。
「だがゲンドウ殿、それだけでは君が私達から裏切り者呼ばわりされても仕方ないだろう?」
「問題は無い。何故なら、帝国の実権を握る事により、私なりの魔法世界救済の策を実行に移す事が可能になるからだ」
「・・・何だと!?それは本当か!?」
ゲンドウの発言に、驚愕した造物主 が思わず立ち上がった。長年の間、探し続けながらも諦めざるを得なかった解答が、発見されたと言うのであれば驚くのも当然である。
「事実だ。だが問題も山積みでな、その諸問題を解決させる為に、帝国を意のままに操る必要があるのだよ。そうだな、20年ほど時間はかかるだろうが、魔法世界滅亡という問題は解決可能になったと告げておく。私が皇帝に『完全なる世界 』の情報を流し、悪役に仕立てさせたのは、それが理由だ。魔法世界救済の礎となる為の尊い犠牲だ。まさか自分達は犠牲になんてなりたくない、等とは言わんだろうな?」
ゲンドウの悪党さながらの台詞に、幹部達は呆れて声も出ない。ゲンドウの主張が真実かどうかは別として、まさか『完全なる世界 』を犠牲にして魔法世界を救う等と言うとは欠片ほどにも彼らは想像していなかった。
「・・・ゲンドウ殿、君の主張は理解出来た。だが、その主張の根幹となるべき物について聞きたい。君はどの様にして魔法世界を救済するのだ?大筋でも良い、それについて説明して貰いたい」
「魔法世界崩壊の原因は、世界を構成する魔力の枯渇が原因だ。ならば、その枯渇しかけた魔力の代わりに、エネルギーを充填してやれば良い。簡単な解答だろう?」
「確かにそうだ。だが、そんな都合の良い物が、どこにある?世界を支える程の、事実上、無尽蔵にエネルギーを生み出す方法など、旧世界にも存在しないだろう」
「それがあるのさ。スーパーソレノイド機関、通称S2機関と呼ばれる無限動力炉だ。これを活用すれば、魔法世界のエネルギーを支える事など容易い。だが技術的問題もあるのは事実だ。それを解決するのに20年と言う時間と、帝国の完全掌握が必要なのだ」
目を丸くする『完全なる世界 』幹部達。彼らにしてみればS2機関と名前を出されても、ハッキリ言ってどんな物なのかは全く分からない。だからこそ、彼らは夢のような妄想の産物と割り切って、弾劾しようとした時だった。
「別に私を信用しろとは言わん。私と君達は、互いに相互利用し合う間柄だからだ。だから君達は、今まで通りメガロ・メセンブリアの純血の市民6700万人を救う策を推し進めれば良い。私は私で勝手に動かさせて貰うだけだ」
「・・・協力しろとは言わないのか?」
「今まで通り、相互利用で十分だ。私の策が失敗した時の事を考えれば、保険の策として純血の市民だけでも救う手筈を整えておくのは悪い事ではない。私は自分の意見が完璧なのだと自惚れる程、愚か者ではないのだからな」
ゲンドウの主張に造物主 は頭を抱えるしか無かった。確かにゲンドウの行動は、裏切り者呼ばわりされてもおかしくない行動である。だが魔法世界救済の為、別の答えを見出した上でその為に『完全なる世界 』を犠牲にしようとしていると言われては、そう簡単に裏切り者呼ばわりは出来なかった。少なくとも、彼ら自身が純血の市民6700万人を救う為にそれ以外の住人11億人を犠牲にしようとしているからである。
「さて、私の主張は以上だが、まだ何か言うべき事はあるかな?」
「・・・いや、無いな。S2機関について私は詳しい知識を持たないが、君がそうまで断言するからにはそれなりの信憑性があると判断しても良いだろう。それから、本当に私達の助力は必要ないのか?」
「問題無い。私の策は帝国を手足の様に操る事で解決可能だ。必要な人材についても、ある程度目星はつけてある。マイクロフト皇帝陛下、カミュ第1皇女殿下、テオドラ第3皇女殿下から信用を得た以上、必要なのは時間だけだ。私から君達に要請するとすれば、テオドラ皇女殿下とキョウコを害さない事だけ。正直、アリカ王女殿下にはそれほどの価値は無い。彼女に関しては、君達の好きにするがいい」
そう言うと、ゲンドウは踵を返して謁見の間から立ち去った。そして今までに見せた事が無いほどのゲンドウの悪党ぶりに、幹部達は毒気を抜かれたように互いの顔を見合わせるばかりだった。
それから1週間後―
魔法世界におけるクローンの技術的知識を習得し終えたゲンドウは、紅茶を手に訪問してきたプリームムと会話をしていた。
「それで、必要な知識は習得し終えたのかい?」
「まあね。後は帝国で実際に行動を起こすだけだよ。幸い、帝国も面白い事になっているようだしね」
「ゲンドウ?」
不審そうに問いかけるプリームム。だがゲンドウは、面白そうにほくそ笑むばかりである。
「興味があるなら、一緒に来るかい?権力争いという椅子取りゲームだけど」
「さすがに、そこまで下世話な趣味は無いよ。それにしても、何があったんだい?」
「カミュ皇女殿下が教えてくれたんだよ。ライアス第1皇子殿下が、私が『完全なる世界 』メンバーの一員だから断罪すべきだと声高に説いて回っているそうだ」
ギョッとするプリームム。彼はゲンドウの用心深さも、ライアス皇子の知性についても良く知っている。だからこそ、ゲンドウが自分のミスでそんな事をするとは、欠片ほどにも想像しなかった。
「ただの思いつきかな?嘘から出た真、確か旧世界の諺だったね」
「それにしてはタイミングが良すぎる。それよりは、犠牲になりたくないという考えを持つ『完全なる世界 』の中の誰かが意図的に情報を流したと見るべきだろうね。プリームム、大きなお世話かもしれないけど、綱紀粛正を図る様に造物主 殿に伝えた方が良いと思うよ?」
「そうだね、すぐに伝えるとしよう」
「それなら、私は3日後にここを発つと伝えてくれるかな?それだけあれば、身の回りの整頓も出来るしね」
ピクンと反応するプリームム。ゲンドウの思惑が理解出来たからである。
「分かった、3日後だね。ではこれから行う定例会議の際に、報告させて貰おう」
「ありがとう」
そう言うと、身の回りの僅かな手荷物しか持ち歩かないゲンドウは、紅茶の香気を思う存分楽しみながら、楽しそうに紅茶を飲み干した。
翌日の夜、ヘラス帝国謁見の間―
皇帝の名前による緊急会議招集の命令は、閣議参加者達を緊急登城させていた。そして全員が揃った中、皇帝のすぐ脇に置かれた、誰も座っていない椅子に全員の注目が集まる。
「父上、会議ですが」
「いや、まだ全員集まってはおらん。カミュよ、連絡はあったか?」
「はい、ございました。故あって10分ほど遅れますが、必ず参加致します、との連絡が入っております」
「ならば良い。侍従長、全員に飲み物の手配を」
皇帝の命令に侍従長が『かしこまりました』と頭を下げる。やがて参加者である大臣やライアス、カミュやキリル達の前に、芳しい香気を放つ紅茶が置かれた。
「ほう、これは良い香りですな。しかし、紅茶とは珍しい・・・」
紅茶を嗜まないキリルが、珍しそうに呟く。緊急登城と言う事で走って移動した為に、喉が渇いていた彼は疑う事無く紅茶に口を着けた。
「私は紅茶を飲んだ事はありませんが、これはとても爽やかな味です。侍従長殿、これはどこの何と言う銘柄の紅茶なのですか?」
「はい。それにつきましては、この紅茶を御持参下された方が御説明して下さります」
そう言うと、会議室のドアがギイッと音を立てて開く。そこに立っていた人影に、ライスが目を丸くして立ちあがった。
「特別顧問殿!?」
「ライアス皇子殿下、一体、何を驚いておられるのですかな?私は陛下の相談相手という特別顧問として招集された身、この場にいても何ら不都合はございますまい。それとも私がいる事が、おかしいのですかな?」
心を抉るような言葉のナイフに、ライアスがグッと詰まる。ライアスはゲンドウが現れたら裏切り者として糾弾しようと楽しみにしていたのだが、それは少なくとも今日の筈では無かったからである。
「陛下、閣議に遅れました事、まずは謝罪をさせて頂きます。誠に申し訳ございません」
「構わぬ。特別顧問殿に内密の命令を下したのは私だ。特別顧問殿には何も非は無い。頭を上げて貰いたい」
「ありがとうございます」
皇帝直々の内密の命令。その言葉に、閣議参加者全員の顔が緊張で強張った。強張っていないのは、裏の事情を理解しているカミュだけである。
「では、まずは皆様方が飲んでいる紅茶について、説明を致しましょう。その紅茶はオスティア―ウェスペルタティア王国、墓守人の宮殿と呼ばれる場所に自生している葉を、私が飲み物に仕立てた物です」
ゲンドウの爆弾発言に、何名かの顔色が変わる。
そんな彼らを前にして、ゲンドウは懐から試験管を取り出すと、恭しくマイクロフトに献上した。そしてそれを、マイクロフトも真剣な顔で受け取る。
「陛下。只今、渡した物が解毒剤でございます。それを誰に飲ませるかは、陛下の御判断にお任せ致します」
解毒剤。それが意味する言葉に、カミュ以外の全員が声にならない悲鳴を上げる。
「墓守人の宮殿、お心当たりのある方は、素直に陛下の御温情に従った方が宜しいですよ?」
「・・・特別顧問殿。私には心当たりが無いから問うのだが、特別顧問殿は何を調べてこられたのですか?」
「キリル殿の質問に答えましょう。私は陛下の許可を頂き『完全なる世界 』をここ数ヶ月の間、内偵をしておりました。露骨に言えばスパイです。当然、帝国内部に巣食っている『完全なる世界 』シンパの方達についても、全て調査は終了しております。彼らの盟主から直接聞きだしたのですから、間違いはございません」
ガタガタガタンと何名かが顔色を変えて立ち上がる。ゲンドウの仕掛けた爆弾は、閣議の場にとてつもない影響を及ぼしていた。
立ちあがったのは大臣達数名、そして―
「ライアス皇子殿下、顔色が悪いようですね。解毒剤が必要でしたら、陛下に言われるべき事を言われた方が宜しいですよ?既に陛下には、全てを報告済みですから」
ますます顔を青褪めさせるライアス。もはや完全にバレている事を、ライアスは否が応でも自覚せざるをえなかった。
「わわ、私は・・・」
「キリル殿、殿下は気分が優れぬようでございます。このような責任重大な場にいて頂くのはあまりにも申し訳ない。私と一緒に侍医の控え室までお連れして頂けませんか?」
解毒剤を飲めなくなる。その事に気付いたライアスが、悲鳴を上げる。その展開に、状況を理解したキリルが、重々しく頷きながら立ち上がった。
「待て!待ってくれ!全部、全部話す!だから、だから!」
「おやおや、殿下は錯乱しておられるようですな。やはり大至急、お運びしなければ」
「解毒剤が先だあ!」
陥落したライアスから視線を外すと、ゲンドウは大臣にも目を向けた。彼らはやはり同じように、解毒剤を欲していた。
「ですが申し訳ありません。実は解毒剤は1人分しか無いのです。ここへ来る途中、人数分あったのですが、つい落として割ってしまいまして。陛下の御判断に任せると言ったのは、そういう意味です」
愕然とする『完全なる世界 』シンパ達。次の瞬間、壮絶なまでの解毒剤争奪戦が開始された。もはや身分の差も、立場も、皇帝の前である事も関係ない。ただ死にたくない、その一点において醜い争いが繰り広げられた。
そんな光景から眼を逸らすと、ゲンドウはマイクロフトとカミュに、恭しく一礼する。そんなゲンドウに、マイクロフトが訊ねた。
「ところで特別顧問殿、本当に解毒剤はこれだけなのか?」
「確かに解毒剤はそれ1つでございます。ですが私は『毒を入れた』とか、それどころか『何かを入れた』とすら言った覚えはございません。解毒剤から何を連想されたのかは分かりませんが」
平然と言ってのけたゲンドウに、カミュとキリルは互いに顔を見合わせて、次の瞬間、爆笑した。背後で様子を見ていたカミュ派閥の大臣達も、互いに苦笑するばかりである。
「特別顧問殿は悪党だな」
「褒め言葉として受け取らせて頂きます」
恭しく一礼すると、ゲンドウは表情を改めて顔を上げた。そこに浮かんでいた真剣な表情に、マイクロフトも覚悟を決める。
「陛下。ではこれより、真の黒幕を弾劾に参ります。陛下には最後まで見届ける義務がございます。カミュ皇女殿下とともに、ご同席をお願い致します」
「・・・仕方あるまい。良かろう」
小さく溜息を吐くと、マイクロフトはカミュとゲンドウを伴って会議の間を後にした。
後宮―
皇帝マイクロフトによる異例の許可により、ゲンドウは男でありながら後宮に足を踏み入れた。
先導役を務めるのは、マイクロフトである。この異常事態に、後宮中が蜂の巣を突いたような騒ぎになったのは言うまでも無い。
そして目指すべき部屋の前で、3人は足を止めた。
「入るぞ」
部屋の中には、本を読んでいたリィナがベッドの上で不思議そうに首を傾げていた。
「お父様、それに特別顧問様。何があったのですか?」
「それは私が聞きたいぐらいだ。何故だ、何故、『完全なる世界 』に加担したのだ。リィナよ・・・」
「『完全なる世界 』?私にはサッパリ身に覚えがございません。何かの間違いでは?」
「特別顧問殿が、奴らの盟主から直接聞きだしてきたのだ。間違いは無いのだ。すでにライアスの加担もバレておる」
だがリィナは、あくまでも不思議そうに首を傾げるばかりである。それどころか、実に不思議そうに聞き返してきた。
「特別顧問様が聞きだしてきた、と仰られましたが、それは真実なのでしょうか?何者かが歪んだ情報を伝え、それが彼らの盟主に伝わったという事もあり得るのではありませんか?」
実に尤もな言い分に、マイクロフトがゲンドウへ視線を向ける。だがゲンドウは首を左右に振ってみせた。
「リィナ様。もう芝居は良いのです。確かに貴女の言われる通りだ。私が聞きだしてきた情報に、信憑性を疑うのは当然でしょう」
「でしょう?それなら・・・」
「ですから、私が貴女を弾劾するのは、別の証拠があるからなのです。貴女は以前、ボロを出してしまったのです。そう、カミュ皇女殿下の前でね」
その言葉に、カミュが辛そうに顔を歪めた。
「リィナ。テオドラがアリカ王女と一緒に脱出した際、その時の事情説明に特別顧問殿を連れてきた時の事を覚えているな?」
「はい、良く覚えております。特別顧問様は、カナリア村での魔族討伐の話もして下さいましたから」
「ああ、その通りだ。その時、お前は知る筈が無い情報を知っていたのだよ」
姉の言葉に、リィナが目を丸くする。
「リィナ、何故、お前はテオドラがアリカ王女を含めて3人でいると知っていたのだ?」
「それは当然でしょう?テオドラには、キョウコ殿がついておられるのですから」
「どうしてだ?護衛だからか?」
頷くリィナ。だがそれこそ、決定的な証拠だった。
「何故、キョウコ殿だけが助かったと知っているのだ?アリカ王女の護衛は始末されたと言うのに」
姉の言いたい事に、遅ればせながらに気付くリィナ。アリカの護衛が生きていれば、一行の数は4人以上になる。だがアリカの護衛が邪魔者として殺されていれば、キョウコも同じく始末されたと考えるのは当然の理屈であった。にも関わらず、リィナは3人と明言していたのである。
「テオドラが3人一緒に捕まっていた。それを知っているのは『完全なる世界 』メンバー以外では、キョウコ殿と連絡が取れる特別顧問殿と、紅き翼 だけなのだよ」
言葉も無いリィナ。自分が犯した決定的なミスに、逃げ場を無くした事を理解すると、可笑しそうに笑いだした。
「あはは、私ったら馬鹿なミスをしましたわ。調子に乗って話を合わせたのが、原因だったんですね」
「何故だ、何故、こんな真似をしたんだ、リィナ」
「だって、私、救いが欲しかったんです」
リィナの真面目な答えに、マイクロフトもカミュも辛そうに顔を歪める。リィナの求める救い、それに気付かない2人ではなかった。
「私は普通に外を歩く事も許されません。毎日苦いお薬を飲んで、ベッドの上に縛り付けられる日々です。こんな生活なんて、私は望んでない」
「リィナ・・・」
「私は健康な体が欲しかった!だから彼らに協力したんです!普通にお日様の下を歩いて、冷たい清水を思う存分飲む事が出来る、健康な体が欲しかったから!彼らはそれを約束してくれた!だからお兄様をその気にさせて、行動させたんです!」
初めて本音を見せたリィナに、マイクロフトもカミュも言葉が無かった。
リィナは生まれつき、体が弱かった。その為に、自由とは縁遠い治療づけの日々を送らざるを得なかった。その苦しみを、2人は良く理解していた。
「どんなお医者様も、どんなお薬も、私を治してはくれなかった!それが現実!だったら、自分で未来を切り開いて、何が悪いと言うんですか!」
「・・・悪くは無いでしょうね。ですが犠牲を強いるからには、自らも犠牲となるべき覚悟を持たざるを得ない。それもまた、世の真理です」
「ええ、覚悟は出来ています。どちらにしても、私は苦しみから解き放たれる。ならば醜く命乞いなどは致しません。一思いに殺して下さい」
覚悟を決め、強い視線で父を見るリィナ。そんなリィナの姿に、マイクロフトが傍にあった水差しを手に取り、中にポケットから取り出した粉薬を入れる。
「これを飲みなさい。苦しませはしない」
「・・・お父様、御迷惑をお掛けして、申し訳ありませんでした。テオドラに伝えて下さい。貴女のお姉ちゃんで、幸せだった、と」
躊躇いなく水差しの中身を飲み干すリィナ。やがて両目を閉じてベッドに横たわった。
翌日―
ヘラス帝国第2皇女リィナの病状悪化による訃報、ライアス皇子は精神性の病気治療の為に離宮での無期限の治療生活に入る事が、ヘラス帝国全体に発表された。そしてそれは、魔法世界全体に瞬く間に伝わった。
ライアスは妹を失った悲しみのあまりに気が触れた。そんな噂が魔法世界全体を駆け抜けるのに、それほどの時間を要したりはしなかった。
そしてその一報は、紅き翼 と行動をともにするテオドラの耳にも入った。そしてその日、テオドラは自室でキョウコに縋りついたまま、年相応の感情を曝け出していた。
ヘラス帝国、マイクロフト私室―
皇帝以外には、侍従長と皇帝しか入る事を認められない私室。そこにゲンドウとカミュ、侍従長がマイクロフトとともにいた。
そして彼らの前には、ベッドの上で両手を組んでいるリィナの姿があった。
「済まぬな、リィナ。だがこれしかないのだ。必ずお前を助ける。だからそれまでの間、眠っていてくれ」
マイクロフトは1人の父親として娘を救いたかった。そして1人の王として、娘の皇女と言う公的身分を剥奪する罰を与えた。そして現在、睡眠薬で深い眠りに落ちたリィナは魔法による時間凍結という儀式により、時を止められた状態で一時の眠りに着いていたのである。
「陛下、医学が進めば、皇女殿下は必ず助かります。その時を待ちましょう。皇女殿下の虚弱体質は、生まれながらの臓器の持つ生命力の弱さが原因です。ならば、望みはございます」
「・・・臓器の移植。特別顧問殿、本当に可能なのだろうな?」
「はい。今は不可能ですが、しばらくすれば旧世界において実用に向けた本格的な活動が始まります。皇女殿下に移植する為の臓器の準備については、私が会得してきた技術により時間をかければ可能になります。ですから、その時をお待ち下さい。必ず皇女殿下は救われます」
ゲンドウの言葉に、マイクロフトは頷くしかない。あらゆる魔法医療を尽くしても、結局、彼は娘を救えなかった。打つべき手は全て打った。だが、助けられなかったのだから。
「ですが、その前にすべき事がございます」
「分かっている。特別顧問殿、私が全面的な支援に入る。思うがままに動くのだ」
マイクロフトの宣言に、ゲンドウは頭を深く垂れた。
そして翌日、ゲンドウのヘラス帝国宰相への就任が、正式に魔法世界全体に発表される事になった。
To be continued...
(2012.10.20 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さりありがとうございます。
今回はゲンドウの悪党ぶりを2つ用意してみました。前のあとがきを気にされた方から見て、どんな印象だったかは分かりませんが、気に入って頂ければ幸いです。
それとリィナについてですが、彼女のボロに気付いた方には拍手を進呈しますw気づいたら凄いと思います、結構、サラッと流して書いた記憶がありますので。
話は変わって次回です。
帝国宰相に就任したゲンドウは、早速精力的に動き出す事に。その第一歩に向かった地アリアドネーにおいて、ゲンドウは1人の少年と逢う。
戦災孤児の少年クルトとの遭遇は、ゲンドウに何を齎すのか?
そんな感じの話になります。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。
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