正反対の兄弟

第五十七話

presented by 紫雲様


 ゲンドウという旧世界出身の無名の男が、ヘラス帝国の宰相に就任した。
 この情報に、魔法世界各国首脳部は色めきたった。ヘラス帝国皇帝マイクロフトは政治にはやや疎い所がある人物だが、暗愚と言う訳ではない。長女カミュを筆頭に、政治面に優れた人材を抱え、それらの意見に耳を傾ける事の出来る人物だからである。
 そんなマイクロフトが宰相に就任させたからには、ただの無名の男である訳が無い。そう考えた周辺諸国は、慌ててゲンドウに対する情報を集め出し、その結果、絶句するに至っていた。
 最強の二つ名を持つバウンティハンター。
 ドラゴンスレイヤーの称号の持ち主。
 そして辣腕家として知られるバウンティハンターヘラス帝国支部長セシリアが、自らの後継者として期待する逸材。
 そして戦線が開かれた後に、アリアドネー、オスティア、メガロ・メセンブリアでの目撃情報が今更ながらに報告されたのである。全てが古書を収める建物の周辺であり、他に類を見ない強面の持ち主が毎日のように足繁く通っていたのである。これで記憶に残らない訳が無い。
 結果として、ゲンドウは各国首脳部から『豪胆な男』という評価を得るに至っていた。戦争中に敵国の首都に堂々と入り、連日のように調べ物をしていたのだから関係者がゲンドウを『度胸のある男』と評価したのも当然である。
 そんな評価を受けたゲンドウが、その日、珍しく頭を抱えていたとは、各国首脳部達は欠片ほどにも想像していなかった。

宰相執務室―
 「宰相殿、頭を抱えてどうされたのですか?」
 「ギルドメンバーに宰相就任祝いの壮行会をやるから来いと言われて行ってきたのですが、無理矢理飲まされまして・・・」
 「なるほど、二日酔いでしたか」
 頭を抱えて唸っているゲンドウに、キリルは小さく笑う。ゲンドウは実は酒が苦手なのである。
 「あの連中、数に物を言わせて両手を押さえた上でラム酒を口の中に瓶ごと突っ込んできたのです」
 「それは災難でしたね」
 「イタタ・・・」
 二日酔いに苦しむゲンドウと言うレアショットを拝みに来たのはキリルだけでは無い。既にマイクロフトやカミュも、二日酔い状態のゲンドウを見物にやって来ていた。
 『まるで酒粕漬けの漬物だな』
 『宰相殿、湯浴みをされて臭いを落としてこられたのですか?』
 清潔好きなゲンドウとしては、起きるなり風呂に飛び込んだのは事実である。だが体内に取り込まれたアルコールが、想像以上にシブトイだけであった。
 「ところで宰相殿、今後の方針についてですが」
 「・・・予定通り発ちます。キリル殿、陛下をお任せ致します。貴方であれば全幅の信頼を置く事が出来ますから」
 「嬉しい言葉ですな、お任せ下さい。我が一命に変えても、陛下はお守り致します」

同日、夜。アリアドネー魔法騎士団―
 この日、アリアドネー魔法騎士団総長メリルは、思いがけない来客に目を丸くしていた。
 アポイント無しでの来客。普通なら門前払いだが、その人物が持っていた紹介状が、彼に面会を許させたのである。
 「・・・セシリアの紹介であれば、会わざるを得ませんね。ヘラス帝国宰相ゲンドウ殿」
 「お時間を割いて頂き、ありがとうございます。現在、アリアドネーとヘラス帝国は、互いに睨みあった状態、実質的な休戦状態ではありますが、公的には戦争状態でありますからね」
 「それが分かっていて来るとは」
 些か呆れたようなメリルの言葉に、ゲンドウがニヤッと笑う。
 「私の要請はただ1つです。アリアドネー騎士団には、己が信じる正義の下に動いて頂きたい。ただそれだけです」
 「正義?」
 「ええ、それだけです。騎士にとっての正義、その為に」
 用意された紅茶を口に運ぶゲンドウに、メリルが探るような視線を向ける。
 「陛下はアリアドネーを始めとした、周辺諸国と矛を交えるつもりはありません。出来る事なら休戦協定を結びたい、そう仰せになられております。事実、陛下はウェスペルタティア王国の第1王女アリカ殿下がご提案なされた休戦調停に賛同されておりました。それが証拠となります」
 「・・・噂に聞く『完全なる世界コズモエンテレケイア』ですか?」
 「それについては黙秘させて頂きます。何故なら、それは騎士としての貴女が自らの意思を持って調査すべき事だからです」
 ゲンドウの言葉に、僅かながらに不愉快そうに顔を歪めるヘンリー。だがゲンドウは何でもない事のように、平然と続けた。
 「ご自分で調べられれば、我等と連合、どちらの主張が正しいのかはすぐに分かるでしょう。もしこれが、私の提供した情報であれば・・・」
  「なるほど、そう言う事ですか。納得出来ました。自分の目で判断し、行動を決める事にしましょう。しかしながら、すぐに決断という訳には参りません。何せ、これから調査を開始するのですから。当然、その間は戦線を維持する事になりますが」
 「ええ、それは当然の判断です。では、これにて失礼させて頂きます」
 立ち上がったゲンドウは一礼すると、総長執務室から立ち去った。しばらく経った後、メリルは勢いよく立ちあがると部下を呼ぶ為のベルを鳴らした。
 慌てて駆け込んでくるメリル付きの見習い騎士が、息を弾ませながら要件を訊ねる。
 「騎士団大隊長と総参謀長に緊急招集をかけて下さい。緊急会議を開始します。30分以内に第1会議室に集合だと」
 駆け出していく見習い騎士を見送ると、メリルは足音も高らかに会議室へと歩き出した。

 騎士団を辞したゲンドウは、目を丸くした門番に見送られながら(交戦中の敵国の宰相が護衛もつけずにやって来たのだから当然である)夜の町中を歩いていた。鼻孔を擽る食欲を誘う香りに、自分が二日酔いの為に朝から何も食べていなかった事を思い出して、何か食べていこうと、ふと考えた時だった。
 背後から近づいてくる、静かな足音。まるで背中を刺すような視線に、ゲンドウは首を傾げながら、わざと路地を曲がった。
 路地を曲がると同時に、気で脚力を強化してジャンプする。そのまま右手で屋根の庇を掴むと、そのまま屋根の上へ飛び上がる。
 僅かに遅れて、尾行者が姿を現した。だがゲンドウの姿が無い事に驚いたのか、目に見えてうろたえる。そんな尾行者の目の前に、ゲンドウは意表を突くかの様に飛び降りた。
 「私に何の用だ?」
 だが尾行者は答える事もなく、右手に握っていたナイフに左手を添えて全力で突き出した。
 回避行動を全く取らないゲンドウ。その態度に逆に尾行者の方が驚き、慌ててナイフを止めようとしたが、ナイフは止まることなくゲンドウの腹に突き刺さり―
 「気も魔力も込めていないナイフで、私の防御は突破できんぞ?」
 刃は服を貫いたものの、肉体を傷つけるには至っていなかった。その結果に、尾行者が甲高い悲鳴を上げる。
 「嘘だろ!?確かに刺さった筈だったのに!」
 「・・・その声、子供か。さしずめ、戦争孤児と言ったところか?」
 「・・・ああ、そうだよ。アンタら帝国の襲撃で、俺は父さんも母さんも失った!」
 「それで私を狙ったという訳か。だが私を殺したいのであれば、せめて気ぐらいは使えるようになってから来るのだな。今のお前では、私に掠り傷すらつけられんよ」
 パンパンと埃を叩いてみせるゲンドウに、襲ってきた子供が口惜しげにゲンドウを睨みつける。フードの奥から覗く顔は、憎悪に彩られているとは言え、十分以上に利発そうな印象を受ける顔立ちだった。
 「そんなに仇を取りたいか?そんな事をしても、お前以外、誰も喜びはしないと言うのに」
 「何でお前にそんな事を言われなきゃならないんだよ!」
 「世の中にはお前の様な子供は知らない事実が存在している。ただそれだけの事だ。それより」
 ゲンドウが右手を伸ばして、子供を掴みあげる。子供は慌てて逃げようとするが、気で強化したゲンドウに勝てる訳が無い。
 「私はゲンドウだ。お前の名は?」
 「な、何でお前なんかに名乗らないといけないんだよ!」
 「名前とは両親がお前に託した願いであり、その名を誇りとともに名乗るのは人として当然の事だ。それが理解できない愚か者に、これ以上語るべき言葉は無い」
 グッと押し黙る子供。だが渋々と口を開いた。
 「クルト・・・クルト・ゲーデルだ」
 「旧世界の天才数学者と同じ名前とは、お前は期待されていたようだな」
 そのままクルトと名乗った子供を肩に担ぐと、ゲンドウは路地を逆戻りし始めた。その行動に、クルトが抗議しようとしてゲンドウに機先を制される。
 「ところでクルト。お前は1人なのか?孤児仲間はいないのか?」
 「いねえよ、そんなもの。ここは亜人の国だ、俺みたいな人間の孤児は、よそ者扱いされて当然なんだよ!」
 「そうか、ならば良い。まずは腹ごしらえを済ませる。何か食べたい物はあるか?」
 突然の提案に、目を丸くするクルト。どこをどうしたら食事の話に繋がるのか、サッパリ理解出来ないのだから、混乱するのも当然であった。
 だが本能は素直だった。お腹からクーッという音が聞こえてくる。
 「ふむ、好みが無いのなら適当な定食屋に入るぞ」
 「・・・本気かよ、アンタ」
 「当たり前だ、今日は朝から何も食べていないのだ。さすがに腹がすいてきた。いい加減、食事をしないと倒れかねない。お前も好きな物を頼んでいいぞ。それぐらいの資金はあるからな」
 そう言うと、ゲンドウはクルトを担いだまま手近にあった定食屋へと入った。

 当然の如く、交戦国である筈のヘラス帝国の宰相が戦争孤児を肩に担いで食事にやって来たという事実は、お店に食事へ来ていたお客によって瞬く間にアリアドネー中に広まったそうである。その情報を聞きつけたマスコミが慌ててお店にやって来たが、ゲンドウの放つ威圧感に気圧されてしまい、何一つ質問できずに見送る事しか出来なかった。

紅き翼side―
 アリアドネーでの一幕は、久しぶりの骨休めをしていた紅き翼もテレビニュースを通じて知る事になった。その展開に、最初に大爆笑したのはキョウコである。
 「ナイスよゲンドウ!こんなお笑いを天然でやらかしてくれるんだから、最高だわ!」
 「・・・彼は天然なのか?」
 「天然よ!自分が定食屋に子連れで入ったらどれだけ浮いて見えるか、全く理解していないのよ、アイツは!どう見ても人攫いにしか見えないわよ!」
 キョウコの容赦ない発言に、テオドラとアリカが必死で笑いを押し殺す。丁度画面には、フライ定食を堪能するゲンドウと、どこか居心地悪そうなクルトがチラチラとテレビカメラを見ながらハンバーグ定食を食べていた。
 「これが天然でなくて何だと言うのよ!全て計算尽くに見える訳!?」
 「確かに、計算しているようには見えませんねえ」
 「そうじゃな。これは天然じゃな」
 綺麗に食事を食べ終えると、ゲンドウは『会計を頼む』と言ってクルトとともに席を立つ。そのまま財布からお金を出すと、キッチリと支払いを済ませて店の外へと出て行った。
 「しかし、あのレポーター。すっかり呑まれておったわ!」
 「一般人がドラゴンスレイヤー相手に突撃なんて、そりゃあ無理だろうよ」
 詠春が調理した焼き鳥に手を伸ばしながら、ラカンが肩を竦めてみせる。その隣では、ナギが果物に齧りつきながら、首を傾げながら口を開いた。
 「けどよ、このおっさん、何でアリアドネーなんかに向かったんだ?一応、交戦中なんだろ?停戦協定でも結びに行ったのか?」
 チラッと視線をキョウコへ送る。だがその視線の先は、キョウコでは無い。キョウコの足下で蹲っている白狐であった。
 しかし、特に反応は無い。静かに蹲ったまま、白狐は沈黙を保つばかりである。
 「アイツの事だから、何かロクでもない事を考えているに決まってるわよ。それより、これからだけど」
 「このまま、国境に沿って移動します。当面の目的地はアリアドネーですから、途中で彼に会う事もあるでしょうね」

半月後―
 宿で一泊し、クルトに勉強を教えていたゲンドウは、ドアをノックする音に顔を上げた。
 「開いているぞ」
 「・・・思うんだが、鍵ぐらいかけたらどうなんだい?幾らなんでも不用心だと思うな」
 「コソ泥程度なら、どうとでもなる。それより、造物主ライフメイカー殿から何か伝言でも預かって来たのか?」
 「まあ、そんなとこかな。ところで・・・」
 チラッとクルトへ視線を向けるプリームム。その視線に、クルトがペコッと頭を下げる。
 「クルト・ゲーデルです。ゲンドウさんに拾われて、一緒に行動してます」
 「・・・そうか、よくゲンドウについていく気になった物だ。その胆力だけは感心に値するね」
 養い親の強面ぶりは、クルトも嫌と言うほど理解している。一緒に行動してみれば、ゲンドウは外見ほどには中身は怖くないのだが、それでも外見のインパクトはあまりにも強すぎた。
 「ゲンドウさん、お茶を淹れてきます」
 「そうか、頼む。プリームム、まあ座ってくれ。こちらも伝えておきたい事があるからな」
 ゲンドウに椅子を勧められ、プリームムが素直に腰を下ろす。クルトの持ってきたお茶で一服すると、プリームムは口を開いた。
 「君の行動方針について説明を求めたい。君がアリアドネーに向かった理由をね」
 「停戦状態を作り出す事が目的だ。だが向こうにも体面と言う物がある。特に帝国から一方的に侵略された『被害者』の立場である以上、アリアドネー側から停戦を持ちかけるのは、政治的にマズイ事ぐらいは分かるだろう?」
 「まあね。そんな事をすれば、民衆に反感を抱かせる。厭戦気分が広まっていれば話は別だろうが、少なくとも今の状況ではアリアドネーは首を縦には振らないだろうな」
 「だから、交渉を持ちかけた。互いにしばらくの間は、手を出さずに睨みあいを続けようとな」
 「それで矛を向けられるのは、僕たちなのかな?」
 プリームムが大きくはないが、鋭い声で切り込んでくる。だがゲンドウは『今更、何を言っている』と言わんばかりに平然と切り返した。
 「私達は相互利用する間柄。つまりお互いさま、と言う事だ。それに、アリアドネー如きに敗れる程、君達は弱いのか?」
 「・・・見え透いた挑発だけど、敢えて乗ろうか。連中より下と見られるのは我慢ならないし、何よりセクンドゥム達には丁度良いガス抜きにもなる」
 血の気の多い同胞を思い出しながら、プリームムが口を開く。紅き翼との戦闘を繰り返す内に、幹部レベルの戦力に不安を感じるようになった造物主ライフメイカーは、セクンドゥムとドゥナミスの謹慎を特例として解除すると、対紅き翼戦力として投入を決めたのである。
 「信賞必罰は組織の基本。それをやらなければどうなるかぐらいは、君の主も理解した上での行動だろうからな」
 「・・・意外だね、抗議されるかと思っていたんだが」
 「貸し、という事にしておいてくれ。こちらは責めるつもりはない」
 クルトの淹れた紅茶を啜りながら、ゲンドウが言葉を返す。そんな最中にも、クルトの勉強を見る事は忘れておらず、間違った点があれば指で示して注意を送る。
 「よくもまあ、話をしながら添削が出来るものだ」
 「人間、やろうと思えば大抵の事は出来るという事だ。それで、そちらの質問はまだあるかな?無ければ、こちらの言い分を伝えて貰いたいのだが」
 「まずは聞こうか。それで?」
 「紅き翼と直接接触を図る」
 ゲンドウのセリフに、プリームムが顔を顰める。それはゲンドウの真意を掴みかねたからであった。
 「かなりの期間、キョウコを単独で張りつかせたままだったからな。皇女殿下の事で、陛下への報告の義務もある。直接会った方が、何かと都合が良いのだ」
 「そう言われてしまうと何とも言いようがないね。確かに筋は通っているが」
 「この世界に迫る危機を食い止める為にも必要な事なのだ。君には説明したと思うが、私の計画で世界崩壊を食い止める為には、ヘラス帝国を掌握しなければならない。それには今回の行動が必要不可欠なのだよ」
 ティーカップに残っていた紅茶を、一気に飲み干すゲンドウ。そんなゲンドウを見ながら、プリームムが立ち上がった。
 「了解した。確かに伝えておこう」
 「ああ、頼む」
 ドアを開き、静かに立ち去るプリームム。その足音が聞こえなくなった所で、クルトが説明を求めるかのように、訝しげな視線をゲンドウに送る。
 「クルト。彼について知る事は、今のお前にはまだ早い。もっと強くなったら、知る事も出来るだろうが」
 「・・・それはどういう意味なのでしょうか?」
 「そのままの意味だ。世の中には分相応という言葉がある。何事にも己に見合った物があると言う意味だ。それは身分や権力、財産といった俗世的な物だけでは無い。知識もまた、身の丈に合った物が存在しているのだ」

紅き翼side―
 「改めて名乗らせて頂く。ゲンドウという、キョウコが世話になっている」
 「ぼ、僕はクルトです。宜しくお願いします!」
 悪人バリバリの強面と、優等生のお坊ちゃんにしか見えない凸凹コンビは特にトラブルに巻き込まれる事も無く、無事に合流する事が出来た。
 しかし本格的な密談を開始するよりも早く、クルトとタカミチは互いに同年代の少年と言う事もあり、興味深そうに互いの様子を伺い始める。それにいち早く気付いた詠春が、お目付役を兼ねて外への散歩へと連れ出した。
 室内には、密談に参加するメンバーだけが残る。だがラカンはソファーに退屈そうに寝そべっており、あまり真剣味が感じられなかった。
 「ジャック、そなた、せめて起きるぐらいはせぬか!」
 「俺様に密談なんて似合わねえだろうが。そう言う事はお前らに任せるぜ」
 「ジャーーーーック!」
 ラカンに飛びつくなり、髪の毛を無造作に引っ張り出すテオドラ。その行動に、ラカンも抵抗を試みるが上手くはいかない。
 「まあ、あの2人は放っておけば良かろう。それよりも今後の事じゃ」
 「ええ、ゼクトの言う通りです。ゲンドウ、帝国の対応についてですが」
 「周辺諸国との実質的な休戦状態を作り出す事。それが第1目標だな。だがメガロ・メセンブリアとオスティアだけは無理だ。上層部にもかなりのシンパが潜んでいる。それをどうにかする必要があるだろう」
 「それは俺達の仕事だろうぜ。遠慮なく、暴れてやるさ。証拠もバッチリ用意してな」
 今後の方針について、次々に打ち合わせていく一行。だがその討論が、突然、ピタッと止んだ。
 同時に、ラカンがムクッと起き上がる。
 「私はクルト達に合流する。それなら筋が通るからな」
 「任せな」
 「では、頼む」
 外へ出たクルト達に合流するべく、退室するゲンドウ。その隣を、キョウコが方天画戟を手にしながら歩いていく。
 「ナギ、ラカン。殿下達は私がお守り致します。貴方達はいつものように」
 「応!それじゃあ、いっちょ始めようぜ!」
 杖を手にしたナギの後ろに、ラカンとゼクトが続いた。

 「雷の暴風ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンス!」
 外へ出るなり放たれた無詠唱・雷の暴風ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンスに、様子を伺っていた完全なる世界コズモエンテレケイアメンバー達は、咄嗟に防御障壁を展開して自分の命を守りきった。
 だが幹部達ならともかく、この戦いの為に駆り出されてきた末端兵士扱いの魔法使い達にとってみれば、必死の全力での抵抗を余儀なくされた一撃であった。その甲斐あってか、自分達と敵との実力差を肌で感じ取り、背中を冷や汗で濡らす。
 「またテメエらかよ。毎度毎度御苦労なこった」
 「ハッ!あの裏切り者ともども、ここで纏めて始末してくれる!」
 「出来もしねえ事、言ってんじゃねえよ」
 ナギの嘲笑が引き金となったかのように、互いの殺意が交差し合い、戦いが始まる。
 テルティウムをナギが、セクンドゥムをゼクトが、ドゥナミスをラカンが抑える。その間に、末端の魔法使い達が奥にいるアリカやテオドラを押さえるべく移動を開始する。
 だが―
 「雷鳴剣――――!」
 轟音とともに天から降り注ぐ一条の稲妻。クルト・タカミチの安全をゲンドウとキョウコへ委ねた詠春が、戦線に舞い戻った証であった。
 瞬く間に薙ぎ倒されていく魔法使い達。彼らの実力は決して低くは無い。ただ詠春との間に厳然と聳える実力差が、あまりにも大きかっただけである。
 「死にたくなければ投降しろ」
 詠春の警告は、彼らには受け入れられなかった。実力差は分かってはいるが、それ以上にセクンドゥムやドゥナミスに対する恐怖感が強かったのである。
 半ば死に物狂いで捨て身の反撃に出る魔法使い達。だがその程度で何とかなるような実力差ではないのも事実であった。
 そんな時だった。
 セクンドゥムとドゥナミスの視線が、激しい怒りへと彩られる。
 「「ゲンドウ!」」
 視線の先、そこには防御結界を構築したゲンドウがいた。そして障壁の中には、クルトとタカミチ、キョウコの姿がある。
 「この裏切り者が!」
 「・・・何度、教えてやれば理解できるのだ。これだから無能は困る」
 「殺す!」
 怒声を浴びせるセクンドゥム。だがその言葉に反応したのは意外な事に、テルティウムであった。
 「セクンドゥム、悪いが僕はここまでだ。帰らせてもらうよ」
 「テルティウム!」
 「君の行動は権限を逸脱している。事前に説明を受けている筈だ」
 「問題は無い!結果を出せば良いだけだ!」
 結果を出せば良い。確かに真理ではある。だが問題なのは造物主ライフメイカーである。彼にしてみれば、今ゲンドウを公然と敵に回す訳にはいかないのである。その窮状を読み切っているからこそ、ゲンドウはその弱みへ付け込んで、大義名分の下に堂々と紅き翼との接触を図っていた。
 だがその思惑を、セクンドゥムとドゥナミスは正面から木っ端微塵に粉砕する暴挙に出てしまったのである。冷静沈着なテルティウムにしてみれば、主の命令に反する行為に加担する事など出来る訳が無い。
 「何度言われようと同じだよ。僕は今の段階で彼を敵に回すつもりは無い。彼を巻き込む様な思惑を持つのであれば、今すぐ帰らせて貰うよ」
 「おいおい、仲間割れかよ?」
 セクンドゥムと砲火を交えながら、ナギが呆れたように呟く。それに対して『煩い!』と怒号を上げながらも、セクンドゥムは砲火を緩めたりはしない。
 「撤退すると言うのであれば、好きにするが良い」
 「ありがとう、では帰らせて貰う」
 距離を開くと、撤退していくテルティウム。本当に撤退した同胞の行動に、目を丸くしたのはドゥナミスである。
 「テルティウム!・・・チッ、セクンドゥム!」
 ゼクトがフリーになった事を察し、ドゥナミスの顔色が変わる。戦線の崩壊は言うまでも無いが、紅き翼を相手にするには、幹部級の実力者が少なすぎるのも明白であった。
 そして詠春が相手をしている魔法使いの集団もその数を減らしており、詠春がフリーになるのもまた時間の問題という状況である。
 ここに至って、ドゥナミスもまた決断せざるを得なかった。
 「セクンドゥム!撤退するぞ!さすがに2人だけでは無理だ!」
 「・・・チッ、ならば!」
 置き土産とばかりにセクンドゥムが千の雷を放つ。それにナギが同じ魔法で対抗しようとした所に横槍が入った。
 セクンドゥムの千の雷に、一枚の符が飛び込んできたのである。その符に触れるなり、セクンドゥムの千の雷は消滅。驚愕で体を強張らせたセクンドゥムを、ナギの放った千の雷が襲った。
 「う・・・おおおおおお!」
 爆煙に包まれた中、死に物狂いでレジストするセクンドゥム。だが完全にはレジストしきれず、全身に重度の火傷を負うまで追い詰められた。
 原因はハッキリしていた。セクンドゥムの魔法を消滅させられる実力者など、この場には1人しかいない。
 「ゲンドウ!」
 「いい加減にして貰いたいな。流石にこれ以上邪魔をするのであれば、消えて貰うぞ?」
 初めてゲンドウが見せた殺意に、セクンドゥムが歯軋りする。だが不利な状況であるのは事実であるし、ナギの魔法によるダメージは馬鹿にならないものであった。
 忌々しげにゲンドウを睨みつけると、セクンドゥムは距離を取る。同じようにドゥナミスも距離を取ると、同時に撤退を開始した。
 そこへ追撃をするまでもなく、黙って見送るナギとラカン。そこへ魔法使い達を無力化させた詠春が口を開いた。
 「奴らを逃して良かったのですか?君の立場が悪くなると思うのですが」
 「私の立場は、元より黒に近い灰色だ。それに奴らは私を殺す訳にはいかない。それだけの手を打ってあるからな。とは言え、限度はある。だから警告で済ませておいた」
 完全なる世界コズモエンテレケイアは魔法世界救済の為、小の為に大を犠牲にする方針を採っている。これは確実性の高い選択肢だが、犠牲が多いという一面を持っていた。
 そしてゲンドウの選択肢は、時間もかかる上に未だ詳細は不明である。特にS2機関について、完全なる世界コズモエンテレケイアは何の知識も持っていない。それでもゲンドウの選択肢が一応とは言え完全なる世界コズモエンテレケイアに認められているのは、ゲンドウの選択肢が成功した場合の犠牲の少なさと、造物主ライフメイカーとプリームムがゲンドウという一個人の実力を認めているからである。
 「連中も馬鹿ばかりではない。私の行動が警告である事ぐらい理解はできる。それに私の行動は、基本的に専守防衛だ。連中に格好の口実をくれてやる様な事にはならない。その為に、事前に通告しておいたのだからな。あの直情が突撃してくるように・・・まあ失敗したとしても、それなりに手は用意してある。問題は無い」
 「・・・それなら良いのですがね。ですが、やはり説明はしてくれないのでしょうね」
 「秘密と言う物は、知る者が少ないほどバレにくいからな」
 そう言いながら、踵を返すゲンドウ。
 「とりあえずここから出立しようか。移動がてら、密談もしておきたいのでな」
 
1ヶ月後―
 1ヶ月の間、ゲンドウは紅き翼と行動を共にしていた。だが最前線には出る事無く、専ら通信を利用しての外交折衝の日々である。
 同時に、クルトのみではなくタカミチの教師役も務める時間を過ごしていた。
 だがそんなある日、クルトがゲンドウにくってかかるという一幕が起きた。メガロ・メセンブリア艦隊の指揮官を務めるリカードとの交渉の間は静かにしていたのだが、終わると同時に飛びかかったのである
 「どうして、僕に教えてくれないんですか!タカミチはガトーさんに白兵戦の技術や、探偵としての技術や知識を教えて貰っています!なのに、ゲンドウさんも詠春さんも、何で何も教えてくれないんですか!」
 「教えているだろう。勉強に、料理に、洗濯に、掃除に・・・」
 「そんな物じゃありません!」
 指折り数えながら言い返してきたゲンドウに、クルトが激昂する。その感情的な態度に、休息を楽しんでいたメンバーが何事かと集まって来た。
 「おいおい、ゲンドウ。何があったんだ?」
 「クルトが教えろと言うんだよ。僕の謀略の知識を」
 「ああ、そりゃあ・・・」
 さすがに口籠るナギ。この1ヶ月の間、ゲンドウが繰り広げた謀略戦の醜悪さに、ナギはウンザリしていた。かつて、これほどまでに醜い交渉事は見た事が無かったからである。
 仲間となり得る。そう判断した相手には、ゲンドウは卑劣な事はしなかった。背中を後押しする為に自尊心を擽ったり、ハッタリを仕掛けたりする程度である。だから、ナギも何とも思わなかった。
 だがそれ以外の者達について、ゲンドウは全く容赦しなかった。バウンティハンターギルドやヘラス帝国の力を利用して見つけ出した過去の醜聞は言うまでも無い。相手が隠している、闇に葬った筈の犯罪歴。完全なる世界コズモエンテレケイアとの関係。その程度であったなら、まだナギも妥協できた。問題なのは、ゲンドウは目的を達成する為であれば、相手の家族を利用した脅迫まで使ったのである。
 暗殺、誘拐、事故を匂わせる言い回し。それらを演出するべく単独行動を行い、戻ってくれば相手は態度を豹変させている。何があったかは分からなくても、ゲンドウの思惑通りに相手が折れたのは明白であった。
 相手が相手である以上、容赦する必要が無い事ぐらいはナギも理解している。それはナギ同様、正義感の強い詠春も同じであった。
 だがそんな2人にしてみれば、ゲンドウの行動に諸手を挙げて賛成したくないのも事実である。見て見ぬフリが限界であった。
 そんなゲンドウに謀略の知識を教えろとクルトが迫った。そんな事を聞かされたナギが、口籠ったのも仕方が無いと言える。
 「なあ、クルト。どうして、そこまで謀略に拘るんだ?正直言って、俺は謀略は好きじゃない。コイツが悪人じゃないのは認めるが、それでも謀略なんて、あまり良い気はしねえぜ?」
 「僕は、僕は強くなりたいんです!」
 子供特有のひた向きさに、ナギも言葉が無い。そのまま隣でコメカミを揉み解していた詠春が、ハアッと溜息を吐いてみせた。
 「クルト君。謀略だけは止めなさい。正直、君の様な子供が謀略を覚えたいと迫るのは目に毒です」
 「でも!」
 「分かりました。謀略を身につけさせるぐらいなら、私の神鳴流を身につける方が100倍マシでしょう」
 謀略を身につけて精神を歪ませるぐらいなら、と詠春が妥協する。詠春も、以前からクルトに『弟子にして下さい!』と迫られ、ずっと断り続けてきた。だがクルトは技を見ただけで、憶えると言う非凡さを発揮していたのである。以来、なるべくクルトの前では鍛錬をしないようにしていたのだが『この際、いっそ』と考えたのであった。
 詠春の言葉に、クルトが『お願いします!』と張り切って返事をする。その言葉に、詠春が『やれやれ』と肩を竦めてみせた。
 「まあ、その方が良いと思うわよ。誰もがコイツみたいに、他人を手玉に取れる訳じゃないからね。コイツの謀略はある意味、才能だからね」
 「・・・キョウコ。その言い方だと、僕が悪党以外の何者でもないんだけどね?」
 「悪党でしょうがアンタは」
 キョウコの発言に、誰も反論出来なかった。

ヘラス帝国―
 周辺諸国との外交折衝という名目で帝国を離れていたゲンドウが、帝国へ帰還したのはそれから半月後の事であった。
 謁見の間に立つ人影は、以前よりも減っている。だが完全なる世界コズモエンテレケイアとは関係が無いという意味においては、信用できるメンバーであった。
 「陛下。只今、帰還致しました。それからこちらは、テオドラ皇女殿下よりお預かり致しました手紙にございます。どうかお受け取りを」
 「うむ。あれは元気でいたか?」
 「すこぶる元気でございました。キョウコに護身術を習っては、ジャック・ラカン相手に腕試しに挑戦しておりました」
 ジャック・ラカンの名は、マイクロフトも聞いた事があった。解放奴隷から天辺まで上り詰めた、最強の傭兵。剣豪皇帝と呼ばれるマイクロフトも、一度は手合わせをしてみたいと思う相手だったからである。
 「そうか、じゃじゃ馬なのは相変わらずか。それで、せめて腕の一本ぐらいは使わせたのであろうな?」
 「確かに腕を使わせておりました。ただラカンは、ソファーで横になったままでしたが」
 「まだまだだな。まあ良い、元気であればな」
 マイクロフトの言葉に、同意するゲンドウ。だが周辺諸国における完全なる世界コズモエンテレケイアの浸透の程度について報告を行うと、マイクロフトだけでなく、カミュやキリルも顔色を変え出した。
 「そうか、厄介な事になりそうだな・・・」
 「陛下。アリアドネーから、その後連絡は来ましたでしょうか?」
 「うむ。アリアドネー騎士団総長メリル殿から休戦の使者が来た。だが奴らを油断させる為にも、表面上は戦線を展開したままにしておく」
 「事が有れば、と言う訳ですか」
 ゲンドウの反応に、マイクロフトが頷いてみせる。
 「ゲンドウ、後ほど執務室に来い。では解散とする」
 解散の後、執務室へと顔を出すゲンドウ。そこには、マイクロフトとカミュが2人で待っていた。
 「良く来た。実は、お前に頼まれていた例の件だ」
 「何かトラブルでもありましたか?」
 「理論的には完成している。今は実験の為、試験稼働に向けての準備に入っているのだがな・・・」
 「宰相殿、実は動力源が足りないのです」
 カミュの言葉に、ゲンドウが軽く目を見開いた。
 「本番はゲートを利用しますから、動力源については心配いりません。ヘラス帝国皇帝権限を用いれば、1度ぐらいは何とか出来るでしょう。しかし、試験にまでゲートを利用するとなれば・・・」
 「確かに、周囲にバレてしまいますね」
 「そこなのです、問題は。とは言え、秘密裏に動力源を確保するにしても、その必要量が馬鹿にならないのです。研究チームによれば・・・」
 カミュが研究チームから受け取った報告書に記載されていた必要エネルギー量について言及する。その必要量は、そう気軽には集められない量であった。
 「さすがに超弩級戦艦1隻分のエネルギーとなるとな・・・軍(身内)を使うにしても、緘口令を敷いても限度がある。それで悩んでいるのだ」
 「陛下、それに殿下。その研究チームに、私を会わせて頂けないでしょうか。その問題、解決できる可能性があります」
 「・・・良かろう。カミュよ、宰相殿を会わせてやってくれ」
 父王の言葉に、頷くカミュ。そのままカミュはゲンドウを引き連れて、極秘研究施設へと案内をした。

 その後、ゲンドウ自身が持つ莫大な気を動力源とする事で、秘密裏に試験は行われた。



To be continued...
(2012.10.27 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回はクルトとの邂逅、ゲンドウの紅き翼への合流に焦点を当てました。クルトについては言うまでもありません。原作のオスティア総督閣下でございますwこの頃はこんなに純粋だったんだねえwと笑って頂ければ幸いです。
 話は変わって次回です。
 ゲンドウの外交戦略によって、政治的に追い詰められていく完全なる世界コズモ・エンテレケイア。この窮状を打破する為、プリームムは主である造物主ライフメイカーに自らが出陣する事を提案する。
 死を覚悟したプリームムは、最後の別れをゲンドウへと告げる。それに対するゲンドウの対応は・・・
 そんな感じの話になります。
 紅の翼アラルブラ編最終話、宜しくお願い致します。



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