正反対の兄弟

第五十八話

presented by 紫雲様


 一般兵に相当する魔法使いを大量に失った完全なる世界コズモエンテレケイアは、戦力不足を補う為に魔族を召喚して戦線へと投入するようになった。
 この作戦は、確かに効果はあった。魔族の戦闘力は並の魔法使いなど足元にも及ばない実力であり、戦う力を持たない一般人にしてみれば脅威以外の何物でも無い。
 更に魔族は完全なる世界コズモエンテレケイアの思惑の下に動いている。そして彼らは魔法世界の住人に対して『幻想の住人である』という理由で、その生命に価値を認めていない。その方針は彼らに使役される魔族も同様であり、結果として魔族は魔法世界の住人達も、当然のように戦闘へと巻き込んでいた。
 この事態に、紅き翼アラルブラは激怒すると同時に、一般人を守る為に戦力を割かねばならない事態へと追い込まれていた。
 だが、この禍が彼らにとっての福へと転じたのである。
 一般人が魔族との戦闘に巻き込まれる。この事態にアリアドネー騎士団が、総意として完全なる世界コズモエンテレケイアに対して宣戦を布告。同時に紅き翼アラルブラを支持する声明を発し、ヘラス帝国との間に休戦協定を結ぶと同時に騎士団戦力を派遣したのである。
 この行動に同調するかのように、周辺の小国も紅き翼アラルブラを支持する声明を打ち出した。これにはゲンドウの暗躍による効果もあったが、民衆にとっては全く与り知らぬ出来事であり、彼らは自国の行動に賛同を示した。
 この事態に苦境へと陥ったのは完全なる世界コズモエンテレケイアである。魔族による戦力補充が、結果として自らの首を絞める事態になったのだから、彼らにしてみれば想定外という他ない。だがそれだけでは収まらなかった。
 ウェスペルタティア王国第1王女アリカが正式に王位を継ぎ、父王は退位したという公式声明が発表されたのである。先王は完全なる世界コズモエンテレケイアにとって、意のままに動く人形である。故に、先王が自らの意思で退位し、完全なる世界コズモエンテレケイアを苦境に追い込むはずがない。だからこそ、彼らはアリカがクーデターを起こした事に気付き、歯噛みする羽目になった。
 未だウェスペルタティア王国の臣下の中には完全なる世界コズモエンテレケイアに力を貸す者達はいる。それは事実だが、トップが変わると何かと動き難くなるのも事実であった。特に完全なる世界コズモエンテレケイアの存在が公になり、更に魔族による被害が出ている以上、公に完全なる世界コズモエンテレケイアに味方するのは馬鹿のする事である。結果として、彼らはアリカの行動を黙認せざるをえなかった。
 そこへメガロ・メセンブリアにおいても完全なる世界コズモエンテレケイアを苦境へ追い込む事件が発生していた。
 メガロ・メセンブリアの艦隊総指揮官であり、叩き上げの名将として知られたリカード提督が、魔族による被害から無力な民を救うという大義名分の下に、上層部の指示を仰がずに行動を起こしたのである。
 この事態に仰天したのはメガロ・メセンブリア首脳部である。彼らはリカード提督を反乱罪という名目で秘密裏に束縛しようとしたのだが、ここで彼らにとっての大誤算が生じてしまった。
 リカード提督配下の士官・一般兵全てがリカード提督に同調し、魔族討伐に動きだしてしまったのである。それも全員揃って、上層部に対して辞表を叩きつけるという行動をメディアを通じて行ったのであった。
 この行動は、瞬く間にメガロ・メセンブリア市民はおろか、魔法世界全てが知る所となってしまった。
 『我々は義勇兵として、完全なる世界コズモエンテレケイアの魔族による被害から力なき者達を守る為に、敢えて汚名を被ってでも行動すべきだと決断した。現実に完全なる世界コズモエンテレケイアによる被害は、着実に増している。にも拘らず、メガロ・メセンブリア上層部は完全なる世界コズモエンテレケイアを『現実には存在しない妄想』と公言して憚らない。これは彼らにとって完全なる世界コズモエンテレケイアの存在を認める訳にはいかない理由があるからである』
 このリカードの声明に対して、上層部も抗弁しつつリカードを反乱罪で投獄しようとしたが、市民達は大半がリカードに賛同を示し、それどころか上層部に対して疑惑の目を向けた。同時に議会に対して真相究明を行うべく署名運動が巻き起こり、僅か3日の間に市民の半数を超える4000万人近い署名が集まったのである。
 こうなると、もはや上層部も完全なる世界コズモエンテレケイアを庇いきれない。遂に彼らも自らの名誉と財産を守る為に、何人かを犠牲にしつつ我が身の安全を図り、完全なる世界コズモエンテレケイアとの繋がりを表面上は断たざるをえなくなってしまった。

ゲンドウside―
 この日、久しぶりに休みを作る事が出来たゲンドウは、キョウコとともにアリアドネーのカフェテラスでお茶を楽しんでいた。ゲンドウは着道楽ではないし、酒も嗜まない。食事には煩い所はあるが、贅沢というほどではない。
 そんなゲンドウが唯一の贅沢としているのが、お茶である。この日もアリアドネー騎士団の間で評判の良いカフェテラスがあると聞き、キョウコを誘ってのお茶会を楽しんでいた。
 休戦協定中とはいえ、ゲンドウは他国の宰相―No.2である。おまけにマスコミを通じて報道されていた事もあり、その強面もあって周囲の注目度はダントツであった。その上、年端もいかない少女を連れているとあっては、事情を知らない者から見れば好奇心を擽られるのも仕方がない。
 「・・・どうも、気になるな・・・」
 「気にしない、気にしない!それより、アンタは何か頼む?」
 「僕はお茶だけ・・・いや、ハムサンドを頼む」
 「OK!ウェイトレスさん注文!ハムサンド、ショートケーキ、モンブラン、チーズケーキを1個ずつ追加で!」
 キョウコの注文に、ウェイトレスは笑顔で注文を復唱すると、颯爽とその場から立ち去る。好奇心からゲンドウ達の事を詮索しない点を考慮すれば、お店の教育がどれだけ徹底されているのか、簡単に推測できた。
 「それで、わざわざデートに誘った理由は何?」
 「昨日、陛下から連絡が届いた。例の実験の結果が出たんだよ。実験そのものは失敗だったけど、得られた物は大きかったそうだ。次の実験では必ず成功させると、実験チームは意気軒昂だってさ」
 「ふうん、まあ最終的には成功してくれれば良いんだけどね。既に1年待ってるんだから、多少遅れた所で何とも思わないわよ」
 ゲンドウが手慣れた手つきでキョウコの空になったティーカップに紅茶を淹れる。このお店はティーカップ単位でのお茶も注文できるのだが、長時間のお喋りを楽しみたいお客の為に、ポット単位でのお茶もメニューに載っており、ゲンドウ達はそれを利用していた。
 そんな時だった。
 「失礼、ここ座らせて貰うよ?」
 「プリームムじゃないか、久しぶりだな」
 「そうだね。直接会うのは1ヶ月振りかな」
 スーツ姿の美青年の登場に、周囲から囁き声が漏れ始める。
 「最近、調子はどう?」
 「それを訊くのかい?良い訳がないよ」
 プリームムがぼやくのも仕方がない。秘密組織としては致命的な事に、今の彼らは公然の存在として認識されている。その上『魔族を利用して無辜の民を傷つけるテロリスト』という烙印を押されていた。その上、紅き翼アラルブラとの交戦による人材の喪失が大きすぎた。
 「このまま負けるつもりはない。僕達にも意地はあるし、何より大義名分がある。僕は最後まで戦うつもりだよ」
 「・・・ひょっとして、その決意表明の為に来たのかい?」
 「そうだよ。君が裏で紅き翼アラルブラと繋がり、組織単位での政治的・戦力的バランスを操作する事で、君は僕達が追及出来ないように行動してきた。だから、ドゥナミス達が君を裏切者呼ばわりする気持ちは理解できない訳ではないんだよ」
 ゲンドウが淹れた紅茶にプリームムが口をつける。
 「でも君の魔法世界を救済するという気持ちに偽りはない。それを証明する証拠はないけれど、僕はそう思っているんだ」
 「・・・僕にとっても他人事じゃないからね」
 「それでもいいさ。個人的に君の事は信用しているんだよ、僕はね」
 一息にお茶を飲み干すと、プリームムは立ち上がった。
 「ありがとう、ゲンドウ。君は僕に対しては他人行儀な言葉をかけてこなかった。知識としてしか知らないけど、君は僕の事を友として認めてくれたんだと思っている・・・僕にはもう思い残す事は無い」
 「・・・僕も忘れないよ。プリームムという友達がいた事を。僕が生き続ける限り、君の事は絶対に忘れないよ」
 「・・・ありがとう。もし幸運があれば、また会おう」
 踵を返し、立ち去るプリームム。そんなプリームムを見送りながら、キョウコが口を開いた。
 「本当に、行かせていいの?」
 「・・・言葉では彼は止まらないよ。かつての僕がそうだったようにね。だから、せめて最期まで見届けるつもりだよ。プリームムという一個人の生き様を」
 「そうね、アタシ達にはそれしかできないしね」
 人混みに消えていく背中に、2人はずっと視線を注ぎ続けていた。

完全なる世界コズモエンテレケイアside―
 「・・・どうしても行くと言うのかい?」
 「はい。現在、我々『完全なる世界コズモエンテレケイア』は壊滅的なまでに戦力低下を引き起こしております。一般兵は魔族の召喚によって補う事は出来ます。しかし幹部級魔法使いを補うとなると、事は簡単ではありません。特に紅き翼アラルブラと戦うには、幹部級魔法使いの数が勝敗を決めると言っても過言ではないでしょう」
 プリームムの進言に、造物主ライフメイカーが重々しく頷いてみせる。紅き翼アラルブラとの小競り合いが始まって数ヶ月。戦力・経済力ともに低下の一途を辿り、秘密組織で有るにも関わらず実在の組織として世界中から認識され、遂には魔族に頼らざるを得ない状況に陥っているのは事実であった。
 何より問題なのは、幹部級魔法使いの減少である。紅き翼アラルブラとの小競り合いの最中に戦死したメンバーは、両手の指を軽く超えている。今や残った幹部級メンバーの数こそ、両手で数えきれるほどしかいないのであった。
 「このままでは、こちらの負けは濃厚と言わざるをえません。この状況を覆す方法を考えて参りましたが、最早、賭けに出ざるを得ないと判断致しました」
 「何をするつもりだい?」
 「どうか、出撃の御許可をお願い致します。その一言だけで、十分です」
 プリームムが具体的に何をしようとしているのかは、造物主ライフメイカーにも分からない。だがその結果、プリームムが受け入れる事になる運命については、正確に察する事が出来た。
 「プリームム、君1人が全てを抱え込む必要は無いんだ」
 「いえ、これは必要な事なのです。このまま手を拱いていても、状況が改善される事はありません」
 「・・・分かった。せめて魔族兵だけでも連れて行くと良い。あれはいくらでも補充できるからね」
 深々と頭を下げると、プリームムは踵を返す。そして会話をずっと黙って聞いていたテルティウムに顔を向けた。
 「マスターの事は頼んだよ、テルティウム」
 「・・・分かったよ」
 「ありがとう。じゃあ行ってくる」
 まるで遊びにでも出かけるかのような気安さすら感じさせる言葉を残して、プリームムは謁見の間を後にした。そんな同胞の背中が視界から消えた所で、プリームムが口を開く。
 「彼を行かせてしまって宜しかったのですか?」
 「・・・1人の人間が決めた事。あの子はもう立派な人間だ」
 「良く意味が分からないのですが・・・」
 首を傾げるテルティウム。自身を『人形』と公言して憚らない彼にしてみれば、主の言葉は全く理解出来なかった。
 「テルティウム。忘れてはいけないよ。プリームムという名の兄弟がいた事をね」
 「・・・はい。了解致しました」

紅き翼アラルブラside―
 ゲンドウ・キョウコと分かれた一行は詠春に弟子入りしたクルトを新たに仲間へと迎えて、旅を続けていた。
 その途中、アリカを王位へ就ける為に事実上のクーデターを起こしたり、義勇軍へと姿を変えたリカード提督と会談を行ったりと、忙しい日々を送っている。
 そんなある日の事、王宮の中庭でアリカに午後のお茶に付き合わされていたナギは、視界の片隅に気になる物がよぎった事に気づいて、ティーカップを下した。
 「姫さん、下がってろ。どうやらお客様のようだぜ?」
 その言葉に、アリカが抜剣しつつ後ろへ下がる。
 「そんなに警戒しなくても良いよ。今日は挨拶に来ただけだからね」
 「挨拶だと?」
 「そうだよ。僕の名前はプリームム。君達の敵、そういえば理解できるだろう?」
 「その敵とやらが、一体、何の用だってんだ?」
 「・・・ナギ・スプリングフィールド。紅き翼アラルブラの中心人物である君に、決闘を申し込む。場所は郊外にある荒野で良いだろう。君の仲間を退屈させないように、魔族も用意しておいてあげるよ」
 プリームムの言葉に、ナギが不敵な笑みを浮かべる。それはとっておきの玩具を見つけた子供のような笑みであり、肉食獣の如き獰猛な笑みでもあった。
 「おもしれえ。何を考えているかは知らねえが、その挑発、乗ってやるぜ!」
 「では今晩、月が中天にかかる頃に待っているよ」
 そう告げると、プリームムは踵を返して立ち去っていく。その姿にアリカが『曲者を捕えよ!』と叫びそうになったのを、ナギが咄嗟に止めた。
 「姫さん。放っておいてやれ」
 「じゃが、ナギよ!」
 「姫さんは、俺の事が信用できねえか?姫さんの剣であり、盾でもある俺の事がよ?」
 そこまで言われてしまっては、アリカには反論出来ない。
 「心配ねえよ、俺は最強の魔法使いだからな」
 「・・・フン」
 鼻を鳴らすと、アリカは少し乱暴に椅子に坐り、紅茶をグイッと飲み干してみせた。

その日の深夜―
 ナギ・ラカン・詠春の3人は、他のメンバーを残したままプリームムに指定された荒野へとやって来ていた。
 半月が中天で煌々と輝く中、プリームムはただ1人で荒野の中にポツンと立っていた。その姿は戦いを前にした者とは思えないほどに、静かな気配しか漂わせていない。
 「待たせたか?」
 「いや。そうでもないよ。こんな月が綺麗な夜、ただ見ているだけで時間が経つのを忘れてしまう。そうは思わないか?」
 「・・・随分、毛色が変わってやがんな。お前、本当に完全なる世界コズモエンテレケイアかよ」
 ナギの言葉に、プリームムが小さく笑う。
 「本当だよ。僕は完全なる世界コズモエンテレケイアの一員だ。ずっとゲンドウを見張っていたから、君達とは初対面だけどね」
 「あいつを見張っていた?」
 「そうさ。彼は有能ではあるが、能力がある事と信用できるかどうかは別問題だ。だから僕がお目付役として、彼の所に派遣されていた。ただそれだけの事だよ。もっとも彼は黒でありながら、大義名分と他組織との戦力バランスを操作して、僕達の追及から逃れ続けた挙句に、最後まで灰色という立場を無理矢理貫き通したけどね」
 『あれはもうゴリ押しどころか、殴りつけて無理矢理言う事聞かせるようなイジメっ子だよ』とプリームムがクスクスと笑う。その笑みは本当に楽しそうな物だった。その綺麗な笑顔から、ナギ達はゲンドウが完全なる世界コズモエンテレケイアに殺された訳ではないのだと察する。
 「お前はナギに決闘を申し込んだと聞いたが、それは1対1サシで勝負がしたいって事だな?」
 「そうだよ」
 「そうかそうか、分かったぜ。おいナギ、邪魔はしねえからキッチリ勝ってこいや」
 ドカッと胡坐をかいて傍観に回るラカン。その隣に、詠春も同じように腰を下ろす。
 「最強無敵の俺様が負ける訳がねえだろ!てめえらは黙って見ていやがれ!」
 「加勢はしないのか。ならばこちらも加勢は引かせよう。さあ、始めようか」
 「おい、待てや。てめえ、もう1度名乗りな?キッチリ覚えておいてやるからよ!」
 「プリームム」
 そう呟くと、プリームムは軽やかに大地を蹴りつつ、ナギ目がけて走りだした。

 月下の荒野で始まった決闘。それを見届けるのは最強の傭兵と最高の剣士。だが他にも見届け人は存在していた。
 「遂に始まったわね。もう止める事は出来ないわよ?」
 「・・・だろうね。でも僕は止めるつもりはないよ。僕は最期まで見届けると決めたんだから」
 敵味方に分かれつつも、奇妙な友情で結ばれた友を、ゲンドウはサングラス越しに見つめていた。
 「それにしても、僕はとことん友達とは縁遠いみたいだ。こうして、また失う事になるんだから」
 自嘲するゲンドウに、キョウコが複雑な視線を向ける。
 「プリームム。君の姿を最期まで見届ける。それが僕が君に対して出来る、唯一の事だから・・・だから邪魔は許さない」
 激突する魔法の余波を肌で感じながら、ゲンドウが厳しい口調を自分の肩越しに投げかける。すると夜闇の中から、見覚えのある人影が姿を現した。
 「それは僕と戦うと言う意味なのかな?」
 「そうだ。プリームムは僕の数少ない友達だ。その誇りを踏み躙る奴は、須く僕の敵と断定する」
 『私』ではなく『僕』という一人称を使うゲンドウ。だがそれを使うという事は、それだけゲンドウがプリームムに対して嘘偽りの無い感情を抱いている証とも言えた。
 「友達だったら、助けるのが一般論だと思うんだけど。人間というのは、よく分からないよ」
 姿を見せたテルティウムは、ゲンドウとキョウコに対して全く警戒せずに、その横に移動してきた。そしてゆっくりと腰を下ろす。
 「ねえ、1つ教えてほしい。君は本当にプリームムを友達だと思っているの?彼や僕は人形―あの御方の意に従って動く、単なる人形でしかないと言うのに」
 「出自など、僕には関係ない。プリームムは僕にとって友達だった。それだけが大切な事実だ」
 「・・・よく分からないよ、君の言っている事は。道具に感情移入するなんてね」
 眼下で繰り広げられる魔法使いの激突を見つめながら、テルティウムが呟く。だがゲンドウはそれに言い返そうともしない。
 「しかし、不思議だな。プリームムにはあれほどの戦闘力は備わっていなかった筈なんだが」
 「そうなの?」
 「彼は僕達アーウェンルクスシリーズの長兄―プロトタイプと言うべき存在だ。だから能力も、僕のような後継よりも低く設定されている。僕達は改良されているからね。それを考慮すれば、ナギ・スプリングフィールドと互角に戦う事なんて出来ない筈なんだ」
 キョウコの疑問に答えを返しつつ、テルティウムが不思議そうに呟く。だが実際に、プリームムはナギと互角の魔法勝負を繰り広げていた。
 「・・・だが結果は目に見えている。プリームム、君は何の意味もなく死を迎える。どうして、こんな愚かな真似をしたんだ。僕達はあの御方の為に、存在する事を許されているんだ。こんな犬死なんて、もっとも拒絶すべき事のはずだ」
 テルティウムの言葉通り、プリームムが徐々にナギに押されていく。それは2人の間に決定的な差として存在する物―戦闘経験の差であった。
 そして一瞬の隙をついて接近戦に持ち込んだナギの拳がプリームムを捉えると同時に、プリームムは口から血塊を吐き出しつつ大地に崩れ落ちる。
 大地にうつ伏せに崩れ落ちたプリームムを見下ろしながら、ナギは肩で息を切らしながら立っていた。プリームムのの実力と気迫は、間違いなく強敵と言えた。
 「おい、てめえ。まだ生きてんだろう?最後に教えろ。どうしてそんなにぎこちない戦い方をしやがった?怪我でもしていやがったのか?」
 「・・・僕は・・・怪我なんてしてない・・・これが僕の・・・実力・・・」
 観戦に回っていたラカンと詠春の2人もプリームムの違和感には気づき、眉をひそめながら近づいてきた。
 「プリームム、と言いましたね。ひょっとして貴方は実戦経験が無いのですか?考えてみれば、貴方はゲンドウ殿の見張りをしていたと言っていた。もしかしたら・・・」
 「・・・確かに僕には・・・実戦経験はほとんど無い・・・後継たる弟妹を生み出すための試作品に過ぎないからね・・・でも、そんな事はどうでもいい・・・僕は戦場に立った・・・自分の意思で・・・それだけが事実だ・・・」
 全力を込めた両腕で己の体を支えながら、プリームムは必死に立ち上がろうとする。そして戦闘を続行しようとする姿に、ナギ達は言葉も無い。
 「まだだ、このまま終わったりはしない・・・この命が果てるまで・・・僕は!」
 だが言葉とは裏腹に、再び崩れ落ちるプリームム。同時に限界がきたのか、大きな喀血をしながら激しく咳込んだ時だった。
 「プリームム、君は十分に戦った。もう戦わなくて良いんだよ」
 「・・・ゲンドウ?どうして・・・ここに・・・」
 「プリームムという1人の人間の生き様を見届ける為。そして、その最期を看取るためだ。君は言葉で止まるような人間ではないからね」
 「そうか・・・」
 プリームムはゲンドウが掬いあげようとするのを拒絶すると、歯を食い縛りながら全力を込めて立ちあがろうとする。
 「僕は自分の足で立てる・・・」
 「・・・うん、最期まで見届けるよ。でも君の友達として、肩を貸すぐらいは許してくれるだろう?」
 「はは、そう言われたら断れないよ・・・ありがとう、ゲンドウ」
 ゲンドウの肩に体重を預け、プリームムが一息吐く。同時に、再び喀血した。
 「すまない、服を汚してしまった・・・」
 「そんな事は気にしない。それより、最後に何か望みはあるかい?」
 「・・・1つだけ、1つだけ訊きたい事がある。ゲンドウ、君は何者なんだい?君は誰なんだい?僕は、どうしてもそれが気にかかっているんだよ」
 その言葉に、ゲンドウを不安そうにキョウコが見やる。
 「君の体に触れて分かったよ・・・教えてくれるかい?」
 「・・・一言では言い表せないよ。ただ、求めているんだ。僕とキョウコが戦うべき場所をね。無鉄砲な弟妹達を守る為に」
 「守る為、か・・・ゲンドウ・・・君が・・・本懐を果たす・・・ことが・・・」
 「・・・プリームム?」
 全員の視線が、プリームムへと注がれる。だが既にプリームムは事切れ、その生命活動の全てを止めていた。
 「・・・プリームム、君は1人の人間として全てを賭して戦った。その事を伝えに行こう・・・」
 ゲンドウが懐から符を取り出して、鳥の式神を作る。その上に、プリームムに肩を貸したまま乗った。
 「僕は彼を送り届けてくる。彼が眠るべき場所へ、ね。問題は無いだろう?」
 「・・・好きにしろよ」
 「ああ、ありがとう。キョウコも来てくれ、このまま終わるとは思えないからね」
 小さく頷いたキョウコが後ろに乗った事を確認すると、ゲンドウは墓守人の宮殿目指して式神を飛ばした。

墓守人の宮殿―
 テルティウムによるプリームムの敗北の報せは、瞬く間に完全なる世界コズモエンテレケイアに広まった。上級幹部の1人である彼の戦死は、大きな動揺をメンバー達に与える事になった。
 その動揺は、ゲンドウがプリームムの遺体に肩を貸したまま登場した事により、最高潮に達する事になる。
 セクンドゥムやドゥナミスの敵意に満ちた視線の中を、堂々と歩くゲンドウ。その真横を、キョウコがやはり胸を張って歩いていく。
 そして謁見の間へと辿り着くと、既にそこには造物主ライフメイカーが待ち受けていた。
 「ゲンドウ、プリームムを連れてきてくれてありがとう。あの子の同胞として感謝するよ。彼の最期を聞かせて貰えないだろうか?」
 「・・・プリームムは1人の人間として、全てを賭して戦った。お前達を守る為に、その命の全てを費やして戦った。私が言える事は、ただそれだけだ」
 「・・・そうか、教えてくれて感謝する。プリームムが好きだった場所へ案内しよう。せめてそこで眠りに就かせてやりたい」
 造物主ライフメイカーの後に続くゲンドウとキョウコ。移動した先は宮殿の外れである。墓守人の宮殿は空中宮殿なのだが、彼らがいる場所は真下は足がすくむほどの断崖絶壁という場所であった。
 そこにはテルティウムが既に姿を見せており、その足元には人1人分を埋められるだけの穴が掘られている。
 静かにプリームムを横たえるゲンドウ。そしてゆっくりと土がかけられていく。
 プリームムを埋め終え、短い黙祷を捧げたゲンドウに、造物主ライフメイカーが語りかけた。
 「ゲンドウ、君はこれからどうするんだい?やはり紅き翼アラルブラの側に着くのかな?」
 「・・・私は私の心が命じるままに動くだけだ。だが魔法世界の救済。せめてそれだけは叶えてやらなければ、プリームムの死の意味が無くなってしまう」
 「そうか・・・だが、ここはあの子の顔を立てよう。今回だけは例外だ、ただし次に会う時は」
 「分かっている。では、さらばだ。今度会う時は、敵として現れる事になるだろうな」
 踵を返すゲンドウ。造物主ライフメイカーが見送る中、ゲンドウはキョウコとともにその場から立ち去った。
 その背中を見つめながら、テルティウムが口を開く。
 「良いのですか?今ならば倒せると思いますが」
 「今回だけは例外だよ」
 「分かりました。ですが・・・」
 「それぐらいは彼も覚悟の上だろう。それは彼が仮契約相手パートナーを連れてきている事を見れば分かるさ」
 
 墓守人の宮殿を、心持ちゆっくりと歩くゲンドウとキョウコ。その前に2つの影が立ちはだかった。
 「よくも顔を出せたものだな、この裏切り者が!」
 怒声を上げたのはセクンドゥムとドゥナミスである。2人とも、既に戦闘準備は済ませており、いつでも戦える状態にあった。
 「・・・キョウコ。我慢しなくて良いからね。流石に今回は、僕も本気で怒っているからさ」
 「任せなさい。あっちのソックリなのは、アタシが受け持つわ・・・来れアデアット!」
 セクンドゥムを睨みながら、キョウコが方天画戟万夫不当を呼びだす。その横では、符を構えたゲンドウがドゥナミスに対峙した。
 「くらえ!」
 先制攻撃を仕掛けたのはキョウコである。一瞬で間合いを詰めると同時に、フルスイングで方天画戟をセクンドゥム目がけて叩きつける。その一撃に込められていた破壊力を知らないセクンドゥムは正面から受け止めようとし、当然の如く受け切れずに近くの壁へと叩きつけられていた。
 轟音とともに朦々と立ち込める土埃。だがセクンドゥムは、これぐらいでノックアウトするほどには弱くは無い。造物主ライフメイカーが全ての面において最高レベルの実力を設定した、最強のアーウェンルクスシリーズである。
 「この程度で俺を殺せると思うな!」
 「ハッ!だったらミンチにしてあげるわよ!」
 「黙れ!ガキの分際で!」
 雷の魔法を操りながら接近戦を挑んでくるセクンドゥムを、キョウコが迎撃する。雨霰と降って来る魔法の矢を、掻い潜りながらキョウコが方天画戟を一閃。その一撃を躱わしつつ、無詠唱・雷の斧を発動させるセクンドゥムだが、雷の斧が着弾する前にキョウコはその場から飛び退っており、命中には至っていなかった。
 「ええい!ちょこまかと!」
 更に頭に血を上らせるセクンドゥム。一方でドゥナミスもまた、影を自身の体に纏わせる幹部形態へと姿を変えていた。
 「くらえい!」
 右拳が轟音とともに突き出される。その一撃をゲンドウは飛び退りながら躱わすと、ヒュッと符を投じる。
 符は音も無くドゥナミスの体に触れ、瞬時にして影を雲散霧消させてしまった。
 「なんだと!?」
 「魔法に頼らなければ肉弾戦を挑めない程度の力量で、私に勝てるとでも思っているのか」
 「ならば!」
 自身の肉体への魔力供給による肉体強化と、身に付けた格闘術だけを頼りにドゥナミスが接近戦を挑む。その攻撃をゲンドウは躱わそうともしない。
 拳がゲンドウの顔面に突き刺さり、ゲンドウは木っ端微塵に顔面を粉砕された。
 「!?」
 思いがけない展開に、驚愕のあまり体を強張らせるドゥナミス。目の前には首から上を失ったゲンドウが立っている。だがその頸部からは、噴き出る筈の鮮血が一滴も流れない。それどころか頭部を失ったゲンドウは、そのままドゥナミス相手に拳による乱打戦を挑んできた。
 軽いパニックに陥ったドゥナミスは、防御だけで手一杯である。だがその隙を突いて、ゲンドウがドゥナミスにベアハッグを仕掛けた。
 「き、貴様・・・何者ゴブアアアア!」
 ドゥナミスの口から吐き出された血塊が、頭部を失ったゲンドウを紅に染め上げる。その原因であるドゥナミスは胴体を貫かれていた。
 ドゥナミスの背中から突き出ているのは、漆黒の鱗に包まれた異形の腕。その腕は、ゲンドウの左脇腹を突き破って出現している。
そして漆黒の鉤爪と言うべき手には、湯気と鮮血を滴らせる内臓―腸がギリギリと掴まれていた。
 「・・・愚か者に答える名前など持ち合わせてはいない」
 ゲンドウの内部から聞こえてきた答えに、ドゥナミスが気付いた時には遅かった。ゲンドウの前腹部が爆発を起こすと同時に、ドゥナミスが爆発の威力で内臓を引きずり出されながら吹き飛ぶ。だがドゥナミスの被害はそれだけではない。
ドゥナミスの体は無数の穴が開き、背後へと何かが貫いていた。もし旧世界の兵器に詳しい物がいれば、原因がM18クレイモア―加害範囲60°有効加害距離50mという指向性対人地雷である事に気付いただろう。
どう考えてもドゥナミスの復帰はあり得ない。それを確信しているのか、クレイモアに巻き込まれながらも、全く無傷のままの異形の腕が内臓を手放す。
 「ドゥナミス!」
 「隙あり!」
 セクンドゥムが油断に気付いた時は手遅れだった。方天画戟はセクンドゥムを捉え、石壁に轟音とともに叩きつけた。
 濛々と立ち込める土埃。だが立ち向かってくる気配は全く感じられない。
 恐らくはドゥナミスの救助と戦闘続行を天秤にかけ、前者を取る為に撤退したのだろうとキョウコは推測しながら武器をカードに戻した。
 「でも良かったの?殺さなくて」
 「暗殺では意味が無い。当分、動けなくしただけで十分だ。彼らには、敗残者としての役割を背負って貰わないといけないからね」
 頭部を破壊され、体の全面が吹き飛んだゲンドウの体内から子供が姿を見せる。
 「・・・変わったわね、アンタ。でもいいわ、それでもアタシはアンタについていってあげるから」
 キョウコの前に立っているのは、やはりキョウコと同い年に見える大人しそうな子供である。ただ、その左腕は肩から先が漆黒の鱗に包まれた異形の腕であった。
 明らかに人の腕では無い。その正体は、黒の竜鱗に包まれた異形の腕―人外の力を秘めた凶悪な義手である。
 いまだ鮮血を滴らせる義手を全力で振り払う。すると豪風とともに、壁にドゥナミスの返り血がペンキでもぶちまけたかの様にビシャッとかかった。
 「行こう。これからが大詰めだ。ヘラス帝国宰相として、やらなければならない事が山積みだからね」
 「OK、アタシは彼らと行動を共にするわ。帝国と実験については任せるわよ」
 「分かってるよ、それじゃあ行こうかアスカ・・・
 「そうねシンジ・・・
 墓守人の宮殿から立ち去る2人。だが最後にシンジは、もう1度だけプリームムが眠る場所へと目を向けた。
 「見てて、プリームム。この世界は必ず救ってみせるから」

これから2ヶ月後、墓守人の宮殿において造物主ライフメイカーこと始まりの魔法使いと、千の魔法使いサウザンドマスターナギ・スプリングフィールドが激突する事になる。この激突の後、アリカは稀代の犯罪者として2年間の牢獄生活にはいり、オスティアに囚われていたアスナ姫は解放され、ナギ達と行動を共にする事になる。
そして2年後、紅き翼アラルブラが準備していたアリカ王女救出作戦が行われ、アリカは表向き処刑された事になったまま世界から消えた。
この作戦には、オスティア上層部に巣食っていた完全なる世界コズモエンテレケイアシンパを一網打尽にする事も目的であったのだが、代償としてアリカの名誉は失われたままであった。
 この結末に、幼いクルトは義憤を燃やして一行と決別。そのままメガロ・メセンブリアへと向かい、政治家としての道を歩む事になった。

ヘラス帝国内、ゲート―
 この日、皇帝権限を用いてゲートは厳重な管理下に置かれていた。
 この場にいる主なメンバーは皇帝マイクロフト、第1皇女カミュ、第3皇女テオドラ、近衛騎士団長キリル、バウンティハンターギルドヘラス帝国支部支部長セシリアである。更にはアリアドネー魔法騎士団長メリルと次期騎士団長と目されるセラス、軍を辞めて政治家の道を歩み出したリカード、旧世界へと戻ったナギと違い魔法世界に残ったラカンも集まっていた。そして彼らの前には年齢詐称薬を解呪し、本来の年齢通りの姿に戻ったシンジとアスカが立っていた。
 2人とも現在の年齢は19歳。アスカは紅茶色の髪の毛をポニーテールに纏め、勝ちきそうな瞳は健在のままである。前衛とは思えないほど軽装な姿だが、その体の至る所に魔法による防御効果を秘めたアクセサリーが散りばめられている。
 一方のシンジは黒髪を後ろで束ね、中性的な容貌は大人びてはいるものの、それでも男らしい容貌とは無縁なままである。竜鱗の義手は剥き出しのまま、特注で作った狩衣に身を固めていた。
 「皆さん、今までありがとうございました。僕達はこれから、本来戦うべき場所へ戻ります。18年後、必ずお会いしましょう」
 「やれやれ、これで宰相職は18年間空位決定だな」
 「ギルドの支部長もね。これじゃあ引退できないじゃないのよ」
 わざとらしく肩を竦めるマイクロフトとセシリアに、周囲から失笑が漏れる。
 「まあ良いさ。18年後、楽しみに待ってるぜ。嬢ちゃんともその時再勝負だ」
 「今度は地べたに這いつくばらせてやるわよ、覚悟しておきなさい!」
 ラカンがニヤリと笑うとアスカと拳を合わせる。
 「ゲンドウじゃなかった、シンジ!」
 「呼びやすい方で良いですよ。テオドラ殿下」
 「そうか、じゃがその顔の時はシンジと呼ぶのじゃ。ゲンドウとは似ても似つかぬからのう」
 テオドラの遠慮の無い一言に、後ろで静かにしていたリカードとメリルが小さく噴く。その傍らではカミュとキリルが必死に笑いを堪えていた。
 と言うのも、ゲンドウの顔と名前は実父の物を借りていた、とシンジから聞かされていたからである。
 当然の如く『嘘だああああああ!』いう感想が上がったのは言うまでもない。
 「リィナ殿下の件は心配なさらないで下さい。臓器移植の件に関しては、必ず約束を果たします。全てが終わった後、最高の医療技術者を連れて治療に伺います」
 「うむ。姉上を助けてくれ。妾には何も出来ぬのじゃ」
 「ええ、約束します。安心してお待ち下さい」
 頭を撫でられ、安堵したのかテオドラが満足そうに頷く。
 「陛下、カミュ殿下。改めて長い期間の御協力に感謝致します」
 「ああ、気にする事は無い。お前のおかげでリィナにも希望が持てるのだ。感謝するのはこちらの方だ」
 「陛下の仰る通りです。宰相殿、それからアスカ殿。御武運を」
 最後の別れを済ませ、シンジとアスカがゲートの中央部へと向かう。
 「では、始めるぞ。研究班に合図を!」
 ゲートに蓄えられた魔力が動き出す。これから始まるのは、ゲートを利用した時間転移。シンジとアスカを18年後の世界へ戻し、ネギ達の元へと返す為の儀式であった。
 儀式は順調に進む。その儀式の中、シンジは小さな違和感に気付いた。
 ゴソゴソと懐を探るシンジ。その元凶は、意外な物であった。
 「これは・・・仮契約カード?」
 かつて超と契約した仮契約カード。それが反応していたのである。同時に怒号が響いた。
 「儀式中断!すぐに止めろ!」
 「変です、緊急停止装置は動いているのですが、止まりません!」
 時間転移の儀式は、シュミレーションとは違う経緯を経ていたのである。その危険性にマイクロフトが咄嗟に儀式中断の指示を飛ばしたのだが、儀式は止まらない。
 「2人とも!すぐに逃げろ!」
 「・・・いえ、続けて下さい!僕の勘ですが、呼ばれているようなんです!そのまま続けて下さい!」
 「宰相殿!」
 やがて光に包まれるシンジとアスカ。そして光が消え去った後には、2人の姿はどこにも存在していなかった。

Interlude―
 『あの2人が君達とは2度と会えない理由。それは彼らが時を飛んだからだよ。かつてヘラス帝国で研究されていた、ゲートを利用した時間転移技術。何故か当時の皇帝命令によって研究資料は封印されていたけど、研究員にとってみれば世界に名前を売るほどの成果だ。だから皇帝命令に納得出来なかった研究員もいた。僕達はそんな者達に接触し、今回の罠に役立てた』
 シンジとアスカの身に起きた真実をネギから聞かされた白き翼アラ・アルバメンバーは言葉を失っていた。
 単に遠くに行っただけなら、合流は出来た。だが時間という壁が相手では、簡単に合流とはいかない。
 シンジは一行のお目付役であり、兄的存在。アスカは付き合いこそ短いが、悪い人間では無い事は誰もが知っている。
 だからこそ、2度と会えないという事実に気を落とす者が続出した。
 義妹である木乃香は肩を落とし、同じく強いショックを受けながらも気丈な刹那に慰められている。ショックで床に座り込んだハルナは、のどかが懸命に励ましている。楓はシンジを助けられない事に苛立ちを感じ、ギリギリと歯を噛みしめていた。
 「・・・ネギ、あんたは大丈夫なの?あまり気落ちしていないようだけど」
 「・・・ショックはあります。でもシンジさん達なら、何処に行っても死ぬ事はありませんから。だって、元・神様なんですよ?それに、シンジさんと2度と会えない訳じゃありませんし」
 ネギの言葉に、一同がハッと顔を上げる。
 「全てが終わったら、ヘラス帝国へ向かって時間転移技術の資料を借り受けましょう。そしてこちらから、シンジさん達を迎えに行くんです!それなら問題解決でしょう?」
 「そ、そうやな!こっちから迎えに行けばええんや!」
 「そうだね、まだ望みはあるんだ!」
 気力を取り戻した木乃香とハルナ。特にハルナの横には、まるでハルナを励ますかのようにアベルが小さく唸り声を上げていた。
 「それなら、早く問題を解決しないといけませんね。まずは大河内さん、村上さん、和泉さんを奴隷から解放する事。その為に拳闘大会に優勝する事・・・」
 「はい、そうです。その後はアーニャや夕映さんを見つけて、完全なる世界コズモエンテレケイアの問題を解決しないといけません!やる事はたくさんあります!」

Interlude PartⅡ―
 「・・・ここは」
 頭を左右に振りながら、シンジは身を起こした。隣にはアスカが同じように、周囲を見回している。
 視界に飛び込んでくるのは、瓦礫と廃墟の街並みであった。まるで戦争直後である。
 「アスカ、怪我は無い?」
 「アタシは問題無いわ。それより、アタシ達はどこにいるのかしら?」
 しかし現在地を示すような物は何処にも無い。途方に暮れかけた、その時だった。
 「妙な反応があたから来てみれば、これは思いがけない珍客ネ」
 「その声・・・」
 思わず振り向くシンジ。声の持ち主は、瓦礫の山から飛び降りると、シンジ達の前に静かに着地してみせた。
 腰まで届く長い黒髪と、ぱっちりした目が特徴的な20歳前後の美女である。
 「どうして貴方がここにいるネ?我が仮契約パートナー殿?」
 そこにいたのは、美しく成長した超鈴音その人であった。



To be continued...
(2012.11.03 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は紅き翼アラルブラ編最終話でした。内容について言うのは野暮なので、代わりに補足を。
 シンジの変装についてですが、基本は2パターンです。
 1つは年齢詐称薬で子供になり、その状態でゲンドウ人形の中に入る方法。こちらがシンジにとっては戦闘バージョンと呼ぶべき物で、戦闘が予想される時はこの状態になります。メリットは内部から糸で操る事で戦闘を可能に出来、更には竜鱗の義手と対人クレイモアという2つの隠し武器を用意できる点。デメリットは力の有る者が触れると人形だとバレル点です。これはプリームムが気づいています。
 もう1つは最も基本的な変装。こちらは年齢詐称薬を使わず、純粋に変装するという物です。メリットは触れられても魔法的な要素からバレナイ事(純粋に変装技術を見破られれば終わりですが)。デメリットは戦力の激減。この状態で戦闘に入ると、戦闘中にゲンドウ人形を指輪から呼ぶ事になるので一発で正体がバレますしねw隠し武器も普段は使えませんし、かなり戦力ダウンです(この時は義手も外装を着ける事で誤魔化します。長袖とか手袋が一般的です)。こちらは宰相として事務作業中とかがメインです。あとは例外的にヘラス帝国の暴走3将軍を暗殺した時でしょうか。この時はスッピン→女装→幻術で変装という手順だった訳ですが。
 ただ多少の矛盾はあると思いますが、その辺りは笑って流してください。よくあるミスですのでw
 話は変わって次回です。
 トラブルにより未来へと飛んでしまったシンジとアスカ。2人が辿り着いたのは超が生きる時代、西暦2130年。
 量産型エヴァンゲリオン打倒の為、超に手を貸す事にしたシンジとアスカは、状況を打破するヒントを見つける為、第3新東京市―NERV跡地へと向かう。
 そこで彼らを待っていたのは・・・
 そんな感じの話になります。
 それでは次回、未来編前編も宜しくお願い致します。



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