正反対の兄弟

第六十三話

presented by 紫雲様


オスティア総督府、舞踏会―
 オスティア総督クルトが主催する舞踏会。そこに招かれたネギ達。そしてネギの知らない所で、シンジからの依頼を受けたメンバーも会場へやって来ていた。
 「・・・旨いな、これ。アイシャ、食ってみろよ」
 「あら、本当。でも、スイーツなんて食べるのが勿体ないぐらい綺麗よ?」
 クレイグとアイシャが料理を堪能する横では、クリスティンとリンが様々なワインを飲み比べて、お互いに批評しあっている。
 名目上はヘラス帝国名義での舞踏会参加である為、舞踏会の時間になるまではのどかの傍には近寄れない―もっともダンスの時間になれば、正面から堂々と近寄るつもりではいるのだが―点だけは悩みの種ではあったが、それでも同じ会場内にいる事が出来た分、動きやすくはあった。
 一方、会場では人混みを壁にして動いている人影もあった。
 (・・・最悪だ。何で、俺はこの事に気付かなかったんだ・・・)
 ウェイター姿で頭を抱えているのはトサカである。最初はトサカも招待客として会場に入る手筈だったのが、致命的な問題を抱えていた。
 トサカ達一行の中には、ダンスを踊る事が出来る者がいなかったのである。
 このアクシデントの為、トサカ達は急遽、給仕役として会場に潜入する事になっていた。しかしネギ達一向の中に、ドレスアップした亜子やアキラ、夏美を見かけて早くも後悔してしまったのである。
 コソコソと移動するトサカ。向かった先は、同じく給仕役を務めるクママの所である。
 「ん?どうしたんだい、トサカ?」
 「・・・バルガスの兄貴にウェイター役、代わってもらえねえかなあ?」
 「馬鹿言ってんじゃないよ!バルガスにウェイターが務まると本気で考えているのかい?」
 筋肉質の長身、スキンヘッドにむこう傷。どこからどう見ても、その筋の者にしか見えないトサカの兄貴分は、ウェイター役を務める事も出来ずに、ヘラス帝国皇女テオドラの護衛役の1人という名目で控室に待機中である。
 「・・・何で俺は、あいつがガキども連れてくる事を忘れてたんだ・・・」
 「亜子の事、忘れてたのかい?全く・・・ちょうど良い、褒め言葉の1つもかけてきてやんな」
 「出来るか、そんな事!」
 その頃会場の外では、同じようにシンジから依頼を受けたジョニー達が愛用の飛空艇で待機していた。そこへ通信が入ってきた。
 『ジョニーさん、通じてますか?』
 「ああ、聞こえるぜ」
 『差し入れを持ってきました。入口を開けて頂けますか?』
 二つ返事で入口を開くジョニー。そこには湯気の立つ料理を持ってきたシンジの姿があった。
 「少し分けて貰ってきました。食べて下さい」
 「おう、ありがたくいただくぜ!」
 早速、トラゴロウとともに御馳走に手をつけるジョニー。料理が瞬く間に減っていく中、シンジは真剣な顔になった。
 「ところで、やはり一騒動起きるのは避けられそうにありません」
 「・・・何かあったのかい?」
 「ええ、実は僕の仲間の1人と連絡が取れなくなっているんです。不意打ち如きで殺せるような人ではありません。恐らくは、結界の中で戦闘中の可能性が高いと思います」
 シンジは小動物の式神を舞踏会場に呼び出していた。その数は合計3体。数だけで見れば心許ないが、麻帆良学園で詠春や千草に修業を受け直す前は1体だった事を考えれば、幾らか進歩したと言える。
 その3体をシンジはネギに1体、会場を見降ろす形で2体配置していた。その結果、ネギから離れたラカンが、フェイトに接触した光景を見かけたのである。
 「奴はフェイト・アーウェンルクス。完全なる世界コズモ・エンテレケイアのメンバーです」
 「・・・なるほどな、でユーナちゃんやマキエちゃんは大丈夫なのか?」
 「別口でフリーの冒険者4人チームを招待客として、拳闘士3人チームを給仕役として彼女達の直接護衛を依頼しています。加えてネギ君や、彼の仲間達もいる。打てる手は全て打ちました。あとは彼らに期待するしかありません」
 シンジの言葉に、ジョニー達も頷くしかない。シンジの素生は良く分からないが、それでも7人もの人間を舞踏会場に送り込む大変さには気づいたからである。
 「では、僕もそろそろ会場へ戻ります。タイミングはお任せします」
 「ああ、任せておけ!」

 少し遠目からのどかを見守るクレイグ達は、後ろから肩を叩かれて振り返った。
 「宰相殿から伝言を預かった。一騒動起きるのは確実、との事だ。預かっていた物を渡すから、ついてきてくれ」
 シンジからの伝言を伝えにきたキリルに、クレイグ達が緊張を浮かべながら素直に後へついていく。着いた先はテオドラの護衛専用控え室である。
 中へ入ると、すでに近衛騎士達は帯剣していつでも戦闘態勢に入れる準備を整えている。例外的に帯剣していないのは、シンジから依頼を受けた拳闘士のバルガス1人である。
 「・・・あんた、昼間にネギ君の所にいた、拳闘士の!」
 「ああ!あん時の冒険者か!」
 この日の昼間、ネギは怪我を負って治療を受けていた。傷を負わせたのはオスティア総督であるクルト。魔を討つ神鳴流の技は闇を力とするネギにとって天敵に等しく、袈裟掛けに斬られた一撃は木乃香の治癒魔法を必要とするほどであった。
 その時、治療していた場に居合わせたのがクレイグ達とトサカ・バルガスである。
 「ふむ、顔合わせの必要はなさそうだな。よし、誰か彼らの武器を」
 近衛騎士の数人が、クレイグ達に預かっていた武器を返却する。
 「宰相殿からの指示を伝える。我々近衛騎士は舞踏会参加者の避難と誘導、護衛を中心に行う。避難ルートについては、そこに張り出した紙を各自確認する様に。それからクレイグ殿達については、宰相殿の指示通りに動いてもらえれば問題ない。これについては皇女殿下も承諾済みだ」
 「分かった。仕事はきっちりやるぜ」
 「ああ、任せろ」
 少し緊張気味のクレイグに、アイシャ達が同意するように頷く。バルガスも両の拳を打ち合わせて、やる気がある事を示してみせた。
 「ではダンス開始とともに作戦に従って行動しろ。開始までは、休憩を認める」
 最後の小休止を利用しての準備に余念がない近衛騎士。そんな騎士達を前に、バルガスが呆れたように肩を竦めてみせた。
 「しっかし、あの坊主が帝国宰相だなんて、騎士団長から聞いた時には驚いたぜ。帝国の宰相といえば、魔法世界でも有名な強面野郎。しかも腕利きのバウンティハンターだったからなあ」
 「・・・そうだったのか?」
 「そうか、お前達ぐらいだと大戦の頃はまだ子供だったのか・・・割と有名だったんだぜ?最強の2つ名を持つバウンティハンターとしてな」
 そんなバルガスの言葉に、近づいてきたキリルが笑いながら声をかけた。
 「今だから笑い話で済むが、宰相殿が初めて登城した時は凄かったぞ?城中が阿鼻叫喚だったからな。ちなみに、これが当時の宰相殿だ」
 キリルが差し出した写真を見たクレイグ達が、頬を引き攣らせる。
 「全然、別人じゃねえか!」
 「後から分かったのだが、この姿は宰相殿が操っていた実の父親に似せた人形だったのだ。本物の宰相殿は、この人形の中に隠れて中から操っていたという訳だ」
 「・・・実の父親ああ!?」
 やっぱり驚いたか、とばかりにキリルが苦笑する。クレイグとアイシャは互いに顔を見合せながら、何度も写真に目を落としていた。
 そこへノックの音が聞こえて、件の帝国宰相が入室してくる。
 「皆さん、準備は・・・って、何かあったんですか?そんなに僕をジロジロ見て」
 「・・・なあ、この写真の人形があんたの父親そっくりって本当なのか?」
 「ああ、これですか。我ながら、素晴らしい出来栄えだと思っています」
 言葉も無いクレイグ達。バルガスも自分を上回る悪党面の実子が、目の前の中性的な美少年と知り、人体の神秘に首を傾げるばかりである。
 「・・・じゃあ、母親はどんな顔なんだ?」
 「僕がショートヘアーに髪型を変えれば、母そっくりになりますよ」
 その言葉に、アイシャとリンが即座に行動を起こす。シンジの背後にまわり、手で髪の毛をショートヘアーっぽく持ち上げる。
 「・・・どう、クレイグ?」
 「・・・マジであんた、男なのかよ?」
 「男なのは間違い無いんですけどね。それでは僕も準備がありますので、失礼します。キリル団長、後の事はよろしくお願いします」
 立ち去ったシンジを見送りながら、クレイグ達は首を傾げたままであった。

舞踏会場―
 音楽が流れる中、ネギとアスナ、小太郎と夏美、クレイグとのどかが躍る中、シンジはアスカや超、真名とともに会場の壁に背を預けてネギ達を眺めていた。
 ちなみに、全員が変装済みである。
 シンジはかつての大戦の際に使った、変装用の魔法具を使って長身の亜人へと姿を変えている。
 アスカは年齢調整薬を使って、20代半ばの美女へと姿を変えている。特徴的な紅茶色の髪の毛だけは、幻影の魔法を被せて黒髪に変わっていた。
 超は1人だけ変装しないままである。これは成人した超であると、事前説明が無い限り誰も気づかないだろうと考えたからである。
 真名はシンジと同様に、亜人へと姿を変えていた。
 「とりあえず、クレイグさん達は近づけたみたいだね」
 「そうね。トサカ達もそれとなく、見物している子達の傍にいるわね」
 シンジとアスカの小声の会話に、超と真名が無言で頷く。そんな中、シンジは自分に近づいてくる気配に気づき、視線をそちらへ向けた。
 数m先、そこにいたのはアベルである。
 「・・・アベル、元気だった?」
 その言葉に、アベルがシンジに飛びつく。そんなアベルの背中を、超がポンポンと叩いた。
 「久し振りネ、アベル。私の事は覚えているカ?」
 ぐるるる、と唸り声を上げながら頷くアベルに、超もまた満足そうに頷いてみせた。
 「アベルありがとう、ずっとみんなを守ってくれて。でも、もう少しだけ頼む。もう少しだけ、彼女達を守ってあげて」
 主であるシンジの言葉に、アベルがコクンと頷く。ちょうどそのタイミングで、ハルナがアベルの姿が消えた事に気づいたのか、周囲をキョロキョロと見回し始める。
 「アベル、彼女に僕の事がバレない内に戻るんだ」
 しかしアベルはシンジにしがみついたまま、手を離そうとしないしない。更にアベルの異形の姿に周囲がざわめきだし、それがハルナにまで伝播する。
 やがて薄いピンクのドレス姿のハルナが数名の仲間とともにシンジ目指して駆け寄ってきた。この事態にシンジは目を丸くするばかりである。
 「ご、ごめんなさい!その子がご迷惑をおかけして!」
 「・・・いや、別にいいよ・・・」
 声でばれない様に、なるべく口数を少なくするシンジ。こんな事になるんだったら、声色も変えておけば良かったと後悔するが、後の祭りである。
 「でも、その子が他の人に懐くなんて初めて見ました。何かしたんですか?」
 「・・・いや、別に・・・」
 「アベル、戻っておいで・・・アベル?」
 アベルはチョコンと地面に降り立つと、シンジとハルナをグイグイと引っ張っていく。引っ張り出された先は、会場のど真ん中である。事ここに到り、アベルの真意にシンジは気がついた。
 (アベル!ハルナと踊らせるつもりなのか!?)
 ここまで引っ張り出されて踊りを断っては、マナー違反以前の問題である。と言うより、シンジは男として失格。ハルナは女性としての面目丸つぶれである。
 「・・・踊って頂けますか?」
 「え、ええ!?私!?」
 キョロキョロと周囲を見回すハルナ。だが級友達は面白そうにニヤニヤと見守るばかりである。それどころか『パル、乗り換えちゃうの!?』と無責任な野次すら飛ぶ始末である。
 「わ、私ダンスなんて知らないんですけど・・・」
 「リードします」
 少し強引にダンスを開始するシンジ。ハルナもオロオロしていたが、一度始めてしまえば途中降板する訳にもいかず覚悟を決める。
 (・・・今ほど、完全記憶があって良かったと思った事はないよなあ)
 これまでに踊っていた参加者達のダンスを思い出しながら、比較的ゆっくりめのダンスを踊るシンジ。踊るスピードがゆっくりなので、ハルナもシンジの拙いリードではあっても何とか合わせる事が出来ていた。
 一方、突然の展開にハルナは目を丸くしていた。ダンスを申し込まれるだけなら、まだ良かった。だがアベルに見知らぬ男とダンスを強制される等、想像出来る訳が無い。
 結果として、ハルナは混乱しながらも必死で足を動かす。そのせいか、ずっと視線が足元を向いており、周囲から見れば素人だと丸分かりである。だがそんな事に気付く余裕等彼女には無い。
 だから、自分がグイッと抱き寄せられて密着状態になった時には、状況を理解出来ずに頭の中が真っ白になっていた。
 級友達が歓声を上げる中、ハルナも思わず叫びそうになり―
 (足元を見ないのはダンスの基本)
 小声で呟かれた声に、ハルナが慌てて足元を見るのを止める。
 (音楽に合わせて動いて。こちらが合わせます)
 その言葉に、ハルナはまるで睨みつけるかのように顔を上げる。そんなハルナに内心で苦笑しながら、シンジは笑顔を作りながらリードして行く。
 やがて音楽が静かに終わる。
 「ありがとうございました」
 「・・・いきなり抱き締めるのはマナー違反ではないんですか?」
 「ショック療法ですよ」
 あまり長く話すとばれかねないと判断したシンジは、必死で話を切り上げようとするが、ハルナにしてみれば見知らぬ男に抱きしめられたのだから、怒り心頭なのも仕方ない。
 さて、どうやって解決しようかと困り果てたシンジだったが、背後からポンポンと肩を叩かれて反射的に顔を向ける。
 「次はアタシよね?勿論、断ったりはしないわよね?」
 「・・・分かったよ」
 「よろしい。悪いけど、こいつ借りるわよ」
 半ば力づくでシンジを連行するアスカ。2回連続で踊るシンジは、窮地を凌いでくれたんだからと考えを切り替えて、アスカ相手に踊りを開始した。
 一方、糾弾しようとした相手を強制連行されたハルナは、怒りの矛先を失いワナワナと震えている。そんな彼女の足下で、アベルが『ぐる?』と首を傾げた。
 「アベル?覚悟は出来ているんでしょうね?」
 脱兎の如く逃げだし、楓の陰に隠れたアベルの姿に、周囲の少女達から笑い声が上がる。
 「ハルナ、乗り換えは失敗?」
 「誰が乗り換えると言ったのよ!」
 「ごめんごめん、でも割と良い男だったじゃん?」
 言われて、改めて振り返るハルナ。視線の先では、変装したアスカとシンジが、阿吽の呼吸のようにリズムを合わせて踊っている。この辺りは、かつてのユニゾン作戦の面目躍如である。
 そんな2人の姿に、怒りを感じていた筈のハルナに、複雑な感情が湧きおこる。
 「パル、どうして泣いてるの?」
 近くにいたまき絵に指摘されて、初めて自分が泣いていた事に気がつく。
 「あれ?何で?どうして?」
 「・・・大丈夫?からかい過ぎちゃった?ごめんね?」
 「ううん、私は大丈夫だから・・・」
 ボロボロと止まらない涙の理由を理解出来ずに、ハルナは困惑するばかりである。そんなハルナの足下にアベルが近寄り、唸り声を上げながらハルナを見上げた。
 「大丈夫だよ、私は大丈夫だから・・・」
 アベルを抱き上げると、ハルナは小さく嗚咽を漏らしながらアベルを抱き締めていた。

 アスカとのダンスを終えたシンジは、それに続いて悪戯心を発揮した超と真名に連続でダンスを申し込まれ、踊り終えた時には会場の片隅で文字通りダウンしていた。
 「もう少し、体力つけなさいよね?」
 休み無しの連続、しかもダンスは初めてなのだから疲れるのも無理は無い。
 「・・・もう踊りたくない・・・」
 その言葉に肩を竦めながら、超が持ってきたジュースを差し出す。それをありがとうとお礼を言いながら受け取ると、シンジは一気に飲み干した。
 「ところで疲れている所を悪いんだが、ネギ先生がいなくなったぞ?」
 真名の指摘に、慌てて顔を上げるシンジ。その言葉通り、ネギはのどか、千雨、和美とともに姿を消していた。
 「・・・よし、捕捉できた。クルトの誘いか、やっぱり動いたな」
 式神の内の1体を操り、移動中のネギを捕捉したシンジ。そのまま式神で後をつけようとしたが、チッと舌打ちするはめになった。
 「何かあったカ?」
 「監視者がいるんだ。これ以上は強行できない。こうなったらネギ君を信じるしかないか」

ネギside―
 のどか、千雨、和美と人形バージョンのさよを連れて、ネギはクルトとの会談の場に赴いた。そこで待っていたのは、かつての魔族襲撃による故郷の村を壊滅させられていく光景である。
 「どうですか?懐かしい光景でしょう?」
 「・・・一体、何を・・・」
 「この光景こそが君の出発点。ネギ・スプリングフィールドの原風景です。例えどんな幸福な時間を送ろうとも、君の心には常に復讐という餓えが存在している。その餓えが満たされない限り、君は本当の意味で幸せを感じる事は出来ない」
 ネギがギリッと歯軋りする。その拳は爪が食い込むほどに、硬く握りしめられていた。
 「さて、ここで質問です。この事件の犯人を君はずっと探し続けてきた。ではその犯人とは誰なのでしょうか?フェイト・アーウェンルクス?魔族?始まりの魔法使い?そう、彼らが犯人であれば、君の物語はもっと簡潔な物だったでしょう」
 「・・・何を・・・何を知っていると・・・」
 「そう、真犯人を教えてあげましょう。君の村を壊滅させた犯人。それは我々、メガロ・メセンブリア元老院なのですよ。もっとも、聡い君の事だ。その可能性については、考えるぐらいはしていたでしょうがね」
 クルトの言葉に、のどか達が言葉を無くす。糾弾の言葉も、否定の言葉も彼女達の口からは出てこない。その顔に浮かぶのは『信じられない』という疑惑である。
 だがネギは違った。瞬時に姿を消すと、無防備だったクルトに全力のアッパーカットを放つ。
 「お前が・・・お前達がスタンお爺ちゃんや村のみんなを!」
 ネギの憎悪に反応し、闇の魔法マギア・エレベアが暴走を開始する。ネギの両手の指先から、鋭い鉤爪となった闇が姿を見せる。更に全身が闇に包まれ、その瞳は白く反転し、人外の存在である事を強烈に自己主張し始める。
 「うおおおおおおお!」
 のどかの『いどの絵日記』に、ネギの負の感情が強烈に表現されていく。その思いはただ1つ『kill them』。のどか達が言葉を無くして体を強張らせる中、ネギの異形化はますます進む。そしてネギが動こうとした瞬間、少女達が飛び出した。
 「騙されちゃダメ!これは罠だよ!」
 「ネギ先生負けないで!こんなの、こんなの私や夕映が好きなネギ先生じゃない!だから、しっかりして!」
のどかと和美が咄嗟に両腕を抱きしめる。だがネギの暴走は止まる気配を見せない。だが、そこへ真正面から飛び込んできた少女がいた。
 「落ち着け!このボケ!」
 全力のビンタが魔族化しかけていたネギの頬を強烈に叩く。同時に、ネギの目に僅かだが理性が戻る。
 「いいか!私達にはお前の苦しみは誰も理解出来ねえ!けどな、お前にあるのはそれだけじゃないだろうが!良く思い出せ、バカ!」
 ネギの前に映る光景は、父・ナギが間一髪でネギを救った所だった。そんな父親の後ろ姿に、ネギの体から徐々に闇が抜けていく。
 「・・・おとう・・・さん・・・」
 「それだけじゃないだろうが!確かに村の壊滅は、お前にとって辛い出来事だったろうよ!けどな、それが無かったらお前は私達とは会う事は無かったんだぞ!」
 ネギの目が、意表を突かれて点になる。実年齢10歳のネギにしてみれば、村の壊滅を肯定するなど、理解出来ない事であった。
 「いいか!この事件が無かったら、確かにお前は幸せに暮らしていたかもしれねえ!けどな、代わりに日本へ来る事はなかったかもしれねえ!3-Aのメンバーとは会えなかったかもしれねえ!あの不気味極まりねえ寮監とも会えなかったかもしれねえ!」
 ネギの脳裏に少女達の顔が次から次へと浮かんでは消えていく。そして最後に浮かんできたのは、ネギが兄と慕っている少年であった。
 「少なくとも、お前がいなかったら超の野郎は不気味寮監と手を組んで、あの事件を成功させていた!結果、魔法は暴露されていた!超と不気味寮監はSEELEなんて訳の分からねえ組織相手に全面戦争仕掛けていただろうよ!その結果、奴らはどうなる!?奴らの周りはどうなった!?」
 「で、でも僕にはあの事件を認めるなんて・・・」
 「誰も認めろなんて言ってねえ!その後の事を否定するなと言ってんだ!この未熟者!」
 身体能力的にはただの少女である千雨の気迫に呑まれるネギ。
 「良く聞け!力の王錫この力を手に入れてから、私と朝倉は調べた!第3新東京市で何が起きていたのかを!あの不気味寮監がどんな事を経験してきたのかも!私達は全部調べた!けどな、あいつは一度も私達やお前の事を否定した事だけは無かった!あいつは全て受け入れて、その上で動いていたんだ!違うか!」
 のどかと和美がネギから手を離す。だがネギからは暴走の気配は無い。ただ茫然と、言葉も無く立っているばかりである。
 そこへパチパチパチという小さいがハッキリした拍手が聞こえてきた。
 「お見事です、お嬢様方。さすがはネギ君のパートナー達ですね。闇の魔法マギア・エレベアで不安定になっているネギ君なら容易く堕ちると考えていたのですが、まさか何の力も無いお嬢さん達に止められるとは・・・残念です。どうせなら私を殺す所までいってくれれば、大変都合が良かったんですけどね」
 「ちょっと総督さん。結局、あんたは何がやりたかったのさ?」
 額に青筋を作った和美が、一歩前に踏み出す。だからと言う訳でもないが、クルトは素直に口を開いた。
 「ネギ君を仲間に引き入れる為ですよ。では旧世界出身のお嬢様方にも分かり易く説明してあげましょう。これが魔法世界ムンドゥス・マギクス。かつて地上を追われた者達の楽園・・・となる筈だった惑星です」
 クルトがパチンと指を鳴らすと同時に、周囲の光景が切り替わる。一行の前に現れたのは、青い星。だが地球ではない。
 「純血の魔法使い市民5000万人と魔法世界最大の軍事力を擁する超巨大魔法都市国家メガロ・メセンブリアの最高機関メガロ・メセンブリア元老院。これは我々の『敵』です。更に20年前の大戦時に滅んだとされる始まりの魔法使い、これも我々の『敵』です。そしてその遺志を継ぐフェイト・アーウェンルクス達完全なる世界コズモ・エンテレケイア、これも我々の『敵』、それも最も危険な存在です。加えて旧世界から逃げてきた秘密結社SEELE、これも我々の『敵』です。最後に亜人達のヘラス帝国、彼らは敵とは言い切れませんが、残念ながら障害の1つではあります。これら全てを打倒する為に、我々はネギ君の力を欲しているのです」
 「「「ハア!?」」」
 「そしてこの滅びゆく世界から全ての人間6700万人の同胞を救いだす。それが我々の目的なのです」
 クルトの言葉に、ネギがどこか納得したように小さく頷く。そんなネギに気付かず、千雨が声を張り上げた。
 「世界中が敵って事かよ!誇大妄想も良い所じゃねえか!」
 「誇大妄想?それは皮肉かな、ラカン氏お気に入りのお嬢さん。君達の知り合いに、世界を相手に喧嘩を売った2人がいたと思いますがね」
 超とシンジの事を思い出し、言葉を無くす千雨。
 「麻帆良での宣戦布告は私も知っているんですよ。我が剣の師、詠春様の養子が貴女達を守る為に、世界の敵に回った事を。旧世界の創造神としての力を解放して、関東魔法協会に敵対した事をね」
 のどかとネギはシンジの記憶を追体験した為に、それが事実である事を知っている。だが使徒戦役の情報しか知らない千雨と和美にしてみれば、創造神という単語は理解の範疇外であった。
 だがこれは仕方ない。サード・インパクト後の再構成された世界は、戦自の侵攻前のタイミングを基準に構成されている。その為、MAGIの中にあったデータはカヲルとの戦いまでしか記録が残っておらず、サード・インパクトの情報を2人は入手出来なかったのである。
 それを察したのか、クルトが笑いながら答えた。
 「貴方達の世界―旧世界は西暦2015年に一度、滅びているのです。たった2人を残して全人類が全滅するという究極的な破滅を迎えてね。しかし私達はゲートによって次元を隔てられた魔法世界にいたからこそ、その難を逃れる事が出来たのです。そして私達は、この破滅的な事態の調査に乗り出そうとした。だが、私達は目を疑った。何せ、全滅した筈の旧世界が、一瞬にして復活してしまったのですからね」
 「・・・復活?」
 「そうです。詠春様の養子、近衛シンジ。彼こそ旧世界を復活させた、創造神と言うべき存在でした。第3新東京市で起こった使徒戦役を戦い抜いた英雄碇シンジ。サード・インパクトすらも乗り越えた彼は、人間と言う枠を超えて神となった。そして世界その物を蘇らせてしまったんですよ。しかし、それから間もなくして彼は姿を消してしまった。次に私達が彼を捕捉したのは、皮肉にも麻帆良攻防戦の最終局面だったんです」
 初めて知った事実に、千雨と和美が不安げにのどかとネギに目を向ける。それに対してネギとのどかは黙って頷く事しか出来なかった。
 「・・・マジなのかよ・・・あの不気味寮監が・・・」
 「そう言えば、彼は貴女達の兄代わりだったようですね。出来れば彼の助力も受けたい所ではありますが、健在なのですか?」
 ギリッと歯を噛みしめながら、和美がクルトを睨みつける。その対応に、敏感に事態を察したクルトは素直に引き下がった。
 「・・・1つ、質問しても宜しいですか?」
 「ん?私に答えられる事でしたら、どうぞ」
 「貴女はさっき、元老院を敵と言いました。さっきまで我々って言っていたのに。この矛盾について教えて欲しいんです」
 「・・・そうか!この総督、ネギ君の事件には関与していないのか!」
 のどかの疑問から答えを見つけた和美。一方のクルトはと言えば、苦笑するばかりである。
 「まあ、私はその罪から逃げるつもりはありません。事が終わった後であれば、思う存分、殴り殺して下さって構いませんよ?」
 「クルト・ゲーデル総督。今の話に嘘・偽りはありませんね?・・・ネギ先生、今の話は事実です。この人は嘘はついていません」
 アーティファクト『いどの絵日記』で真実と断定され、全員が言葉を無くす。ネギもまた仇だと思っていたクルトが無実だと知り、毒気を抜かれてしまった。
 「さて、ネギ君。私は君を引きいれる為に憎悪を刺激する奇策を用いた。ですがそれが通用しなかった為に、真実を伝えると言う正攻法を使いました。そこで、君の背中を後押しする為に、もう1つの真実を教えてあげましょう。この私が理解する、君の父親と母親の物語をね」
 
 大戦最終決戦において、始まりの魔法使いはナギによって倒される。だがナギの師であるゼクトの離反が起こり、表面上はゼクトは戦死として扱われた。
 しかし大戦終結から数日後、浮遊大陸であるウェスペルタティア王国の国土落下という事件が始まる。アスナ姫の解放、最終決戦における魔法消失現象の2つからこの事件を予期していたアリカの『全市民を停戦合意の式典と称して離宮に集める』という策により、市民の大半は最悪の事態を免れた。同時に式典に出席できなかった貧困層の国民に対しては、アリカが自ら指揮する軍部の救援活動により、被害を最小限に押し留めていた。
 しかし、その後ウェスペルタティア王国内部に巣食っていた完全なる世界コズモ・エンテレケイアシンパによる策略により、アリカは完全なる世界コズモ・エンテレケイアの黒幕とされて捕縛。更には世界全ての憎悪を一身に集めていた。

 そして2年の月日が経った―

シルチス亜大陸、紛争地域―
 この日、ナギは詠春やゼクトとともに紛争に巻き込まれた被害者達を救う為に動いていた。そこへ投獄されたアリカの傍にいる事を選んだクルトから、緊急連絡が飛び込んできた。
 「アリカ様の処刑が10日後に行われる!?それは本当なのか!」
 『はい!恐らく、アリカ様は自らの選択を悔い、今も後悔し続けておられるのです。そうでなければ、あそこまで悲壮な自己犠牲の精神を発揮する事なんてできません!自分1人が犠牲になる事で、世にある不幸を少しでも減らす事が出来ればそれで良い等・・・』
 「・・・なるほどな、あの馬鹿姫らしい台詞だぜ・・・」
 ナギの言葉に、映像の中のクルトが激昂した。
 『助けに行かないつもりですか!ナギ!』
 「あいつはこう言った。女1人救っている暇が有れば、1人でも多くのいわれなき不幸に苦しむ民を救え、ってな」
 『貴方が行かずして、誰が彼女を救うと言うのですか!好きな女の1人も救えず、何が英雄ですか!彼女を救い、奴らを告発し、真実を明らかにせねば!ナギ!』
 だがクルトの言葉に、ナギは心を動かされた様子も無く、ただ淡々と怪我をして苦しんでいた1人の少女の治療に専念し続ける。そんな姿に、クルトは歯噛みするばかりであった。
 
10日後、アリカ王女処刑の日―
 ケルベラス渓谷。この渓谷は一見すると、ただの断崖絶壁の渓谷であるが、魔法使いにとっては最悪の死地である。何故なら、この渓谷においては魔法は無力化され、更には無数の飢えた魔獣達が支配する世界であるから。
 そしてアリカの処刑の地として、この地が選ばれた。処刑方法は断崖絶壁から身を投じて、魔獣の餌となる事。その光景を魔法世界全土に放送する事により、魔法世界住人の憎悪を昇華しようとしたのである。
 飛び降りる為の一方通行の橋を、気丈にも堂々と歩いていくアリカ。だがその眦には、微かに光る物があった。
 「冷たく薄暗い王宮に生まれて、後は奪い奪われるだけの日々。その終着点がここだと言うのなら、それも良い。この死が人々の安寧にとって意味のある事をせめてもの救いとしよう。だが・・・」
 アリカの脳裏によぎる面影。赤い髪の毛をした、1人の少年。
 「せめて、もう1度だけ会いたかった」
 そのまま躊躇う事無く、身を投じるアリカ。その顛末を放送し終え、責任者が終了を命じた時だった。
 「よーっし!こんなもんだろ♪」
 警備兵の1人が気軽に指示を出す。
 「放送は終了、これから始まる事は全て無かった事になる。分かるか?」
 その言葉と同時に、警備兵の全身鎧が内側から弾け飛ぶ。そして中から出てきたのは、褐色の肌の戦士である。
 「き、貴様は千の刃のジャック・ラカン!」
 「俺様だけじゃないぜ?」
その言葉に慌てて周囲を見回す責任者。
「青山詠春!アルビレオ・イマ!ガトー・カグラ・ヴァーデンバーグ!紅の翼アラルブラだと!?では、まさか谷底の王女は!」
「そうそう、気付くのが遅過ぎんだよ。そんでもって、ウチんとこの軍師―ヘラス帝国宰相殿から伝言を預かっている。この程度の策略でアリカ王女を殺そう等片腹痛い。どうせやるなら、もっと真面目にやれ、だとよ」
「へ、ヘラス帝国宰相だと!?」
「おう、アイツはお前達が完全なる世界コズモ・エンテレケイアのシンパだと知っていたんだよ。その上で、利用していやがったのさ。こちらの思惑通りに『アリカ』を自由にする為にな」
愕然とする責任者。その間に、ガトー達は全身に力を漲らせて戦闘態勢を整える。
「それともう1つ。軍師殿から俺達に出された指示は1つだけ。全員皆殺し、だ。政治的後始末は、軍師殿が責任もってやるから全力で暴れろ、だとよ」
バキバキと指を鳴らしながら前に出るラカン。2刀を構える詠春、両手をポケットに入れて居合拳の構えに入るガトー。両手に魔力を集中させるアルビレオ。
そして4人が同時に戦闘を開始。処刑場にいた警備戦力を、次々に減らしていく。
「クッ!だが、アリカ王女はどうしようもあるまい!例え千の魔法使いサウザンド・マスターであっても、ここの渓谷では魔法を使う事はできん!」
「普通に考えればな。だがテメエは忘れている。ウチの軍師が、その程度の事を忘れているとでも思ったか?」
その言葉を証明するかのように、魔獣が蠢く断崖絶壁の下から、魔獣の咆哮が聞こえてきた。だがそれは咆哮ではあっても、助けを求める悲鳴の咆哮である。
「ナギの馬鹿には、ウチの軍師と俺とタイマン張れる嬢ちゃんがついている。魔獣、全滅しなけりゃ良いがな?」
ラカンの言葉通り、時折、魔獣の肉片と思しき物体が断崖絶壁の下から吹き飛んで来ていた。目視する事は出来ないが、戦闘続行中なのは確定である。
やがて、断崖絶壁の中から飛び出てくるナギ。その腕の中には、魔獣の餌となった筈のアリカの姿もあった。
 「ほらな?俺様の言った通りだろ?」
 「ば、馬鹿な・・・」
 「と言う訳だ。とりあえず、お前も逝っとけや」
 連続で聞こえてくる爆発音と閃光。悲鳴に怒号。
そんな戦場へと足を踏み入れたクルトは、アリカ救出に成功した事を素直に喜べないでいた。
 「しかし、僕は納得できない!これではアリカ様の名誉も!奴らの虚偽と不正も正される事は無い!」
 ダンッ!と拳を岩に叩きつけるクルト。そんな義憤に燃える友の姿に、タカミチが苦笑いしながら応えた。
 「でもクルト。他に方法は無かったんだ。処刑執行前に救出してしまえば、アリカ様は逃亡犯として指名手配されてしまう。そうなったら、あの人がどれだけ手を尽くしても、アリカ様を庇う事は出来ない。だから、これしか無かったんだ」
 「そんな事を言っているんじゃない!タカミチ!」
 「だから、それは僕達がやるんだよ」
 友の言葉に、クルトの顔から幾らか怒りが消える。
 「いいじゃんか、今日の所はハッピーエンドって事で」

 「よよよ、良かったです!一時はどうなる事かと!アリカ様も無事助かって、ハッピーエンド!」
 心底喜ぶのどかの傍らでは、千雨がいつもの冷静さを発揮して『無事じゃ無かったら、先生生まれてないしな』とツッコミを入れる。更にその隣では、アーティファクトを顕現させた和美が実況生中継を行っていた。
 「フ、フフ・・・何度見ても、このシーンは良いですねえ・・・」
 「「「「泣いてるよ、この人!」」」」
 両目から滝のように涙を流すクルトに一斉に突っ込む。
 「・・・クルトさん、貴方はアリカ様を好きだったんですね?」
 「はあ?」
 「あ、やっぱり」
 内心を『いどの絵日記』で暴かれたクルトが『余計なお世話です』と少し苛立ったように言い返す。
 「オイオイオイオイ!まさかあんたの行動理由って!」
 「ハッハッハ、その辺は本題からずれていますのでスルーさせて頂きます。さて、では本題に入りましょう。ネギ君、我々とともに戦いましょう。そしてご両親の意志を継ぎ世界を救うのです。それこそが君の今回の旅の結論の筈です」
 少女達の視線がネギへと集まる。当のネギはと言えば、地面に膝を着いたまま、無言を保っていた。
 「君の敵がメガロ・メセンブリア元老院である事は、明白です。彼らはオスティアの地と、黄昏の姫御子を狙っていたのですから。そう、黄昏の姫御子アスナ姫の行方を知る為だけに、彼らはアリカ様を陥れたのですよ!さあ、決断を!」

ネギま部side―
 次々に明るみになる歴史の真実に、少女達は言葉を無くしていた。ネギの出生に纏わる真実も衝撃的だったが、自分達が一度は死んでいると言う事実は、あまりにも大きすぎる衝撃だった。
 「・・・私達、生きてるよね?心臓、動いてるし」
 裕奈が自分の胸に手を当てて鼓動を確かめる。その手には、しっかりと脈打つ心臓の存在が伝わって来ていた。
 「・・・あの総督が言った事は事実です。シンジさんは、確かに神と呼ばれる存在でした。その事を、彼の記憶を共有した私達は知っています」
 「・・・マジなの?桜咲さん」
 コクンと頷く刹那。そんな彼女に同調するように木乃香や古、小太郎達が頷いてみせた。
 「今はもう、神様としての力は無いみたいやけどな。お兄ちゃん、学園祭の最終日に神様としての力を左腕と一緒に失ってもうたから」
 「せやな。本気出したあの兄ちゃんは反則やったで。10人がかりで勝負して、善戦どころか一方的にやられた挙句に負けてもうたんやからな」
 「私は見ていただけだったが、あの強さは反則すぎると思ったアルよ」
 ウンウンと頷きあう小太郎と古。裕奈やまき絵、アキラや亜子、夏美と言ったここに来るまで魔法の存在を知らなかったメンバー達は、刹那や小太郎達の本当の実力をこちらに来てから知る事になった。だがそんな小太郎達が10人がかりでも倒せなかったという言葉には、さすがに疑問を感じずにはいられない。
 「ちょっと想像も出来ないよねえ」
 「そうだよねえ。だってあの麻帆良随一の不審人物とまで呼ばれた人が神様って・・・」
 まき絵と夏美が互いに顔を見合せながら頷きあう。
 「その話は事実です」
 背後からかけられた声に振り向く夏美達。そこにいたのは、彼女達とは行動を共にしていなかった夕映である。
 「「夕映!?」」
 「コラーッ!そこの記憶喪失娘!何でアンタがここにいんのよ!しかも友達まで連れてきちゃって!」
 「待ち切れずに出向いてしまったです」
 ハルナのツッコミに、冷静に返す夕映。傍にはコレット・エミリィ・ベアトリクスが立ったまま、ナギとアリカの過去に涙を流しつつ義憤を燃やしている。
 「この映像を見ると良いです。これは魔法世界においても、極一部の者にしか見る事が許されていない、機密映像です」
 夕映がアーティファクト『世界図絵オルビス・センスアリウム・ビクトゥス』を呼び出す。そして映し出した映像は、麻帆良攻防戦における、封印から解放されたシンジの戦闘シーンである。
 「この映像、マジモンだったの!?」
 「はい、本物です」
 「朝倉と超の作り物だと思ってたよ!」
 裕奈の言い分に、アキラや亜子が頷きあう。麻帆良学園には認識阻害結界がある為、都合よく解釈していたのだが、それが誤りであった事を今更ながらに理解する。
 「シンジさんの事も気になりますが、この総督が見せてくれた映像。これはある意味、とてつもない価値を秘めているですよ。もし私の予想が正しければ、ネギ・・・さんはあらゆる意味で魔法世界にとって重要な存在と言えるです」
 夕映の言葉に、違和感を感じたハルナだったが、その違和感をハッキリさせる事が出来ずに眉を顰める。だが夕映はそれに気付く事無く話を続けた。
 「英雄ナギと災厄の女王アリカの子供。その立場だけでも重要ですが、ネギさん自身にも大変な価値があるのです。皆さんはオスティア王家について、どれぐらいの知識を持っているですか?」
 「オスティア王家と言えば、魔法世界最古の王族ですわね。その初代と呼ばれる方が魔法使いアマテル。彼女はパクティオー制度の基になった石像としても有名ですわ」
 「委員長の言う通りです。ですがもっと重要な事があります。それはアマテルが創造神の娘であり、その子孫であるオスティア王家には不思議な力や神代の魔法が宿ると言われる伝説があるのです。そしてその伝承が真実である事が、大戦において実証されているのですよ。王家の力が兵器として利用されたのです」
 夕映の言葉に、エミリィが思わず立ち上がる。
 「そんな情報は初耳ですわ!」
 「一般には伏せられている情報ですから。ですが私の『世界図絵オルビス・センスアリウム・ビクトゥス』は、深度Aクラスの情報も探る事が出来ます。そしてネギさんがオスティア王家の血統の最後の1人と言う事は、その存在自体に唯一無二の価値があるのです」
 「・・・なんだか、凄い事になってるのね。ネギ君もシンジさんも・・・」
 夏美の言葉に、隣にいた茶々丸が同感とばかりにコクコクと頷く。かたや創造神の末裔と呼ばれる世界最古の王家の生き残り、かたや滅んだ世界を蘇らせた神様とくれば、脇役を自称する夏美には縁も所縁も無い筈の存在である。それが自分の先生であったり、厨房で食事を作っていたりしていたとなれば、呆気に取られるのも仕方ない。
 「そういえば、その王家がどーたらこーたらって映画に出てたよね?」
 「ああ、あったあった!確か、黄昏の姫御子って言うとったな。千の魔法使いサウザンド・マスターが姫子ちゃんって言ってたのやろ?」
 「そうそう、思わず噴いちゃったよ。姫子ちゃん、アスナ姫なんて呼ばれてたもんね」
 少女達の視線が、同名の少女である神楽坂明日菜に集まっていた。

ネギside―
 「さあ、答えて貰いましょう。我々の仲間になるか否かを」
 ニッコリと笑うクルトを前に、ネギは沈黙を保つ。同時に、話しの主導権をクルトに握られていると直感した千雨は、歯噛みしながら事態の推移を見守る事しか出来なかった。
 「・・・仲間になる前に、聞いておきたい事があります。それはあなたの本当の目的についてです」
 「私の目的?それは君をこうして仲間にする」
 「それは手段であって目的ではないでしょう?貴方は僕を仲間として、何を成し遂げようとしているのかを知りたいんです」
 ネギの言葉に、クルトはレンズが割れた眼鏡をかけ直しながら、口を開いた。
 「良いでしょう、お話します。20年前、ただ1人を除いて我々の誰1人として知りえなかった真実。それが!」
 「魔法世界、すなわち火星に築かれた人造異界の崩壊の危機、なんですね」
 「な!?どうしてそれを!その事は私の養父しか知らない筈です!」
 絶句するクルト。一方、ネギはネギで内心、驚いていた。と言うのも、魔法世界崩壊の危機という真実に、クルトの養父が気付いていたという事実は、驚愕に値したからである。
 (そう、超さんは未来の悲劇を食い止めようとしていた。そして彼女は未来の火星人を名乗っていた・・・でも、僕の推論は超さんの仲間であった茶々丸さんと話し合って得た結論だ。クルトさんのお養父さんという人は、どうやってその事実を知ったんだ?)
 「・・・ネギ君、君はどうやってその結論に達したのですか?」
 「僕には僕独自の情報源があります。あとは推論ですよ。それより、貴方のお養父さんという人は、どうやってその事実に辿り着いたと言うのですか?」
 「私の養父は完全なる世界コズモ・エンテレケイアの上級幹部の1人であったプリームムという人物と個人的に親しかったのです。時折、養父の所へお茶を飲みに来るぐらいにはね。そして養父は完全なる世界コズモ・エンテレケイアを内偵するスパイでもありました。私の養父、彼こそ紅き翼アラルブラ最後の2人ラストメンバーの1人であり、ヘラス帝国宰相の地位にあったゲンドウです」
 今度はネギが、驚きで言葉を失った。クルトの養父の素生も驚きだが、ゲンドウ言う名をネギは京都で詠春から聞いていたからである。
 だがそれ以上に、兄と慕うシンジの実父と同じ名前である事に、ネギは強烈な衝撃を受けた。
 (落ち着け!確かに気になるけど、今すべき事は驚く事じゃないだろ!)
 内心の動揺を必死で収めようとするネギ。しかし表に出た動揺をチャンスと見てとったクルトが一気に畳みかけた。
 「ネギ君!ならば話は早い!我々と一緒に世界を救いましょう!」
 「・・・いえ、僕の質問はこれからです。貴方はさっき、同胞6700万人を救うと言いました。何故、全員と言わなかったのですか!」
 痛い所を突かれたクルトが眉を顰める。そこへネギが反撃のチャンスとばかりに、強い口調で反撃した。
 「魔法世界の人間種は5億!亜人種を含めれば12億!6700万人はメガロ・メセンブリアだけの人口だ!父さんなら全員助けると笑って断言する筈です!紅き翼アラルブラの一員であった貴方が、何故諦めているんですか!」
 「理由がある!今の君には決して理解できない理由があるのです・・・」
 「・・・何を、何を知ったと言うのですか!映画の中ではあんなに真っ直ぐだった貴方に何があったと言うのですか!今の貴方を見たらアリカ王女、いえ、母はきっと悲しみます!」
 その言葉に、クルトのこめかみに特大の青筋が浮かび上がる、同時に鞘から、愛用の太刀を抜き放つ。
 「何も分からぬガキがベラベラと!良いでしょう、君には現実を知って貰う!神鳴流奥義!斬魔剣弐の太刀!」
 魔を斬る刃が、咄嗟に雷化したネギの右腕と右足を斬り落とす。しかし、斬られた筈のネギはバチバチと音を出して消えてしまう。
 「これは雷で編んだ囮?」 
 背後に感じた気配に、反射的に斬魔剣弐の太刀を放つクルト。鋭い斬撃はネギを両断するが、再びバチバチと音を立てて消えていく。
 「また囮?」
 今度は5体同時のネギによる波状攻撃。それら全てを斬魔剣弐の太刀で迎撃するが、5体とも囮という状況に、クルトが小さく笑う。
 「この程度で私を倒せると・・・」
 「ならば、これならどうですか!」
 雷化したネギが、クルトの全方向に数えきれないほど姿を現す。持って生まれた莫大な魔力量を活かした、物量作戦。それがネギの選択だった。
 「千躰雷囮結界!千磐破雷!」
 ネギの戦術に、初めてクルトの顔から余裕が消える。
 「斬魔剣弐の太刀!百花繚乱!」
 雷の嵐と、刃の竜巻が正面からぶつかり、激しい閃光と轟音を轟かせる。成り行きを見守るしかなかったのどか達が心配する中、激突による土埃は徐々に収まり、やがてクルトを組み伏せたネギが姿を現した。
 「僕達は帰らせて貰います!貴方の仲間にはなりません!」
 「・・・それで良いのですか?君が復讐を遂げるには、私の仲間になるのがもっとも効率が良い筈ですよ?」
 「お断りします!僕は復讐を目的にした事なんて、一度も無い!」
 しかし、その言葉が嘘であると言わんばかりに、闇の魔法マギア・エレベアが暴走を開始。再びネギの体が闇に覆われ、魔族の如き外見へと変化し始め、その瞳の色が反転していく。
 その有様に、のどかや和美が悲鳴を上げる中、ネギは歯を食い縛って必死に暴走を押さえこもうとする。
 「自分を偽るのはいけません。君がどう取り繕おうとも、君をこれまで支え、高めてきたのはソレだ」
 胸を押さえながら、荒い息を繰り返すネギを前に、クルトが太刀を握り直す。
 「ネギ君、父さんならば諦めないと言いましたね?では、何故彼はここにいない!何故君はここに1人取り残されているのですか!その答えは1つ!彼は失敗したのです!」
 「それは違う!僕は1人じゃない!仲間が、みんなが僕を支えてくれている!それに、僕は父さんを信じている!もし父さんが失敗したと言うのであれば、僕が父さんの後を継ぐ!」
 「その有様でどうやって!自分の身1つ守れない、今の有様でどうやって世界を救うと言うのだ!」
 咆哮するクルト。だが同時にビキイッ!という何かが割れる音が響く。同時に、周辺に映し出されていた映像に亀裂が走り、本来の特別室へと戻ってしまった。
 「わりいな、ヘンタイ総督、あんたがゴチャゴチャ言ってた間に、御自慢の幻影装置はハッキングさせて貰ったぜ?」
 胸を張る千雨の周囲には、彼女のアーティファクトによって呼び出された7体の電子精霊が最敬礼をしてみせていた。
 「1人じゃねえから仲間ってんだ、だよなネギ先生」
 「馬鹿な!平和ボケした旧世界の女子中学生如きに総督府のセキュリティを破られるなんて!だが、それだけではここからネギ君を連れて逃げる等不可能!」
 「残念でした。クーちゃん、私の前方15m、よろしく」
 和美の言葉と同時に、特別室本来の壁に巨大なひび割れが生じる。その直後に直径2m以上ある巨大な円柱が特別室に乱入。その勢いのままにクルトを壁に叩きつけた。
 「来たアルよ、ネギ坊主!」
 「古老師!」
 「こ、この小娘が!」
 瓦礫の中から起きあがって来るクルト。だが近づいてくる気配に顔を上げた瞬間、クルトは再び吹き飛ばされていた。
 「タカミチ!」
 「久しぶりだね、ネギ君。お父さんの後を継ぐと言ってくれたね。少し複雑だったけど、嬉しかったよ」
 相変わらず無精髭を生やしたままの、もう1人の兄の言葉に、ネギは言葉も無い。そんなネギを守るかのように、タカミチが割って入る。
 「行きなさい。映画を見ていたなら分かるだろうが、彼とは旧友だ。心配はいらない」
 「待って下さい!クルト・ゲーデルさん、質問があります!」
 初めて聞いたのどかの叫び声に、反射的にクルトが顔を上げてしまう。
 「さっき言っていた全ての人を助けられない理由!この世界の最後の秘密!最後の1ピースを教えて下さい!」
 いどの絵日記の存在を思いだしたクルトが、失敗したと言わんばかりに顔を歪める。一方でのどかはいどの絵日記が発動した事を悟ると、ネギ達とともに撤退を始めた。
 「しかし、随分とボコボコになったなクルト」
 「黙れ、タカミチ!」
 ネギが撤退しても尚、クルトは太刀を操りタカミチを攻撃する。政治家の道を歩んだ為に実戦から離れてはいたものの、そこは詠春が認めたほどの天才である。タカミチ相手に互角の戦いを演じてみせる。
 そんな時だった。
 「クルト、そこまでにしておきなさい。それ以上やっても意味は無い。完全なる世界コズモ・エンテレケイアを喜ばせるだけだよ?」
 「・・・その声は!」
 思わず太刀を手放すクルト。そこに現れたのは、資料でしか見た事が無い少年である。だが決して忘れられない声でもあった。
 「コイツとやり合うのは疲れるんだよ。出来ればこれで終わりにして貰いたいね?シンジ君、いやゲンドウさん」
 目を丸くするクルト。彼の知るゲンドウは、魔法世界最高の強面の持ち主である。どこをどう見ても、目の前にいるような中性的な容貌の少年では無かった。
 「シンジで良いですよ、それが本名ですからね。それはともかく、クルト。君の知るゲンドウは僕が操る人形だったんだよ。アリアドネーで初めて会った頃の君は、気も満足に使えなかったから、触っても人形だとは気付かなかっただろうけどね」
 「人形?」
 「そうだよ。もっとも大戦の最中に人形は壊してしまった。その後は変装の魔法具を使っていたけど、君は僕から離れてアリカ王女にべったりだっただろ?だから気付かなかったのも無理は無いけどね」
 呆然とする親友の姿に、タカミチは苦笑しながら憐れみすら感じていた。
 「改めて名乗ろうか。僕は近衛シンジ。君の師であるサムライマスター近衛詠春の養子であり、不死の魔法使いマガ・ノスフェラトゥダーク・エヴァンジェリンの人形使いの業を受け継ぐ者。同時に旧世界の創造神であり、ゲートポート爆破事件においてフェイト・アーウェンルクスによって20年前に強制的に時間転移され、ヘラス帝国宰相ゲンドウを名乗っていた男だよ」
 突きつけられた事実に、クルトは言葉も無い。まさか養父の正体が、旧世界の神であった等、予想外で当たり前である。
 「この前会った時には、すぐ帰っただろう?あれは正体をばらしたくなかったからさ。あの時、君に会った僕は魔法具を使って変装していたんだからね。万が一ばれたら、僕の目論見は潰れちゃうから」
 「・・・クク・・・そういう事だったんですか・・・ハーハッハッハ!」
 急に高笑いするクルトに、思わず顔を見合わせるタカミチとシンジ。
 「クルト、どうした?壊れたか?」
 「違いますよ、自分の未熟さを嘲笑っただけです。ですが聞いておきたい事がある。ゲンドウさん、貴方はこの魔法世界の危機、どのように食い止めるのですか!」
 「その準備はしてあるから心配いらないよ。この戦いが終わったら、すぐにでも取りかかるからね。それよりクルト、君の力を借りるよ。オスティア総督としての権限をね」



To be continued...
(2012.12.08 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回もシンジはネギ達とニアミスです。と言うか至近距離まで接近中w珍しいシンジのポカミスを書いてみました。まあシンジも完璧超人ではないので、たまには失敗もすると言う所でしょうか?
 話は変わって次回です。
 次回は完全なる世界コズモ・エンテレケイアによる襲撃戦となります。
 シンジの依頼を引き受けた7人は、少女達を守る為に戦いの場へと姿を現す。
 幾多の犠牲を払いつつも、命からがら離宮から逃げ延びるネギ達。そんなネギ達は、ついにシンジが帰還しているという情報を入手する。
 そんな感じの話になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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