第六十四話
presented by 紫雲様
ネギとクルトの会談決裂後―
かつて『夏の離宮』と言う名で呼ばれたオスティア総督府。その屋上にネギ一行のほぼ全員が集まっていた。
そして彼女達の周囲には賞金首である彼女達を拿捕すべく、クルト配下の警備兵が完全武装状態で取り囲んでいる。
何故、ネギ一行が無実である事を知っているクルトの配下である彼らが賞金首として彼女達を包囲しているかと言うと、単純にクルトからの連絡が行っていなかった為である。
クルトはネギを引き込むにあたって『ネギ一行の無実を政治的権力を利用して晴らす』と言う行為を取引材料として活用するつもりでいた。仮に部下に対して『ネギは無実』という事実を伝えてしまうと、重要な取引の前提条件が崩れてしまう。その為に事実を伏せていたのだが、それがこのような状況を招いてしまったのであった。
「パル!だから逃げようって言ったじゃない!」
「ほらあ!捕まっちゃったじゃない!」
「フッフッフ、全て計算通りよ」
眼鏡をクイッと押し上げながらハルナが呟く。それと同時にドドドドドというエンジン音を立てながら、見覚えのある金魚型の飛空艇が姿を現した。
「パル様号!?」
「さよちゃん、やっておしまい」
「は~い~」
ジャコッと音を立てながら、さよがパル様号の甲板に据え付けられていたミニガンに手を伸ばす。
「パル様特製、魔法の射手 ミニガンよ」
「あ、あの~避けて下さいね~当たったら痛いですよ~」
当たったら絶対に痛いどころでは済まないだろうというツッコミを入れられるよりも早く、トリガーを引くさよ。次の瞬間、銃口から魔法の射手 が雨霰とばかりに間断なく降り注ぎ、クルト配下の警備兵を文字通り薙ぎ倒していく。
「よっしゃあ、みんな今の内に乗るんだ!」
カモの叫びに、パル様号へ駆けよる少女達。しかし警備兵達にもプライドがある。逃がしてなるものかとばかりに、一斉に捕獲術式を発動させる。
「捕獲術式弾用意!紫炎の捕らえ手 一斉斉射!」
一斉に放たれる捕縛術式。逃げ遅れた夏美が身を竦ませていると、小太郎が夏美を守る様に抱き寄せる。
だが魔法が2人に届く前に、魔法は無効化されていた。無効化したのは楓。仮契約により手に入れたアーティファクト『天狗之隠蓑 』の効果である。同時に愛用の巨大な風車手裏剣を投げつけ、警備兵達を纏めて薙ぎ倒していく。
更に一時的に混乱している警備兵達の懐に刹那が飛び込む。そして愛刀の夕凪を一閃させて、次々に無力化させていく。
少女達に流れが傾いた。そう思われた瞬間だった。
ドオオオン!
パル様号のすぐ傍を、巨大な砲撃が通りすぎていく。
「巡洋艦クラスの艦載精霊砲と確認!威嚇射撃です!」
『停戦せよ!こちらはオスティア駐留艦隊所属巡洋艦フリムファクシ。ただちに武装解除し投降せよ!』
パル様号のすぐ傍には各国の大使達が未だに残っている事もあり、フリムファクシにしてみれば威嚇射撃しかできないと言うのが本音である。ハルナもその事にはすぐに気がついたが、このまま戦闘を続けていてはいつかは均衡が破られる事にもすぐ気付いた。
「楓ちん!例のマントでみんなを包んでこちらに乗せちゃって!」
「承知・・・ア、アレは何でござるか!」
ズズズズズ・・・という音とともに、雲海から漆黒の触手が無数に姿を現す。触手はフリムファクシを始めとする駐留艦隊を絡め取ると、ベキベキベキと音を立てて破壊し始めた。
「パル!あんた何呼んでんのよ!」
「あんなラグクラフトなクトゥルフに知り合いはいないわよ!」
眦から涙を噴水のように噴き出しながらツッコンでくるアスナに、ハルナも負けじと言い返す。
そこへ今度は雲海から、巨大な手が姿を現した。掌だけで10mは軽く超えるという巨大さに言葉を無くす少女達。更に振り下ろされた掌によって少女達のいた屋上が破壊。足元を崩され、避難しきっていなかった少女達が崩落に呑みこまれるが、楓が機転を利かして少女達をアーティファクト『天狗之隠蓑 』で救助して行く。
「マズイでござるな、分断されてしまったでござるよ」
歯噛みする楓。と言うのも、彼女の眼は総督府の屋根の上に佇む人影を捉えていたからである。その人影は、ゲートポートで彼女と直接交戦した影使い―ドゥナミスであった。
『仕方ない!プラン変更よ!第2集合地点に向かってバラバラに逃げて!』
夕映side―
警備の交代時間と言う事もあり、舞踏会場に戻って来ていた夕映達は、パニックに陥った舞踏会場で悪戦苦闘していた。
何せ会場内には次々に召喚されていく無数の魔族、会場の外にはフリムファクシを破壊した巨大な召喚魔がいるのである。更には警備兵達の放つ魔法も全く効果を現さないと来れば、これでパニックに陥らない方がおかしい。
そんな中、逃げ遅れた少女に気付いたエミリィとコレットが助けようと迎撃に入る。
「魔法の射手 !連弾・氷の37矢 !」
「黒の飛礫 !」
しかし2人の放った魔法は、何ら効果を現す事無く掻き消されていく。
「今のは魔法無効化!?」
以前、夕映の放った魔法を符や糸で無効化してみせた少年の事を思い出す。その経験があったからこそ、すぐに敵の能力に見当がついたのであった。
魔族が腕を振り上げる。せめて少女だけでも救おうと、我が身を盾にするエミリィ。そこへ夕映が飛び込んできた。
「白き雷 !」
ズガシャア!と音を立てて被弾する魔族。同時に魔法をまともに喰らった魔族は、静かに姿を消していった。
「効いた!?夕映さんの魔法が!」
「ビーさん!行きます!」
「「アリアドネー九七式分隊対魔結界!」」
結界を作り上げて時間を稼ぐ夕映。
「これで応援が来るまで時間を稼ぐですよ!」
「しかし、こいつらは一体・・・」
「委員長、少し待つですよ。私のアーティファクトで調べるです!・・・あれは召喚魔ではないです!闇の魔素を編んで作った魔物の影です!それをこれだけの数となると、相手は相当の実力者ですよ!それに外の黒い巨人!20年前、完全なる世界 が使っていたという画像も見つけました!」
完全なる世界 という名に、エミリィが唾を飲み込む。コレットやベアトリクスもまた、緊張で体を強張らせた。
同じ頃、結界の外では警備兵達が必死に猛反撃を行っていた。しかし全ての攻撃が無効化されてしまい、全く痛手を与える事ができないままである。
そこへ警備兵達の背後から、無数の影の槍が出現。魔族達を次々に串刺しにしていく。
「旧世界、麻帆良学園魔法生徒。高音・D・グッドマンです。これはテロですか?」
そこには影の鎧に身を包んだ高音と、泣くのを必死で堪えている愛衣。更には敢えて後ろを向いたままのシスター服姿の美空と、その裾を掴んでいるココネが立っていた。
しかし高音が答えを得るよりも早く、甲高い声が舞踏会場を切り裂く。
「美空ちゃん!夕映ちゃん!高音さんにメイちゃんも逃げるわよ!早くして!急がないと現実世界へ帰れなくなっちゃうわよ!」
「神楽坂さん!?」
テラスから身を乗り出しているアスナの呼びかけに、少女達が反応する。だが高音も夕映も、はいそうですかと逃げる訳にはいかない状況である。
「ダメです!まだ避難していない人達がいるんですよ!」
「それなら!」
ハマノツルギを手に、魔族相手に斬りかかるアスナ。しかしハマノツルギは効果を現さず、逆に魔族の拳に捉えられ、壁に激しく叩きつけられる。
悲鳴すらも出せずに床へ崩れ落ちるアスナ。この状況に、美空と夕映が動き出す。
「やばい!アスナ!」
(あの女性は・・・あの女性はあの人の最も大切とする女性です!)
無意識の内に、夕映の足は地面を蹴っていた。その事に気付いたエミリィが咄嗟に止めようとするが、その指先は夕映の服を掠めるだけである。
(あの女性に何かあったら、アスナさんに何かあったらネギ先生が悲しむです!)
「私のクラスメートに汚い手で触れるな木偶人形」
いつの間にかアスナのすぐ側に姿を現していた亜人の美女が、魔族のこめかみに突きつけた拳銃のトリガーを引く。
ガオンッ!という音ともに、吹き飛ぶ魔族。
その光景を至近距離で見届けた美空。彼女の前で、美女は鬘を外し、皮膚の色を変えていた魔法を解除する。
そこに現れたのはデザートイーグルを手にした褐色の肌に黒髪の少女であった。
「全く、世話の焼ける御姫様だな。神楽坂」
「た、龍宮さん!?」
「陰からお前を護衛していたのさ。さあ、脱出するぞ!」
だが真名の叫びを掻き消すかのように、巨大な鍵を手にした1体の魔族が、強烈な光を放って警備兵達を薙ぎ払う。するとその光を浴びた警備兵達は、何の抵抗も出来ずに一瞬で姿を消してしまった。
「何だと!?」
「原子分解魔法 !?強力な魔法障壁を持つメガロ・メセンブリア重装兵を一瞬で?」
「・・・あれは?」
魔族の脇に浮かぶ巨大な鍵が気になり、夕映が反射的に『世界図絵 』を使用して調べ出す。だがタイミング悪く、そこを狙い澄ましたかのように、やはり鍵を浮かべた別の魔族が夕映を狙い撃ちにしようとする。
その気配に一瞬早く気がついたエミリィが、無防備な姿を晒していた夕映を突き飛ばす。その直後に放たれた閃光は、エミリィの右肩に直撃し、右肩からは出血する事も無く、何故か白い煙が立ち上っていた。
「委員長!」
「チッ!」
真名が咄嗟に、魔法を放った魔族に集中砲火を浴びせ、物理障壁もろとも魔族を粉砕してのける。
「フフ、どうしたんですか?ただの掠り傷にすぎません。痛みもまるで無いようですし」
「いえ、ショックで痛みが無いだけです!何故です、何故貴女が私を庇って!」
「貴女が相変わらず、グズでトロイからですわ・・・全く、世話の焼ける・・・」
苦笑するエミリィに、夕映は言葉も無い。だがバスッという鈍い音とともに、夕映は背後から狙撃され、その攻撃は夕映を貫きエミリィをも貫いた。
狙撃したのは、床から姿を現した魔族。その脇には、やはり巨大な鍵が浮いている。そして、狙撃に特化しているかのように、右腕その物が砲身という姿であった。
崩れ落ちる夕映とエミリィ。夕映は肌には傷1つなく、服の一部が弾け飛んだだけである。だがエミリィは胸から下が全て消え去っていた。
「い!」
「ユ」
ザアッと音を立てて、消えていくエミリィ。その後には、彼女の存在を示す様な痕跡は何1つとして残ってはいない。
(委員長・・・どうして私だけが・・・どうして委員長だけが・・・)
「ユエッ!」
ショックと疑問で無防備な姿を晒したままの夕映を救おうと、コレットが夕映の背中を守ろうと割って入る。
(彼女は新世界・・・魔法世界人・・・私は旧世界・・・現実世界人・・・ッ!)
「ダメです!コレット!」
咄嗟に剣を手にして、コレットの前に割って入る夕映。
「フォア・ゾ・クラティカ・ソクラティカ!雷撃武器強化 !」
「ミンティル・ミンティス・フリージア!氷結武器強化 !」
エミリィを失った怒りに燃える夕映とベアトリクスが、剣に魔力を付与して立ち上がる。
「委員長の仇討ちです!」
のどかside―
タカミチの援護を受けて特別室から撤退したネギ達は、脱出の為に移動中であった。その途中、のどかはいどの絵日記で調べた真実に目を通し、その内容に恐怖で身を震わせていた。
「・・・おい、どうやら早乙女達の方でもトラブル発生だ!集合地点をB地点に変更だ、急ぐぞ!」
「プランBって、総督の手下に追われてるの?」
「良く分からん!だが急ぐしかないぞ!」
ネギは古の肩を借りた状況の為、あまり急ぐ事は出来ない状況下。だが急がねばならないとあって、ネギも我慢して走ろうと決めた時、のどかがスッといどの絵日記を差し出してきた。
「のどかさん?」
「先生・・・世界の秘密・・・最後の1ピース・・・」
本を受け取るネギ。その瞬間、ビキビキビキッと音を立てて床に亀裂が入り、のどかと和美は崩落に飲み込まれた。
「のどかさん!朝倉さん!」
幸い、のどかは無事だったものの、和美は運悪く、足元が崩壊して空中に投げだされてしまった。そんな和美を助けるべく、のどかが必死で手を伸ばす。
その手を掴んだ和美だったが、のどかにはそれを支えるだけの力が足りない。
そんな時だった。
グイッと引っ張り上げられる感触に、のどかが目を開く。そこにいたのは、クレイグとアイシャの2人だった。
「クレイグさん!アイシャさん!」
「よう、間一髪だったな」
「危なかったわね。それにしても、本当に依頼の意味があったわね。依頼受けて無かったら、この場にいなかっただろうし」
のどかと和美を引っ張り上げたクレイグとアイシャが互いに頷きあう。
「ぼーず!嬢ちゃんは俺達が送り届けてやる!だから安心しろ!」
「し、しかし!」
「気にすんな!嬢ちゃんは俺達の仲間だからな!冒険者 ってのは仲間意識が強いんだ!任せておけ!」
クレイグの宣言に、ネギは頷くと踵を返す。そんなネギを見ながら、クレイグは少し顔を赤らめながらのどかに振り返った。
「じゃ、行くか」
「・・・はい!」
(何、赤くなってんのよ、このロリコン!)
思わず嫉妬したアイシャが、全力を込めた肘打ちでクレイグの顎に一撃を入れる。その光景にピンと来たのは和美である。
「んん?何今の?宮崎、どういう事?何、逞しくなっただけじゃなくてモテてんの?モテ女なの?モテ子なの?」
「そ、そーゆんじゃなひんでふー」
頬っぺたをグリグリされながら、のどかが必死で抗弁する。僅かだが空気が和らいだ所へ、今度は天井を突き破って漆黒の物体―外で暴れている黒い巨人の触手―が姿を現し、のどか達の眼前の床を木っ端微塵に砕いていく。
「やべえ!ずらかるぞ!」
クレイグの叫びに、一斉に撤退する4人。死にたくは無いので必死の全力疾走なのだが、笑顔が浮かんでいる辺り、まだまだ余裕はあるようである。
「しっかし、まさかまた嬢ちゃんと一緒に走る事になるとはな!」
「ハ、ハイ!そうですね!」
「心配いらねえよ!ちゃんと、あの坊主の所に送り届けてやるからさ!」
「どうせなら最後まで付き合ってあげるわよ!戦力は多い方が良いでしょ!」
アイシャの叫びに、クレイグが『そりゃあいいや!』と叫び返す。そんな中、和美がふと気付いたように口を開いた。
「そういえば、何で2人はここにいたんですか!?」
「依頼だよ!嬢ちゃん達の護衛依頼を受けていたんだ!だから舞踏会場にまで入る事が出来たのさ!」
「依頼・・・ですか?」
「そうだよ!嬢ちゃんを含めた、坊主んとこの女の子を守ってあげてくれって依頼さ!」
当然の如く、のどかと和美の脳裏に『一体誰が?』と疑問が浮かぶ。
「ひょっとして、ラカンさんなの!?」
「違う違う!全然別人だ!」
じゃあ、一体誰が?と訊き返そうとしたのどかと和美だったが、急に走るのを止めたクレイグが剣を抜いた事に目を丸くする。
「誰だ!」
クレイグの視線の先。少し開けたホールには巨大な鍵を浮かべた影使い―ドゥナミスが待ち構えていた。
「・・・ミヤザキノドカ、危険だと聞いている。消しておこう」
「そうか、てめえが依頼人が言っていた完全なる世界 の残党って訳か!どうやら、嬢ちゃんを危険人物として認識しているってのはマジみてえだな!」
クレイグの言葉に頷きながら、アイシャがのどかと和美を守る様に前に踏み出す。
「ほう?我々の事を知っているとはな。だが所詮は木偶人形。我々には敵うべくも無い。せめてもの慈悲だ、苦しむ事無く送ってやろう・・・リライト」
ザアッと音を立てて、消えていくクレイグ。
「クレイグ!」
「灰は灰に。塵は塵に。夢は夢に。幻は幻に。全ての者に永遠の安らぎを」
クレイグの消失に、全身を硬直させたのどかは無防備な姿を晒したままである。そこへアイシャが『馬鹿!』と叫びながらのどかを抱きよせる。
「逃げるのよ!」
置き土産とばかりに、攻撃魔法を放つアイシャ。だがドゥナミスは気にした様子も無く、平然と反撃に転じる。
「リライト」
一瞬にして、下半身が消えるアイシャ。続いて残った上半身も、静かに消えていく。
「アイシャさん!」
ガックリと崩れ落ちるのどか。すぐ至近距離には、ドゥナミスが迫っている。
「逃げろ!宮崎!」
絶体絶命の事態に、和美は必死になって起死回生の一手を探る。しかしどれだけ脳をフル回転させても、出てくる答えはGAME OVERの文字だけである。
「案ずるな、娘よ。お前はここで死ぬ訳ではない。先に消えた彼らと同じ、永遠の園へと移り住むだけ。しかも彼らと違い、人間であるお前は肉体を残して逝く。安心して身を委ねるが良い。彼等とも、愛する者とも、いずれあちらで会えよう」
ドゥナミスの左手に、ブオンッという音とともに魔力の光が宿る。
「いえ、まだ終わって無い」
静かに立ち上がるのどか。ドゥナミスも、和美ものどかが何をしようとしているのか理解できずに、呆気に取られている。
「小娘と思って油断しましたね?我、汝の真名を問う !」
のどかの指先に嵌められた魔法具鬼神の童謡 が発動。ドゥナミスの名前をのどかに教える。
「なるほど、それが」
ドゥナミスの左腕が唸りを上げてのどかに襲い掛かる。だがのどかは、これまで使うのを我慢していた魔力による身体強化を発動。それまでとは全く違う動きで、ドゥナミスの背後に浮かんでいた巨大な鍵を奪取する。
「身体強化だと!?魔法使いでも無いお前が、何故!」
のどかの脳裏に浮かぶのは、過去にクレイグ達と一緒にいた時に教えて貰った光景。魔法使いとしては才能の無かったのどかは、切り札を求めていた。そんな時に思いだしたのが、ネギとシンジである。
のどかはネギを魔法使いの師として、修業していた時期がある。だが残念な事に、親友である夕映ほどには才能が無く、魔法使いとして大成するには無理があった。だから彼女は読心術士としての道を進む事を決めた。しかし、魔力が無い訳ではない。実際、初歩中の初歩の魔法なら発動出来るのだから、僅かとは言え魔力は存在しているのである。そして魔力を自分の肉体に供給すれば、身体強化は可能である事をネギが身を持って実証し、数多くの戦いにおいて実践していた。
シンジは白兵戦の才能が無い事を、記憶を共有したのどかは知っている。だが同時に、身体強化によるスペック勝負だけで高音やネギと互角以上の勝負を繰り広げていた。それは身体強化だけでも使えれば、ある程度は何とかなるかもしれないという希望を彼女にもたらした。
だから彼女は切り札として、魔力による身体強化を会得しようと必死になった。そして切り札とは、濫用すべきでない事も彼女は知識として良く理解していた。だからこそ、今までは必死に使うのを我慢していたのだが、今こそ使うべき時と判断したのである。
「白き翼 の一員にして冒険者 ・宮崎のどか。反撃させて頂きます!質問です、ドゥナミスさん。この杖の使い方と仕組みを教えて下さい!」
「何!?」
いどの絵日記に浮かび上がる文字。それがのどかの耳に付けた魔法具読み上げ耳 によって音声となって耳に飛び込んでくる。
「造物主の掟 、ですか」
更にのどかの足下に、魔法陣が現れて光を放ちはじめる。事、ここに至りドゥナミスはのどかを甘く見ていた事に気がついた。
「小娘!」
闇で出来た触手を、一斉にのどかに向けて放つドゥナミス。しかし触手はのどかを貫く事は出来ずに、障壁を前に全て防がれてしまう。
「リロケート!宮崎のどか!朝倉和美!」
のどかだけではなく、和美の足下にも魔法陣が現れて光を放つ。次の瞬間、のどかと和美の姿はドゥナミスの前から消え失せていた。
夏美side―
ネギま部メンバーとはぐれた夏美は、小太郎とともに廊下を走っていた。目的地は第2脱出ポイントとして想定していた物資搬入口である。
「一体、何が起きてる訳!?」
「フェイトの一味が攻めてきたんや!あのでっかい巨人!前に見た、ラカンのおっさんの映画に出てきてたで!」
ラカンから昔話代わりに見せられた映画を思い出す小太郎。
「おまけにあの巨人を操っとるんは、ゲートポートで楓姉ちゃんを押さえたローブの闇使いや!」
「何で!?私達が狙いなの!?」
「多分ちゃうやろ!それより夏美姉ちゃんもアデアットしとき!その方が俺も安心や!」
夏美の顔が、徐々に赤くなっていく。必要な事とは言え、自分が小太郎と仮契約を交わした事を今更ながらに思いだしたからである。
「そういえば、夏美姉ちゃんに聞かなアカン事があったわ。仮契約の後、夏美姉ちゃん何か言うたやろ」
「えええええ!?何も言って無いんじゃないかな!」
「いや、何も言うてへんことは無いわ。ええと。確かす、すもも?私もすもも?」
「きゃああああああ!思いださなくていい!思いださなくていいから!」
眦から噴水の様に涙を噴き出しながら慌てる夏美。仮契約の雰囲気に酔ってしまい、勢い余って告白した事を思い出したのである。
「まあ、今はええか。それよりアデアットしとき」
「ふうううう・・・」
かなりのスピードで走りながら、溜息を吐くと言う器用な真似をやってのける夏美。だが夏美の背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「なんだいナツミ。遂に告白しちゃったのかい、そりゃメデタイねえ」
「にぎゃああああああ!」
サムズアップをしながら背後から現れるクママ。だが小太郎はクママの出現よりも、言葉の方が気になったのか何の悪気も無く問いかける。
「今、何て言った」
「何でもなああああああい!」
仮契約カードを全力で小太郎の顔面に叩きつける夏美。
「それより奴隷長 、何でアンタが宮殿におんの?」
「ちょっと野暮用頼まれちまってね。そしたらこの騒ぎだろ?ナツミやアコに何かあったら大変だと思って走りまわってたのさ。そしたら偶然会えたと言う訳」
シンジから口止めされている為、真実を言う訳にはいかないクママである。だから嘘を吐いたのだが、幸い、小太郎達にはツッコまれる事は無かった。
「ま、いずれにせよここで会ったのも神様の思し召しって奴だ!お別れ言っておいて締まらないけど、最後まで見送らせて貰うよ!」
「ええけど、俺の護衛ならイランで?」
「馬鹿だね、この子は。誰もアンタの心配なんてしちゃいないよ!ナツミに何かあったら、私の立つ瀬がないだろう」
その言葉に『どうも』と返す夏美だが、クママにはそれを聞いている余裕は無い。何せ今回の依頼主は、御伽噺に出てくる魔王ダーク・エヴァンジェリンの弟子である。シンジ自身が悪い人間でないのは、人を見る目のあるクママには直感的に断言できた。だが良い人間である事と、人を殺すか殺さないかは全く別の問題である。万が一、夏美達の護衛に失敗したら?そんな不安が微かに頭をよぎる。
(・・・ナツミ達を守る為なら体を張る覚悟ぐらいは決めていたけど、まさかこんな展開になるとはね。でもまあ、仕方ないか。アリカ王女様の件もあるしねえ)
覚悟を決め直すクママ。そのまま走る事に注意を向け直すが、ふと、その心に悪戯心が湧きおこって来る。
(・・・にしても、あんたが舞踏会で告白なんてやるねえ)
「してません!」
(あの手の男は引っついときゃ落ちるから、手を離すんじゃないよ?今の内にライバルに差をつけておき)
「だからしてないですってば!」
眦から涙を噴水の様に噴き出して抗議する夏美。そんな夏美をわざとらしく、顔を赤らめてからかうクママである。
その時だった。
目の前に現れる魔法陣。中から出てきたのは造物主の掟 を横に浮かべた魔族―
「ナツミはやらせないよ!」
先手必勝とばかりに、魔族の頭部に手を伸ばすクママ。造物主の掟 がまだ発動していなかった事、魔法攻撃では無かった事が功を奏して、魔族は瞬時に殺された。しかし死ぬのと同時に造物主の掟 が発動。相討ちのようにクママの胴体に大きな風穴を開ける。
「しくじっちまったねえ・・・」
「「奴隷長 !」」
咄嗟に駆け寄る小太郎と夏美。だがクママは瞬く間に体が消えていく。
「私の事は良いんだよ、だから早くお逃げ。依頼は果たせたし、アリカ王女を嵌めたあいつらに一矢報いる事も出来たからねえ」
「依頼!?偶然じゃ無かったの!?」
「ごめんね、嘘吐いちまって。口止めされてたのさ。私はナツミ達を守って欲しいって言われて」
風に吹かれる花弁の様に、姿を消していくクママ。その最後の姿に、夏美の慟哭の叫びが木霊した。
亜子side―
プランB―第2合流地点である物資搬入口に楓は到着していた。そして『天狗之隠蓑 』からまき絵・亜子・アキラ・裕奈が姿を見せる。
「それにしても楓ちん強いねえ。あの骸骨、バッタバッタ薙ぎ倒して」
「褒めてくれるのは嬉しいでござるが、今は隠れるでござるよ。ここで見つかったら、合流できなくなってしまうでござる」
慌てて口を手で隠す少女達。そこへ呆れたような声がかけられた。
「お前達、隠れるつもりならもっと真面目に隠れろよ。何をぶっ騒いでやがんだ。呆れて言葉もねえぜ。バルガスの兄貴が陽動してなかったら、今頃見つかってたぞ?」
「トサカさん!?」
想像もしなかったトサカとの再会に、目を丸くする亜子。トサカは性格的に問題のある男であったが、それは単に素直になれないだけである事も、亜子は一緒に働いた2ケ月の間に理解していた。
「でも、どうしてトサカさんが?」
「金になるからさ。お前らを守るだけで依頼料200万ドラクマの大仕事だったからな」
その金額の大きさに、目を丸くする少女達。奴隷となっていた亜子・アキラ・夏美の解放に必要だった金額、拳闘大会の優勝金額、ともに100万ドラクマだった事を考えれば、彼女達にもその金額の大きさは理解出来た。
「これで依頼は果たした。あとは静かにしてれば見つかる事はねえだろうよ。ま、お前も旧世界 に戻ってせいぜい苦しみな。じゃあな、世界の脇役さん」
手を振りながら踵を返すトサカ。その態度に、アキラが頭にきたのか袖を捲りながら『この!』と前に踏み出す。
「待って下さい!トサカさん!あの・・・今までありがとうございました!」
「・・・何だそりゃ、気色悪いな」
「ええやないですか、最後にお別れぐらい言うても。でもトサカさん、ウチらは脇役かもしれへんけど、自分の物語の主人公は自分しかないんや思います。拳闘士のお仕事、頑張って下さい」
立ち去ろうとしていたトサカの足がピタッと止まる。そのまま頭を掻きながら、トサカが初めて笑顔を見せた。
「へっ、ガキに説教されるとはな。けどああいうネギ 見てると、こっちが萎えちまう」
その瞬間、トサカが血相を変えて亜子に向かって走りだす。
「どけっ!バカ女!」
全力で亜子をアキラに向かって突き飛ばすトサカ。その瞬間、亜子の背後に現れていた造物主の掟 を浮かべた魔族が光を放つ。
正面から光の一撃を喰らい、右半身を消し飛ばされるトサカ。
「うおおおおお!」
咆哮とともに魔族に襲い掛かる楓。たった一撃で、魔族は消し飛ばされた。
「済まぬ!転移に気付かなかった拙者の不覚でござる!」
「トサカさん!しっかりして!」
「・・・んん?何だ・・・」
目を開けるトサカ。正面には、ボタボタと涙を流して号泣する亜子の顔があった。
「本当に馬鹿だな、俺は・・・元奴隷の小便くせえガキ庇って死ぬなんて・・・本当に冴えねえ脇役だぜ・・・」
「トサカさん!」
「まあいいや。義理は果たせたからなあ・・・後の事は頼んだぜ、宰相」
ザアッと花弁のように吹き散らされるトサカ。その最後に、亜子がガックリと肩を落とす。
「何で・・・何でウチなんかを庇って・・・オカシイやん・・・ウチ、あんなに嫌われとったのに・・・意味、分からへんやん」
「トサカさん・・・私は・・・何て・・・」
亜子同様、アキラもまたショックで言葉が無かった。トサカの態度の悪さに、怒りを覚えていたのは事実である。だが本当にトサカはそれだけの人間だったのか?亜子の代わりに犠牲となった最後の姿に、アキラは自分がトサカの一面しか見ていなかったのかもしれないと考えていた。
「・・・みんな、ショックなのは分かるが、今は隠れるでござるよ。先ほどのはぐれ召喚魔と言い、ここは危ない。もう少し安全な場所へ」
その瞬間、パリンッという甲高い音がして、空間がガラスの様に割れる。そこから姿を現したのは、のどかと和美である。
「朝倉殿!」
「本屋ちゃん!」
「楓さん、良かった!黒いローブの魔術師から逃げてきたんですが、追ってくるかもしれません!この杖を」
のどかの背後から、漆黒の手が現れる。その手はのどかの首を背後から掴むと、続いて残る身体全てを見せた。
漆黒のローブを纏った闇使い―ドゥナミスである。
「ふははははは!動かぬ方が良いぞ、女!この小娘の首を捻る事等容易い事!」
突然現れたドゥナミスに、少女達が悲鳴を上げる。唯一、武闘派の楓だけが腰に収めたクナイに手をかけて臨戦態勢を整えていた。
「しかし、読心術の小娘!先ほどの手並みは見事であった!賞賛に値する!テルティウムが貴様を危険視した理由も、今ならば良く理解出来る!だからこそ、今の内に貴様と貴様のアーティファクトには消えて貰う!」
クナイを抜いて飛びかかろうとする楓。だが苦痛に呻き声を漏らすのどかを盾にされ、思うように飛びかかれない。
「動くなよ?確かに我等は人間を殺める事は禁じられている。だが魂を『永遠の園』へと連れ去る事ならば出来る。そう『完全なる世界 』へと。では少女よ安らぎを」
ザンッ!と音を立てて、切り裂かれるドゥナミスの右腕。解放されるのどか。
「神鳴流奥義!斬鉄閃!」
返す一撃で横薙ぎにドゥナミスを切り裂く刹那。
「刹那ッ!気をつけるでござる!そやつは!」
「分かっている!来れ !」
魔法世界へ来てから、新たに木乃香と仮契約を交わした刹那は、手に入れたアーティファクト『剣の神・建御雷 』を呼びだす。その形状は刀身が5メートル以上ある巨大な両刃の剣である。
「なるほどなるほど、新たな世代という訳か。良かろう、ならば思う存分相手をしてくれよう。いずれまた、相見えよう・・・」
虚空へと姿を消すドゥナミス。そこへクママを失った夏美と小太郎が合流。その意気消沈した夏美の表情に、誰もが声をかける事を躊躇ってしまった時だった。
「おーい!お前達、早く乗れ!」
「あの声、ジョニーのおっちゃんじゃん!」
命の恩人であり、仲の良い運び屋の登場に裕奈とまき絵が激しく手を振る。するとジョニーもまた搭乗の為のタラップを降ろしてきた。
「小太郎は村上殿を。木乃香殿は亜子殿を頼むでござるよ。拙者と刹那殿で、念の為に殿を務めるでござる」
楓の指示に、頷く一同。やがて全員が乗り終えた所で、ジョニーの操るフライ・マンタ号は飛び立った。
ハルナside―
舞踏会場の外に現れた漆黒の巨人。魔法世界最強種である守護聖獣・龍樹すらも一蹴した巨人は、舞踏会場周辺に展開する艦隊に狙いを定めて次々に攻撃を開始し始めた。
対する艦隊も、やられてなるものかとばかりに反撃を開始する。特にヘラス帝国第3皇女テオドラが指揮する艦隊は、意気軒昂な物があった。
ところが絶対の自信とともに放った全艦の精霊砲による主砲斉射三連は、巨人に何のダメージも与える事が出来なかった。
「マジ!?何であれが通じない訳!?」
「おいパル姉!今の内にズラかるんだ!」
「いやまあ、確かにそうなんだけど。みんなを助けなきゃいけないんだよ?」
『あ』と声を上げるカモ。物資搬入口に仲間達が集まっている事をすっかり忘れていたらしい。
そんな中、操舵室に連絡が入った。
『テオドラ皇女はネギ先生がお世話になられた恩人です。背を向けて逃げる訳には参りません。来れ 』
茶々丸がネギを主として手に入れたアーティファクト二一三〇式超包子衛星支援システム『空とび猫 』を呼びだす。
『ご心配なく、このアーティファクトは超鈴音の発明なのです。理由は不明ですが、未来から届いたのです』
茶々丸は知らない。シンジが自殺した歴史における未来、西暦2130年に量産型エヴァンゲリオン壊滅の為の切り札として、超が茶々丸専用特殊兵器として作りあげた軌道衛星上からの衛星砲の存在を。
『威力が大きすぎて使い所に悩んでおりましたが、この相手であれば射出試験に最適です!標的との距離を維持して下さい!』
軌道衛星上に現れた、呑気な外見の猫型衛星。しかしこの衛星の内部には、魔力を生み出す動力炉が備え付けられている。
ウオンッという音とともにエネルギーが収束。その直後、轟音とともに高密度のエネルギーが漆黒の巨人を問答無用で蒸発させる。
「スゲエエッ!」
「何ちゅー威力!」
湧きあがる歓声。一方の茶々丸はと言えば、この衛星砲を開発してくれていた超に感謝していた。
ネギside―
闇の魔法 の暴走が収まり始めてきたネギは、何とか古の肩を借りなくても移動できるぐらいには落ち着いていた。そして古や千雨とともに、物資搬入口へ直通のエレベーターを目指して、最後のホールを駆け抜けようとした時だった。
「先生、少し待ちな。これを読んでおけ。あのヘンタイ総督の隠していた真実をな」
「今からですか?別に後でも」
「良いから読め!」
押し切られて、目を通し始めるネギ。だがそこに書かれていた真実に、ネギの顔色が見る見る悪くなっていく。
そこへバリバリバリッという音が響き、空間が砕けていく。同時に、姿を現した人影にネギが叫び声を上げた。
「ラカンさん!」
「よお、坊主じゃねえか。最後に会えて良かったぜ」
「最後!?いや、ラカンさん、その存在の薄さは何があったんですか!」
更にパリンという音が響き、スーツ姿のフェイトが造物主の掟 を手にして姿を見せる。
「ネギ・スプリングフィールド?そうか、ここに出口を開いたのは貴方の意思か」
「千の顔を持つ英雄 !」
無数の武具がラカンの背後に現れ、雨の様にフェイトへ降り注ぐ。だがその全てがフェイトに触れる前に、呆気なく融けて消えてしまう。
「そんな!バターみたいに!」
「何度やっても無駄だよ」
「斬艦剣!」
特大の一撃がフェイトに放たれる。だがフェイトに触れる前に、やはり同じように融けて消えてしまった。
「無意味だよ、ジャック・ラカン」
フェイトは目を大きく見開いた。その瞬間、ラカンは身体を左に傾けている。結果、ラカンは右腕を失いながらも、全身の消滅だけは避けていた。
「やれやれ、今のは頭を狙ったんだけどね。ここまでもつだなんて、貴方には本当に感服するよ。けど、何故ここまでするんだ?」
「ラカンさん!」
「来るな!そこでおとなしく、最後まで見とけ!千の顔を持つ英雄 !」
ラカンの失われた右腕の代わりに、武骨な巨大な腕が姿を現す。
「帝国九七式破城槌型魔導鉄甲・・・貴方には似合わぬ無様な武器だ。何故だ、何故貴方はそこまで戦える?貴方は知っていた筈だ、20年前のあの日からメガロ・メセンブリアがひた隠しにしてきたこの世界の真実を!」
「んなもの、俺の人生にゃあ何の関係もねえだろうが」
ニヤッと笑うラカン。同時にフェイトから無数の鉄杭が放たれ、ラカンを一瞬で飲み込む。
「後ろ!?」
咄嗟に振り向きざまに拳撃を放つフェイト。だがその無数の連打は、全てラカンの拳撃と相討ちに終わる。しかしフェイトは拳撃の合間に大きく目を見開き、ラカンの消失を試みた。
その消失の攻撃を、頭を傾けて避けるラカン。そこへフェイトが掌手の一撃を放つが、その一撃は空を切った。代わりに背後へ回り込んでいたラカンの全力を込めた一撃を喰らい、地面に叩きつけられる。更にそこへ破城槌の一撃が叩き込まれた。
ホールの床を砕きながら、瓦礫の底へと沈むラカン。思わずネギ達が駆け寄るが、ラカンは微かに苦笑した。
「おっさん世代の矜持としては全部始末するつもりだったんだがな・・・悪い、まあテメエにならやれるさ」
ザアッと消えていくラカン。同時に、瓦礫の底からフェイトが起き上がる。
「最後まで、分からない男だった・・・プリームムもそうだったけど、どうしてこんなに理解出来ないんだ?これでは、ただの犬死じゃないか」
「・・・フェイトオオオオオ!」
闇の魔法 の暴走を抑えるのを止め、意図的に暴走を許すネギ。瞬く間に異形化していくネギの姿に、フェイトが小さく笑う。
「やるというのかい?ネギ君」
その言葉に応えるかのように、ネギが魔力を込めた拳で殴りかかる。その一撃はフェイトに躱わされたが、拳は床を砕いて周辺に激しい稲妻を撒き散らした。
「いいとも、やろうか」
「まあ、落ち着け」
ゴスンという鈍い音とともに、ラカンの拳がネギの頭に振りおろされる。この事態に、毒を抜かれるネギとフェイト。
「・・・今のは!」
「心底呆れた男だね、愉快だよ。良いだろう、今日の所は僕が退こう」
瞬時に転移するフェイト。ネギが止めようとした時には、既に姿を消していた。
「止めとけ止めとけ。今のお前じゃ勝てねえよ」
「「おっさん!」」
「ラカンさん!」
「よ♪意外にやってみれば 何とかなるもんだな。それはそうと、どうやら世界の真実って奴に辿り着いたみてえだな。なら話は早い。奴らはお前達がぶっ倒せ!」
ラカンが拳を握り、ネギの胸元に突きつける。
「世界を救えなんて言わねえ。だがアスナの事は頼む。奴らが造物主の掟 を手にしている以上、本物の嬢ちゃんは奴らの手に落ちている筈だからな」
「ど、どういう事ですか!」
「詳しい仕組みは俺も知らねえ。第一、それを調べたのは俺達の軍師だったからな。アイツに会って詳しい事を聞きな、アイツも動いているからよ。お前達が前に歩き続ければ、奴は必ず姿を見せる。面倒見が良いからな、アイツは」
肩を竦めるラカン。その視線がネギから外れ、千雨へと向く。
「嬢ちゃん、坊主の事を頼んだぜ?今のアスナは偽物、いや幻だからな。だから嬢ちゃんがちゃんと見張っておいてくれ」
「おい、おっさん!何、訳の分からねえ事言ってんだよ!」
「じゃあな、坊主。闇に呑まれんなよ?」
その言葉を最後に、今度こそジャック・ラカンは世界から消えてしまった。
緊張から解き放たれ、古と千雨が大きく息を吐き出す。その瞬間、ネギが苦悶したまま倒れ込み、そのまま意識を失ってしまう。
「ネギ坊主!?」
「おい、しっかりしろ!」
そこへ巨人を撃破したパル様号が姿を見せる。甲板で手を振っているのはさよである。
「早く乗って下さい~みんな脱出してますよ~」
「分かった!おい、古菲!先生を運ぶぞ!」
「分かったアルよ!」
意識を取り戻したネギは、自分が泣きながら寝ていた事に気がついた。最後に見た夢はラカンの最後の言葉だった。
嗚咽を必死で噛み殺しながら、身体を起こすネギ。そこへドアが開き、千雨と真名が入って来る。
「龍宮隊長?それに千雨さん?」
「だから隊長は止めて欲しいんだがな」
「ヒヤヒヤさせんなよ、心配したんだぜ?それで、やっぱり闇の魔法 の侵食か?」
コクンと頷くネギ。その手を真名が取り、ジッと観察する。
「ふむ、重度の急性魔素中毒に症状が似ているな。早急に処置を施さなければ、命にかかわるぞ?」
「それなんだがな。実は皇女様から貰ったダイオラマ球がまだあるんだ。これで何とか出来ねえか?」
「それなら、数日ぐらい時間は稼げるだろう」
「ま、待って下さい!それよりみんなは無事ですか?」
慌てて確認するネギに、落ち着けと千雨がジェスチャーする。
「ああ、みんな無事だよ。3-Aのメンバーはな」
思わせぶりな口調に、ネギがどういう事かと視線で問いかける。
「詳しい事を教えてやるよ、行こうぜ」
フライ・マンタ号と直接回線を開きながら情報交換を行ったネギは、顔面を蒼白にしていた。
直接の知り合いだけでも、消滅したのはラカン・エミリィ・クレイグ・アイシャ・トサカ・クママと6名にも及ぶのである。更に名前も顔も知らない相手となれば、最早、考えるのも恐ろしいほどである。
「・・・だがな、先生。朗報もあるんだ。宮崎」
『はい。皆さん、良く聞いて下さい。消えてしまったみんなですが、取り戻せるかもしれないのです。その為に必要な物は造物主の掟 と呼ばれる魔法具です。これはこの世界の創造主の力を運用できる、究極の魔法具なんです』
「それは重要な情報だな。それで、詳細は?」
真名の問い掛けに、のどかが強く頷く。
『造物主の掟 には3種類あります。まずは戦闘用簡易タイプ。これは魔法世界人を消す力しかありません。次に7本のグランド・マスターキー、これを持っていたのが魔術師ドゥナミスやフェイトになります。そして最後の1つがグレート・グランド・マスターキー。そこから引き出す事の出来る力は、この世界の創造主と同等とされ、まさに世界の最後の鍵と言えます。これを使えば、消えてしまった人達を取り返す事が出来るかもしれないのです!』
一斉に『おー!』という感嘆の歓声が上がりだす。
「あとは、その鍵が本物である事を願うだけだが、よくもまあそんなトンデモナイ物が実在したもんだな」
『それについては私も同感です。ですが世界を創造する。この1点に限って言えば、私達はシンジさんという存在を知っています。滅んだ旧世界を創造した実例がある以上、実在については信用しても良いかと』
「ちょっと待つです!今のはどういう意味ですか!?」
『え?だから、木乃香のお兄さんのシンジさんだよ。シンジさんが西暦2015年に滅んでしまった私達の世界―旧世界を再構成した神様だったという話だよ、ユエユエ』
「あの人が!?」
愕然とする夕映。ベアトリクスやコレットも互いに顔を見合せながら、言葉を出せずに呆気に取られている。何故なら夕映のアーティファクト『世界図絵 』にも載っていない情報だったのだから、驚くのも当然であった。
だがそれ以上に驚いたのは、それ以外のメンバーであった。
「ゆえ吉!今のはどういう意味!?シンジさんに会ったの!?」
「実は、数日前に夕映に会いに来た男の人がいたの。その人は夕映と手合わせして、強くなったね、って誉めて立ち去ったのよ。全て終わったら迎えに来るから、って」
「その人は近衛シンジと名乗っていました。サムライマスター近衛詠春様の養子で、あの伝説の不死の魔法使い ダーク・エヴァンジェリンから人形使いの業を受け継いだそうです。事実、私達5人の動きを纏めて封じた技量は、今の私達には太刀打ち出来ませんでした」
「それだけではないです。あの人は幼い頃の私が写った写真を持っていて、それを見せてくれたです」
アリアドネー組の説明に愕然とする少女達。そこへフライ・マンタを操るジョニーと裕奈との会話が漏れ聞こえてきた。
『なあユーナちゃん。1つ訊きたいんだがな、近衛シンジという男はどんな奴だ?まさか女みたいな顔した、長身の男か?ユーナちゃんの父親と、自分の母親が知り合いだって言ってたが』
『ちょっと待った!ドンピシャだよ!まさかおっちゃん、シンジさんに会ってたの!?』
『会ってたも何も俺達に『ユーナちゃんを助けてやってくれって』依頼しにきたのが、多分、嬢ちゃん達の言っている近衛シンジだと思うぜ?依頼料として200万ドラクマ、前金で気前よく払っていったからな』
200万ドラクマという金額に目を剥く少女達。流石に魔法世界に2ヶ月も滞在すれば、金銭価値ぐらいはおおよそ理解出来る。200万ドラクマがどれだけ大金なのかも。だがその数字に、別の意味で反応したのが亜子やアキラ、まき絵に楓達であった。
『そういえば、トサカ殿が言っていたでござるよ。依頼料200万ドラクマで、護衛の依頼を引き受けた、と・・・』
『ええ!?まさか、トサカさん達に依頼した人って!』
『待った待った!楓姉ちゃん!クママ奴隷長 も依頼された言うとったんやで!』
呆然と顔を見合わせるアキラとまき絵。だが護衛の依頼という言葉に、和美が反応した。
『そういえば本屋ちゃん。クレイグさん、護衛の依頼を引き受けたって言ってたよね?』
『・・・まさか、クレイグさんに護衛の依頼をした人も?』
『ちょ、ちょっと待って!そういえばウチ、トサカさんが最後に何か言ったの聞いた気がするんよ!』
亜子の叫びに全員の注目が集まる。必死になって最後の言葉を思い出そうとした亜子が、手を叩きながら『思いだした!』と叫んだ。
『トサカさん、こう言ってたんや!後の事は頼んだぜ、宰相って!』
宰相。その言葉にネギが反応した。
「みなさん、クルトさんが見せてくれた映画を覚えていますか?ケルベラス渓谷でアリカ王女救出作戦を行った際、映画の中のラカンさんがこう言っていたんです。『ウチんとこの軍師―ヘラス帝国宰相殿から伝言を預かっている』と。そしてクルトさんはこう言っていました。自分の養父は完全なる世界 を内偵していたスパイであり、紅き翼 の最後の2人 の1人であり、ヘラス帝国宰相の地位にあったゲンドウですと。そしてゲンドウという名前は、シンジさんの本当の父親の名前なんです!」
「ネギ君?まさか・・・」
「これは仮定です。証拠なんてありません。でも可能性としてあり得ます。シンジさんはゲートポート爆破事件において、フェイトの罠にかかり強制時間転移させられました。その際、もし20年前に時間転移していたとしたら!そこでゲンドウという偽名を使って紅き翼 の一員となり、ヘラス帝国の宰相にまで登り詰めていたとしたら!」
『それならば話の筋が通りますね。仮にシンジさんが最後の2人 であるゲンドウだとすれば、スパイを行いながら内部崩壊ぐらいは狙っていたでしょう。それに帝国宰相としての権力を持っていれば、数人程度、あの舞踏会へ参加させる事ぐらい容易かったでしょう。あの人なら敵を騙すにはまず味方からと言いきって、それぐらいは平然とやってのけると思います』
刹那の発言に、少女達が一斉に頷いてみせる。同時に、数名の視線が真名へと注がれた。
『龍宮、お前シンジさんに会っていたんじゃないか?』
「・・・ここまで来たら隠す理由も無いな。ああ、確かに私はシンジさんと会っていたよ。と言うより一緒に行動していたのさ。お前達も会っていたが、誰も気づかなかったようだが」
『い、いつ!?』
「舞踏会で早乙女と踊った亜人だよ。あれはシンジさんが変装していたのさ。だからアベルが懐いていたんだ」
一斉に上がるどよめきの声。
「あの人がお前達に対して姿を隠す理由。それはSEELEの存在だ。下手に姿を見せて、奴らを刺激するのは得策ではない。そう考えているんだ。代わりに色々と裏で動いているという訳だ」
「そうか、シンジさんにしてみればSEELEは妹さんと親友の仇。SEELEにしてみればシンジさんは最大の敵でしたね」
「そう言う事だ、特に連中が量産型エヴァンゲリオンを開発しているとあっては、シンジさんも慎重に動かざるをえないだろうよ」
シンジside―
ネギが去った後のオスティア総督府。そこでシンジは被害状況の確認を行っていた。結果、ネギ達を守る為に6人が消滅させられた事を知ったのである。
ネギ達を守る為に必要な事とはいえ、相手が完全なる世界 である以上、造物主の掟 を相手にすれば太刀打ちできない事は20年前の時点で分かり切っていた事だった。だがシンジはそれを承知の上で、護衛の依頼を行っていたのである。
最初から、弟妹たちを守る為の尊い犠牲とするつもりで。
「・・・僕は死んだら、天国には行けないだろうな。地獄行きは間違いないな」
瓦礫の山と化したオスティア総督府。その有様を脳裏に刻み込みながら、シンジは瓦礫の山を下りていく。
降りた先では、テオドラ・クルト・リカードの陣頭指揮の下、急造混成艦隊の編成が行われている。その為、夜であるにも関わらず、真昼のように騒がしくなっていた。
「ここにいたのか、龍宮君から連絡が入ったよ。今後はネギ君達と一緒に行動するそうだ」
「分かりました。それで問題ないと思います。それより、こちらも艦隊の再編成が終了次第、出向きましょう」
無言で頷くタカミチ。そこへ超とアスカが近寄って来た。
「シンジ、準備は出来たわよ?」
「ありがとう。それじゃあ、行こうか」
To be continued...
(2012.12.16 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
今回ですが、ついにネギ達はシンジの生還という事実を知る事になりました。ところが当のシンジはと言えば、鬱路線一直線wと言うのも、大戦を潜り抜けたシンジであれば、魔法世界人が造物主の掟 に太刀打ち出来ない事は理解している訳です。その状態で策士として動くとなれば、魔法世界人を犠牲にするのは当たり前な判断で、その結果『僕は人殺しだ・・・』となっちゃう訳で・・・久しぶりに登場した自虐癖シンジ君でしたw
話は変わって次回です。
次回は墓守り人の宮殿へ突撃する直前の、各陣営の風景と言った話になります。
闇の魔法 の浸食に抗うネギ、完全なる世界 に捕らわれたままのアスナ、夕映のアーティファクト『世界図絵 』によって真実を知る少女達、ウェールズでネギの帰還を願うあやか達、そして麻帆良学園に集まる詠春やミサト達。
終結に向けてそれぞれが動く中、シンジは事件を終結させる為、アスカや超とともに動き出す。
そんな感じの話になります。
それでは、また次回も宜しくお願い致します。
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