正反対の兄弟

第六十五話

presented by 紫雲様


ダイオラマ球―
 ラカンが遺した偽物のアスナという情報の真偽を確かめる為、ネギは自分の治療も兼ねて移動していた。
 同行者は真名・千雨・のどか・カモである。
 当初は拷問にかけてでも、と口にした真名であったが、ネギがそれを却下。代わりに仮契約を利用した方法で、偽アスナの変化を解除してしまったのである。
 そして現在、ネギ達の前には1人の少女が俯いたまま座っていた。
 「ルーナさん。僕達は貴方に危害を加えるつもりはありません。ただ、アスナさんの居場所を教えて欲しいだけなんです」
 「・・・アスナ姫は墓守人の宮殿ですわ・・・」
 墓守人の宮殿。かつて大戦の最終決戦の舞台となった地。その事を思い出したネギの体が武者震いを起こす。
 そんなネギをよそに、常にクールな真名がまるで挑発でもするかのように口を開いた。
 「結局のところ、おまえ達は何をしたいんだ?お前のような娘を送り込んでくるなんて、フェイトという男は正気とは思えんぞ」 
 「あの方の事を悪く言わないで下さい!貴女達に何が分かるというんですか!」
 初めて怒りを露にするルーナだったが、真名にしてみればそよ風程度にしかすぎない。そんな2人の間に、ネギが割って入った。
 「ルーナさん、フェイトが何を目的として動いているのか。その為に何をしようとしているのか、それを教えては頂けませんか?僕はまだ、フェイトがどんな思いで戦っているのかを知らない。だからこそ、教えてほしいんです」
 その言葉に、ルーナが小さく頷いた。

アスナside―
 アーニャとともにフェイトに捕えられていたアスナは、フェイトから完全なる世界コズモ・エンテレケイアの目的について説明を受けていた。
 「・・・と言う訳なんだよ。僕達が活動する理由はそんな所だ」
 「よく分からないんだけど?」
 「アスナのバカ!要は魔法世界が崩壊しちゃうって事なのよ!」
 首を傾げるアスナに、アーニャが怒声を上げる。そんなアーニャに、フェイトが頷いてみせた。
 「現実に存在している6700万人の人間。彼らを救うにしても、行き場所がない。旧世界は人口過多だし、あそこまで情報網と国家制度が発達していては、移住場所も無い。だから僕達は永遠の園―完全なる世界コズモ・エンテレケイアを作ったのさ。そこへ移住させる為にね」
 「待ちなさいよ!それじゃあ、他の人達はどうなるのよ!」
 「彼らには、公平かつ平等に全員、消滅して貰う。彼らは幻想の住人。この魔法世界が消えてなくなれば、それに伴って存在その物が消滅してしまうんだ。だから、全員を救う事なんて不可能なんだよ」
 「そんな・・・」
 愕然とするアスナ。アーニャも強いショックを受けたのか、呆然とするばかりである。
 「他に・・・他に方法は無いの!?」
 「無いね。あればとっくにやっているさ・・・いや、あると言えばあったのか。もっとも計画倒れで終わったみたいだけど」
 「あるの!?だったら、それをやれば良いでしょう!」
 「無理なんだよ。崩壊していく魔法世界。その原因は魔力の枯渇。ならばそこに魔力を充填し続ければ良いと考えた男がいたのさ。だがその男も、現在は消息不明だ。計画が進んでいるとも思えないね。恐らくは頓挫したんだろう」
 肩を竦めるフェイト。だがフェイトに使える3人の少女は初耳だったのか調が代表して『どういう事なのですか?』と聞き返した。
 「そうだね、教えてあげてもいいか。今から20年前の大戦の最中に、スパイとして潜り込んできた男がいた。彼は客観的に見てもとても有能な男でね、だからこそ僕やあの御方も処断しきれずに警戒しつつ放置せざるを得なかった。そんな彼が提案した計画が魔法世界その物にエネルギーを供給するという方法だったんだ」
 「エネルギーを供給!?そんな事が出来るのですか!?第一、それほどの莫大なエネルギーをどうやって確保するというのですか!」
 「僕達もそう考えたよ。だが彼には心当たりがあったみたいでね、僕達とは情報交換をしつつ、独自にアプローチを試みていたんだ。詳しい事は分からないが、ヘラス帝国を利用すれば可能だとだけは言っていたな」
 唖然とする3人の少女達。アスナは良く分からないらしく首を傾げたままだったが、アーニャが叫び声をあげた。
 「そんな都合の良い物が有る訳ないわよ!」 
 「・・・フェイトさま。本意ではありませんが、私達もそこの少女と同じ気持ちです。世界を支えるほどのエネルギー?そんな物が実在するとすれば、それは神の領域と言うべきでしょう」
 「君達が疑うのももっともだ。僕だって信じられなかったからね。だがあの御方やプリームムは、彼を信じたんだよ。S2機関―スーパーソレノイド機関の存在をね」
 その言葉に、アスナが目を丸くする。その態度に、フェイトが目聡く反応した。
 「お姫様、まさか心当たりがあるのかな?」
 「・・・あるわよ。少なくともS2機関について研究している人達が日本にいるわ。私そこの研究室を見学させて貰ったし、平和利用の為に研究してるって説明も受けたもの」
 「まさか、本当に実在していると言うのか?嘘だとばかり思っていたが・・・だが、そうなると何で彼は行動していないんだ?あの男―ゲンドウは何を考えているんだ?」
 顎に手を当てて悩むフェイト。
 (・・・ゲンドウ?それって確か、シンジさんのお父さんの名前じゃないっけ?)
ゲンドウという聞き覚えのある名前に、アスナもまた考え込む。だがフェイトは思考に没頭してしまった為、アスナの態度を見逃してしまった。
「・・・3人とも、彼女達を見張っていてくれ。僕は少し調べ物をしてくるから」

ネギside―
 ダイオラマ球の中にある砂浜。そこにネギは楓と刹那を呼んで、千雨とともに真実を伝えていた。
 「・・・確かに、ゲーデル殿が苦悩する筈でござるよ」
 「ええ、楓の言う通りだと私も思います。しかし、本物のアスナさんが、囚われの身だったとは!」
 「他の連中には、どこまで伝えるべきか検討中だからな。しばらくは黙っておいてくれ」
 千雨の言葉に、頷く楓と刹那。その時、ふと楓が思いだしたように口を開いた。
 「そういえば、千雨殿はすっかり我々の参謀役となってしまったでござるな。シンジ殿が知ったら、驚くかもしれないでござるよ」
 「冗談でもやめてくれ!私はあんなに悪党じゃねえ!」
 ガー!と吠える千雨に、ネギがクスッと笑う。そんなネギに、刹那が静かに問いかけた。
 「ネギ先生。恐らく、シンジさんは魔法世界の危機に気付いていますよね?ならば、この20年の間、何の手も打たなかったと思いますか?」
 「そういえばそうですよね。シンジさんが何もしなかったなんて考えられません。でも魔法世界を救うという一大事業に、たった1人で動くとは思えません。シンジさんほど頭が良ければ、必ず組織の力を使おうとする筈です。であれば・・・そうか、テオドラ皇女ですよ!あの人なら、何か知ってるかもしれません!だって、ヘラス帝国の皇女なんですから!」
 「確かに先生の言う通りだな。よし、それについては手の空いてる連中に調べさせよう。だから先生は、その間に準備を万端に整えておくんだ。ほら」
 闇の魔法マギア・エレベア習得の際に使った巻物を投げ渡す千雨。それを受取るなり、ネギは躊躇い無く巻物を開く。
 ボン!と音をたてて煙とともに姿を現したのは、ソファーに全裸のまま横になりながら、ファミコンで遊んでいる人造霊エヴァだった。しかもおやつらしい、ポテトチップもついている。
 衝撃的な光景に言葉も無い少女達。だがその空気を察したのか、エヴァが画面から目を離して振り向いた。
 「おうわ!何だ貴様ら!」
 「それはこっちのセリフだ!全裸でポテチ食ってレトロゲームとは良い御身分だな!」
 エヴァンジェリンを指さして激昂する千雨。ネギや刹那達は呆気に取られて声も無い。しかし当の本人はと言えば、驚きから立ち直ると黒のドレスを纏って立ち上がった。
 「それで、何の用だ?もう私に用は無い筈だが」
 「実は・・・」
 ラカンが死んだという事実、更には闇の魔法マギア・エレベアの暴走を食い止める方法を知りたいという相談にエヴァはふむと頷くとネギに語りかけた。
 「元々、闇の魔法マギア・エレベアは私の為に編み出した技法だ。ただの人間が使う事は想定していない。だからこその暴走だろうが、まさかここまで相性が良かったとはな」
 「師匠マスター、何か方法は無いでしょうか?」
 「確かにこのまま放置しておいては、死ぬか魔族化するかの2択だ。後者であればお前にとってメリットは大きい。これは生物としてより上位種への転生と言えるが、転生直後は本能のままに動く獣も同然。良いカモだろう。となれば、今は対策を講じる必要がある」
 ガシッとネギの頭を鷲掴みにするエヴァンジェリン。対するネギはと言えば、目を白黒させるばかりである。
 「良いか。お前の中の闇を飼いならす方法を見つけるんだ。それが何であるかは、私にも分からん。覚悟はいいな?」
 「・・・はい!」
 「良い返事だ。そこの2人、手伝え!お前たちの役目は、暴走するこいつを抑える事だからな!」

ハルナside―
 ネギ達がエヴァによる苛烈なショック療法を行っている間、少し離れた場所では少女達が円状に座って和美を取り囲んでいた。
 と言うのも、シンジについて首を傾げる少女達が続出したからである。
 裕奈、まき絵、アキラ、夏美、亜子はシンジの過去を知らない。ところがシンジが神様だったとか、20年前にタイムスリップしていたとか、トンデモナイ発言が飛び交ってしまい頭の中がこんがらがってしまった。
 それはベアトリクスやコレットも同じであり、和美が持っていた―正確には千雨が『力の王錫スケプトルム・ウィルトゥアーレ』でMAGIからハッキングした―映像情報の公開となったのである。
 第3使徒サキエルから始まる使徒戦役。その激戦の中を戦い抜いた3人の少年少女の姿に、真実を見終えた少女達は頭を左右に振りながら、言葉を発する事も出来なかった。
 「これがシンジさんとアスカさんの過去。西暦2015年に第3新東京市で起こり、歴史の闇へと葬られた使徒戦役の顛末。この後、サード・インパクトが発生して旧世界は崩壊。でもそれすらも乗り越えたシンジさんは神―使徒としての力を発揮して世界を再構成したの。それから後も色々あって、シンジさんが麻帆良へ来るのは、これから5か月後の事なんだよ」
 「・・・あの青い髪の子、あの子がシンジさんの初恋の人なんだね?シンジさんを庇って死んだっていう女の子」
 「そうだよ、ファーストチルドレン綾波レイ。本当はシンジさんの妹だった子だよ。シンジさんは彼女の仇を取りたいんだ」
 重い空気に、少女達は言葉も無い。そんな空気を吹き飛ばすべく、裕奈が事更に声を張り上げながら立ち上がった。
 「それにしても、シンジさん変わりすぎじゃない?あんなに大人しそうな男の子だったのに、今じゃ麻帆良一の悪党だよ?」
 「麻帆良どころか魔法世界一の悪党と言っても良いですよ。実は紅き翼アラルブラについても調べたのですが、彼らの行動の影であの人がしていた非合法活動についても、調べ出してしまったです」
 物騒極まりない台詞に、全員が思わず唾を飲み込む。
 「完全なる世界コズモ・エンテレケイアシンパの有力者達。彼らの家族を盾に取った脅迫や誘拐。これだけならまだ良いでしょうが・・・」
 「・・・何があったのさ?」
 「・・・暗殺です。あの人は自ら、障害となる者達を殺めているのです」
 その言葉に、少女達は言葉を無くした。彼女達―特に麻帆良出身の少女達が知る近衛シンジという少年は、悪知恵は働いても基本的には心優しい少年だったからである。それが必要な事とは言え、人を殺めていたという事実は受け入れがたい物であった。
 「ヘラス帝国暴走の原因と言われる将軍3名の暗殺。アリアドネーの2代前の騎士団総長の変死。アリカ王女の父、ウェスペルタティア王国国王の隠遁先での病死。メガロ・メセンブリア執政官の事故死。数え上げればキリがありません。その全てが完全なる世界コズモ・エンテレケイアの干渉を受けていたとはいえ、この数は・・・」
 「・・・ゆえ吉。本当の事を教えて。シンジさんはどれだけの人を手にかけたの?」
 「・・・直接手にかけたと思われるだけで23名。間接的な数であれば100万を下らないです。シンジさんは帝国宰相として軍の指揮に携わった事もありますし、紅の翼アラルブラの参謀として完全なる世界コズモ・エンテレケイア構成員や賛同者達、支援組織を壊滅させているです。当然、非殺を貫いたりはしていないですから・・・」
 想像を遥かに超える死者の数に、少女達は言葉も無い。だがハルナだけは、小さく溜息を吐くなり目頭を拭っていた。
 「シンジさん、辛かっただろうね。本当は誰も殺したくなんてなかった筈なのに・・・」
 「ハルナ・・・」
 「シンジさんはずっと自分を責め続けているんだよ。妹のレイさんが身代わりに死んでから、親友のカヲルって人を殺してしまってから、ずっとだよ?それだけじゃない。麻帆良での騒動の時、シンジさんを助ける為にレイさんとカヲルさんは残っていた魂を消滅させてまでシンジさんを助けたんだよ?あのシンジさんが、泣いて謝っていたんだよ?シンジさん、誰よりも命の大切さっていうのを理解しているんだよ?なのに、殺さなきゃいけなかったなんて・・・」
 肩を震わせるハルナに、少女達は下手に慰める事も出来ずに、ただ黙ってハルナを見つめた。
 「何で?何で私はここにいるの?私はシンジさんの魔法使いの従者ミニステル・マギなんだよ?シンジさんと一緒にいられるなら、自分の夢だって諦めていいって覚悟まで決めたんだよ?なのに、何で私はシンジさんの罪を一緒に背負う事も出来ずに、ここで泣いてなきゃいけないの?何でなのよ!?」
 床に膝を着いて泣き崩れたハルナをのどかが慰める。
 「私は覚悟を決めたのに!あの人の力になるって決めたのに!あの人を守るって決めたのに!どうして!どうして守る事も出来ないまま、守られるだけなのよ!」
 「ハルナ、お兄ちゃんはウチらの事を大切に思うとる。せやから、自分で全部背負うと覚悟を決めたと思うんや」
 「会いたい、会いたいよ・・・」
 想いを吐露するハルナだが、誰もかけるべき言葉を見つけられない。仲の良いのどかや木乃香達ですらそうなのだから、他のメンバーであれば尚更である。
 そこへネギから離れた千雨が歩み寄って来て、重苦しい雰囲気に首を傾げた。だがハルナの項垂れた様子と、和美の手にした映像機器に理解が及んだのか、肩を竦めてみせる。
 「おい、そこの腐れ女。泣いてる暇があったら立ち上がりな。あの悪党について調べる事があるんだよ」
 「調べる事?」
 「そうだ。あの悪党が20年前に何をしようとしていたかについての調査なんだよ。それも完全なる世界コズモ・エンテレケイアすらも巻き込んでいた可能性がある。テオドラ皇女なら、何か詳しい事を知っているかもしれねえ」
 千雨の思いがけない言葉に目を丸くする少女達。
 「いいから来い、それと先生の方には近づくんじゃねえぞ?足手まといになるからな」

パル様号―
 千雨とともにハルナは外部と連絡が可能な運転室へとやってきた。そのまま席に着くと緊急連絡用に教わっていた連絡先へと通信を入れる。するとすぐに通信画面が開いた。
 『・・・どうした?何かあったのか?』
 「悪いな、ちょっとアンタに教えて欲しい事があるんだ。頼むから正直に教えて欲しいんだよ。その答え次第では、完全なる世界コズモ・エンテレケイアに致命傷を与え得る可能性があるからな」
 『ほう?それは面白そうな話じゃのう。良かろう、まずは質問とやらを聞こうではないか』
 上機嫌のテオドラに、千雨は単刀直入に切り出した。
 「今から20年前。ヘラス帝国宰相ゲンドウが計画していた事についての情報が知りたいんだ。アイツがヘラス帝国宰相の地位に就いたからには、何か思惑があったのは間違いないんだ」
 『ゲンドウ、か。まさかその名をここで聞く事になるとはな。まあ良い、答えてやろう。妾が知っておるのは、あの男が完全なる世界コズモ・エンテレケイアを滅ぼす為に行動していたという事じゃ。だが宰相の地位に就いてから2年後、あの男は姿を消したのじゃ。ところで妾からも質問させて貰おう。何故ゲンドウをお主達が知っておるのじゃ?』
 「そのゲンドウが私達の仲間だからだ。ゲートポート爆破事件の時、強制時間転移によって過去へと飛ばされた近衛シンジ。それがゲンドウの素生だ。これについてはほぼ間違いないんだよ」
 『ほう?そこまで調べておったのか・・・ならば教えてやろう。妾は先ほど、ゲンドウ―シンジが2年後に姿を消したと言うたのを覚えておるな?正確には姿を消したのではない。時間転移の力を秘めたライフル弾を参考にして、意図的に時間転移の儀式を行う事によって、元の時代へ帰ろうとしたのじゃ』
 「・・・ちょっと待って下さい!それじゃあシンジさんは、20年間この世界で生きてきた訳じゃなかったんですか!?」
 割って入って来たハルナに、テオドラは無礼を咎める事も無く、黙って頷いてみせる。
 『数ヶ月前―妾達から見れば18年振りの再会だった訳じゃが―あの時点で年齢的には19歳だったと聞いておる。旧世界から渡って来た頃は16歳だったのじゃろう?若干、歳はとっておるが大差あるまい』
 「・・・無茶する男だな、よくもまあそんな選択肢を実行したもんだ。とりあえずあの男の事については分かったよ。それで最初に質問した本題についてだが、完全なる世界コズモ・エンテレケイアの思惑を潰す為に、あの男が魔法世界その物について何か計画をしていなかったか知らないか?」
 『魔法世界その物について?確かにシンジは、魔法世界の成り立ち―創生の頃の話を良く調べてはおったが。じゃが妾が知る限り、シンジが宰相権限を用いて行った巨大な計画と言えば、時間移動の儀式しか行ってはおらん』
 「そうか、ありがとう。忙しい所を済まなかった」
 「待って!」
 通信を切ろうとした千雨を、ハルナが慌てて止める。何事かと画面の中のテオドラが目を丸くする中、ハルナが口を開いた。
 「シンジさんに会わせて下さい!お願いします!」
 『その気持ちは分かるんじゃが、シンジはここにはおらんのじゃ。どうもオスティアに残って何かをやっているようでな。じゃが、何故そこまでシンジを気にかけるのじゃ?』
 「・・・好きだから!あの人の事が好きだからです!」
 ど真ん中ストレートな発言に、テオドラが一瞬硬直する。その直後、お腹を押さえて笑いだした。
 『面白い!そういう事ならば、妾も出来る限り協力してやろう。じゃが妾にはアスカへの義理もあるからな。お主だけに肩入れする事は出来んのじゃ』
 「アスカさん?あの人も無事なんですか?」
 『うむ。20年前、シンジがまだバウンティハンターとして動いていた頃から相棒として組んでおったと聞いている。帝国に来てからは、シンジは父上の側近に、アスカは妾の専属護衛として傍におった』
 声を失うハルナと千雨。だが良く考えてみれば、アスカはシンジと一緒に罠にかかったのだから、同じ所へ時間転移されても何も不思議は無い。
 『のう、ハルナ。シンジは根本的な所で優しい性格の男じゃ。その事を、妾を始めとする皇家の者達や帝国上層部の者達は良く知っている。じゃから、その様に不安な顔をするでない。シンジはお主の事を忘れてはおらんからのう』
 「・・・はい!」
 『うむ、良い返事じゃ。では通信を切るぞ?』
 ピッと音を立てて切られる直接通信。笑顔を取り戻したハルナ。その足元にアベルが近づいて『グル?』と首を傾げてみせる。
 「大丈夫だよ、アベル。心配してくれてありがとう」
 近寄って来たアベルを抱きあげて、ギュッと抱きしめるハルナ。そして俯けていた顔を上げる。そこには先程まで浮かんでいた弱さは綺麗に消え去っていた。
 「私は茶々丸さんと航路の特定を進めておくから。ネギ君の事はお願い」
 「・・・フン。分かったぜ。おっさんにも頼まれてる事だからな」

ネギside―
 ベッドで苦しみ続けるネギの姿に、亜子やまき絵達は心配そうに見守る事しか出来ずにいた。事実、ネギの苦しみの原因は闇の魔法マギア・エレベアの暴走による物であり、それを象徴するかのように今のネギは全身は黒く変色し、鋭い鉤爪を生やした異形の姿を晒していた。それどころか更なる異形に進ませようとするかのように、全身からギチギチという音すら聞こえてくるほどである。
 「闇の魔法・・・それのせいで?」
 「ああ、そうだ。ぼーやの力の源泉でもあるが、怖気づいたか?」
 「何とかならないの?エヴァちゃん、本当は吸血鬼のエライ人なんでしょ?」
 ここに至る途中、エヴァンジェリンの素生と、目の前のエヴァンジェリンが本物のコピーであるという説明を受けていたまき絵が訊ねる。だがエヴァンジェリンは小さく笑うばかりである。
 「そんな都合の良い物があったら、とっくに使っているわ。それより、貴様達も命が惜しければ立ち去るんだな。足手まといは必要ない」
 「・・・大丈夫だよ。ネギ君は絶対に私達を傷つけたりしないから」
 ネギの手をまき絵が握る。
 「大丈夫だよ、絶対に大丈夫だから・・・」
 その言葉が事実であるかの様に、異形化していたネギの手が静かに元の手へと戻っていく。その光景に、一番驚いたのはネギの手を握っていたまき絵であった。
 「アレ?治った?」
 「・・・フン、良いだろう。貴様達が看てやれ。明日は朝の4時から、同じメニューだからな」
 立ち去るエヴァンジェリン。残された少女達は、次々にネギの身体に手を置いていく。すると手を置いた場所を中心に、次々に異形化が解除されて元の姿へと戻りだした。
 「見て見て、楽になってきたみたい!息が静かになってきたよ!」
 「どういう事?手を置いているだけなのに?」
 首を傾げる少女達に見守られながら、ネギは静かに寝息を立てていた。
 そこへテオドラからの情報収集を終えた千雨が戻って来る。
 「お前らにも、少しだけ事情を説明しておいてやる。ついてきな」
 千雨の言葉に、看護役の亜子だけを残して外へと出る少女達。向かった先は砂浜、そこには高音と愛衣が待ち受けていた。
 「容態は?」
 「落ちついてるぜ、今は和泉の奴が面倒を看てる」
 「そうですか、それならば良いでしょう。では本題に入りましょうか。まずは彼があそこまで強さを追い求める理由からです」
 高音の口からでたネギの過去に、アキラ達は静かに聞き入った。そして一通りの説明を終えた所で、裕奈が堪えきれなくなった様に口を開く。
 「でもさあ、あそこまでしないといけないの?魔法について私は何も知らないけど、無理をしてる事ぐらいは分かるよ?」
 「世界を救った親父の跡を、たかが10才のガキが継ごうとしているんだ。無理も当然、あの姿はその代償だ」
 「貴女達がそう考えるのも無理は無いかもしれません、ですが立派な魔法使いマギステル・マギを目指す者にとって、我が身を捨てて世界の為に尽くすのは本分なのです。そういう意味では、今の彼は敬意を払うに値します。あなたのお母さんのようにね、明石裕奈さん」 
 『へ?』と顔を上げる裕奈。同じタイミングでその場に居合わせた千雨もが、目を丸くして『どういう事だよ!』と説明を求める。
 「明石裕奈さん。あなたの御両親はネギ先生と同じく魔法先生なのです」
 「「「ええー!?」」」
 「お姉様!その話は明石教授から硬く口止め」
 「分かっているわ。これは私の独断です。ですが魔法世界にまで来てしまった以上、真実を知らないままでは逆に危険だと判断しました」
 断言する高音に、愛衣は反論すべき言葉を見つける事も出来ずに口籠るしかない。
 「そもそも麻帆良学園を創始したのは、我々魔法使いなのです。現学園長も高位の魔法使いであり、そこに務める多くの職員もまた、魔法使いであったとしても不思議は無いと思いませんか?」
 「そ、そんな・・・」
 「ただ明石教授は貴女の事を思って、真実を知らせない様にしていたみたいですが」
 アキラとまき絵が心配そうに裕奈に近寄る。しかし裕奈は、いつも通りの明るい笑顔のままであった。
 「・・・やっぱり、そうだったんだね。だってさ、ちょっと考えればおかしいと思うよ。パパの友達のドネットさんが魔法世界の関係者だったんだから。いくら私が馬鹿でも、少しは考えたよ・・・高音先輩、杖、持ってませんか?」
 「これで良いかしら?」
 「どもッス。えっとプラクテ・ビギ・ナル火よ灯れアール・デス・カット!」
 ボッと音を立てて灯る魔法の炎。その光景に、周囲から驚きの声が漏れる。
 「ちっちゃかった頃、ママが教えてくれたんだよね・・・先輩、私のママは5歳の時に海外旅行中に飛行機事故で死んだ事になっているんですが、それは本当なんですか?私は大丈夫ですから、本当の事を教えて欲しいんです」
 「・・・貴女のお母様は麻帆良学園からメガロ・メセンブリアに派遣されていたエージェントでした。そして本国政府からの任務を遂行中に、殉職されたのです。恐らく、この戦いとは無関係では無いのでしょう」
 「あははは、エージェントって何ですか?やだなあ、超かっこいいじゃないですか・・・馬鹿だなあ、パパったら。本当の事、話してくれても良かったのに・・・」
 厳しい表情の高音から告げられた事実に、裕奈が肩を落とす。母の死が事故では無く、殺されたとあっては平常心を保てる筈がなかった。
 「魔法に触れると言う事は、裏の世界―非日常に触れるという事を意味します。それは命の危険と隣り合わせの日々なのです。だから明石教授が魔法から遠ざけようとしていた事も、近衛さんが女子寮に配置されていた事も当然の事なんです」
 「ちょっと待って下さい。裕奈のお父さんが、裕奈に魔法を隠そうとするのは分かります。でも、どうしてそこでシンジさんが出てくるんですか?」
 「貴女達の住んでいる寮には、ネギ先生が住んでいます。しかし彼はまだ子供、魔法の秘匿という点に関して、イマイチ理解の甘い部分がありました。そんな彼をフォローしてきたのが近衛さんだったんです。おかしいと思った事はありませんか?近衛さんは貴女達より1つだけ年上の男なんですよ?一般常識的に考えて、女子寮に寝起きするなんて許される訳が無いでしょう?何かあったら、大問題に繋がってしまうんですから。それでも、近衛さんを女子寮へ常駐させておくべき理由が、学園長達にはあったんですよ」
 今更ながらに納得する3人の少女達。だが千雨は1人だけ『今更気付いてんじゃねえよ』とばかりに小さく溜息を吐く。
 そこへ、ふと気付いた様にまき絵が口を開いた。
 「そっか、言われてみればシンジさんも不思議な所があったもんね。さよちゃんに最初に気付いたりとか、人形使いなんて糸を使う技とか、麻帆良での騒動とか、ゲートポートでの不思議な光とか・・・」
 「やっぱり、先輩やネギ先生みたいな魔法使いなんですね?」
 「ええ、そうです。正確には、日本古来の呪的技術継承者―陰陽師と呼ばれる者の1人ですがね。名前ぐらいは聞いた事があるでしょう?」
 同時に頷くアキラと裕奈。しかしまき絵だけは馬鹿ピンクの称号の持ち主である事を示すかのように、首を傾げたままである。
 「ま、まあ良いでしょう。とりあえずは貴女達を守る為に、麻帆良学園は魔法を秘匿してきたという事を理解して頂ければ十分ですから」
 
同時刻、麻帆良学園―
 魔法世界と地球を結ぶゲートポート同時爆破テロから、地球ではまだ2週間しか経過していない。ゲートと言う掛橋が断たれてしまうと、2つの世界では時間の流れに差異が生じてしまうからである。
 だが、今はそれ以上に恐ろしい事態が麻帆良学園を襲っていた。
 本来なら22年に1度しか発行しない筈の世界樹が、麻帆良祭並の発光を始めたからである。
 その原因について調べた近右衛門は、それが招く致命的な事態に気付くなり、関東魔法協会全体に緊急招集をかけていた。
 「諸君らも知っての通り、何者かによる同時多発テロにより世界11ヶ所のゲートが破壊され、魔法世界とは連絡が取れない状況が続いておる!じゃが!今回の世界樹発光現象からその原因を推測してみた所、犯人は『完全なる世界コズモ・エンテレケイア』残党による可能性が高いと言わざるをえなくなった!」
 ざわめく魔法使い達。そのざわめきを代表して、ガンドルフィーニが口を開いた。
 「しかし学園長、残党は高畑君達が何年も前に掃討した筈ではないのですか?」
 「地下に潜り、隠れきったのじゃろうて。そして奴らの目的じゃが、最初は儂も2つの世界の分断だと思っておった。じゃが、本当は違う。現在、ゲートポートが破壊された事により、魔法世界には行き場を失った魔力が充満しておる状況じゃ。それほどの魔力を集める理由―それは20年前のアレの再現じゃ。そんな事になれば、唯一残っている図書館島地下に封じられているゲートを通じて、その余波が麻帆良学園を襲う事になる。となれば最悪の事態を想定しておかねばなるまい!」
 近右衛門の檄に、魔法関係者達が緊張を漲らせた時だった。
 「会議中、申し訳ありません」
 「婿殿に天ヶ崎君に長瀬君!?それに葛城君に赤木博士まで、どうしてここに!?」
 さすがに意表を突かれたのか、近右衛門が目を丸くする。そんな驚きに答えるかのように、詠春が最初に口を開いた。
 「ええ、実は昔の友人から手紙を貰ったのです。なるべく早く、麻帆良学園に長期間臨戦態勢のまま、長瀬氏や千草君も連れてエヴァンジェリンやアルと一緒に待機していて欲しい、とね」
 「理由は分からぬが、無視するには物騒な内容故に、助太刀に参りました」
 「・・・長の命令やし、シンジの件もあるからな・・・」
 「私達の場合は、亡くなった筈の先代総司令碇ゲンドウの名前で手紙が来たからです」
 「内容についてですが、麻帆良学園で起きている騒動について協力をして欲しい、という物でした。具体的な内容については書かれておりませんでしたが、麻帆良へ向かえば分かる、と書かれておりまして・・・」
 歯切れの悪いリツコの説明に、詠春が無言のまま頷いてみせる。
 一方、突如現れた5人の言葉に、魔法先生達が互いに顔を見合わせた。そんな者達を代表して、魔法関係者の中では一番詠春と繋がりの深い刀子が質問を投げかける。
 「詠春様。その御友人と言うのは、今の状況を想定されていた。そう考えて宜しいのでしょうか?」
 「その可能性は高いですね。何せ『ゲートポート同時爆破テロが起きたら、臨戦態勢で待機していて欲しい』と書かれていましたから。まあ彼に要請されたとあっては、断る事も出来ません。ですが留守中の仕事の引き継ぎに時間が掛かり過ぎましてね、何とか間に合って良かったですよ」
 ハンカチで首筋の汗を拭うスーツ姿の詠春は、ホッと安堵している。だが手紙の内容を聞かされた方にしてみれば、目を丸くするのは当然であった。
 「のう、婿殿。その友人と言うのは誰なのじゃ?」
 「紅き翼の最後の2人ラストメンバー、作戦参謀を務めていたゲンドウ殿です」
 ピクンと反応する近右衛門。ミサトやリツコ達は既に事情は聞いているのか、複雑そうな顔をしながらも、無言を貫いていた。
 「断っておきますが、シンジの父親であるゲンドウさんではありません。確かに瓜二つではありましたが、全くの別人です。私達と別れた時、彼は魔法世界のヘラス帝国宰相を務めていましたから」
 「・・・婿殿?それは矛盾しておらんかの?魔法世界とは連絡が途絶しておる筈じゃが」
 「ええ、確かにその通りです。私がその手紙を受け取ったのは、ゲートポート爆破事件の2日前でした。つまり、彼は事件が起きる事を予測していた事になります」
 シーンと静まり返る会議室。誰もが、ゲンドウという男は何者なのか?と首を傾げるままであった。
 「彼が何者なのか、それは私も詳しくは知りません。ただ彼の実力については、ナギやラカン達も認めておりました。何せ『完全なる世界コズモ・エンテレケイア』の内偵を行って生還したどころか、連中の親玉と直接接触した男ですからね」
 「そんな男がおったとは、世界とは広いものじゃのう」
 「一番不思議なのが、彼が陰陽術の使い手という事でした。式神、破術、身代わり。こちらに戻って来てから、それらしい人物について捜してはみましたが、どこにも該当人物はいなかったんです。結局、今に至るまで個人情報はサッパリ、と言った所です」
 やれやれと首を肩を竦める詠春。だが刀子は無視できない言葉があった事に気付いて、咄嗟に口を開いた。
 「詠春様!身代わりの術と言えば、使い手などほとんどいないでしょう!なのに、見つからなかったというのですか?」
 「ええ。身代わりの術は気を大量に消費しますから、使い手を選ぶ術です。私自身、この術を教えたのはシンジぐらいしかいません。関西呪術協会全体で見ても、陰陽師の使い手は5人といないでしょう」
 シーンと静まり返る会議室。それほどの術者が無名のままであるという事自体、考えられない事であった。
 「お義父さん、何か出来る事がありましたら、何でも言って下さい」
 「私達もです。魔法について私達は力になりえませんが、政治方面や科学方面であれば力になれる事はあります!」
 「うむ、頼りにさせて貰うぞ。では、これより当面の方針を説明する!明石君、君は葛城君とともに周辺住人の避難を、理由は何でも良い!弐集院君、君はシャークティー君と赤木博士、天ヶ崎君ともに地下のゲートの封印の再確認と現状の把握を頼む!次にガンドルフィーニ君、君は婿殿や長瀬君とともに・・・」 
 矢継ぎ早の指示に、魔法先生達が動き出した。

イギリス、ウェールズ―
 ネギが旅立ってから、2週間という時間が経過する間、あやかを筆頭とする3-A居残り組はのどかな田舎暮らしを満喫していた。
 そんなメンバーの中で、ただ1人異彩を放っていたのがあやかである。昼間は他のメンバーと同じように過ごしているのだが、夜になると持参して来たPCを使い、インターネットを利用して調べ物をしていたのである。
 そんな彼女の前に置かれているのは2冊のファイル。1つは第3新東京市の使徒戦役についての調査報告書。もう1つはナギ・スプリングフィールドの追跡調査報告書である。
 ナギの行方については雪広財閥の力を使っても、現在の居場所を把握するまでには至らなかった。だが調査員達の実力不足が原因ではない。ただナギが魔法使いであるが故に、通常の調査方法では調べきれないというだけの事である。
 だが魔法と言う物が存在し、なおかつネギがそれに関わりがある事ぐらいはあやかも理解していた。その程度の事なら調査出来るぐらいには、雪広財閥の調査員達は有能なのである。
 使徒戦役については、イギリスに来る前に調査報告書が送られてきており、現在に至るまで追加情報も1枚のDVDが送られてきただけである。
 何故ここまで調査が早かったのかと言うと、NERVがまだゲヒルンと呼ばれていた頃、雪広財閥は金銭的な面での支援を行っていたからである。これには碇ユイの存在が大きかったのは言うまでも無い。結果、雪広財閥は現在に至るまでスポンサー的な立場を維持しており、その関係から情報を手に入れていたのであった。
 そして送られてきたDVDの中に収められていた使徒戦役の映像資料。その凄惨さに、さすがに気丈なあやかも言葉を失った。映像の中の少年少女は14歳。今の自分より年下であるにも関わらず、戦争を強いられた3人の姿はあまりにも強烈だった。
 PCの画面から眼を離す。すると窓の外から、眩い朝陽が射しこんで来ていた事に、今更ながらに気がつく。
 「・・・もう朝だったのね・・・」
 情報の整理に夢中になるあまり、徹夜してしまった事に遅まきながらに気付くあやか。そこへコンコンと言うノックの音が聞こえてきた。
 「どうぞ」
 「おはよう、貴女宛てに日本から電話が来ているのよ」 
 ネカネがスッと差し出した受話器を受け取るあやか。そこから聞こえてきた声は、聞き覚えのある級友のものである。
 『雪広、聞こえるか?全員連れて戻って来い。ぼーや達はそちらへは戻ってこない。戻ってくるとすれば、日本へ直接戻ってくる』
 「エヴァンジェリンさん!?それはどういう意味なのですか?」
 『帰ってくれば分かる』 
 ブツッと切れる通話。しばらくの間、あやかは考えた後、すぐに決断した。
 「ネカネさん、今までお世話になりました。私達は麻帆良へ戻ります」

ネギside―
 闇の魔法マギア・エレベアの暴走を食い止める為の試練を始めて、すでに5日の時間が経過していた。ダイオラマ球の中は時間の流れが違うが、それでも外では着実に時間が流れている。その為未だに解決の糸口すら見つけられないネギは、焦る心を必死に抑えつけながら答えを探そうともがき続けていた。
 地面に膝を着き、肩で息をするネギ。その前にはエヴァンジェリンが悠然とした態度を崩すことなく、ネギを見下ろしている。
 「・・・どうやら時間切れの様だな。お前はよくやった。あとはタカミチ達に全てを任せて、元の場所へと戻るが良い」
 その言葉が理解できない暴走ネギは、雷天大壮を発動させてエヴァンジェリン目がけて襲いかかる。雷速瞬動により死角へ潜り込んで致命の一撃を繰り出して来るネギは、エヴァンジェリンにとっても油断できない相手であり、舌打ちしながら全ての力と技で迎撃する。
 だが手加減するにも限界はある。暴走状態のネギは体が魔族化しつつある状況。それは人間よりも優れた身体能力と魔力を手に入れつつあるという事である。極端な事を言えば、ただ時間が経過するだけで、ネギは勝手に強くなってしまうような物なのである。
 だからこそ、長い時間が経過するほどにエヴァンジェリンの顔から余裕が消えていく。
 (ぼーや!早くしろ!)
 そんなエヴァンジェリンの心の叫びが聞こえた訳でもないだろうが、ネギもまた内面で葛藤し続けていた。 
 幼い頃から抱えてきた負の念。復讐と言う思いは、一朝一夕で消えるものではない。そしてフェイトという最大の敵がいる限り、ネギは力を欲し続ける。
 自分はどうしたいのか?
 その答えが見つからない為、ネギの暴走は止まらない。そんなネギのポケットから、仮契約カードが零れおちる。そしてうっすらと燐光を放ちながら、カードがネギの周囲を取り巻きだす。
 アスナ、のどか、刹那、木乃香、夕映、千雨、和美、茶々丸、古、亜子、まき絵、裕奈のカード。そして少し離れた所から、まるで見つめるように浮かんでいるシンジのカード。
 ネギの動きが急に止まる。口から唸り声を洩らしつつ、頭を抱え込む。
 今までとは違う様子に、エヴァンジェリンも攻撃の手を止めて、様子を伺う。
 「うああああああああああ!」
 飛び出すネギ。チッと舌打ちしつつ迎撃に入るエヴァンジェリン。互いの一撃が交差した瞬間、ネギの目に理性が戻り、ネギの一撃がエヴァンジェリンの脇腹を抉った。
 「フン、遅いぞ。しかも制御出来たのは一瞬だけとはな」
 「師匠マスター!」
 「だが本体に数倍劣るとは言え、まさかこの身に一撃を入れるとはな・・・」
 脇腹を押えながら立ち上がるエヴァンジェリン。そんな師に、ネギは後頭部を掻きながら笑って返した。
 「どうも僕1人だけでは止められそうにないから、もし暴走したらみんなに止めて貰おうと思ったんです。みんなのおかげです」
 仮契約カードを手に取りながら、感慨深そうに言葉を紡ぐネギ。その視線は初めての仮契約相手であり、兄であり、一時は最大の敵であった少年のカードに向けられていた。
 「それに例え魔族になったとしても、師匠マスターと同じになるだけですよね?僕はそれでも良いかなって。だって師匠マスターの事は好きですから」
 無垢な笑顔を見せるネギ。無自覚天然たらしの素質を全開にした弟子に、師匠が顔を赤らめながら、問答無用の強烈な一撃を放つ。
 まるで天を突くかの様な巨大な水柱が消えると、そこには全身濡れ鼠と化したネギが目を白黒させながら立ち竦んでいた。
 「・・・まあいい、それでぼーや。お前はどうするつもりだ?」
 「僕は、フェイトと友達になりたいんです」
 
シンジside―
 オスティア総督府。そこにテオドラ皇女を最高指揮官、リカードを副指揮官、タカミチとクルトを遊撃部隊長とする魔法世界混成艦隊が集結していた。
 『総員、この放送が聞こえるな?私は混成艦隊最高指揮官を務めるテオドラじゃ。これより、この混成艦隊が編成された理由について説明する。ここから先は参謀を務める紅き翼の最後の2人ラストメンバーであるゲンドウに代わる』
 全艦に流された映像に総員が最敬礼で注目する。だがテオドラの最後の言葉に、兵士達からどよめきが生じた。
 と言うのも、ゲンドウの名を20年前のヘラス帝国宰相として知っている者は数多い。しかしゲンドウが紅き翼の最後の2人ラストメンバーという真実を知る者はいなかったからである。
 ところが画面に映ったのは中性的な容貌の少年。この事態に、兵士達は首を傾げざるをえなかった。
 『ただ今、紹介に預かった参謀を務めるゲンドウです。最初に言っておきますが、20年前にヘラス帝国で宰相を務めていたゲンドウと姿が違う事に不信感を覚えている方も多いでしょう。ですが、私がゲンドウである事は真実です。なぜなら、20年前のゲンドウは私が操る人形であったからです。だから姿が違っているのは当然の事なのです。何故、そんな事をしたのか?それは完全なる世界コズモ・エンテレケイアを壊滅させる為です。私はヘラス帝国に現れる前から彼らと矛を交え続けてきました。だからこそ、彼らが一筋縄でいかない事も良く理解していた。例えナギ達が頑張ったとしても、全てを壊滅させる事は出来ない。必ず残党は地下に潜伏するだろうと考えたのです。だから私はその思惑を逆手に取る為に、20年という時間をかけた罠を仕掛ける事にしたのです。その第一歩が姿を偽る事でした』
 シンジの説明に、兵士達からどよめきが漏れる。その全てが、目の前に映る少年の知略に驚きを隠せなかったからである。
 『完全なる世界コズモ・エンテレケイアは20年前の魔力喪失現象を再現しようとしています。これが起これば魔法世界は消滅するでしょう。皆さんもご存じの通り、魔法世界は魔力で火星に作られた人造異界だからです。もしこのまま彼らを止めなければ、魔法世界全ての住人が魔力の庇護を無くして死に直面する事になるでしょう。だからこそ、貴方達の力を借りたい。魔法世界に住む全ての命を、貴方達の帰りを故郷で待つ、家族や恋人達の命を守る為に』
 その言葉に、兵士達が腹の底から歓声を上げた。これが国のメンツや建前であれば、ここまで士気が上がる事は無かった。しかし混成艦隊設立の理由が自分達の家族を守る為と聞かされてしまっては、彼らがやる気を出すのは自明の理である。
 『今回、テオドラ皇女殿下を最高指揮官と仰いだのは、殿下の皇族と言う立場もありますが、殿下は白兵戦よりも大部隊の指揮を得意とされているからです。リカード議員には提督時代の経験を活かして、殿下のサポートをお願いする為に副指揮官に就いて頂きました。クルト、タカミチの両遊撃部隊長は頃合いをみて最前線に切り込んで頂きます。そして私は2名の仲間とともに、今回の魔力喪失減少の生贄とされている少女の救出の為に、敵の中枢である墓守人の宮殿に直接侵入を図り、敵の首魁を暗殺してきます』
 最後の爆弾発言に、兵士達から歓声が消え、全員が画面を凝視していた。
 『それこそが私の贖罪。18年前、汚名を着せられたまま処刑されたアリカ王女殿下に対するケジメなのです。あの当時、私達はアリカ王女殿下の無実を晴らす事が出来なかった。結果、殿下は1人の少女を守る為に、全てを背負って刑場の露と消えられたのです。二度とその少女を戦争の道具として使わせない為に・・・その少女を完全なる世界コズモ・エンテレケイアは再び利用しようと画策し、手中に収めているのです。それをこのまま放置していては、アリカ王女殿下が全てを背負って消えられた意味が無くなってしまいます。だからこそ、その子を救いださなければならない。それが紅き翼の最後の使命であり、贖罪なのです』
 初めて聞いた真実に、オスティア出身の兵士達から嗚咽と怒りの呻き声が漏れ始める。何故アリカが何も抗議せず、災厄の女王という悪名を被ったまま抵抗せずに死を受け入れたのかを理解したからである。
 アリカは生前、気さくな性格の王女として知られていた。それ故に国民からの支持も高く、オスティア崩壊の際には自ら陣頭指揮を執ることで、避難の遅れたスラム街の住人達を助けるという行動を取っている。
 その行動は、その後の完全なる世界コズモ・エンテレケイアシンパの政治工作によって世に出る事はなかったが、それでも助けられた者達の心から、真実が消える事は無い。だからこそ彼らはアリカが全ての黒幕として処刑された際『そんな筈はない』と怒りと悲しみに打ちひしがれた。
しかしシンジの言葉に、彼らはアリカが無実であった事に喜びを、1人の少女の為に命を捨てる事が出来るアリカの強い心に感銘を受けた。
『どうか、みなさんの力を貸してほしい。殿下が守りたいと願ったその子を救う為に、全員の力が必要なのです』
一瞬の静寂の後、全ての戦艦に搭乗する兵士達から割れんばかりの歓声が沸き起こった。

通信のスイッチを切ると同時に、シンジは大きな溜め息を吐いた。それはこれから失われる事になる多くの命に対する重さを自覚しているからである。
「シンジ」
聞きなれたアスカの呼び声にシンジが反射的に顔を上げる。その顔へビシャッ!と音を立てて冷たいタオルが叩きつけられた。
「アスカ!?」
「このバカシンジ!1人で全部、背負い込んでんじゃないわよ!ここにいるメンバー全員が、アンタと一蓮托生の覚悟決めてんのよ!」
アスカの叫びに、テオドラが『全くじゃ』と重々しく頷けば、リカードが同感とばかりに相槌を打つ。タカミチが苦笑いしながらシンジの肩を叩けば、クルトはその傍らで眼鏡をかけ直して表情を隠そうと必死になる。その一方で超はシンジの背中を全力で叩いて、気合いを入れる。
「シンジサン、私達の思いはみな同じネ。アスナサンを助ける事、ネギ坊主を助ける事、みんなを助ける事。その為に、覚悟を決めているヨ。それを忘れてしまってはいけないと思うネ」
「・・・うん、ありがとう。みんな、力を借りるよ。あの子達を守る為に」



To be continued...
(2012.12.22 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は最終決戦直前の各陣営の光景、とでも言うべき話です。少々物足りなかったもしれませんが、話自体はこれから加速していきますので、今後にご期待下さい。
 話は変わって次回です。
 遂に始まる最終決戦。本拠地である墓守り人の宮殿へ乗り込もうとするネギ達。だがネギ達を守ろうとするシンジは、ネギ達を置き去りに奇襲攻撃を仕掛けようとする。それはネギ達が墓守り人の宮殿への侵入方法を知らないからこそ、成り立つ作戦。
 ところがネギ達はルーナの助言から、シンジの予想を上回るスピードで墓守り人の宮殿への強硬突破を仕掛ける事に。
 そんな感じの話になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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