正反対の兄弟

第六十六話

presented by 紫雲様


ネギside―
 闇の魔法マギア・エレベア暴走対策の修業に区切りをつけたネギは、少女達とともにダイオラマ球から外へと出てきた。そこに待ち構えていたかの様にハルナが駆け寄る。
 「ネギ君!オスティアから連絡が入ってるよ!」
 「オスティアから?分かりました、すぐに向かいます」
 ハルナの先導の下、艦長室にある通信席へと飛び付くネギ。そこには、顔に数枚の絆創膏を貼りつけたタカミチがいつも通りの笑顔を浮かべて映っていた。
 『やあ、ネギ君、無事で良かった』
 「タカミチも無事で良かった!・・・って、後ろの人は?」
 『大変不本意ではありますが、協力して事に当たる運びとなりました』
 眼鏡をかけ直しているクルトは、誰が見ても不機嫌極まりない表情である。いっそ見ている方が気持ちが良くなるぐらいムスッとしているクルトに、千雨が心の中で『大人気ねえなあ』と呆れかえる。
 『既に完全なる世界コズモ・エンテレケイア残党が墓守人の宮殿の奥深くで動き出しています。観測される魔力の総量から推測するに、間違いなく20年前の再現です。先程までの私の話は10年20年単位での話でしたが、これは数時間単位での危機。この事態に対し、帝国・アリアドネー・連合の全ての勢力による混成艦隊が設立。現在、墓守人の宮殿まで数10分の距離にまで侵攻しています』
 予想以上に素早い軍の行動に、ネギ達も言葉が無い。そんなネギ達の内心を察したタカミチが、笑いながら口を開いた。
 『ゲンドウさん―いや、もうバラしても良いか。シンジ君が全ての段取りをしてくれていたんだよ。おかげでこちらの動きが早いと言う訳だ』
 「・・・龍宮隊長から聞きましたけど、シンジさん、この時代に戻って来ているんですね?」
 『ああ、彼は元気だよ。彼はね、君達を守りたい。その一心で、ずっと影から君達を守って来たんだ。だから、君達にも彼を助けて上げて欲しいんだ』
 タカミチの言葉に、ネギの顔に緊張が走る。それは横で会話を聞いていた千雨やハルナも同じであった。
 『彼は君達が知っている以上に、自分の心を殺してしまうようになってしまったよ。彼にとっての最優先順位は3-Aの子供達。君達を守る為なら、数万、数十万の人間を犠牲にする覚悟を決めてしまう程にね・・・』
 「タカミチ!それは本当なの!?」
 『口には出さないけど、君達の護衛依頼や今回の作戦を見ていれば分かるよ。泣きたくても泣けないんだ、彼は。自分がやろうとしている事の罪の重さを自覚しているからだろうね』
 シュボッと音を立てて、タカミチが煙草に火を点す。
 『だから君達に彼を救って欲しいんだ。アスカ君も必死に支えているが、シンジ君は内心では自分1人が責任を負うつもりでいるんだよ。それぐらいは隣で見ていれば、分かるからね』
 『全くです。まさか養父がこれほどまでに自虐的な性格だったとは思いませんでした。もっと傍若無人かつ冷酷非情な男だと思っていたのですがね』
 『おいおい、クルト。それは言い過ぎじゃないのか?お前に勉強以外にも料理・洗濯・掃除と家事一般全ての技術を専業主婦レベルにまで叩き込んだのは彼だろう』
 『この戦いで家事技術が役に立ったら、改めて感謝しますとも』
 クルトは捻くれた優等生と言った雰囲気だが、まさかシンジに家事を専業主婦レベルで仕込まれていたとは予想できず、ネギ達が言葉を無くす。確かに今のクルトにエプロン姿で台所に立ったり、掃除機をかけたりという姿が似合わないのは事実であるが。
 「あの、高畑先生!シンジさんに会えませんか?もしいるなら、話を!」
 『すまない、早乙女君。彼は敵の首魁を暗殺する為に単独行動を取っているんだ。敵の魔法探査網に捕まらない為の防御策も講じている。だから君の念話も今は届かないと思う』
 タカミチに言われて念話の事をハッと思いだしたハルナが、慌ててカードを取り出す。頭に触れさせて必死に念話を使おうとするが、それに返って来る返事は無かった。
 「・・・シンジさん・・・」
 『そうガックリするもんじゃないよ。彼は墓守人の宮殿、その最深部に向かっているからね。だから君達とは必ず会う事になる』
 『タカミチ、お喋りはその辺りにしておけ。それより本題だ』
 コホン、と咳払いするクルト。そんなクルトに席を譲るかのように、タカミチが少し後ろへと下がる。
 『確かに我々は混成艦隊を構成する事に成功しました。しかし君も既に気付いているでしょうが、我々の中で本当の意味で戦力と言えるのは極僅か。その少ない戦力を最大限に活用する為の策を養父が残して行きましたが、それでも戦力的に厳しいのは間違いありません。故に、君達も我々人間の貴重な戦力として力を貸して頂きたい。この通りです』
 「・・・クルトさんの意見は分かりました。ですが僕達は、本来は旅行者に過ぎません。ですからみんなに何の説明も同意も無く危険に巻き込む事は出来ないんです。だから時間を下さい」
 『良いでしょう』

 「・・・以上が現在における魔法世界の状況です!ですが、僕達個人の目的は『全員が一緒に麻帆良学園へ帰る事』です!その為には敵に捕まっていると思われるアーニャの救出、造物主の掟コード・オブ・ザ・ライフメイカー最後の鍵グレートグランドマスターキーの奪取、及び単独行動をとっているシンジさん、アスカさん両名との合流を果たさなければなりません!」
 「なあなあ、ネギ君。お兄ちゃんが単独行動とってるってどういう意味や?」
 「シンジさんはアスカさんと一緒に内部への単独侵入を図っているそうです」
 「そ、そんなん可能なん!?」
 思わず声を上げる木乃香。その疑問に応えるかのように、和美とハルナが墓守人の宮殿の映像をスクリーンに映し出す。
 「ここへ侵入しようにも、墓守人の宮殿を含めた廃都オスティア全域が膨大な魔力で編まれた積層障壁―バリヤーに覆われているわ。茶々丸さんの試算によれば、衛星砲を使っても突破は不可能らしいの」
 「ふむ、では和美殿。シンジ殿とアスカ殿はどうやって内部へ侵入するつもりでござろうか?」
 「正直、分からないわ。でもシンジさんは20年前、スパイとして完全なる世界コズモ・エンテレケイアに潜りこんでいた時期があったのは事実。だったら、抜け道みたいのを知っていたとしてもおかしくは無いと思うわ」
 「確かに一理あるでござるが、例えシンジ殿と連絡が取れたとしても、教えてくれるとは思えぬでござるな」
 ネギがタカミチ達から聞かされたシンジの覚悟。3-A十数名の為だけに、数万、数十万を犠牲にする覚悟を決めているシンジが、一番危険な戦場へ3-Aを連れてくる事を認める訳が無い。
 その為に造られた『時間稼ぎの為の』混成艦隊なのである。
 「・・・あのさあ、ハルナ。何かね、その真上から入れるっぽいみたいよ?」
 「「「「「「へ?」」」」」」
 「台風の目みたいになっているんだって。でも乱気流だから気をつけないと」
 アスナ=栞の指摘に、全員が素っ頓狂な声を上げる。
 「あと、墓守人の宮殿は上ほど迎撃兵器が装備されているから、下から入った方が安全みたいよ?」
 どこか少しずれた視線のアスナに、周囲の視線の温度がゆっくりと下がりだす。そんな少女達を代表して、裕奈が恐る恐る問いかけた。
 「・・・でんぱ、なの?」
 「電波って何よ!確かな筋の情報よ!」
 「嘘吐け!今、確かに何かを受信してただろ!」
 ウンウンと頷く少女達。今のアスナが栞の変身した姿であり、何故かアスナ本人の意識も混在し、一種の二重人格状態になっている事は数名だけが知っている。その事はネギから口止めされている為、アスナ=栞としても事実を伝えたくても伝えられない状況であった。
 「待って下さい、その電波情報は信用出来ます」
 「「「「「「ええ!?」」」」」」
 「ちょっと待ちなさい!電波じゃない!」
 猛抗議するアスナと、驚愕で目を剥いた少女達を前に、ネギはニッコリと笑って説明を始めた。
 「基本作戦骨子について説明します。まずは上部から侵入してバリヤーを突破。次に墓守人の宮殿の最下部から、内部へと侵入します。そのまま上へと上がり、アーニャの救出と最後の鍵グレートグランドマスターキーの奪取、シンジさんとアスカさんとの合流を果たします。最後にオスティアの廃棄されたゲートポートから転移して帰還します」
 「そう説明されれば、何とかなりそうに思えてくるアルね」
 「それから4チームに分けて行動してもらいます。比較的安全な空域で待機するフライマンタ組。宮殿周辺で待機して脱出路を確保するパル様号。アーニャ救出を目的とする隠密潜入組。そして最後の鍵グレートグランドマスターキーの奪取を目的とする戦闘組です」
 全員がゴクッと唾を飲み込む。改めて、この戦いが最後の正念場となり得る事を自覚させられたからである。
 「それでは作戦を開始します!」

墓守人の宮殿―
 オスティア上空に漂う墓守人の宮殿。ここは20年前の魔力喪失減少にも関係無く、ずっと空中に浮遊し続けている空中宮殿である。
 その歴史は古く、オスティアの初代女王の墳墓が中央に存在しており、更にその周辺には歴代の王やその家族が永遠の眠りに就いている。
 そこから少し離れた所には、文字通り『墓守』を生業とする一族が住んでいた区画がある。何故墓に住む事を許されていたのかと言うと、ウェスペルタティア王国において墓守という仕事は神聖な仕事として認識されており、その重要度から宮殿を建てる程の権力を手にしていたからである。
 しかし、その墓守の一族も歴史の流れに消え、今は遺跡を残すのみである。そんな遺跡に住みついている者達の下を、フェイトは訪れていた。
 見知った道を歩いていくと、護衛らしい武装兵が2人、フェイトの前に現れる。
 「・・・君達のボスはいるかな?僕が来たと伝えて欲しい」
 「了解致しました。応接室へ御案内致しますので、しばらくお待ちください」
 案内された先は、元は遺跡とは思えないほど調度が整えられた応接間であった。壁にかかった絵画、棚の上の花瓶やオルゴール等々、そのどれもが旧世界においては高価な価値を持つ骨董品であるのは間違いない。
 そこへ、フェイトの目的である1人の老人がやってきた。車椅子に乗ったバイザーの老人は、1人の少女―ローレライに付き添われている。
 「フェイト殿、待たせて申し訳ない」
 「いや、大した事では無いよ。それより訊ねたい事があって来たんだけど、教えてくれるかな?」
 「私に答えられる事ならば・・・」
 ローレライの差し出したコーヒーに口をつける老人。フウッと一息吐いた所を見計らって、フェイトが口を開く。
 「S2機関。それについて詳しい話を聞きたい」
 「ほう?まさか貴殿がアレに興味を持たれるとは意外だな・・・まあ隠す様な事でもないから説明しよう。一言でいえば、アレは無限にエネルギーを生み出す永久機関。神々にのみ許された生命の実。私達はそう呼んでいる」
 「ふうん、どうやら本当らしいね。それで、君達は実用化に漕ぎつけたのかい?」
 「確かに実用化には成功している。あちらの世界にいた頃に。今は出力の上昇に向けて、日々改良中という所だがな」
 老人の言葉に、耳を傾けるフェイト。そんなフェイトを前にして、ローレライが車椅子の取っ手をギュッと握りしめる。
 「ところでフェイト殿。一体、どこからS2機関の事を聞いたのかな?」
 「・・・20年前に、ある男から聞いたんだよ。てっきり嘘だとばかり思っていたんだが、御姫様が日本で研究中なのを知っていてね。それで思いだしたと言う訳さ」
 「20年前?馬鹿な、それほど前にアレの事を知る者がいたと?裏・死海文書を見る事が出来た私達以外に?フェイト殿、その男の名は?」
 「・・・ゲンドウ。そう名乗っていたよ」
 その名前に、老人とローレライの雰囲気が目に見えて変化する。その全身から発される気配は、間違いなく『怒り』と呼ばれるものであった。
 「フェイト殿、その情報に間違いはないのだな?」
 「ああ、間違いない。少なくとも本人はゲンドウと名乗っていたよ」
 「そうか。私の知る男と同一人物かどうかは分からんが、どうやら念を入れておいた方がよさそうだ・・・ローレライ、量産型の稼働準備を進めておけ」
 「・・・了解致しました。セカンド・サード亡き今、我々に勝てる者等居ない事を奴らに見せつけてやります」

ネギside―
 混成艦隊との合流まで、あと数分。甲板には休憩を兼ねて夕映とのどか、ベアトリクスとコレットの姿があった。
 「これが全部終わったらさ、委員長も連れて日本へ遊びに行こうよ。その時は案内してよね、ユエ、ノドカ」
 「ええ、必ずです!」
 「う~ん、どうせなら、あの人にも案内役頼んじゃおうか?ユエの彼氏」
 コレットの言葉に丸くするのどか。思わず隣に立つ親友へ目を向けると、当の本人は全身を真っ赤に染め上げて猛抗議を始めた。
 「だから恋人では無いですよ!どうしてそうなるですか!」
 「だって、ユエの初めての人なんでしょ?」
 「そこはかとなく誤解を招く言い方をするなです!」
 「・・・ゆえゆえ、やっぱりシンジさんの事が」
 「のどか!?」
 夕映が抗議しようとするも、のどかにしてみれば心当たりがあるのは事実である。麻帆良祭でネギに対する思慕の念を持っている事は夕映から聞かされてはいたが、それとは別に夕映がシンジを慕っている事にも気づいていたからである。
 「ゆえゆえ、シンジさんには甘えていたもんね・・・」
 「ちょ!?何を訳の分からない事を言っているですか!」
 「初めて会った日に、シンジさんにコアラみたいに抱きついていたでしょ?あとシンジさんにだけは、おでこを触らせてるし。それから・・・」
 「そんな覚えはないですよ!」
 ガーッと吠える夕映だが、周囲はニヤニヤと笑うばかりである。
 「ゆえゆえは記憶喪失だから覚えてないだろうけど、街中から学園長室まで歩いて20分はかかるんだよ?その間、ずっとコアラ状態だったんだよ?」
 「ユエ、前に再会した時、確かにおでこから手を離そうとしてたよ。でもハグその物は逃げようとしてなかったよね。肩に顎を乗せられて、頬っぺたがくっついてても、逃げようとしなかったし」
 「コレットさんの言う通りです。確かに恥ずかしがってはいましたが、嫌がってはいませんでした」
 3人から遠慮の無い指摘を受けて、顔を赤く染めた夕映が頭からシューッと音を立てて甲板に突っ伏す。
 「親友に・・・親友に裏切られたですよ・・・」
 「あはは、ユエ可愛い」
 「コレット!?」
 さすがに玩具にされ続ける事に耐えられなくなったのか、夕映が抗議しようと顔を上げた時だった。
 コレットの背後に佇む、刀を手にした少女。
 「木偶から送りまひょか」
 「コレット!」
 咄嗟にコレットを庇おうと動く夕映。一方のコレットは背後を振りかえり、自分に向かって振り下ろされる刃を『何で?』とでも言いたげに見つめるだけである。
 振り下ろされる刃の一閃。だが、その一閃はパキンという音とともに砕け散る。
 「ぐあ!?・・・ガッ!」
 背後から頸部を鷲掴みにされ、呻き声を上げる月詠。その背後には雷天大壮状態のネギが回り込んで、強化された筋力を使って宙吊りにしていた。
 「ネギ先生!」
 「仲間に手は出させません。降伏して下さい、月詠さん」
 「・・・フフ」
 月詠は確かに刀を折られていた。だが本来の彼女の戦闘スタイルは2刀流。例え1本砕けても、まだ1本が彼女には残されている。
 その1本をクルンと回転させる。本来なら薄皮一枚斬れれば良い程度の一撃でしか無い。だが月詠は戦闘凶である以上に、剣に関しては天才と言って良い実力の持ち主であった。
 「斬魔剣・・・弐の太刀」
 魔を斬る刃がネギの右肘を切断する。だが一瞬だけ早く、ネギは右腕その物を雷に変えて致命の一撃を避けてみせる。
 「ほっ」
 その瞬間、月詠の右膝が跳ね上がり、背後にいたネギの右肘に命中する。斬魔剣で無かった為に雷化しなかった肘は、人間本来の構造と変わらない。その為、肘に走る神経を打ちすえられ、ネギは痺れのあまり思わず月詠から手を離してしまう。
 「神鳴流烈蹴斬、弐の太刀!」
 振り向きざまに放った左足の一撃は、ネギを文字通り吹き飛ばす。手摺にぶつかり、かろうじて落下はしなかったネギだが、その決定的な隙を突いて月詠がのどかに手を伸ばす。
 「やはり、まだまだのようですなあ。闇の魔法マギア・エレベアの暴走とかいうんを出した方がいいんと違います?そうですなあ、1人ぐらい斬れば出して貰えますか?人間を斬るんも、向こうに送るなら許されてますんで」
 その瞬間、月詠は10m以上離れた所のネギが、右腕を突きだしている事に気がついた。同時に、凄まじい衝撃が月詠の腹部に襲い掛かる。
 (雷化で腕だけを飛ばした!?)
 吹き飛ぶ月詠。こうなるとのどかを捕まえておく余裕など無く、のどかから思わず手を離してしまう。そこへネギが追いつく。
 「言った筈です。僕の手の届く範囲では、誰も傷つけさせない」
 右肘の一撃で軽く浮かび、そこに左足の蹴りが飛んで更に浮かび上がる月詠。そして落下してくる月詠の背中目がけて両手の突きが襲い掛かった。
 「覇王浙江!」
 吹き飛ばされた月詠その物を弾丸の代わりとして、周辺の岩塊が砕け散る。そこへ甲板の騒ぎに気付いた刹那達が飛び出してきた。
 「刹那さん!みんなを頼みます!」
 月詠を追いかけてネギが飛び出す。その間に、月詠は体勢を整え直していた。
 「月詠さん、貴女では僕には勝てない。ここで降伏して下さい」
 「・・・言うようにならはりましたなあ。確かにその自信に見合った実力を手に入れたようどすな・・・よもや半年前の雛鳥が、フェイトはんに並ぶ域まで来るとは・・・なんて美味しそうな」
 思わずビクンと身を竦ませるネギ。そんなネギを余所に、肝心の月詠は頭を左右に振りながら、必死で衝動を押さえこむ。
 「アカンアカン!この子はフェイトはんの物でした」
 「・・・降伏しないのですか?お金で雇われたのでしょう?」
 「ふふ、ウチの目的がお金とお思いで?まだまだ子供ですなあ・・・この世界に意味は無く、我が求むるはただ血と戦のみ。この世にはそーゆー人間がおる事も知っときなはれ」
 ゾクッと背筋に寒気を感じるネギ。その隙を突いて、月詠が造物主の掟コード・オブ・ザ・ライフメイカーを何処からともなく取り出す。
 「億鬼夜行」
 月詠の背後に巨大な魔法陣が展開される。しかもその数は1つでは無く、2つ3つと際限なく増えて行く。更に魔法陣からは、総督府を襲撃したのと同じ召喚魔が続々と姿を現していく。
 「ハルナさん!ジョニーさん!今すぐ発進して下さい!」

クルト・タカミチside―
 約束の時間を過ぎても連絡が無い事に、苛立ちを感じ始めたクルトだったが、やっと繋がった通信にはすぐに飛びついた。
 しかし出てきたのはネギではなく、和美である。
 「ネギ君はどうしたのですか?」
 『奴らの先制攻撃です!ネギ先生はみんなを守る為に、外で交戦中です!』
 「総督!緊急事態です!前方から巨大な魔力震を感知!召喚痕多数!敵集団総数概算で50万以上!敵主力は動く石像タイプと思われます!」
 部下からの緊急報告に、クルトの頬を冷や汗が滴り落ちる。だがすぐに気を取り直すと指示を下し始めた。
 「全軍に通達!昨日の指示通り、メガロ・メセンブリア艦隊を最前線にして盾としろ!アリアドネー・帝国両艦隊は10隻の主砲を1ヵ所に集中砲火だ!後方艦隊の指揮はテオドラ皇女殿下に一任!前方艦隊の指揮は私が直接執る!」
 墓守人の宮殿を前にして、足止めされた事に歯噛みするクルト。もう少しで先制攻撃出来たのにと口惜しげに唸り声を洩らす。
 その間に砲火を交えながら、陣形を整えて行く混成艦隊。最前線には造物主の掟コード・オブ・ザ・ライフメイカーが通用しないメガロ・メセンブリア艦隊を置く事で、一方的な消耗戦を防ぐ。同時にアリアドネー・帝国両艦隊には砲火を過剰に集中させる事により、造物主の掟コード・オブ・ザ・ライフメイカーの無効化能力の限界を突破できないか?というのがシンジの作戦だった。
 前者は効果があった。艦隊戦となれば、射程はkm単位に及ぶ。だが召喚魔にはkm単位の有効射程を持つ攻撃魔法を持つ者は流石にいない。仮に攻撃が届いたとしても、メガロ・メセンブリア艦隊の防御能力を突破するほどの威力は残っていなかった。同時に人間であるメガロ・メセンブリア艦隊には、リライトが通用しないという強みもあり、この点においてはシンジの策は大きな効果をもたらしていた。
 問題は後方艦隊の火力である。10隻による過剰な集中砲火は造物主の掟コード・オブ・ザ・ライフメイカーを持つ個体相手には、全く効果を現さなかったのである。完璧なまでの無効化能力に、クルトも歯噛みせざるをえない。
 しかし、この集中砲火は別の効果を発揮していた。10隻分の砲火が1ヵ所に集中した事で、凄まじい規模の大爆発が生じたのである。
 文字通り抉られる召喚魔の軍勢。そこに残っているのは造物主の掟コード・オブ・ザ・ライフメイカーを持つ者だけである。
 「メガロ・メセンブリア艦隊全てに通達!生き残った造物主の掟コード・オブ・ザ・ライフメイカーを持つ個体から順次消し飛ばせ!3隻同時に同じ個体を狙い撃ちだ!過剰爆発に巻き込んでやれ!」
 クルトの指示に従い、メガロ・メセンブリア艦隊が統制のとれた砲火を開始する。そんな時だった。
 『聞こえますか?こちら白き翼!これより敵の本拠地、墓守人の宮殿へ強行突破を仕掛けます!』
 「馬鹿な事を言うな!そんな事、君達にさせられる訳が」
 『大丈夫です!あいつらを食い止めるだけの戦力がありますから!それに、あそこにはシンジさんがいるんです!』
 ハルナの覚悟を秘めた目に、クルトが口籠る。シンジは彼女達を守るため為、混成艦隊による時間稼ぎと暗殺という策を用意していた。それを考えれば、クルトとしては彼女達を止める義務がある。そもそも、子供達を最前線の放り込むと言う事自体、おかしな事なのだから。
 「・・・分かった、でも必ずみんな無事で帰って来るんだよ、良いね?」
 「タカミチ!?お前、何を言っている!」
 『了解でーす!それじゃあ、あと宜しくお願いします!』
 プツッと切れる通信。それを視界の片隅で捉えながら、クルトが怒りを募らせていく。
 「タカミチ!何であんな事を言った!」
 「シンジ君に無事に帰って来て貰う為さ。彼には自分の命を軽んじる癖がある。だが傍に守るべき者がいれば、何としてでも帰ろうとするだろう。クルト、お前だって彼に死んでほしい訳じゃないだろ?」
 「それはそうだが・・・」
 「あの子達を信じよう。それと僕も直接支援に入る。前線の指揮は任せたよ」

シンジside―
 「それじゃあ、そろそろ行こうか」
 シンジの言葉に、超とアスカが頷く。3人がいる場所は、ネギ達とはバリヤー内部への入り口を挟んで、ちょうど反対側である。
 シンジ達が立てた作戦は、とても単純な物であった。クルト達混成艦隊が砲撃を開始し、敵の注意が集まった隙に長距離転移の魔法具を利用して飛ぶ、という物だったのである。
 何せシンジはゲンドウと名乗っていた頃に、完全なる世界コズモ・エンテレケイアの同盟相手として何度も足を踏み入れている。更に墓守人の宮殿は、アスナを利用した魔力喪失現象の儀式を行う事の出来る唯一の場所である。その為、完全なる世界コズモ・エンテレケイアは本来の時間軸においても、必ず墓守人の宮殿をアジトにしているに違いないと予測を立てていた。そして20年前の決戦の後に何ヶ所か長距離転移のポイントとなる場所にマーキングを設置し、最終決戦の際に奇襲を仕掛けるつもりでいたのである。
 そして未だに生きているポイントの中で、もっとも安全と思われる場所へ転移しようとしていた。
 「さ、飛ぶよ」
 シンジの言葉に、頷く少女達。そしてシンジが魔法具を発動させると同時に、周囲の光景は一瞬にして変化した。
 部屋の大きさは20m四方。天井・床・壁と周りは綺麗に切りだされた石が隙間なくキッチリと敷き詰められている。そして部屋中の至る所に、豪奢な調度品が設置されていた。これだけなら応接間と言えない事も無いが、問題は中央に安置されている箱である。
 ちょうど人間が1人ぐらい入れそうな石の箱。
 アスカと超の頬を、同時に大粒の冷や汗が流れ落ちて行く。2人の少女は互いに顔を見合わせ、互いの思いが同じである事をアイコンタクトで理解しあった。
 「ねえ、シンジ。ここって、ひょっとして誰かのお墓よね?」
 「正解。ここはウェスペルタティア王国の初代女王陛下のお墓だよ。連中、ここは全くノーマークなんだよね。20年前にマーキングした時も、誰も入った形跡無かったし」
 「・・・アンタ、一体どこにマーキングしたのよ」
 「棺の中」
 簡潔な返事に、アスカが両手をワナワナと震わせながら無言で怒りを現す。超は苦笑いしてはいるが、さすがに『棺の中』は予想外だったらしい。
 「・・・シンジさんは幽霊とか祟りとかは信じないのカ?」
 「いや、そういうのが存在してもおかしくないと思うよ。現に綾波やカヲル君がそうだった訳だし。でもさ、今回はここに眠っている女王様の子孫であるネギ君や神楽坂さんを助ける為に必要な事だったからね。大目に見て貰えるんじゃないかな?」
 「そうなる事を、私も願うヨ」
 いきなり疲れ切ったような口調の超に、シンジが首を傾げる。アスカは首を締めあげてやろうかと怒りに打ち震えていたが、既に敵地である事を思い出して、無理矢理怒りを沈めていた。
 「さて、それじゃあ行動方針をもう1度再確認しようか。敵にとって最大の急所は、神楽坂さんを奪われる事だ。だからまずは神楽坂さんの救出から始めるよ。儀式となる場所は、多分、20年前と同じはずだ。念の為に式神を放って先行させながら進むけど、なるべく完全なる世界コズモ・エンテレケイアには見つかりたくない。だから遠回りしながら目的地を目指すよ、良いね?」
 その言葉に頷くと、一行は部屋を後にした。
 だから最後まで気付かなかった。
 棺の上に、アスナにどことなく顔立ちが似た半透明の女性が浮かび上がり、3人の背中に向かって頭を下げていた事に。

ネギside―
 バリヤー上部からの強行突破に、召喚魔達は当然の如くそれを阻止しようと動き出した。
 繰り出される強力な魔法やブレス、剛腕から繰り出される無双の一撃。それらを全員が一丸となって防ぐ。
 真名はライフルやバズーカ、さよは魔法の射手ミニガン、裕奈はネギとの契約で手に入れたアーティファクト『七色の銃イリス・トルメントゥム』で襲撃者を撃墜して行く。
 だがその弾幕すらも掻い潜って来るほどに襲撃の密度が上がると、今度は近接戦闘を得意とする楓や古、小太郎やアベル達が迎撃に参加する。
 更に夕映・コレット・ベアトリクスの3人が高機動戦闘を仕掛けて、確実に敵戦力を減らしていく。
 そんな中、1人離れた所で戦うネギを、アスナ=栞が心配そうに見つめている姿に、刹那は気付いた。
 (・・・例え偽物でも、アスナさんはアスナさんなんですね)
 バサッと音を立てて、翼を出す刹那。その手には愛刀・夕凪が握られている。
 「このかお嬢様を頼みます!」
 ネギの支援に入る為、刹那が飛び出す。さらに激化する火線の応酬。そして厚く立ち込めた霧を突きぬけた少女達の前に、ついにバリヤーに包まれた廃都オスティアが姿を現した。
 「よっしゃあ、見えた!」
 「艇長、背後に強力な魔力反応感知!回避行動は不可能!魔法障壁にエネルギーを集中します!」
 茶々丸の言葉通り、パル様号の背後に身の丈100m近い動く石像タイプと西洋竜の召喚魔が姿を現す。
 同時に竜の召喚魔が、口から火炎のブレスをパル様号目がけて噴き出す。
 「茶々ちゃん、損害は!?」
 「後部貨物室が損傷しましたが、行動に支障はありません!」
 「よおし!振り切るよ!」
 だが逃げきるよりも、召喚魔の攻撃の方が早かった。鋭く巨大な鉤爪が振り下ろされ、誰もが死を覚悟する中、召喚魔の腕が輪切りにされ、更に胴体を雷の槍が貫く。
 そして起こる大爆発。煙が晴れた後には、召喚魔は影も形も残っていない。代わりにネギと刹那が背中合わせに立っていた。
 「皆さん!もう少しです!」
 「2人とも掴まって!」
 最後の壁である乱気流へと突撃する2隻の飛空艇。その濃密な魔力に、ネギが思わず眉をしかめる。
 そして乱気流を乗り越えた一行の視界に、墓守人の宮殿が姿を見せる。その一画に佇むフェイトと月詠、アスナとアーニャの姿をネギは捉えた。
 「絶対、助けだす!」



To be continued...
(2012.12.29 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回から完全なる世界コズモ・エンテレケイア最終決戦となります。正面から強行突破を仕掛けるネギパーティー。一方、長距離転移による奇襲攻撃を仕掛けるシンジ達。だがネギの強行突破を知らないシンジは、気づかれない事を最優先にする為に慎重な行動を取ります。この選択がどうなるかは、次回以降をお待ち下さい。
 話は変わって次回です。
 本拠地へ侵入を果たしたネギ達は、待ち構えていたデュナミスとの戦闘に否応なく巻き込まれる。
 その結果、ネギは闇の魔法マギア・エレベアを暴走させる事に。
 一方、シンジは自分の慎重な行動が裏目に出てしまった事に気づく。
 そんな感じの話になります。
 それでは、また次回も宜しくお願い致します。



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