正反対の兄弟

第七十一話

presented by 紫雲様


旧オスティア―
 この日、魔法世界は未曽有の危機に陥っていた。魔法世界の住人を20年振りに襲った、魔法消滅と言う危機に。
 嵐が吹き荒れ、整備された町並みが消滅して行く。そして魔法世界が存在する荒れ果てた赤い大地―火星本来の姿が目視で確認出来始めた事に、住民達はパニックを起こして逃げ惑っていた。
 だがそれも終わった。彼らは知らなかったが、墓守人の宮殿においてアスナが魔法世界を再構成した事により、世界は本来の姿を取り戻したからである。
 その事にドネット・マクギネスもまた大きな安堵の溜息を吐いていた。
 「良かった・・・これで魔法世界は救われたのね・・・」
 遥か先―墓守人の宮殿がある筈の空を見上げるマクギネス。その目が大きく見開かれる。それは彼女だけでなく、彼女の周囲にいた者達も同様であった。
 口々にざわめきながら、空を指差す者達。その視線の先には、天に届かんばかりに巨大な翼を展開した、巨人が浮かんでいた。
 その正体を、彼女は知っていた。旧友の忘れ形見だけが操る事の出来る、旧世界最強の兵器の名を。
 「・・・エヴァ初号機?何が・・・何が起こっていると言うの?」
 巨人の咆哮が世界中に響く中、マクギネスは不安そうに初号機を見つめていた。

ネギside―
 上空に現れた巨大な翼を展開する巨人から放たれる威圧感に、ネギ達は言葉を無くしていた。魔法世界に来てから、ネギ達は何度か人間を遙かに超える巨大生物を目の当たりにしている。それはメガロ・メセンブリアの巨神兵であり、ヘラス帝国の龍樹であり、そして完全なる世界コズモ・エンテレケイアが呼び出した召喚魔であった。
 ところが、初号機はそれらとは明らかに別格と言えるほどの存在感を持っていた。
 それは『怒り』。
 そしてその大元となっているのは、ネギが兄と慕う少年である。温厚な性格ではあるものの、激怒した時の怖さはネギも良く知っている。だがそれとは比較にならないほどの怒りが、ヒシヒシと肌で感じられるほどであった。
 ・・・GWOOOOOO!
 咆哮を上げる初号機。その両眼がギンッ!と輝く。続いて初号機の翼が縮む中、初号機の姿そのものが消えていた。
 更に轟音とともに量産型の1体が吹き飛ばされる。遅れて発生した衝撃波が、ネギ達の張った障壁を激しく揺るがせた。
 「「「「「「キャアアアアア!」」」」」」
 「今のはソニックブームですか!?」
 「間違いありません!ですがあれほどの巨体で、空気抵抗を力づくで突破して、音速を超えるなんて!」
 聡美が眼鏡を必死でかけ直しながら、データ集めに取り掛かる。その間にも初号機は暴れ回っていた。
 『・・・てやる
 途切れ途切れに漏れ出て来る、感情を押し殺しきれぬ呻り声に、ネギ達は背中に氷でも入れられたかのような寒気を覚えた。
 『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!
 「何やってんのよ、馬鹿シンジ!」
 悔しげに歯噛みするアスカ。それは量産型を相手に、弐号機に宿っていた母キョウコを失った彼女だからこそ、共感できた感情であり、そんなシンジを救えぬ自らに対する歯痒さでもあった。
 「・・・本当に・・・本当にあの声がシンジさんなのですか・・・あんな、あんな声をあの人が・・・」
 「ホンマに、ホンマにお兄ちゃんなんか?お兄ちゃんがあんな声出すなんて、嘘やろ?」
 「・・・あれに乗っているのは、間違いなく馬鹿シンジよ」
 方天画戟を握りしめながら、アスカが初号機を睨みつける。
 「初号機を動かせるのはアイツだけだもの」
 そこへシンジと行動を共にしていた少女達が、落書帝国で作った飛行体に乗って舞い戻って来た。
 「早乙女さん!一体、向こうで何があったと言うんですか!」
 「・・・罠にかかってしまったの。初号機の格納庫を開くと同時に、シンジさんのお母さんに仕掛けられていた爆弾が爆発する罠に」
 絶句するネギ達。あまりにも悪辣な罠に、怒りよりも呆然とするしかないほどである。
 「シンジさん、お母さんの首を抱きしめて、自分を責め続けて・・・」
 「違うです!私が、私がアーティファクトを盲信してしまったから!」
 「リーダー。今回の件において、リーダーに非は無いでござるよ。SEELEが悪辣すぎただけでござる。だから自分を責めてはいけないでござるよ」
 シンジを襲った出来事を理解したネギ達は、何でユイが幽霊となってまでシンジの事を頼みに現れたのか、その事情を理解する事が出来た。
 「・・・シンジさん、それであんなに泣きながら怒っているんですね?」
 「ネギ坊主、それだけでは無いヨ。アベルまでもが犠牲になたネ。碇ユイの魂を失た初号機では、シンクロ出来ない為に起動が出来ないヨ。それを解決する為に、アベルが初号機の新しいコアとなったネ」
 言われて初めて、アベルの姿が無い事に気づく一同。主であるシンジの頼みを受け、常にハルナを守り続けてきた小さな鬼神は、もうどこにもいない。
 「そんな・・・」
 「今のシンジサンは言葉では止まらないネ。私達に出来る事は、この戦いに巻き込まれて死傷者が出ないように、みんなを守ることだけヨ。もし誰か1人でも怪我をしたら、シンジサンは間違いなく自分を責めるネ」
 超の言葉に、詠春と近右衛門が拳を握り締める。その端からポタポタと血が滴り落ちるが、2人は怒りの大きさに痛みを感じられずにいた。
 そんな周囲の思いも知らず、咆哮とともにシンジは初号機を駆って、量産型弐号機へと襲いかかった。初号機の衝撃波で大地に倒れていた量産型弐号機は起き上がろうとしていた所に、初号機の攻撃を受ける事になったのである。
 『死ねえええええええ!
 咆哮と共に初号機の右拳が無造作に振り下ろされる。俗にハンマーパンチと呼ばれる遠心力をたっぷりのせた一撃は、ATフィールドを初号機によって中和された量産型弐号機の頭部へ振り下ろされた。
 轟音とともに、初号機の拳は量産型弐号機の胸元部分にまで一瞬でめり込む。激しい痙攣を起こしながら、量産型弐号機は大地へ崩れ落ちた。
 まるで勝利の雄叫びの様に、咆哮を上げる初号機。そこへ量産型参号機と肆号機が同時に襲いかかる。肆号機はラミエルの一撃必殺の加粒子砲を先制攻撃とばかりに打ち込み、それにタイミングを合わせて光の鞭を翻しながら参号機が襲いかかる。
 特大の加粒子砲に呑まれる初号機。ATフィールドを張らずに正面から加粒子砲を浴びる初号機の姿に、参号機は加粒子砲に呑み込まれない為に足を止める。
光の奔流に呑み込まれた初号機の姿に、少女達から悲鳴が上がる。だが、少女達は悲鳴を呑み込まざるを得なかった。
光を切り裂いて、飛んでくる赤い刃。その刃に、上半身と下半身を泣き別れにさせられる参号機。
・・・この程度かよ・・・この程度の力の為に・・・母さんは!
加粒子砲に逆らいながら、力任せに歩き出す初号機。その装甲板はあまりの高熱に融解し始めていたが、怒りに駆られたシンジは痛みを敢えて甘受し続けた。
くたばれえええええ!
至近距離まで近づいた初号機が、無造作に拳を突き出す。その拳はコアの存在する鳩尾を、文字通り『爆発』という表現がピッタリくるほどに、周辺もろとも木っ端微塵に吹き飛ばしていた。
コアを破壊され、大地に崩れ落ちる肆号機。その頭部を、シンジは初号機の足を踏みおろしてすり潰す。
・・・次
装甲板が半分融解している初号機は、まるで肉が溶け落ちかけているゾンビのような無気味極まりない姿である。だがその両眼に宿った眼光は、鬼と言うに相応しいだけの強さを秘めて輝いていた。
そして上半身と下半身が分断された参号機へ近づいていくと、躊躇いなくコアとエントリープラグを踏み潰す。
・・・次
獲物を探す肉食獣のように、貪欲に量産型を求める初号機。そんな初号機を同時に4つの影が襲いかかった。
4つの影は光の鞭を備えた伍号機と陸号機、光のパイルを備えた漆号機と捌号機である。どれか1体が必ず初号機の背後を取るような陣形で襲ってきた4機に、シンジは離脱という選択肢を選ばなかった。
背中の翼が、スルスルと解け出す。更に解けた翼が瞬時に走り、4機へと襲いかかった。
目では追えない速度で襲いかかったATフィールドの糸による斬撃は、量産型の四肢を瞬時に切断し、空中でバランスを崩された4機は大地に落下させられる。
シンジは知らなかったが、人形使い―糸使いとしての技を流用したこの攻撃は、SEELEも予想出来なかった攻撃方法であった。その為、量産型に対抗戦術プログラムを用意しておらず、結果としてまともに被弾するしかなかった。
しかし量産型には常軌を逸した再生能力がある。その再生能力で傷を癒す中、初号機が伍号機の両手首を掴んで持ち上げた。
そのまま左右に全力で引き千切ろうとするシンジ。そこへ持ち上げられた伍号機が最後の足掻きとばかりに光の鞭を自らを切り裂きながら暴れさせる。
肆号機の加粒子砲で装甲板を融解させられていた初号機は、その攻撃に耐えきれず両腕の装甲板をバラバラに切り裂かれる。
落下する装甲板の破片。だが露になった初号機の素体には掠り傷1つない。
・・・次
初号機の怪力により左半身と右半身に真っ二つに引き千切られる伍号機。剥き出しになったコアを踏み砕きながら、近くに転がっていた陸号機に目を向ける。
未だ再生中だった陸号機に歩み寄る初号機。その手を無造作に伸ばして、グイッと持ち上げる。
その大きな隙を、背後から漆号機と捌号機は突いた。2機は移植されていたイスラフェルの相互補完能力を発揮し、それぞれ分裂すると背後から初号機へ抱きつく。そこへタイミングを合わせたかのように、陸号機が初号機にしがみ付く。
まるで逃がしはしない、と言わんばかりに。
そして分裂した漆号機と捌号機の計4体は、ATフィールドを3枚ずつ展開。合計12枚のATフィールドをもって、初号機と陸号機、更には漆号機と捌号機すらも取り囲むかのように展開する。次の瞬間、眩いばかりの閃光と轟音、衝撃波が発生した。

 少女達の悲鳴が上がる中、近右衛門達は障壁を展開するのに必死になっていた。現在吹き荒れている衝撃波は、それだけの破壊力を秘めていたからである。
 近右衛門とアルビレオ、千草だけでは対抗しきれないと気付いたエヴァンジェリンがそれに力を貸し、更にネギとフェイト、詠春やヘルマンも障壁を展開する。
 「何つー爆発や!あの人形、何をしおったんや!」
 「自爆よ!量産型5体分の自爆による初号機の破壊!更にATフィールドで囲む事により、外へ逃げようとする爆発の力を、少しでも初号機に向けようとしたんでしょうね!でもこればっかりは癪だけど量産型に感謝するしかないわ!ATフィールドのおかげで、足場を破壊されずに済んだんだから!」
 「まさか、墓守り人の宮殿を木端微塵に砕くほどの爆発力だったと言うのか!」
 「その通りよ!零号機の自爆は、第3新東京市を更地にしたのよ!それが5体分、空中宮殿なんで一溜りもないわ!」
 障壁の向こう側は、爆発によって生じた埃に支配され、全く視線は通らない。もどかしさを感じる一行の耳に、茶々丸の冷静な報告が届く。
 「・・・巨大な物体―いえ、巨人と思しき足音を確認しました」
 「ふむ、風華風塵乱舞」
 強風に吹き飛ばされる埃。その埃の中から現れたのは、巨大なクレーターの中に佇む鬼。の姿。それは装甲板の至る所を破壊された初号機である。
 だが自分の足でしっかりと立つ姿に、敗北感は微塵も感じられない。
 「装甲は壊されたようやけど、無傷みたいやな。良かったで」
 「・・・全然、良くないわよ。それどころか、こんなに危険な状況は無いわよ!みんな!障壁を最大規模で展開して!最悪、それでも耐えきれないわよ!」
 「ミサト!どういう事や!」
 ミサトの言葉を理解したのは、アスカだけであった。そのアスカは、文字通り眉を顰めて苦々しげに初号機を見つめている。
 「あれは装甲板じゃないの!あれは拘束具なのよ!」
 「・・・拘束具やと?」
 「そうよ!エヴァ本来の力をセーブする為の拘束具なのよ!そうしなければエヴァは人類がコントロール出来ないのよ!その拘束具が破壊されてしまったら、初号機は今まで以上に強くなるのよ!」
 英雄達ですら集団で何とか1機を沈めるのがやっとだった量産型を、初号機はまとめて殲滅してみせた。その初号機が更に強くなると聞かされ、一同はさすがに疑問を感じながら初号機へ視線を向ける。
 そんな初号機の両手から、光の鞭が顕現する。
 「・・・確かアベルはシャムシエルを取り込んでいたのよね?と言う事は、今の初号機はシャムシエルを取り込んだも同然と言う事か」
 「ちょっと待ちなさいよ、ミサト!初号機はゼルエルも取り込んでいる事、忘れたの!?」
 アスカの叫びに、ハッと気づくミサト。そんな2人の目の前で、初号機に更なる変化が生じていた。
 バギンッ!という音とともに大腿部の拘束具が内側から弾け飛ぶ。
 「ミサト!」
 聞き覚えのある声に振り向くミサト。そこにはノートパソコンを手にしたリツコが、剣とともに駆け寄ってくる所だった。
 「聡美さん!今まで入手した情報をすぐに回して!」
 リツコがキーボードに指を走らせる中、緊迫した時間が流れる。
 「・・・結論から言うわ。もう初号機は誰にも止められない!」
 「何とかならないの、リツコ!」
 「無理よ!このシンクロ率を見なさい!」
 画面に目を向けるミサトとアスカ。そこに映し出された数値に、言葉を失う。
 「シンクロ率・・・387.5%!?」
 「今のシンジ君は限界ギリギリまでシンクロしているわ!その結果、初号機は秘められた潜在能力を上回るほどの力を発揮しているのよ!?もし400%になったら!」
 ゴクッと唾を飲み込むミサトとアスカ。その視線がゆっくりと初号機へ向けられる。
 『・・・もっと・・・もっと力を・・・奴らを皆殺しにするだけの力を・・・目覚めろ!ゼルエル!
 バギンバギンと音を立てて、胸部や上腕部、肩部の拘束具すらも内側から弾け飛んでいく。更に一同から言葉を失わせたのは、初号機の頭上に浮かびだした光の輪であった。
 「あれは・・・シンジ殿がローレライの時に見せた光の輪でござる!」
 「麻帆良攻防戦でも、浮かんでましたよね、あの光の輪」
 咆哮を上げる初号機。同時に初号機目がけて、今度は3条の光が同時に襲いかかった。
 閃光と轟音、大爆発に少女達の悲鳴がかき消される。
 「今度は何が起きたでござるか!」
 「ラミエルの加粒子砲よ!ラミエルタイプの同時射撃!」
 怒鳴り声で会話するミサトと楓。初号機は光に呑まれて、その安否は全く不明と言うしかない。
 だが加粒子砲もゆっくりと止んでいく。そして巨大なクレーターの中央には、それでも無傷のまま仁王立ちする初号機が唸り声を上げながら量産型を睨みつけていた。
 そんな量産型を見ていたリツコが、ノートパソコンの警告音に慌てて視線を戻す。
 「いけない!シンクロ率が395%を突破したわ!」
 「リツコ!シンクロカット!」
 「無理よ!今の初号機にそんな姑息な手段が通じる訳ないでしょ!」
 初号機が軽く腰を沈める。
 『・・・消えろおおおおおお!
 初号機が姿を消す。次の瞬間、ソニックブームを撒き散らしながら距離を詰めた初号機は、玖号機の加粒子砲の射出口を兼ねていた口に右拳を突きいれていた
 その衝撃で加粒子砲が暴発。更に玖号機は頭部が内側から大爆発を起こし、上半身が消し飛んでしまう。結果、ダミープラグもコアも爆発で消し飛んで欠片も残らなかった。
 物理常識を無視した初号機の機動性能に、量産型も対抗しようとする。初号機がスペック的に音速を突破出来る事はサハクイエル戦で明らかになっている。そして、SEELEが対初号機を想定し、万が一の場合に備えて用意していた対抗戦術プログラムが遂に動き出した。
 拾号機と拾壱号機が加粒子砲を放つ。それに対抗して、初号機は距離を詰めて同じ様に破壊しようと拳を突きだす。
 拾号機の口蓋を貫く拳。だが拾号機は加粒子砲を咄嗟に止めていた為、暴発による爆発は起こらなかった。
 拳を引き抜こうとする初号機。だがその拳には白い粘着性の物体がベッタリと付着しており、瞬く間に右手首まで覆い尽くしていく。
 「あれは・・・バルディエル!?」
 白い粘菌は、右手首から右肘へと侵食して行く。その侵食を止められず、初号機の動きが止まる。
 そこへ、拾号機と拾壱号機が加粒子砲の準備に入る。力をチャージする2機の量産型。だがそれを前に、初号機は誰も想像もしない行動に出た。
 背中に展開していたATフィールドの翼を、シンジは糸使いの技を利用して自由に操る事が出来る。それを使い、粘菌諸共右腕を斬り落とすという荒療治に出た。
 『ぐ・・・ああああああ!
 初号機の右肩から、血液が激しく噴き出す。轟音とともに落ちる右腕。
 そこへ発射される加粒子砲。だがその攻撃をシンジは左右に転がる事で回避する。同時に初号機からATフィールドが斬撃として飛ばされ、加粒子砲を発射して隙だらけだった拾号機を袈裟がけに寸断してのける。
 崩れ落ちる拾号機。そこへ初号機が追撃を仕掛けて、露出したコアを踏み潰して粉砕してのける。
 残った拾壱号機は加粒子砲を諦めて、その口から液体状の物を初号機目がけて飛ばしてきた。
 その液体の正体に気付いたシンジは、咄嗟に横へ飛び退る。遅れて降り注いだ液体により、ジュワーッという音を立てて岩石から白煙が上がりだす。
 「マトリエルの溶解液!」
 拾壱号機は溶解液を初号機目がけて飛ばす。だがその選択は誤りだった。
 『・・・その程度かああああ!
 シンジはATフィールドを展開させながら、真っ正面から音速突撃を行ったのである。
 頼みの綱である強酸は赤い障壁によって防がれ、更に大地に組み伏せられる拾壱号機。そんな拾壱号機の首筋に、初号機は躊躇いなく喰らいついた。
 『喰らえ、初号機!
 ブチブチブチッ!という音とともに肉を引き千切られる拾壱号機。そしてシンジは初号機に命じて、躊躇いなく咀嚼を繰り返させる。
 拾壱号機の紫の鮮血が四方八方に噴き出す中、拾壱号機を喰らう初号機の姿に少女達が口を押さえて蹲った。
 「まさか・・・喰っているのか!?」
 呆気に取られるクルト。英雄達ですら、この展開は想像出来なかった。だが次の展開を想像出来たミサトやリツコは、決して驚いてはいなかった。
 「驚くのはまだ早いわよ」
 一同の目の前で、拾壱号機の右腕をもぎ取り、自身の肩に押し付ける初号機。すると拾壱号機の右腕は、もともとそうだったかのように右腕の姿を取り戻した。そして完全に右腕を修復し終えると、咆哮とともに拾壱号機のコアを握り潰して立ち上がる。
 「腕が・・・くっついちゃったよ!?」
 「か、葛城さん!あれ、ロボットじゃなかったの!?血がドバアッて!それに食べちゃってるよ!?」
 「・・・エヴァはロボットなんかじゃない。汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン。その名の通り、エヴァは人造人間なのよ。生きている命なのよ」
 ミサトの言葉に、双子姉妹が絶句する。それはシンジの記憶を共有した経験を持たない少女達全てに共通していた。
 口元を紫の鮮血で彩りながら、血煙りを吐きだす初号機。その凄惨な姿に、魔法と縁の無かった少女達は完全に逃げ腰になっている。最早、初号機が味方とは思えないほどの恐怖を、彼女達は感じてしまっていた。
 「何で、何でシンジさんはあんな訳の分からない物に乗れるんですか!?おかしいですよ!私だったら、私だったら怖くて耐えられない!」
 「・・・そう思うのは当然よ。それが当たり前でしょうね」
 アスカの言葉に、アキラが顔を上げた。
 「だからね、大河内さん。貴女は何も恥じる事は無い。でもね、アタシやシンジにはそれしか無かったのよ」
 「・・・アスカさん?」
 「アタシもシンジも、孤独の中で生きてきた。アタシはエヴァに乗る事で、自分の居場所を作ろうとした。シンジはエヴァに乗る事で、父親との絆を取り戻せるという希望を見出した。だからアタシとシンジにとっては、エヴァは忌避すべき物ではなかったのよ。だってエヴァの中には・・・アタシやシンジのママが眠っていたんだから」
 目を丸くする少女達。
 「それこそがアタシやシンジがエヴァのパイロットに選ばれた理由。アタシ達を守る為に、エヴァの中に眠るママは目覚めて、アタシ達の想いを汲み取って動いてくれる。そのママを、シンジは殺されたのよ。代わりにアベルが人身御供として眠りについたのよ。シンジがエヴァを忌避するなんて、絶対にありえない!」
 そこへ、急に空が暗くなる。仰ぎ見た一行は、そこに広がる光景に眼を見開いた。
 空を覆うほどに巨大な物体―
 「あいつら、サハクイエルまで取りこんだってえの!?」
 軌道衛星上から落下してくる、巨大な量産型エヴァンゲリオン拾弐号機。グングン近づいてくる拾弐号機を前に、一同は成す術も無い。
 だが初号機だけは違った。
 両足を軽く開き、両手を真っ直ぐに上げる。
 「まさか、受け止めるつもりか!?」
 驚愕する千雨に、周囲は初号機へと目を向ける。そんな初号機と拾弐号機が正面から激突した。
 『うおおおおおおおおお!
 大地に沈み始める初号機。だがこの場には、頼りになる零号機も弐号機もいない。
 『力を・・・力をよこせええええええ!
 初号機の身体が一回り大きくなる。同時に背中に展開されていた翼が、糸状に姿を変えてドスドスドスと拾弐号機に突き刺さっていく。
 更に光の鞭が激しく煌めき、拾弐号機をATフィールドごと切り刻んでいく。
 しかし、拾弐号機の傷はそれほど深くは無い。と言うより自己再生能力で、傷は全て癒されていく。
 その光景に、リツコが気付いた。
 「サンダルフォン!サンダルフォンと組み合わせたのね!」
 「サンダルフォンですって!?でも、どうして!」
 「サンダルフォンはATフィールドに頼らずとも、生身で2000m下での溶岩の中で生存できるだけの生命力と身体構造を獲得していたわ!それは外部から圧力に対して異常なまでの耐性を獲得していると言う事よ!その外部圧力に対する耐性を、防御に活かしたとしたら!」
 サハクイエルの弱点は、ATフィールドが無ければ自らを守る物は何も無いという点にあった。ゼルエルやサンダルフォンの様に生身の防御力が高かった訳ではないのである。だからこそ受け止めてナイフで刺すと言う戦術が可能だったのだが、目の前の拾弐号機はその欠点であった防御力を克服していた。
 圧倒的に不利な初号機。既に肘関節や膝関節は重圧に負けかけて、若干、しゃがみ込んだ様な体勢になっている。
 だがシンジは諦めていなかった。
 『調子に・・・乗るなああああああ!
 咆哮とともに、頭上へ真紅の刃―ATフィールドの斬撃が飛ぶ。人間で言う正中線を綺麗に寸断される拾弐号機。
 更に追撃とばかりに、光の鞭が幾条も翻る。
 そして轟音とともに起こる大爆発。その衝撃に、魔法障壁が立て続けに割れて行く。
 「む!全員、障壁に力を注ぐのじゃ!」
 自らの危険を感じて、慌てて障壁を強化し直す魔法使い達。その甲斐があったのか、何とか爆発の衝撃は食い止める事が出来た。
 ホッと安堵の溜息を吐く一同。だがその間も、初号機は戦闘を続けていた。
 爆炎の中から姿を現したのは、地面に現れた漆黒の円とゼブラ模様の球体。初号機ではない事に疑問を抱く魔法使い達だったが、アスカ達には見覚えのある存在だった。
 「レリエル!」
 「しまった!これが狙いだったのね!」
 遅ればせながらに、SEELEの思惑に気付くミサト。
 「今までは全て囮!最初から初号機を虚数空間へ送り込むのが本命だったのね!」
 「レリエル?それって確か、異次元空間とか言う奴の事か?」
 「そうよ!でもそれだけじゃない筈!SEELEの奴ら、レリエルと何を組み合わせたの?」
 小太郎の問い掛けに、爪を噛みながらミサトが頭を悩ませる。
 「レリエルに弱点は無い・・・それでも初号機によって倒されている・・・それなら、倒されない様にする為には・・・」

 光1つない暗闇の中、シンジはその時が来るのを待っていた。
 普通に考えれば、虚数空間の中に放り込んだまま待つのが上策である。だがSEELEがその策を採る事は無いだろうとシンジは予想していた。
 SEELEはシンジを、ひいては初号機を最大の敵として認識している。そして初号機がレリエルを破った事も知っている。つまり、このまま待ち続けた所で初号機が虚数空間から出てくる可能性は非常に高い。
 何せ、レリエルを倒した際には、シンジの身に酸欠死という危険が及んだ事により初号機が暴走という事態を迎えていたからである。これは時間稼ぎによるシンジの衰弱死を狙う事が不可能である事と同義であった。
 だからこそ、SEELEは必ず初号機を直接攻撃してくると判断していたのである。
 「どこだ・・・どこから来る?いや、どんな方法で僕を殺しに来る?」
 苛立ちにざわめく心。時間が経つにつれて、心に生じたさざ波は徐々に大きくなっていく。
 「時間を稼ぐ間に、外にいるみんなを殺して見せしめにする・・・いや、ありえない。そんな事をした所で、僕の怒りを増長させるだけだ。誰かを人質に取る。確かに可能性としてはありえるけど、ネギ君やラカンさんがいればみんなを逃がすぐらいは出来る筈だ」
 四方を見回すが、敵影は確認できない。S2機関のおかげで動力源は心配ないが、それでも感情の揺れを抑える事には繋がらない。
 「クソッ、早くしないとみんなが・・・もしかしたら、僕への嫌がらせが目的で、みんなを殺すと言う事だって・・・」
 脳裏に浮かぶのは、量産型エヴァンゲリオンの襲撃によって、物言わぬ肉塊となる少女達の最期の光景。
 そんな彼女達の口から紡がれるのは、恨みの言葉。
 『何で助けてくれなかったですか?』
 『何でシンジ殿だけが生きているでござるか?』
 『何で見殺しにしたんや、お兄ちゃん』
 『何でお嬢様を助けてくれなかったんですか』
 シンジと親しい4人の少女が現れて、口々に恨み事を呟く。少女達は全身が満身創痍どころか、一目見て致命傷と分かるほどの傷を負っていた。
 そして、更に現れる人影。
 『シンジさん、私の事が嫌いだから見捨てたの?』
 『シンジサン、私はこんな所で死ぬ為に時間を遡て来たのではないネ』
 『シンジ、アタシの事も戦自娘みたいに見捨てるのね』
 『シンジさん、僕、信じてたんですよ?きっとみんなを助けてくれるって』
 ハルナ・超・アスカ・ネギが恨み事を口にする。そしてアスカの手がゆっくりとシンジの首に伸び、ありったけの力で首を締めだす。
 「止めてよ・・・僕は・・・みんなを殺したくなんか・・・」
 『嘘ね。シンジは嘘吐きだもの。戦自娘も馬鹿ジャージもファーストも見捨てたじゃない。フィフスだって見捨てたじゃない。アタシの事だって見捨てるんでしょ?』
 更に力を込められ、シンジの顔に苦悶の色が浮かびだした。

 静まり返った戦場。そこにいるのはレリエルの虚数空間への入り口である、漆黒の円。
 初号機がどうなっているのかも把握できない事に、少女達は苛立ちを募らせていた。
 だが、それでもシンジが敗れたとは欠片ほどにも考えてはいなかった。
 「・・・虚数空間か・・・確か葛城と言ったな?以前、これと戦った時には、どうやって倒したのだ?」
 「倒してなんかいないわ。初号機が暴走してくれたおかげで勝てたにすぎないわよ」
 「ではこのまま事態を待つのか?」
 「無理ね。今の初号機はS2機関によって動いている。前の時みたいにバッテリー切れによる酸欠死という危険はありえないわ。だから、こちらから動いていかないといけないんだけど・・・」
 良い知恵が浮かばず、悔しげに歯噛みするミサト。
 「せめてシンジ君と連絡を取る事が出来れば良いんだけど・・・あなた、外見こそ子供だけど強力な魔法使いなんでしょう?魔法で何とか出来ないかしら?」
 「ふん、その程度の事なら私ではなく、そこの小娘達に頼むんだな」
 エヴァンジェリンの視線が、アスカ・ハルナ・超・ネギ・刹那に向けられる。水を向けられた5人は呆気に取られた。
 「お前達はシンジと仮契約を結んでいるだろうが。今念話テレパティアを使わずして、いつ使うつもりだ」
 慌てて仮契約カードを取り出して、額に押しつける5人。その顔には、シンジを案じる真剣な表情が浮かんでいた。

 アスカに首を絞められ、苦悶するシンジ。それを見守る少女達の顔は負の念に支配され、醜く歪んでいる。
 だがシンジにはアスカ達を振り払う事など出来はしない。そんな事を選ぶぐらいなら、自らの死を選ぶのが碇シンジという少年だった。
 そんな時だった。
 『馬鹿シンジ!返事をしなさいよ!』
 『シンジサン!返事をするネ!』
 『シンジさん!返事をして下さい!』
 『シンジさん!聞こえるなら返事をして下さい!』
 『シンジさん!返事をしてよ!』
 聞き覚えのある声が、シンジの脳裏に響く。その声は、脳裏に深く刻み込まれた声だった。
 1人は戦場を共にし、人生を操作された、もう1人の自分と言える少女。
 1人は忠誠を誓い、小さな楽園を共に守ろうと誓った少女。
 1人は自らの想いに正面から向き合い、勇気を振り絞ってきた少女。
 1人は実の兄弟の様に接した、幼き少年。
 1人は素直な想いを言葉として紡ぎ、シンジを変えようとした少女。
 決して忘れる事など有り得ない声に、シンジの指がピクンと動く。
 (・・・僕は・・・)
 脳裏に浮かび上がるのは亡き母の言葉。
 『幸せになりなさい。母さんの望みは、貴方の幸せなの。いつか貴方が天寿を全うした時、母さんに幸せだったよ、そう言える様な人生を送ってほしいの。約束出来る?』
 (・・・そうだ、このままじゃ、僕は母さんに会わせる顔が無い・・・母さんは、何の為に死んだんだ・・・母さんは、僕の幸せを願ってくれたじゃないか!)
 シンジの右手が、小刻みに震えながら自分の首を絞め続けるアスカの右腕をガシッと掴む。その手に込められていた力の強さに、アスカが目を見開く。
 「・・・よくも・・・よくもみんなのフリをしてくれたな・・・」
 シンジの瞼がゆっくりと開かれていく。真紅の瞳は、憤怒に彩られている。
 だが、今のシンジには支えとなる者がいる。
 「初号機!いやアベル!敵は分かった!みんなを守る為に、もう1度力を貸して!」
 シンジの咆哮に、アベルが咆哮で応える。同時に偽者の少女達が姿を消した。

 外で初号機の帰還を待ち望む者達。そんな彼らの目前で、ディラックの海に異変が生じ始めた。
 ビキビキビキッ!という音とともにディラックの海に亀裂が走る。その断面は鮮血のような真紅に彩られており、まさにレリエル戦の惨状を思い出させる様な光景であった。
 「まさか、本当に暴走しちゃったの?シンジ君・・・」
 400%という最悪の事態を想像し、ミサトが悔しげに歯噛みする。リツコもまた、微かに伏し目がちである。
 「・・・私の好きな人は、そんなに弱い人じゃありません!」
 ハルナの言葉に、ミサトとリツコが目を丸くする。そんな2人に超はウンウンと頷いてみせた。
 「ハルナの言う通りネ」
 「そうよ!馬鹿シンジは絶対に帰ってくるわよ!あいつの帰ってくる場所は、ここなんだから!」
 「そうです!シンジさんは絶対に戻ってきます!」
 「だって、3-Aのメンバーなんですから!」
 胸を張って断言するネギ。やがて一同の前で、宙に浮かぶゼブラ模様の球体が、漆黒へと変じながら、内側から引き裂かれ始めた。
 噴水の様に噴き出る鮮血がまるで雨の様に降り注ぐ中、アベルが咆哮とともに球体の中から姿を現した。そのまま球体から飛び出るアベル。その手には無残に引き裂かれた拾参号機の破片が握られている。
 ドシャアッ!という音を立てて、大地に両足で降り立つアベル。その姿に全員が違和感を感じた。
 「・・・何か、初号機ですけど、細くなっていませんか?」
 ネギの言葉に、リツコがハッと気づいてパソコンを操作し始める。やがてピーッという音が鳴った。
 「シンクロ率・・・97.5%?・・・まさか!」
 『ごめんなさい、心配させちゃったみたいで。もう大丈夫ですから』
 外部スピーカーから聞こえてきたシンジの声は、理性を感じさせる声だった。
 『アラエルの精神攻撃は危険でしたけど、みんなのおかげで助かりました』
 「シンジ君、正気に戻ったのね!」
 『はい、もう大丈夫です。心配させてすいませんでした』
 普段通りの落ち着いた口調のシンジに、ミサトとリツコがフウッとため息を吐く。そこへ新たな敵影が姿を見せた。
 『・・・まさか、あの戦術プログラムを打ち破るとは思いませんでしたよ、サード・チルドレン。だが、今の貴方に勝ち目はない』
 『その声、ローレライか。よくシンクロ出来たな?』
 『クローン技術を用いれば、生贄を用意する事など容易い事です。そう言う意味では、彼女達は大変役に立ってくれましたよ?貴方の妹である綾波レイのクローン体はね。いえ、貴方の恋人だったかしらね?』
 挑発する様なローレライの言葉に、エヴァンゲリオンの真実を知る者達は、綾波レイのクローンがどんな用途に使われたのかを理解せざるを得なかった。
 『無様ですわね。綾波レイが貴方の母の遺伝子を基に、この世に生み出された人造人間であるとも知らずに恋心を抱いたとは。動物でもそんな事はしませんわよ?さしずめ貴方は、犬や猫にも劣る畜生と言った所でしょうか』
 露骨なまでのローレライの挑発に、一同はアベルを不安そうに見る。それはシンジが怒りに駆られて再び暴走するのでは?という危惧からだったが、肝心のシンジは怒りなど欠片も見せなかった。
 『好きにいえば良いさ。僕と綾波は確かにお互いに想い合い、心を通わせあった。血縁関係だという事実すら知らなかった。それが真実であり全てだ。だが、その想いに一片の曇りも無い』
 肩部に内蔵されたプログナイフをアベルが構える。
 『お前に綾波を侮辱する資格は欠片も無い。吠える事しか出来ない負け犬は、どうやら恥を知らない様だ。1度は怯えて逃げ帰ったくせに、たかが量産型を手に入れた程度で強くなったつもりか?』
 『・・・ハッ!その減らず口、この場で閉じて差し上げましょう!初号機を潰しなさい!リリス!タブリス!』
 ローレライの両脇に控えていた2機の量産型が戦闘態勢に入る。
 『貴方に殺せるのかしらね!それに乗っているのは、綾波レイと渚カヲルのクローン体なのだから!』
 駆け出す2機の量産型。レイ・クローンの乗る量産型リリスタイプはサキエルの光のパイルを、カヲル・クローンの乗る量産型タブリスタイプはシャムシエルの光の鞭を、それぞれ顕現させながら襲いかかって来た。
 2機の波状攻撃を、アベルはナイフやATフィールドで時に受け流し、時に受け止めながら凌いでいく。
 『どうやら手も足も出せないようですね、サード・チルドレン!先ほどまでの大言壮語はどこへ置き忘れたのですか!?』
 勝利を確信したローレライは、高らかに哄笑する。そんなローレライとは対照的に、シンジは無言のまま防戦に徹する。
 『さあ、反撃できるものなら反撃しなさい!貴方に出来るものならね!』
 『・・・ああ、そうさせて貰うよ』
 防戦一方だったシンジが、突然攻撃に転じる。その切り替えに、隙を突かれたタブリスタイプは、強烈な足払いを受けて見事に転んだ。
 そこへ襲いかかるリリスタイプ。だがその瞬間、アベルの翼が糸状に展開。赤い糸はリリスタイプとタブリスタイプの全身を締め上げる。
 2機も自らの拘束を引き千切ろうと全力を振り絞るが、アベルのATフィールドの糸を引き千切るまでには至らない。そこへすかさずアベルが飛びつき、2機の首筋に隠されていたエントリープラグの強制排出ボタンを押す。
 轟音と共に射出されるエントリープラグ。確かに666プロテクトは最強の防壁である為、どれだけ腕の立つハッカーであっても外部からの排出指示を実行させるのは不可能である。だがそれはあくまでもコンピューターによる指示であり、手作業による物理的な排出まで拒絶できる訳ではない。
 そしてSEELEもまた、量産型の戦闘力を知るが故に、直接的な強制排出を止める対策を全く施していない事が、シンジにとっての幸運でもあった。
 『人形使い―糸使いの技は相手を生かすも殺すも自由な技術だ。生け捕りにするぐらいの技量なら、今の僕にはある』
 『馬鹿な・・・』
 『アスカ、綾波とカヲル君のクローンの確保を頼むよ』
 シンジがそう頼むと同時に、アベルを突撃させる。その体当たりを真正面から受けた拾肆号機は、文字通り吹き飛ばされた。
 その決定的なチャンスに、アスカが赤兎を走らせる。その横にネギやタカミチ、詠春やクルト、ラカン達が並走した。
 「僕も手伝います!」
 「サンキュ!頼んだわよ!」
 レイとカヲルの確保という最大の問題を解決したシンジは、アベルの腰を軽く落とし、プログナイフを構えさせる。
 『さあ、終わりにしようか、ローレライ。綾波を侮辱してくれたんだ。楽に死ねると思うなよ?』
 走り出す初号機。対するローレライも拾肆号機を操り迎撃に転じようとする。
 先制攻撃は加粒子砲を放ったローレライであった。だが初号機はATフィールドで上手に受け流して、間合いを詰めていく。
 やがて接近戦の間合いになると、ローレライは光の鞭を顕現させて迎撃に転じる。だが両手の鞭による攻撃であるにも関わらず、初号機のプログナイフの守りを崩す事が出来ない。
 『こ、この!』
 『僕に勝てる訳が無いだろう。修羅場を潜ってきた回数も、エヴァでの実戦経験も僕の方が遙かに多いんだ。満足にATフィールドも張れない程度の実力で、よくもまあ自分は強いなんて自惚れる事が出来たな?』
 シンジの嘲笑に怒りを覚えたローレライが、無理な攻撃を仕掛ける。その決定的な隙をついて、シンジは全力で拾肆号機を蹴り飛ばした。
 『それと、お前はシンクロ率が低いだろう。せいぜい起動数値ギリギリなんじゃないか?だから動きが鈍くなり、回避は不得手になる。その欠点を潰すためには、無理にでも攻撃し続けるしかない』
 『な、何を訳の分からない事を!』
 『アスカですら、10年という時間が必要だったんだ。それもアスカのお母さんのコアを利用するという有利な条件下でだ。対してお前は、シンクロをするようになってから、せいぜい1年程度。更にコアはお前の母親ではなく、綾波のクローンを吸収させた汎用コアだ。綾波がお前に特別な感情を抱いていない以上、シンクロの度合いが高くない事は容易に推測できる』
 下から掬いあげるように突き出されたプログナイフの一撃を避けきれず、まともに斬られた量産型から、ローレライの呻き声が上がる。
 『化けの皮が剥がれたな、終わりにしようか』
 『ヒッ!』
 命の危機を感じたローレライ。逃げに転じようとしたのだが、そこに別の声が響いた。
 『何をしておるか、ローレライ。無様な戦いを見せるどころか、敵に背を向けようとするとは!』
 『そ、それは!』
 『役立たずは必要ない。この際だ、お前も量産型もろとも吸収しておこうか』
 ズズンッという轟音とともに地面に降り立った巨大な影―量産型拾漆号機が、拾肆号機を掴み上げる。そのまま拾肆号機は同化し始めた。
 『お、お待ち下さい!私はまだ!』
 『黙れ。言い訳など必要ない』
 断末魔の叫びを上げながら、吸収されていく拾肆号機。その光景に、シンジは敵の能力に気づく事が出来た。
 『アルミサエルタイプか!』
 『ふむ、やはり気づいたか、サード・チルドレン。君は裏切り者碇ゲンドウの息子だが、その実力はあまりにも惜しい。我々の同志となるのであれば、我々は君を迎え入れよう。君の為に、席を用意する事も吝かではない』
 『・・・そんな物はいらない!神を目指すつもりなど、僕には欠片も無い!不老不死を目指すのはお前達の勝手だが、僕がお前達に付き合う義理など無い!SEELE議長キール・ローレンツ!』
 その名前に、ミサトとリツコが驚きで目を見開く。
 「「キール議長!?」」
 『ほう?よく私が生きていると知っていたな?』
 『この時代に戻ってから、お前達の情報は徹底的に集め続けてきた。そして当然の疑問として浮かんできたのが、空中分解したSEELE残党を統べる者の存在。その正体に関して情報は集められなかったが、完全なる世界コズモ・エンテレケイアと渡り合うだけの実力を持つ者となると、どれだけ信じられなくても他には思いつけなかった。だがキール議長。どうしてお前がここにいるんだ?人類補完計画によるサード・インパクトでお前は命の海に溶けさった筈だ!』
 『サード・チルドレンよ、確かに君の言う通りだ。私は願い通り、全ての命と1つになり、満足して眠りについた。だがふと気がつくと、私は自分が元の老いさらばえた肉体に戻っていた事に気づいたのだよ』
 キールの身に何が起きたのか。一同はその答えが語られる事を期待して、黙って話に耳を傾ける。
 『他の委員会メンバー達もまた、同じように老いさらばえた肉体に戻らされていた。我々は真相を知ろうと情報を集めた。結果、サード・インパクトは失敗に終わった事。NERVが世論を操作しうるだけの権力を手に入れてしまった事を理解した。不幸中の幸いだったのは、我々の生存がNERVには知られていない事だった。故に我々は再起を誓い、姿を隠した。同時にNERVへ対抗する力を得る為に、魔法に目を付けて魔法世界へと渡ったのだよ』
 拾漆号機は両手を大きく広げながら、まるで親愛の情を示すかのように語りかける。
 『サード・チルドレン。君の答えを聞こうか』
 『断る。僕は罪人だ。世界中の人間全ての命を殺し尽くした大量殺戮者、『殺戮』を司る使徒だ。だが、お前達の様に欲望のままに命を弄ぶ外道にだけはなりたくない!』
 『そうか、実に残念だよ。では、君を倒した上で吸収させて貰うとしよう』
 言い終えると同時に、拾漆号機から加粒子砲が放たれる。それを横へ転がりながら躱わす初号機。
 同時にATフィールドの斬撃を飛ばすが、その反撃を拾漆号機はATフィールドで正面から受け止めてみせる。
 『馬鹿な!あれを受け止めるなんて!』
 『サード・チルドレン。ATフィールドは人間なら誰もが持つ心の壁。排他的精神領域を具現化した存在だ。ならば、何故、私が使えないと思うのかね?』
 『・・・お前はチルドレンじゃないだろう!そんな奴がエヴァに乗った所でシンクロ率が高い訳が・・・』
 不自然に止まるシンジの声。その沈黙に、キールがくぐもった笑い声を上げる。
 『・・・まさか、お前は・・・』
 『恐らくは君の想像通りだよ。私がシンクロ出来ないのであれば、シンクロ出来る存在となれば良い。神を目指す身である私にしてみれば、人を捨てる事など大した問題ではないのだよ。ローレライあの愚か者は人である事に拘っておった。実に愚かな娘だった』
 不気味に笑うキール。
 『カヲル君のタブリスとしての因子を宿したのか!』
 『正解だ。だがそれだけではないぞ?』
 拾漆号機の装甲が内側から弾けていく。下から姿を見せる素体。だがその素体に浮かんでいる物の正体に気づいた瞬間、シンジはとてつもない嫌悪を感じた。
 素体の表面に浮かぶ、複数の人の顔。その顔は、吐き気を催させるような醜悪な笑みを浮かべていたのである。
 『これは我が同志―委員会メンバー達だ。幾ら私がシンクロ率を操作できるとしても、ATフィールドの性能において、君に勝る事は出来ないだろう。だが我々であれば、その差を覆す事は不可能では無い。何故なら、我等は全ての命と1つになり、唯一無二の神となる―フォース・インパクトを起こす点で想いは共通しているからだ!』
 瞬間、拾漆号機が加粒子砲による先制攻撃を放つ。轟音と共に放たれた閃光を、シンジは勘に任せてATフィールドではなく、アベルに回避を選択させていた。
 背後へと飛び去った加粒子砲は、大爆発を起こした。その爆発の規模は、今までのラミエルタイプ量産型の比ではない。
 『良く躱わした。最強のチルドレンの称号は、伊達では無いと言う事か。さすがはエヴァに乗る為に産まれて来た子供だ。人工のセカンドとは違う本物の天才だ。ますます惜しくなったぞ?』
 その言葉に、救助活動を行っていたアスカが目を丸くした。キールの言葉を理解できずに、呆気に取られている。
 そんなアスカの姿に気づいたキールは、面白そうに告げた。
 『セカンド。お前は確かに惣流博士夫妻の実の娘だ。だがお前はチルドレンに選抜されて以降、多くの施術を施されてきた。催眠術・薬物投与、実に様々な施術をな』
 「う、嘘よ・・・」
 『事実だ。お前がセカンドとして選ばれた理由は、サードと同じで母親をエヴァに取り込まれた子供であったからだ。だが惣流博士は不完全ながらもサルベージに成功した。そしてその結果に、ドイツ支部の者達は不安を覚えたのだよ。エヴァは母が搭乗者である子供を守ろうとする母子愛を基本理念とするシンクロシステムを採用している。その母親が不完全ながらもサルベージに成功してしまったとしたら?それも人形を娘と思い込み、あやすという母親としての本能を垣間見せていたとしたら?』
 ガランと音を立てて、方天画戟がアスカの手から零れ落ちる。
『事実、お前が初めて弐号機へ搭乗した際のシンクロ率は1桁に過ぎず、起動数値すら満たす事が出来なかった事を覚えておるだろう。その結果にドイツ支部の者達は危機感を覚え、どうすれば良いかを考えて1つの答えを弾きだした。それはお前の人格を故意に歪め、エヴァへの依存心を異常なまでに強める事だった。お前の母親の自殺した死体を見せつけたのも、お前の父親の不倫現場を目撃させたのも、全てお前のシンクロ率を伸ばす為。そしてそれだけでは足りないと感じた支部の者達は、お前を更に感情的な性格にさせ、周囲から孤立しやすい、攻撃的な性格になるように成長させた。その手段として催眠術や薬物投与による人格の操作を行った。その結果がドイツ支部の至宝と言われた天才児、惣流・アスカ・ラングレーという訳だ』
 アスカが両腕で自分を抱きしめながら、全身を小刻みに震わせる。
 『もっとも、お前は所詮、紛い物の天才に過ぎなかった。10年という時間は、サードの半年に及ぶ事も出来ずに終わったのだからな』
 『・・・黙れ』
 ボソッと呟かれたシンジの声に、拾漆号機が振り向く。そこには立ち上がったアベルの姿があった。
 『エヴァとシンクロ出来たからって、何の価値がある!僕もアスカも普通の幸せが、父さんや母さんと一緒に暮らす事が出来る普通の幸せを望んだだけだった!それを自分の都合で一方的に破壊したお前達に!アスカを侮辱する権利なんてない!』
 アベルの背後から、再び翼が展開していく。だがキールは平然と、眺めるばかりである。
 『サード。お前がどれだけ足掻こうと、お前1人のATフィールドでは、我等のATフィールドは破れぬ事を証明してやっただろう。まだ足掻くつもりなのか?ATフィールドは心の壁、お前の心の壁は我々に遠く及ばないと言うのに』
 『それがどうした。心の壁?そんな物、自慢になどなるか!お前達は怖いだけだろうが、他人に心を許す事が!だから全ての命を1つにして、単一の生命体になりたかったんだろうが!お前達は愚かで、哀れな道化だよ』
 アベルの右手がスッと上げられる。シンジが何をするつもりなのか理解できず、一同は黙ってアベルに視線を向ける。
 『今度こそ、全ての因縁を断ち切ってやる!来い・・・ロンギヌス!』
 瞬間、轟音とともに飛来する二股の槍。背後から飛んできたそれを、目視もせずにアベルが掴み取る。
 『サード!』
 『顔色が変わったみたいだな。そうだ、この槍だけは例外だと言う事を、お前は知っている筈だ!』
 二股の穂先が、螺旋状に捻じれていく。
 『やらせるかあ!』
 拾漆号機がロンギヌスを投擲させてなるものかとばかりに、加粒子砲での先制攻撃に移る。光の奔流がアベルへと襲い掛かるが、アベルは既に空中へ飛び上がった後である。
 しかし拾漆号機は諦めなかった。ゼルエルの触腕の様に両腕を伸ばして、空中で身動きが取れないアベルへ襲い掛かる。
 『終わりだ、サード!』
 『ああ、終わりだよ。エヴァと使徒の能力に固執したのが、お前の敗因だ』
 展開されていた翼が、糸状に解けて拾漆号機の腕に絡みついていく。そのままATフィールドの糸を利用して、拾漆号機の腕を土台代わりに、更に上空へとアベルを押し上げる。
 『貫け、ロンギヌス!』
 轟音とともに投じられる神殺しの槍。その一撃は、拾漆号機が展開した複数のATフィールドを全て貫き、そのコアを正確に貫く。
 『ば、馬鹿な・・・』
 遅れて閃光が視界を白く染め、轟音が鼓膜を激しく叩いた。

 激戦を終え、膝立ちの姿勢になるアベル。そのアベルのエントリープラグから、LCLを滴らせながらシンジは大地へと降り立った。
 周囲の視線が突き刺さる中、シンジは無言のまま滴り落ちるLCLを振り払う。そんなシンジへ、アスカが静かに歩み寄る。
 「お疲れ様、シンジ。こう言うのも何だけど、ママの仇取ってくれてありがとう」
 「・・・礼を言われるような事じゃないよ。僕にとっても母さんの仇だったんだから。それに、奴らの再起の可能性も潰えた。これで麻帆良も狙われずに済む」
 「そうね。これであの子達が狙われる事はないわ。でもね、アンタが馬鹿シンジじゃ駄目なのよ」
 アスカの台詞に、眉を顰めるシンジ。そんなシンジの首筋に両腕を回すと、アスカは無理矢理力任せにシンジの顔を自らの胸に押し付けた。
 「アスカ!?」
 「この馬鹿シンジ!何度言われれば理解出来るのよ!アンタ1人で何でもかんでも背負うんじゃない!アタシとアンタはパートナーでしょうが!苦楽を共にしてこそ、本当の仲間でしょうが!」
 アスカの行動に慌てていたシンジの動きが、ピタッと止まる。
 「・・・泣いていいのよ。ママを失う辛さ。それはアタシにも身に覚えがあるから。だから、今だけはアンタのママの死を悲しんであげようよ。アンタのママが安心出来る様に明日から笑って生きて行く為に、今だけは泣いてあげようよ。誰もアンタの泣き顔なんて見たりしないから、だから心を殺さないで」
 「・・・良いの?多分、すっごくみっともないよ?僕の事、幻滅するよ?」
 「その程度で幻滅なんかしないわよ。アタシだってアンタの前で泣いたもの。だからお互い様。アタシが苦しくて辛い時には、アンタに助けてもらうから」
 シンジの背中が細かく震え出す。そんなシンジをあやすかの様に、アスカがシンジの背中を優しく撫でる。
 「ほら、何してんのよ。アンタ達も来なさいよ?シンジのママと約束したでしょ?」
 アスカに水を向けられた少女達がオズオズと近づく。その伸ばされた手がシンジに優しく触れる。
 「シンジさん、私達をずっと守ってくれてありがとう」
 ハルナの言葉に、ついに感情の堰が切れたシンジの嗚咽が、静かに戦場に響きだした。



To be continued...
(2013.02.02 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 ついに魔法世界編終了しました・・・それにしても長かったですw
 話は変わって、次回からは日本を舞台に終局へ向けて動き出します。
 麻帆良図書館島地下に封じられてる造物主ライフメイカー=ナギ。更には依然として崩壊の危機に瀕したままの魔法世界。この2つの問題を解決する為、シンジはネギとともに動き出す。そんな2人の力となろうと、少女達も動き出すのだが・・・
 そんな感じの話になります。
 エピローグを含めて残り4話、最後までお付き合いお願い致します。



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