正反対の兄弟

第七十二話

presented by 紫雲様


オスティア総督府―
 完全なる世界コズモ・エンテレケイアとSEELEの壊滅により、魔法世界は平穏を取り戻していた。ただ全ての問題が解決した訳ではない。人と亜人の間の差別と偏見、国家間の利益や主張の違い、何よりも魔力枯渇による魔法世界の崩壊という最悪のシナリオについては、未だに手つかずのままなのである。
 それでも、このオスティア総督府に集まった者達は歓声を上げていた。それは歴史の陰から暗躍してきた完全なる世界コズモ・エンテレケイアの壊滅を喜ぶ声であり、また新たに誕生した小さな英雄を讃える声でもある。
 その当事者である小さな英雄は、バルコニーから部屋に戻ってきた所だった。
 「うう・・・恥ずかしいです。何とかならないでしょうか?」
 「まあ君が選んだ道なのですから、それは我慢するしかないでしょうね」
 ネギは魔法世界救済の策を実行へと移す為、少女達と別れて魔法世界へと残っていた。
 「ですが、個人的に言わせていただければ、君には感謝しているんですよ。君のおかげでアリカ王女の名誉も回復出来ました。旧・ウェスペルタティア王国の住人達からも喜びの声が届いているのです」
 「僕は何もしていません。全部、シンジさんがお膳立てしてくれただけです。僕は手を振っていただけですよ」
 「十分ですよ。このオスティアも大分、風通しが良くなりましたからね」
 初めて見たクルトの笑顔に、ネギも笑顔で返す。
 「それはそうと、シンジさんは?」
 「養父でしたら、例の計画の打ち合わせですよ」

麻帆良学園―
 「ふむ。書類は本物のようじゃのう。じゃが本当に大丈夫かの?人に物を教えるというのは、とても難しい事じゃぞい?」
 「僕はインストールさえすれば、何でもこなす事が出来る。全く問題は無いよ」
 「・・・よし、分かったわい。では、宜しく頼むぞい」
 近右衛門の言葉に、銀髪の少年―フェイト・アーウェンルクスは頷くと、理事長室を辞した。そのまま静かに廊下を歩き、目的地である教室へと辿り着く。
 教室の前には既に先客が来ており、笑顔でフェイトを待っていた。
 「どうだった?お爺ちゃんは」
 「いや、別に問題は無かったよ。それより彼は?」
 「少し遅れるみたいだから、先に君の用事を済ませてしまおう」
 コクッと頷くと、フェイトは教室の扉に手をかけた。そのまま扉を開く。
 騒がしかった教室が、一瞬だけ静まり返る。
 「「「「「「フェイト・アーウェンルクス!?」」」」」」
 ガタガタガタッと音を立てて、椅子を跳ね飛ばす少女達。彼女達はアーティファクトを呼び出したり、武器を手にしたりと戦闘態勢を整える。だがそれは武闘派なメンバーに限った事であり、天然系のさよや木乃香は笑顔を浮かべ、フェイトの力を間近で見た事のある夏美は全身を恐怖と緊張で強張らせている。
 そこへパンパンと音を立てて、フェイトの同行者が姿を見せた。
 「何を騒いでるんだよ。今は授業中なんだから、もう少し静かにしなよ」
 「「シンジさん!?」」
 思わず叫ぶハルナと刹那。魔法世界の騒ぎの中では、ゆっくりと話す暇も無かった。騒動が終わった後も、シンジはネギとともに魔法世界救済の為にヘラス帝国宰相として動いており、個人的な時間を作る事も出来なかったのである。
 「ちょっと時間が出来たから、久しぶりに顔を出したんだよ。みんなも元気そうで良かった・・・って、ちょっと!?」
 2人の少女に駆けよられただけではなく、しがみつかれたシンジは困った様に後頭部をポリポリと掻く。
 「シンジ殿、改めて見ると大きくなったでござるな。もう拙者より大きいのではないのでござるか?」
 「もう190超えたからね。さすがにこれ以上大きくなるのは勘弁して欲しいよ」
 「・・・大きくなりすぎです」
 夕映の言葉に、双子姉妹がもっともらしくウンウンと頷く。
 「まあ積る話もあるけれど、その前に彼がここにいる理由を説明したいんだ。良いかな?」
 渋々ではあるが、着席する少女達。そんな少女達を前に、フェイトが黒板に名前を書いていく。
 「僕はフェイト・アーウェンルクス。ネギ君の代理として赴任する事になった子供先生だ。よろしく」
 「「「「「「は?」」」」」」
 フェイトの言葉に首を傾げる少女達。その脳裏には、フェイトの言葉が何度も繰り返し再生されていた。
 「ネギ君は当面の間、毎日、ここへ顔を出すのは難しい状況なんだよ。僕も似たような状況だし、そこで彼に白羽の矢が立ったと言う訳。実力については折り紙つきだから、心配はいらないよ」
 シンジの言葉に『実力って戦闘力の事ですか?』と内心でツッコミを入れる少女達。そんな彼女達を前に、フェイトが静かに口を開く。
 「僕が教師を引き受けたのは、ネギ君と彼の頼みだったからだ。約束は守るつもりだから安心して貰いたい。特に彼に対しては、プリームム僕の兄弟の最期を看取ってもらった借りもあるしね」
 「最期?」
 「まあ、色々あってね」
 シンジの言葉に、風香もそれ以上は追及せずに素直に引き下がる。
 「それじゃあ、フェイト。後の事は頼んでも良いかな?」
 「問題ないよ」
 「了解。あとみんなに伝えておく事があるんだ。彼、僕の部屋で寝泊まりする事になったから、仲良くしてあげてね」
 その温かみに満ちた言葉が、少女達の内の何名かには死刑宣告に聞こえたのは間違いない。だがその死刑宣告を遮るように、ハルナが叫んだ。
 「どっか行っちゃうの!?」
 「これからNERVに行かないといけないんだよ。例の計画の打ち合わせでね」
 ポンポンとハルナと刹那の背中を叩きながら軽くハグすると、踵を返すシンジ。そしてドアに手をかけて半分ほど開いた所で、ポンと手を叩きながら早足で戻ってくる。
 一体何が?と疑問の視線が注がれる中、シンジは躊躇う事無くある少女の前で足を止めた。
 「・・・シンジさん?」
 「ちょっと忘れ物」
 そのまま右手を無造作に少女の額に押し当てる。目を丸くして慌てたのは、当の本人である。
 「な、何をするですか!」
 「いやあ、久しぶりにおでこを触りたくて・・・ところで、肌ざわり変わった?何となく、滑らかになった気がするんだけど」
 「訳の分からない事を言うなです!」
 顔を真っ赤に染めて激怒する夕映。その有様に、周囲から失笑が漏れる。
 「僕には完全記憶があるんだよ?それなのに間違う訳がないでしょ?」
 「そんなくだらない事に完全記憶を活用するなです!」
 「いや、僕は大真面目なんだけど。という訳で堪能させて貰うよ」
 2人のやり取りに、周囲は涙を流して笑い続けるばかりである。やがて夕映が腕力を魔力で強化して押しのけた事で、やっとシンジは額を撫でるのを止めた。
 「何で止めちゃうかなあ。綾瀬夕映のおでこを愛でる会の会長としては、もう少し触っていたかったんだけど」
 「何ですか、その怪しすぎる集団は!というか変態一直線じゃないですか!」
 「分かった分かった。おでこちゃんのおでこを、摩擦熱で煙が出るぐらい撫でるのは止めておくよ」
 その言葉に、夕映がおでこを庇いながら後ずさる。本人としては大真面目な行動なのだが、周囲から見れば笑いの対象以外の何物でもない。
 「じゃあ、また後でね」
 シンジの言葉に、あやかと千鶴が頷いた事に気づいた少女はいなかった。

お昼休み―
 わいわいがやがやと騒がしい3-A。珍しく誰もが外へ食べに行かず、教室内で食べていた。と言うのも、久しぶりにシンジが戻って来た事で、ネギやアスナ、超やアスカと言った未帰還メンバーの話題が上ったからである。
 「そういえばネギ先生達は、いつ頃戻って来るのかなあ」
 「そうだね、シンジさんに聞いとけば良かったかな」
 双子姉妹の会話に、周囲もまたウンウンと頷く。シンジ以外の4人については、魔法世界で分かれて以来、一度も会っていないのだから会いたいと思うのも無理は無い。
 「ネギ先生やアスナは向こうの王族。超りんは技術指導。アスカさんは向こうのお偉いさんだっけか?」
 「おおざっぱに説明すれば、そうだった筈だよ」
 「ネギ君達が魔法使いというだけでも驚いたけど、超りんは未来からタイムスリップした人、アスカさんとシンジさんは人類救った人達だったんでしょ?普段の行動からは、全く想像できないよねえ」
 チア部3人娘の会話に、周囲から同意の声が一斉に上がる。ネギ達の素性については、最後の戦いの後で本人達から説明された事もあり、クラスの全員が魔法の存在や、その素生について理解している。だが、魔法はともかく素生については素直に頷ききれない面があったのも事実である。
 そもそも彼女達にしてみれば、寮監を務めていたシンジの姿は、あまりにも『英雄』という言葉からかけ離れた姿しか見せていなかったのだから。
 「でもさあパル。どうしてシンジさんに着いていかなかった訳?別に諦めた訳じゃないんでしょ?」
 「もちろん、私だって着いていきたかったけど、シンジさんに止められちゃったんだから仕方ないわよ。それに『醜い権力争いやる所なんて見せたくないから』なんて言われちゃったら」
 「うわあ、それはキツイわ」
 シンジの言い分は、少女達にも理解出来る部分はあった。誰だってシンジの立場になれば、醜い権力争いを行わねばならない姿など、見せたくないのは当然だからである。
 「父親と同じ道を選ぶとは、これも因果という物でしょうか」
 「だが刹那。シンジさんの父親は、個人的思惑の為に国際政治の裏舞台を暗躍していたフィクサーだ。最終的な思惑が私的な理由か、それとも大義の為なのかには大きな差がある。そういう意味では、父親とは対極と言えるぞ?」
 「真名殿の言う通りでござるよ。少なくとも、シンジ殿やネギ坊主は私欲の為に、動いている訳ではござらん。それは理解しているでござろう?」
 「・・・難しくて良く分からないよ・・・」
 まき絵の発言に、一斉に椅子からずり落ちる3人。同時に『どこが難しいんだよ!』と美空がツッコミをいれる。
 「とにかく!ネギ先生や近衛さんの計画が成就する事で、億単位の命が救われる。それは事実です。それが分かっていれば、十分ではありませんか?」
 「あやかの言う通りね。その為に、ネギ先生達はあちらの世界で頑張っているんですから・・・御馳走様」
 パタンとお弁当の蓋を閉める千鶴。そのままあやかと顔を見合わせると、手早くお弁当箱を片付けて、鞄を手に立ち上がる。
 その行動に、夏美が反射的に顔を上げた。
 「どうしたの?ちづ姉?」
 「私とあやかは早退するの。ちょっと用事があってね」
 「高畑先生にも伝えてはありますから。それでは失礼します」
 教室から立ち去る2人の姿に、首を傾げる少女達。3-Aでも、特に真面目かつ面倒見の良い2人が揃って早退という事実には、違和感を感じた。
 そんな2人を見送りながら、夏美がポロッと漏らす。
 「そういえば、ちづ姉の実家って委員長と同じぐらい大きな家なんだよね。あの性格からは想像も出来ないけど」
 「・・・そうなのですか」
 「ゆえゆえ、どうしたの?」
 どこか不貞腐れたような親友の言葉に気付いたのどかが、顔を覗き込む。その行動に慌ててのけぞる夕映。
 「な、何ですか!?」
 「ゆえゆえ、シンジさんと一緒に行きたかったの?ネギ先生もいるし」
 「な!?」
 椅子を後ろへ飛ばしながら、立ち上がる夕映。その顔は耳まで真っ赤に染まっている。
 「べべべ別に私は不満など覚えていないですよ!そもそも、どうして私が不満を覚えないといけないのですか!確かに私とシンジさんは幼馴染かもしれません!お爺様が私をあの人のお嫁さんにしたがっていた事も聞きました!ですが、それとこれとは別なのですよ!ネギ先生についてもそうです!ネギ先生が年齢からは考えられないほどに、大きな責任と義務を持っているのは理解しているです!しかも、やらなければならない事は山積みとくれば、私が傍に行く事等出来る訳がないですよ!」
 「「「「「「・・・ほほお?」」」」」」
 シーンとなる教室。のどかは口元を押さえてクスクスと笑っている。ハルナは顔を背けて必死になって笑い声を押し殺し、他のメンバーはニヤニヤと笑っていた。
 その光景に、ハッと正気に戻る夕映。しかし、時すでに遅しである。
 「聞いた?」
 「バッチリ」
 サムズアップで応じた和美。その手にはしっかりとレコーダーが握られていた。それが意味する所に気づいた夕映が、全身を細かく震わせる。
 「タイトルは『男2人を手玉に取る魔性の女』ってとこかな?」
 「人聞きの悪い事を言うなです!」
 夕映の叫びは、笑い声にかき消されて誰の耳にも届く事は無かった。

夏美side―
 学園の外れにある、草に覆われた土手に夏美は坐りこんで、溜息をついていた。
 その原因は、新しく担任となったフェイトの存在。魔法世界においてフェイトの実力を目の当たりにした彼女は、フェイトに恐怖心を持っているのである。
 「うう、教室にいるのがこんなに辛いなんて初めてだよお」
 フェイトに戦う意思が無いのは、彼女にも理解出来た。もしフェイトが本当に危険であれば、ネギやシンジが学校へ連れてくる訳がないからである。それでも連れて来たからには、フェイトに戦う意思が無いのは間違いない。
 けれども理性は理解できても、心に刻み込まれた恐怖体験は別物である。同じ体験をしたのどかは魔法世界で冒険者としての経験を積んできた分、多少は恐怖に慣れていたようであったが、夏美はそうもいかない。
 「あーあ、どうしようかなあ・・・ん?」
 少し先を歩く、見覚えのある人影に気づいた夏美は、その正体に気づくなり勢いよく立ちあがった。そのまま小走りに駆けていく。
 「どうしたのさ、3人揃って!」
 「村上さん!手伝ってください!ゆえゆえにネギ先生へ告白させるんです!」
 「のどか!」
 どこをどうしてそんな流れになったのかは夏美には分からなかったが、夕映の背後に立つハルナの表情から『面白そうだ』という悪戯心が沸き起こる。
 「オッケイ!手伝うよ!」
 「ちょっと待つですよ!そもそも私はネギ先生ではなくて」
 「そうだね、それについては待って貰いたい」
 突然、背後から聞こえてきた声に振り向く少女達。そこにいたのはフェイトである。
 反射的に身を竦ませた夏美であったが、フェイトは軽く一瞥すると、まるで興味無いとばかりに視線を外した。
 「ネギ君に告白するのは止めてほしい。今のネギ君は、世界を救う為に全てを投げ打って動いている。そんな彼の隣に、彼を助ける力も無い君達が立てると思うのかい?彼の隣に立てるのは、それだけの覚悟と力を持った者だけだ」
 「ど、どうして貴方にそんな事を言われないといけないですか!」
 「彼が既に僕の物だからだ」
 ピシッと固まる少女達。フェイトにしてみれば『僕の物』=『仲間や同志』的な意味合いだったのだが、少女達にとっては違う意味に取る事が出来た。特に4人の内、3人は幸か不幸か『特殊な世界観』を理解している少女達である。
 更に運の悪い事に、その誤解は解消されるどころか進展してしまった。と言うのも、件の少年が姿を現したからである。
 「みなさん!お久しぶりです!」
 「「「「ネギ先生!」」」」
 「みなさん、元気そうで何よりです!少し時間が出来たので、顔を出しに来ました。もし良かったらお茶でも一緒に」
 「すまない、ネギ君。実は急を要する相談があるんだ」
 フェイトの言葉に、振り向くネギ。
 「分かったよ、すぐに相談しよう」
 まるで少女達の事を忘れたかのように、フェイトと並んで立ち去るネギ。置いてきぼり状態の少女達は、黙って見送るしかない。
 やがて2人の姿が消えた所で、フルフルと少女達の体が小刻みに震えだした。
 「これは危険です!何としてでもネギ先生を救うですよ!このままではハルナの趣味に一直線です!」
 「う、うん!」
 ガシッと手を組んで、頷きあう夕映とのどか。その姿に夏美は、声も無く立ちつくす事しか出来なかった。

茶々丸side―
 絡操茶々丸は仮契約カードを見つめながら、主であるエヴァンジェリンに言われた言葉を反芻していた。
 作られた機械である自分に、魂が存在していた事は喜ばしい事であった。
 しかし魔法世界でネギに対する思慕に気づいてしまい、その想いに答えを見出す事が出来ずに苦しんでいた。
 それに解決の糸口を与えてくれたのが、主の一言である。
 『今のぼーやは殺人的なスケジュールで活動している筈だ。だからこそ、有能な秘書が1人ぐらいは欲しいだろうよ』
 全くもってその通りとしか言えない主の発言に、茶々丸は反論すらせずに頷いていた。事実、ネギの活動スケジュールは『殺人的』であり、秘書役がいた方が良いのは誰の目にも明らかだったからである。
 『もう1つ。ぼーやはもう、人間ではない。魔族として長い生を歩む事になる。その隣を歩くからには、機械として生を受けたお前は、他の連中に比べて圧倒的に有利なアドバンテージを持っているのだ。その事をよく考えるが良い』
 その一言が、茶々丸の背中を後押しした。そして、自分の意思で決めた事を実行に移す為、ネギを捜していた。
 「見つけました!マスター!」
 「ただいま、茶々丸さん」
 ネギの笑顔に、頬を赤らめる茶々丸。そんな2人を、ネギの横にいたフェイトが無言のまま見守っている。
 「マスター!お願いがあります!私をマスターの秘書にして下さい!」
 「秘書・・・ですか?」
 「はい!マスターの仕事ぶりは、あまりにも殺人的なスケジュールです。ですが私であれば、効果的にサポートが出来ますし、何より疲労という概念とは無縁です!」
 茶々丸の提案に、ネギが顎に手を当てて『ムムム』と考え込む。確かにネギにしてみれば、サポート役は喉から手が出るほど欲しい存在であった。
 「・・・ネギ君。受け入れても良いんじゃないかい?確かに彼女であれば、彼女自身が言う通り、有能な秘書として働いてくれると、僕も思うよ」
 茶々丸にとっては意外な事に、フェイトからの口添えが入る。その援護射撃に、ネギは大きく頷いた。
 「宜しくお願いします、茶々丸さん!」
 「イエス!マスター!」

シンジside―
 お昼休みの間にあやかと千鶴の両名と合流したシンジは、NERVから手配されたヘリコプターに乗って第3新東京市へとやって来ていた。
 政府関係者専用のヘリポートに降り立つ3人。そこへ駆けよる2組の男女の姿があった。
 「あやか!」
 「お久しぶりです、お父様。お母様」
 久しぶりの両親との再会に、顔を綻ばせるあやか。その隣では、やはり千鶴が同じように顔を綻ばせていた。
 その隣を、スッと通り過ぎた人影が、シンジへと歩み寄る。
 「シンジ、お帰り」
 「ありがとう、アスカ。2人の面倒、看てくれてありがとう」
 「別に良いわよ、それより、ホラ」
 アスカの前で屈みこむシンジ。そこにいたのは、アスカに手を引かれている、蒼銀と白銀の髪の毛を持つ2人の幼児である。
 「ただいま、レイ、カヲル」
 「「おかりなさい」」
 2人の幼子の頭を優しく撫でるシンジ。すると2人はキャッキャッと笑いだした。
 「それより、シンジ」
 「うん、分かってるよ」
 2人から視線を外して振り返る。その先には愛娘との再会を終えた、日本経済界の重鎮がいた。
 「初めまして。本日はテラ・フォーミングプロジェクトの会談に応じて下さって、ありがとうございます。僕は今回の計画において、特別顧問を務めている近衛シンジ―旧姓・碇シンジと申します」
 頭を下げるシンジ。そんなシンジを、雪広財閥と那波重工の最高責任者達は、懐かしそうに見つめている。
 「私は雪広賢治。君の事は覚えているよ。碇財閥最後の当主、碇ユイ博士の忘れ形見の事はね」
 「雪広会長の仰る通りだ。そうそう、申し遅れたが私は那波健一郎。娘が世話になっている、ありがとう」
 差し出された手を握り返すシンジ。その横では、女性陣のアイドルと化したレイとカヲルが無邪気に笑っている。
 「娘から魔法世界の事についての報告は聞いているが、君からも詳しい事を聞かせて貰いたい。その話の内容次第では、援助は惜しまないよ」
 「ありがとうございます。魔法世界に住む12億の命を代表して、お礼を言わせて頂きます。では、現在の状況から説明しますので、会議室へ場所を移動させて頂きます」

 会議室でシンジが賢治と健一郎の2人に状況の説明を行う間、アスカは女性陣を引き連れて休憩室へと移動していた。
 「お帰りなさいませ、アスカ殿」
 「ただいま、ヘルマン。あの子達は?」
 「奥におります」
 一行を出迎えたのは、シンジと主従の契約を交わしているヘルマンであった。ロマンスグレーの外見であるヘルマンがスーツで出迎えていれば、凄まじく絵になる渋さである。
しかし、ヘルマンの姿は黒スーツの上に、ピンクのフリル付きエプロンであった。しかもチューリップと、デフォルメされた熊のアップリケ付きである。
「これはこれは、魔法世界でお別れして以来ですな、気の強いお嬢さん」
「あらあら、ヘルマンさんも元気そうで何よりです。ところで、そのエプロンはヘルマンさんの御趣味なのですか?」
「その通りです。私としては大変、気にいっているのですが、何故か主殿達にはイマイチ評判が良くないようなのです」
腕を組んで、心底、不思議そうに首を傾げるヘルマン。その前で、アスカがこれ見よがしに溜息を吐いてみせる。
ちなみにヘルマンが可愛らしいデザインに惹かれたのには、理由がある。魔族であるヘルマンは魔界出身であるが、魔界には『可愛いデザイン』という物が存在していなかった。その為、ヘルマンはカルチャーショックを受けてしまい、外見からは想像出来ない『可愛いもの好き』という新たな新境地を開拓してしまったのである。
「私は可愛らしいと思いますけど?」
「御理解頂けて何よりです。ところで、紅茶の用意をしてあります。主殿が戻られるまで、中でお寛ぎ下さい」
ガチャッとドアを開いて中へと入る一行。すでに室内には、先客が待っていた。その先客は、入って来た人影に気がつくと、勢いよく立ちあがった。
「委員長!」
「アスナさん!」
久しぶりの再会に、いつもの憎まれ口すらも叩かずに、素直に無事を喜び合う2人。そんな2人を、肩を竦めて見ている者がいた。
「お疲れ様、貴女も一緒にお茶でも飲んで、休憩しなさいよ」
「おおきに~」
そこにいたのは神鳴流剣士の月詠であった。月詠は魔法世界の騒動の後、いずれ刹那と再戦する事を条件に休戦の承諾をしていた。だが戦いを好むその性格故に、居場所を無くしてしまったのである。
そこへ声をかけたのがシンジであった。幾つかの交換条件の代わりに、月詠はシンジの部下となり、現在はアスナのボディーガードを務めている。
「ホンマ、ここは最高の職場どすえ~お姫様やろ?ヘルマンはんやろ?それにアスカはんもおる。手合わせの相手に事欠かないなんて、ウチ、幸せや~」
それが月詠の出した条件であった。これはネギを守る為に強くなりたいと願うアスナや、シンジを守りたいと望むヘルマンやアスカにとっても、メリットであった。何せ月詠の実力は、間違いなく英雄クラスである。3人にしてみれば、これ以上の鍛錬相手はいない。
 「では、お嬢様方と奥様方はお座り下さい。主がお茶菓子を作っておりますので、そちらをお持ち致します」
 「ホンマどすか?ああ、甘いお菓子までついてくるなんて、ウチ、幸せや~」
 ニコニコと笑う月詠に、アスナが苦笑する。月詠とは因縁浅からぬ間柄ではあったが、こうして時折見せる年齢より幼い言動を見る度に、敵意が薄れていく事を自覚せざるをえなかった。

 和気藹々とした時間。そこへガチャッという音を立てて、ドアが開いた。
 「お待たせ」
 入って来たのはシンジ達に加えて、技術顧問として名を連ねるリツコである。不毛の大地である火星を緑溢れる星に作り変えようという試みは、母ナオコにコンプレックスを持つ彼女にしてみれば、絶好の機会であった。何より、地球で初めての試みとくれば、コンプレックスを抜きにしても、科学者として意欲を刺激されるのは当然である。
 「お父様!」
 「安心しなさい、あやか。今回の試み、喜んで出資しよう」
 その言葉に、あやかが喜びを露わにして父に抱き着く。
 「ですが、人類初の試みとくれば、難しいのは事実でしょうね」
 「その心配はしなくても良いポヨ」
 「その通りだ。我等も力を貸す故にな」
 そこにいたのはザジの姉であるポヨと、オスティア王家に連なる墓所の主の2人であった。ポヨは人類とは違った科学形態を持つ魔界の実力者、墓所の主は魔法使いとしては最高峰の使い手の1人である。どちらもテラ・フォーミングプロジェクトにおいて、心強い味方となりうる存在であった。
 もっともポヨの場合は、監視者としての意味合いが強いのも事実である。万が一、計画が失敗に終わった時『残念でしたね』と済ませる訳にはいかない。ポヨ自らの手で完全なる世界による魔法世界救済を行い、メガロ・メセンブリアの住人だけでも助けようという覚悟を持っていた。それが魔界の実力者としての責務だからである。だからこそ、テラ・フォーミングプロジェクトへも自発的に参加を表明していた。
 墓所の主の場合は、そこまで思い詰めてはいない。寧ろ、末裔であるネギの行く末を見届けたいという思いから、参加を表明している。
 「リツコさん、こちらの事はお願いします。ミサトさんが各国政府に話を通すにも時間はかかるでしょうから、その間に僕とネギ君はやるべき事を済ませてきます」
 「ふふ、任せなさい」
 
その日の夜、麻帆良学園学園長室―
 普段から近右衛門が執務に使っている学園長室。そこに多くの者達が集まっていた。
 学園の魔法先生達に加えて、エヴァンジェリン、ネギ、アスナ、アルビレオ、詠春、アスカ、シンジといったメンバーである。
 ヘルマンはレイとカヲルの子守役として、女子寮で3-Aメンバーと待機中。月詠は千草とともに、やはり女子寮で待機していた。
 「・・・本気なんじゃな?ネギ君、シンジ」
 コクンと頷くネギ。その顔は真剣な緊張感に支配されている。その横ではシンジが、気楽に笑みを浮かべていた。
 「ですが、危険すぎます!万が一があっては!」
 ガンドルフィーニの言葉に、多くの者達が賛同する。それほどまでにシンジとネギの主張には、大きすぎるデメリットが存在していた。
 「ここは、最小限の被害で食い止める。それが正しい選択肢であると思います」
 シャークティーの言葉に、複雑なのはエヴァンジェリン、タカミチ、詠春、アルビレオの4名。本音を言えばネギやシンジに賛同したいのだが、そう軽々しく賛同出来ないのも事実だった。
 「大丈夫ですよ、何とかなりますって」
 「そうヘラヘラ笑っているから、余計に不安なんだ!」
 「ガンドルフィーニ先生?仮に失敗したとします。それのどこが問題なんですか?」
 ビキッと音を立てるガンドルフィーニ。そのこめかみには、巨大な青筋が浮かび上がっている。
 「どこがだと!?最悪の魔法使いが野放しになるという意味を理解出来ないのか!報告は聞いている!学園長やサムライマスター、高畑先生や闇の福音ですら、奴は無力化してみせたんだ!それが何を意味するのか、理解出来ていないのか!」
 「理解出来ていますよ?でも言わせて頂きます。あの時、全盛期の力を発揮出来たのは高畑先生とエヴァンジェリンさん、それにアルビレオさんだけでした。こう言うと失礼なのは重々承知の上で言わせて頂きます。詠春さんはブランクが有り過ぎて力を発揮出来ない、お爺ちゃんは年をとりすぎている。更に言わせて貰えれば、あれは想定外の遭遇戦という一面も持っていた。それは十分な準備が不可能であった事を意味します。ですが、今度は違う」
 「む」
 「今度は紅き翼アラルブラ最後の2人ラストメンバーである僕とアスカ、白き翼アラ・アルバリーダーのネギ君、神殺しである神楽坂さん、そして完全なる世界コズモ・エンテレケイアの魔法使いであるフェイトが参加します。自分で言うのもなんですが、現役の英雄クラスが5人ですよ?これに白き翼アラ・アルバメンバーも加勢に加わります。その上で十全の準備を整えておく事が出来る。戦力的に、これ以上ないほど充実している」
 ガンドルフィーニは反論したいが、反論出来なかった。シンジの言う通り、戦力的には圧倒的に今回の方が上だからである。
 「まあ負けた所で問題はありませんよ。どうせ2015年に、サード・インパクトで滅んだ命なんですから。使徒だった頃の僕が甦らせなければ、こうして生きてはいられなかったんです。元に戻るだけなんだから、大した問題じゃありませんよ」
 「大有りだ!そうやって不真面目な言動をするから、不安を煽られるんだ!」
 「そう思うなら、玩具にされるような臆病な所を見せないで下さいよ」
 ブチッと音を立ててガンドルフィーニの青筋が切れる。慌てて神多良木と刀子が取り押さえるが、その束縛をガンドルフィーニは振り解かんばかりの勢いでシンジへと詰め寄った。
 「私が臆病だと!その発言を取り消せ!」
 「臆病者に臆病と言って何が悪いんですか?そもそも、相手を害する力のない僕が、馬鹿正直に真正面から喧嘩を売ると本気で思っているんですか?」
 その言葉に、多くの者達の頭上に?マークが浮かび上がる。
 「確かに戦闘にはなるでしょう。僕の予想通りならね。でもそれは皆さんが想像するような戦闘とは毛色が違います。それを結果で証明してみせますよ」
 「シンジさん。その事についてなんですが、僕もまだ、詳しい事は教えて貰っていません。ちょうど良いですから、この場で教えて頂けないでしょうか?」
 ネギの言葉に、シンジがポンと手を叩きながら振り返る。
 「そういえば、フェイトとアスカにしか説明していなかったけ。ネギ君。本音を聞かせてほしい。お父さんを、その手で殺したいかい?」
 学園長室の空気が張り詰める。そして安全策として造物主ライフメイカー=ナギ・スプリングフィールドを殺す事で事態の打開を考えていたガンドルフィーニ達は、どこか気まずそうに視線を逸らした。
 「・・・嫌です。本音を言えば、お父さんを殺したくなんてありません!」
 「ネギ君のいう事は当然だよ。誰だって、自分の家族を殺したくなんてない。それは当たり前の感情だ。だからネギ君は、何も恥じる事は無い。僕に言わせれば、ネギ君はまだ10歳の子供なんだからね」
 クシャクシャとネギの頭を撫で回す。
 「だからネギ君の兄貴分である僕としては、弟の我儘を叶えてあげたい訳。その方策はまだ完全に出来上がっていないけど、出来る限りの事はする。ナギを殺すなんて事は、最後の最後に採る手段だ。それまでに、打てる手は全て打つ!」
 シンジの言葉に、呆気に取られるネギ。だが言葉の意味を理解する内に、その顔が徐々に崩れていく。
 「改めて宣言しておきます。この戦いは僕やネギ君達白き翼アラ・アルバが買った喧嘩だ。その喧嘩に横槍を入れるならば、遺言状を書いた上で横槍を入れて下さい」
 「シンジの言う通りよ。勿論、アタシもそれ相応の対応をさせて貰うけどね」
 時間移動により、多くの修羅場を潜り抜けてきたシンジとアスカ。そんな2人の本気を垣間見せる表情に、魔法教師達は言葉を失っていた。
 そこにいたのは、確かにシンジとアスカである。だが、同時に紅き翼アラルブラ最後の2人ラストメンバーである事を証明するだけの気迫をもって、彼らに対峙していたのである。
 一触即発の空気。そんな空気をやんわりと引き裂く声があった。
 「分かった。僕は手出ししないと約束しよう」
 「「「「「「高畑先生!?」」」」」」
 「その代わり、必ず生きて帰ってくるんだよ?それだけは約束して欲しい」
 無言のまま頷くシンジとアスカ。僅かに遅れて、ネギやアスナも頷いてみせる。
 「お爺ちゃん。アルビレオさんには3日後を決戦の日と伝えてくれないかな?それだけあれば、体力の回復を考えても、十分に準備できるからね」
 「シンジ、体の調子が悪いのかの?」
 「違うよ。白き翼アラ・アルバが喧嘩を買ったとは言ったけど、全員を連れて行く訳にもいかない。少数精鋭で挑まないと、こちらの策は通用しないからね。だから篩にかけるんだ。メンバー全員に今から伝える。明日の正午、決戦への参戦希望者はエヴァンジェリンさんの別荘へ集まる様に。確かに伝えたよ?」
 シンジの視線が虚空を見据える。すると、スーッと姿を現した人影があった。
 「あはは~バレてたんですね~」
 「まあね。相坂さんがいるなら、当然、彼女のアーティファクトも持っているんでしょ?」
 「すっかりバレちゃってるんですね~はい、シンジさんの言う通りですよ~」
 背中に隠し持っていた、渡鴉の人見オクルス・コルウィヌスを取り出すさよ。ガンドルフィーニやシャークティーらはそれが意味する所を理解し、こめかみを引き攣らせている。
 「じゃあ、確かに伝えたよ?試験内容は僕とネギ君のコンビ相手に、戦って貰う事だからね。ただしアスカと神楽坂さん、それにフェイトは例外だから」

翌日―
 約束の時刻。試験会場である別荘には、予想よりも多くのメンバーが集まっていた。3-Aメンバーは全員集まっているが、中には試験を見物に来ただけというお気楽メンバー―例えば美空や双子姉妹、真名や千雨達―も存在する。また3-Aメンバー以外では、タカミチや近右衛門達魔法先生の姿もあった。もっとも真面目に参戦を考えている、高音の様な例外もいるのだが。
 そんなメンバーを待ち受けていたのは、狩衣姿に義手は外しているシンジと修行用の功夫服を着たネギの2人である。
 「思ったより集まったなあ・・・みんな暇人なんだねえ」
 「「「「「「何でそうなる!」」」」」」
 シンジのボケた言動に、一斉に返ってくるツッコミ。そんなツッコミを受け流しながら、シンジはグルッと周囲を見回した。
 「えっと参加希望者だけど、もう1度確認するね。古さん、長瀬さん、おでこちゃん、宮崎さん、ハルナ、刹那、木乃香、明石さん、佐々木さん、茶々丸さん、それから高音先輩に小太郎君か。他は希望しないという事で良いかな?」
 「私は見物させて貰う。お前達がどれだけ強くなったか、ゆっくりと見物したいのでな」
 エヴァンジェリンの言葉に、黙って頷くシンジ。そのまま他のメンバーに視線を向けると、向けられた相手は必死に顔の前で手を振ったり、肩を竦めて大きなため息を吐いてみせたりする。
 「了解、じゃあ参加希望者を締め切らせて貰うよ。それから木乃香と宮崎さんについては、直接戦闘力は無きに等しいから特別ルールで対応します。木乃香は刹那が、宮崎さんはおでこちゃんが失格になったら、アウトだよ?これは2人の護衛者としての役割も判断材料にしているからね。問題はないかな?」
 「私は構いません。寧ろ、望む所です!」
 「私も構わないです。のどか、頑張るですよ!」
 木乃香はニコニコと、のどかは緊張した表情でコクコクと頷く。
 「でもね、木乃香や宮崎さんを狙わない、という意味じゃないから誤解はしないでね。寧ろ、僕が敵なら2人を真っ先に狙う。だから2人は桜咲さんやおでこちゃんの足手まといにならない様に、動く事が求められる訳。油断してたら、遠慮なく行くよ?」
 冗談めかした口調ではあるものの目は笑っていないシンジの態度に、刹那は夕凪を握る手に力を込める。夕映もまた、ゴクッと唾を呑み込んだ。
 「それからルールだけど、10分間耐え凌いだら合格だよ。気絶したり、自分の足で立てなくなったら失格。場外は地面に落ちたらアウト。空を飛ぶのは問題なし。他には、何か質問はあるかな?」
 返ってくる質問がない事を確認すると、シンジはネギに向かって頷く。対するネギも、頷き返した。
 「それじゃあアスカ。開始の掛け声と時間管理をお願い」
 「任せなさい。それでは・・・始め!」
 アスカの掛け声とともに、全員が戦闘態勢に入る。特にネギはいきなり千の雷を装填して、雷天大装状態へと変化する。
 遅延呪文による闇の魔法に、当然、少女達の視線が集まった
 「おいネギ!遅延呪文なんて反則やろ!開始前に準備するなんて、何考えとるんや!正々堂々勝負せいや!」
 「ふざけてるのはお前だ、犬上小太郎」
 突然の背後からの声に、振り向く小太郎。だがメキッという嫌な音に、小太郎は顔を顰めながら、最悪の状況だけは防いでいた。
 明らかに折れている左腕。不意打ちだったとはいえ、間一髪の一撃で意識を刈り取られなかっただけマシとも言えた。
 そんな強烈極まりない一撃を放った相手はと言えば、即座に傍にいた高音目がけて渾身の回し蹴りを放っていた。
 影の鎧をまだ纏っていなかった高音は、純粋に魔力で強化した身体能力と技術だけで、その一撃に対抗せざるを得ない。
 両腕をクロスさせて正面から受け止める高音。だがまともに食らった一撃へ対抗するには、あまりにも力が足りなかった。
 悲鳴を上げながら吹き飛ぶ高音。その吹き飛んだ先にいたのは、仮契約カードを取り出したばかりのまき絵である。
 「えええええっ!?」
 アーティファクトを呼び出そうとした所に、高音が吹き飛ばされてきたのだから驚くのは当然である。更に避けようという行動すら取れなかった彼女は、高音に激突されて後頭部を地面に打ちつける。
 「・・・キュウ・・・」
 「やれやれ、まずは1人脱落か」
 見物に回っていたエヴァンジェリンが影を利用した転移魔法で、気絶したまき絵を観客席へと転移させる。
 「気絶しているだけだ。そこらに寝かせておけ」
 「分かりました。お預かりいたします」
 別荘を管理している茶々丸´がまき絵を受け取り、予め用意しておいた毛布にまき絵を寝かせる。
 その間にも戦場では状況が進行していた。
 不意打ちにより虚を突かれただけではない。シンジの不意打ちによるまき絵の脱落により、注意力が削がれた所へ雷天大装状態のネギが手加減抜きで楓に襲い掛かっていた。
 「ネギ坊主!?」
 「雷華崩拳!」
 背筋に走った寒気。その直感を信じた楓は、反射的に回避を諦め、切り札の1つである身代わりの術を使用。致命の一撃をかろうじて躱したが、ネギの更なる追撃を前にして手詰まり状態に陥る。
 そんな楓を助けるべく、古が崩拳で、ハルナが呼び出した真・火炎魔人で牽制に入る。その牽制の一撃を凌いだネギは、雷の速さを活用して今度は古と打ち合いを始めた。
 そんなネギを余所に、シンジもまた追撃をしていた。シンジのいる場所は、小太郎と高音という前衛が、わずかな間とは言え前線が崩壊した箇所である。当然の如く、シンジは白兵戦能力等持たない後衛目がけて襲い掛かっていた。
 「ウソウソウソオオオオッ!」
 慌ててアーティファクトを呼び出して迎撃に入る裕奈。だがその引き金を引くよりも早く、裕奈の懐へシンジは飛び込んでいた。
 裕奈の頭部を揺さぶるように、顎を下から打ち抜くシンジ。脳震盪を誘発された裕奈は立っている事も出来ずに崩れ落ち、エヴァンジェリンの救助対象となってしまう。
 後衛の崩壊という事態に、動いたのは茶々丸と刹那、夕映であった。
 「ひ、卑怯ですよ!不意打ちなんて!」
 夕映が怒りの声を上げるが、シンジは顔色1つ変えずに刹那達と対峙するばかり。
 そんな光景に、見物に回っていた千雨が呆れたように呟いた。
 「・・・こりゃあ試験やって正解だったな。あの馬鹿ども、何にも理解しちゃいねえじゃねえか。そもそも、卑怯でも何でもねえだろ」
 「ほう?長谷川、お前気づいたのか?」
 「まあな。試験が発表されたのは昨日だろ?準備しておくのは当然じゃねえか」
 千雨とエヴァンジェリンの会話に、近くにいた双子姉妹が『どういう事?』と聞き返す。
 「お前らだって、テストの前には勉強するよな?本気でテストで良い点取りたかったら、休み時間使ってでも最後の悪足掻きをするだろ?お前はそれを、卑怯だと思うか?」
 「そんな事は思わないけど・・・」
 「そういうこった。準備する時間は、お互いにたっぷりあったんだ。不気味寮監と先生は、人数差を埋める為に事前準備を整えていた。佐々木達は何にも考えずに、何の用意もしていなかった。ただそれだけの事だよ」
 「ま、そういう事ね。更に付け加えるなら、あの状況は、あの子達の自業自得よ」
 アスカが呆れたように肩を竦めながら、試験の推移を眺める。
 「シンジはともかくとして、ネギは今のあの子達が1対1で勝てる相手じゃない、自分より強い相手である事ぐらい、分かりきっているでしょ?それにこれから戦う相手は、下手をすればネギやシンジを上回りかねない相手なのよ?その事を本当に理解していれば、時間を無駄にはしなかったでしょうけどね」
 「ま、相手を甘く見過ぎたんだ。丁度良いお仕置ってとこだな。それはともかくとしてアスカさん、1つ聞きたい事があるんだが?」
 「呼び捨てでいいわよ。それで?」
 「不気味寮監の奴、いつのまに格闘技術を身に着けたんだ?人形制作者ドールメイカーはもう使えねえ筈だし、この前、魔法世界で完全なる世界コズモ・エンテレケイアの使徒相手にやりあってた時には、あんな脳震盪誘発させる程の技量が無かった様に思うんだがな」
 腕を組みながら、訝しむ千雨。その態度に、アスカが面白そうに応じた。
 「良い観察眼持ってるわね。あれはシンジの切り札の1つよ。完全記憶を活用した、人形使いならでは、と言った所かしらね」
 「・・・ふうん?やっぱり悪党だな」
 アスカの答えに、腕を組んでいた千雨がニヤリと笑い返す。それはシンジの切り札の秘密を看破した事を意味していた。
 その間にも試験は続けられていた。
 ネギは自身の本気と呼べる、二重装填による雷天双壮は使用していなかった。だが今の楓や古達にしてみれば、雷天大壮だけでも十分に凶悪なのである。そもそもラカンやフェイトクラスの実力を身に着けていないのだから、対応できないのはある意味当然である。
 故に、楓と古は必死になってネギの攻撃を食い止め、後ろからハルナが攻撃を行うという戦術を本能的に選択して実行するしかなかった。
 しかし、3人は致命的なミスを犯していた。
 「楓忍法四つ身分身!」
 前面からの攻撃だけでは攻めきれないと判断した楓は、古が攻撃して時間を稼ぐ間に影分身を作り出した。そして分身3体をネギの背後へ回り込ませて、挟撃を行う。
 「貰ったでござる!」
 強烈な威力を秘めた掌底がネギを捉える。
 だがその攻撃を、ネギは全身を雷化させる事で自身の体を透過させる事で凌いでいた。
 「な!?」
 「・・・甘いですよ、長瀬さん。クルトさんと僕の戦闘を覚えていないんですか?魔に近い僕の天敵は、神鳴流なんですよ?」
 ネギの発言に、3人が『あ!』と声を上げる。だが時すでに遅し。刹那は対・ネギ戦線には参加していない。
 「ネギ坊主!まさか狙っていたアルか!」
 「はい。シンジさんと一緒に、この戦いの為の戦術を何パターンか考えました。その1つが見事に嵌ってくれました」
 全てはシンジとネギの思惑の内。その事に気づいた楓が、ギリッと歯軋りする。
 「シンジさんは、こう考えたんです。誰が参加するにせよ、天敵となりうるメンバーと絶対に参加が確実なメンバーだけは、対抗策を用意しておく必要があると。刹那さんは木乃香さんの護衛ですから、僕とシンジさんのどちらに対しても積極的に攻めてはこない。もし攻めてくるとすれば、それは誰かが倒れて前線に綻びが生じた時だろう、と。だからシンジさんが先に前線を崩せば、僕の天敵である刹那さんは僕ではなくシンジさんに向かうのは間違いない、とね」
 「・・・それでシンジ殿は、いきなり突撃してきた、と言う訳でござるか」
 「はい。ついでに言うなら、早乙女さんはシンジさんに攻撃したくないだろうから僕に来るという事。長瀬さんはシンジさんの護衛なので、シンジさんを傷つけかねない事はしたくないだろうから僕に来るという事。古老師は強敵との戦いを好むから、直接戦闘能力の高い僕に来るという事も。全て予想通りでした」
 事前の想定が悉く現実に即している事に、3人を含めた周囲に緊張が走る。
 「ふむ。どうやらネギ坊主の言う通りに事は進んでいるようでござるな。だが、現実は往々にして望み通りにはゆかぬ物でござる。刹那殿の実力であれば、シンジ殿を倒す事は決して不可能ではないでござるよ?いや、寧ろ刹那殿の方が有利でござる」
 「やっぱりそう思いますよね?」
 同意したみせたネギに、楓が目を丸くする。
 「当然、その程度の事は予測済です。でも忘れていませんか?刹那さんが相手をするのは、僕より遥かに策略が得意な相手なんですよ?」
 そんなネギの言葉を実証するかの様に、茶々丸の支援射撃(ライフル用非致死性ゴム弾)の下、刹那が最前線に、夕映は少し遅れて起動キーを口にしながら魔法の準備を始める。その間に、腕の折れた小太郎に木乃香が駆け寄り、治癒魔法をかけていく。
 「シンジさん!ここから先は通しません!神鳴流奥義、雷鳴剣!」
 上空から雷を夕凪に纏いながら振り下ろす刹那。だがその一撃に対して、シンジは咄嗟に隠し持っていた符を放った。
 「急々如律令!」
 1枚の符が走り、夕凪と接触。その瞬間、雷は雲散霧消していく。
 「な!?」
 驚きで、思わず体勢を崩す刹那。最早、シンジに攻撃するどころではない。
 慌てて体勢を立て直そうとする刹那。
 だが彼女が自分の体に命じるよりも早く、自分の考えとは違う行動を起こした。
 「しまった!」
 シンジの人形使いに捕らわれた事に気づく刹那。しかし彼女の右手は、振り向きざまに彼女の愛刀を全力で投擲させた。
 空中を走る夕凪。その切っ先は、まさか前衛を無視して自分に来るとは思っていなかった茶々丸のライフルに激突。爆音とともにライフルが砕け散る。
 「茶々丸さん!」
 「私は大丈夫です!それより前を!」
 慌てて振り向く夕映。そこにはシンジに操られる刹那が、いつの間にか間合いを詰めていた。
 「逃げて下さい!」
 「くっ!」
 零距離での拳の応酬を始める刹那と夕映。
 とは言え、夕映の格闘能力は決して高いとは言えない。本来なら後衛向きなのだから当然である。
 その間に、ライフルを失った茶々丸が事態の打開を図るべく、人形使いを使っている最中のシンジ目がけて一瞬で間合いを詰める。
 「これで終わりです!」
 一撃でシンジの意識を刈り取るべく、茶々丸がシンジの鳩尾を狙って手加減の無い一撃を放つ。これは例えシンジが回避出来なくても、身体強化で体を強化して、致命傷だけは避けるだろうとシンジの能力を信用しての一撃だった。
 だから、茶々丸は自分の全身に激しい衝撃が走る事等予想出来なかった。
 「・・・な・・・何が・・・」
 崩れ落ちる茶々丸。その全身からは、小さな煙が立ち上っていた。
 「「茶々丸さん!」」
 茶々丸を襲った異変に、悲鳴を上げる夕映と刹那。いつの間にか人形使いから解放された刹那は、咄嗟に茶々丸へ駆け寄った。
 「・・・申し訳・・・ありません・・・緊急事態・・・機能停止・・・します・・・ご武運を・・・」
 動きを止める茶々丸。その姿に場外にいたエヴァンジェリンが『残念だったな』と呟きながら転移魔法で茶々丸を救助する。
 「シンジさん!一体・・・な・・・にを・・・」
 原因を追究しようとした刹那だったが、シンジの姿に声を無くしていた。シンジもまた全身から煙を立ち上らせ、苦悶の表情を見せていたからである。
 「・・・やっぱりキツイな・・・でもまあ茶々丸さんを思惑通り無力化出来たんだ。痛みぐらいは甘受しないとね」
 治癒の符を鳩尾に貼って、応急処置をするシンジ。その足元には、金属の塊らしい物体が、ブスブスと煙を出しながら転がっていた。
 「それは?」
 「瞬間的に高電圧を発生させるトラップだよ、狩衣の下に仕込んでおいたんだ。普通なら即死級の電圧でも、気で身体強化しておけば耐えられる。でも、茶々丸さんにとっては不意打ちだから、ただでは済まない。何せ茶々丸さんの体は、絶縁処理は施されていないから」
 「ちょっと待って下さい!万が一、茶々丸さんに何かあったら!」
 「それはないよ。事前に葉加瀬さんに確認はしておいた。人間なら即死級の電圧でも、茶々丸さんの記憶メモリーにダメージはいかないから致命傷にはならない、とね」
 肉を切らせて骨を断つ、を実践してみせたシンジに、夕映と刹那が唾を呑み込む。そこへ夕映の背後で様子を見守っていたのどかが声を張り上げた。
 「シンジさん!さきほどの格闘技術の高さ!その秘密は何ですか!」
 のどかのアーティファクト『いどの絵日記』が発動。千雨が推理した、シンジの秘密を看破する。
 「・・・分かりました!2人とも気を付けて下さい!シンジさんは自分自身を人形に見立てて、人形使いで操っていたんです!それも完全記憶を活用して!糸の出所は左肩です!」
 シンジの格闘技術の高さの秘密に、周囲が目を丸くする。それは使徒だった頃のシンジが、麻帆良武闘会で使った戦術を、疑似的に再現した物だったからである。
 「そういう事ですか!確かにシンジさんは義手の補助の為に、左肩に糸を埋め込んでいたです。義手が無ければ、それを活用出来るという事ですか!」
 「正解。おかげで右手はフリーだよ」
 (・・・桜咲さん、時間を稼いで下さい。突破口を見つけます)
 夕映の囁き声に、頷いた刹那が飛び出す。今度は糸に捕らわれない様に、真正面から一直線に突撃するのではなく、捕えにくいように左右に移動しながら接近を試みていた。
 その間に、夕映がアーティファクトを呼び出して、人形使いの技術に関する情報を調べて、それを元に戦術を考えていく。
 更に吹き飛ばされていた高音が影の鎧を身に纏い前線に復帰。骨折の応急処置を済ませた小太郎も、獣化による漆黒の狼という姿になって高速で接近する。
 3方向からの攻撃。シンジから見て正面からは刹那、右側から高音、背後から小太郎という配置になる。
 回避も防御も不可能な配置。誰もがシンジの敗北を想像する。だが―
 「残念、その程度の事は予測済みだよ」
 絶対に命中したであろう小太郎の背後からの攻撃を、シンジは全く後ろを見ずに回避してみせた。
 「な!?」
 驚愕で体を硬直させる小太郎。驚くのは当然だったが、それは戦闘において致命傷となる隙を生む。
 ドスン、という鈍い音。
 床に崩れ落ちる小太郎。原因は気を込めた全力の肘を、延髄に叩き込まれた為。
 あまりの衝撃に気を失い、獣化が解けていくと同時に、エヴァンジェリンの救助対象となった小太郎は、舞台上から姿を消した。
 「ほら、面倒でもみてやるんだな」
 「う、うん!」
 転移されてきた小太郎―獣化が解けて裸になっている―に顔を赤らめながら、小太郎の手当てにかかる夏美。その隣では、普段からやんちゃ坊主を相手にしている千鶴が『あらあら』と口に手を当てて笑いながら、救急箱から湿布を取り出していた。
 小太郎の戦線離脱という事態に、刹那と高音は驚愕しながらも、更に攻撃速度を高める事しか選択肢を思い浮かべる事が出来ない。下手に攻撃の手を緩めれば、シンジが逆襲してくるのは目に見えているからである。
 と言うのも、小太郎が戦線離脱される直前、のどかが『いどの絵日記』を再度使用。シンジの戦術の弱点を暴露したからである。
 これが脳筋な相手なら、自分の弱点等把握していなかったのは間違いない。そんな事は考えないからである。だがシンジは自分の弱点を理論的に把握して、それに対抗する策を用意してくる慎重な性格であった。
 だからこそ、読心術士であるのどかはシンジの天敵となり得ていた。
 「シンジさんの弱点は、処理能力を上回るだけの攻撃速度です!糸で自分自身を操る以上、速すぎる攻撃には対応が追いつきません!」
 だがシンジも、やられるばかりではない。
 シンジの攻撃は、いわば一度きりの奇術。2度は通用しないイカサマ。だからこそ防御手段としての活用をメインとしつつ、攻撃に関しては一撃必殺を狙って、相手の隙を窺い続けている。
 刹那と高音の2人による猛攻。必ず挟み込むように攻撃する2人だったが、シンジは真後ろからの攻撃も、背後を確認せずに回避していく。
 明らかに偶然と言うにはおかしな事態。
 のどかが再度『いどの絵日記』を使おうとした矢先、刹那が手品のタネに気が付いた。
 「分かりました!シンジさんは糸をレーダー代わりに活用しているんです!」
 麻帆良祭で超のトラップにかかって、数日経過した未来へ飛んだ刹那は、シンジとともに神多良木・刀子の2人と戦った。その際、シンジが同じ事を行って、神多良木の鎌鼬を把握していた事を思い出したのである。
 シンジの手品のタネを理解した刹那は、回避を許さない一撃を仕掛ける為に、広範囲を攻撃対象とする真・雷光剣を狙おうと翼を展開して上空へと舞い上がる。
 その間に高音は魔力で身体能力を限界まで強化し、全ての力を使い切るつもりで攻撃の速度を上昇させ、手数の多さで攻めきろうとする。
 「行きます!真・雷」
 その瞬間、刹那が崩れ落ちる。
 何が起こったのか理解できない刹那は、必死に翼をはためかせて体勢を立て直そうとするが、空気をかき混ぜるばかりで空を飛ぶ事が出来ない。混乱する中、何とか足から着地するのが精一杯であった。
 「桜咲さん!?」
 刹那の異常事態に、高音の注意力が僅かに削がれる。だがそれこそがシンジの狙っていたチャンス。
 人形使いを活用した、疑似崩拳が高音の鳩尾に命中。気を込めた一撃は、影の鎧の防御力を遥かに上回り、高音を昏倒させた。
 舞台上から姿を消す高音。その事態に、夕映の顔色が悪くなる。だが彼女は自分の役割を放棄しようとは思わなかった。
 「風華風塵乱舞!」
 シンジを中心に巻き起こる竜巻。竜巻によって刹那の翼に絡みついていた糸が静かに舞い上がる。
 「これは、糸?まさかこれが原因?」
 「・・・そういう事でしたか。桜咲さん、念の為に木乃香に治癒魔法をかけて貰って下さい。シンジさんは、あなたの風切羽を狙っていたのだと思われるです」
 「ゆえゆえ?風切羽って、まさか!?」
 「のどかの考えている通りの物、鳥が空を飛ぶ際に、最も重要な羽の事です。これが抜けてしまうと、他の羽は残っていても、鳥は空を飛べなくなります。シンジさんは糸で風切羽を捕える事で、一時的に空を飛べなくしたのだと思うです」
 夕映の推測に、刹那が慌てて翼に目を向けて異常がないか確認する。その間に夕映の推測を耳にした木乃香が駆け寄り、治癒魔法を刹那にかける。
 「せっちゃん、大丈夫え?」
 「ありがとう、このちゃん。さあ、下がってて。シンジさんは、まだ立っていますから」
 刹那が木乃香を庇う様に、夕凪を構える。夕映もまたのどかを庇う様に愛用の長剣を構えた。
 シンジ側の主要戦力が激減した頃、ネギ側においても戦局に変化が生じていた。
 あらゆる攻撃を回避、もしくは自身の体を雷化する事で被ダメージを0に出来るネギに対して、古や楓、ハルナは攻撃を食らえばダメージを受けてしまう。それは覆しようのない絶対的な事実である。
 だからこそ、最初は少女達とネギの間に均衡が保たれていても、徐々にその均衡は崩れていくのは当然であった。
 (・・・これではジリ貧でござるな。拙者1人だけならば制限時間一杯、逃げ切る事は不可能ではござらんが、果たしてそれで良いのでござろうか・・・いや、古殿達だけを犠牲にして拙者1人だけが合格等、拙者には納得出来んでござる。拙者にも誇りがある・・・ならば、一蓮托生でござる!ネギ坊主を正面から倒すでござる!)
 古の攻撃にタイミングを合わせて、気を込めた掌打を放つ。
 (ネギ坊主は攻撃を回避しているでござる。それは裏を返せば、命中すればダメージになる事と同義。ならば何とかして攻撃を命中させれば!)
 古もまた同じ事を考えていたのか、攻撃の回転速度を上げていく。
 その攻撃の勢いに力負けしたかの様に、後ろへと後ずさるネギ。ネギが後ろへ下がった分、前進して間合いを詰める古と楓。特に古は猛攻を仕掛け続けていた為、僅かな疲労を感じ始めていた。そこへネギを後退させたという結果に気を良くして、疲れを忘れて猛攻する。更に距離が開いた事で、ハルナは強力な一撃を叩き込む為、ネギから注意を逸らしてキャンパスに没頭する。
 その決定的な隙に、ネギは動いた。
 「眠りの霧ネプラ・ヒュプノーテイカ!」
 ネギは無詠唱のまま眠りの魔法を発動させた。かつてエヴァンジェリンと戦った時、彼女の即席従者となったまき絵達を無力化させた術である。
 だが今回はその時とは規模が違う。ネギの魔法使いとしての力量が、当時とは比べ物にならないほど向上したのだから当然と言えた。
 3人を包み込む眠りの霧。
 「これは春花の術でござるか!」
 眠りの霧の正体を看破した楓は、咄嗟に魔法の効果範囲外へと飛び退る。だが2人はそうもいかない。
 古はネギに『攻撃させられている』という事に気づかず、夢中になって攻撃し続けていた。その為、疲労が蓄積して息が荒くなってきていた。そこへ眠りの霧が炸裂したのだから、たまったものではない。結果として彼女は眠りの霧を肺一杯に吸い込む事になり、夢の世界の住人と化した。
 ハルナの場合は、描く事に夢中になるあまり警戒を疎かにしたのが失敗だった。反応が遅れた彼女もまた、古と同じ世界の住人と化して、2人仲良く救助対象となってしまう。
 「・・・まさか、今のネギ坊主が初歩の魔法を使ってくるとは思わなかったでござるよ。これは拙者達の油断でござるな」
 素直に非を認める楓。その視線はこれから戦局を打開する為、ネギを油断なく見据えている。
 「今の僕が、同じ初歩の魔法である魔法の射手を使えば、大魔法に等しい破壊力を生み出す事が出来ます。それなら眠りの霧も強くなっていて当然でしょう?」
 「確かに」
 「それに皆さんは気づいていなかったみたいですが、実は、時間稼ぎをしていたのは僕の方だったんですよ?」
 意表を突く言葉に、楓が言葉を失い、呆気に取られる。
 「古老師と長瀬さんは、シンジさんにとっての天敵なんです。シンジさんは魔法や気を無効化出来ます。でも身体強化は無効化出来ません。いや、正確には無効化しません。理由は分かりますよね?」 
 「・・・例え無効化出来ても、一時的な物でしかないでござるからな。破術は長時間に渡って力を供給され続ける魔法に対しても相性が悪いでござる。身体強化も、その1つでござるよ」
 ギリッと歯ぎしりする楓。戦力激減による勝率の低下もそうだが、それ以上にネギとシンジの思惑通りに動かされている悔しさが原因だった。
 「だがこのままでは終わらぬでござる。せめて一矢!」
 長期戦に持ち込んでも、雷の速さと底なしの魔力、自己再生能力を持つネギから逃れるのは不可能。そう判断した彼女は、死中に活を見出す覚悟を決めた。
 「楓忍法16分身!」
 最後の切り札というべき多重影分身に、最後の望みを託す楓。16体による一撃必殺の包囲網を、ネギは焦る事無く待ち構えていた。



To be continued...
(2013.02.09 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回はネギ・シンジVS白き翼アラ・アルバメンバーの戦い(前編)です。途中でぶった切れてしまったのは、単純に文章量が多くなり過ぎた為です、すんません。
 話は変わって次回です。
 対造物主戦の為の試験を終えたシンジ達は、更なる実力向上を図る為にエヴァの別荘で最後の追い込みを行う。
 それを終えた後、シンジは夜の砂浜へアスカに呼び出される。彼女の口から紡ぎだされた言葉に、シンジが返す言葉は。
 そんな感じの話になります。
 残り3話、最後まで宜しくお願い致します。



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