第二章
presented by 紫雲様
「やれやれ、一時休戦しているとはいえ、こんなに早くアルトルージュと会う事になるとは思わなかったわ」
そうぼやいた女性は、金色の髪の毛を足首まで伸ばした美女であった。おしとやかな外見ではあるものの、その身にまとう雰囲気は、お転婆・じゃじゃ馬といった感じである。
『最強の真祖』『白い吸血姫』ことアルクエイド・ブリュンスタッドであった。
「そうぼやくなよ、アルクエイド。向こうだって事情があるみたいだし、まずは話を聞いてみよう」
アルクエイドを取り成したのは、20代と思しき男性である。その両眼には包帯が巻かれており、視界は完全に塞がれている。そして、その唇からは僅かに犬歯の先端が覗いていた。
死徒27祖第10位『殺人貴』。アルクエイドすらも殺す生粋の殺戮巧者にして、アルクエイドの寵愛を受ける唯一の存在。
「お待たせしました、お二人ともお元気そうで何よりです」
ドアを開けて入ってきたのは、この館の主であり、アルクエイドの姉である、アルトルージュ=ブリュンスタッドであった。
3人がいるのは、アルトルージュが生活している古城の中でも、特に上品な応接室である。特に芸術品や骨とう品が置かれている訳ではない。室内にあるのは、1000年近く前に、当時の名工と称えられた職人によって作り上げられた、様々な家具だけである。
ただの家具なら品格など無いだろう。だが、ここにある家具は別格であった。それぞれに刻み込まれた名工の技と想いは、付け焼刃ではない、真の品格を醸し出している。
「で、私を呼びつけた理由とやらは聞かせてもらえるんでしょうね?」
「少々違います。私が呼んだのは、正確にはあなたの恋人です」
アルトルージュの言葉に、アルクエイドが反応して立ち上がる。両眼は真紅から金色へと色を変え、彼女が戦闘態勢にはいった事を物語っていた。
そこへ、コンコンというノックの音が響く。
「ふふ、来たみたいね。いいわよ、入っていらっしゃい」
「失礼します」
ドアを開けて入ってきたのは、ティーセットを持ったシンジである。とはいっても、シンジの事など知らない二人にしてみれば、首をかしげざるを得ない。
シンジの外見は10歳。どう考えても、この場にはそぐわないし、なにより死徒の本拠地と言ってもいい、この古城にいていい存在ではないのだから。
「えっと、初めまして。僕はシンジ=ブリュンスタッドと言います。最近、アルトルージュ姉さんの弟になりました。改めて、宜しくお願いします」
ペコリと礼儀正しく頭を下げるシンジ。いつの間にやら怒りは解けたのか、アルクエイドの両眼は、元の真紅へ戻っていた。
「・・・弟?」
「そ。この前、私が眷属にしたんだけど、信じられない事に、血を与えて即座に死徒へ生まれ変わったのよ」
「姉さん、紅茶が入りました。アルクエイドさんと志貴さんもどうぞ」
すっと差し出された紅茶の香りに、アルトルージュが満足そうな表情を浮かべる。
「腕を上げたね、シンジ」
「ありがとう、姉さん」
どうみても仲の良い姉弟にしか見えない二人のやり取りに、アルクエイドは困惑したあげく、恋人へ助けを求めた。
「志貴、助けて〜。アルトルージュが壊れたよ〜」
「俺には壊れたんじゃなくて、母性本能を刺激されているように見えたんだが」
目の前に置かれていた紅茶を口に含む。その出来栄えは、彼が馴染んでいる駅前の喫茶店で出てくる紅茶とは、明らかに一線を画していた。
「ところで、なんで俺を呼んだ?」
「理由は単純。あなたにはシンジにナイフを使った戦い方と、体術を教えてほしい。みんなに尋ねてみたんだけど、全員ナイフや体術とは無縁だったの」
「そこで、俺というわけか」
志貴の視線はシンジへ向けられる。シンジは外見だけなら10歳の子供。そんな子供に殺人技術を教え込む。志貴に躊躇いが浮かぶのは当然の事であった。
「申し訳ないけど、子供に殺しを教えるのは・・・」
「そこを何とか「お願いします、教えてください!」ちょ、シンジ?」
「何か理由があるみたいだね。せめて理由ぐらいは教えてくれるんだろうね?」
「僕は強くならないといけないんです。強くならないと、また守れずに失ってしまうから・・・だから!」
ふう、と志貴が溜息をつく。
「・・・泊まる部屋と食事の用意、それが教えるための交換条件だ」
その日から、シンジは毎日、27祖中最高と評価してもいい暗殺能力の持ち主から、その殺戮技巧を教え込まれることになった。
「お前が姫の言っていた、新米死徒か」
目の前に立つ、白髪の老人(長身だが、かなりの筋肉質)の発言は、かなり失礼な言い方であった。だが言われたシンジにしてみれば、自分は新米どころか、何の才能もない凡人ならぬ凡吸血鬼だと思い込んでいるため、ひたすら頭を下げることしかできなかった。
「シンジと言います。僕の我儘を聞いてくださってありがとうございます」
「ふむ、少なくとも礼儀は弁えているようだな。ま、今日から儂の事は師父、もしくはマスターと呼ぶように。それが魔術師の師弟関係の礼儀なのでな」
「はい、よろしくお願いします、師父」
シンジの魔術の師匠を務めるのは、27祖第4位『宝石翁』『第2魔法の使い手』こと魔導元帥ゼルレッチである。
彼は懐から、ソフトボールほどの水晶を取り出すと、それをシンジに持たせた。
「まずは、お前がどんな属性を持っているのかを検査する。まずは両眼を閉じ、今渡した水晶を頭の中に思い浮かべよ。儂が良いと言うまで、水晶のイメージを崩してはならんぞ?」
素直に目を閉じ、集中にはいるシンジ。やがて水晶に変化が生じた。
「もういいぞ。検査は終了だ」
「うわあ、真っ黒・・・」
失敗、いや壊したのでは?と不安にかられるシンジ。
「ふむ。まずは虚数属性がもっとも相性が良いらしいの。あとは精神系の一部・・・これは狂気か・・・おかしな物と相性が良いものだな。他には壁?壁だと・・・?」
ゼルレッチは様々な角度から水晶を睨みつけている。だがゼルレッチの壁という発言にシンジはアッと声をあげた。
「師父、壁に心当たりがあります」
シンジは立ち上がると、右手を前に出し、両眼を閉じて集中に入った。やがて、少年のまえには赤く輝く八角形の壁が姿を現した。
「これは・・・儂も見た事がないぞ?」
「ATフィールド。使徒と呼ばれる存在が作り出すことのできる心の壁。もしかしたら、と思ったけど、予想通りでした」
「ATフィールドか、面白いな・・・少し横道に逸れてしまったが、その3つがお前の持つ属性だ。これからは、その3つを徹底的に磨いてやるからの?」
「・・・まあ興味を引かれる題材ですから、教えるのは吝かではありませんが」
ゼルレッチが退室すると、次に入ってきたのは紫の衣服に身を包んだ、薄紫色の三つ編みの女性であった。年齢は10代後半、かなりの美少女である。
少女の名前はシオン=エルトナム=アトラシア。現役のアトラス院筆頭錬金術師であると同時に、死徒27祖第13位として周囲からは認識されている。もっとも本人に言わせれば『血を吸わなくても大丈夫なのに、何で27祖扱いされなければいけないんでしょうか?』となる。
「僕はシンジと言います。シオン先生と呼べば良いんでしょうか?」
「そうですね、先生でもシオンでも、お好きな方で呼んでください。悪い意味で習得効率に影響さえ出なければ、全く問題はありません」
シオンはあくまでもクールに徹する。そのクールさがシンジを委縮させてしまい、彼女の言う所の習得効率の低下へと繋がってしまうのだが、どうやら本人は気付いてないらしい。
「私が教えるのは、錬金術師の使う高速分割思考とエーテライトです。本来、魔術師の素養があれば、高速分割思考になど手を出す必要は無いのですが・・・」
より正確に表現するなら『手を出す必要が無い』ではなく『両方習熟するには、人間では時間が足りない』というのが正解である。
「しかし分割思考を使って、複数の魔術を同時に使用できれば、確かに脅威です。死徒である以上、魔力の限界は人間の常識など超えていますし、よっぽど馬鹿な真似をしない限りはガス欠を起こすことも無いでしょう」
ニヤリ、と笑うシオン。シンジの背筋に走った寒気は、間違いなく気のせいなどでは無い。
「さあ、鍛練を始めます。覚悟しなさい」
覚悟しなければならない鍛練なんだ・・・そこに気づいた少年は、内心でかつての戦友たる少女2人に助けを求めていた。
「やあ、来てくれたんだねシンジ君。私が戦略戦術の何たるかを、手取り足取り教えてあげよう」
部屋に入るなり、シンジの腰に手をまわし、慣れた手つきでお姫様だっこをする、白スーツの青年がいた。ショタコンヴァンパイア、死徒27祖第9位白騎士フィナである。ちなみに彼の両足は、すでにベットの方向へ向かっていた。
「フィ、フィナさん。僕は授業をお願いしたい」
「何、心配するな。世の中には睡眠学習という素晴らしい学習方法がある。私が誠心誠意、君に新しい知識を伝授してあげよう!」
もしこの場に同僚である黒騎士がいたら『お前の場合、痴識だろう』と冷たいツッコミをいれたのは間違いない。
「僕には同性愛の趣味はありません!真面目に教えてくれないなら、こちらも切り札使いますよ?」
半分涙目のシンジが、恐怖に震える小鳥のように全身を震わせながら、精一杯の抗議をする。その姿に、クラっときたフィナは、言ってはならない事を言ってしまった。そして、そのことを翌日から後悔するとも知らずに。
「ほほう、それは楽しみだ。是非、私に見せたまえ」
「助けて!プライミッツ=マーダー!」
その瞬間、オークの木で作られた千年物の古風なドアごと、周辺の壁が一瞬にして吹き飛んだ。直後、白い疾風が飛び込み、フィナの意識は一瞬にして刈り取られた。
後日、白騎士の授業の際には、常にシンジの側に白い魔犬が寄り添う姿が見られたという。
「では、剣の修業を始める」
死徒27祖第6位、黒騎士リィゾはアルトルージュの護衛として名を馳せる名剣士である。その実力は折り紙つきであり、死徒の身体能力を抜きにしても、その技量は抜きんでたものである。
そんな彼に修行をつけてもらえるのは、間違いなく幸運なことである。世界中を探しても、彼を超える剣の使い手はいないだろう。志貴の強さが暗殺であるのに対して、彼の強さは正面から敵を倒す正当な強さなのである。
「よ、よろしくお願いします」
問題なのは、彼は今まで弟子を取ったことがない、という点である。当然、ずぶの素人に剣を教えた経験など一度もない。
確かに、彼にも未熟だった頃はあった。その時の経験を活かせば教えるのは可能かもしれない。だが致命的な事に、黒騎士は時の呪いにより不死を体現している。つまり、自分が未熟=幼かった頃の事など、常識外の長生きをしている彼にしてみれば、すっかり記憶の彼方に埋もれてしまい、発掘すら不可能な状況であった。
その為、彼の出した結論は『実戦あるのみ。何度でも死ぬが良い、責任を持って蘇生はしてやろう』であった。
しかも御丁寧な事に、修行用の剣も山ほど周囲に用意されている。
(この剣、全部が折られるまで、僕は殺されるんだろうか・・・綾波!明日香!助けて!)
修行終了後、シンジは初めて、過去へ遡った事を後悔していた。
「さて、私が教えるのは政治・経済についてだ」
そう言ったのはロマンスグレーと評していい、50代後半の男性であった。容貌は並みだがその表情には生気が満ちており、どことなく野性的な魅力を感じさせる。『財界の魔王』『最古参の死徒』『人形師』こと死徒27祖第14位ヴァン=フェムである。シンジも3rdインパクト前には、ヴァン=フェム財団の名前は知っていた。特に地球環境の保全のために、宣伝活動をテレビで行っていたり、砂漠の緑地化研究のスポンサーを務めていたり、と色んなところで目にしたからである。その会長が人間ではないとは、夢にも思わなかったが。
「ごめんなさい、質問してもいいですか?」
「なんだ、言ってみろ」
「政治・経済が、どうして今の僕に必要なんでしょうか?」
シンジの質問に、ヴァンは気を悪くするような事はしなかった。それどころか、よくそこに気づいた、と言わんばかりの笑みを見せる。
「お前が学ぶべきは、政治・経済ではない。政治・経済という学問を通じて、そこに隠されている真実を見抜く観察眼と洞察力を養うことにある。俗な表現をすれば謀略に関する知識、ということだ」
「謀略、ですか?」
「そうだ、アルトルージュからお前が経験してきたことは、一通り聞いてはいる。もしお前に謀略を見抜く能力があれば、あのような結末を迎えはしなかっただろう。だからこそ、お前は謀略を見破る能力を身につける必要があるのだ」
シンジは過去の出来事に思いを馳せてみた。ゲンドウが自分を捨てた理由、それはシンジの自我を弱め、3rdインパクトを起こす生贄とする事にあった。シンジだけではない、レイも明日香も、普通で考えればありえない過去を持っている。もしその事に気づいていれば、何らかの対策を講じることは可能だったかもしれない。
「謀略とは、自分が無傷のまま美味しい果実を手に入れること。だが謀略は見抜いてしまえば、いくらでも好きなように料理できる。まだお前は習得していないようだが、エーテライトと組み合わせれば、お前はNERVの持つ闇の部分、それら全てを手に入れる事すら可能だ」
「僕は、守りたいだけなんです。今度こそ、みんなを守りたいだけ。でも、守るために必要だというのなら、僕は罪を背負う覚悟がある。全てを知る必要がある」
シンジは決心したように顔をあげた。
「お願いします、僕に必要な知識、その全てを教えてください」
そして最後の授業は、3人の女性であった。
一人は紅茶色の髪の毛を持つ美少女、姉と呼ぶアルトルージュ。
一人は金色のロングヘアーを縦ロールにした美少女、死徒27祖第15位リタ=ロズイーアン。
一人はグラマラスな肉体美を持つ妙齢の美女、死徒27祖第21位『水魔』スミレである。
ちなみにスミレは常に、酒を飲んで酔っている。そのせいか、シンジは初めてスミレに会ったとき、かつて同居していた上司の事を思い出していた。
「シンジと言います。ところで、今から何を学ぶんでしょうか?」
シンジの質問は当然のことであった。理由は単純。何の説明も受けていなかったからである。
「アルトルージュの依頼など、本来なら無視しても良かったのですけどね」
「リタと一緒に仕事するなんて、酒でも飲んでなきゃやってられないわ」
早くも二人の間に稲妻が走る。
「二人とも、私は喧嘩をしてもらうために呼んだのではありませんよ?私達3名でなければ、教えてあげられない理由があるのですから」
アルトルージュの言葉に、二人がグッと堪えて押し黙る。その空気を読んだのか、それでも読まなかったのか、それは不明だが、シンジは礼儀正しく行動を起こしていた。
「アルトルージュ姉さん、僕の為に時間を割いてくれてありがとうございます。リタさんとスミレさんも、ありがとうございます。不出来な生徒ですが、精一杯頑張ります!」
シンジは思った。彼女達3名は、本当なら仲は良いとは言えないのだろう。にも関わらず、誇り高い姉は自分の為に残りの二人を呼んでくれた。恐らく、頭を下げてまで招いたのだろう。そして二人も、自分の為に時間を割いてくれたのだ。
自分はみんなから愛されている、素直にそう思った。だからこそ、シンジは満面の笑顔を浮かべた。それが新たな火種となるとは、露ほどにも思わずに。
後に死徒27祖の間において『天使の微笑み』と呼ばれる事になる笑顔。それはアルクエイドの持つ魅了の魔眼を超える特殊能力として認識される事になる。
シンジの笑顔を直視した3名は、間違いなく固まっていた。やがて最初に動き出したスミレは、手にしていたウィスキー一瓶を一気飲みすると、こう切り出した。
「私の事はスミレお姉さんと呼びなさい。お姉さんが色んなことを、手取り足取り教えてあげるわ」
「スミレ!抜け駆けするなんて卑怯よ!シンジ君、私の事はリタお姉ちゃんと呼んで。私一人っ子だから、弟が欲しかったのよね♪」
「リタ!シンジは私の弟ですよ!勝手にあなたの弟にしないでください!」
突発的に始まる3つ巴の争い。呆然とするシンジ。
「結局、何を学ぶんだろう?」
本来なら礼儀作法に始まり、ダンスやら対人コミュニケーション等を学ぶはずだったのだが、それは翌日に持ち越された。
ちなみに翌月以降、3人の共同提案により『恋愛に関する指導』も授業の内容として組み込まれることが決議されたが、この授業だけはシンジは劣等生であったという。
過密で息つく暇もないほど、忙しい日々はアッという間に過ぎ去っていく。
シンジは久しぶりに、心安らぐ時間を手に入れていた。
それは、かつてコンフォート17というマンションで繰り広げられていた、ドタバタした共同生活に似ていた。
シンジは以前にもまして笑顔を見せるようになり、その度に3人の女性の間で激しい姉妹喧嘩が起こり、周囲の者たちはいつのまにやら制止する事もやめ、シンジが淹れた紅茶を味わいながら、その光景をノンビリと見つめるようになっていた。
そして2年の月日が流れた・・・
To be continued...
(2010.01.09 初版)
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