堕天使の帰還

本編

序章

presented by 紫雲様


 「シンジ、手紙が来ているわよ」
 アルトルージュの言葉に、シンジは瞑想を止めた。
 「ありがとう、姉さん・・・ああ、やっぱりこれか」
 手紙を受け取るシンジの表情は、2年前の一件以来、ずっと絶望の中にいる。その顔を見るたびに、アルトルージュは弟を何とか助けたいと思うのだが、今に至るまで、何一つとして解決策を見いだせずにいた。
 「姉さん、今までお世話になりました」
 「シンジ?」
 「NERV、というよりあの男からの召喚状です」
 封筒に入っていたのは『来い』と書かれた紙切れと、第3新東京市までのチケット、そして赤いカードである。もっともチケットは役に立たないのだが。
 シンジがブリュンスタッドを名乗るようになって以来、第2新東京市の『先生』の家へ送られていた郵便物は、全て魔術によってドイツへ送られるように手配されている。
 「・・・行くのはやめなさい」
 アルトルージュの言い分はもっともである。普通、こんな手紙に従う奴はいない。
 「姉さんの言いたい事は分かるけど、こればかりは避けては通れないから。だから、僕は行くよ。ヴァンさんにも協力してもらっているしね」
 「最近外出が続いていると思ったら・・・あなた、一体何をする気なの?」
 「少し、あの男に意趣返しをしてやろうと思ってね。もし良かったら、姉さんも協力してくれないかな?」
 迷うことなく、即答するアルトルージュ。大切な弟を道具のように扱う、彼の実父に対する怒りは、相当なレベルに達していた。
 「それで、私は何をすればいいのかしら?」
 「明後日、第3使徒サキエルが攻めてくる日の翌日、ヴァンさんの執務室にいてください。段取りは僕とヴァンさんで整えておきましたから、その場のノリで行動してくれれば、あとはこちらで合わせますよ」
 シンジが浮かべる笑みは、満面の笑みではない。暗い喜びを感じさせる、不吉な笑顔。
 「ノリと言ってもねえ・・・」
 「大丈夫、姉さんなら問題ありません」
 「分かったわ、シンジ脚本の寸劇、楽しみにしてるわよ」
 『ま、なんとかしましょ』と心の中で呟く。この弟の頼みとあらば、命すらも惜しくはない、そんな想いが芽生えたのはいつからだろうか?そう自問自答したこともある。答えは結局でなかったが。
 「ハンブルクにいる娘の事は、心配しなくていいからね。ドイツにいる限りアルトルージュ=ブリュンスタッドの名において、一切の危害は加えさせないわ」
 「ありがとう、姉さん。それじゃあ、僕、みんなのとこへ今までのお礼と、出発の挨拶をしに行ってくるね」
 
 そして出発の日・・・
 夜のベルリン・ブランデンブルク国際空港は、厳戒態勢と化していた。
 搭乗者を見送るスペースには、シンジの兄姉たる27祖がいる。彼らの中には激務の為に見送りなどしている暇の無い者(特に忙しいのはヴァン=フェムである。彼の場合、国連事務総長との特別会談があったのだが、見送りの為に1時間会食をずらさせている)もいるのだが、無理やり時間を作って見送りへ来ていた。その後方には、彼らの眷属たる多くの死徒が、主の護衛という職務を遂行すべく、群れをなしていた。
 はっきり言って、空港の中は黒服で埋め尽くされている。一般利用者は恐れをなして、遠巻きにその光景を眺めていた。
 「それじゃあ、行ってきます。スミレ姉さんとフィナさんには、よろしくお伝えください」
 スミレは出発すると聞いて以来、シンジと口を聞くのを止めてしまった。シンジの見る限り、嫌われたのではなく、拗ねているように見えたので、これといった対応もせずにいた。
 フィナの場合は出発前に挨拶へ向かったところ『記念すべき出発前に、私からの餞をあげよう!』と言いつつ服を脱ぎだしたため、その気配を察したプライミッツ=マーダーとリィゾのコンボ攻撃により、冷たい石畳の上で転がっている。
 「何かあったら連絡しなさい。すぐに助けてあげるから」
 「ありがとう、姉さん。でも僕は二度目だから、大丈夫だよ」
 『搭乗者の皆様は、手荷物をお持ちの上、ゲートをおくぐりください』
 アナウンスを聞いたシンジは、鞄を手にするとゲートをくぐった。
 「それじゃあ行ってきます」
 それから間もなくして、飛行機は夜の空へと飛び立った。その光景を屋上から見つめる27祖達は、彼らの視力でも捉えられなくなるまで、じっと見つめていた。

 「うーん、誰もいない飛行機って、結構不気味だな」
 どう考えても、死徒の発言ではない。ひょっとしたら、いまだに死徒たる自覚がないだけかもしれないが。
 ちなみに彼が『不気味』と表現した理由は、シンジ以外の搭乗者がいないからである。これはヴァンが『我らの末弟を、人間どもと同じ場所に座らせられるか!』と宣言し、全チケットを全て買い占めたからであった。
 シンジがその発言を聞いたら、まかり間違っても御礼は言わない。それどころか『周りに迷惑かけないでください』とお願いしていたであろう。
 「それで、まずはどうするの?シンジ」
 「えっと日本に着いたら、まずは京都かな。そこにあの女の実家があるから、協力してもらうつもり。その後で第3・・・は?」
 シンジの視界には見慣れた顔があった。姉の一人『水魔』スミレその人である。
 「姉さん、どうしてここに?」
 「ヴァンにね、シンジのボディーガードについてくから、チケットちょうだい、って言ったら一枚くれたわ」
 あっけらかんと言うスミレ。いつも通りお酒が入っているらしく、顔はほんのり赤い。
 「アルトルージュもリタも、私に言わせれば頭が固いわね。もっと積極的に行動しないといけないわよ」
 飛行機はますます速度を上昇させながら、一路、日本へと向かった。

 そして実の祖父・碇源一郎との対面も無事に終わり、協力を取り付けたシンジ達は、孫との10年ぶりの対面(源一郎曰く、ユイが幼いシンジを連れてきた事があるらしい)に喜ぶ彼の頼みもあり、京都へ一泊。翌日、源一郎と別れ、目的地である第3新東京市へ足を踏み入れた。



To be continued...
(2010.01.09 初版)


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