堕天使の帰還

本編

第一章

presented by 紫雲様


 ・・・ウウーーー・・・
 シンジにとっては聞きなれた特別非常非常事態宣言の音。この音が鳴ると、第3新東京市の住人は、シェルターへ避難しなければならない。
 「懐かしいな・・・」
 シンジ達がいるのは、待ち合わせに指定されていた駅である。約束の時間は、すでに1時間前であり、過去の記憶によれば、ミサトが来るのはあと1時間後、それもサキエル襲来の真っただ中であった。
 「姉さん、お酒は買えた?」
 「ギリギリセーフってとこね。とりあえず今日の分は確保できたわ」
 スミレの手荷物は少ない。死徒なので化粧品は必要ない上、彼女の性格上、衣服の類にはほとんど拘りもなく、数自体も少ない。
 それなのに鞄は限界まで膨らんでいる。中身は全て、火を近づけると燃えだす飲み物なのだが。
 「30分ほど歩けば、本部へ着きます。ホントならバスやタクシー使うんですけど、みんな避難しちゃったんで我慢してくださいね」
 「いいわよ、別に。お酒呑みながら、異郷の地を歩くっていうのもオツだからね」
 姉が上機嫌なのを確認すると、シンジは先導するように駅を出た。
 「今度こそ、みんなを守るんだ・・・」

1時間後−
 本部ゲート前には、二人の姿があった。本当ならもっと早く到着できたのだが、スミレの『観光』が思ったよりも時間を食ったためである。
 ちょうどその頃、二人の背後―第3新東京市駅の方角から、眩いばかりの閃光と、耳を劈くような爆発音が轟いた。
 「おおー、これが日本の花火ってやつね!たーまーやー!」
 「姉さん、間違った日本の知識なので、誰かれ構わず披露するのは止めてくださいね」
 ・・・まあ27祖にしてみれば、N2程度は花火扱いされるものかもしれないが。
 シンジは手紙に同封されていたカードを取り出すと、慣れた手つきでスリットに通す。ピッという音をたてて、ゲートは青いランプを灯した。
 「さあ、人類最後の砦とやらを拝見させていただきましょうか」
 「そういえば、ミサトさんがいないのに、ケージへ直行するのはマズイよな・・・」
 『さて、どうしたもんか?』とシンジは悩んでいた。

その頃、本部発令所―
「メインゲートに人影が2つあります。カード照合中、確認完了。副司令!3rdチルドレンです!その横に、もう一人女性がいます!」
「なに?葛城君はケージへ直行するのではないのかね?」
「葛城一尉の姿ではありません。MAGIのデータバンクにも該当する人物データは存在しません!」
「ふむ第3新東京市の人間ではなさそうだな・・・おそらく彼の保護者だとは思うが。青葉二尉、音声を拾ってもらえるかね」
「了解です」
冬月の指示通りに青葉が指示を遂行する。
『ねえ、シンジ。ここって誰もいないんじゃない?帰っちゃおうか?』
『大丈夫ですよ、あの隅っこ、何があるか分かりますか?』
『監視カメラか、良い気分じゃないわねえ』
『こんな怪しさ大爆発の組織なんですよ?絶対に僕たちの会話ぐらい拾ってますから、お迎えが来るのを待ちましょう、姉さん』
『あなたがそう言うのなら、私は良いわよ』
『あ、そうだ!お迎えに来るはずの葛城さんですけど、1時間まっても来なかったんで歩いて来たんです。喉渇いたんで、出迎えの方に水を持っていくように伝えて貰えませんか?』
宜しくお願いします、とばかりにお辞儀するシンジ。
「・・・会話、以上です」
「全く恥をかかせおって・・・伊吹二尉、赤城博士に緊急連絡。水を2人分持って出迎えに行くように伝えろ。それから青葉二尉、葛城一尉の場所を至急調べろ」
「「了解」」
二人が仕事に取り掛かる。やがて青葉から声が上がった。
「葛城一尉の場所が分かりました。一尉は市街にいますが、動きはありません」
「詳しい場所は分かるか?」
「検索かけます・・・場所は繁華街の居酒屋『呑ん兵衛』です・・・」
発令所に沈黙が下りた。
「副司令、私見ですが意見を言ってもよろしいでしょうか?」
「何かね、青葉二尉」
「おそらく、一尉は昨晩あそこで呑んで、そのまま酔いつぶれて寝過しているかと思われます」
「・・・保安部へ通達。葛城一尉を確保の後、効率のみを追求した対応を取るように伝えろ。この際、作戦指揮能力に障害が出なければ、多少の事には目を瞑る」
「了解しました」
この5分後、保安部に確保された作戦部長が、猫印の刻み込まれた薬品を投与され、絶叫とともに飛び起きることになる。

「この暑い中、葛城一尉が迷惑をかけてごめんなさい。私はここの技術部で部長を務める赤城リツコと言います。」
ペットボトルに入った飲料水を手渡しながら、リツコは自己紹介をしていた。MAGIによれば本日の気温は35度。この暑い中をてくてく駅から歩いてきたというのだから、頭が下がる思いである。
「それから、ここへくるのは碇シンジ君だけだと聞いていたのですが、保護者の方でしょうか?」
「ええ、シンジの姉兼、教師兼、護衛ってところね。スミレというの、よろしくー」
スミレの口調に、親友の姿をダブらせるリツコ。発散されているアルコール臭が、ますますその思いを強くさせる。
「赤城博士、2つお願いしたいことがあります」
「あら、なにかしら?」
「まず、僕は碇ではありません。今の家族ブリュンスタッドの姓を名乗っています。もう一つはスミレ姉さんと一緒でなければ、この先へ進むつもりはありません」
シンジの口調はハッキリとしたものであった。雰囲気は、リツコが読んだ資料通り、人づきあいを敬遠する人間独特の雰囲気を感じさせる。あえて表現するなら、隠遁生活を望む隠者というべきか。そして笑顔を浮かべる事もなく、ポーカーフェイスを保っていた。
しかし言うべき事は言う性格なのかもしれない。加えて頭の回転、知能レベルもかなり高いように思えた。
「分かりました。その代わり、こちらの指示には従うこと。これが交換条件。それだけ呑んでもらえるなら、うるさい事は言わないわ」
「だそうです、姉さん」
「いいわよ、後ろで静かにしてるから、頑張んなさい」
「では、こちらへ。地下へ向かいます」
3人は地下のケージへ向けて移動を開始した。

NERV地下ケージ―
ライトが落とされ、暗闇に沈んだケージ。リツコに案内された3人は、そこにいた。
シンジはケージに何がいるのか、誰が待っているのかを既に知っている。スミレは死徒故に暗闇など何の障害にもならないため、ケージに鎮座している紫の巨人と、天井付近でスタンバイしている男を発見していた。
「ねえ、シンジ。あそこに立ってる男って何者?髭もじゃのオヤジだけど」
「僕を捨てた遺伝子提供者ですよ」
「二人とも、司令が見えるの?こんな暗いのに!」
「「夜目は利きますから」」
唖然とするリツコ。彼女にしてみれば、想定外の事態であった。驚かせる事によって冷静な判断力を奪い、なし崩し的にシンジを初号機に乗せるのが計画だったからである。だがその思惑はあっさりと覆されてしまった。
「そこにいるでっかいのは何?シンジ」
「エヴァです。NERVが、というより、もう一人の遺伝子提供者が一生懸命作った玩具です」
「シンジ君!なんであなたがそれを知っているの!」
「小さい頃、ここへ遊びに来た事がありますから。もちろん、あの女がエヴァの中へ消えた事も覚えています。さらに付け加えるなら、冬月先生や、ナオコさんの顔も覚えていますよ?」
絶句するリツコ。リツコの記憶が正しければ、碇ユイが消えた当時、シンジはわずか3歳。その頃の事を覚えている、というのだから。
「よく来たな、シンジ」
ガチン、という音を立てて、ライトが灯る。光の中に浮かび上がる紫の巨人。そして高みから見下ろす一人の男。
「姉さん、紹介したくないけど紹介しておきます。あそこで僕たちを見下ろしているのが碇ゲンドウ。おぞましい事に僕の遺伝子提供者の片割れです。近づくと何をされるか分かったものではありませんから、半径1メートル以内に近づいてきたら、遠慮なく武力行使をして下さい。いっそ後腐れなくミンチにしてくだされば、御礼をします。証拠隠滅は手伝いますので」
「そうね、御礼はお酒でOKよ」
「契約成立だね、姉さん」
はっきり言って子供が親を評価する内容としては、これほど不信に満ちた会話は存在しないのではないだろうか?リツコもゲンドウがシンジを捨てた事実は知っている。シンジがゲンドウを恨む事は想定内にはあったのだが・・・
「そこの鬚、僕はお前の息子でもなんでもない。2年前にこちらから縁は切ったんだ。用があるなら降りて来い」
「何を言う、お前は私の息子だ」
「だから縁は切ったんだ。2年前、ヴァンさんの顧問弁護士さんを通じて、ちゃんと正規の手続きを踏んだ上で、僕はお前の戸籍から名前を抜いたんだ。嘘だと思うなら、調べてみろ。今の僕はシンジ=ブリュンスタッド。れっきとしたドイツ国籍のドイツ人だ。ちゃんと帰化もしているぞ」
シンジの言葉を聞いたリツコの脳裏に、赤い警告等の輝きが灯った。ヴァン、顧問弁護士・・・『まさか』という思いが彼女の脳裏に浮かんでくる。
「余分な時間をとらせるな、シンジ。お前は黙って、そこの初号機に乗ればいいのだ」
まったく人の話を聞かないゲンドウ。シンジは既に知っているため何とも思わない。それどころか諦めを含んだ懐かしさすら覚えるほどである。
だがスミレにしてみれば、腹立たしいことこの上ない。本来スミレは27祖どころか死徒としては、異例の能力の持ち主であるのだが、性格面や思考においても他とは違っている。
人間に対しても悪意を持って接することはほとんどない。それどころか『酒』を生み出した人類―というかお酒製造業者―に対しては、それなりの敬意と礼儀をもって接するほどなのである。そのスミレが、初めて怒りの兆候を見せ始めていた。
「僕が乗らないと、どうなる訳?」
「なに、代わりのパイロットに乗ってもらうだけだ。乗る気がないなら帰れ!臆病者に用はない」
「黙ってきいてりゃふざけんな!調子こくのも大概にしろ!この鬚野郎!」
爆発するスミレ。本気で怒っているためか、手加減なしの殺気と威圧感が、周囲に放出されていく。初号機の発進を手伝うために準備していた整備員の集団、近くにいたリツコはそれを直接その身に浴びる事になり、全身を恐怖で硬直させた。
だが幸か不幸か、その恐怖を体験できなかった者が二人。一人は強化ガラスの向こう側、高みから見下ろすゲンドウ。そしてもう一人は
「逃げちゃだめよ、シンジ君。何よりもお父さんから」
赤木リツコ謹製・猫印アルコール瞬間分解剤(劇薬というか毒物指定)を投与され、絶叫とともに酔いを覚ました作戦部長である。殺気が放たれた瞬間、彼女はまだケージの外にいたため、殺気を浴びずに済んだのである。
シンジは突然入ってきた闖入者の顔を見ていたが、ニヤッと笑った。
「えっと誰ですか?そこの姉さんより胸の小さい女の方」
「ふふ、自信を喪失する事はないわよ。お嬢さん」
もはや精神破壊兵器と称して良い胸をタユン、と揺らしながら憐みの視線を向けるスミレ。すでに先ほどの威圧感は、キレイさっぱり消えうせている。ちなみにスミレのサイズは、恐るべき事に100をぶっちぎりでオーバーし、10の位の数字を変更させている。
「ちょ、何で見知らぬ人間にそんな事、言われないといけないのよ!」
「ん?ただのストレス解消。そこの鬚オヤジ、生意気だからストレス溜まってね」
「葛城一尉、黙っていたまえ!シンジ、お前は座っているだけでいい。乗るなら乗れ!乗らないなら帰れ!」
他人の意思を無視するのは構わないが、自分の意思を無視されるのは我慢できないらしいゲンドウが、苛立ちもあらわに声を張り上げる。
「代わりのパイロットがいるんじゃないの?」
「使えん奴め、冬月、レイを呼べ」
「おい、良いのか碇。レイはまだ」
「構わん、役立たずよりマシだ」
スピーカーから響く責任者の会話。整備員達は顔をしかめ、リツコの表情も曇りがちである。
間髪入れずにガラガラと音をたてて運び込まれるストレッチャー。点滴を受ける少女と付添らしき医師のペアであった。
「へえ、呼んだ瞬間に飛び込んでくるなんて、随分と手回しが良いのね。見たところ、そこの子は死ぬ寸前だけど、医者が人命救助をしなくて良いのかしら?医は仁術、有名な言葉よね・・・」
医師がグッと押し黙る。スミレの言う事に非は無いので反論すらできない。
「全く、良い年した大人が瀕死の子供を盾にとって、実の子供に命令するなんて、呆れて物も言えないわ」
「レイ、予備が使えなくなった。出撃だ」
「・・・はい」
激痛を堪えて身を起こすレイ。アルビノという体質のためか、本来の外見以上に、華奢な印象をうける。
そこへドカン!という爆発音が響き、大きな揺れがケージを襲った。バキバキと音をたてて鉄骨が落下する。
「危ない!」
 誰が叫んだのかは分からない。だが落下した鉄骨の真下にはシンジがいた。間違いなくシンジは鉄骨によって押し潰される。その光景を誰もが想像したが、鉄骨は初号機によって弾き飛ばされていた。
 「初号機が・・・まさか守ったの?彼を!」
 「そんな!エントリープラグも射してないのよ!」
 「間違いない、いけるわ!」
 リツコは驚きのあまり絶句。ミサトは父の復讐を遂げるチャンスが来た事に歓喜する。そんな二人の視線がシンジに向けられたが、そこにはいない。彼はすでに行動を起こしていた。
 床へ崩れ落ちたレイを優しく抱き上げ、ストレッチャーへその身を横たえさせ、耳元で囁いていた。
 「綾波、無理はしないでいいよ。君を死なせたくはないからね」
 「・・・何を・・・言って・・・いるの・・・?」
 「さあ、横になってて。あとは僕が終わらせるから」
 ついに激痛に耐えられなくなったのか、レイは意識を手放した。そんなレイを優しさと悲しさに満ちた笑顔で見つめると、シンジは表情を一変させ、ゲンドウを睨みつけた。
 「僕が乗る代わりに、あとで話す時間をよこせ!それが条件だ」
 「ふ・・・いいだろう。赤木博士、操作の説明をしてやれ」
 強化ガラスの前から姿を消すゲンドウ。その顔は全て計算通りに進んだという、自信に満ちた表情である。彼は知らなかった。自身の血をひく息子の実力を。
 シンジは初号機へと歩みだした。リツコがそこへ近づき、簡潔に要点だけを説明していく。
 「操作方法は分かりました。あとは何とかします」
 「ごめんなさいね、本来なら、もっと余裕があった筈なのに・・・」
 「とりあえず、乗り込みます。下がってください」
 エントリープラグは、静かに初号機へと差し込まれた。
 結局、それに気づいたのはスミレ一人であった。
 「シンジ、何かやるつもりね」
 スミレの眼には、シンジの手に1本のナノ単位の糸―エーテライトが握られていたのを確認していた。

発令所―
 第3使徒サキエルは、すでにNERV本部のすぐ近くにまで接近していた。懸命に兵装ビルを稼働させて足止めを試みているのだが、その効果は全く見られなかった。
 「マヤ!初号機の起動準備!」
 「はい!」
 技術部師弟コンビは次から次へと起動に必要な確認作業をこなしていく。大きなエラーが起こることもなく、初号機は起動直前にまで漕ぎつけた。
 「シンクロ率・・・0%!?」
 「ウソでしょ!そんな訳ないわ!シンジ君、あなた何かしたの?」
 『僕に何ができると言うんですか?確かに髭のやり方には腹が立ってるんでやる気が薄いのは認めますけどね。頭の中に何か不快なものが入ってくるような気がするし、すごいうっとおしいですよ』
 (シンジ君、ユイさんを拒絶しているの!?それでは、初号機は動かせない!)
 シンジの言葉の意味するものを正確に理解したリツコの顔に焦りが浮かぶ。
 「シンジ君、その不快感を受け入れてちょうだい。それは操作に必要なものなの!」
 『何、言ってるんですか?座ってるだけでいい、と言ったのは、あの鬚ですよ?』
 確かに言った。発令所のメンバー全員が、ゲンドウの言葉をはっきり聞いている。
 「かまわん。葛城作戦部長、初号機を出撃させろ!」
 「は、分かりました!エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!」
 ゲンドウの言葉に、間髪いれずに指示を出すミサト。シンクロ率0%の初号機は、常識外れのGに耐えながら、サキエルの前方100Mの地点に放り出された。
 「こ、この大バカ!」
 最高司令と作戦部長がやらかした凡ミス、と言うより自殺行為に対して、スミレが耳を劈くような怒声を上げる。
 「うっさいわね、私は戦闘のプロなの!素人は黙ってなさい!」
 「あんたよりは賢いわよ!どこの世界に操縦に慣れてない新米パイロットを、いきなり敵の真正面に放り出す馬鹿がいるってのよ!」
 「問題ないわ。エヴァにはATフィールドがあるもの。かすり傷一つつかないわ。使徒の事を何も知らないくせに、偉そうに口を挟まないで!」
 やっと手に入れた復讐のチャンス。自分の指揮の下、使徒を殺す喜びに浸っていたミサトは、自信たっぷりに宣言した。そんな彼女の背中へ浴びせられる冷水。
 「葛城一尉!初号機はシンクロ率0%って言ったでしょ!動くことすらできないのに、ATフィールドなんて張れる訳がないでしょ!」
 「・・・あ・・・」
 発令所に降りる沈黙。
 「誰が戦闘のプロですって?NERVっていうのは無能の集まりみたいね」
 スミレの怒りは、再び頂点に達しようとしていた。それが爆発する直前、絶叫が発令所に響いた。
 『ぐあああああああ!』
 発令所に響くシンジの絶叫。
 「馬鹿!何やってんの!さっさと反撃しなさい!」
 「なんで!シンクロ率0%なら、痛みがフィードバックする事などありえないのに!」
 指揮を放棄し、罵声を浴びせるミサト。その傍らでリツコが慌てて、シンクロ率の再確認の指示を出す。対する返答は0%。ありえない事態が起きていた。
 「使徒、攻撃を開始!初号機被弾!ケーブル断線!」
 サキエルは光線を放って、いまだリフトの拘束具に止められたままの初号機に先制の一撃を与えていた。リフトもろとも、吹き飛ばされる初号機。光線の一撃より、初号機は左腕を吹き飛ばされた。そのまま兵装ビルの上に仰向けのまま倒れこんだ初号機の頭部を掴み上げると、サキエルは右の眼窩に向けて光りの槍を撃ち込み始めた。
 「反撃しろって言ってんでしょ!サボってんじゃないわよ!」
 ミサトの理不尽な命令に、初号機からの返答はない。返ってくるのは、喉が裂けんばかりの叫び声だけであった。それも、徐々に小さくなっていく。
 『うああああああぁぁぁぁぁぁ・・・ザーーーーー・・・』
 ガツン、ガツン、という音が響きだす。ついに初号機の連絡機能は故障を起こしたのか、エントリープラグの中の様子は、ザー、という音を立てる砂嵐の画面に切り替わった。
 「初号機、頭部破損!」
後頭部まで貫かれる光の槍。
勢いよく後方へ吹き飛ぶ初号機。
「サ、サードチルドレンの生体反応、しょ、消失・・・」
青葉の報告に、発令所全体が凍りついた。
「お、おい、碇!」
「馬鹿な!何故、何故目覚めんのだ、ユイ!」
混乱の渦中に叩き落とされた発令所のメンバーの醜態に、スミレは必死で笑いを堪えていた。

その頃初号機内部―
「さて、頃合いかな」
シンジは生体反応のシグナルを送っていた部分を、自らの意思で壊していた。先程までの悲鳴は全て演技。この後に待っている喜劇に必要なことだったのだから。
「それじゃあ、返り討ちにしてあげますか・・・高速分割思考開始、1番2番限定解除。1番はエーテライトによる初号機の操縦。2番は魔術回路起動」
エーテライトを通して、初号機を完全に制御下に置いた事を確認し、シンジは笑みを浮かべた。
「電力は僕の魔術回路で代用可能。これで初号機は僕の忠実な僕と化した。S2機関なんて必要ない。コアに眠るあの女も必要ない」
全身に緑色の雷光が走る。シンジの意思に従い、初号機が立ちあがった。
「せいぜい期待は持たせてあげるよ、その方が衝撃は大きいからね・・・魔術回路、問題なく作動・・・発動!」
シンジが使える3種の魔術。その一つである狂気に限定された精神操作系魔術が、初号機を対象に解き放たれた。
 顎部ジョイントを引き千切り、雄叫びを上げる初号機。瞬く間に復元されていく左腕。
 その様子に、発令所にいたゲンドウは、こっそりと安堵の溜息を漏らしていた。
 
第3使徒、サキエル撃破―



To be continued...
(2010.01.09 初版)


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