堕天使の帰還

本編

第二章

presented by 紫雲様


SEELE―
 「使徒襲来、実に15年振りか」
 「先行投資が無駄にならなくて良かった」
 「ところで、碇。エヴァだがもっと上手に扱えんのかね?」
 「壊れたエヴァの修理代、第3新東京市の修理代・・・国が一つ傾くよ」
 「問題ありません。全てはシナリオ通りです」
 「碇、予算については一考しよう」
 「はい、全てはSEELEのシナリオ通りに」

翌日―
 シンジは見知らぬ天井の部屋で目覚めた。全てが白で統一された、清潔な部屋。
 4年間寝起きした、見慣れた部屋とは違う。
 「おはよう、シンジ」
 聞き慣れた姉の言葉に、シンジは思い出した。使徒撃破後、ケージへ帰還し、エヴァから降りた後で起きた『トラブル』に呆れた彼は、気絶したふりをしたのである。
 「おはよう、姉さん。ところで、シオンさんから連絡は?」
 「あいつから伝言。無事でよかった、こちらは問題ないから思いっきりやりなさい、だってさ」
 「心配してくれたんだ・・・嬉しいな・・・」
 笑顔と言っても、暗い笑みか作り笑いしか浮かべなくなったシンジであったが、この時の笑顔は心の底から嬉しいと感じている笑顔であった。そこへコンコン、というノックの音が響く。
 「目覚めたみたいね、シンジ君」
 部屋へ入ってきたのはリツコであった。診断書らしい紙を挟んだホルダーを小脇に挟んでいる。
 「昨日はお疲れ様。エヴァに乗ってくれて、ありがとう」
 「・・・意外でした、まさか赤木博士からお礼を言われるなんて思わなかった」
 「あのねえ、私だって最低限の礼儀ぐらいは弁えてるわよ」
 憮然とするリツコ。シンジとスミレはクスクスと笑う。
 「それと、ミサトの事だけど、色々迷惑かけてゴメンナサイ。謝って許される問題じゃないのは分かっているけどね」
 「あの人ですか・・・別に赤木博士に責任がある訳じゃないですから」
 「そうね、あの娘の責任は、あの娘にある。それをどう捉えるかは、本人次第よ」
 シンジとスミレの言う事は正しい。結局、他人が反省しても意味はないのだから。
 「そう・・・ところで、シンジ君。何か体に違和感とかはあるかしら?」
 「特にありません、いつも通りです。それより、あの遺伝子提供者に時間を取らせてください」

司令室―
司令室には3人の姿があった。司令・碇ゲンドウ、副司令・冬月コウゾウ、そしてシンジ=ブリュンスタッドである。
「シンジ君、もう体の方は良いのかね?」
「ええ、大丈夫です。冬月先生」
「私は副司令なのだよ?先生では」
「あ、そうでした。僕が以前来た時には『冬月先生』と呼ばれていたから、その時の記憶のまま呼んでしまいました」
「以前?・・・君が以前来たのは3歳の時・・・まさか覚えているのかね?」
表情に驚愕を浮かべる冬月。ゲンドウも顔にこそ出さないが、内心では驚きを感じていた。
「はっきり覚えていますよ。あの時の実験の事も、昨日のようにはっきりと思い出すことができます」
「そ、それなら話が早い!シンジ君、君には引き続きエヴァに乗ってもらいたいのだ」
「嫌です、昨日乗ったのは、あくまでもあの女の子に同情したからです。エヴァになんて乗りたくなどありません」
断言するシンジ。冬月が呼んだ報告書には、シンジは心の弱い少年に育ったという結果報告が記載されていた。全てゲンドウの思惑通りに進んでいる筈である。しかし目の前にいる少年は、どう見ても心が弱い少年には見えなかった。
ちなみに報告書は全て、アルトルージュの指示により精神操作を施された、シンジの叔父夫婦からの報告を元に作成されている。
「シンジ、お前が拒否すると言うのなら、強制徴兵をするだけだ」
「お、おい碇」
「子供は黙って親の言うことに従えばいい」
司令室に降り立つ沈黙、そこへ緊急連絡が入った。
「碇司令!副司令とともに、すぐに発令所へお越しください!」
「何があった?」
「たったいまヴァン=フェム財団が、全世界へ向けて緊急放送を開始しました!内容は使徒戦についてです!」

発令所―
正面のディスプレイ、そこには1人の壮年の男が立っていた。年齢は50代、少々白髪が見え始めてはいるが、その顔には自信と生気が満ち満ちていた。死徒27祖第14位、ヴァン=フェムその人である。
「本日は緊急放送にお付き合い下さり、まずはお礼を述べさせていただきます。本日、私は全世界へ向けて、悲しい事を伝えなければなりません。その内容とは、現在、日本の第3新東京市で起きている騒動。そこで起きたある結果への報復行為として、我が財団が全世界へ貸し出している多額にのぼる資金、それら全てを1週間以内に返済していただくというものであります」
ヴァンが言った事を実行すれば、間違いなく世界は崩壊する。国連やSEELEは人類補完計画のために資金を注ぎ込んでおり、経済援助をしている余裕などない。その為、ここ数年は財団が経済援助を行ってきたのである。特にシンジがお土産を持ってくるようになって以来財団は大幅に利益を上げ、それに伴い経済援助額も増えてきていた。いまや財団の援助無しでは世界は動かなくなっている。
「何故、そんな暴挙を?みなさんがそうお考えなのは当然のことです。その理由を今からご説明いたします。みなさんもご存じの通り、私には確たる後継者がおりません。これについては経済界で有名な話ですので、知っておられる方も多いでしょう」
ヴァンの言う事は事実である。27祖には事実上、寿命など無いのだから後継者など必要ない。必要になったら死んだふりをして、若返ってくれば良いだけなのだから。
「みなさんには秘密にしておりましたが、私には3年程前から、手塩にかけて育ててきた少年がおりました。私自ら教え込み、20年後には私に代って財団を運営できるだけの実力を備えさせていたのです」
その発言は経済界に新たな激震を起こした。ヴァン=フェムの後継、未だ誰も見たことのない秘蔵っ子。いずれは崩壊すると目されていた財団だが、後継がいたとなれば話は変わってくる。
「しかし、その少年は先日、不法に拉致されました。拉致したのは第3新東京市に本拠地を置く国際連合非公開組織特務機関NERVです」
発令所に降り立つ沈黙。職員(非合法含む)は、全員が同時にこう思った。『そんな事してない!』と。
「国連の一員たる組織が、我が後継を拉致したことに対して、私は正式に抗議をする。もしこの放送を聞いているのなら、連絡をしなさい、シンジ。私の大切な後継、いや、我が息子よ!たとえ血は繋がらなくても、私にとってお前はただ一人の息子だ!」
ヴァンの爆弾発言に、全員の視線がシンジへ注がれた。そのシンジはと言えば、ポケットから携帯電話を取り出し、慣れた手つきで操作を開始した。
「もしもし、シンジです」
「おお、シンジか!拉致されたという報告を聞いて心配していたぞ!」
「大丈夫です、スミレ姉さんが護衛してくれてますから。それより、訂正させてください、拉致ではなくて強制徴兵です。ついさっき、目の前で命令されました」
シンジもまた、爆弾発言で返した。子供に対して強制徴兵。決して褒められた事ではない。それどころか組織の存続すら危ぶまれる出来事である。
「強制徴兵だと?それを命じた馬鹿は誰だ!」
「司令の碇ゲンドウ。昔、3歳の僕を駅のホームへ捨てた遺伝子提供者です。必要になったから、捨てた道具を拾えばいい、そう考えたみたいですね」
もはや誰にも止められない、力づく(そんな事は不可能だが)で止めれば、その突然の会話中断も全世界へ流される。それを聞いた者たちは、どう考えるだろうか?
「お前は道具などではないぞ!」
「少なくとも、あの男はそう考えてますよ?昨日なんて脅迫までされましたから」
「・・・あの映像か!ちょうどいい、全世界の皆様にもご覧いただこう。NERVが我が息子に、どのような非道な対応を取ったのか、その結果、シンジが一時的に死を迎えたという証拠が、その映像にははっきり残されていた事を!」
怒りに燃えるヴァン。その行動に最悪の事態を想定したゲンドウはすぐに指示を出した。
「MAGIで映像を止めさせろ!」
「は、はい!」
慌ててキーボードに取りつくリツコとマヤ。だがすぐに驚愕すべき事実を理解する。
「MAGI3機、全て外部の支配下にあります!こちらからの指示に、全く反応がありません!」
「なんだと!どういうことだ!」
「恐らく、MAGI以上のコンピューターと、私を超えるハッカーによるハッキング。それ以外考えられません!」
現実を理解できず、時間が止まる発令所。だが現実は進んでいく。
正面の巨大ディスプレイには、昨日、シンジがケージに入ってきたところから始まり、エヴァ帰還後の作戦部長の暴走に至るまでの光景が映し出されていた。
高圧的な態度で、シンジに命令するゲンドウ。死亡寸前のレイの命を盾に、何の訓練も受けていない素人の少年を、無理矢理乗り込ませる光景。確たる作戦もなしに敵の目の前に放り出すという、自爆戦術というもおこがましい、何も考えていない作戦指示。続いて聞こえてくる破砕音と少年の悲痛なまでの悲鳴。そして報告される言葉『サードチルドレンの生体反応、消失』。使徒撃破後、ケージに戻されたエヴァの中から出てくるシンジ。そのシンジに罵声を浴びせ、殴りつけるミサト。吹き飛んだシンジは動かなくなり、慌てた医療チームがタンカに乗せてケージから出ていくシーンがはっきりと記録されていた。
「これが事実だ。シンジ、今すぐ帰って来なさい。お前の姉も帰りを待っている」
ヴァンの言葉に続いて、一人の少女が画面に映し出された。紅茶色の髪の毛を足首まで伸ばし、上品な刺繍を施された漆黒のドレスをまとった少女―アルトルージュが。
「飛鳥!」
 「なんで2ndチルドレンが・・・すぐにドイツへ確認を!」
 「ドイツから報告。2ndチルドレンはドイツ支部発令所で、一緒に放送を見ている、との事です!」
 混乱する発令所。間違いなく画面に映っているのは惣流=飛鳥=ラングレーである。
 「シンジ、私よ、アルトルージュよ。もう良いから、ベルリンへ帰って来なさい。後の事は私達で何とかしてあげる。だから、あなた一人で苦しまなくていいのよ」
 両目に涙を浮かべ、懇願するかのように弟へ帰還を訴える少女の姿。視聴者の大半は同情を寄せた。黙っていればアルトルージュは、華奢な美少女なのである。そんな少女が涙を浮かべれば、どうなるか?その答えが示されていた。
 「姉さん、姉さんの気持ちは嬉しいんだけど、そうもいかなくなってしまったんだ」
 「どういう事?お姉ちゃんに説明できる?」
 「今、僕が帰ると、エヴァには綾波が乗らなきゃいけないんだよ。昨日見た限りでは綾波はまだ危篤状態だと思う。そんな女の子を見捨てて、僕だけ安全な場所へ帰る訳にはいかないよ」
 シンジの言葉は、NERVにとっては救いである。少なくとも、シンジに搭乗の意思がある以上、使徒迎撃は続行可能なのだから。同時にシンジの発言によって、彼の立場は財団の跡取りから、重症の女の子の代わりに体を張る、心優しい少年と言う立ち位置へと変わった。
 「あなたは優しすぎるわよ、シンジ。そこにはれっきとした大人の軍人もいるのでしょう?その人たちは何をしているの?」
 「さあ?命令だけはしてくるけど、何もしてくれなかったよ。僕がエヴァに乗った事に対して、ありがとう、と言ってくれたのも赤木博士だけだったしね」
 「そう。大人のくせして、子供を最前線に放り出す。その上で全く助けようとしない恥知らずな集団な訳ね、そのNERVとやらは」
 涙を流すアルトルージュの両目に、剣呑な光が宿る。
 当時、この放送を見ていた埋葬機関トップ・ナルバレックは後にこう語っている。
 『27祖を同時に5体も敵に回すことになったら、さすがに勝てんな』と。
 「いいわ、シンジ。あなたの状況は理解しました。3日だけ我慢してちょうだい」
 「解決してくれるのは嬉しいんだけど、綾波を見捨てるようなことだけは嫌だよ?」
 「大丈夫、心配しないで」
 途絶える電話。ポケットに携帯電話をしまうシンジに対して、発令所の視線が注がれている。
 「国連事務総長、この放送は見ている筈だな?早急に、少なくとも1時間以内にこの問題について解決策を講じる会談に応じていただきたい。UNの最高司令官にも同席いただければ幸いだ。加えて、現NERV司令・碇ゲンドウの身柄の拘束。その2点の実行と引き換えに、資金の回収については取りやめにしよう」
 
SEELE―
 「どういうことだ、これは!」
 思慮深さで有名なキール=ローレンツが声を張り上げていた。その怒声を受け止めるのはSEELE構成メンバーである。ゲンドウは事務総長の緊急命令により、謹慎状態におかれており、緊急会議には欠席していた。
 「サードがヴァン=フェム財団の跡取りなのだとは聞いていないぞ!」
 「議長、大至急シナリオを修正しなければ!」
 「分かっておる!今の時点で碇を失脚させる訳にもいかん。事務総長を通じて何とか妥協点を見出さねば・・・」

ドイツ支部―
 発令所は本部を上回る混乱の渦中にあった。ドイツ支部の至宝とまで言われている飛鳥に瓜二つの少女が登場し、3rdチルドレンの姉を名乗ったからである。加えてその少女はベルリンに住んでいるらしい、と分かったため、彼らは少女―アルトルージュについての情報収集に明け暮れていた。
 だが飛鳥は自分にそっくりな少女のことなど、全く興味は無かった。彼女の意識は、使徒戦の前後、ケージの光景に映っていた3rdチルドレンの顔にあった。
 (間違いない、夢に出てくるアイツだ!)
 はたして、これは偶然なのか?いや、偶然とは思えない。何か理由があるはずだ。それが飛鳥の出した結論であった。彼女は自分に協力してくれそうな人物を思い出し、そこへ走り出した。
 「加持さん!ちょっと教えて!」
 「ど、どうした、俺だって忙しいんだぞ?」
 「時間はかかってもいいから、サードについての情報が欲しいの!どんな情報でも良い、とにかく何でもいいから情報が欲しいの!」
 「わ、わかった。こっちの仕事が終わったら対応するから、な?」
 必死な飛鳥に対して、おちゃらけた態度を崩さない加持。
 (やれやれ、この先、一体どうなる事やら・・・)

ヴァン=フェム財団総帥専用執務室―
「やっと茶番が終わったか、ご苦労様でした、二人とも」
自らが淹れた紅茶を手渡すヴァン。それを受け取ったのはアルトルージュとシオンである。
「それからシンジからメールが届いた。『姉さん、演技上手だね』と」
クスクス笑うアルトルージュ。その傍らにいたシオンが口を開いた。
「私は楽しめました。MAGIを上回る第8世代有機型コンピューター、玩具としては最高です。エーテライトとの相性も良いようですし」
MAGIにハッキングをかけたのはシオンである。高速分割思考・エーテライトを同時併用して、複数の第8世代有機型コンピューターによる同時攻撃を仕掛けたのだ。これでは666プロテクトを使う以外、MAGIに対抗策は無い。
「土産に一台、アトラス院へ送っておこう」
「ところでヴァン、この後の筋書きはどうなっているのかしら?」
「SEELEの横槍が入るだろうな。落とし所としては、碇ゲンドウ・冬月コウゾウ・葛城ミサトの階級降格、俸給カット、新たな司令及び作戦部長の就任、そんなところか。あとはエヴァのパイロットを作戦部ではなく、司令直轄にするぐらいか・・・」
「まあ、妥当な所かしらね。シンジには戦いを放棄するつもりがない。それなら、私達がフォローしてあげないとね」



To be continued...
(2010.01.16 初版)


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