第四章
presented by 紫雲様
発令所―
「学校ですか?」
ウィリスから第1中学へ通うよう言われたシンジは、自分が中学生であった事をきれいさっぱり忘れていた。死徒としての4年にわたる生活が、シンジを一般生活から遠ざけていたからである。
「行かなきゃ行けないんですか?」
「正直な話、普段君がここにいても、やる事がない、というのが本音でね」
ウィリスの説明によると、シンジは戦闘技術に関して高い実力(27祖仕込みなのだから当然である)を持っているので、練習しても効果は低い、という説明であった。1対1で相手ができるのはウィリスかミサトだけである。だがウィリスは作戦部を鍛え直すことで手一杯で相手ができない。だからと言ってミサトに任せるのはあまりにも不安すぎた。
シンクロ率は根を詰めても上がる訳ではないし、今に至るまで0のままである(シンジが碇ユイを拒絶しているのだから、これも当然)。にも拘らず何故か起動はするし、エヴァもしっかり動いてくれる(エーテライトで操り人形にしているのだから、やっぱりこれも当然である)、おまけにATフィールドも自由自在である。
作戦部、特にウィリスにしてみれば『エヴァはちゃんと動いてくれる。それならばシンクロ率が0でも問題はない』と判断しているのだが、技術部、特にリツコは強く反対していた。やはりエヴァのシステムに矛盾しているためだろう。彼女は混乱の極みに達しており、一日中、MAGIや各種データ、ユイやナオコが残した記録と睨めっこをしている状態である。ちなみに以前ハッキングされた一件以来、マヤはMAGIの検査と新しい防御の作成にかかりきりであった。そのためリツコは全ての仕事を一人でこなさなければならず、多忙の日々を送っている。
「技術部もデータの検証やら何やらで忙しくて、2・3日はシンクロテストを休みにすると言っていた。使徒が来たら呼ぶから、気分転換のつもりで顔を出してこい」
今まで、シンジはレイのお見舞いには毎日通っていたのだが、それ以外の場所へ出歩いた事は無かった。当然、その中には学校も含まれていた。学校へ行くように言われ『学校にはトウジやケンスケ、委員長がいる。久しぶりに顔を見たいな』そう思ったシンジだったが、突然、大切な事実を失念していた事に気づいた。
かつてのサキエル戦で、トウジの妹が戦闘に巻き込まれて入院したことを思い出したのである。
「分かりました、明日から学校へ行ってきます。ところで、この前の戦闘で、巻き込まれた人はいないんでしょうか?この前は初めての戦闘でしたし、避難警報を本気にしなくて、逃げ遅れた人とかいそうですが」
「確かにあり得るな。NERVの印象は、現在最悪だ。印象を良くする意味でも、補償はした方がいいだろう。この件は私から司令に上申しておく。日向三尉、至急、逃げ遅れた人達の検索をしてくれ」
マコトが検索を始める、正面のディスプレイに数人の名前が挙がった。その中にシンジの予想通り、トウジの妹の名前があった。
「ウィリスさん、3つお願いがあります。聞いてもらえませんか?」
シンジの願いは、全てウィリスを通して栗林司令に伝えられ、すぐに承認が下りた。
翌々日―
第3新東京市立第1中学校、2年A組の教室では、転校生がやってくることが既に噂となって教室中を走り回っていた。
「相田君、よくもまあ調べてくるわね」
「情報元は内緒ということで。でも委員長も気になるだろ?転校生は男らしいぜ?」
「わ、私は委員長だから、転校生には親切にするのは義務であって」
「分かっているよ、委員長。あの朴念仁にも伝われば良いのにな」
ケンスケの言葉にうっすらと頬を染めるヒカリ。
「そういえば、鈴原、最近学校休んでいるけど、何かあったのかしら?」
「さあ、家へ電話してみたけど、誰も出ないんだよ」
そこへガラガラと音を立ててドアが開く。入ってきたのは左目に眼帯、額に包帯を巻いた少女、綾波レイである。
「綾波さん、大丈夫なの?」
駆け寄るヒカリ。ヴァンの流した放送は、大きな衝撃を視聴者にもたらしていた。だが2年A組の生徒にしてみれば、クラスメートが死にかけた上に脅迫の材料に使われたのである。特に面倒見の良いヒカリにしてみれば、放っておける存在ではなかった。
「おはよう、洞木さん。私は大丈夫、心配しないで」
ニコリと笑うレイ。クールと評価されるレイが初めて見せた笑顔に、クラス中にどよめきが走った。
(・・・おい、今の見たか?)
(・・・あの綾波が笑ったぞ、一体何が・・・)
(・・・というか、笑った綾波、可愛くないか?)
そこへチャイムが鳴り、再びドアが開く。担任の老教師が出席簿を抱えて入ってきた。
洞木の号令のもと、SHRが始まる。出欠の確認が終わると、老教師が口を開いた。
「えー、今日は転校生を紹介します。入って来なさい」
ドアを開けて入ってきた少年の姿に、生徒たちから叫び声が上がった。
「みんな、静かにしなさい!」
委員長―というよりは、もはやA組のお母さんといった感じだが―の一喝に、静かになる教室。タイミングよく、黒板へ名前を書き終わった少年が、自己紹介をした。
「えっと、シンジ=ブリュンスタッドと言います。生まれは日本ですが、3年前にドイツへ帰化したので、れっきとしたドイツ人です。趣味はチェロと料理です。よろしくお願いします」
瀕死の少女の代わりに戦う、心優しい少年の挨拶に、2年A組は再び興奮の坩堝へと落ちた。
1時間目終了後―
シンジの周辺には、レイを除いたA組の生徒、全てが集まっていた。彼らの視線には好意と好奇心が満ちていて、少しでも彼と会話をしたいのだ。
「ごめんね。国連から秘密にしておくように言われてるから」
放送されてしまったものの、それでも機密扱いの情報は存在している。その最たるものがエヴァと使徒についてであり、生徒たちの興味もそこにあったのだが、『国連』という言葉の前には、好奇心を黙らせるしかなかった。
特に強い興味を持っていたのはケンスケなのだが、どうやってもシンジが口を開かないことを理解すると、彼も渋々ではあるが質問するのをやめる。
そこへガラガラと音を立てて、ジャージ姿の少年が入ってきた。
「鈴原!どうしたのよ、無断欠席なんかして、心配したのよ?」
「いや、この前の騒ぎで、妹が怪我してもうてな。ワシの家はお爺もお父も仕事が忙しいから、ワシしか妹についていてやれんかったんや。それより委員長、この人だかりは何やねん?」
トウジの言った『騒ぎ』が何を意味するのか。それを理解できなかった者は、ここにはいない。加えて、トウジが妹を大切にしており、トウジが血の気が多い事も、A組にとっては周知の事実である。
トウジの前にいた生徒達が、次々後ろへ下がる。そしてトウジの視界に入ったのは、椅子に座っているシンジ、『騒ぎ』の主役であった。
「鈴原、まって。シンジく、じゃない、ブリュンスタッド君は・・・」
「おー、センセやないかい!ホンマに転校してきたんか!あの金髪にーちゃんの言うた通りやな!」
「おはよう、トウジ。妹さんの件では迷惑かけて、ごめんね」
「ええ、ええ。センセが気にすることやない。センセのおかげで、妹はNERVの医療部で治療を受けられるようになったんや。診察してくれた先生も、来月には退院できると太鼓判押してくれたしな。ホンマ感謝しとるで」
トウジの笑顔は作ったものではない、本物の笑顔である。
イマイチ話が掴めない生徒達に、トウジが説明をした。
「昨日な、センセがNERVのお偉い金髪にーちゃん・・・えっと・・・」
「ウィリスさんだよ。作戦部部長のウィリス三佐」
「そうそう、そのウィリスさんと一緒にセンセがきてな、ワシと妹に謝罪してくれたんや。その上で、妹の怪我に関しては、NERVで完治するまで全て責任を持つ、とまで言ううてくれたんや。本当はな、妹は避難警報を本気にしなくて、あの騒ぎに巻き込まれたんや。冷たい言い方すると、自業自得なんやけどな」
トウジがすまなそうにシンジへ視線を向ける。
「それでも、センセは『妹が怪我をしたのは自分のせいだ』と言って、土下座までして謝ってくれた。そん時、センセが転校を一日遅らせてまで、あの騒ぎで怪我した人達をお見舞いして回っていたことも教えてもろうた・・・ワシもあの放送は見てたし、センセが被害者なのも知ってる。だからワシも妹もセンセのことは恨んどらん」
「トウジ、ありがとう」
「センセは何も悪うないねん。まあ、そういうことでな、ワシはセンセ、センセはトウジとお互いの事を呼ぶようになったんや。もうすっかりダチやねん」
トウジがシンジの方に腕を回して、シンジの頭をグリグリと押す。対するシンジも「トウジ、やめろよ」と笑いながら返していた。
シンジがウィリスにお願いした3つの内の2つ、それは『転校を一日遅らせて、怪我した人達に謝罪して回ること』と『NERV医療部による怪我人の治療を大至急行うこと』であった。前者に関して、最初ウィリスは『君が謝罪する必要はない。それは私がするべき役目だ』と言ったのだが、シンジの感じている罪悪感を感じ取り、彼が折れたのである。
緊張感が無くなり、教室に穏やかな空気が流れる。そこへ携帯電話の呼び出し音が響いた。
シンジと綾波、両方の携帯に同時かかってきた連絡。ディスプレイに表示された無機質な文字を見た二人の顔に緊張が走る。
「シンジです」
「使徒が出現した、至急、本部へ来てくれ」
綾波がシンジに向けて、コクンと頷く。そこへ窓の外から、キキーッというブレーキ音が聞こえてきた。
赤いオープンカーをグラウンドに乗り入れたのは、酔いどれ死徒こと酒徒スミレである。
「シンジ!レイちゃん!乗りなさい!」
「綾波、僕につかまって!放しちゃダメだよ!」
廊下へ出ようとしていたレイが、シンジへ駆け寄る。
「洞木さん、すぐにみんなを避難させて!それからシェルターから出る人がいないように見ていて!」
ヒカリの返事を聞く間もなく、シンジはレイをお姫様抱っこする。頬を染めるレイ。湧き上がる歓声。だが次の瞬間、歓声は悲鳴へ変わった。
躊躇いなく2階の窓から飛び降りるシンジ。慌てて窓へ駆け寄ったトウジ達が見た光景は、スミレの運転する車へ乗り込もうとしているシンジとレイの姿であった。
急発進の轟音と砂埃を残し、学校から走り去るオープンカー。
「センセ、上履き履いたままやで?」
トウジの呆れ声は、避難警報にかき消されていた。
To be continued...
(2010.01.16 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお付き合いいただいてありがとうございます。
ちょっと日常の風景に力を入れてみたいな、と思っていたらシャムシエルまで届きませんでした(笑)
しょうがないのでシャムシエルには次回、頑張っていただくつもりです。
ところで、使徒って状況によってパワーアップというか強くなる訳ですが、あれって自己進化と機能増幅、どちらが正しかったでしょうか?すっかりど忘れしてしまって・・・もし知っている方いましたら、教えてください<m(__)m>
それでは、お付き合いいただいて、ありがとうございました。
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