堕天使の帰還

本編

第五章

presented by 紫雲様


発令所―
 「日向三尉UNへ偵察攻撃の要請を!攻撃は事前の要請通り、Dランクのミサイルからだ!伊吹三尉は敵のランクを調べろ!」
 「ウィリス三佐!ただいまチルドレンが本部へ到着しました!そのまま搭乗の準備にかかると言っていますが?」
 「綾波特務准尉と護衛のスミレさんに関しては、発令所へ来るように伝えろ!准尉は病み上がり、その上搭乗するエヴァがない。ここにいるのが安全だろう。ブリュンスタッド特務准尉には、初号機へ搭乗して、こちらの指示を待つように伝えろ!」
 「了解、伝えます!」
 ウィリスのテキパキとした指示に、オペレーター3人組が指示を遂行していく。その横に立っているミサトは、どことなく居心地が悪そうに見えた。
 「使徒の姿、正面にでます!」
 青葉の叫びに、発令所の視線が集中する。モニターには飛行する烏賊のような姿の使徒―第4使徒シャムシエル―が映し出されていた。
 「UN偵察攻撃開始します!」
 まだ第3新東京市の外にいるため、UNも攻撃には一切容赦がない。戦闘機から発射されるミサイルは、全てが命中。轟く爆音。だがシャムシエルには全く歯が立たない。
 「伊吹三尉!敵の能力、特に装甲の強さについて推測はでたか?」
 「はい、完了しました!前回の使徒より装甲は上、MAGIによれば装甲の厚さはランクBと推測しています!ATフィールドを使う様子も、未だにありません!攻撃力と機動力については、データ不足のため、MAGIは判断を保留しています!」
 使徒の能力と、人類の兵器をランク別に分ける。これがウィリスの出した情報収集方法である。
 今回のように敵の装甲を調べるなら、Dランクに分類したミサイルから、順次、上位のミサイルへと変えて発射していく。そうすることで、敵にどのレベルの破壊力なら通用するか?ということが分かる。それが分かれば、エヴァの武装選択も絞れてくる。
 ランクBまではUN配備のミサイルなのだが、Aは現在開発中の徹甲弾タイプの爆発しない、調査専門の特殊ミサイルである。
 ちなみに兵器のランクはSまであり、N2はSランクに分類されている。
 「すいません、遅れました」
 セントラルドグマにいたため、遅れて発令所へ入ってくるリツコ。その後ろへ続くかのように、レイとスミレが飛び込んでくる。ゲンドウは栗林司令の横に立っており(本当は発令所に席はないのだが、前任者として参考意見がでるかもしれない、という理由で発令所の居場所は確保されている)冬月は戦闘中の発令所へ立ち入ることは無くなっていた。
 「葛城二尉、敵の装甲はランクB以上。君ならば、どの武装を選択する?」
 「私ならばパレットライフルを選択します。劣化ウラン弾を用いて、貫通力を高めた集中砲火が適切かと」
 「・・・葛城二尉、私は先日の会議において、劣化ウラン弾は使用禁止、代わりにタングステン製の弾丸へ変更を命じたはずだが?」
 ウィリスの冷たい視線がミサトに突き刺さる。ウッと唸るミサト。どうやら会議の際、全く話を聞いていなかったようだ。
 「まあいい、その件はあとで絞ってやろう。赤木博士、作戦部から発注しておいた武装だが、開発状況はどうだ?」
 「開発途中ですが、使う事は出来ます。ただしプログナイフの超振動装置の調整が間に合わなかったので、鈍器としてしか使えません。ただ先端で突き刺すことなら可能です」
 「分かった。武装の開発協力、作戦部として感謝する。壊した場合は作戦部の予算から出すので、緊急修理と欠点の改良を頼みたい」
 「お気になさらず、武器の修理ぐらい問題ありません。技術部としては、武器のデータ取りの許可をお願いしたいのですが」
 「伊吹三尉『ミストルティン』のデータ、技術部へ随時転送しておいてくれ」
 ウィリスの指示を受けたマヤが、MAGIへ指示を出す。
 「日向三尉、使徒が第3新東京市へ侵入したら、すぐに兵装ビルから電磁ネットを撃つんだ。伊吹三尉は使徒がそのネットをどのように処理するか、MAGIに調べさせろ。ブリュンスタッド特務准尉、聞こえるな?」
 「はい、聞こえます」
 「武装はミストルティンとタングステン弾丸装填のパレットライフル。ただしライフルは通用しないだろう。牽制程度に使ってくれ」
 「分かりました」
 シンジの言葉に、ウィリスが満足そうに頷く。
 「初号機、起動準備。起動後は8番シャフトで待機だ」
 「了解、エヴァンゲリオン初号機、起動します」
 マヤの声が発令所に響く。やはりシンクロ率は0のままである。
 「・・・なんで動くのかしらね」
 リツコの諦めたような声に、発令所の空気が緩んだ。
 「動けばいいさ、重要なのは目的を果たすことだからな。それより青葉三尉、UNと繋げてくれ」
 「了解、通信繋げます」
 ピッという音をたてて、正面のモニターにUN空軍太平洋方面の指揮官が映った。
 「こちらNERV作戦部部長ウィリス三佐であります。さきほどの偵察攻撃に感謝をします」
 一部の隙もない敬礼に、空軍の指揮官はニヤッと笑った。
 「若いが礼儀は心得ているようだな・・・よろしい、部隊は引き揚げさせるが、NERVの健闘を祈るぞ」
 再びシャムシエルを映し出すモニター。いつの間にか飛行をやめ、直立体勢へと姿勢を変えている。
 「使徒、市内に侵入しました!」
 「電磁ネット射出します!」
 「初号機、予定通り8番から射出!同時に兵装ビルで時間を稼げ!その間に敵の攻撃能力と機動力を調べ上げろ!」
 矢継ぎ早の指示であったが、遺漏なく遂行されていく。初号機は全身にかかるGに耐えながら地上を目指す。ネットはシャムシエルに絡むと、青白い電光を発した。次の瞬間、ネットはシャムシエルの2本の触手によって切り刻まれていく。その間にも兵装ビルからは大量のミサイルが発射され、シャムシエルへと襲いかかった。
 「初号機、地上到達まであと10秒!」
 「敵の機動力、及び攻撃力のランク出ました!機動力はC、ホバーのように移動する能力です。咄嗟の動きはほとんどできないと思われます!攻撃ランクはA!武装は全面の2本の触手、プログナイフと同じ超振動による切断武器と推測、ただし触手自体は音速を超える速さです!中距離及び遠距離武器は、無いものとMAGIは推測しています!」
 「ランクA、エヴァの装甲を切り刻む音速の鞭か・・・」
 呟くウィリス。それを聞いたレイの顔に浮かぶ心配そうな表情。そんなレイを励ますかのように、スミレが後ろから抱きしめた。
「大丈夫よ、うちの弟は強いんだから」
スミレの励ましに、レイが笑みを浮かべる。
その光景を、ゲンドウはサングラスの奥から、冷たい視線で眺めていた。

シェルター―
「あーあ、また情報制限かよ、どうせもうバレテるんだから、オープンにしてくれればいいのに」
ぼやくケンスケ。その隣で携帯テレビを覗き込んでいたトウジは、肩を竦めていた。
そんなトウジを眺めていたケンスケだったが『良いこと思いついた!』とばかりに、元気よく親友に声をかける。
「トウジ!一緒にトイレ行かないか?」
「ええで。おーい、委員長。ちょいケンスケとトイレ行ってくるわ」
声高に叫ぶトウジ。それを聞いたヒカリが、会話の輪から外れて立ち上がる。
「別に良いけど、絶対、外に出ちゃダメよ?あなたたち、その場のノリで外へ出そうだからね」
「そんな訳あるかい!いくら頭の悪いワシにだって、そんなことすればセンセに迷惑かかることぐらいは分かるねん。なあケンスケ!」
「ああ、そうだな。トウジの言う通りだよ・・・」
内心、ガックリするケンスケ。今の発言で、トウジがケンスケの脱出を手伝うことは、無いと宣言されたも同然であった。
こうして3馬鹿コンビのうち2人によるシェルター脱出劇は未然に防がれた。だが、誰も気づいていない事実があった。
この時、すでにシェルター出入り口は全開になっていたのである。
 
第3新東京市直上―
 「ブリュンスタッド特務准尉!敵の能力は、先ほど伝えた通りだ。正直、奴の音速の鞭を全て避けるのは無理があるだろう。こちらも誘導ミサイルで援護に入る、なんとか隙を見つけてコアに風穴をあけてやれ!」
 「了解」
 まだ使っていないライフルを捨てるシンジ。その代わりに漆黒の両手剣『ミストルティン』を青眼に構える。ミストルティンの刀身は、ほぼエヴァと同じ長さである。
 (・・・ミストルティンの重さとエヴァの力なら、当たりさえすればコアは木端微塵。今回は魔術はいらないな・・・)
 「援護お願いします!初号機、行きます!」
 シャムシエルに降り注ぐミサイルの嵐。その嵐を掻い潜るかのように、ミサイルを追い抜いていく初号機。
 エーテライトによる同調は、シンジの望む動きをタイムラグ無しに再現する。
 「殺った!」
 シャムシエルが鞭を振るうよりも早く至近距離へと肉薄するシンジ。瞬時にATフィールドを中和し、そのままコア目がけて突きを放とうとしたシンジは、視界内に思いがけない物を見つけていた。
 ビルの屋上に立つ複数の人影。内、一人はテレビカメラを所持している。
 「馬鹿な!なんで!?」
 ミストルティンの切っ先は、コアのすぐ脇を貫いた。音速を超えた突きによって発生した衝撃波が、ビルの窓ガラスを粉々に砕く。
 「マズイ!」
 突きにより体勢を崩していた初号機は、シャムシエルにとって格好の餌食である。2本の鞭により、成すすべなく切り刻まれる初号機。見る見るうちに装甲が剥がされていくが、それでもミストルティンだけは、決して放さない。
 「このお!」
 無理な体勢から刀身を振りぬく初号機。だがシャムシエルは初号機の両足を鞭で絡め捕ると、そのまま天高く投げた。
 放り投げられた初号機は、山間部―シェルターの付近へと落ちた。

発令所―
 「三佐、ビルの上に!」
 「あれは・・・マスコミか!なんて馬鹿な事を!」
 「初号機攻撃外しました!使徒に追い込まれます!」
 「初号機の装甲、30%減少!胸部と腹部装甲は全壊しています!」
 発令所に怒声が響く。
 「初号機、投げられました!ケーブル断線!内臓バッテリーへ移行!」
 「3番シェルターに異常発生!初号機の落下により生じた突風が、シェルター内部へ侵入!被害者数は不明!内部に混乱が生じています!」
 「なんだと!シェルターが閉まっていないのか!?」
 次から次へと入ってくる凶報。本当なら、すでに凱旋していたであろう初号機の無残な姿に、発令所に焦りが生じはめる。
 「シンジ君・・・スミレさん、シンジ君が・・・」
 「大丈夫よ、落ち着いて。私の弟は、そう簡単に諦めるような性格はしてないわ。だから、レイちゃんもあの子のことを信じてあげて」
 スミレの言葉はレイだけでなく、発令所全体へと語りかけていた。その言葉に、ウィリスが檄を飛ばす。
 「准尉!起きてしまったものは仕方ない!フォローはこちらに任せろ!君は使徒を倒すことだけ考えるんだ!」

初号機内部―
 シンジの視線は、入口が拉げたシェルターへ向けられていた。過去のシャムシエル戦を記憶しているシンジには、自分の落下と、開け放たれていたシェルターの入り口が、どのような結果を起こしたのか、それを瞬時に理解したからである。
 「ああ・・・そんな・・・僕は・・・ぼくは・・・またみんなを・・・」
 衝撃に心が麻痺し、エーテライトを操ることすら、シンジは忘れていた。
 『准尉!起きてしまったものは仕方ない!フォローはこちらに任せろ!君は使徒を倒すことだけ考えるんだ!』
 ウィリスの檄に、呆けていたシンジがハッと正気に戻る。
 (・・・ここで決める!高速分割思考1番2番限定解除!1番は初号機の操縦及び、発令所との連絡映像カット!2番は虚数魔術発動!ミストルティンへ収束させる!)
 シンジの全身を、隈なく埋め尽くすように走る緑の雷光。解放された虚無の力は、漆黒の刀身へ注がれていく。
 「いっけええええっ!」
 倒れている間に至近距離までシャムシエルに近づかれていたシンジは、ただ必死にミストルティンを振りぬくことだけを考えていた。
 全てを食らいつくす虚無の力と、常識を超えたエヴァの怪力、そしてミストルティン自体の質量は、絶大な牙となってシャムシエルに襲いかかった。
 シャムシエルの左脇腹から食い込んだ漆黒の刃は、コアを一瞬にして粉砕。そのまま反対側まで使徒の体を叩き斬る。
 コアを粉砕され、胴体が泣き別れになり、活動を停止するシャムシエル。その眼前で、初号機は『もう動きたくない』と言わんばかりに崩れ落ちた。



To be continued...
(2010.01.23 初版)


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