堕天使の帰還

本編

第六章

presented by 紫雲様


第3新東京市、某所―
 第4使徒シャムシエル戦の最中、シェルターから外へ出てカメラを回していたマスコミは、NERV保安部によって拘束された。
 『我々には知る、という権利がある』
 彼らは自らの正当性を主張。それに対しNERV司令・栗林准将は選択肢をだした。
 「このまま軍事裁判にかかるのと、通常の裁判において裁かれるのと、どちらがいいかね?もっとも後者を選んだ時点で、君達には前者を選ぶ権利はなくなるが」
 この発言に、彼らは即座に後者を選択。自らが所属するテレビ局に『自分達はNERVに不当に拘束された。そして知る権利をも侵害された』と報告。所属テレビ局もまた、それを支持し、NERVを糾弾したのである。さらに尻馬に乗って、同調する一部のマスコミ。彼らは有頂天になっていた。
 翌日、この事件は緊急番組として特集が組まれた。前代未聞の視聴率に笑いが止まらないテレビ局社長。だがそれも、すぐに焦りへと変化する。
 NERV司令、栗林准将による緊急声明が発表されたのである。
 『使徒戦においてシェルターから外へ出て、戦闘行動の阻害をした者達、及び彼らの行動を認めたテレビ局に対し、我々は彼らが利敵行為を行ったと判断した。理由は、彼らが不用意な行動を起こしたために、使徒を迎撃する切り札エヴァンゲリオン初号機が攻撃できない状況に陥り、危機を招いたからである。もしエヴァが倒されていたらどうなったであろうか?答えは一つ、人類の全滅である。このような愚行を犯しながら、自らの権利を主張する者達に対して、我々は寛容な態度で臨むべきではないと判断した。当時の第3新東京市は使徒と人類の戦闘の場、すなわち戦場であり、戦争の舞台である。故に、通常の裁判ではなく、軍事裁判が適当であり、戦争における利敵行為は、軍事裁判においては銃殺刑として判断すべきである』
 栗林の顔には普段の温厚さは微塵も感じられない。あるのは怒りの気配だけである。
 『拘束直後、私は彼らに選択肢を出した。それは軍事裁判と通常の裁判、どちらを望むか?と言うものだ。彼らは通常の裁判を選択した。故に、彼らには通常の裁判通りの方法で罪を償ってもらうべきだと判断した。彼らが望むままに・・・まずはNERVが原告という立場にたって、彼らを告訴する。彼らは使徒に与して人類存亡の危機を招いた裏切り者、すなわちテロリストである』
 この発言は世界中を驚愕させた。栗林の言いたい事。それは『結果としてエヴァの戦闘を邪魔する行為をやった以上、使徒に味方した人類の裏切り者として扱う』ということであった。さらに、訴えられるのは現場チームだけでなく、その尻馬に乗った所属テレビ局も含まれている。
 『もう一つ、彼らは自らが犯した愚かさに気づいていない。彼らは自らの好奇心を満たすため、シェルターから無断で出た。その際、彼らは入口のドアを開けたままにしていたのだ。この結果、エヴァが使徒によって投げられた際、その衝撃によって生じた突風がシェルター内部へ侵入。多数の怪我人を生んだ。当然、その補償は我々ではなく、不用意な行動を起こした彼らがすべきである。この声明を聞いている彼らも、補償は保険会社が行ってくれる、とタカをくくっているだろう。ところが、だ』
 栗林は一息つくと。トドメとなる言葉を発した。
 『さきほども言った通り、当時の第3新東京市は、使徒と人類の戦場、すなわち戦争の舞台であった。ご存じの通り、保険というものは、天災と戦争は支払い対象外となっている。故に、彼らには怪我人の補償を、全額自腹で行ってもらう事になるだろう』
 件のテレビ局社長は、その発言内容を聞いた途端、持病の心臓病が悪化。すぐさま緊急入院となった。副社長がすぐに代理を務めたが、こちらも責任の重さに耐えかね、外出すると言ったまま姿をくらましている。
 『私が選択肢を出したのは、前者を選べば、一瞬で楽になれたからだ。卑怯な言い方かもしれないが、私にはこうなることが分かっていた。だが彼らが自らの意思で選択した以上、彼らには一生、罪を償ってもらう』
 この声明は、ヴァンの放送以来、使徒戦の放送権利を求め、過熱気味にあったマスコミの行動に急ブレーキをかける事になった。
 
NERV技術部―
 「意外に腹黒いのね、栗林司令。人の良いオジサンだとばかり思ってたけど」
 「・・・ミサト?あなた、そんなどうでもいい事をお喋りしに、多忙な私の所へ来たのかしら?」
 リツコの机の端っこに腰を掛け、リツコオリジナルブレンドのコーヒーをすするミサト。机の主はといえば、ミストルティンの改良案を含めた様々な案件を処理するため、猫の手も借りたいほど忙しい。そんな所へ遊びに来られた日には、嫌みの一つも言いたくなるのは当然である。
 「私も仕事はあるわよ。ほら、これ見て」
 「なに?これってシェルターの外出防止案じゃない」
 「そうそう、明日までに考えて来いってさ。こんなん楽勝よ」
 勝ち誇るミサト。彼女は明らかに気づいていない。まだウィリスは、ミサトにその程度の仕事を任せる程度にしか信用していないことに。
 『知らない事は幸せ』を地で行く親友に、リツコは盛大な溜息をつく。
 「あなたねえ、作戦部に居場所無くなるわよ?」
 「なんで?」
 「ウィリス三佐とシンジ君が、一緒にどこへ行っていると思ってるのよ」
 首を傾げるミサト。やがて答えを思いついたのか、ポンと手を打った。
 「分かった、使徒戦のご褒美ね!しまったなあ、無理矢理同行すれば、奢って貰えたかもしれないのに」
 「・・・三佐とシンジ君は、第4使徒戦で怪我をした人達のお見舞いに行っているのよ。それぐらい、把握しておきなさい」
 「いいじゃん、別に。そんな誰にでもできる仕事、真面目にやる価値なんてないわよ」
 ミサトの暴言に、頭を抱えるリツコ。
 (なんでこんな女と友達やってるのかしら、私は)
 「リツコ、どうしたの?」
 「なんでもないわ。シンジ君が作戦部部長補佐になる日も近いわね、と思っただけよ」
 「リツコって、妄想癖があったんだ」
 「馬鹿言ってないであなたも仕事に戻りなさい!ここでサボらないで!」
 突如落ちた落雷に、首を竦ませて逃げ出すミサト。ドアの外へ消えたのを確認すると、リツコは処理すべき案件の多さに、溜息をつくのだった。

NERVセントラルドグマ―
 司令の座から滑り落ちた後、ゲンドウは毎日最下層で仕事に取り組んでいる。表向き冬月は総務部部長として、1日の大半を総務部で過ごさねばならなくなったため、ゲンドウは今まで冬月任せにしていた雑務も、全て自分でこなさねばならなかった。
 とはいえ、たまには手が空く事もある。
 「碇、いや六分儀、私の気持ちが分かったか?」
 「冬月先生、仕事の代行に来てくれたのですか?」
 「自分でやれ。私はただの陣中見舞いにすぎん」
 和菓子屋で買ってきたお茶菓子と、途中の自販機で買ってきたお茶を差し出す冬月。お礼の言葉も口にせず、ゲンドウは菓子を口に放り込んだ。
 「ところで、六分儀。これからどうする?このままではユイ君と再会できん。おまけにレイも、あのマンションを出てシンジ君の所へ転がり込んだぞ」
 ちなみにレイの住居移転は、サキエル戦後にシンジがウィリスにお願いした、3つのお願いの最後の1つだったりする。
 「問題ありませんよ、冬月先生。レイには代わりがいる。今は好きにさせておけばいい。幸い使徒のスケジュールも分かっている。そう、残り1、2体になったら、狙撃でもして3人目にすればいい。目の前でレイが死ねば、シンジの心も壊れる。一石二鳥ですよ」
 「六分儀・・・」
 「今は雌伏の時。ユイが待っていると思えば、この程度、辛くはありません。そう、ユイは第3使徒戦において、目覚めの兆候を見せているのだから」
 茶をすすり、再び菓子に手を伸ばすゲンドウ。
 「唯一の問題は、ロンギヌスの槍。さて、どうやって栗林に気づかれずに運び込むか・・・ゼーレに一肌脱いでもらうか・・・?」
 (六分儀、分かっているのか?シンクロ率0の件といい、報告書とは矛盾した過去といい、シンジ君は異常だぞ。その程度の策で、シンジ君が何とかできると本気で考えているのか?)
 冬月の心配に、ゲンドウは気付くことなく、新たな菓子に手を伸ばしていた。

NERVドイツ第3支部―
 「さすが加持さんね、1週間でこれだけ情報集めてくるなんて」
 日本へ旅立つ前日の夜、飛鳥は自室で加持に頼んでいたシンジの調査書に目を通していた。
 「・・・シンクロ率0ってなんなのよ?どう考えても適格者じゃないわ!」
 その適格者ではないはずの少年が、すでに2体の使徒を撃破しているのである。特に先日行われた第4使徒戦において序盤に見せた、音速を超えた刺突は、自信とプライドの塊である飛鳥をもってしても再現できるとは断言できなかった。
 「シンクロ率以外に、なにかエヴァにはあるのかもしれない・・・まあ、いいわ。明日は出発、3週間後には日本へ到着。いよいよアタシのデビュー戦、サードなんかには負けないわ!」
 書類を放り投げると、飛鳥は自分のベッドに潜りこんだ。明日の出発が早い事を考えれば、早めに寝るのは義務と言っても良い。
 すぐに寝息を立てる少女。
突然、彼女は呻き声を上げながら、両手で頭を押さえつけた。
「ぐうう・・・なに・・・頭が・・・われる・・・」
(・・・アンタの体、アタシが使ってあげる・・・)
「なに?アタシの中に・・・なにか・・・はいって・・・」
(・・・抵抗しても無駄よ。抵抗すればするほど、無意味に苦しむだけだから、諦めなさい)
「ふざけんな!私は2ndチルドレン、惣流=飛鳥=ラングレー!この体はアタシのだ!お前こそ、消えろ!」
(・・・しつこいわね、アンタ。とっとと体の支配権よこしなさいよ・・・)
しばらくベッドの上を転がりながら、頭を押さえ続ける少女。やがて、その動きが静かになっていく。
「・・・チッ、完全には無理だったか。まあ、いいわ。それより情報集めないと。今はいつかしら・・・ん?これは・・・」
床に散らばっていた情報。その隅に載せられていた少年の顔写真に、少女は憎悪のこもった視線を向け、ニヤッと笑った。
「見つけた、シンジ。アタシの邪魔ばかりする憎い男・・・」
3rdインパクトを経験した少女、惣流=明日香=ラングレー。もう一人の経験者、碇シンジに遅れること4年、過去の世界へと逆行してきたのであった。
そんな彼女は、まだ気づいていない。
シンジの苗字が碇ではないことに。



To be continued...
(2010.01.23 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお付き合いいただき、ありがとうございました。
 今回はシャムシエル戦&明日香登場という話です。
 今回の内容については、トウジとケンスケの役割を、誰にやってもらおうかと考えていたのですが、それについては作中通りとなりました(笑)
 以後、使徒戦の放送は、超遠距離(市外からの)の撮影映像が世界中に放映されていく事になります。この放送を通して、チルドレンに対する世間一般の理解というやつを書いていければいいなあ、と思っているのですが・・・さて、どうなることやら・・・
 
 次回は前半最大の山場、第5使徒ラミエル戦となります。
 
 それでは、また、お会いしましょう。

 追伸。実は今回、伏線を張ってあります。気づいた方は、楽しみにしていて下さい(笑)



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