堕天使の帰還

本編

第七章

presented by 紫雲様


第4使徒戦から2週間後―
 「綾波、起きて。朝ごはんだよ?」
 綾波レイの朝は、シンジの呼び声から始まる。レイは比較的眠りが浅いので、シンジが声をかければすぐに目を覚ます。だが目覚めた直後、布団の中でまどろむ快感に目覚めて以降、レイは日に日に朝起きるのが苦手になりつつあった。
 同居しているスミレ曰く。『レイ、もっと甘えちゃいなさい。お姉さん応援するわ』
 この発言に頭を抱えたのはシンジである。シンジも朝は忙しいので、なるべく自分で起きてきてほしいと思うのだが、レイにお願いしようとする度に『シンジ君、私の事が嫌いなの?』と上目づかいに懇願されるのである。
 もちろん結果は全戦全敗。入れ知恵をした姉を恨む日々である。
 「ああ・・・助けてよ、カヲル君・・・」
 悲痛なまでの呟きは、彼の心の中にいる親友に向けられていた。もっともその親友はと言えば、今頃ゼーレの特殊培養槽の中でクシャミをしているかもしれない。
 「おはよう、シンジ君」
 眠い目を擦りつつ、挨拶するレイ。そんな彼女に苦笑しながら、シンジがタオルを差し出す。
 「顔、洗っておいで、綾波。今日の朝御飯は洋風にしたからね。レイの好きなオムレツもあるよ」
 にっこり微笑むレイ。シンジとスミレ、二人と共同生活をするようになって2週間、レイはシンジの料理を食べるうちに、オムレツを特に好んで食べるようになっていた。
 「そういえば、今日は零号機の起動テストの日か。綾波、頑張ってね」
 レイの頬が、うっすらと赤く染まった。
 
午後、発令所―
 ちょうど学校の授業が終わる頃。発令所にはいつもより多くの人間が、忙しそうに右往左往していた。その理由は零号機の起動テストである。
 「プロトタイプ、零号機か。スペック面においては、やはり初号機よりも下か」
 「ええ、こればかりは仕方ありません。正直なところ、参号機が仕上がれば、レイには参号機に搭乗してもらい、零号機はデータ取り専用としたいのですが・・・」
 「他にエヴァがない以上、選択肢はないでしょう」
 ウィリスの言い分に、リツコも頷かざるを得ない。零号機と初号機しかおらず、弐号機がいまだに本部に届かない今、零号機も前線へ出すしかないのだから。
 「赤木博士、以前読んだ計画書にあったポジトロンライフルについてですが、開発状況は?」
 「もう少し時間が欲しいところです。試作型があと少しで完了しますわ」
 「私が先日頼んだ、アレはどうでしょうか?」
 「あちらは完成しています。とりあえず試作品を1本だけですが。ただエヴァのスペックからして、MAGIが使い捨てになると警告していました。量産すると予算が尽きるので、使いどころは間違えないでください」
 新武装の打ち合わせが続く中、リツコの背後から声がかかる。
 「先輩、準備が整いました」
 「分かったわ、今から五分後、零号機の起動テストを開始します」
 リツコの指示に、担当者が自分の部署へと移動する。そして人影が少なくなった発令所へ、シンジとスミレが入ってきた。
 「リツコさん、綾波と少し話しても良いですか?」
 「良いわよ、マヤ、通信繋いで」
 ピッと音をたてて、正面モニターにレイの顔が浮かび上がる。レイがいつも通り無表情で座っているので、前回の起動実験の影響は全くない、と大人たちは判断した。
 「綾波、聞こえる?」
 「なに?シンジ君」
 「緊張しなくても大丈夫だよ。綾波なら絶対成功するから。テストが終わったら、ごちそう作るから楽しみにね」
 「・・・オムレツ、オムレツがいい・・・」
 レイの反応に、オペレーター3人組が、驚いたように顔を見合わせる。感情を持たないと思われていたレイが、ささやかな望みを口にしたからであった。
 頬をほんのりと染めるレイを見ていたリツコは、第4使徒戦以来、レイの心が成長し始めたことに確証をもった。レイの心の成長、それはゲンドウにとっての計画が破綻するに等しい、致命傷となりうる。
 ゲンドウの腹心の一人として、彼女はあとで報告しようと考え、そして気づいた。
 (何故、すぐに報告しない?いつもなら、すぐに連絡するのに・・・)
 「先輩!大丈夫ですか?先輩!」
 「ご、ごめんなさい、マヤ。すぐに起動実験始めるわよ。起動チェック開始!」
 「了解、起動チェック開始します」
 始まる零号機の起動実験。
 緊張感とともに報告されていく状況。読み上げられる数値。
 「シンクロ率32.4%!零号機、起動しました!」
 マヤの報告に、発令所が沸き立つ。そこへ警戒音が響いた。
 「たったいま芦ノ湖上空に未確認飛行物体が突然出現した、と連絡が入りました!」
 「映像、出ます!」
 正面モニターに映る、青いガラスのような八面体。
 
第5使徒ラミエル、襲来。
 
空母オーバー・ザ・レインボウ―
 「まただ・・・アタシ、また昨日の夕方から記憶がない・・・」
 自室に待機していた飛鳥は、不安に身を竦ませながら呟いた。昨日、食堂で夕飯を摂り、自室へ戻った。そして気が付いたら、朝だったのである。
 「どうなってるの?怖いよ、ママ・・・」
 「おーい、飛鳥!起きてるか!」
 「加持さん!?ちょっと待って!今、着替えるから!」
 慌てて着替えを済ませ、最低限の身だしなみだけ整える。最後に鏡でおかしなところがないかどうか確認すると、彼女は『完璧ね』と自分に太鼓判を押した。
 「で、なにかあったの?加持さん。朝御飯のお誘い?」
 「それもあるんだがな・・・出たぞ、新たな使徒だ!」
 「本当!?」
 驚く飛鳥を落ち着かせようと、目の前で一服する加持。フウーッと白い煙を吐き出した後、再び口を開く。
 「本部司令の好意でな、特別に本部MAGIから映像が流れてくるそうだ。どうだ、一緒に見てみるか?」
 「もちろんよ!噂のサードの実力、拝見といこうじゃない!」
 不安をすっかり忘れた飛鳥は、上機嫌で通信室へと向かった。

発令所―
 「UN、偵察攻撃を開始!」
 「MAGI、データ収集に入ります!」
 「一般人の避難誘導、現在82%が完了。使徒の移動速度が変わらなければ、市内へ侵入前に避難完了します!」
 2回目ともなれば、手順もかなり慣れてくる。第4使徒戦よりもスムーズに進む状況に、ウィリスは満足しながら使徒の迎撃策を練っていた。
 その瞬間、正面モニターが閃光で埋め尽くされた。発令所に響く悲鳴。光の嵐が収まったのち、慌てて現状把握に動き出すオペレーター達。
 「先ほどの閃光は、使徒の攻撃によるもの!MAGIは加粒子砲と推測しています!攻撃ランクはSです!」
 「UN偵察部隊に損害発生!一時、撤退する、とのことです!」
 使徒戦、初の戦死者が発生したのは間違いなかった。それがかつての同僚が所属する部隊となれば、ウィリスにとって他人ごとではない。それでも彼は自身に課せられた義務を果たすべく、冷徹に行動を続ける。
 「ブリュンスタッド特務准尉!すぐに初号機へ搭乗!別名あるまで、エントリープラグ内で待機だ!」
 「はい、すぐ向かいます」
 駆け出すシンジ。その背中をスミレが景気付けに勢いよく叩く。
 「綾波特務准尉は零号機を降りて小休止だ。だが必ずケージの近くにいてくれ。2機による作戦もありうるぞ」
 「・・・分かったわ・・・」
 「青葉三尉、使徒の進行ルート上に存在している、無人攻撃機に偵察攻撃をさせろ!伊吹三尉は引き続き情報収集だ!日向三尉は作戦部職員全てをブリーフィングルームに集合させろ!20分以内にだ、いいな!」
 「「「了解!」」」
 とりあえず最低限の指示を出すと、ウィリスは傍らにいたリツコへ振り向いた。
 「赤木博士、無理を承知でお願いしたい。零号機を戦闘可能な状態へ調整していただきたい」
 「分かりました、すぐに取り掛かります」
 さっそうと発令所から立ち去るリツコ。
 「使徒のランクでました!ATフィールドの強度はS、機動力はCです、引き続き情報収集を続けます!」
 「ダミー、加粒子砲により消滅!」
 「使徒、市内に侵入!兵装ビル、迎撃に入ります!」
 降り注ぐミサイルの群れ。続けざまに起こる爆発音。だが想定されていた加粒子砲は撃たれず、使徒はATフィールドを張ったまま進行を続けた。
 「どうやら、ATフィールドを張ったままでは加粒子砲は撃てないらしいな・・・」
 「使徒、本部直上に到達!兵装ビル、弾薬がまもなく切れます!」
 「使徒、下部からボーリング状の物体を出しました!MAGIは本部への掘削を狙っていると推測しています!」
 「本部への到達時間は!」
 「今のままなら明朝5時半前後と推測されます」
 考え込むウィリス。やがて、彼は整備部へ内線を繋げるように指示を出した。
 モニターに現れたのは、白髪の初老の男、職人肌で知られる鈴原整備班長―トウジの祖父―御年65歳である。
 「お、どうしたい?」
 「整備班長、前回の使徒戦で壊された初号機の装甲板ですが、まだ捨てずに置いてありますか?」
 「ああ、あるぜ」
 「それを第3装甲板と第4装甲板の間へ持ってきてください!詳しい場所は伊吹三尉に指示させます」
 「わかった。10分で用意させる」
 モニターから消える老人の顔。
 「続いて衛生課へ連絡!運動の為に置かれている、ボールの類を全て集めて、同じ場所へ持ってこさせろ!」



To be continued...
(2010.01.31 初版)


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