第八章
presented by 紫雲様
NERV作戦部ブリーフィングルーム―
「とりあえず、使徒の本部直接攻撃への対策は打った。少なくとも数時間の余裕はできるはずだ」
ラミエルのボーリング攻撃を封じ込めた立役者は、普段は絶対に前線には出てこない、整備部の面々である。
マヤの指示に従い、ボーリングが通過すると思われる箇所の周辺に、高さ30センチほどの壁を円状に設置。その中に大きさが同じボールを敷き、その上にエヴァの壊れた装甲板を敷き詰める。周囲の壁を少し高くし、同じくボールを敷き、さらに一枚装甲板を敷き詰める。これを何回か繰り返したのだ。
ウィリスの考えは、使徒のボーリングを空回りさせる、というものである。エヴァの装甲板は運搬できる物の中では、一番堅い。だが単純に積み重ねるだけでは、使徒の力には勝てない。実際、本部を守るべき装甲板は、ゆっくりとではあるが穴を開けられているからだ。
ならば装甲板がボーリングと同じように回ってしまえばいい。
彼の作戦が正解かどうかは、数時間後には明らかとなるだろう。
「さて、本題についてだが・・・」
現在、作戦室にいるのはウィリスやミサト、日向の他に作戦部職員が数名、加えてシンジとレイとスミレがいる。
ラミエルの攻撃が時間がかかる方法であると分かったため、シンジも準待機状態に戻っている。
「まずは敵の確認だ。攻撃能力はランクS。主武装は加粒子砲、MAGIの計測したデータからは、エヴァがまともに浴びれば20秒ももたない、とのことだ。命中は100%、射程は第3新東京市全域を射程に捉えていると推測される。副武装はボーリング。現在、本部へ向けて掘削作業中である。防御能力だが、ATフィールドはランクS。肉眼で視認できるほどである。ただし使徒の体自体の防御性能は、それほど高くはないだろう、というのがMAGIの意見だ。ランク的にはD、ATフィールドさえ突破できれば、問題なく使徒は倒せるだろう」
「空飛ぶ要塞、一撃必殺の狙い撃ち、攻守ともにパーペキね・・・」
「イゼルローン要塞だな」
ミサトの評価は全ての人が納得できた。対する日向の呟きは、幸い、誰の耳にも届かなかったようである。
「では、各自、考え付いた攻略法を発表してくれ」
(・・・ミサトさんがヤシマ作戦提示したら、なんとか改良案考えないといけないな。あんな目、二度と遭いたくないし)
幸いウィリス三佐というブレーキ役がいるため、どう転んでもヤシマ作戦単独案はありえない。それでも不安はついてまわる。
「三佐、私に案があります」
自信たっぷりなミサト。その内容はシンジの知っているヤシマ作戦そのままである。
「成功率は?」
「MAGIによれば成功率は8.7%です」
どよめく作戦部。あからさまな溜息をつくシンジ。
「葛城二尉、君は本気か?そんな成功確率では、作戦とは言わんぞ」
「では、三佐には何か案があるのでしょうか?」
「エヴァ2機と兵装ビルからの攻撃を利用した同時多方面攻撃を考えた。だが、二尉の案を組み合わせれば、確率は上昇するだろうな。とりあえずMAGIに試算させてくれ」
予め打ち込んであったウィリスの案に、ミサトの案を加える。ただしミサトの案は、機械射撃によるものに切り替わっている。
MAGIの出した試算は、72.5%。不安要素として零号機の調整不足が挙げられている。
「こればかりは技術部次第だな、彼らの頑張りに期待しよう。葛城二尉、ブリュンスタッド特務准尉と初号機を伴って、戦自から陽電子砲を借りて来てくれ。ただし、頭ごなしではなく、礼儀正しく借り受けてくることが条件だ」
しっかり釘をさすウィリス。彼にしてみれば、これ以上NERVの印象を悪くしたくないだけなのだが、ミサトから見れば卑屈な態度に見えるらしく、その顔は僅かに顰められている。
「もし向こうが技術部員の応援を提示してくれたら、素直に好意を受け取るように。その際、陽電子砲の実戦データも土産にくれてやれ」
「三佐!それは技術漏洩になるのではありませんか!」
「ならんよ、もともと戦自の開発品だからな。NERVは全国から電力を集めるだけ。どこにNERVの技術があるというのだ?」
「そうか、僕が行くのは一石二鳥なんですね」
口を挟んだシンジに、全員の視線が集まった。
「僕が行けば、戦自は内心どうあれ、貸し出さざるを得なくなる。もし、断ったことが原因で作戦失敗、僕が戦死ともなれば、財団によって日本は経済攻撃の対象となる。そんな最悪の事態を防ぐには、やはり陽電子砲を貸し出すしかない」
「もう一つのメリットは?」
「戦自にとっての最大の報酬は、実戦データです。陽電子砲を戦争で使う機会がない以上、使徒戦でそれを集められるのは、戦自にとっても美味しい話です。そのデータを餌にして、戦自からも今後の協力を得る気なのではありませんか?」
「正解だ、よく政治的な視点からも判断できたな。財団の後継と言う、君の立場を利用する訳だから、不快に思うかもしれないが」
「気にしていませんよ。大切なのは使徒を倒すことですから」
ヤシマ作戦単独とならなければ、その程度の事は問題ですらない。シンジは心の中で安堵しながら、レイに向かって笑みを見せた。
戦略自衛隊・筑波研究所―
突然の訪問客に、研究員たちは顔を顰めていた。
『こちらNERV作戦部です、使徒迎撃のため、そちらで開発中の陽電子砲を徴発します.
日本政府の許可も取ってありますので、あしからず』
もちろん、ミサトの台詞である。
ウィリスの意図を滅茶苦茶にするミサトの態度に、さすがのシンジも怒りを覚えた。
「葛城ミサト!29歳独身!何、フザケタ態度とってんだ!」
初号機の外部スピーカーによるシンジの怒声は、研究施設の外にまで響いた。無論、至近にいたミサトは、鼓膜が破れそうな大声に、両耳を押さえている。
「聞いてんのか29歳独身!いい年こいて命令無視すんな、29歳独身!」
わざと29歳独身を連発するシンジ。額に青筋を浮かべるミサト。
「うるさいわね、このくそ餓鬼!親の顔が見てみたいわね!」
「遺伝子提供者の顔ならNERVの地下で見れますよ?思う存分、見てきてください」
「うっ」
髭もじゃ悪党面の、元・司令(現・副司令)の顔を浮かべるミサト。傲岸不遜なあの男の遺伝子を継いでいる以上、シンジがくそ餓鬼なのは当然かも、と思ってしまう。
「あなたが任務を遂行できないなら、くそ餓鬼の僕が遂行しますよ!」
首のエントリープラグから、外へ出てくるシンジ。当然、研究員達もサキエル戦に纏わる一連の騒動は目にしていた。無論、シンジの事も知っている。
慣れた動きでエヴァから地面に降り立ったシンジは、頭を下げた。
「お願いします。陽電子砲を僕達に貸してください。陽電子砲がないと、今、攻めてきている使徒に対して、不利な作戦を採るしかなくなるんです。もっと頭を下げろと言うなら、いくらでも下げます。土下座をしろと言われれば、いくらでもします。だから、お願いします。陽電子砲を貸してください」
「・・・自分の子供と同じ年齢の子供に、そこまで頼まれて断るほど、私達は冷血漢じゃないんだ。よろしい、陽電子砲は君達に貸そう。ただし、陽電子砲の改造は私達自ら行いたい。こいつの事を一番理解しているのは、開発した私達なんだ」
「ありがとうございます!ウィリス三佐からも、みなさんの応援があれば受け入れるように指示は受けています。重いものがあれば初号機で陽電子砲と一緒に運びますから、僕に言って下さい」
喜ぶシンジの顔を見た研究員達は、複雑な思いを抱えていた。中学生の子供を最前線に立たせる事への罪悪感。彼がある少女の代役として初号機に乗り込んでいるという事実。なにより実の親に捨てられたという過去を持ちながら、彼はいささかも歪んでいないように見えた。
ミサトの態度が高圧的だったのは事実であるし、それに不満を持っても責める者はいない。だがそんな当然の感情が、シンジの顔を見ていると恥ずかしく思えてきたのであった。
「すぐに準備に取り掛かろう。申し訳ないが、運んでもらいたい物を見せるから、確認してほしい」
この少年に恥じない働きをしてみせよう。白衣に身を包んだ大人達は、目から鱗が落ちた思いで、準備に取り掛かった。
空母オーバー・ザ・レインボウ―
「作戦が決まったみたいだぞ、飛鳥?」
もうすぐ夕方という時刻。作戦開始時刻まで、あと数時間。
「へえ、どんな作戦なのかしら?」
「要は同時多方面攻撃だな。まずは改造した陽電子砲による遠距離射撃。これはコンピューター自動制御か。集められる電力は2.5ギガワット?おいおい、また馬鹿げた電力だな」
呆れる加持。さすがにこの電力量は想定できなかったのだろう。日本の発電量で1.8ギガワットなのだから、当然である。
「電力は日本全国から徴収。加えて港湾に停泊中の軍艦や船舶、空港の飛行機までケーブルで繋いで電力を発電。UNの空軍を利用して、周辺諸国から高電圧バッテリーの徴収と高速運搬。こいつはまた大ごとだな」
「ものすごい大火力になりそうね。でも同時多方面と言う事は、他にもあるんでしょ?」
飛鳥の問いに、加持が当然と頷いてみせる。
「まずは兵装ビルによる一斉攻撃。これで敵にATフィールドを張らせる。フィールド展開中は加粒子砲を撃てないそうだから、兵装ビルは成功率アップのための布石だな。零号機は初号機専用武器のミストルティンとN2を装備して、使徒の近くに出撃。使徒のATフィールドを中和後、ボーリングをミストルティンで破壊。さらに使徒の真下からN2を使ってコアに攻撃、か」
「ミストルティン?」
「初号機、というよりブリュンスタッド特務准尉のための両手剣らしいな。名の由来は、北欧神話の中で、光の神を殺したヤドリギさ。まあ神の使いである使徒を殺す俺達人間には、相応しい名前かもしれないな」
「サードは?」
問い詰める飛鳥。苦笑する加持。飛鳥がシンジを気にしていることは、加持から見れば良い兆候であった。
「新武装『タスラム』を装備して、遠距離から使徒を攻撃。その後接近戦に移行・・・?おいおい、それだけで大丈夫なのかよ」
「タスラム?」
「ケルトの神話だな。光の神ルーグの持つ、絶対命中を誇る飛び道具。もっとも初号機のタスラムは命中ではなく威力に重点が置かれているようだが」
資料に書かれているタスラムのスペックに、加持は呆れたように笑いを浮かべていた。
「作戦開始まで、あと7時間ほどあるな。俺は仮眠とってくるよ、この作戦の成否、是非、見届けたいからな」
通信室から出ていく加持。それを見届けると、飛鳥は再び作戦内容へ目を向けた。
「サード、アンタにはアタシの実力を見せつけてやるんだから、こんなところで死ぬんじゃないわよ」
薄暗くなっていく通信室。太陽が水平線の彼方に沈み、飛鳥の首がカクンッと落ちた。そして即座に、彼女の顔が跳ね上がる。
「やっと夜か、一日の半分しか出てこられない、って言うのも癪よね。さて、作戦開始まで、あと7時間か。とりあえず腹ごしらえして、高みの見物といきますか・・・馬鹿シンジ、アンタを殺すのはアタシなんだから、ラミエルなんかにやられるんじゃないわよ」
月明かりに照らし出された明日香の顔は、狂気と憎悪に彩られていた。
発令所―
「もう一度、作戦を確認し直すぞ!まずは陽電子砲の充填を開始。発射まで30秒の段階で、兵装ビルによる一斉射撃。爆炎で使徒の姿が隠れるため、予め使徒の位置をMAGIに把握させておくように。この役目は伊吹三尉の役目だ」
「了解です!」
「陽電子砲発射20秒前の段階で、初号機を射出。この際、リフトの拘束具は外しておくこと。ブリュンスタッド特務准尉は、空中でバランスを失わないよう、十分注意してくれ。その後、地上に降り立った段階で、タスラムを投げろ。その後、倒せなかった時のために接近戦に移ること」
『はい!』
「初号機に遅れて5秒後、零号機を射出。地上射出を確認したら、すぐに拘束具を外すんだ。これに確認はいらない、なによりも時間を重視しろ。これは青葉三尉の役目だ」
「了解しました」
「零号機の射出位置は使徒の至近になる。ATフィールド中和後、ボーリング部分から攻撃を開始。綾波特務准尉はタスラムに巻き込まれんように注意すること」
『了解』
発令所に満ちる緊張感。ウィリスが背後を振り向く。
「栗林司令、作戦の最終承認をお願いします」
「うむ。総員の奮闘を期待する。作戦、開始!」
「陽電子砲、充填開始します!」
青葉の声が発令所に響くと、正面モニターに充填率を現す数字が表示された。
「使徒、いまだ動きありません!」
「ボーリング、現在第6装甲板を通過中!本部到達まであと7時間はあります!」
ウィリスの作戦は、時間を稼ぐと言う意味では成功していた。だが機能増幅能力を持つ使徒は、ボーリングの機能を変更させてきた。
ボーリングを、まるで釘のように見立てて、上からガツン、ガツンと打ちつけてきたのである。ボールは予想外にもったのだが、全て破裂してしまうと、ラミエルは改めて掘削作業に戻って、本部への再侵攻を開始した。
「機能増幅、か。厄介な能力だな」
「だからこそ、使徒に対して中途半端な攻撃は、逆効果となりえます。三佐も、作戦遂行にあたって、その点には十分に留意してください」
「ええ、気をつけますよ」
リツコとウィリスが、作戦の綻びとなりうる小さな異常がないか確認しながら、会話を続ける。
「そういえば、三佐。失礼ですが葛城二尉は?」
「3日間の営巣入り、及び始末書の罰です」
(・・・ミサト、無様ね)
こめかみを揉み解すリツコ。
「充填率50%突破!第3変換機に異常発生!充填スピード3%低下!」
「輸送バッテリー、すべて使い尽くしました!充填スピード15%低下!」
「バッテリーは想定内のことだ!第3変換機は完全に故障しない程度にまで、処理スピードを落とさせろ!」
ウィリスの指示が素早く飛ぶ。マヤの横へ移動したリツコが、MAGIから第3変換機へ処理速度の変更を命令した。
「充填率80%突破!第4・第7変換機に異常発生!充填スピード7%低下!」
「第6変換機から火災発生!第6変換機沈黙!充填スピード8%低下!」
「変換機周辺に残っている作業員は、全員避難させろ!」
「大変です!使徒に高エネルギー反応!」
「充填率90%です!」
正面モニターに映るラミエルの中央部分に、死をもたらす光源が灯った。
「作戦一部変更!兵装ビル、攻撃開始!全て撃ち尽くせ!」
「了解!発射します!」
四方八方から降り注ぐミサイルの嵐。ATフィールドに包まれたラミエルは、その身を爆炎に覆われた。
To be continued...
(2010.01.31 初版)
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