堕天使の帰還

本編

第十章

presented by 紫雲様


日本、旧・東京都上空― 
バラバラバラバラ・・・
 ヘリコプターのローター音が、鼓膜を激しく揺さぶる機内。軍事用輸送機であるため、騒音対策などなされておらず、わずかに機体のボディが騒音を遮るだけ。旅客機などとは違う、粗悪なまでの乗り心地に、クリーム色のスーツ姿のスミレは顔を顰めていた。
 同席者は他に4名。学生服姿のシンジとレイ。礼装軍服姿のウィリス。同じく礼装の上に白衣を羽織っているリツコである。
 「うーん、軍事用だから期待はしていなかったけど、この音、何とかならないかしら?」
 「言いたい事は分りますが、今から行く場所への交通機関は、残っていないんですよ。電車も道路も寸断されて、空路も使われてはいない。そんな場所なんですよ、旧・東京はね」
 「姉さん、いっそ今から戻る?お酒が部屋で待ってるよ?」
 「ああ、シンジ。いつからあなたは、そんな酷いこと言う子になったのかしら?お姉さんは悲しいわ」
 よよと泣きながら、スミレは両手をシンジの頬へと伸ばし、ギューっと引張る。
 「痛いってば、姉さん」
 「なによ、私の心はもっと痛かったんだからね」
 「はいはい、仲が良いのは分かったから、姉弟喧嘩はほどほどにね」
 「・・・シンジ君、私も混ぜて」
 呆れたように口を挟んだリツコは、羨ましそうなレイの仕草に、改めて驚きを感じた。つい先日まで、全く感情というものを感じさせなかったレイが、今ではこうもはっきりと『羨ましい』という仕草を見せる事に。
 ちなみに初号機も輸送機に宙吊りされて運搬しているため、現在、NERVにはエヴァが存在しない。零号機の改修には、あと2週間はかかるのである。
 そんな状態で初号機ごとシンジが出張している理由。それは日本重化学共同体が開発した、対使徒用決戦兵器ジェットアローンとの模擬演習のためである。
 他に使用可能なエヴァが本部にない事を理由に、演習を断ることはできた。にも拘らずウィリスが演習への参加を決めた理由は2つ。
 1つ目は何かあっても、1時間以内に空輸で本部へ帰還可能なこと。
 2つ目は副司令・六分儀ゲンドウが何の制止もしなかったことである。
 ウィリスはUNにいた頃から、NERVを牛耳るゲンドウの噂は耳にしていた。その性格は沈着冷静、冷酷非情。異常なまでの現実主義者。そのゲンドウが、本部にエヴァがいなくなるにも拘らず、形だけの制止すらしなかったのである。
 『副司令は、使徒について何かを知っている。恐らく、使徒の襲撃条件のようなものを知っているのではないか?』
 そう考えたウィリスは、あえて本部をがら空きにするという選択肢を採ったのである。
 「ところで、シンジ君。君はこれまで3体の使徒を倒したわけだが、何か気付いた事はないか?共通するものとか、行動パターンとか何でもいい」
 「うーん、そう言われても・・・僕もみんなと同じことしか知りませんよ?」
 「そうか・・・もしかしたら使徒の襲撃には法則のような物があるのでは?と思ったのだが・・・すまない、忘れてくれ」
 2ndインパクトの爪痕である、地平線まで続く荒地に目を向けたウィリスは、ついに気づく事はなかった。リツコとシンジの顔が、わずかに強張った事に。

ジェットアローン完成見学会会場―
 「良かったね、姉さん。少なくとも姉さんは歓迎されてるみたいだよ?」
 NERV御一同様、と書かれたテーブルには、ただひたすらビールだけが並んでいた。ただし肴もなければ、コップもない。
 「シンジ、分かってはいると思うけど、これは嫌がらせ、と言うのよ?」
 「大丈夫だよ、良い年した大人が、こんなところで嫌がらせしてみなよ?笑い者にされるだけだって。少なくとも、ヴァンさんなら大爆笑した挙句に、嬉々として裏から手を回すよ」
 遠巻きにNERVを見てニヤニヤ笑っていた参加者の集団であったが、シンジの発言を聞いて一斉に醜態を曝け出す。ビールを溢す者、咳きこむ者、手にしていた料理を落とす者と実に様々である。
 すこし経つと、慌てた様子でウェイターらしき人物が平謝りしながら、料理とグラスを持ってきた。おそらく、主催者側にシンジの発言を届けたものがいるのだろう。
 「シンジ、今のはちょっと露骨よ?」
 「そうだね、反省してる。トラフィムお爺ちゃんみたいに、言質を取られないよう、気迫だけで対応できるようにならないとね」
 「君達、そういう事はやめてくれ。目の前で経済戦争を勃発されるのは、精神的に耐えがたいものがある」
 頭を抱えるウィリス。そんな彼に、料理を数点とって差し出すリツコ。その傍らで、黙々と舌づつみをうつレイ。どうやら世界の将来を案じているのはウィリス一人らしい。
 「皆様、本日はご多忙のところ、わざわざお越し下さり、ありがとうございます」
 ジェットアローン開発者、時田博士の挨拶により、見学セレモニーは始まった。

30分後―
 ジェットアローンの説明終了後、質疑応答が始まった。即座に質問をとばすリツコ。
 「先ほどの説明では、リアクター内臓と聞きましたが?」
 「はい、最長で150日間に及ぶ連続行動が可能です」
 「150日間もパイロットを乗り込ませ続けるおつもりですか?」
 「子供を使う決戦兵器より、マシだと思いますが?」
 「なんと言われようと、使徒に対してはATフィールドを持つエヴァンゲリオン以外での対応は不可能です」
 「ATフィールドですか、それも時間の問題ですよ。すぐに解決してみせます」
 リツコと時田の論争に水を差したのは、ボーイソプラノの声であった。
 「あの、ちょっと良いですか?」
 シンジの間延びしたような発言に、会場中の視線が集まる。
 「ん?君は・・・そうか、君がエヴァのパイロット、シンジ=ブリュンスタッド君か」
 「はい、そうです。それより気になってることがあるんですが」
 「なんだい?」
 「僕は原子力って詳しくないんですが、ジェットアローンは加粒子砲を原子炉に食らっても、無傷で済むんでしょうか?」
 シーンと静まり返る会場。先日の第5使徒戦の光景は、第3新東京市の外からという、超遠距離撮影によって世界中へ放送されていた。勿論、その映像はこの場にいる参加者全員が見ている。
 山の一部を吹き飛ばされた双子山。その傷跡は、今もなお生々しく残っている。
 「あと武器って何があるんですか?僕のエヴァは音速を超えますが、ジェットアローンも同じ真似ができるんでしょうか?できなければ、今日の演習もやる意味がないと思うんですが」
 「・・・これで質疑応答は終了させていただきます。続いてジェットアローンの稼働と、演習に移らせていただきます」
 時田は、それだけを言うのが精一杯であった。

演習会場―
 「ジェットアローン、始動!」
 時田の声に、唱和するオペレーター。原子炉に火が灯り、ジェットアローンが一歩、足を前に踏み出す。
 おおーっとというどよめき。
 (そうだ、ジェットアローンこそ、この日本を救うに相応しい機体なのだ!NERVやエヴァなどに任せておけるか!)
 その気概をもって、寝食も忘れて作り上げた珠玉の機体。時田にとっては、腹ではなく頭を痛めて産んだ我が子のようなものだ。
 「シンジ君、そちらの準備は良いかね?」
 「いつでも良いですよ。とりあえず原子炉だけは狙わないようにしますから」
 グッと押し黙る時田。怒りを覚えたものの、さすがに『好きなだけ原子炉を狙い撃ちにしてみろ、代わりに首をもぎ取ってやる』とは言えない。
 「それじゃあ、時田さん。お好きにどうぞ。1分したら反撃開始しますから」
 台詞通り初号機は待っていた。中学生らしく(精神は18歳だが)初号機で体育座りをしているのである。
シーンとなる会場。全身を怒りに震わせる時田。
 「ジェットアローン、攻撃開始!」
 地響きを立てて突撃するジェットアローン。だが初号機の目の前で、ガンッ!と音をたてて後ろに倒れこんだ。
 ジェットアローンの突撃を防いだのは、漆黒の壁―ATフィールドである。
 「・・・あれは?確か第5使徒戦でみせた・・・」
 リツコが興味深そうに初号機のATフィールドを見つめる。内心では早く本部に戻って、データ取りをしたくてウズウズしているのだが。
 そんな彼女の眼前では、地面に倒れたジェットアローンがジタバタと暴れている。どうやら一人では起きられないらしい。
 「時田さん、起きられないなら手伝いましょうか?1分経っちゃいますよ?」
 「手助けなどいらん!起きろ、ジェットアローン!起て!ジェトアローン!」
 唾を飛ばして叫ぶ時田。傍目には、熱心なプロレスかボクシングのファンとしか見えない。
 「博士!転倒した際の立ち上がるためのプログラムなど組んでいません!」
 「ええい、なんとかしろ!」
 「どうやって!?」
 「気合いだ!気合で何とかなる!」
 もちろん起き上がれないジェットアローン。ジタバタと足掻き続ける金属塊に、初号機が近づいていく。
 「時田博士、1分経ちましたけど攻撃していいですか?今ならマウントポジション取れますけど」
 ジェットアローンに跨り、原子炉を内蔵した胴体部分に腰を下ろす初号機。
 「「「「「やめろーーーー!×大勢」」」」」
 「じゃあ、負けを認めてください。僕、お腹すきました」

 結局、時田博士はジェットアローンの敗北を認めた。日本重化学工業は支援者がいなくなり、衰退の一途を辿っていく。そんなジェットアローンと時田博士が日の目を見る事になるのは、動力源を変更し、小型化した2代目というべきジェットアローンmk−Uが、災害救助用パワードスーツとして発表されてからである。
 その背後には、ヴァン=フェム財団の後押しがあったと言われているが、それはまた別の話。



To be continued...
(2010.01.31 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回も読んで下さり、ありがとうございました<m(__)m>
 今回、ラミエル戦でボールを利用した時間稼ぎをしておりますが、これは子供の頃の実体験から思いつきました。
 サッカーボールが道路に転がり、それが自動車に踏まれてしまった事がありました。自動車は急ブレーキを踏み、ボールは見事にタイヤの真下で変形しておりました。踏まれているんですから、当然ですが。
 自動車は軽だったので比較的重量は軽いですが、それでも1トン弱はあるはずです。それがタイヤで4等分されるので、ボールには250kgの重さがかかっている計算になります。
 ところが、サッカーボールは無傷(笑)パンクどころか空気漏れすら起きていませんでした。そんな体験から、今回のラミエル戦で時間稼ぎの方法として、こんなへんてこりんな作戦となりました。ボール一つで250kg耐えられるなら、40個あれば10トンいけるよね♪という感じです(笑)
 色々突っ込まれそうですが、笑って受け流してくだされば幸いです。

 さて、次回ですがついに第6使徒ガギエル戦と、飛鳥と明日香の本格参戦となります。加持は個人的に好きなキャラなので、今後も暗躍していただきます(笑)
 おそらく、ガギエル戦の後日談も含めて、全4話ぐらいになると思いますが、頑張って書きますので、お見捨てなきよう、宜しくお願い致します。

 追伸:時田博士を書いていたら、ビール片手にリングサイドで怒鳴っている親父を想像してしまいました。もう博士じゃないよね。すまん、時田(笑)



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