堕天使の帰還

本編

第十一章

presented by 紫雲様


発令所―
 「2ndチルドレンの出迎え?」
 シンクロテストが終わった後、発令所へ呼び出されたシンジ。彼を待っていたのは、遥か海を越えてやってくる、新しい仲間の出迎えという任務であった。
 「そうだ。名前は惣流=飛鳥=ラングレー。誕生日はまだだから13歳だな。4歳のころから、今までドイツで訓練を積んできたわけだが、この度、正式に本部へ配属となった。ブリュンスタッド特務准尉には、彼女の出迎えに同行してもらう」
 最近になって、シンジは気づいた事がある。人当たりの良いウィリスは、普段は『シンジ君』と呼びかけるのだが、正式な軍務が関わる場合『ブリュンスタッド特務准尉』と呼ぶことに。
 「弟が出迎えに行くと言う事は、レイちゃんも行くんですか?」
 「いや。綾波特務准尉は本部待機だ。技術部からの要請で、緊急のシンクロテストを行うため、と聞いている」
 「へえ・・・」
 スミレの返事を聞きながら、ウィリスは改めて考えていた。今回、レイが居残り組なのは何故か?ジェットアローンの時は問題なかったのに、今回は技術部要請という形でストップがかけられたからである。
 「まあ、スミレさんにも思う所はあるだろうが、ことエヴァの操縦や安全に関わる問題だからな。決して、疎かにしてはいけない事だ」
 「ま、そうですけどね。でも残念だったな、レイちゃんに海を見せてあげたかったんだけど」
 同居を始めて以来、スミレとレイの仲は実の姉妹のように良くなっている。基本的にレイは普通の女の子の常識を知らないため、スミレが世話を焼いているのだが、どうやら強く母性本能を刺激されたらしい。
 「出発は明朝9時だ。准尉には学生服で来てもらう。スミレさんは同行しますか?」
 「うーん、今回はパス。レイちゃんについていてあげたいからね。それと、ウィリスさんに頼みたい事があるんですが」
 スミレが小脇に抱えられていた書類封筒を、ウィリスに差し出した。
 「現在、私が護衛役をしていますが、さすがに負担がかかってきたので、ヴァン=フェム財団から応援を派遣したいと言ってきたんです。栗林司令には話は通してあると言っていたので、これは本部に入るための正式な申請書類です」
 「なるほど。分かりました、手続きはしておきましょう。その方が来られたら、一度、挨拶したいのですが、よろしいですか?」
 「分かりました、ウィリスさんが戻ってくる頃には、来ていると思いますよ」

翌日、太平洋上空―
 (・・・まいったなあ・・・飛鳥に会うの、気まずいなあ・・・)
 悩み続けるシンジ。思い出すのは2年前のハンブルクで起きた事件―
 『来ないで!化け物!人殺し!』
 『いや、あんたなんて知らないわよ!ママ、助けて、ママ・・・』
 (・・・僕は・・・)
 「シンジ君、どうした?顔色が悪いようだが」
 「いえ、何でもありません。ちょっと寝不足なだけです」
 慌てて取り繕うシンジ。そんな少年を見やったウィリスは、敢えて明るく話しかけた。
 「写真で見る限り、ラングレー特務准尉はとびっきりの上玉だぞ?手を出してみろ」
 「ウィ、ウィリスさん!?」
 「どうした?俺が下品な言葉を使うのが、そんなにおかしいか?」
 アッハッハと大口を開けて笑う上司を見て、シンジの顔に僅かな笑みが戻る。
 (仕方ない、こうなったら、なるようになれ、だ。明日香が戻ってきていないのは、2年前に確認済みなんだ。僕にできるのは、飛鳥に相応しい男性が現れるまで、僕が護りつづけること。それが僕の贖罪なんだから)
 シンジは知らない。彼が知る少女が、限定的な条件下でのみ帰還している事を。その少女が、彼に対して負の衝動を抱えている事を。

空母オーバー・ザ・レインボウ―
 ヘリから降り立った二人を出迎えたのは、一人の少女であった。黄色のワンピースに身を包んだ、赤毛の少女。彼女はコンテナの上に立ち、上から二人を見下ろしていた。
 「ミサト!遅い、って・・・あれ?ミサトは?」
 「葛城二尉なら、先日から始末書を書かせている。今日はこちらへは出向いていない」
 「そ、そう・・・ミサト、何やってんのよ・・・」
 その時、強い風が吹き抜けた。捲れ上がるワンピース。咄嗟に裾を押さえようとした飛鳥は、足を踏み外した。
 「キャ、キャアアア!」
 ドサッ
 飛鳥の体が甲板に叩きつけられる―ことはなかった。それよりも早く、彼女の真下に飛び込んできた影があったからだ。
 「大丈夫、飛鳥?」
 人影はシンジだった。ちょうどお姫様抱っこのような態勢であるため、二人の顔は至近距離である。
 無言のまま、ポケーッとシンジの顔を見つめる飛鳥。
 (・・・間違いない、やっぱり夢に出てくるアイツだ!それに、こいつもアタシを飛鳥って呼んだ。こいつ、アタシのことを知っている?)
 「ビックリしたでしょ。大丈夫だから、落ち着いてね」
 「だ、大丈夫に決まってんでしょ!は、早くおろして!」
 顔を赤くして抗議する飛鳥。慌てるシンジ。そんな二人を後ろから眺めるウィリス。
 「ブリュンスタッド特務准尉。そのままの体勢でいい、貴官に任務を命じる」
 「は、はい?」
 「ラングレー特務准尉が落ち着くまで、面倒を見ているように。ただし、艦長へ至急挨拶をしなければならない。そこで君には、ラングレー特務准尉をそのまま連れてくる任務を命じる」
 「「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」」
 見事にユニゾンする叫び声。
 「軍隊においては上官の命令は絶対だぞ?それともブリュンスタッド特務准尉、君は綾波特務准尉は抱きかかえられても、ラングレー特務准尉は抱きかかえたくないのかな?」
 「ウィリス三佐、それはどういう意味か、詳しく教えて頂けないでしょうか?」
 ドスの利いた、氷点下の声。発したのは、勿論、紅茶色の髪の毛の少女である。
 「なに、大したことはない。ブリュンスタッド特務准尉が綾波特務准尉を、同級生の前でお姫様抱っこをしたまま、2階のベランダから飛び降りた、というだけのことだ」
 冷や汗、脂汗を全身から流すシンジ。視線をやや下方に向けると、なんとも形容しがたい、美少女の顔が存在している。
 「ウィリス三佐、任務承ります。サード!もしアタシを手放してみなさい?ファーストよりアタシの方が重い、そうアンタが判断したとみなして、サメの餌にしてやるからね!」
 「か、勘弁してよ・・・」
 シンジの叫びは、波の音にかき消された。

艦長室―
 「お久しぶりです、艦長。以前、共同で任務にあたった時以来です」
 「君のことは噂で聞いたよ、ウィリス三佐。今はNERVで指揮官をしているそうだな」
 「ええ、慣れない職場で苦労してます。できれば艦長のお勧めする、有能な若手を一人推薦して頂けませんか?補佐が無能で困っているのです。責任をもって、NERVでヘッドハンティングしますので、名前と部署だけ後でこっそり教えてください」
 ウィリスの言い分に、ガッハッハ、と豪快に笑う老艦長。
 「残念ながら、我が海軍は有能かつ忠誠心に溢れる若者揃いなのでな、三佐の期待には応えられんよ」
 「それは非常に残念です。それはともかく、紹介しておきたい少年を連れて来ました」
 コンコン、とノックをして入ってくる学生服の少年。その両手の中には、勝ち気な少女が顔を赤く染めながら、静かに収まっていた。
 「エヴァンゲリオン初号機パイロット、シンジ=ブリュンスタッド特務准尉です。正直な話、参謀役を務めてもらえないか、真剣に悩んでいるところでして」
 「ウィ、ウィリス三佐。もう勘弁してください!」
 「なによ、アタシが重いって言うの?サード!」
 「三佐、君は一体、何を命じたのかね?」
 「人生の手ほどきです」
 泣きそうなシンジ。首に手をまわしたまま怒鳴る飛鳥。呆れたような艦長に、悪戯小僧のような笑顔を見せるウィリス。
 艦長室に和やかな(例外1人有り)雰囲気が満ちる中、ノックの音が聞こえてきた。
 「失礼します、艦長」
 「加持二尉か、君を呼んだ覚えはないが?」
 「申し訳ありません、NERVの方に挨拶だけでもと思いまして。2ndチルドレンの護衛を担当している加持リョウジ二尉です」
 不精鬚を生やし、飄々とした男の笑顔。かつて、頼りにした兄のような男。
 (そうか、加持さんが乗っていたんだ・・・加持さん、なんとか協力してもらえないかな)
 急に考え込んだシンジを、飛鳥が面白くなさそうに睨みつけた。

士官食堂―
 「君がシンジ=ブリュンスタッド君か。噂は聞いているよ。何の訓練もなしに初号機を動かした、3rdチルドレン。シンクロ率が0でありながら、初号機を自在に動かす少年のことはね」
 シンクロ率0。飛鳥もすでに知っている情報ではあるが、改めて聞かされると、やはり違和感を感じる事実である。
 「リツコさんにも『なんで動くのよ!』って文句言われましたよ」
 「なるほど、リッちゃんらしいな」
 コーヒーを啜る加持。そんな加持にウィリスが問いかける。
 「赤木博士とはお知り合いですか?」
 「ええ、俺と赤木博士、葛城の3人で、大学時代にはよく遊んだもんですよ」
 「3人ともNERVとは、珍しい偶然だ」
 「ええ、本当に」
 大人達がコーヒーを啜る音だけが響く。
 (そうだ!確か加持さんの目的は、ミサトさんのために、2ndインパクトの真実を知ることだった。それなら、その線から攻めていけば、何とかなるかも)
 「加持さん、葛城さんから伝言を頼まれているんですが」
 「うん?アイツから?」
 「ええ。あまり他人には聞かれたくない事だから、こっそり伝えるように言われてるんで、耳を貸して貰えますか?」
 「サード、あんたねえ。どこが『こっそり』なのよ」
 呆れる飛鳥。ウィリスの反応も同じであった。
 少なくとも、人前で『耳を貸してこっそり伝える』など、バレたも同然である。
 「なるほど。では葛城の愛の囁きとやらに耳を傾けさせていただきますか」
 「なんだ、そういう関係だったのか、君達は」
 「まあ、腐れ縁、って奴ですかね」
 苦笑いしながら、シンジに耳を近づける加持。シンジは極力声を押さえながら、でもハッキリと告げた。
 「三足の靴、どれが一番履き心地がよろしいですか?」
 内心の動揺を表に出さなかったのは、加持が諜報員として一流たる所以である。暴れ狂おうとする感情を理性で完全に押し殺す。
 「僕が頼まれたのはそれだけです。できれば葛城さんも返事が欲しいでしょうから、手紙とか書いてみませんか?あとで渡しておきますよ?」
 「そうだな。あまりガラじゃないが、たまには書いてみるのも面白そうだな。ちょっと書いてくるから、シンジ君も来てくれないか?すぐに渡そう」
 「ええ、いいですよ。三佐、少し席を外しますね」
 肩をすくめるウィリス。面白くなさそうな飛鳥。
 「飛鳥、妬いているの?」
 「だ、誰が!」
 「大丈夫だよ、僕は加持さんを取ったりしないから、安心して」
 「ア、アンタ馬鹿ァ?」
 顔を朱に染め上げ怒り狂う飛鳥。慌てて逃げ出したシンジは、先に外へ出た加持を探して奥へと進んだ。だが曲がり角のところで、加持は立ち止って待っていた。
 彼の右手は、脇に挟んでいた上着の中へと差し込まれている。いくらノンビリ屋のシンジでも、それが何を意味するのか、理解できないほどではない。
 「シンジ君。さっきのは、一体、どういう意味だい?」
 「とぼけるつもりなら、右手を放すべきだと思いますよ?NERV2ndチルドレン護衛であり、内閣調査室エージェントであり、SEELEの工作員、加持リョウジさん」
 「やれやれ、よく調べたもんだな」
 右手を放し、首を左右に振る加持。自分の素姓など、とっくにバレテいる。そう理解した以上、彼にとっての選択肢は限られてしまった。彼にしてみれば、シンジが知っている以上、本部も知っていると判断するのは当然であった。
 「調べたんじゃありません。僕は知っているんですよ」
 「どういう意味だ?」
 「他の人、特に飛鳥には聞かれたくない話です。加持さんの部屋でもいいですか?」
 「構わんよ、むさ苦しい男の部屋でも良ければ、丁寧にエスコートさせていただこう」
 奥へと姿を消す2人。そんな2人を見つめる、一つの影があった。



To be continued...
(2010.02.06 初版)


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