堕天使の帰還

本編

第十四章

presented by 紫雲様


新横須賀港―
 「いよっ、おつかれさん」
 空母から降り立ったシンジを出迎えたのは、一足先に港へ降り立っていた加持である。
 「加持さん、本部へ行かなかったんですか?」
 「ああ、たまには他人に命を預けてみたくなるのさ・・・今回が初めてだがね」
 紫煙をくゆらす加持の言葉に、シンジが笑う。
 「加持さん!先に降りてるなんてズルイーーーー!」
 タラップを一段飛ばしで駆け降りる飛鳥。その遥か後ろを、ウィリスがゆっくりと降りてくる。
 「やれやれ、飛鳥には急用ができたと伝えてくれ。それから、あとでシンジ君の家にお邪魔させてもらうよ?」
 「ありがとうございました、加持さん」
 軽く手を振り、人ごみの中へと姿を消す加持。そこへ飛鳥がたどり着いた。
 「加持さんは!?」
 「急用だってさ。本部で急ぎの仕事でも入ったんじゃないかな?」
 「ブーーー。つまんないの」
 膨れる飛鳥。その膨らました頬っぺたを指で押したくなる衝動を必死で押さえるシンジ。実行しようものなら、サメの餌にされかねない。
 「シンジ、おかえり」
 「シンジ君、おかえりなさい」
 振り向くシンジ。そこにはスミレとレイが立っていた。
 「ただいま、姉さん、レイ」
 「そっちの子は1stチルドレンよね。もう一人は姉さん?」
 疑問形の飛鳥に、シンジがスミレを紹介する。
 「シンジ、その事だけど、紹介を追加してくれないかしら。ちょうどウィリスさんも来たしね」
 「私を呼びましたか?スミレさん」
 「ええ、出発前にお願いしていた護衛の件です」
 スミレが言い終わると同時に、人混みから3人の人影が抜け出てきた。
 1人目はカジュアルな衣服に身を包んだ20代半ばの優男と思われる男性。何故、断言できないかと言うと、男は両眼に包帯を巻き付けていたからである。
 2人目は男にピタッと寄り添うように腕を組んでいる美女であった。金色の髪の毛に、天真爛漫な笑顔。純粋と呼ぶに相応しい。
 3人目は2人目とは違うタイプの美女であった。紫の髪の毛をロングに伸ばした、クールな雰囲気の女性である。
 「俺は遠野志貴。シンジの兄みたいなもんだ。よろしくな」
 「私はアルクエイド。志貴の婚約者よ。護衛ではないけど、志貴の手伝いしにきたの」
 「・・・真祖、遊びではないのですよ?全く・・・私はシオン=エルトナム=アトラシア。これからしばらくの間、惣流=飛鳥=ラングレーさんの専任護衛となります。志貴はシンジの専任護衛、スミレさんがレイさんの専任護衛です」
 3人が3人、見事に特徴のありすぎる組み合わせである。純日本人な、両眼の見えない男性。純欧米系な、精神的に幼さを垣間見せる美女。3人の中ではリーダー役な印象を受ける国籍不明のクールな美女。
 「ふーん、私の護衛か・・・」
 値踏みするようにシオンを見る飛鳥。
 「ではこちらも自己紹介を。NERV作戦部部長を務めるウィリス三佐です。有事の際には私が指揮官を務めています。あなた方の本部への入場許可証については昨日申請しておきましたので、あとで届けさせましょう。もし宿泊場所などが未定でしたら、ブリュンスタッド特務准尉の部屋でもよろしいですか?」
 「ええ、そこで構いません。俺達もシンジのとこにいるつもりですから」
 「分かりました。のちほど、必ず届けます」
 右手を差し出すウィリス。その手を何の躊躇いもなく志貴が握り返す。
 「驚いたな、ひょっとして目が見えるんですか?」
 「気配で分かりますよ。目の使えない生活には、慣れていますからね。読み書きとかでなければ、十分対応できますよ」
 「ウィリスさん、一応言っておきますけど、僕、兄さんには一度も勝てたことがないですから。甘く見ると大火傷しますよ?」
 シンジの言葉に、ウィリスが志貴をマジマジと見つめる。対する志貴はと言えば、苦笑していた。
 ウィリスにしてみれば当然である。戦場という実戦を経てきた以上、殺気や気配と呼ばれる物に対する知覚力は身につけている。だからと言って目をつぶって戦う事など、普通は不可能なのだから。
 「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか?確か、惣流さん、だっけか?君も一緒に夕ご飯食べてくかい?贅沢な料理ではないけど、お腹一杯にはなると思うよ?」
 志貴の提案に、飛鳥は頷いた。

NERV本部セントラルドグマ―
 「これがアダムです。硬化ベークライトで固めていますが、既にここまで復元しています」
 「御苦労だったな、加持二尉。今後の君の所属についてだが、本部監察部の所属となった。階級は一尉だ。君の能力に期待している」
 「これはこれは、随分と嬉しい言葉ですな」
 加持は笑顔を崩さぬまま、ゲンドウは無表情を維持しつづける。
 「だが加持一尉。何故使徒と遭遇した際、緊急脱出をしなかった?君には緊急時には、即座にアダムを持って脱出するよう言っておいたはずだが?」
 「なに、それほど大した理由ではありませんよ。噂の3rdチルドレンの戦いぶりと、使徒という存在を間近で見てみたかっただけです。二度は御免ですがね」
 「まあ、いいだろう。我々に不利益な事をしないのであれば、こちらとしても君に干渉する理由はない」
 「御忠告、肝に銘じておきます」
 ゲンドウの無言の意思表示の内容を正確に察していた加持は、素直に副司令室から退室した。
 (さて・・・シンジ君のお手並み拝見といくかな・・・)
 ポケットに入っていた紙片を取り出す。そこにはシンジの住むマンションの住所が記載されていた。
 紫煙をくゆらす人影は、音もなく、闇の中へと飲みこまれるように消えた。

NERV技術部―
 「飛鳥のシンクロ率99.89%を記録、か・・・」
 リツコはガギエル戦のデータを睨みつけていた。つい先日まで、ドイツから送られてきていた飛鳥のシンクロ率は60〜70%台。明らかに数字が跳ね上がっている。
 「百歩譲って、飛鳥のデータを認めたとしても、問題はこっちなのよね」
 リツコの前に置かれたもう一枚のファイル。ガギエル戦におけるシンジの弐号機とのシンクロ率であった。
 「どういうこと?なんでシンジ君が弐号機と90%台のシンクロ率を出せるの?システム的に、そんな事はありえないのに」
 煙草を銜えながら、天井を睨みつけるリツコ。そこへコンコンと音を立ててドアが開いた。
 「いよう、リッちゃん、久しぶりだな。今晩、どうだい?」
 旧友、加持であった。

第3新東京市、シンジ宅―
 「「「「「カンパーイ!」」」」」
 ビールやオレンジジュースをなみなみと注いだグラスが、景気良い音をたてた。
 「料理はたくさんあるから、好きなだけ食べてね」
 そう言ったのは、部屋の主であるシンジ。今の彼は水色のエプロンを身にまとい、その身に刻みつけられた料理スキルを思うがままにふるっていた。
 当初、飛鳥はシンジが料理を作ると聞いて、不安を抱いていた。だが卓上に整然と並べられたシンジの手料理を試しに口に入れてみたところ、その不安は遙か彼方へと飛び去ったのである。
 「ペンペンには、これを用意したからね」
 駿河湾で今朝水揚げされたばかりの青魚。ここ十数日の間、絶食状態にあったペンペンは歓喜の涙を流しながら青魚を咥えていた。
 ちなみに何故ペンペンがここにいるのか?
 それは飛鳥がミサトの家から運んできたからである。
 最初、飛鳥は本部でミサトと再会し、ホテルの予約が取れないという理由で、今晩はミサトのとこに宿泊することとなり、とりあえず手荷物を置きに行ったのである。
 そこで飛鳥が目にしたものは『腐海』であった。
 常識を破壊する光景に硬直する飛鳥。そんな彼女の耳が捉えたのは、今にも消えそうなほど弱々しい鳴き声。
 覚悟を決めて『腐海』を突き抜けた飛鳥が目にしたものは、『腐海』という名の海で命がけで生き抜き、ついに敗れ果てようとしていた、一羽のペンギンだったのである。
 「ペンペン、無理しちゃダメよ?ゆっくり食べれば良いんだからね」
 クエーッと鳴き声を上げるペンペン。彼の居場所は飛鳥の膝上である。どうやら命を助けられた事で、飛鳥になついたらしい。
 そんなペンペンを羨ましそうに眺めるレイ。ペンペンに触りたいのか、たまに手を伸ばそうとしては、すぐに引っ込めるということを繰り返している。
 「どうしてミサトは、ペットへの餌遣りを忘れる事ができるのかしら?さすがに呆れるわ」
 「だって、ああいう人だからねえ」
 そっと料理を差し出すシンジ。出てきたのはザワークラウトの煮込みと、ジャーマンポテト、そしてお湯ごと深皿に入れたソーセージである。
 「サード!アンタ、ドイツ料理も作れるの?」
 「簡単なものならね。さすがにこれぐらいしか作れなかったよ」
 こめかみを掻きながら照れ笑いするシンジ。
 「俺、料理は苦手なんだよなあ。斬るだけならできるんだが」
 「いいのよ、志貴はラーメン作るの得意なんだから」
 「真祖、インスタントラーメンなら誰でも作れます」
 「フフ、どうせ私は酒の肴ぐらいしか作れないわよ・・・」
 「・・・美味しい・・・」
誰がどの台詞かは、本人の名誉のために割愛。
 そこへピンポーンとなるインターホンの音。
 「はーい!」と叫んで玄関へ向かうシンジ。
 数秒後、シンジが案内してきたのは加持とリツコである。
 異色の取り合わせに全員の視線が集まる。その片隅で、飛鳥だけが視線を床に落としていた。
 「やれやれ、すっかり暗くなっちまった。こんばんは、シンジ君。お招きいただいてありがとう。これは土産な」
 ビニール袋に入ったお土産を差し出す加持。中身は途中で買ってきた焼き鳥の盛り合わせである。
 「これだけ料理が揃ってると、飲み物の方が良かったかもしれないわね。あとこれ、ウィリス一佐からの預かりものよ」
 3枚のIDカードには、それぞれの名前が記載されていた。
 「ありがとうございます。お二人とも、そちらに座ってください。すぐにコップ持ってきますからね」
 パタパタと音を立ててキッチンへ戻るシンジ。その間に席についた加持とリツコは、シンジがコップを持ってくる間に、簡単な自己紹介を済ませていた。
 「そういえば葛城さんは?」
 「居残り残業よ、無様ね」
 どうやら、また何かやらかしたらしい。隣の加持が小さく笑っている。
 「まったく、ミサトったら相変わらずね。いい加減、あのズボラはなんとかならないのかしら?」
 「なんともならないんじゃないか?あれが葛城なんだから」
 明日香の口撃に、加持が取り成すように口を挟む。そこへシンジがもう一つ料理を持ってきた。
 「おいおい、まだあるのかい?」
 「いえ、これで終わりですよ。飛鳥と綾波用に一皿ずつ作ったからね」
 「シンジ君、これは?」
 綾波が手にした皿には、ハンバーグと付け合わせの温野菜が載っていた。
 「綾波のハンバーグは豆腐で作ったから、普通に食べられるよ」
 「ありがとう・・・」
 頬を薄紅色に染めて料理を受け取るレイ。豆腐ハンバーグを一口食べると、ホウッと一息ついた。
 「飛鳥も食べてみてよ、ハンバーグ」
 明日香に差し出されたハンバーグ。一口齧った明日香は、かつて自分が好んだハンバーグと全く同じ味である事に気がついた。
 飛鳥は夜の記憶を持たない。だが明日香は飛鳥を通して昼の記憶を手にしている。その経験から、目の前の少年こそ、自分が憎み続けている相手であることは理解していた。
 だがハンバーグを食べた時、懐かしい味が過去の家族ごっこの記憶を思い出させた。
 笑い、怒り、悲しみ、心配し、憎み、拒絶し、近づきあった、様々な記憶。
 (なんで、なんで、今頃になってこんなこと思い出すのよ・・・いけない、今は飛鳥のフリをしなきゃ・・・今、バレる訳には・・・)
 明日香の感情は激しく揺さぶられていた。

 「シンジ君、今日は御馳走様。本当に美味しかったわ。また機会があったら、声かけてちょうだいね」
 夜11時を回った頃、リツコは帰宅するために家を出た。
 「俺もそろそろお暇するかな。リッちゃん、駅まで送ってくよ」
 「ええ、お二人ともおやすみなさい。それでは、また」
 加持が意味ありげにシンジに片目を瞑る。シンジも答えるかのように、強く頷いた。
 その後酔い潰れた(密かにスミレがお酒を飲ませていた)レイを布団に運び、同じく眠りこけている明日香を客用の布団へ運ぶ。
 ちなみにアルクエイドは『夜の散歩』と称して、すでにベランダから姿を消している。
 「そろそろかい?シンジ」
 「うん。兄さんとシオンさんの力を貸してほしいんだ。スミレ姉さんはレイと飛鳥の護衛をお願いします。すぐに戻るから」
 「いいわよ。さっきの彼氏とデートって訳ね」
 「あの人には、僕の過去について話してあるからね。ブリュンスタッドの意味するところは教えてないけど」
 「妥当な判断だな。俺達の事は知らない方がいい。それが一番だからな・・・5分後、出発でいいな?」
 黙って頷くシンジとシオン。彼らは気付いていなかった。明日香の寝息が僅かに乱れていた事に。

NERV本部前―
 「よお、思ったより早かったな」
 片手を上げて声をかける陽気な加持。これからNERV本部へ無断侵入を図るとは、とうてい考えられない陽気さである。
 「とりあえず、目的の反応はどの辺りか分かりますか?」
 「最下層だな。ずっと反応は変わっていない」
 「分かりました。シオンさん、目と耳を誤魔化して貰えますか?」
 無言のまま片手を振るシオン。その手から投じられたエーテライトは、近くにあった端末へと潜り込み、瞬く間にMAGIへと接触。あっと言う間に警備システムを支配下に置いてしまった。
 「これで問題ありません。2時間はダミー映像が流されています」
 「では、行きましょうか」
 4人の足音が闇の中に消えた。

NERV最下層―
 「しかし、誰とも出会わないとは・・・」
 呆れるように呟く加持。シンジも流石に想定外だったのか、首を傾げている。
 「ここはMAGIに頼りすぎですね。もっとマンパワーを使わねば、簡単に掌握されますよ?」
 シオンの忠告は尤もだが、生憎、その忠告を役立てるべき者はここにいない。
 「さ、ついた。副司令は、今晩は帰宅している。問題なく入れるぞ」
 MAGIから指示を出し、ドアを開ける。4人は中に入ると、すぐにドアを閉めた。
 「反応は、副司令室の奥だな。あのドアの向こうか」
 ドアを開ける一行。そこはかつて、人類進化研究所の名前で呼ばれていた施設である。
 (ここは、綾波が育った部屋か!)
 かつて、過去の世界で嫉妬に狂ったリツコから受けた説明を思い出すシンジ。その心に怒りの感情が鎌首をもたげた瞬間、後ろから肩を軽くポンと叩かれる。
 「シンジ、感情制御は基本だぞ?」
 「あ、ありがとう、兄さん」
 「お、あったぞ」
 加地の声に集まる一同。机の奥にしまわれていた物体は、確かに加持の記憶にあるものである。
 「確かに、アダムの気配を感じる。間違いなく本物だ・・・兄さん、お願い」
 「なるほど、それで俺を連れてきたって訳か。ちょっと待ってろよ」
 包帯の下から現れたのは、薄く発光する蒼い双眸―『直視の魔眼』
 「失明してた訳ではなかったのか」
 「ええ、こうしないと生活できない理由があってね・・・いいんだな?シンジ」
 コクンと頷くシンジ。それを確認すると、志貴は愛用の短刀を取り出し、無造作にアダムに突き立てた。
 「お、おい、そんな事したら・・・って、おい、どういう事だ?」
 加持の眼前で、第1使徒アダムはみるみる干乾び始めた。そしてついには、その生命活動を止めてしまった。
 「ありがとう、兄さん。じゃあ、戻りましょうか。加持さん、発信機の回収、忘れないで下さいね」
 姿を消す4人。

 翌日、出勤してきたゲンドウを待ち受けていたのは『消えたアダム』という現実であった。



To be continued...
(2010.02.06 初版)


(あとがき)

 いつも読んで下さり、ありがとうございます。
 今回から、飛鳥と明日香が本格的に参戦となりました。
 加えて27祖からは志貴とシオンが参戦します(アルクエイドは志貴の隣に居たいだけなので、戦力外)
 
 今回は、飛鳥が少し弱めな面を表に出していたので、次回のイスラフェル戦からは、もっと勝気な飛鳥を全面に押し出していこうと考えています。
 やっぱりアスカは勝気と言うか元気じゃないとねえ。いつかは小悪魔チックなアスカも書いてみたいとは思っているんですが、私が書くと小悪魔より姐さんって感じになりそうです(笑)
 では、今度は第7使徒、イスラフェル戦でお会いしましょう。



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