堕天使の帰還

本編

第十五章

presented by 紫雲様


第3新東京市、市立第一中学校―
 「はい、まいどありー」
 ケンスケの声が青空に響く。彼が売っているのは、勿論、彼の趣味の成果である。
 「猫も杓子も、飛鳥、飛鳥か」
 「まあ、売れるんだから、ワシらが文句を言う筋合いはないやろ」
 トウジの言葉に、ケンスケがワザとらしく頷く。
 「ところで、今の一番人気は誰なんや?」
 「今は惣流だよ。物珍しさもあるんだろうな、外国人だし」
 「2番手は?」
 「シンジだよ。女子生徒から注文が多いんだよね・・・買いに来てないのは綾波に委員長、惣流ぐらいかね」
 「センセか・・・ケンスケ、センセの写真一枚くれんか?妹が欲しがっとんねん」
 鈴原トウジ。小学生の妹に対して、とことん甘い少年である。

NERV本部発令所―
 「発令所に来るなんて、珍しいですね、冬月総務部長」
 「今日は碇の奴の代理でな。まあ、たまにはこういう事もあるさ」
 ゲンドウがこられない理由。それは昨夜の一件のせいである。犯人は未だ不明のため、ゲンドウは私兵である諜報員を率いて犯人捜しに乗り出していた。
 「しかし、発令所は今日も忙しそうだな。総務部へもかなり申請書類が回ってきていたが」
 「第5使徒戦での兵装ビルの被害が甚大でしたから。修理に相当お金と時間がかかると、経理部がぼやいていましたよ」
 「金が無ければ生き残る事すらできん。世知辛い世の中だな」
 冬月の言葉に、青葉が困ったように笑い返す。冬月が副司令時代には、青葉は直属の部下であったため、他の職員に比べて気心が知れているのであろう。
 ちなみに現在の青葉の直属の上司は、名目上はゲンドウである。もっとも地下から出て来ない為、胃痛に悩まずに済んでいるのは、幸運の星の守護があるからだろう。
 「でも経理が言っていましたよ。エヴァの修理代、予想よりは少なくて済んでる、と。シンジ君がエヴァの操縦訓練を受けてない事を考えれば、もっと派手に壊していてもおかしくないですけどね」
 「そうだな、被害の大半は装甲どまり。せいぜいがこの前の左腕一本。零号機の全身改修に比べれば、微々たるものだ」
 和やかな雰囲気の元・上司と部下のお喋りを中断させたのは、発令所に響いた警報であった。
 「巡洋艦ハルナより入電!紀伊半島沖にて巨大な影を確認!波長パターンブルー!使徒です!」
 「第1級戦闘配備だ!急げ!」
 
エヴァ輸送機内部―
 「では作戦を説明する。今回は水際で使徒を叩く。理由は第3新東京市の兵装ビルの修復が終わっていないからだ」
 「ウィリス三佐、敵について何か情報は分かっていないのですか?」
 「偵察攻撃によれば、遠距離での反撃が無かったこと、ATフィールドでミサイルを防いでいたことが分かっている。敵は近接戦闘型、ATフィールドのランクはB。今のところ分かっているのはそれだけだ」
 (そういえば、同時攻撃しないと無理な使徒だったんだよな。さて、どうしたもんかな)
 沈黙し、思考の海に意識を沈めるシンジ。そんなシンジを、飛鳥は複雑な思いで見つめていた。

 白い砂浜。寄せては返す波の音。暑い気候を考えれば、海水浴客で賑わうビーチなのだが、現在いるのは全長40メートルを超える、2体の巨人である。
 「ウィリス三佐、基本戦術は前衛1後衛1で良いのですか?」
 「そうだな、波状攻撃を念頭に置いて攻撃してくれ。敵の情報が足りない以上、敵のカードが開くまでは、手堅く行く。反撃はその後だ」
 「了解」
 弐号機がソニックグレイブを両手で持つ。初号機は右手にミストルティン、左手にパレットライフルを持っている。
 「サード、聞こえる?」
 「何?飛鳥」
 「一応、アンタの方が使徒戦は経験豊富だからね。何かアドバイスとかはないの?」
 意外な飛鳥の言葉に、シンジがキョトンとする。過去の明日香を知るシンジにしてみれば、アドバイスを求めてくるなど、全く考えられなかったからだ。
 「そうだね。油断大敵、この言葉を忘れないで。僕たちの最初の役割は、相手の手札を晒させること。反撃はその後だからね」
 「OK、分かったわ」
 「二人とも、来るぞ!」
 ザバーっと音を立てて、水柱が立ちあがる。そこに出現したのは、灰色をしたヒトデのような物体―第7使徒イスラフェルであった。
 「サード!援護よろしく!」
 海中から突き出している、廃墟ビルの屋上を足場にして、軽やかに移動する弐号機。初号機の弾丸で足止めされている隙をつき、瞬く間に接近すると、弐号機はソニックグレイブを全力で振り下ろした。
 「でええええええええええええええい!」
 左右に真っ二つとなるイスラフェル。
 (油断大敵?こんな弱いやつなのに?)
 「サード、これのどこが」
 「飛鳥!前を向け!まだだ!」
 シンジの怒声に、ビクッと身を震わせる飛鳥。慌てて振り向いた先には、二つに分かれたイスラフェルが、それぞれ別の個体として再構成しようとしていた。
 「ウソでしょ!?」
 「気をつけろ!来るぞ!」
 シンジがライフルを捨て、ミストルティンを両手で構えつつ、前線に躍り出る。
 白とオレンジの個体に分かれたイスラフェルは、まずは弐号機を標的としたのか、同時に攻撃を開始した。
 「しまった!」
 ソニックグレイブを犠牲に、弐号機が後ろへ下がる、使徒の鋭い攻撃は、廃墟ビルをいとも容易く粉砕していた。
 なおも追撃を仕掛けようとするイスラフェルに対して、ミストルティンで割り込む初号機。
 (高速分割思考を使っても、同じ武器じゃないと流石になあ。これはN2で時間稼いでもらうしかないかな?)
 問題は、どうやってN2を使わせるか?である。自分達がボロボロにされれば使うだろうが、幾らなんでも二度も体験したくない。
 となれば、方法は一つ。
 (イスラフェルの特殊能力―2つのコアによる相互補完に気づいてもらうしかない)
 「ウィリス三佐!初号機で攻撃を仕掛けます!僕の勘ですが、こいつは嫌な予感がするんです、MAGIで情報収集お願いします」
 「分かった。だが無理はするなよ?」
 「了解。飛鳥、まずは白い方から潰すよ?」
 弐号機のナイフを装備しつつ、飛鳥が頷く。
 「いくぞ!」
 瞬時に使徒の懐へ飛び込む初号機。ごく僅かな距離とはいえ、音速を超えた移動により生じた衝撃波が、津波のような大波を起こす。
 「オオオオオオオオオオッ!」
 初号機がミストルティンを振りぬく。両手両足を切断された使徒は、そのまま後ろに倒れこんだ。
 「でええええい!」
 プログナイフを逆手に持った弐号機が、空中から使徒へと襲いかかる。鋭い刃は、一発でコアに命中。激しい火花を撒き散らし、コアを粉々に砕いた。
 「ヨシッ!」
 「まだだ!飛鳥!」
 「え?サード、コアは破壊した・・・ウソ!」
 飛鳥の目の前で、粉々に砕けたコアを修復させるイスラフェル。
 「三佐!」
 「分かってる!少し時間を稼いでくれ!今、分析中だ!」
 再び始まる2体による猛攻。鋭い爪先に触れれば、エヴァの装甲すらも軽々と切り裂く光景が思い浮かぶだけに、回避にも力が入る。
 「待たせた!奴らの能力は相互補完だ!同時に倒さなければ、奴らは復活してくる!」
 「そ、そんなの、どうやって倒すのよ!」
 『卑怯者!』と今にも叫びだしそうな飛鳥。
 「三佐!僕が時間を稼ぎます!その間にN2で焼き払ってください。復活には時間がかかるでしょうから、その間に対策を立てましょう」
 「そうだな、それしかないか。よし、二人とも、5分でいい。時間を稼いでくれ。スクランブルを要請する」

発令所―
 「以上の経過により、使徒は現在、修復中。侵攻再開は6日後とMAGIは予測している訳だが」
 『前回は、冬月副司令とあの男に嫌味を言われたんだよなあ』と思い出すシンジ。隣に立つ飛鳥は、初めての戦場からの撤退に、納得がいかない様子である。
 「シンジ。それからラングレー特務准尉。君達2人の役割、言ってみたまえ」
 現・副司令ゲンドウの視線が2人に突き刺さる。飛鳥はゲンドウと満足に会話すらした事がない為、雰囲気に呑まれて、少々及び腰であった。
 「・・・エヴァの操縦です・・・」
 対して無言を貫くシンジ。
 「言ってみろ、シンジ」
 「3rdインパクトを防ぐために、使徒を倒す事。違いますか、副司令?」
 「・・・ぬ」
 言葉を引っ込めざるを得ないゲンドウ。アダム紛失事件のストレス解消を兼ねた嫌味だったのだが、シンジの言葉を否定する事は、立場上できなかった。
 「ついでに言うなら、僕は使徒の相互補完に対抗するための時間稼ぎとして、N2を使っての撤退を『提案』しています。無様な敗北を喫した訳でもないのに、何故、嫌みを言われなければならないんでしょうか、副司令?」
 「シンジ、貴様・・・!」
 「今更、父親面をしないで下さい。僕は碇じゃない、ブリュンスタッドだ。あなたとは赤の他人にすぎません」
 氷点下の視線が交わる。その空気を打破したのは、ウィリスである。
 「副司令。撤退を認めたのは、最終的には指揮官である私です。一兵士に言うのではなく、責任者である私に、今回の撤退についての非を言っていただけませんか?特にパイロット両名には、来るべき再戦が待ち受けております。精神的に負担をかけるのは、戦略的に見てもマイナス効果しかありません」
 「・・・ふん、勝手にしろ・・・」
 席を外すゲンドウ。それまで黙っていた栗林が、初めて口を開いた。
 「だが副司令の言い分にも一理はある。我々は勝たねばならないのだ。三佐、作戦部及びパイロット3名を含めて、至急、対抗案を考えたまえ」
 「は、了解です。日向三尉、30分後に緊急ミーティングだ。作戦部職員、全員に緊急通達しろ!」

―結局、作戦は加持の入れ知恵により、ミサトの出したユニゾン作戦が通ることになる。
 作戦要員はシンジと飛鳥。十分な広さのあるシンジのマンションで行われることになった。
 だが、シンジを思わぬ落とし穴が待ち受けていた。

翌日、シンジのマンション―
 「じゃあ、この部屋、借りるわねー」
 飛鳥の声が元気に響く。飛鳥が自室(作戦終了までは同じ部屋で寝起きするので、当面は荷物置き場扱いである)に決めたのは、日当たりの良い、広めの部屋である。
 「おーい、二人とも機材の設置が終わったぞー」
 「はーい、分かりましたー」
 居間に用意されたのは、シンジにとっては懐かしい、加持考案技術部謹製ユニゾン訓練機材一式。細部に至るまで、シンジの記憶通りである。
 「とりあえず、最初は軽く流してみましょう。少しやって、それから点数を計るわね」
 今回の作戦中のみ、という条件でミサトも入室を許可されている。
 現在室内にいるのは、他に加持・レイ・志貴・シオン・スミレである。
 「じゃ、演奏開始〜」

―2時間後―
 「センセ、また欠席だったな。出撃があったんは知ってるけど、怪我でもしたんかな?」
 「さあな、でもニュースじゃ使徒は倒されてないし、何か理由があるんだろうな」
 「・・・ところで、何で委員長がおんねん?」
 トウジとケンスケが立っているマンションの前には、ヒカリが立っていたのである。
 「私は飛鳥のお見舞いよ。ここの10階へ引っ越したみたいね」
 「センセも10階なんや。つまり、ご近所さんって訳やな」
 エレベーターが10階で止まる。ドアが開くと、そこには木製のドアがデン、と鎮座していた。表面には表札がかかっており、ブリュンスタッドと書かれている。
 「・・・たしか、センセはどえらい金持ちの跡取りやったよな?」
 「ええ、鈴原の言う通りよ」
 「まさか、とは思うが・・・」
 ドアに鍵はかかっていなかった。
 「こんちはー、誰かおりますかー?」
 トウジが声をかけながら中へ入り、言葉を失う。続いて入ってきた2人も、その光景に絶句した。
 このマンションは、1フロアに3LDKの部屋が20室ほど用意されている規模である。その1フロアを丸ごとぶち抜き、内部を作りかえ、1フロアを丸ごと1世帯住居としていたのであった。
 ちなみに3人がいる玄関部分は、広さ10畳ほどの玄関であった。
 「あれ?トウジにケンスケ、洞木さんまで。一体、どうしたの?」
 「何?ヒカリがきてるの?」
 玄関に出てきたのはシンジと飛鳥。お約束のペアルック姿である。
 「「イヤーンな感じ」」
 その直後、ヒカリの怒声が響き渡った。



To be continued...
(2010.02.13 初版)


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