堕天使の帰還

本編

第十六章

presented by 紫雲様


シンジのマンション―
 「いやあ、そういう訳やったんですか」
 機嫌のよいトウジ。どうやらミサトに一目ぼれしたらしい。その横ではヒカリが少し機嫌を悪くし、ケンスケはペアルック姿の二人を眺めている。
 「意外に2人とも息は合ってるのよ。もう一回、いってみましょうか」
 流れ出す音楽。踊りだす2人。弾きだされる点数は、92点。
 「初めて2時間でこの点数だからね。今回は楽勝ね」
 機嫌のよいミサト。周囲の者達も、思ったより高い点数の結果に、楽観視している雰囲気があった。ただ一人、発案者の加持を除いて。
 「シンジ君、ちょっといいかい?」
 「なんでしょう?加持さん」
 加持に誘われるまま、屋上へ連れだされるシンジ。
 「シンジ君、今のままではユニゾンは成功しないぞ?それも原因はシンジ君にある」
 「僕がですか!?」
 驚くシンジ。
 「まさか!僕は飛鳥の動きに息を合わせてますよ?何が気になったんですか?」
 「どうやら、無自覚のようだな。これはマズイかもな・・・」
 加持は年の離れた弟を諭すかのように口を開いた。
 「シンジ君。何故、君は飛鳥を怖がっているんだ?君は自覚していないが、飛鳥との距離が近くなると、君の体が一瞬だけ強張るんだよ。最初は照れかとも思ったが、そうとは思えなくなった。心当たりがあるはずだ」
 シンジの心に浮かぶ、2年前の光景。
『来ないで!化け物!人殺し!』
「ぼ、ぼくは・・・」
『来ないで!来ないでよ!』
恐怖でガクガク震える、2年前の飛鳥の姿が、拒絶の言葉とともにシンジの脳裏に浮かび上がる。
「違う!僕は、僕は、飛鳥を護ろうと・・・」
「落ち着け!シンジ君!」
加持の声に、ハッと正気に戻るシンジ。
「加持さん・・・僕は・・・どうしたら・・・いいんでしょうか・・・」
「すまない。こればかりは、俺には手助けできそうもない・・・」
普段は余裕を崩さない加持の顔に、焦りの色が浮かんでいた。

3日後―
 ユニゾン訓練は急遽、中止となっていた。理由は、屋上から戻ってきたシンジの様子が目に見えておかしくなっていた事、同時に訓練そのものが失敗し始めたからである。点数は一気に30点台まで落ち込み、もはや訓練そのものの意味が無くなりつつあった。
 シンジの兄姉達は、当然、加持に詰め寄った。だが加持の微かな耳打ちが、彼らを黙らせた。全員、2年前の一件は、良く理解していたからである。
 ミサトはシンジに激しく詰め寄るが、シンジは無反応。どれだけ怒声を浴びせられても、反論一つしない。それどころか『うるさい』と呟くと、そのまま自室へ籠ってしまっていた。
 『飛鳥は何も悪くない。今回の問題は、シンジ君の心の闇だ。こればかりは、俺達では解決できない。シンジ君を信じて、待つしかないさ』
 加持の言葉が、ミサトを黙らせた。飛鳥もまた、シンジの秘密を知るが故に、下手に自分が口を挟む訳にはいかないと悟り、沈黙を保っている。
 それでも、自分にできる事はないか?
そう考えた飛鳥は、レイと力を合わせ、シンジを励ます事を思いついた。具体的にどうすれば良いかは分からないため、スミレやシオンに意見を聞く毎日である。
「弐号機パイロット、料理を作るのはどうかしら?」
「良い意見ね、ファースト。でもサードの好みって何?」
まさか『首筋から直接吸う生き血です』とは言えずに、黙りこむスミレとシオン。
「シンジの奴、特に好き嫌いはないからなあ・・・お菓子でも作ってみたらどうだ?」
「その意見、採用!よし、ファースト!材料の買い出しよ!」
「分かったわ、行きましょう」
マンションを飛び出す飛鳥とレイ。その後帰ってきた二人曰く。
「お菓子って、小麦粉と卵と砂糖でいいのよね?」
「・・・私、お菓子って食べたことなかったわ。何を買ってくればいいの?」
まずはお菓子の本から読ませるべきか。志貴は真剣に悩んでいた。

決戦、前日の夜―
 結局、シンジは答えを見いだせずにいた。
 「僕は、どうするべきなんだ・・・」
 悩み続け、満足に睡眠も取れていない彼は、すでに意識が朧気である。作戦部も突然のシンジの不調に、代案を徹夜で検討する事に忙しい。
 「随分と、無様な姿ね。天才パイロットさん?」
 聞き覚えのある声に、シンジが顔を上げる。
 「何で明日香が?明日香がここにいるはず無いのに・・・そうか、これは夢なんだな」
 自嘲するシンジ。
 「情けないだろ?明日香。自分でも嫌になるよ」
 「ホント、情けないわね。アンタ、それでもアタシが殺したいと思っている男?」
 「僕を殺したいの、明日香?いいよ、殺してくれても。君が望むのなら、僕の命をあげるよ」
 気力を失っているシンジを見る明日香の視線は、蔑みに満ちていた。
 「嫌よ、アンタはアタシが殺す。それは絶対条件。でもね、アンタにはもっと苦しんでもらいたいのよ。アタシが望む時、アンタはアタシを見てくれなかった。その時の孤独と辛さ、苦しみ、アンタに分かる?アタシがどれだけ、アンタを見ていたのかも、知らないんでしょうね」
 「明日香・・・」
 「馬鹿シンジ、せいぜい苦しみなさい。苦しんで、苦しんで、お願いだから死なせてほしい、と懇願するまで苦しみぬいたら、アタシが殺してあげる。だからアンタは、それまで何があっても生き延びなきゃいけないの」
 明日香の両手が、シンジの頬を優しく包みこむ。
 「アンタはどうすればいいか、本当は分かっているはずよ、馬鹿シンジ。憶えておきなさい、アンタの命はアタシの物。2年前の記憶に、苦しんで決着をつけてくるのね」
 シンジの微かな意識が闇へと落ち込む寸前、温かい感触がシンジの唇に触れた。

翌朝―
 シンジは太陽の光で目を覚ました。シンジがいるのは自分の部屋。他には誰もいない。
 「・・・夢?・・・」
 無意識のうちに唇に触れるシンジ。夢で見たのは、自分を憎悪する明日香。自分が苦しむ姿を望む、最愛の少女の姿。
 シンジは部屋から出ると、最低限の身嗜みを整える、鏡に映った彼の顔は、憔悴してはいたが、気力に充ち溢れていた。何より、その眼に宿る覚悟があった。
 朝の5時。起こすには、あまりにも早すぎる時間。だが今すぐ行動する必要があった。
 「飛鳥!レイ!悪いけど、起きてくれないか?」

 朝日が照らす屋上。そこには3人の子供達がいた。
 「サード、アンタ大丈夫なの?」
 「シンジ君」
 自身を心配する少女達に対する覚悟。それを決めてある以上、あとは結果を待つだけである。それしか活路は残されていないのだから。
 シンジの両目に宿った強い意志の光。それに気づいたとき、少女達は自然と口を噤んでいた。
 「二人に話しておくことがある。それは僕の抱える秘密についてだ。僕は・・・人間じゃないんだ」
 シンジの口から紡がれる言葉。3rdインパクトの起きた世界から、過去へと逆行してきたこと(レイの事は黙っていた。理由はレイがリリスである事を、説明したくなかったからである)。自身が第18使徒リリンであること。過去へ戻ってきた際、吸血鬼という存在に生まれ変わり、その中でも上位に位置する死徒27祖と呼ばれる存在に次ぐ立場であること。そして2年前、ドイツのハンブルクで新米死徒に襲われていた飛鳥に纏わる事件の顛末・・・
 「僕がユニゾンできなかったのは、全て僕の弱さが原因だ。謝っても許されるようなことじゃない・・・」
 シンジの抱えていた闇の大きさに、レイは衝撃を受けたまま、硬直していた。飛鳥は以前、盗み聞きしてシンジが未来からの帰還者である事は知っていた。だが人間ではなく、使徒であり、吸血鬼であるという言葉には、レイと同じく衝撃を受けた。
 「飛鳥?」
 「な、なに?サード」
 「リビングで待ってるから」
 リビングにあるのはユニゾン訓練機械のセットである。シンジは己の闇を見つめ直し、付け焼刃ではあっても、戦いのための牙を磨くつもりでいた。
 例え、飛鳥が恐怖に負けて自身と組むのを嫌がったのなら、それはその時。イスラフェル撃破のための、最終手段を取るだけの覚悟を決めていた。
 すなわち、死徒としての能力を全て解放する―それが原因で疎まれることになっても、もはや覚悟は決めていた。
 「飛鳥、僕と一緒に戦ってほしい。イスラフェルを撃破するためじゃない、3rdインパクトを防ぐためでもない。僕は飛鳥と綾波を護るために戦うと決めた。でも、それは僕一人じゃ無理なんだ。信頼できる仲間が、飛鳥と綾波の力が必要なんだ」
 それだけ言うと、シンジは階段を下りた。
 「信じて、待っている」
 そのまま姿を消すシンジ。屋上に取り残されたままの二人は、やっと動き出した。
 「弐号機パイロット、あなたはどうするの?」
 「正直、分かんないわよ。ファースト、あんたこそ、どうなのよ?」
 「・・・私は信じてる。シンジ君は私の事を正面から見てくれた、初めての人だった。だから、私にできる事で、シンジ君を支えてあげるの。これは私の意思」
 レイの眼に宿る意思の光。それを見た飛鳥もまた、覚悟を決めた。
 「いいわ、やってあげようじゃない!世界の誇る天才美少女パイロット、惣流=飛鳥=ラングレーがその程度でへこたれるもんですか!」
 その後行われたユニゾンは、再び90点台を記録。
 シンジの復調が本部へと伝えられ、作戦は開始された。

第3新東京市―
 使徒の再侵攻を知らせる警報が鳴り響く。市内には、赤と紫の巨人が、充実した気力とともに待ち受けていた。
 やがて現れる2体の使徒。
 雨のように降り注ぐミサイルの嵐。
 ケーブルをパージされ、戦場に躍り出る巨人。
 鳴り響く音楽に合わせて、まるで踊るかのように戦う2人。
 反撃する使徒。バターのように切り裂かれる兵装ビル。
 攻撃を避け、あるいは受け流し、反撃へと繋げる2人。
 トドメとなる一撃は、コアへと突き刺さる。
 砕けるコア。轟く爆音。
 発令所に響く歓声―

 「サード、アタシ、アンタに謝らないといけない事があるの」
 ユニゾン訓練を再開する前に、飛鳥が言った。
 「アタシ、空母でアンタと加持さんの会話、聞いてたの。本当にゴメン」
 頭を下げる飛鳥。だがシンジ笑って受け流す。『気にしなくていいよ』と。
 「サード、アンタはアタシ達を信頼できる仲間として見てくれている。それなら、勝手に消えたりしないで」
 真剣な眼差しの飛鳥。その言葉の意味するところを、シンジは思い出してしまった。加持に対して、明日香への想いを暴露していた事を。
 慌てて横を向くシンジの胸倉を掴み、無理矢理自分へ振り向かせる。
 「聞きなさい、サード!アタシは絶対、アンタを振り向かせてやる!絶対によ!明日香になんて、負けたりしない!ファーストにだって負けたりしない!」
 顔を真っ赤にする飛鳥。そのまま、そっぽを向く。
 「だから、サード。アンタの事はシンジって呼ばせて。アンタの事はアタシとファーストだけの秘密にしておいてあげる。だから、それぐらいはいいでしょ?」

 「シンジ、最後の着地、ミスったわね?」
 「無茶言うなよ、こっちは寝不足なんだからさ」
 「自業自得でしょうが!体調管理は軍人の基本でしょ!」
 「僕は軍人じゃないって!そもそも軍事訓練すら受けてないよ!」
 爆心地で折り重なったまま、口喧嘩を始める2人。不満そうに頬を膨らめるレイ。苦笑する保護者達。知らん振りをして聞かなかった事にするオペレーター達。
 「無様ね」
 リツコの言葉に、隣に立っていたウィリスが苦笑しながら、回収指令を出していた。

 第7使徒、イスラフェル撃破―



To be continued...
(2010.02.13 初版)


(あとがき)

紫雲です、今回も読んで下さり、ありがとうございます。
今回はボリュームが少なめですが、個人的に一番好きなイスラフェル戦だったので、かなり楽しみながら書く事が出来ました。
やっぱりイスラフェル戦だけはユニゾンじゃなければ、と思いつつも、他の作戦案を考えてみても良かったかなあ、と思ったりもします。
 さて、次回ですが第8使徒サンダルフォンとなります。分量的には今回と同じ2話分ぐらいを想定していますが、また読んでいただければ幸いです。



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