堕天使の帰還

本編

第十七章

presented by 紫雲様


第3新東京市、繁華街―
 「むう、悩むわねえ・・どっちにしようかな・・・」
 赤と白のストライプのビキニと、黒のビキニ、どちらにするべきか?飛鳥は乙女としての誇りをかけて、真剣勝負に挑んでいた。
 「飛鳥、決まったの?」
 「まだよ!レイこそ決まったの?」
 黙って紙袋を突きだすレイ。どうやら精算まで済ませていたようである。
 ちなみに、二人はシンジから明かされた秘密を守るという約束をして以来、仲良くなっていた。名前で呼び合うようになったのも、その時以来である。
 「赤はアタシの好きな色だし、よし、こっちだ!」
 精算をすませ『ありがとうございます』という店員の声に見送られる。
 「さすがに暑いわ、レイ、少し休んでいきましょう」
 「ええ、そうしましょう」
 二人が向かった先は喫茶店。中庭には木立の下に置かれたテーブルセットがあり、折角だからとそちらに座る。
 やがて注文したアイスティーとケーキが運ばれてきた。
 「シンジも、折角誘ったのになあ・・・」
 「シンジ君を困らせるのはダメ・・・」
 当のシンジはと言えば、イスラフェル戦以来、暇さえあれば、ひたすら自分を鍛え続けている。今日も志貴相手に、朝から真剣勝負を挑んでいた(その激しさは、過激な性格の飛鳥ですらドン引きするほどである)。
 「なによ、いい子ぶって。アンタ、シンジに水着を見立ててほしくなかったの?シンジに選んで貰った水着を着ているアンタを想像してみなさいよ」
 目を閉じて想像するレイ。間もなく、クールな顔がボンッと赤く染まった。
 「飛鳥」
 「何よ?」
 「いっそ下着を見立ててもらうべきだと思うの」
 「良い案ね。来週は、それで行きましょうか」
 シンジがくしゃみをしたかどうかは不明である。

発令所―
 「ええー!修学旅行、行っちゃダメ!?」
 飛鳥の叫びが響く発令所。何事かと視線が集まる。
 「さすがに、いつ使徒が来るか分からんからな。申し訳ないが、戦闘待機ということで第3に居てもらわんと困るんだよ」
 ウィリスの言い分は尤もである。だが理屈が正しくとも、感情が納得できるかどうかは別問題。
 しかも修学旅行を楽しみにしていたのは飛鳥だけではない。密かにレイもまた、奇麗な沖縄の海で、思う存分泳ぎたいと思っていたのである。
 「ぶー」
 頬を膨らます飛鳥。レイもまた、僅かに不機嫌そうな表情を見せている。
 「良いんじゃないですか?三佐。僕が残りますから」
 そう言いながら入ってきたのはシンジである。腰には鍛練用の木刀を吊り下げていた。
 「意味が分かって言ってるんだろうな?」
 「沖縄でも、最新のジェット戦闘機なら、ここまで片道15分です。十分、間に合うと思いますよ?」
 「それはそうだが、なあ・・・」
 頭を抱えるウィリス。彼も意地悪で修学旅行を拒否している訳ではない。子供でありながら、最前線で命をかけて戦う子供のささやかな楽しみを、奪う様な事はしたくない。それでも彼に課せられた責任が、それを許さないだけなのだ。
 「ちょっと待って、シンジ。アンタ、留守番するつもり?」
 「そうだよ。保険を考えれば、一人はいた方がいいからね。それに、僕は鍛練していたいから」
 「そういう問題じゃない!アンタが行かないんじゃ、行く意味ないでしょうが!三佐!アタシも残るわ!」
 「・・・同じく・・・」
 微笑ましくなるやり取りに、小さな笑い声がそこかしこで起こった。

NERV本部職員専用プール―
 「むう・・・とんだ伏兵がいたものね・・・」
 鍛練へ向かおうとするシンジを強制連行した飛鳥とレイは、通い慣れたプールへと直行した。沖縄の海で披露するはずだった水着という名の戦装束に身を包み『いざ!』と出陣したのは良かったのだが・・・
 「シンジ、久しぶりに競争しようか?」
 漆黒のビキニを身にまとった美女はスミレ。その胸の物体は、もはや人間の常識を超えている。飛鳥もレイも将来性は十分あるが、それでもスミレに並ぶのは不可能であろう。
 「二人とも、何を固まっているんですか?」
 紫の競泳水着を着ているのはシオンである。こちらはスミレほどではないが、十分に魅力的な体つきである。どうやら着痩せするタイプらしい。
 「志貴!待ってよ〜」
 他のメンバーを尻目に、恋人と二人だけの世界を作っているのはアルクエイド。彼女は白のビキニを身につけていた。
 「姉さん、僕が泳げないこと知ってて言ってるでしょ?」
 弟の冷たい視線が、遠慮なく姉に突き刺さる。
 「・・・泳げない・・・溺れる・・・人工呼吸・・・」
 「レイ、傍目に見てて危ないから、頭の中で思うだけにしといたほうがいいわよ」
 「・・・そもそも泳がなければ、溺れる心配すらないんだけどな」
 すっかり仲の良くなった女の子ペアに、冷静なツッコミをいれるシンジ。
 「それを言うなら、アンタが泳げられれば良いと思わない?」
 「同感・・・シンジ君、覚悟・・・」
 「何を!?」
 プールサイドで始まった鬼ごっこを、大人達は生暖かい視線で見守っていた。

浅間山観測所―
 「無理です、これ以上は壊れます!」
 「壊れたら、うちで弁償するわ。だから、もう200潜って」
 浅間山で観測された正体不明の物体。その正体を探るべく、観測所へはミサトが派遣されていた。
 「圧壊まで、あと10秒!」
 「これ以上は!」
 ピーッ!
 「・・・ギリギリ間に合ったわね、やっぱりパターンブルーか・・・これより当観測所は緊急閉鎖。特務機関NERVの指揮下に入ります」
 使徒発見の事実に、不満を抑える職員達。さすがに世界と自分達の感情とでは、天秤にかけられない。
 「青葉君、聞こえる?大至急、A−17の発令を要請して!」
 幸い、観測所に盗聴を仕掛ける物好きはいなかったため、通常回線でも問題は起こらなかった。だが軽率な判断をしたと言う事で、ミサトには再び始末書の時間がやってくることになる。

作戦部ブリーフィングルーム―
 「僕は反対です!どう考えても、今回のコイツは罠だ!何を好き好んで、敵の土俵で勝負してやらなきゃいけないんですか!」
 ミサトの要請による、使徒の生け捕り。この難問題を解決すべく、ウィリスは作戦部職員とシンジを招集していた。そしてウィリスの口から議題が飛び出た瞬間、猛反対したのはシンジであった。
 「火口にN2を放り込んで殺すべきです!」
 「准尉の言い分は理解できるがな・・・」
 正直な話、ウィリスの今回の使徒が待ち伏せを仕掛けている事には気づいていた。にも拘らず、生け捕りを提案したのは上からの指示のためである。
 (葛城二尉の奴、ロクな事をせんな・・・)
 ミサトの報告は、ゲンドウの耳に入り、委員会を通じて栗林司令に指示が下りてきたのである。
 「軍人、って言うのは上からの命令には従わんといかんのだ。俺にできる事は、デメリットを限界まで無くすことだけ。そのために作戦を練らねばならん。本音を言えば、俺も准尉の意見に賛成だし、司令にもその場で伝えた。だが司令ですら反論できんとなると、もはやどうしようもない」
 「クソッ」
 考え込むシンジ。前回の使徒戦での影響を考えれば、危険性はあまりにも大きすぎた。
 (・・・まてよ?これは、ひょっとすると・・・)
 「三佐、力を貸して貰えますか?お望み通り、舞台に登ってやります。こんなフザケタ事する連中には、お灸を据えてやる必要がありますからね」
 「良い案があるのか?」
 「はい、口実は・・・という理由でお願いします」
 
2時間後、発令所―
 (・・・使徒の生け捕りか・・・スペック上、潜るのは弐号機。そして弐号機は失われても痛くない。もし作戦が失敗し、2ndが死ねば、それはシンジの心に穴を穿つ要因となる。俺にとっては、初号機さえ残ればいいのだからな・・・)
 発令所へ向かうゲンドウは、表情こそいつものポーカーフェイスだが、その内心は今まで溜まりまくったストレス解消の機会に巡り合い、喜び踊っていた。
 作戦要員として出撃するのは、シンジ・飛鳥の両名。加えて指揮官としてウィリスが出向き、オペレーター要員として青葉・日向両三尉が現地へ出向いている。
 「・・・準備、完了との連絡が入りました。5分後、潜行を開始する、とのことです」
 マヤの報告に、発令所が慌ただしくなる。正面モニターには、火口付近に陣取る、初号機と弐号機の姿があった。
 その光景に違和感を感じるゲンドウ。
 「・・・赤木博士、何故、弐号機がD型装備をつけていない?」
 ゲンドウの違和感は、弐号機の姿であった。
 「三佐の指示です。潜行するのは初号機、補佐役として弐号機が待機です」
 「なんだと!」
 モニターを凝視するゲンドウ。確かに初号機の方が、火口に近い。
 「馬鹿な!すぐに止めさせろ!三佐を出せ!」
 『どうしました?副司令』
 ゲンドウの応対を予期していたウィリスは、すぐに通信に出た。
 「何故、弐号機を使わん!弐号機にはD型装備があるだろうが!」
 『弐号機パイロットは体調が思わしくないため、作戦遂行者として外しました。それだけですが、どうかしましたか?』
 「体調不良だと!?ふざけるな!」
 『いえ、大真面目ですよ。彼女にだって、事情というものがありますからね』
 弐号機を外す大義名分として思いついた理由。それは月に一度のアレであった。シンジもウィリスも、今回の作戦には腹が据えかねていた。そこで思いついたのが、どうせ反抗するなら、思いっきり馬鹿にしてやれ、という物である。
勿論、飛鳥とは裏で話はつけてある。最初は飛鳥も渋ったが(特に理由が理由であったため)、シンジに平手1発で妥協していた。
『さすがに悩んだところ、ブリュンスタッド特務准尉から志願がありましてね。渡りに舟だったものですから、弐号機の代役を初号機で遂行してもらおうと考えたのです』
「ええい、すぐにやめさせろ!」
『何を言ってるんですか?軍人は命令を遂行するのが義務ですよ?そもそも、今回の作戦提案者は、副司令が発端ではありませんか。それとも、御子息可愛さに、公私混同をなされるおつもりですか?』
グッと押し黙るゲンドウ。発令所の上では、栗林が必死で笑いを抑えていた。彼は脚本の内容を知らないが、ウィリスから『楽しんでください』と言われていたので、黙ってウィリスとシンジの好きにさせていたのである。
「ま、まて!もしシンジが死んでみろ!そうしたら財団が・・・」
『そちらは准尉から話を通してあります。副司令の発案による使徒捕獲計画、副司令の命令に従い、全力で遂行してきます。もし失敗しても、副司令の責任ではありません。全て力及ばなかった自分のせいです。副司令には責任などありません、と先ほど電話してましたが?』
副司令、を強調するウィリス。ゲンドウの背中に冷や汗が流れる。
ことは初号機の損失だけでは済まない事態になりつつあった。作戦が成功するにしろ、失敗するにしろ、ゲンドウの身に何らかの災厄が降ってくることは間違いない。その矛先はSEELEにも向いている。
『申し訳ありませんが、そろそろ時間です。いったん、切らせていただきます』
「待て!三佐!」
無情にも、途切れる通信。
モニターに映る初号機。一歩一歩、火口へと近づき・・・
 「やめろーーーーーーっ!」
ゲンドウの声は届かず、初号機は溶岩の中へとダイブした。
その光景に、ゲンドウは即座に気絶。マヤの連絡で入ってきたタンカで運ばれていった。そして必死で笑いを押し殺していた栗林が、大口を開けて笑いだした。



To be continued...
(2010.02.20 初版)


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