堕天使の帰還

本編

第十八章

presented by 紫雲様


浅間山火口内部―
 『シンジ!分かってるでしょうね!アタシに恥かかせてまで代わったんだから、きっちり仕事してきなさいよ!』
 「分かってるよ、キチンとやってくるから、フォローはよろしくね。頼りにしてるよ」
 最後の一言で飛鳥を沈黙させると、シンジは溶岩に埋め尽くされたモニターへ視界を向け直した。
 外は1000℃を超える灼熱と高圧の世界。そんな世界から初号機を守っているのは、薄皮よりも薄い被膜、ATフィールドである。これを高速分割思考によって随時展開。溶岩内に入り込んだケーブルまで保護している。
 (長時間、思考を分割するのは辛いからなあ・・・さっさと終わらせて帰っちゃおう)
 より深度を目指して降下する初号機。やがて第8使徒サンダルフォンの反応があった。
 「三佐、見つけましたよ?三佐?・・・あれ、おかしいなあ・・・通信機能が壊れてるのか?」
 内容こそ困っているが、シンジの顔は明らかに笑っている。故障の原因は、エーテライトであるため、証拠は一切残らない。加えて、シンジの発言は、全てレコーダーに記録されているので、あとで記録を調べても、通信機能の故障を疑う者はいない。
 「今、動いた・・・?うわ、使徒が孵化し始めてる!三佐、聞こえますか!三佐!ダメだ、通信できない。仕方ない、殲滅するか!」
 相変わらずにこやかな笑顔で、精一杯焦った口調のシンジである。
 (こいつ相手にプログナイフは通じないからな・・・虚数魔術展開、形態は槍で)
 初号機の右手に生じる漆黒の槍。全てを食らい尽くす虚無の槍は、生じた瞬間から溶岩を消滅させ始める。
 (これで、終わりっと)
 右手で投じられた槍は、胎児状のサンダルフォンを一撃で貫き、いとも簡単に消滅させた。

ヴァン=フェム財団総帥専用執務室―
 「どういうことかね?事務総長。先程、息子から電話が来たよ。溶岩の中に潜む使徒を生け捕りにする任務だそうだ。君達は、一体、何を考えているのかね?」
 電話の向こうから聞こえてくる必死の弁明に、ヴァンは顔では笑いながら、精一杯、不機嫌極まりない声を出す。
 「君達、いやNERVは一般常識を知らぬようだ。どうだね?君達が常識を知らぬなら、私もまた常識を守るべき理由を持たない。ここは即座に資金を回収しても、君達は文句を言えぬと思うのだが」
 受話器から聞こえてくるのは、いい年をした男とは思えぬほどの悲鳴である。
 「なんでも、今回の作戦発案者は、あの前・司令だと聞いた。どういう事だね?以前、会談をした際に、あの男には戦闘現場から完全に撤退させ、復興計画のみに関わらせる、そう聞いた覚えがあるぞ?確か君も、事務総長として公言していたな?」
 ヴァンの演技に、ソファーで優雅に紅茶を嗜んでいたアルトルージュとリタが、クスクスと笑いだす。
 「残念だが、どうやら君も信用できぬ男のようだ」
 スピーカーなど必要ないほどの音量で、謝罪と弁明の言葉が紡がれる。さすがに、その音量には辟易したのか、ヴァンが耳から受話器を遠ざけた。
 「君が謝罪するのは当然だろう。君は最高責任者なのだからな。部下の失態を償うのは責任者として当然の義務・・・どういう事だ?君より上の存在など、いる筈がなかろう。下手な嘘は止めたまえ、非常に不愉快だ」
 ヴァンの眼が輝きだす。今回のシンジの作戦の本命、SEELEへの嫌がらせ。その足掛かりとなる言葉が、事務総長の口から出た。
 「よかろう、君がそこまで言うのなら、彼らに伝えたまえ。今回の件を黙認する条件として、最初にゲンドウの発令所への立ち入り禁止、MAGIへの接触の禁止を求める。仮にMAGIへ接触した場合、その旨がすぐにシンジと私の元へ届くように手配すること。2つ目にゲンドウの報酬の終身50%カット。3つ目にSEELEは一週間以内にシンジへの謝罪の意味を含めて、5億USドルを支払う事。最後に、ゲンドウが先ほどの提示に違反をした場合、1回ごとにSEELEが我が息子に対して1億USドルを支払うことが条件だ。この件について、こちらは一切の妥協を認めない。しっかりと伝えたまえ」
 チンと音を立てて置かれる受話器。ヴァンの趣味としてクラシカルな物を好むため、ヴァンの電話はプッシュホンではなく、凝った細工のダイヤル式である。
 「お疲れ様です、ヴァン。あなたも意外に乗り気だったみたいね?」
 「最近暇でね。ちょうどいい暇つぶしにはなったな」
 「それでシンジの方はどうなの?」
 心配げなリタであるが、彼女のこういう様子は非常に珍しい。シンジがいなければ、2度と見られぬ光景である。
 「エーテライトで通信機能を故障させ、問答無用で使徒を殲滅したそうだ。被害は0。全く問題はないと聞いている」
 「SEELEには、ちょうどいいお灸になったでしょうね?」
 「全くだ。それより、私にも紅茶を戴けないかね?」

SEELE―
 暗闇の中に、複数のモノリスが浮かんでいた。
 「・・・キール議長、ヴァン=フェムからの件ですが」
 「分かっておる。しかし、サードめ・・・自らを囮にしてまで、こちらの行動を束縛しにくるとは・・・」
 「それは幾らなんでも、考えすぎでは?」
 「・・・私の考えすぎならば良いのだがな。それより、以前命じておいた、サードのドイツ時代の身辺調査はどうなった?」
 「いくつか興味深い点が判明しました。まずサードの教師陣の中に、ヴァン以外に気になる者が3名おります。『白翼公』トラフィム『宝石翁』ゼルレッチ、加えて『霊子ハッカー』シオンです」
 「暗黒街の帝王、協会の最高実力者、加えてアトラスの忌み子・・・確かに気になる組み合わせだな。調査の方は続行したまえ」
 「議長、サードの身辺調査を行うのであれば、サードの姉を名乗る少女に接触を図ってみては?その手の実働部隊には事欠かぬはず」
 「確かに、それも手か・・・試しにやってみるか」
 「ゲンドウの処分については?」
 「あれには処分を遵守させろ。確かに我らも奴の案を受け入れた。その非は我らが受け入れなければならない。だが提案者にも責任はあるだろう。その責任として、奴にはこちらからの指示を徹底させるのだ。結果として、奴個人の思惑が潰れ、こちらの計画が進むのであれば、問題はない」
 
浅間山中腹にある温泉宿―
 「ふー、良いお湯だった」
 広々とした畳の上で、温泉から上がったシンジは大の字になっていた。最近、激しい鍛練の毎日であった為、体にも疲れが溜まっていたのかもしれない。
 夕食も済んでおり、あとは適当に時間を潰すだけ、という状況である。
 (・・・そういえば、今、ここには飛鳥とウィリスさんしかいないんだよな・・・盗聴の心配もないし、ウィリスさんにも話しておくか・・・)
 決断したシンジは、スリッパを履くと廊下へと出た。ウィリスの部屋は隣の為、すぐに到着する。
 「ウィリスさん、シンジです。入っても宜しいですか?」
 「ああ、いいぞ。入ってくれ」
 中へ入るシンジ。一人で宿泊するには広すぎる和室の中で、ウィリスはノートパソコンと睨めっこをしていた。
 「ひょっとして、お仕事中でしたか?」
 「いや、構わない。5分だけ待ってくれるか?」
 「はい、分かりました。」
 テーブルの上に置かれた急須を手に取り、慣れた手つきでお茶を淹れるシンジ。緑茶の香りが、ウィリスの鼻孔を刺激した。
 「ふう、終わった。ありがとうな」
 湯気の立つ緑茶を啜りながら、首を左右に動かす。コキコキと音が鳴った。
 「それで、何の用かな?君が飛鳥君を放っておいてまで、こちらに来るとは、正直、予想していなかったんだが?」
 「からかうのは止めてください。真面目な話があってきたんですから」
 『悪い悪い』と言いながら謝るジェスチャーをとるウィリス。
 「これから話す事は、全て真実です。ウィリスさんに聞いてほしいんです」
 シンジの真剣な顔に、ウィリスもまた背筋を伸ばして聞く体勢にはいった。
 シンジの口から語られる事実。それは加持に告白したものと同じ内容である。
 「ふむ、タイムスリップか・・・SFの世界だけだと思っていたんだがな・・・」
 ぬるくなった緑茶を一息に呷る。空になった湯呑に熱い緑茶を淹れながら、ウィリスは当然の疑問を口にした。
 「だが、何故、今になって私に話した?」
 「僕が、あなたの事をよく知らなかったからです。前回、あなたはNERVには所属していなかった。それどころか、ウィリスという人物が、UNに所属していたことすら知りませんでした。だから、あなたが信用できる人間かどうか、判断できなかったんです。これについては、栗林司令も同じですけどね」
 「まあ、君の言った事が事実だと仮定すれば、確かに慎重になるのも頷けるがな」
 「信じていただけないんですか?」
 両目を閉じ、静かにお茶を啜るウィリス。
 お互いに言葉を口にせず、沈黙の時間だけが流れる。
 「もし君が未来から来たのだと仮定しよう。それならば次の使徒についての情報を持っているはず。それについて教えてもらいたい」
 「分かりました。次の使徒は、今まで襲来してきた使徒の中では、間違いなく最弱の部類に入る奴です。でも、状況が厄介なことになります」
 「どういう意味だ?」
 「前回は、NERVで停電が起きました。正・副・予備、全ての電源が同時に落ちたんですよ。復旧経路から、本部の構造を把握する事が目的だったと聞いています。つまりいずれ起きる事になる、戦自によるNERV本部の直接占拠のための事前調査なんです」
 ウィリスの顔が怒りに歪む。こちらが一生懸命人類の為に戦っている最中に、そんな暴挙をして足を引っ張られれば、誰だって激怒するに決まっている。
 「実行者は分かっているのか?」
 「はい、実は監査部の加持さんなんです。でも誤解はしないでください。当時の加持さんには、そうしなければならない理由がありました。でも、今の加持さんは違います。僕が持っていた情報によって、加持さんは目的を達成し、今は僕個人の味方となってくれています。だから加持さんには、命令に従う理由がないんです。でも加持さんには敢えて、その命令に従ってもらおうと考えています」
 「・・・つまり、スパイとして潜入、ということか?」
 「加持さんには、停電事件を利用して、より深く潜って貰えないかと思ったんです。正直な話、僕の持つ情報が丸ごと利用できるなら、こんな危ない橋を渡って貰う必要はありません。でも、事態の経緯が少しずつ変化している事を考えると、どんなアクシデントが起こるか、分からないんです」
 シンジにしてみれば、自分の知る歴史と大まかな流れは同じなのだが、細かい部分で差異が出てきている事が不安の種であった。何か起これば、その都度対処していけばいいとは思うものの、それでも、些細な火種が大火となりうる事だけは防がねばならない。
 「分かった。まずは次の使徒戦で、停電事件が起きるかどうか、だな。加持一尉の行動には、私は目を瞑っておこう。まずは君の言い分が正しいかどうかを判断する事が先決だからな」
 「それで十分です。加持さんには、僕からスパイの件を頼んでおきます。停電の命令が来れば、間違いなく、それを利用しようとする筈ですから」
 ありがとうございました、と礼を言い、シンジが席を立つ。
 「君のこと、知っているのは、他に誰がいるのかな?」
 「飛鳥にレイ、兄さんや姉さん達、それから加持さんです」
 「分かった。今回の件、私も他者には口外しない」
 「はい、よろしくお願いします。特に副司令には知られたくありませんから」
 退室するシンジ。静かに閉められる衾。
 「・・・信用できない父親、か。辛いところだろうな、シンジ君も・・・」
 冷めた緑茶は、何故か酷く苦く感じた。

飛鳥の宿泊部屋―
 布団にくるまり、明日香はずっと考えていた。シンジが使徒であり死徒であることは、明日香も気になっていたが、それよりも心にわだかまっていることがあった。イスラフェル戦の前日、シンジを見るに見かねて檄を飛ばしに出たことである。
 (おかしい、あの時、アイツを殺す絶好のチャンスだった。なのに、アタシは・・・)
 シンジが『殺してほしい』と頼んできた時、明日香が感じたのは喜びでもなく、怒りでもなかった。心に満ちたのは・・・
 (違う!アタシはアイツを殺したいんだ!)
 彼女は気付いていない。その指が、無意識のうちに自らの唇へ触れていた事に。
 「飛鳥、まだ起きてる?」
 開かれる衾。布団にくるまっていた明日香は、突然聞こえてきたシンジの声に、ビクッと身を震わせた。
 「あっちゃ、もう寝ちゃったのか、起こしちゃ悪いな、おやすみ」
 再び閉じられる衾。室内に闇と静寂が戻る。
 (アタシはアイツを殺したい!アイツがアタシを愛していても、そんなの関係無い!アタシはアイツを殺したいんだ!そうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ・・・)
 明日香の強く閉じられた両眼から、一筋の涙が零れおちていた。



To be continued...
(2010.02.20 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回も読んで下さりありがとうございました。
 今回は第8使徒サンダルフォン戦でしたが、どちらかと言うと裏舞台の比重が大きかったので、戦闘シーンはとてつもなく地味(笑)になってしまいました。次のマトリエル戦も地味になるのはほぼ確定(笑)なので、派手さについてはサハクイエル戦までお待ちください。
 その代り、今回は久しぶりに欧州27祖組(別名留守番組)の登場となりました。それでも出てくるのはたった3名。出番が無かった黒騎士・白騎士・魔犬・白翼公に哀悼の念を捧げ・・・グシャ!ドガ!ガシュ!・・・チーン。



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