堕天使の帰還

本編

第十九章

presented by 紫雲様


第3新東京市、市立第1中学校―
 「起立、礼!」
 その日、最後の授業が終わった。生徒達はクラブ活動へ向かうもの、遊びへ向かうものと、思い思いの時間を過ごす。
 飛鳥は洞木と雑談に興じ、レイは本へと視線を落としている。
 「おーい、センセ、一緒にゲーセン行かへんか?」
 トウジの声に、シンジだけではなく飛鳥とレイが振り向いた。
 「ごめん、今からNERVに・・・」
 「トウジ、ケンスケ、シンジの意見は無視していいから、強制連行して!シンジもまだ2時間はあるでしょうが!」
 「シンジ君、力抜いたほうがいいと思う」
 彼女達の言葉に、言われたトウジとケンスケが事情を理解できず、お互いの顔を見合わせる。
 「シンジね、最近ずっと訓練漬けなの。たまにはストレス解消させないと、潰れるからね」
 「はあ、センセも大変やな」
 「違うわよ!シンジの場合、自主訓練なの!いくら言っても聞かないから、こっちも困ってるのよ!」
 アハハハ、と愛想笑いをするシンジ。彼にしてみれば、そろそろ襲来する第9使徒マトリエルに即座に対抗するため、本部にいたいだけだったのだが。
 「ブリュンスタッド君、真面目ねえ・・・鈴原も爪の垢煎じて飲んでみたら?」
 「何でやねん、委員長!」
 「だってブリュンスタッド君、宿題の提出とか忘れたことないんだよ?鈴原、今日、いくつ宿題忘れてきてたのかな?」
 痛いところを突かれて押し黙るトウジ。
 「さ、さあ、センセ、行くで!」
 「ちょ、鈴原!」
 「トウジ!ちょっとまってってば!」
 教室から瞬く間に消えさる2馬鹿+1。彼らはそのまま繁華街の方へと向かっていく。
 その光景を教室から眺めるのは、3人の少女達。
 「飛鳥、ブリュンスタッド君、そんなに疲れが溜まってるの?」
 「最近、欠伸とか多いのよね。今朝も珍しく寝坊してたし、おかげでアタシまで遅刻するとこだったわ」
 「ふーん・・・ん?飛鳥、今、何て言ったの?」
 慌てて横を向く飛鳥。視線がきつくなるヒカリ。ポケットから耳栓を取り出し、自分の耳に入れるレイ。
 「どういうことかな?飛鳥。飛鳥がブリュンスタッド君の所に下宿してるのは知ってるわ。でも、どうしてブリュンスタッド君が寝坊すると、飛鳥まで遅刻するのかしら?」
 「そ、それは・・・そう!朝食の準備が遅れるからであって、お昼の弁当の準備も遅れるからであって!」
 「でも飛鳥、以前、自炊ぐらいはできると言ってたわよね?」
 グウの音も出ない飛鳥。自分が発言する度に、墓穴を掘っているという事を、彼女は全く気付いていない。先天性失言発声装置内蔵娘の面目躍如である。
 「飛鳥、正直に言いなさい。どういう事なのかな?」
 3人以外にも教室に残っていた生徒達の視線が、飛鳥へと突き刺さる。その意味するものは好奇心と嫉妬。
 「・・・ゴメンナサイ。毎朝、起こしてもらっています・・・」
 「ふ、不潔よーーー!」
 委員長の放った広域破壊兵器が生徒達の鼓膜を粉砕する。一人我関せずなレイだけが無傷であった。

発令所―
 カタカタとキーボードを打つ音が、沈黙の支配する発令所に響く。
 「お疲れ様、マヤ。調子はどう?」
 「先輩!こっちは大丈夫ですよ、期限までにはきっちり仕上げて見せます」
 「そう、ありがとう。頼りにしてるわ」
 後輩兼直属の部下であるマヤに、自らが淹れたコーヒーを振舞うリツコ。マヤの好みはすでに把握しているので、ミルクと砂糖は投入済である。
 「それより、先輩。この前、三佐から要請のあったアレですけど、完成したんですか?」
 「ええ、なかなか面白いものに仕上がったわ。材料費は0、質も良好。思わぬ拾い物ってやつね」
 リツコが完成させた物とは、以前ラミエル戦で初号機が使ったタスラムの量産品である。タスラムは材料費がかかり過ぎるため量産できず、かと言って安い材料を使うと、質が悪くなりすぎる。一番効率が良いのは劣化ウランを使う事だが、ウィリスから禁止命令が出ているので、結局、量産まで漕ぎつけられなかったのだ。
 この問題を解決したのは、ラミエル自身である。ラミエル戦の終了後に、帰還したシンジの発言が発端であった。
 『ラミエルのボーリングって、装甲板より硬いんですよね?これ、武器に加工できませんか?材料費はタダだし、硬さは折り紙つき。武器にできればゴミとして処分する費用もかかりませんし・・・』
 技術部が色めき立ったのは当然である。責任者であるリツコを筆頭に、喧々諤々の論争が繰り広げられ、まずは3本の量産型タスラムが作られたのであった。
 「久しぶりに楽しい仕事だったわね、アレは」
 「私も参加したかったです、先輩」
 ひたすらMAGIにかかりきりのマヤだけが、その時の開発に参加していなかった。
 「まだ次があるわよ。材料もまだまだあるし、ね」
 コーヒーを啜るリツコ。その瞬間、発令所が闇に落ちた。
 「「「赤木博士・・・また?・・・」」」
 発令所の至る所から湧きあがる抗議の声。
 「わ、私じゃないわよ!何で私のせいになるの!」
 リツコの抗議の声は、誰にも受け入れられなかった。

発令所メインゲート―
 「2人とも、準備はいい?」
 「オーケー、いつでも良いわよ」
 「大丈夫」
 加持から停電のスケジュールについてリークされているので、焦りはない。この時が来たか、というだけの事である。
 「僕が先頭、次に綾波、後ろは飛鳥。綾波はケージまでのナビを。飛鳥は万が一を考えて、後ろに気をつけていて」
 黙って頷く2人の少女。
 「じゃ、行きますか。少し派手だけど、騒がないでね」
 パリパリ、と音を立ててシンジの全身に緑の雷光が走る。
 「魔術回路起動開始、虚数魔術展開、収束開始。形状は剣の形を指定」
 シンジの右手に虚無の刃が現れる。それを無造作に振りぬくと、特殊合金で出来ていた緊急通路へのドアは呆気なく2つに切り裂かれた。
 初めて見る魔術もそうだが、全身に雷光を纏わせるシンジの姿は、少女達に軽い衝撃を与えていた。シンジが使徒であり、死徒である事は知識として知っている。だがこうも人外としての力を見せつけられると、驚かずにはいられない。
 「さ、行こうか。途中で工作員と鉢合わせする可能性があるから、注意してね」
 
エレベーター内部―
 「うう、何でアンタなんかと一緒に閉じ込められないといけないのよ・・・」
 「そう冷たいこと言うなよ。でも煙草が吸えないのは、ちっと辛いな」
 ミサトと加持が、密室と化したエレベーター内部でぼやいていた。加持の場合、裏事情は知っているし、なにより停電を起こした張本人であるので、内心では全く動揺していない。
 「なあ、葛城。一つ、訊いて良いか?」
 「なによ」
 「葛城、お前NERVを辞めるつもりはないのか?」
 ミサトの顔が呆然とし、次に怒りに歪む。
 「加持、アンタ意味わかって言ってる訳?」
 「当然だろ。お前が使徒への復讐をしたい事は分かってる。でも現実として、お前は作戦提案はできても、指揮を取れる訳じゃない。もう、諦めても良いんじゃないのか?」
 「ふざけんじゃないわよ!」
 かつての恋人の胸倉を掴み上げ、顎に拳銃を突きつけるミサト。だが己の命を握られていても、加持の顔には焦りなど浮かんでいない。
 「葛城、使徒はお前の父親の仇じゃない、と言ってもか?」
 「な、なにを・・・」
 「お前が戦場から遠ざかってくれるのであれば、俺はお前に真実を伝える。あの日、南極で起きた事の裏事情も含めてな」
 加持のミサトに向ける眼差しは、限りなく優しいものであった。
 「加持、あんた一体、何を・・・」
 「葛城、俺はお前を救いたかった。あの2ndインパクトで、俺もお前も大切な家族を失った。俺は、俺と同じ傷を抱えたお前を救いたかったんだ。その為に、俺はこの8年間を過ごしてきたんだ」
 加持の両手がミサトの背中へと回される。
 「良く聞け、目と耳が死んでる今だからこそ、お前に真実を伝えられる。あの日、南極で起きた事件、そのトリガーとなったのは、確かに第1使徒アダムだ。だがその背後には、人間が関わっていたんだ」
 ミサトの両目が驚きで開かれる。
 「奴らは大きな力を持った組織だ。感情に支配されやすいお前では、喧嘩を売っても、返り討ちにあうだけ。だから、俺を信じてくれ、葛城。俺が必ず、本当の仇を取る」
 「加持・・・」
 「心配するな、葛城。俺は一人じゃない。一緒に戦ってくれる仲間がいる。なによりお前という帰るべき場所があるんだ。絶対にお前を悲しませるような事はしないと誓う」
 使徒への復讐。それにこだわり続けて生きてきたミサトは、この時初めて、本当の意味で2ndインパクトから立ち直ることができた。

発令所―
 「大変です!正・副・予備、全ての電源が落ちています!」
 マヤの絶叫が発令所に響いた。
「青葉三尉!すぐに手の空いている職員全員を、ケージへ集合させろ!人手は多ければ多いほどいい、必要なら保安部や諜報部も使え!肉体労働は、連中の得意分野だからな」
 「ケージへですか?」
 「そうだ、念のためにエヴァをいつでも発進できるよう、手動で起動準備を行っておくんだ。責任は私がとる。これは作戦部部長としての正式な任務だ」
 「了解です!青葉三尉、ただちに任務を遂行します!」
 駆け足で発令所から出ていく青葉。普段から体は鍛えているので、それなりに軽快な走りである。
 「三佐、事情を説明していただけないでしょうか?」
 「・・・ただの勘ですよ、軍人としてのね」
 ウィリスにしてみれば、停電が起きた以上、シンジの発言通り、マトリエル襲来は確定しているのだから、理由など必要ない。だが何も知らないリツコには理由が必要であるのだが、納得させられる理由など存在しない。苦肉の末の『軍人の勘』であった。
 「御不満ですか?赤木博士」
 「いえ、実戦経験豊富な兵士に、いわゆる虫の予感と呼ばれる人智を超えた感覚を備えた者がいるという事実ぐらいは知っています」
 「ええ、おっしゃる通りです。ついでに言うならば、悪いことが起きた時には、悪いことが重なる。これもまた否定できないジンクスでしてね」
 ウィリスは口調こそふざけているが、顔は真剣そのものである。
 「ところで、赤木博士。今回の停電、本当に偶然の事故だと思いますか?」
 「間違いなく人為的なものでしょうね」
 「ならば、何故、彼らは停電を起こしたのでしょうか?」
 考え込むリツコ。即座に、ハッと顔を上げる。
 「マヤ!MAGIにダミープログラムを流させなさい!奴らの目的は、復旧経路から本部の構造を推測する事よ!本部の情報漏洩だけは防がないといけないわ!」
 「は、はい!」
 慌ただしくなる発令所。その仕事ぶりを見つめながら、制服を脱ぎだすウィリス。
 さすが間近で服を脱ぐ男を見たぐらいで、動じるリツコではない。だがそのシャツだけとなった上半身に刻み込まれた無数の銃創、切り傷、刺し傷の痕には驚きを隠せなかった。
 「私もケージへ向かいます。人手は少しでも必要ですからね」
 腰に銃だけは吊り下げたまま歩きだすウィリス。指揮官ではなく、初めて見せた戦士としてのウィリスの顔には、停電工作を指示した黒幕への怒りが浮かび上がっていた。



To be continued...
(2010.02.27 初版)


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