堕天使の帰還

本編

第二十章

presented by 紫雲様


第3新東京市―
 「あーあ、葛城さんも何で俺に洗濯行かせるかなあ」
 両手で抱えた荷物。疲れた顔。どことなく背中に哀愁を漂わせる男、作戦部所属の日向三尉である。
 彼の悩みは第3使徒戦直後の騒動において、1階級降格された結果、給料も減ってしまい、お小遣いが減少したことである。
 無論、ミサトが洗濯代を出せば問題はないのだが、万年ビール代で金欠のミサトがお金を持っている訳はなく、日々、立て替え代金の総額は積り続けている。
 そんな日向の耳に、妙な音が聞こえてきた。
 一見すると、それは蜘蛛であった。ただ全長がビルより高く、胴体部分に無数の眼がついている蜘蛛など、この地上に存在しない。
 「あれは・・・まさか、使徒か!」
 『馬鹿な、何故警報が鳴らない』そう考えた日向は、初めて気がついた。信号が消えている。これが意味するのは、停電。
 「マズイ!何とかしないと!」
 周囲を見回す日向の目に留まったのは、選挙活動をしていた街宣車である。
 日向は即座に決断すると、使徒の姿に驚き固まっている街宣車へと走り出した。

NERV本部、連絡用通路―
 暗闇の中、子供達はひたすらケージを目指して歩いていた。多少は空気の対流が起きているため、我慢できない暑さではないのが、唯一の救いである。
 「しばらく進んだら3と書かれたドアがあるから、その奥の梯子を降りて」
 「了解・・・ここか、ちょっと下がってて」
 再び闇の刃を作り出し、シンジが切り刻む。ガラガラと音を立てて、合金製のドアはスクラップと化した。
 「そういえば、護衛は何してんのかしら?こういう時こそ、傍にいるべきだとは思わない?」
 「姉さん達なら、もう動いているよ。僕達とは別行動でね」
 「どういう意味?」
 飛鳥の問いかけはレイにとっても疑問であったため、レイは口を挟まずに静かにしている。
 「停電を起こした工作員チームの撃破だよ。相手は複数のチームで、工作終了後はバラバラに撤退するのは読めていた。だから、姉さん達には護衛から外れて単独行動してもらってるんだ」
 この辺りの詳しい情報は、工作チームに加わった加持からのリークがあったので、情報の正確性には疑いはない。
 「もし、工作員と私達が鉢合わせしたら、どうするのよ?」
 「飛鳥、勘がいいね。見事に正解だよ」
 シンジの視線の先には、4人の人影があった。手には銃らしき物を所持している。
 「ウソ!なんで鉢合う訳!?」
 飛鳥の叫びに反応した工作員が、咄嗟に銃を構える。本来、チルドレンを殺してしまっては人類の滅亡に繋がるのは、彼らも理解していた。だが思わぬ遭遇が、理性よりも非合法活動に従事する工作員としての咄嗟の判断を優先させてしまった。
 闇の中に光が煌き、発砲音が轟く。自らの死を予感した飛鳥とレイであったが、いつまで経っても、痛みは襲ってこなかった。
 「2人とも、なんで僕が前衛にいると思ってるのさ」
 顔を上げた2人が見た物は、シンジの眼前に聳える漆黒の壁―ATフィールド。
 「僕が傍にいるから、姉さん達は護衛から外れる事が出来たんだよ。最強の盾を持つ僕が2人を守る限り、死ぬ事はないからね」
 「・・・すっかり忘れてたわ、アンタ、一応使徒だっけ」
 「すぐに終わらせるから」
 シンジが右手を、都合4回振りかぶる。1回振りかぶる度に、工作員は銃から手を放し、静かに座りこんだ。
 しばらく経つと、通路はシーンと静まり返る。
 「終わったよ、もう安全だからね」
 「アンタ、何したの?」
 「ちょっと記憶を弄って、今起きた事を忘れてもらったんだよ。あとは無気力状態にしただけ。全部終わったら、保安部に生け捕りにしてもらおう」
 工作員には目もくれず、前進するシンジ。
 「アンタ、もう何でもありね」
 「言うほどじゃないよ。僕に色々教えてくれたのは姉さん達だけど、結局、どれも姉さん達と互角のレベルにまでは辿りつけなかったからね。さっきの記憶操作にしたって、シオンさんなら一回で4人とも終わらせたよ」
 「なんと言うか・・・天才を自称していたアタシって、何だったんだろう?って気分になってくるわ」
 「飛鳥、あなたは天才じゃなくて天災よ。字を間違えてはダメ」
 「誰が天災よ!」
 少女達の仲の良い口喧嘩をBGMに、3人は歩き続ける。
 「静かに!今、何か聞こえた」
 シンジの指摘に、ピタッと収まる口喧嘩。
 『・・・襲来・・・使徒・・・注意・・・使徒・・・襲来・・・』
 「使徒襲来ですって!?」
 「マズイ、急ごう!」
 3人は全力で通路を駆け抜けた。

NERV本部ケージ―
 『そーれ!そーれ!』
 地下のケージに響く男達の掛け声。30人ほどの整備員や保安部員等が力を合わせて、ワイヤーを引っ張っている。
 「みんな、あともう一息だ!あとで酒でも奢ってやるから、気合い入れていくぞ!」
 『オーッ!』
 (・・・三佐って、見かけと違って体育会系なのね・・・)
 リツコの冷静な判断を余所に、発進準備は進められていく。そんな最中、一台の選挙用街宣車が発令所へ乗り込んできた。
 「使徒襲来!すぐにエヴァの発進準備を!」
 日向の叫びに、リツコが驚いたようにウィリスを見る。
 「みんな、済まないがペースを上げていくぞ!子供達は必ず来る!俺達は、あの子達を信じて出来る事を進めておくぞ!」
 日向もまた、エヴァの発進準備を手伝うために、腕まくりしながら駆けていく。そんな日向を見る、街宣車のウグイス嬢の視線が意味ありげであったが、それはまた別の話。
 日向が手伝いに入って間もなく、今度はガンガンという音が天井から聞こえてきた。同時にメキメキと音を立てて、ダクトがボルトを弾き飛ばしなら引きちぎれる。
 「キャア!」
 悲鳴を供に、床へ降り立つシンジ。彼は死徒としての怪力を利用して、悲鳴を上げた飛鳥を左腕で、眉ひとつ動かさないレイを右腕だけでお姫様抱っこをしていた。
 文字通り、両手に花である。
 「三佐、すいません、遅れました!」
 「問題ない!すぐに搭乗してくれ!使徒は、もう来ているぞ!発進に邪魔な物は、すべて壊して構わない!使徒撃退が優先だ!」
 「「「ハイ!」」」
 搭乗を開始する子供達の背中に、発進準備をしていた大人達の応援が飛んだ。

 その後、メインシャフトから溶解液攻撃を仕掛けようとしていたマトリエルは、3体のエヴァによる一斉射撃をまともに浴びて、その活動を停止させる。
 後に飛鳥曰く。
 「使徒にも欠陥品がいるのね」
 
第9使徒、マトリエル撃破―

第3新東京市、郊外―
 「ふう、今日は疲れたわ」
 飛鳥のぼやきに、レイが黙って頷く。時刻は夕方、そろそろ一番星が輝きだす時間であった。
 「よお、お疲れ様。こいつは差し入れだ」
 「加持さん!」
 3人分の缶コーヒーを持ってきたのは、加持である。後ろにはミサト、スミレ、志貴、シオンが立っていた。
 「あれ?兄さん、アルクエイドさんは?」
 「使徒に触りたい、と言って向かったまま、帰ってきてないんだよ」
 「うげえ、あんな蜘蛛みたいなのに、よく触れるわ・・・」
 飛鳥の言い分に、各自の口から笑いが漏れた。
 「そういえば、第3で星を見るのは初めてなのよね。停電が復旧するのは翌朝だし、今日だけのイベントかあ」
 草むらに仰向けに寝転がる飛鳥。レイとシンジも同じく横になる。大人達も地面に腰を下して、徐々に夜空へと変化していく空を見上げていた。
 「奇麗な星ね・・・それに、とても静か・・・」
 「人は闇を恐れる。その闇を駆逐する為に火を使うようになった。光で闇を追い払う為に・・・」
 「てっつ学ー」
 前回と同じ会話に、頬を綻ばせるシンジ。そんなシンジにかけられる声があった。
 「シンジ君、今まで迷惑かけてゴメンね」
 「葛城さん?」
 ミサトは真剣な目で、シンジを見ていた。
 「今日、加持に言われて気づいたの。私、使徒への復讐に拘り過ぎていたって。感情に負けていたから、今までまともな作戦も出せなかった。だから考えたの」
 「・・・」
 「私、異動願いを出すわ。私に指揮官の実力は無いってことが分かったから。でもNERVから去るのは逃げるのと同じだと思うの。だから自分に出来る事をやってみるわ」
 すっかり憑き物が落ちたようなミサトの顔。加持以外の全員が、その事実に驚きを感じていた。
 「私、白兵と射撃は得意だから、保安部へ異動しようと思うの。保安部はいつでも人手不足だから、多分申請は通ると思う」
 「それが葛城さんの意思なら、僕は何も言いません。でも、本当に良いんですか?」
 「私はそれで良いと思っている。見当違いの復讐にあなた達を巻きこむのは間違った事だからね」
 「・・・部外者が、口を挟んでもいいですか?」
 そう言ったのはシオンである。
 「葛城二尉、あなたの言い分は理解できました。だが、それなら尚更、作戦部へ残るべきではありませんか?幸い、指揮官にはウィリス三佐がいます。ですが戦争とは指揮官だけで勝てるものではありません。作戦提案をする参謀、物資を統括する後方部隊、兵を纏め、指示を徹底させる士官、色々な役割が必要です。あなたには、まだ作戦部で出来るものがあるのではありませんか?」
 「残念だけど、私には無理ね。参謀としては知恵が足りない、後方部隊としては計画性が足りない、士官としては人心掌握に欠ける、全て足りないのは自覚しているの」
 「二尉、あなたは誤解しています。参謀とは一人で行うものではありません。一人の軍事的天才に、複数の凡人で対抗するために編み出されたチームワークなのですよ?これは歴史が証明しています。少なくとも、あなたには発想力がある。その発想力を活かせるものが傍にいれば、あなたは必ずシンジ達の力になれます」
 シオンの言葉に、ミサトが呆気にとられる。彼女の視線はゆっくりと周囲を見回し、最後に加持のところでストップした。
 何も言わずにミサトを抱きしめる加持。その腕の中で、ミサトの両肩が小刻みに震えだした。
 
これ以後、シンジのミサトへの呼び方が、葛城さんからミサトさんへと変わることになる。



To be continued...
(2010.02.27 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございました。
 今回ですが、裏タイトルは『ミサト覚醒』です(笑)。堕天使の帰還はアンチ系ですが、個人的にはミサトは嫌いなキャラじゃないんですよね・・・いろんな面で問題あり過ぎなのは否定できませんが(笑)
 次回掲載分のサハクイエル戦以降、ミサトにはまともな指揮官(立場的には補佐ですが)として、使徒迎撃に携わっていただきます。でも、ゲンドウは汚名返上できそうにないなあ・・・汚名挽回な気がしてなりません(笑)
 それと今回は、胼胝さんの期待に応える意味で『お姫様抱っこ第3弾』に挑戦してみました。両手に花状態ですが、如何でしたでしょうか?
 では、次回サハクイエル戦をお楽しみに。次回の裏タイトルは『人類vs使徒』です!



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