第二十一章
presented by 紫雲様
NERV本部技術部開発室―
「これが量産型タスラムです。重さが半減しているため質量を利用した衝撃は減少していますが、タングステンを上回る強度と硬度、加えて軽量化による速度の上昇は、プロトタイプを上回る威力を出すことが可能です」
リツコの説明に、ウィリスが頷く。飛鳥は物珍しそうにペタペタと触り、レイは手渡された書類へと視線を落としている。
「どうだ?接近戦でもある程度使えそうでもある。シンジ君の眼から見て、改良点とかはないかな?」
「そうですね、特に改良すべき点は無いと思います。あとは実戦で使ってみないと、何とも言えないですね。いっそエヴァ同士で模擬戦闘とかできれば良いんですが」
「・・・そうだな、一度、司令に御協力をお願いしてみるか。赤木博士、もし要望が通ったら日程を教えますので、武器の試作品を幾つか作っていただく事はできますか?」
「ふふ、面白そうね」
ウィリスの要請に、リツコもかなり乗り気である。
「ハーイ!アタシ、威力のある武器が良いでーす!ソニックグレイブやスマッシュホークも良いんだけど、なんか物足りないのよ」
「私は特に・・・」
飛鳥の要望をメモに書き留めていたリツコだったが、レイの言葉にはさすがに困ったような顔を向けた。だが、すぐに良い案を思いついたのか、何か書きこみ始めた。
「僕も特にはありません。ミストルティンだけで十分戦えますからね」
「超振動装置の取り付けは?」
「逆に無い方が良いかもしれません。下手につけても、エヴァの怪力で振り回す訳ですから、装置が持たないと思うんですよ」
シンジの意見に『そうね』と同意するリツコ。
「それなら使い易さの向上に力を入れるわね」
「ああ、それはいいですね。是非、お願いします」
ペコリと頭を下げるシンジを見つめるリツコの顔は、以前と比べてかなり柔らかい笑顔へと変化していた。
「そういえばリツコさん。あの男、またMAGIに無断接触していましたよ?ここ1週間で、もう3回目の反応がありました。そんなにお金貰っても、使い道が無いので、釘を刺しておいて貰えませんか?」
リツコもサンダルフォン戦におけるゲンドウのペナルティは聞いている。勿論、ゲンドウの懐刀として接触を誤魔化すようなプログラムは作り上げていた。
問題なのは、それが上手く機能していない事なのである。
そして今回もまた、無断接触がばれたのであった。
ちなみに接触を知らせるように細工をしたのはシオンである。エーテライトを使ってMAGIに指示しているので、普通のプログラミングでは対抗できない事を、リツコは知らなかった。
「そ、そうね。あとで伝えておくわ」
「シンジ、何かあったの?お金ってどういう意味?」
「この前の火口の使徒、憶えているでしょ?あんなフザケタ作戦立てたペナルティとして、MAGIへの接触に制限かけるように言ったんだよ。1回接触する度に、1億USドルが入ってくるんだけど・・・あの男、何も分かってないみたい」
「1億!?それもUSドルで!?」
飛鳥の叫びに、レイとリツコが顔をしかめる。
「まあこちらとしては資金が増えるのはありがたいけどね。3億あればジェットアローンのとこの株式、7割は買えるし・・・そうだ、リツコさんやウィリスさんも、今のうちに買いませんか?」
「あれを?」
「ヴァン先生が言ってました。ジェットアローンを改良して、人間サイズのパワードスーツを量産させるそうです。先生、自信たっぷりでしたね」
その言葉に、リツコと飛鳥の脳裏に、貯金通帳の残高が浮かんだのは、本人だけの秘密である。
「シンジ君。インサイダー取引は犯罪だぞ?今回は聞かなかった事にしておくが、程々にな」
同じ頃、南極に到着間近であったゲンドウは、すぐにSEELEへ呼び出されて、こってりと絞られていた。勿論、ゲンドウの私有財産が没収・換金されたのは言うまでもない。
「では、私も行ってくる。留守中に何か起きたら、戦闘は葛城二尉の指示に従う事。他は冬月総務部長の指示に従ってくれ。葛城も以前はともかく、今はかなり改善されたからな」
ちょっとした毒舌を残して、ウィリスは出発した。行先はUN本部や各支部、帰還途中に戦自へと立ち寄る予定になっている。
ゲンドウは半月前から南極へ出張中。表向きは南極の現状のデータを受け取って帰ってくること。実際はロンギヌスの槍の回収である。
栗林は日本政府との交渉の為に出張していた。マトリエル戦において捕縛された工作員(シンジが無力化させた4人)の中から戦自高官の名前が出たからである。間違いなく、数人の首が飛ぶであろう大スキャンダルに、日本政府側は終始低姿勢であった。
上層部主要メンバーの一時的な離脱。現在、もっとも上位なのは総務部部長の冬月と、技術部部長のリツコで三佐扱い。ついで監査部部長の加持一尉であり、ミサトはその次にくる。
(・・・ついに来るのか、第10使徒サハクイエル・・・)
大気圏外から自らの落下による質量攻撃を仕掛ける使徒。シンジはかつてエヴァで受け止める作戦で迎撃しているが、やはり2度は体験したくない出来事である。
(保険はかけておいた方がいいか)
シンジは技術部へ向かい、リツコに新兵器の提案をした。
既存の武器の改良であったため、リツコも即座に了承。すぐに改造が行われ、試作品が3本完成した。
開発コード『ゲイボルグ』
間違いなく、エヴァの装備の中で随一の破壊力を誇る兵器であり、ウィリスが帰還後『司令の許可なしで使用する事は厳禁』と規則を設けた、戦略級兵器であった。
1週間後、発令所―
「インド洋上空に正体不明の飛行物体を発見!正面モニターに出ます!」
日向の叫びに応じたかのように、モニターに姿が映った。一見すると子供の落書きのようなデザインをした、巨大な使徒―第10使徒サハクイエル。
「パターンブルーを確認!使徒です!」
「総員、第1種戦闘配備!」
冬月の指示に、慌ただしくなる発令所。
「葛城二尉、あとの指揮は任せる。私は司令達に連絡をしておこう」
「分かりました!まずは敵の移動速度から、ここまでの到達時間を計算して!それから敵のコアがどこにあるのか、周辺の偵察衛星を利用して調べ上げて!」
「了解です!」
当面の指示を出したミサトは、しばらくの間、モニターに映った使徒を厳しい目で見ていた。だが自らの腕で自身を抱きしめると、その顔は普段の顔へと戻っていた。
「日向君、情報収集終了後にブリーフィングルームで作戦を練るわ。作戦部職員を集めておいてね」
作戦部ブリーフィングルーム―
「まずは敵について分かっている事から説明するわ。敵のATフィールドは極めて強固なもの。ランク的にはSランクとMAGIは推測している。以前戦ったラミエルと同じだと思ってくれればいいわ。攻撃能力は2つ。ATフィールドを利用して衛星を挟みつぶした能力と、自身の体を爆弾のように落下させる能力。特に危険なのは後者ね。体の一部を落下させながら、敵はこちらを目指している。ここへ着くころには、命中精度も非常に高くなっていると推測されるわ。特に破壊力については、MAGIはSSランク指定をだしている」
SSランク。既存の基準を超える破壊力に、ざわめきが広がる。
「MAGIは全会一致でここからの避難を推奨している。すでに市民に対しては、半径50km圏外への避難誘導を始めさせたわ。でも、私達が逃げる訳にはいかないのよ」
「その理由は?」
「仮に私達が逃げて、奴が落下したとします。その衝撃によって、日本列島は真っ二つに割れる。南北は日本海と太平洋が繋がり、東西は琵琶湖から会津近辺までが海になるそうよ。当然、そこにいる人達も死ぬ事になるわ」
桁の違い過ぎる被害予測に、顔を青ざめさせる出席者。
「だから、逃げる訳にはいかないのよ。まず私が考えた基本方針としては、落下してくる敵を、エヴァ3機で受け止めます」
「ちょ、ミサト!」
流石に慌てる飛鳥。あんなものを受け止めろ、と言われれば焦るのも当然である。
「これだけだと、成功率は0%。だから成功率を上げる方法も考えてきたわ。まずは敵が第3に近づいてきた時点で、UNの戦闘機部隊にミサイル攻撃を仕掛けてもらいます。この際、下から上へと撃つことによって、ATフィールドごと押し上げ、落下スピードを軽減させる」
前回と違った展開に、シンジは驚きを隠せなかった。以前は、すでに遺書の話が出ていたぐらいだからである。
「これを高度5000メートルまで続けます。次に陸上戦力による対空攻撃の中でも威力のある物を中心に、攻撃を引き継がせます。この際、陸上戦力は第3新東京市を取り囲むように配置させる」
ミサトの作戦説明に、出席者たちの顔に赤みが戻ってくる。飛鳥もまた、ミサトの作戦に静かに聞き入っていた。
「最後に、エヴァ3機を第3新東京市内に三角形を描くように配置。MAGIで誘導しながら、落下地点へ先回りし、落下を受け止めて近接戦闘で仕留めてもらいます。これが私の考えた案。作戦成功率は45%。不安要素としては陸上戦力の火力不足が原因。UNの陸上戦力で、日本へ常駐しているのは少ないからね。これさえクリアできれば、成功率はさらに上がるわ」
「ミサトさん、いい案があります」
「シンジ君?」
「戦自を引きこむんです。先日の停電事件の際、実行したのは戦自という証拠があり、その件で司令が日本政府と交渉中です。すぐに連絡を取って、実行犯という証拠を引き渡す代わりに、全戦力を作戦に加えさせるんです」
「日向君!今の案が通った場合の成功率、すぐに計算させて!」
パソコンに即座にデータを入力し始める日向。やがて顔を上げた。
「作戦成功率68%です!」
どよめきが広がるブリーフィングルーム。0だったのが68にまで上がったとなれば、それはそれで評価すべきである。だがシンジは、これだけで終わらせるつもりはなかった。
「それともう一つ。僕がリツコさんに開発をお願いしていた『ゲイボルグ』。試作3本が完成しています。それをエヴァ全てに装備させてください」
「ゲイボルグ?」
「はい、タスラムの改良兵器です。スペックと予想破壊力に関しては、リツコさんが保管しています。そのデータをMAGIに入力させてください。成功率が上がるはずです」
日向が技術部に連絡を取り、データを送ってもらっている間に、飛鳥が当然の疑問を口にした。
「ゲイボルグってどんな武器なの?」
「タスラムの先端に、N2を10個ほど取り付けた、爆発する投げ槍だよ。投げ槍の断面は直径2メートル前後。その周囲に10個のN2がある訳だから、理屈の上では直径10メートルほどの小さい面積に、10個分のN2の火力が炸裂することになるよ」
絶句する飛鳥とミサト。出席者たちもシンジの言うゲイボルグの非常識なスペックに、やはり言葉も無い。レイですら、呆気にとられていた。
「それが3本も?」
「はい、リツコさんは笑ってましたよ。楽しい玩具が作れたわ、って」
マッド赤木の本領発揮である。
「でもそれだけ火力があると、地上の敵には使えないんだよね。爆発で起こる粉塵も馬鹿にならないし。だから今回の敵は、データ取りには絶好の機会なんだよ」
「せ、成功率97.5%・・・」
MAGIの出した数値は、本来喜ぶべき値である。だが喜ぶ気持ちにはなれなかった。
(そんなとんでもないもの使ったら、絶対に世界中から疑われるわよ。エヴァで世界征服でもする気か!って・・・)
どうやら、ミサトは別の意味で始末書を書く事になりそうであった。
To be continued...
(2010.03.06 初版)
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