堕天使の帰還

本編

第二十二章

presented by 紫雲様


発令所―
 「作戦は打ち合わせ通りいくわよ。まずUNの戦闘機がミサイルを発射。これを高度5000メートルまで続けます。彼らが攻撃を開始すると同時に、エヴァはMAGIの誘導に従い、移動を開始。高度5000メートルに使徒が到達したら、UNは撤退。代わりに郊外に待機中の戦自が対空砲・対空ミサイルなどで迎撃に移ります。使徒が高度3000メートルに到達した時点で、エヴァ3機はゲイボルグを投擲開始。投擲終了後は、すぐに落下地点への移動を再開すること。使徒をキャッチしたら、近接戦闘でトドメを刺す。作戦内容は以上です」
 ミサトの言葉に、エヴァに搭乗して、すでに市内の出撃ポイントへ配置された子供達が黙って頷く。
 「では、行くわよ!UNに攻撃を開始させて!」
 
第3新東京市、上空高度5000メートル地点
 「NERVからの要請通り作戦を開始する。小隊4個を1組とし、使徒に向かって上昇しながらミサイルを撃て!先に出た4小隊出発5秒後に次の4小隊が出発。撃った後は高度4000まで戻り、最後尾にて待機だ。これを使徒が5000メートル地点に辿りつくまで繰り返し続けるぞ!」
 『イエッサー』
 「作戦開始!」
 轟音とともに複数の戦闘機が、高度を急上昇させていく。ほとんど垂直に駆け上がっていく彼らの肉眼で、すでに使徒は捉える事ができていた。
 『・・・ジーザス・・・』
 無意識のうちに神への祈りが口から出る。ATフィールドごと落下してくるサハクイエルの巨体は、圧倒的なまで存在感を、命知らずを自認するパイロット達に与えた。
 「気押されるな!地上では子供が、あれを受け止めるんだぞ!お前達が男なら、神になど祈るな!空軍魂を見せてやれ!」
 『イエッサー』
 戦闘機から放たれる複数のミサイル。N2による爆発の炎がサハクイエルの全身に広がっていく。
 2段目、3段目と連続するミサイルの嵐は、サハクイエルの本体にまでは届かない、だが続けざまに起こる爆発は、僅かづつではあるが落下スピードを緩めつつあった。

攻撃開始を遡ること、1時間前。UN太平洋方面軍、総司令部―
 「感謝します、司令。必ずや吉報とともに、再びお礼を言いに伺います」
 「礼はいいから、急ぎたまえ。健闘を祈るぞ、三佐」
 司令部で常にスクランブル状態にあった、一機の戦闘機が轟音とともに飛び立った。
 その圧倒的なまでの速度で、瞬く間に姿を消す。
 「歯痒いのだろうな、お前も。だがお前にはお前にしかできぬことがある筈」
 総司令部の窓ガラス越しに、消えていく戦闘機の姿に対して、彼は呟いた。

発令所―
 「現在の状況は!?」
 「使徒、減速はしていますが、MAGIの予測より2%速い速度で落下中!」
 「2%なら誤差の範囲内よ!エヴァの誘導は?」
 「はい、3機とも順調です」
 正面モニターの一部が切り替わり、疾走するエヴァを映し出す。
 「零号機シンクロ率67.2%に上昇、弐号機99.89%維持しています。このペースなら、3秒差で落下地点に移動可能とMAGIは予測しています!」
 「戦自の地上部隊へ連絡!出番だと伝えて!」
 「了解です!」
 発令所で陣頭指揮を執るミサトの姿は、オペレーター達に落ち着きをもたらす。
 「地上部隊、攻撃を開始します!」

第3新東京市、周辺部―
 そこには戦自の地上部隊が集結していた。対空ミサイルを装備した戦車、小型化した陽電子砲を搭載した車両、加えて戦自の切り札であるトライデントの姿もあった。
 「全員、注目!攻撃権がこちらに移る!各自、最後の確認を済ませろ!」
 指揮官の指示に、部隊員全てが配置場所で固唾を飲む。遥か上空では見事な花火が咲き続け、その裏から巨大な使徒が自由落下を続けている姿が見えていた。
 「総員、攻撃開始!」
 一斉に放たれる攻撃の嵐。あまりの轟音に、耳栓をしていても顔をしかめる者が続出している。だがそれでも攻撃を止める者はいない。もし失敗すれば、自分の家族や恋人、友人が犠牲となるのだ。例え政治家が逃げ出している事は理解していても、彼らの士気が衰える事はなかった。
 そんな部隊員の中に、一人の少女がいた。切り札たるトライデント、その内部でパイロットの補佐を務めている。
 「ホントに、こんなので止められるの!?」
 「そんなもん、俺が知るか!それより、電力の制御は任せたぞ!」
 「連射しすぎだって!銃身の過熱が予想より上よ!」
 「んな事知るか!死ぬよりマシだろ!」
 「2人とも、落ち着けって!喧嘩は帰ってからやってくれよ」
 「「うるさい!!」」
 それなりに仲の良い少年兵3人組であった。

発令所―
 「大変です!地上火力、予想より効果がでていません!落下スピード減速率、1%低下しました。予想地点への落下が早まります!」
 「時間は!?」
 「初号機が3秒前に到着、弐号機は±0、零号機は2秒遅れです!」
 日向の報告に、ミサトの脳が目まぐるしく回転を始める。
 「作戦変更!レイ、飛鳥、聞こえる?あなた達2人は即座にゲイボルグを投擲開始して!落下速度を遅くさせるわ!」
 「「了解!」」
 咄嗟にブレーキをかける青と赤の巨人。アスファルトの上を滑りながら、投擲体勢に入る。
 「いくわ」
 「でりゃあああああああ!」
 巨人から放たれたゲイボルグが、サハクイエル目がけて襲いかかった。

第3新東京市から離れた山中―
 第3新東京市から10kmほど離れた山の上。そこに男は第3新東京市を眺めながら、黙って立っていた。男の後ろには黒い高級車が止まっており、2名の黒服が男の護衛を務めている。
 「どうだね?君達も一服に付き合ってくれないか?」
 「・・・分かりました。お付き合いさせていただきます」
 2人の黒服が男に近づき、煙草を受け取り、フーッと白い煙を吐きだした。
 「ですが、良いのですか?司令。本部へ帰還しなくて」
 「構わんよ。今回の迎撃案は、私が葛城二尉の立場でも同じ作戦を立てただろう。これで失敗したならば、潔く諦めるほかはあるまい」
 栗林の言葉に、護衛がお互いの顔を見合わせる。
 「私にできる事は、子供達を信じる事だけだ。子供達が成功させれば、我々も生き延びる事が出来る。それならば、あえて本部におらずとも、ここで十分だ」
 「分かりました。では、私達も付き合わさせていただきます」
 刻一刻と巨大化するサハクイエルの姿。だが不思議な事に、心の中には一片の恐怖すら浮かんでは来なかった。

愛知県、高速道路パーキングエリア―
 パーキングエリアに設置されているモニター。普段は渋滞情報や天気予報を流しているのだが、この日だけは違っていた。
 自由落下に身を任せる巨大な使徒。その全身を呑みこもうとするN2の炎。赤い壁に遮られ、牙は使徒に届かない。だがそれでも諦めることなく、次のN2が襲いかかる。
 「センセ、信じとるで!」
 「飛鳥、頑張って!」
 「綾波、負けんなよ!」
 声も嗄れんばかりに応援する人影があった。
 モニターの直前で応援を送っているのは、鈴原兄妹、洞木姉妹、ケンスケ、そして2年A組の生徒達とその家族である。
 彼らは知らないが、高度5000メートル地点で攻撃役が戦自へ交代し、さらに火力の密度が上がった。無数の爆発が轟音とともに巻き起こる。
 『おおー』とどよめきが上がる。だがサハクイエルの姿は着実に地上へと迫っていく。
 一瞬、絶望の空気が立ち込めた中、2つの大爆発がサハクイエルを捉えた。

第3新東京市、シンジ宅―
 「おお、絶景ね。長いこと生きてるけど、こんな光景はお目にかかった事がないわ」
 ニュースを肴に、グイッとウィスキーをあけるスミレ。その隣ではお相伴に与るアルクエイドが、お菓子を口に放り込みながらウンウンと頷いている。
 「しかし、この使徒というのも随分と非常識ですね。真祖、あなたなら何か知っているのではありませんか?」
 「そりゃまあ知ってはいるけどね、口に出しちゃダメなのよ」
 「人にはそれぞれ立場があるんだ。誰もお前を責めはしない。シンジなら尚更さ、アルクエイド」
 唯一愛する恋人の慰めの言葉に、真祖の姫君は黙って頷いた。

第3新東京市―
 2体の巨人から投擲されたゲイボルグは、サハクイエルの胴体部分ではなく、左右の両腕にあたる部分へと飛んだ。ATフィールドにゲイボルグは食い止められ、即座にN2の破壊力を局所的に発生させた。
 一瞬にしてATフィールドを食い破られ、両手の部分に被弾するサハクイエル。同時にS2機関をフルに活動させてATフィールドを張り直す。更なる被弾こそ防げたが、その体は2発のゲイボルグによって、4割を失っていた。
 「急ぐわよ、レイ!」
 「分かってる、飛鳥!」
 再び疾走する2体の巨人。その先には、彼女達が想いを寄せる少年が、紫の鬼神とともに戦闘準備へ入っていた。

発令所―
 「状況を報告して!」
 「使徒、体の4割を損傷!ATフィールドを再構成しましたが、落下速度は30%減少!初号機は落下地点へ到着完了、弐号機は3秒前、零号機は1秒遅れで到着します!」
 「シンジ君、聞こえるわね!最後のゲイボルグ、思いっきりぶちかましてやりなさい!」
 インカムを握り潰すほど握りしめて、ミサトは叫んだ。

第3新東京市―
 初号機の真上に、サハクイエルの姿があった。その両脇は失われ、質量は大幅に減少している。
 本部との映像通信のみを無力化させながら、シンジは投擲体勢にはいった。
 (高速分割思考開始、1番2番限定解除!1番はエヴァの操縦、2番は虚数魔術を展開、ゲイボルグへ収束!)
 虚無の力を湛えた槍を、背中が反るまで後ろに構え、全力で投じる!
 僅か1秒でサハクイエルに到達したゲイボルグの穂先は、一瞬の後、ATフィールドを食い破り、使徒の本体に直接、N2の炎を届かせた。
 もっとも重要なコアに損傷を受け、落下スピードが目にみえて減少する。シンジもまた勝利を予感した。
 だがサハクイエルは諦めなかった。
 使徒の持つ機能増幅能力に己の最後の力を注ぎ込む。
 落下スピードは即座に跳ね上がった。

発令所―
 「何が起こったの!?」
 「MAGIによれば使徒は自らの質量を急激に増大!同時に背部に推進機能を生成した模様です!さらに爆発力を補うため、自らの体を爆発物に造り替えた可能性を指摘しています!」
 「レイ!飛鳥!急いで!」
 発令所で見守るしかなくなった大人達は、ただ黙ってモニターを見つめていた。

第3新東京市―
 「うおおおおおおおお!」
 漆黒のATフィールドを発生させ、サハクイエルを受け止めるシンジ。すでに己の魔力すらもエネルギー源として利用していたが、初号機単体では受け止めきれる保証はどこにもなかった。
 弐号機の姿が遠くに見える。だが到着まで、まだ少しの時間が必要だった。
 「くっ・・・何とかしないと・・・」
 片膝をつく初号機。そんな窮地に追い込まれたシンジの耳に、通信回路の開いた事を知らせる警告音が響いた。
 「ブリュンスタッド特務准尉!援護するぞ!」
 「三佐!?」
 第3新東京市へ侵入してきた、ウィリスが操る戦闘機は、市内へ入ると同時に、その両翼からN2ミサイルを全弾発射した。
 全く無防備の背後から襲いかかる爆発の嵐。推進機能を破壊され、落下スピードのごり押しを封じられるサハクイエル。
 「お待たせ!シンジ!」
 弐号機が辿りつき、初号機とともにサハクイエルを受け止める。余裕のできた初号機が、再び立ち上がった。
 「支援に入るわ」
 遅れて零号機が到着。プログナイフにATフィールドを纏わせ、一瞬にして切り裂く。
 「これで終わりよ!」
 弐号機のプログナイフがサハクイエルの損傷していたコアに突きこまれる。
 瞬時に消えるATフィールド。その直後に巻き起こる大爆発。
 爆炎が消えた後に立つのは3体の巨人。
 
 世界中から歓声が沸き起こった。

第10使徒、サハクイエル撃破―



To be continued...
(2010.03.06 初版)


(あとがき)

今回もお読み下さり、ありがとうございます。紫雲です。
前回のあとがきでも書きましたが、今回は裏タイトルのように『人類vs使徒』をテーマにしてみました。
しかし書いた後で思ったんですが、我ながらゲイボルグは反則兵器ですね。ロンギヌスいらねえや(笑)何とかしないと・・・
さて次回の第11使徒イロウル戦ですが、ボリューム的に少なくなると思います。なので番外編に手を出してみます。
本編のイロウル戦ですが、今回はリツコとウィリスのアダルトコンビに焦点を当ててみるつもりです。そろそろこの2人、はっきりさせてやりたいんで(笑)。こちらは裏タイトルを思いつけなかったので、裏タイトルはありません。
番外編はネタだけは思いついています。エヴァの4ヒロインの最後の一人、山岸マユミが登場予定。マナは今回でていたので・・・でも名前すらでてねえ(笑)マナには別の機会を作って、登場させたいなあと考えてます。こちらの裏タイトルは『幼馴染』です。
では、次の更新でお会いしましょう。



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