第二十三章
presented by 紫雲様
NERV本部作戦部―
「ウィリスさん、相談があるんですが」
普段ならノックなり『失礼します』なりと、礼儀を守る少年が、入室するなりこう切り出したのである。珍しい事もあるものだとウィリスは思った。
そこへコンコンというノックの音。
「加持一尉です、失礼します」
「君か、何かあったのか?」
「あ、加持さんは僕が呼んだんですよ。加持さんの意見も聞きたかったので」
「長くなりそうなんで、缶コーヒーで悪いですが買って来ました。三佐もどうぞ」
加持から手渡されたコーヒーを飲みながら、ウィリスが一息つく。ちょうど事務処理も一段落したので、タイミング的に問題は無かった。
「実は次の使徒のことなんです。恐らく、明後日の試験の日にきます」
ウィリスと加持の視線が、鋭くシンジに向けられる。
「次の使徒は細菌なんです。第87タンパク壁から侵食を開始して、最終的にMAGIを乗っ取りました。リツコさんが自滅プログラムを使ったおかげで間一髪自爆は防げたんですが、問題はそこなんです」
「どういう意味だ?そこまで分かっているなら、対応はできるだろ?」
「言いづらいんですが、リツコさんに説明しづらいんですよ。僕の味方についてもらうと言う事は、あの男と敵対する事を意味します。でもリツコさんはあの男と・・・」
加持が『ああ』と納得する。ウィリスも苦虫を噛み潰したように顔を顰めていた。
「リッちゃんは一途なタイプだからなあ。確かに問題だ。下手に真実を教えると、副司令にまで伝わりかねないな」
「そうなんですよ。だから相談したかったんです」
困り果てるシンジと加持。
一応、エーテライトによる記憶の書き換えという最終手段もあるのだが、できればその方法は使いたくないシンジである。これがヴァンなら躊躇いなどないのだが、この辺り、シンジのお人好しな性格が色濃く残っていた。
「・・・この件、私に任せてくれないか?」
「三佐・・・分かりました、三佐を信じます」
「ありがとう」
苦み走ったブラックコーヒーを一息に呷るウィリス。
(赤木博士のコーヒーほど、旨くないな・・・)
技術部部長執務室―
「ミサト、あなた最近、変ったわね」
「ん?何が?」
「だから、あなたの勤務態度よ。この前の作戦指揮の時もそうだったけど、行き当たりばったりな所や、感情的な面が隠れてきたわね、ってこと」
会話は継続しつつも、キーボードをカタカタ鳴らしながら、手慣れた手つきで仕事を進めるリツコ。そんなリツコお手製のコーヒーを味わいながら、ミサトは切り返した。
「まあね、ちょっち考えさせられたことがあったからね」
「ふーん・・・恋人や弟分の影響、大きかったみたいね」
「だ、誰が!加持やシンジ君は関係ないでしょ!」
「誰も加持君だとは言ってないわよ?シンジ君の事もね」
グッと押し黙るミサト。加持とは復縁しているのだが、それでも他人に指摘されるのは羞恥を覚えるようである。
「ぬう・・・リツコこそ、どうなのよ?アンタだって良い年でしょ。恋人はいないの?」
「・・・いないわよ。そんなの・・・」
一瞬、頭に浮かんだ面影をリツコは懸命に忘れようとした。その面影の人物が、今まで会った男の中では、もっとも信用できる人物であることは理解している。リツコが技術部要員として情報・物資でサポートするならば、彼はそれを活かして作戦指揮を取れる。その能力の高さは、リツコですら敬意を払うに値するほどだった。加えてサハクイエル戦において、太平洋からジェット戦闘機で戻ってきた挙句に、使徒へ痛打を浴びせた光景は、本部職員だけでなく、世界中が見ていた。今やシンジと並んで、NERVの看板と言っていい彼に対する人望の高さは、間違いなく本部で1・2を争う。
だからこそ、リツコは躊躇いを覚える。彼女にとって、彼は眩しすぎたから。
思索に耽っていたリツコを正気に戻させたのは、コンコンというノックの音である。
「赤木博士、ちょっといいですか・・・なんだ、葛城二尉もいたのか」
「え、えーと・・・リツコ、また後でね」
そそくさと退室するミサト。実を言うと、まだ書類仕事が終わっていないのである。
「二尉、技術部から上がってきたポジトロンライフルとクロノスの仕様書に目を通しておけよ」
「う、分かりました」
「ミサト、変ったと思ったのに・・・」
はあ、とため息をつくリツコ。
「それで、今日はどんな御用でしょうか、三佐?」
「真面目な話です。真剣に聞いてください」
初めてリツコがディスプレイからウィリスへと視線を転じた。
「赤木博士、いやリツコさん、私の恋人として付き合って下さい。私はあなたを愛している。私、いや俺の気持ちを受け取ってください」
ウィリスの言葉を聞いたリツコは、最初は無表情だった。
だが言葉の意味を理解すると、彼女の顔はゆでダコのように赤く染まった。
NERV本部セントラルドグマ―
「なんとか搬入はできたな」
ゲンドウの目の前には、リリスに突きたてられたロンギヌスの槍があった。
サハクイエル戦後、必要最小限の指示を出したウィリスと栗林は、即座に途中で離脱した挨拶まわりへ戻らなければならなかった。
ゼーレが各国政府にNERVとの交渉を起こさせ、作り出した僅かなチャンス。
そしてロンギヌスを突き刺したのは零号機であった。
「これを地下の巨人に突き刺してもらいたい。この槍は使徒迎撃の切り札となる存在なのだ」
ここでゲンドウにとっての幸運が舞い込んだ。ゲンドウが自身ではなく、冬月に命令を出させた点である。レイはゲンドウへは不信感を持っているが、冬月に対してはゲンドウほどには不信感を持っていない。そしてロンギヌスを間近で見る事になったレイは、その槍の持つ力を本能で察知していた。
レイは素直に指示に従い、槍を突き刺したのである。
「あとはアダムの代わり・・・見つからなかった時の保険は必要だな・・・」
発令所―
「先輩、風邪でも引いたんですか?顔、赤いですよ?」
「・・・」
「先輩!」
「え・・・な、何かしら、マヤ?」
「先輩、体調が悪いなら休んで下さい。それでなくても、働きづめなんですから」
マヤの言い分は正しい。現在、リツコの仕事を肩代わりできる者はいないので、彼女は常に休日返上で働いているのだ。もっともここ数日は、新武装開発という趣味全開な楽しい仕事であったので、疲れなど感じていないのだが。
「大丈夫よ、私は。それよりマヤ、明後日の準備、整えておいてね」
「はい、分かりました」
後輩の追求から逃れるように発令所を後にするリツコ。ちょうど日々の業務の一つである、ゲンドウの懐刀としての仕事の時間。
専用エレベーターを使い、セントラルドグマへと降りるリツコ。そこにはすでにゲンドウが待っていた。
「遅れて申し訳ありません、副司令」
「赤木博士、君にやってもらいたい仕事ができた」
プリントアウトした概要書を手渡す。それにザッと目を通したリツコの顔が、徐々に歪んでいく。
「本気ですか?弐号機からアダムの予備を作り出すなど・・・」
「本気だ。初号機や零号機と違い、弐号機はアダムのコピーだ。アダムの遺伝子を持っている以上、理屈の上ではアダムの再創造は可能だろう」
「確かに、その通りですが・・・」
リツコにしてみれば、無理な計画であった。確かに弐号機はアダムのコピー。それは間違いのない事実である。だがそこから再構成するとなれば、出来上がるのはコピーのコピーでしかない。いわゆる劣化版アダムである。
「オリジナルアダムが消えた今、例え不可能に見えても、代案は用意しなければならない。そうしなければ、我々の目的は潰える事になる」
(我々、ではなく、あなたと総務部長の目的でしょうに・・・私はユイさんになんて会いたくない)
「君には期待している。要件は以上だ。下がれ」
「・・・はい」
ついに最後まで、自分を駒としてしか見なかったゲンドウに、リツコは諦めを覚えた。
翌日―
リツコはウィリスのいる作戦部執務室へ顔を出していた。
「昨日の件ですが、やはり受け入れられないんです。別にあなたが嫌いだという訳ではありません」
「ならば、どうしてですか?」
「私があなたに相応しくないから。あなたには、もっと相応しい女性がいます」
リツコの胸中を占めるのは、苦すぎる後悔の念。母・ナオコへの嫉妬から始まったゲンドウとの付き合い。何故、こんな事になったんだろうか?それさえなければ、胸を張って隣に立てただろうに・・・
「俺はあなたを選びたいんです。リツコさんは素晴らしい女性だと、俺は思っている。あなたがどれだけ自分を過小評価しているかは分からないが、あなたでなければダメなんです」
「もう、止めてください・・・本当を言うと嬉しいんです。でも自分が惨めに思えて」
「・・・副司令とのことですか?」
リツコがハッと顔を上げる。彼女にとって、もっとも知られたくなかった事実。離れていくだけなら我慢はできても、軽蔑されるのは耐え難かった。だからこそ隠し通してきたと思っていた事実が、ウィリスの口から出てきていた。
「俺は、あなたが好きなんです。俺にとっては、それだけで十分なんです。過去にあなたがどんな経験をしてきたのか、俺も詳しい事までは知らない。でも、例えあなたが振り向いてくれなかったとしても、俺は全力であなたを支える。あなたを害する者がいれば、この身を盾にして、あなたを護る。その思いに偽りはありません」
「どうして、そこまで・・・」
「俺があなたを愛しているから、理由はそれだけです」
リツコの泣き顔を、ウィリスは初めて美しいと感じていた。
その日の午後―
ウィリスから連絡を受けたシンジは、リツコに死徒に関わること以外の全てを語っていた。
当初は疑問を持ったリツコだったが、シンジが過去の使徒迎撃戦の知識を元に、効果的な戦術を立てて戦っている事を知らされ、初めて信じる気になった。やはりサハクイエル戦でのゲイボルグの発想が大きかったのだろう。あれはどう考えても、高度を飛行する敵に限定された兵器であり、まさに大気圏外という高度から飛来するサハクイエル戦というタイミングで提案されていたからだ。
そのシンジから次の使徒イロウルが第87タンパク壁に潜み、MAGIへの侵入を計画している事を教えられると、彼女は即座にウィリスとの協議に入った。
すぐにタンパク壁は外され、虚数魔術を展開した初号機のプログナイフで、即座に消滅させられることになる。
その後、シンジ・ウィリスと相談したリツコは、あえてゲンドウのアダム複製計画を進める事になった。同時にゲンドウの行動を監視する役目を自ら担当する事になる。
第11使徒、イロウル撃破―
To be continued...
(2010.03.13 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さりありがとうございました。
やっぱり色んなSSでマトリエルと並んであっさりやられる(笑)イロウルの出番なのですが・・・すっかりアダルトコンビに食われてしまいました。存在感0(笑)。哀れなイロウル君に、誰か救いの手を差し伸べてあげてください。
リツコも原作においては決して幸せとは言い難い人でしたので、ゲンドウよりマシな人と添い遂げてもらおうと思い、ウィリスに頑張っていただきました。あねさん女房ですがこの2人なら、幸せになれると思います。
ところで次回ですが、テレビ版のお墓参りとファーストキスの話があったので、レリエルの前に、それっぽく話しを書いてみようと思います。明日香にとって、一つの転換期となりうる話にしたいところです。こちらは裏タイトルを思いつけませんでした(笑)。
これだけだとボリュームが足りないので、レリエル戦の触りの部分もアップさせていただきます。こちらの裏タイトルは『再会』。誰と誰の再会なのか、楽しみにしていて下さると嬉しいです。ちなみに一組だけではありませんよ?
それでは、また次回もよろしくお願いします。
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