堕天使の帰還

本編

第二十五章

presented by 紫雲様


ヴァン=フェム財団総帥専用執務室―
 「・・・という訳なんです。しばらく心配をかけるとは思いますが、必ず戻ってきますから、待っていてください」
 「分かったわ。頑張りなさい、シンジ」
 「ありがとう、姉さん。リタ姉さんやお爺ちゃん達にもよろしく、って伝えてね」
 チンッと音を立てて置かれる受話器。
 「どうしたね?説明は受けても、やはり心配か?」
 「当然です。一応、魔導元帥殿にお願いして、救助の為に準備してもらおうかと」
 「止めた方がいいな。ディラックの海、死徒である我らにしても未知の領域。魔導元帥殿に頼めば、喜んで力を貸してくれるだろう。だが彼の身にも危険が及ぶ可能性は高い。彼の出番は切り札として考えておくべきだ」
 「ああ・・・歯痒いですね。状況を見守るだけ、というのがこれほど辛いとは・・・」
 『随分変わったものだ』とアルトルージュを眺めながら、考え込むヴァン。彼の言葉は掛け値なしに真実ではあった。だが今すぐにでも愛弟子であり、末弟でもある少年を助けてやりたい気持ちは、アルトルージュ同様である。
事実、シンジのもとには護衛役として27祖が3体、加えて結果的に真祖までもが常駐しているのである。これ以上の戦力投入は、間違いなく埋葬機関の介入を招く。
「それはそうと、君の方こそどうなのだ?最近、SEELEがベルリンで動いていると聞いた。間違いなく、君が狙いだろうな。エヴァンゲリオン初号機パイロット、シンジ=ブリュンスタッドの姉君殿?」
「ええ、仰る通りです。先日、マナーのなっていない殿方が集団で来ましたわ」
「なるほど、返り討ちにされたか」
「いえ、私は手を下していません。たまたまリタの目に止まって攫われましたわ。今頃、リタの玩具になってるでしょうね」
平然と口にするアルトルージュ。
「ふう、不幸な事だな。同じ男として、同情ぐらいはしてやろうか」
ワザとらしく十字を切るヴァンの姿に、アルトルージュはクスクスと笑っていた。

第3新東京市、シンジ宅―
 「これで全員揃いましたね」
 シンジの家には、いつもより多くの者が集まっていた。同居している兄・姉、飛鳥にレイ、加えて加持・リツコ・ウィリスが集まっている。
 ちなみにミサトは来ていない。まだシンジから真実を知らされていない事も理由だが、ミサトの場合、下手に知らせて暴走される可能性があるからである。
 『それでもマシになったがな』
 辛辣な評価は上司のセリフである。
 「で、何でこんなに集めた理由は何なのよ?」
 「うん、次の使徒についてだよ。僕がちょっと変な行動をするから、心配かけないように説明しておきたくてね」
 「・・・シンジ君、危険なこと、しないで・・・」
 ヒシッとしがみつくレイ。上目づかいにウルウルと目を潤ます。それを見ていた飛鳥はライバルの強力な武装に目を見張り、自分もあれに匹敵する武器を手に入れなければ、と内心で決意を固めていた。
 「実は、次の使徒は倒せないんです。例えN2を1000発同時に使ったとしても、傷一つ与えられない、そんな敵なんです」
 「イマイチ想像できないんだが・・・」
 「要は無限に続く落とし穴を相手にすると思ってください。リツコさんには、ディラックの海、と言えば理解してもらえるかな」
 リツコの顔が、目に見えて青くなる。
 「シンジ君、それは本当なの?」
 「はい。次の使徒はレリエル。能力はディラックの海を使って、本体の上に存在する物、全てを虚数空間へ送りこむんです」
 「またフザケタ使徒だな」
 加持が呆れたように肩を竦める。ウィリスも同感だと頷いていた。
 「前回は、どうやって倒したのかしら?」
 「初号機が中で暴走して、倒す事ができたんです」
 「それって運頼みじゃない、作戦とは言わないわよ」
 飛鳥の発言は、全く持って正しい。誰一人として否定しない。
 「でも、他に方法はないんだよね。エヴァが暴走してくれるのは、初号機か弐号機のみ。でも飛鳥を放り込むぐらいなら、僕は自分で飛び込む。だからこれは僕の役目なんだ」
 「シンジ・・・」
 意識が他の世界へ飛んでいる飛鳥の目の前で、スミレがヒラヒラと手を振る。
 「今回ばかりは、手の打ちようがないか」
 「でも、必ず戻ってきますよ」
 その言葉を疑う者は、この場にはいなかった。

発令所―
 突如、市街地上空に現れた、ゼブラ模様の、巨大な球体は発令所に混乱をもたらしていた。
 「パターンオレンジ!MAGIは判断を保留しています!」
 「いえ、恐らく使徒に間違いないわ。それより、避難状況は?」
 「現在、避難完了率は僅か5%です。避難完了まで、まだ2時間はかかります!」
 「唯一の救いは、奴がいる本部直上だけは、完全に避難が終わっている点だな」
 リツコもウィリスも、シンジから情報は与えられている。『倒せない使徒』を倒すには、シンジが初号機を暴走させるしかない。だがそう言われても、素直に送り出せる訳がない。何とか暴走させずに倒す術はないかと、二人は策を考えていた。
 「状況は!」
 「遅いわよ、ミサト」
 飛び込んでくるミサトに、日向が簡単な状況報告をする。
 「まずは兵装ビルで様子見。エヴァはばらけさせて3機とも出撃させよう」
 シンジが呑みこまれるために動く事は分かっている。その行動に巻き込まれないよう、他の2機は離しておく必要があった。
 「エヴァ3機、配置完了しました!」
 「よし、兵装ビル攻撃開始だ!」
 撃ちだされるミサイル。瞬時に姿を消す球体。
 シンジの予想通りなら、影は初号機へ向かう。
 「きゃあああああ!」
 発令所に響く飛鳥の悲鳴。
 「何が起こった!」
 正面モニターが弐号機を映し出す。そこには腰まで呑みこまれた、真紅の巨人の姿があった。

 『きゃあああああ!』
 「飛鳥!」
 咄嗟に飛び出す初号機。速度はすぐに音速を超え、衝撃波を撒き散らしながら、アスファルトを疾走する。
 (何故だ!何故、初号機にこない!)
 その悩みに答えが見つかるよりも早く、初号機は弐号機の配置場所へ辿りついた。地面に広がる漆黒の影。すでにビル群は屋上を僅かに残す程度。その一つに赤い指が必死にしがみついていた。
 「今、いく!」
 『う、うん!』
 初号機が屋上を駆け抜ける。だがそれよりも早く、弐号機の指は影の中へと飲みこまれる。
 「飛鳥!」
 影へと飛びこむ初号機。闇に包まれる視界。必死になって両手を振りまわし、弐号機を探す。
 「どこだ!飛鳥、どこ!?」
 その内、何かが触れた感触があった。咄嗟に掴むと、それは5本の細長い物体―指の感触。
 シンジは無我夢中で弐号機を抱きしめていた。

発令所―
 2機のエヴァが呑みこまれると言う予想外の事態に、発令所には沈黙が降り立っていた。
 「救難信号は!?」
 「いえ、反応ありません!使徒の活動は現在、停滞中です!」
 「青葉三尉!あらゆる周波数を使って、2機に呼びかけろ!日向三尉は作戦部職員をブリーフィングルームへ集合させておけ!伊吹三尉は使徒の情報収集だ!」
 「「「了解!」」」
 咄嗟に指示を下したウィリスの姿に、オペレーター達は頼もしさを感じていた。だが当のウィリスはといえば、己の見通しの甘さに歯軋りしていた。
 未来から遡ってきたシンジの作戦なら問題ないだろう。そう考えるのは、ある意味、当然の事である。重要なのは、シンジがかつて浅間山で言った言葉『事態の経緯が少しずつ変化している事を考えると、どんなアクシデントが起こるか、分からないんです』である。
 そのアクシデントが、今まさに目前で起きてしまっていた。考えてみれば、使徒の懐に飛び込む事自体、無謀なのだ。何故、それ以外の作戦を考える事を放棄してしまったのか、指揮官として、大人として、間違った選択を採ってしまった事に、遅まきながら気づいたのである。
 「赤木博士、あとで作戦部へお越しください。私達は『ディラックの海』がどんな物なのか、それすら知りません。分かる範囲で良い、あなたの知りうる限りの事を教えて下さい」
 「分かりました、すぐに向かいましょう。マヤ!零号機のメンテナンス準備、整備班に連絡して進めさせておいて」
 「分かりました、先輩!」
 エヴァが無くなっても、諦めない。その気持ちが発令所のメンバーにゆっくりと浸透していく。
 「聞こえるか!綾波特務准尉!」
 「・・・はい」
 レイの顔は無表情だが、僅かに青ざめていた。予想外の事態は、沈着冷静なレイにすら、大きな衝撃を与えていた。
 「一度、ケージへ戻ってくれ。その後、2人を救出するための作戦を練る!すぐにブリーフィングルームへ集合だ!」
 「はい」
 「いいか!絶対に、あの2人を助けるぞ!」
 ウィリスの言葉に、レイが力強く頷いた。
 「三佐!現時点で分かった情報、全て作戦部へ転送終了しました!」
 「保安部より連絡!避難民の誘導、あと1時間で終了する、とのことです!」
 「作戦部職員、5分以内にブリーフィングルームへ集合完了します!」
 絶望の淵から、這い上がるように活気に溢れ出す発令所。その一部始終を眺めていた栗林が立ちあがった。
 「三佐!」
 「はっ!」
 「責任は全て私が取ってやる!良かれと思う方策、全てを実行に移せ!」
 「了解です!」
 司令の信頼に、敬礼をもって返すウィリス。
 「葛城二尉、日向三尉、ブリーフィングルームへ急ぐぞ!」
 「「了解!」」



To be continued...
(2010.03.20 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
 今回は原作に準じて、使徒戦の合間の平和な一日を書いてみました。お墓参りについては、シンジではなく飛鳥とレイ。チェロの演奏は明日香だけではなく、全員が聴いているという形になってしまいましたが・・・まあ、現在までの流れだと、こうなるのが自然かな、と思ったからですが。
 最後の1シーンについては、ちょっとしたサービス(笑)。今後、激化していく戦闘の前の平和な一時、という感じです・・・正直な所、原作のファーストキスの代わりを入れたかっただけなのですが(笑)
 レリエル戦については、全3話構成の為、今回は最初の1話のみとなりました。前回のあとがきに書いたように、裏タイトルは「再会」。子供達にとって、大きなターニングポイントとなります。
 子供達の戦いを見届けていただければ幸いです。
 それでは、また次回のレリエル戦本編もよろしくお願いします。



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