堕天使の帰還

本編

第二十七章

presented by 紫雲様


作戦部ブリーフィングルーム―
 「結局、案は出ずじまい、か・・・クソッ、情けない・・・」
 打開案を見つけ出せず、苛立ちは募るばかり。すでにエヴァが呑みこまれてから、3時間が経過しようとしていた。
 そこへ、リツコが入ってきた。
 「三佐、少しよろしいですか?」
 「何か、良い案でも浮かびましたか?博士」
 「これを見てください。先程、レイが出したシンクロ率のデータです」
 そこに書かれていた数値は99.89%。理論限界値の数字である。
 「博士!これは一体!」
 「レイは頑張りました。シンジ君と飛鳥、2人を助け出したい、その一念で零号機を説得したんです。今は休ませていますが、作戦開始までには、体力も回復しているでしょう」
 95%を上回るシンクロ率。これならばATフィールド中和による2機の救助作戦が可能になる。
 「すでに、MAGIで計算を始めさせています。それが終わり次第、作戦部で更なる改良案をお願いしたいのですが、頼んでも宜しいでしょうか?」
 「ええ、任せてください!必ず、あの2人は救い出します!」

弐号機エントリープラグ内部―
 (一応、寝たふりはしとかないとね)
 外が夜を迎えたため、今は明日香が表にでてきていた。
 かつてのレリエル戦では、シンジを独断専行・作戦無視、と辛辣に評価し、暴走して帰還した初号機へ恐怖を覚えた明日香である。
 (バッテリーが切れるまで、あと6時間少し・・・このまま馬鹿シンジと一緒に死ぬのなら、それも悪くはないか・・・)
 視界の片隅に、通話機能がONになっている事を示す、小さなランプが点いている。
 (最後になったら、私が明日香だってこと、教えてあげようかな・・・)
 「・・・飛鳥、まだ寝ているかい?」
 シンジからの通話に、明日香が身を固くする。
 「・・・寝ているのなら、都合がいいや。ゴメンね、飛鳥。せめて君だけは、帰してみせるから。キョウコさん、飛鳥を護ってあげてください。ゴメン、明日香。できる事なら、君に殺されてあげたかったよ。さよなら」
 ブツン、と切れる通話。
 「ちょっと、馬鹿シンジ!アンタ、何する気なの!」
 慌てた明日香が通信を繋げようとする。だが通信は無情にも繋がらなかった。

初号機エントリープラグ内部―
 「・・・寝ているのなら、都合がいいや。ゴメンね、飛鳥。せめて君だけは、帰してみせるから。キョウコさん、飛鳥を護ってあげてください。ゴメン、明日香。できる事なら、君に殺されてあげたかったよ。さよなら」
 エーテライトを回収したシンジは、インターフェイスにそっと手を伸ばした。
 両目を瞑り、精神を集中させる。極度の集中状態にはいったシンジには、明日香からの通信を求める警告音すら、耳に入ってこなかった。
 (・・・いるんだろう・・・)
 シンジの選択。それは過剰シンクロによる暴走―ゼルエル戦でみせた400%の世界。
 (・・・シンジなのね)
 (・・・本当は、二度と会いたくなかったけどね。エーテライトで何度も初号機を操っていたんだ。何で僕が、あなたを嫌うのか、その理由は知っているはず)
 シンジの言葉に、ユイは返す言葉をもたなかった。シンジに与えられた世界、それは全てが死に絶えた、赤い世界だったのだから。
 (それでも、今回ばかりは、あなたの協力が必要なんだ。僕一人じゃ、飛鳥を見殺しにしてしまう。飛鳥も救うには、あなたに暴走してもらうしかないんだ)
 (それがあなたの望みだと言うのなら、私も協力するわ)
 (随分、素直なんだね)
 (例えあなたが私の事を嫌っていても、私にとって、あなたは私がお腹を痛めて産んだ子供なの。確かに私は母親失格かもしれない。研究者としてのエゴの塊なのかもしれない。でもあなたを宝物のように思っていた事も、幸せを願った事も、本当の事なの)
 (・・・好きに言えばいいさ。時計の針は巻き戻せないんだから。できるのは進める事だけ)
 (そうね。シンジ、もし機会があったら、あの人に伝えて。碇ユイは死んだ、だから、サヨナラ、そう伝えてほしいの)
 (分かったよ)
 急上昇を開始するシンクロ率。魔術回路から迸る魔力を、動力に変えた初号機の両目に光が灯る。
 顎部ジョイントが、木端微塵に砕け散った。

第3新東京市、NERV本部直上―
 『綾波特務准尉、準備はいいな?』
 「はい、いつでも大丈夫です」
 『零号機のシンクロ率を確認』
 『99.89%を維持しています。コンディションはオールグリーン』
 零号機の単眼に、光が灯る。
 (レナ、あなたの力を借りるわ!)
 もう一人の自身との会談は、和解で終わった。もう一人の綾波レイがレイの体を求めたのは、あくまでもレイを試す目的であったからだった。
 ただ代わりに新しい名前を求められたレイは、自身の名前をもじってレナと名付けた。自分達は姉妹だから、という想いを込めて。
 それでも、レナを閉じ込め続ける訳にはいかない。全ての戦いが終わったら、セントラルドグマにあるレイの素体を利用して、レナのサルベージを行うよう、リツコに進言しようとレイは考えていた。
 「ATフィールド展か・・・い・・・」
 レイの眼前で、レリエルの本体に亀裂が発生。その断面は、何故か真紅に染まっていた。
 「三佐!一体何が!?」
 『落ち着け、准尉!今、調べさせている!』
 異変は止まらない。本体に続いて、今度は影である空中の球体が、漆黒の球体へと変化、続いて捩れ始めたからである。
 「まさか、シンジ君!?」
 『そんな!まさか、暴走!』
 発令所の驚愕が、通信を通じてレイの元にまで届く。
 ブシューーーーーーッ!
 球体の内側から、血飛沫とともに、1本の手が突きだしていた。そのまま手は、球体を引き裂きつつ、真紅に染まった体を外へと出していく。
 ウオオオオオオオオオオオッ!
 天を衝くような初号機の咆哮。同時に、球体が内側から木端微塵に砕け散った。
 「あれは・・・?」
 初号機の背中から生える、6対12枚の翼。葉脈状のそれは、明らかにATフィールドで構成されていた。
 翼が打ち震えるたびに、その余波で竜巻が舞い起こり、夜空に広がる雲を巻きこみながら遥か上空へと消え去っていく。
 ズンッ!と地響きを立てて大地に降り立つ初号機。その右腕には、動く気配のない弐号機を抱えていた。

発令所―
 「先輩、大変です!初号機のシンクロ率が400%を超えています!」
 「まさか!マヤ、大至急、シンクロ率を再測定して!」
 「は、はい!」
 緊張に包まれる発令所。今の初号機は、人類の切り札ではなく、もはや悪魔と呼ぶべき存在に映っていた。
 「博士、どういうことですか?シンジ君は、シンクロできなかったのでは?」
 「いえ、シンジ君は自分の意思でシンクロを拒否していただけです。その拒絶の意思を取り去り、自分の意思でシンクロした結果が、あの光景なんです」
 大地に降り立った初号機は、魂を消し飛ばされるかのような咆哮を上げていた。
 
弐号機エントリープラグ内部―
 「馬鹿シンジ!お願いだから止めて!」
 通信が途絶えて間もなく、明日香の耳には初号機の咆哮が聞こえるようになっていた。
 明日香は知っている。かつてのゼルエル戦において、シンジは初号機へ取り込まれていた。そしてサルベージ作戦は、失敗に終わっていたのである。シンジが戻ってこられたのは、あくまでも初号機が手助けしてくれた結果にすぎないのだから。
 「もう、止めてよ、馬鹿シンジ。アンタだけが苦しまなくても良いんだから・・・」
 明日香の両目には、光る物が浮かんでいた。彼女はすっかり忘れていた。シンジという少年は、他人を傷つけるくらいなら、自分を傷つける性分だと言う事を。
 今のシンジは飛鳥を助ける、その一心でかつての暴走を再現したのだ。結果、シンジが帰って来られる保証はどこにもない。それでも、シンジは飛鳥を見殺しにするよりは、自身を犠牲にしたほうがマシだと考えた。
 「お願い、私を一人にしないで!もう一人になるのは嫌なの!ママ、お願い!アタシの声が聞こえているのなら、力を貸して!アタシの声を、初号機にいる、シンジのママへ届けてよ!」
 すでに内蔵電源は残りわずか。起動もままならない弐号機。だが明日香の叫びが、弐号機に眠るキョウコの魂を揺り動かした。
 弐号機の四眼に光が灯った。

初号機エントリープラグ内部―
 (・・・また、体が消えちゃったな。でも飛鳥を助け出せたんだ。それだけでも良しとしないと・・・)
 一人呟くシンジ。その視界に通話を求めるランプが光っている事に気がついた。
 今のシンジは初号機そのものである。だから思うだけで通話がONになった。
 「馬鹿シンジ!聞こえるでしょ!」
 (・・・まさか、明日香なのか?どうして・・・)
「お願い、私を一人にしないで!もう一人になるのは嫌なの!」
泣きながら訴えてくる最愛の少女の姿を見た時、シンジの心に、張り裂けるような痛みが走った。
(・・・僕は・・・もう・・・)
(シンジ、諦める事はないわ。私が何とかしてあげる)
シンジの意識に語りかけてきたのは、ユイの意思であった。
(初号機の力を使って、あなたを再構成してあげる。あなたが望むなら、人の体に戻す事もできるけど、どっちがいい?)
(・・・僕には力が必要なんだ。だから人間へ戻る訳にはいかない)
(分かったわ、シンジ、あの娘、大切してあげてね)
エントリープラグの中に、ゆっくりと姿を現していくシンジ。その光景をモニター越しに見ていた明日香が、慌てて弐号機のエントリープラグから外へ出る。
その光景を見ながら、シンジは呟いていた。
「ありがとう、母さん」
外部からイジェクトされたエントリープラグに、飛びこんでくる人影。
「馬鹿シンジ!」
シンジに抱きつく明日香。
「やっと会えたね、明日香。ずっと、ずっと会いたかったよ・・・」
シンジの無事を確認しにきたレイが来るまで、二人は黙って抱きしめあっていた。



To be continued...
(2010.03.27 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお付き合い下さり、ありがとうございます。
 レリエル戦の裏タイトルは『再会』。シンジと明日香、シンジとユイ、レイとレナがそれぞれ和解を果たします。
 特にシンジとユイの和解については、最後まで悩みました。このまま喧嘩したままにするか、それとも和解させるか。結局、和解を選択しましたが、やっぱり和解にして良かったなあと思います。やはりハッピーエンドが良いですからね。
 さて、話は変わりますが、次回についてです。
 本当の事を言うと、実はバルディエル戦、もう書き終わっているんです(笑)それどころかゼルエル戦まで(笑)。それで分量を確認してみたら・・・バルディエル戦がWORDで5ページなのは良いでしょう。でもゼルエル戦まで5ページとはどういう事だ!?レリエル戦は15ページ分だぞ!(爆笑)
 と言う訳で、次回連載分はバルディエル戦&ゼルエル戦となりました。恐らく、エヴァのFF史上、もっとも情けないであろう(笑)ゼルエル戦にご期待下さい(←作者失格)
 裏タイトルですが、バルディエルは・・・思いつかなかったのでありません。
 ゼルエル戦は、原作を参考にして『女の戦い』です。3人の少女達の奮闘をご期待下さい。2機についても伏線になっていた、新兵器のお披露目となります。
 それでは、今後もよろしくお願いします。



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