堕天使の帰還

本編

第二十八章

presented by 紫雲様


ドイツ、ベルリン―
 「姫様、シンジから連絡が来たと伺いましたが」
 「ええ、あの子が気にしていた明日香という娘、つい先日、未来から時間を遡ってきたそうよ」
 「そうなると、シンジの目的の一つは達成されたと言う事ですか。ほとんど諦めていた目的だったが、叶えられたのであれば、シンジも喜んでいるでしょう」
 「そうね、でも問題は残ってるみたいよ」
 クスクスと笑うアルトルージュ。
 「考えてみれば、飛鳥と明日香の板挟みになるんだから、恋愛には疎いあの子では、右往左往するでしょうね。スミレみたいに、間近で見物したかったわ」
 
第3新東京市、シンジ宅―
 「・・・どうしたらいいんだろう・・・」
 自室で溜息をつくシンジ。その原因は紅茶色の髪の毛をした少女である。レリエル戦の最中に明日香の帰還を知ったシンジは、初めは手放しで喜んでいた。二度と会えないと思っていた最愛の少女に出会えたのだから、その喜びは当然である。
 問題なのは、飛鳥の方である。明日香は昼の記憶を飛鳥を通して見ているので、何も困る事は無い。だが飛鳥の方は、夜の記憶を明日香を通して見れないのだ。
 『不公平よ!』
 飛鳥の言い分は、ある意味当然であった。この問題を解決するため、シオンに相談し、エーテライトを使って、飛鳥が夜の記憶を共有できるようにしたのだが・・・
 「シンジ、お昼できたわよ」
 「馬鹿シンジ!早く食べなさいよ!」
 少女の口から2人分の言葉が出る。
 何をどう間違ったのか、今の少女は飛鳥と明日香、2つの人格が同時に目覚めてしまっていた。
 シオン曰く。
 『人の心とは不可解です』
 (・・・不可解で済まさないでよ・・・)
 シンジの苦悩は、まだ当分、続きそうである。

発令所―
 「第2支部が消滅!?」
 「はい、ドイツで修復した、S2機関搭載実験中の事故だと思われます」
 「四号機もろとも、全てディラックの海、か・・・」
 アンビリカルケーブル無しでの戦闘を行えるようになれば、作戦の幅は大きく広がるため、今回の実験には、大きな期待が寄せられていた分、実験失敗の衝撃は大きく圧し掛かってきた。
 「第1支部から、エヴァ参号機の完成を、本部で行ってほしい、という要請が来ています」
 「参号機と四号機は、アメリカが強引に製造権を持っていったんじゃない!今更危険なところだけ押し付けようなんて、虫がよすぎるわ!」
 「あの惨事を見せつけられては、弱気にもなるでしょうね」
 リツコがモニターのスイッチを入れる。爆発に至るまでの過程が、そこには映し出されていた。
 「静止衛星による一部始終よ。職員五千名を道連れにしたわ」
 「原因は?」
 「全ての可能性を考えると、37,872通りのミスが考えられます」
 「起きてしまった事は仕方ない。四号機とS2機関は諦めるしかないだろう。今まで通り、本部では3機をメインに使徒を迎撃していく。参号機については、まずは起動試験とパイロットの確保が急務だな」
 ウィリスの言葉に、その場にいた者全てが頷く。
 「新たなパイロット候補者の情報は?」
 「明日にでも、マルデュック機関から連絡がきます」
 「そうか、では参号機パイロットについては明日、再度検討だ。ところで、ブリュンスタッド特務准尉とラングレー特務准尉だが、様子は?」
 「初号機パイロットは先日のシンクロテストにおいて、シンクロ率112.3%を記録しています。弐号機パイロットは99.89%を維持しています。ですが・・・」
 「ディラックの海の中で何があったのかは私達には分かっていない。極度のストレスによって、ラングレー特務准尉が分裂症を発症してしまったのも、仕方がない事だ。我々にできることは、彼女のケアに努める事だけだ」
 ウィリス・リツコ・加持は飛鳥の体に明日香が戻ってきたことを、シンジから説明を受けていた。だが飛鳥と明日香の人格が、同時に目覚めている現在の状況を何も知らない者に説明するには、分裂症を口実にする他は無かった。
 「赤木博士、あとで参号機受け入れについて、相談したいのですが、よろしいですか?」
 「分かりました、会議終了後、作戦部へ伺います」

作戦部部長執務室―
 「赤木博士は参号機のパイロットについて、新しく任命すべきだと思いますか?私としてはスペック的に劣る零号機から、綾波特務准尉を参号機パイロットにすべきだと考えているのですが」
 「確かに、それも一つの案だと思います。零号機は本来、データ取りの為の機体。戦闘については考えられていなかった機体でしたから。ですが、新しいパイロットを乗せることで、4機編成にできれば、対使徒戦においては、今まで以上に数の有利さを武器にして戦っていけるのも事実です」
 「確かに仰る通り。戦力面だけを考えれば、4機編成の方が良いとは分かっているのですがね」
 ウィリスがコーヒーメーカーから2人分のコーヒーを淹れ、片方をリツコに渡す。
 「幸い、零号機用の特殊ポジトロンライフルとグングニル、弐号機用のクロノスも完成しましたし、前衛・後衛の分担がはっきりしている以上、零号機でも戦場には立てるかと思います」
 「参号機を後衛として組み込む事を前提に考えれば、多少は経験が浅くても戦力になりうるだろうし、フォローもしやすいか」
 「贅沢な悩みですわね、指揮官どの?」
 リツコのからかいに、ウィリスは黙ってコーヒーを飲みほした。

翌日、作戦部部長執務室―
 「それで、僕を呼んだ訳ですか」
 ウィリスから参号機の扱いについて意見を求められたシンジは、ようやく合点がいった、とばかりに頷いていた。
 「それなら答えは1つです。4機編成は諦めてください。参号機は次の使徒、バルディエルに寄生されてますから」
 「それは本当か?」
 「はい、参号機起動開始と同時に、バルディエルが行動を開始します。加えて周囲一帯を巻きこんだ爆発を起こします。以前、起動に立ち会ったミサトさんとリツコさんは、加持さんに助けられて軽傷で済みましたが、今回も上手くいくとは限りません。参号機は起動せずに、廃棄処分にするのが妥当です」
 だがウィリスの顔色は、決して明るくは無い。
 「それは不可能だ。何より、参号機を廃棄処分にするだけの大義名分が無い。起動後に寄生されていた、という理由で壊す事は可能だがな」
 「それなら、僕が初号機で松代まで行きましょうか?起動に関しては、リツコさんの知恵を借りれば、何とかなると思いますが」
 「それしかなさそうだな。最悪、参号機は壊れてしまっても、修理すれば良い」
 ウィリスは決断すると、内線でリツコを呼んだ。しばらくして、リツコが現れる。
 リツコはシンジから参号機について説明されると、しばらく考えた。
 「以前、開発を断念したダミーシステムのプロトタイプが残っていたはず。起動に必要な時間だけ動けば良いのなら、それで十分でしょう。シンジ君も、それでどうかしら?」
 「十分です。人が乗ってなければ、こちらも遠慮なく戦えますから」
 「なら決まりだな。4thチルドレンについては、本部で訓練だけはさせていこう。万が一の事を想定してな」
 「ところで、リツコさん。4thはやっぱりトウジだったんですか?」
 シンジの問いかけが、リツコの全身を強張らせる。だがシンジが未来から来た事を思い出すと、すぐに緊張を解いた。
 「その通りよ。4thは鈴原トウジ君。彼が現在のチルドレン候補生の中では、一番、シンクロ率が高いと予想されているの」
 「できるだけ、参号機の修理は遅らせてください。使徒との戦いは、まもなく終わります。残るはバルディエル、ゼルエル、アラエル、アルミサエル、そしてあともう一人だけですから。僕達だけで、何とかできます」
 「分かった、憶えておこう」
 退室するシンジ。その背中を見送ったリツコが、ウィリスへ顔を向けた。
 「気づきましたか?シンジ君、最後の使徒に関しては、何か思い入れがあるようでしたが」
 「・・・『もう一人』と言っていたな。何かあるんだろうな」
 「そうですわね・・・ところで、最近、副司令が何か動いているようです。諜報部は以前から副司令の私兵でしたが、人数を増やしています。何らかの行動を起こすつもりのようですから、用心だけは忘れないでください」
 「ありがとう、十分気をつけよう。リツコさん一人を残すようなヘマは、したくないからな」
 
翌々日、松代―
 シンジは初号機とともに、参号機の起動テストを行う松代実験場へと来ていた。
 『つまんない!アタシ、クロノス使ってみたいから、代わんなさいよ!』
 『シンジ君、気をつけて』
 『夕飯は作っとくから、冷めないうちに帰ってきてよね!』
 どの台詞が、誰のものかについては、本人の名誉の為に割愛。
 松代実験場は、シンジの過去の経験から、最低限度の人数に絞られ、テストも機械を使って遠距離で制御を前提としていた。近くにいるのは、責任者を務めるウィリスとリツコ、加えて護衛役として来ている加持であり、その側で初号機が待機してる。これは万が一、異常が起きた際に、ATフィールドで3人を守るための保険であった。
 「ダミーシステム、挿入します」
 真紅に彩られたダミーが、参号機に挿入される。
 「ダミーシステム、起動開始。参号機、起動します」
 シンジがプログナイフを構える。
 参号機の両目に、光が灯る。
 しばらく経つが、何も異常は無い。参号機は問題なく、起動していた。
 「准尉、どうやらバルディエルは寄生していなかったようだな」
 「いえ、寄生されてます!油断しないでください!リツコさん、ダミーは起動後、僅かしか動かないんですよね?未だに参号機が稼働しているのはなぜですか?」
 リツコがハッと顔を上げる。慌ててパソコンに取りつき、キーボードを操る。
 同時に初号機が、3人を護るように漆黒のATフィールドを張った。
 「ダメ、外部からのコントロールを受け付けない!」
 「准尉!すぐに破壊を!」
 「行きます!3人とも避難を!」
 3人が避難するまでの時間稼ぎに、後ろへATフィールドを張ったまま、攻撃を開始するシンジ。同時に参号機の目の前に、オレンジの壁が現れた。
 「ちっ、やっぱりか!」
 映像をカットし、全身に緑の雷光を張り巡らせる。
 (高速分割思考開始!1番は初号機の操縦、2番は虚数魔術発動、展開!形状は、マズイ!)
 参号機に集まる力の気配。咄嗟にシンジは2枚目のATフィールドを展開した。
 (速攻だ!一瞬で倒す!)
 参号機から放たれた爆風と爆炎が、漆黒の壁と正面からぶつかり合う。
 その陰でプログナイフに虚数魔術を収束し直した初号機は、いまだに残る爆炎の中へと身を躍らせた。
 炎が初号機の表面を炙る。今のシンジは、まともなシンクロをしているため、装甲を炙る炎の熱さを体感していた。
 だが炎の壁から飛び出してくる初号機の攻撃に、バルディエルは反応できなかった。一瞬で首を飛ばされ、その直後にダミーシステムとコアを破壊される。
 やがて動きを止めるバルディエル。
 「ふう。とりあえずは問題解決か・・・」
 「聞こえるか、准尉!」
 「三佐?一体、どうしました?」
 「使徒だ!第3に使徒が出現したそうだ!」
 ウィリスの言葉に、シンジは顔を青ざめさせていた。

第13使徒、バルディエル撃破―及び、第14使徒、ゼルエル襲来―



To be continued...
(2010.04.03 初版)


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