第三十章
presented by 紫雲様
NERV本部セントラルドグマ―
「六分儀、本気か?」
最下層の副司令執務室に呼び出された冬月は、ゲンドウから今後の行動予定を告げられると、誰が見ても分かるほどに、顔を顰めていた。
「無論、本気だ。残る使徒は3体。アラエル・アルミサエル・タブリスだけとなった。今こそが好機だ」
「だが初号機と弐号機だけで撃破しきれるとは限らんぞ!」
ニヤッと笑うゲンドウ。
「問題ない。ウィリスは零号機を後方支援役として考えている。もしレイが3人目に切り替わったことで戦闘力が低下したとしても、後衛として使う以上、戦力的には致命傷とはなりにくい」
「確かにそうかもしれんが・・・」
「約束の時は近いぞ、冬月」
渋々ではあるが、冬月はゲンドウの意見に従う事を了承する。
「レイを暗殺する」
NERV本部監察部―
「やはり、おかしい動きだな・・・一体、何をしようとしている・・・」
モニターに映し出される情報を逐一確認しながら、加持は眉を潜めていた。半月ほど前から始まった諜報員の増員。諜報部が事実上、ゲンドウ個人の私兵集団であるのは、NERVの裏事情に少しでも詳しい者なら誰でも知っている事実である。
構成メンバーはゲンドウが各国政府に裏から手を回して集めた非合法工作員。その大半が脛に傷を持つ者たちである。
(・・・シンジ君の話が正しければ、使徒戦はもうすぐ終わる。何故、この時期に諜報部の拡充が必要なんだ?戦自対策なら保安部を増やすはずだろ?)
缶コーヒーと煙草を友に、思索にふける。
(新しく補充された連中に、共通点があるかどうか、まずはそこから調べるか)
カタカタとキーボードを叩きながら、加持は己の不安が的中しない事を真摯に願った。
NERV本部作戦部―
ウィリスもまた、リツコから持たされた情報について思案していた。私兵集団の数を増やす、単純に考えればクーデターを思いつく。ゲンドウはもともと総司令の座に就いていた男。それを考えれば、間違いなく今の状況を屈辱として捉えている。
だがクーデターを起こしても、その後が続かない。今更ゲンドウが非合法な手段でトップに立っても、諜報部と総務部以外が指示に従う事は無い。さらに、総務部が事務職員の集団であることを考えれば、戦闘力のあるのは諜報部のみ。それならば保安部と作戦部で互角以上の戦いを挑む事が可能である。
そして、ゲンドウはそんな分の悪い賭けをするような男ではない。どうせやるなら、確実にクーデターを成功させるために、別の方法を取るはずだった。少なくとも、戦闘による正面からの勝負などは、絶対にしてこない。
(それならば、副司令の目的はなんだ?何の為に、副司令は戦力を増強した?)
カギとなるのはゲンドウの目的。
(シンジ君の話によれば、副司令も3rdインパクトを起こす事が目的だと聞いた。だが使徒は全滅させる、それが前提条件・・・)
コンコンというノックの音がウィリスの意識を戻した。
「加持一尉です、入ってもよろしいですか?」
「ああ、あいている」
「失礼します」
いつもと違い真剣な顔の加持を見て、ウィリスは何かあった事に気づいた。
「これを見てください。俺が調べた、諜報部の新規雇用者の情報です」
黙って目を通すウィリス。そこに記された共通項に、彼はすぐに気づいた。彼もまた、同じ共通項を持っていたからだ。
「三佐なら気づくと思いました。確かUNに所属していた頃は、射撃の腕に関しては、トップを保持していたそうですね」
「ああ、今でも腕は錆びつかせてはいない」
「三佐ほどではないと思いますが、連中もそれなりに自信は持っているでしょうね」
「ああ、こいつらはスナイパー要員だ。その目的は暗殺」
断言された内容に、加持が黙って頷く。
「俺も同感です。問題なのは、その対象が誰なのかですよ」
「そうだ、だが絞り込む事ができん。副司令としても使徒は全滅させなければ都合が悪い。その為には、現在の本部の主要メンバーは、誰一人として欠けては困るのだ」
「情報が足りませんね・・・ここはシンジ君に相談してみては?」
「そうだな、それしかなさそうだな」
「状況は分かりました」
呼びだされたシンジは、2人の説明を聞いて考え込んだ。
ゲンドウが何らかの行動を起こす、それは間違いない。
「暗殺、という行為は何を目的として行われるものでしょうか?」
「当然、誰かを殺す事だ」
「その殺される人達は、どうして殺されなければならないんでしょうか?」
「それは簡単だ。邪魔だからだよ」
「と、いうことは、あの男にとって、目的の阻害となる人物が狙われると考えるべきですよね?」
シンジの結論に、2人が頷く。問題は、それが誰なのか?
「あの男の目指す、3rdインパクトに必要なのは、まずは初号機。つぎにインパクトの鍵となるアダムとリリス・・・」
そこまで言って、ハッと気づく。
「分かりました、狙われているのは綾波です」
「何故だ?零号機のパイロットである彼女が、何故?」
「今の綾波は、あの男を敬遠しています。ですが、それではあの男にとって都合が悪い。あの男の指示を、何の疑いもなく実行できる綾波レイでなければならないんですよ」
「だが殺してしまっては、元も子もないぞ?」
「いえ、綾波だけは例外なんです。今の綾波が死んでも、次の綾波が行動を開始する。綾波は、そういう風にこの世に生を受けさせられたんです」
その言葉に、ウィリスは怒りで顔を赤らめ、加持はシンジに同情の眼差しを向けた。
「今は綾波を最優先で護りましょう。綾波を護り抜けば、こちらの勝ちです」
「分かった。保安部から護衛を回そう。スミレさんと詳しい事を相談したいから、今晩伺うと伝えてくれないか?」
「分かりました、すぐに伝えますよ」
発令所―
「総員第1種戦闘配置!」
ミサトが威勢よく声を上げる。
突如、大気圏外へ出現した使徒に対して、発令所は緊張感に満ちていた。
「零号機、弐号機エントリー完了!」
「住民の避難、70%完了してます!」
「シンジ君と三佐は!」
「作戦部執務室にいたそうです。現在、移動中!」
ガーと音を立ててドアが開き、中へウィリスが飛び込んでくる。
「使徒に動きは!」
「全くありません!MAGIは使徒が大気圏外から何らかの攻撃手段を持っている可能性について示唆しています。確率は82%。軍事衛星の偵察攻撃によれば、ATフィールドのランクは最低でもAランク。機動力はDランクと判明しています!」
「第5使徒に似た奴だとすれば、ATフィールドはSランク以上だろうな。すぐにゲイボルグを用意させろ!それから射出ポイントは三角形になるように配置。射出後、ゲイボルグを同時射撃だ」
初号機エントリープラグ内部―
(しまったなあ・・・暗殺に気を取られて、アラエルのこと説明できなかった)
シンジは自分が犯した失敗に、頭を悩ませていた。今、通信で伝えてしまっては、真実を知らない者から、無用な誤解を受けかねない。それを考えると、下手に説明もできなかった。
だがウィリスの作戦を聞いて、それも無用な心配だった、と胸を撫で下ろしていた。
アラエルの精神攻撃は強力だが、それはごく狭い範囲にしか使えない。逆にいえば、バラけていれば、一体が攻撃を受けている間に、他の二体で攻撃が可能なのである。
それならば、と考えを変更するシンジ。
「三佐、僕も賛成です。一気に片をつけましょう」
『・・・准尉も賛成か。ならば躊躇う事は無いな。5分後に作戦開始だ!』
第3新東京市―
同時に射出された3体は、即座にゲイボルグの投擲体勢に入った。同時に、アラエルが精神攻撃を開始する。対象は―弐号機。
柔らかな光が弐号機へ降り注ぐ。かつて心を侵された明日香は、咄嗟に後退したが、光からは逃げられず、苦悶しはじめた。
「きゃああああああ!」
「くっ・・・二度も同じ手に・・・」
「大丈夫か!?」
初号機から入ってくる通信。そこに映し出された表情を見た少女達は、心配させまいと強く頷いた。
「大丈夫だから・・・早く、仕留めなさいよ・・・馬鹿シンジ・・・」
「負ける・・・もんかあ・・・ママが・・・見てるんだから・・・」
ゲイボルグを支えに、体勢を維持するのがやっとの弐号機。
「綾波!奴を仕留めるぞ!」
初号機と零号機がゲイボルグの投擲体勢に入る。放たれたゲイボルグは、巨大な大爆発を引き起こした。
「奴はどうなった!」
じっとモニターを見つめるシンジ。だがアラエルは、いまだ大気圏外に浮いていた。その半身を消し飛ばされてはいたものの、コアは無事だったらしく、その身の再生を行いながら、精神攻撃を続けていた。
「明日香!すぐにいく!」
「シンジ君?」
零号機が制止する間もなく、初号機は弐号機の前に立ちはだかった。その身を盾にするかのように、両手両足を広げて立ちはだかる。漆黒の壁が光を遮断するべく現れるが、それでも光は壁を通過してきた。
「ぐああああああ・・・」
「「(馬鹿)シンジ!」」
立ち直った弐号機が、初号機を救うべくゲイボルグを投擲する。だが弐号機の一撃はATフィールドに阻まれていた。
「そんな・・・どうすれば・・・」
「そうだ!ロンギヌスの槍よ!」
明日香の叫びは、発令所のメンバーには全く分からなかった。だがレイは違った。レイは地下の巨人へ、槍を突き刺していたのだから。
「三佐!5分だけ時間を下さい!地下から切り札を用意します!」
『分かった!急げよ、准尉!日向三尉、すぐにリフトを用意しろ!』
用意されたリフトで、セントラルドグマへ急行する零号機。
「レイにばかり良い恰好はさせないわよ!覚悟はいいわね、飛鳥!」
「勿論よ!そっちこそ、逃げ出すなら今のうちよ!」
弐号機は初号機を抱きしめた。
再び、心を侵される苦しみを受ける少女達。だがその顔は苦しみながらも、誇りに充ち溢れていた。自分達は護られるだけの存在ではない。対等の存在として、一緒に戦っているのだ、という喜びが彼女達を突き動かしていた。
「しっかりしなさいよ・・・レイがロンギヌスの槍・・・持ってくるから・・・」
「シンジ、アタシ達も頑張るから・・・負けないで・・・」
「くううう・・・負ける・・・もんかあ・・・あんな世界・・・見るのは・・・嫌だ」
長い5分が経過し、零号機がロンギヌスをもって地上に戻ってくる。零号機は即座にロンギヌスを投げた。
槍は狙いどおり、アラエルに接触。一瞬にしてアラエルをコアごと粉砕した。
そして弐号機が崩れ落ちた。
発令所―
「すぐに救護班を向かわせろ!」
「はい!」
マヤから入ってきた弐号機パイロットの状況は、危険な領域を示していたのである。心音、脳波、ともに微弱。瀕死の状況であった。
「三佐、MAGIによれば、あの使徒の攻撃手段は精神を攻撃するものだと推測がでました。恐らく飛鳥は、精神を攻撃されたことにより、衰弱状態にあるものと思われます」
「そうか・・・赤木博士、あなたもラングレー特務准尉に付いていて頂けますか?適切な治療をお願いしたい」
「分かりました。すぐ向かいます」
退室するリツコ。
「初号機と零号機は自力での帰還が可能です!」
「分かった。ケージへ帰還させてくれ」
この時、ウィリスは自分がゲンドウの暗躍を失念していた事を、後悔する事になる。
ケージ―
2体のエヴァの帰還に、整備班が慌ただしく動いていた。エヴァは何の問題もなく所定の位置へ静かに収まる。
慣れた手つきで作業が進められていく。そしてエヴァのエントリープラグが外へ押し出され、中からシンジとレイが出てきた。
「大丈夫、シンジ君?」
「ああ、僕は大丈夫!それより、すぐに明日香の所へ行かないと!」
その言葉は強気に満ちていたが、体はフラフラと頼りない。
「まって、私がそちらへ行くわ。一緒にいきましょう」
シンジの目の前で、レイが専用のタラップを降りる。そしてシンジは死徒の発達した視覚で現実を把握してしまった。
レイの左胸から噴き出る鮮血。弾け飛ぶ胸部の肉辺と骨辺。それは間違いなく、心臓の組織と、肋骨であった。
そして、彼女は一瞬、宙に浮くと静かに崩れ落ちた。
「綾波―――!」
To be continued...
(2010.04.10 初版)
(あとがき)
紫雲です。今回もお読み下さり、ありがとうございます。
アラエル戦ですが、すんなり終わったようで終わっておりません(笑)明日香と飛鳥は精神攻撃の後遺症、レイは・・・読まれた通りの事になっております。
実父ゲンドウのレイに対する暗殺指令に、シンジがどう動くか、次回を楽しみにして下されば幸いです。
それでは、また次回お会いしましょう。
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