堕天使の帰還

本編

第三十二章

presented by 紫雲様


NERV本部メディカルルーム―
 「・・・ここは?」
 レイは目を覚ました。周囲を見回すと、すぐ傍にいたスミレに気がつく。
 「おはよう、レイちゃん。気分はどう?」
 「大丈夫です。でも、私、確か・・・」
 そっと左胸を見下ろすレイ。プラグスーツは心臓の真上どころか、左胸部分全てが見事に吹き飛び、その中身が外気に触れていた。
 「スミレさん、私、死んだはず・・・」
 「そうね。確かにあなたは死にかけていたわ。でもシンジがあなたを助けたのよ。あなたを私達と同じ存在にすることでね」
 ニコリと笑うスミレ。
 「ようこそ、レイちゃん。死徒の世界へ。私は死徒27祖第21位『水魔』スミレ。末弟シンジの眷属となったあなたを歓迎するわ」

NERV本部―
 シンジはケージから移動しようとしていた。レイ暗殺の実行犯はとっくに逃げ出しているから、追いかける事に意味は無い。それよりも首謀者であるゲンドウの方が気になっていた。
 すでに人のふりを止めたシンジに声をかけられる者はいなかった。誰もが遠巻きに、シンジを見ている。
 そこへカツン、カツン、というヒールの音が聞こえてきた。
 「シンジ君、副司令は地下―セントラルドグマにいるはずよ。3人目を確保するためにね」
 「そうですか・・・ありがとうございます・・・」
 「副司令が怪しい行動を取っていたのは分かっていた。でもレイの暗殺を止められなかった。謝っても許されることじゃないわね」
 「・・・それは僕も同じです、リツコさん。綾波は助かりましたが、その落とし前は僕がつけてきます。リツコさんはMAGIで怪しい行動を取る者を止めてください。意味は分りますね?」
 リツコを一瞥すらせずに、シンジは歩き出した。その歩みを止める事は、誰にもできなかった。

 廊下を歩き続けるシンジ。途中見つけた端末にエーテライトでアクセスすると、ゲンドウは確かにセントラルドグマにいた。
 セントラルドグマの出入り口、全てにロックを施し、逃げ道を奪う。
 「ちょうどいい、自分の愚かさをその眼に焼き付けてもらおうか・・・発令所、聞こえますね?」
 「き、聞こえるわ。シ、シンジ君で、い、いいのよね?」
 恐怖に震えるマヤ。だがシンジは無造作に声をかけた。
 「音声付で、僕の行動全てを最下層のセントラルドグマにいる、あの男に見せつけてやってください。奴には死すら生ぬるい。絶望を味あわせてやる」
 それだけ告げると、シンジは機械の目と耳が自分に向いた事を確認したうえで、エーテライトを引き抜いた。
 「少し、昔話をしてあげるよ、ゲンドウ。かつて『神』という名の、世界の犠牲にされた子供の話だ。その子供は、親に捨てられ、世界から拒絶され、孤独の中で生きてきた。名は碇シンジ。その子供は、自分を捨てた父親が、自分を必要としてくれた事に喜びを覚え、エヴァに乗り込み、世界の敵と戦った」
 歩き続けるシンジの前に、諜報部員があらわれ、銃弾の雨を降らせる。だが全て漆黒の壁に遮られ、掠り傷一つつけられない。
 硬直する襲撃者を、ティルフィングで無造作に首を刎ねていく。
 「その子供は知らなかった。父親が自分を道具としてしか見ていなかった事に。きっと自分を愛してくれる、その願いが裏切られていた事に。運命のあの日、3rdインパクトによって、自分以外の全てが死に絶えた、孤独な世界に放り込まれるまで愚かな事に全く気付いていなかった。気づいたのは第18使徒リリンとして全ての知識を理解した後のことだった」
 再び近づいてくる襲撃者の足音。今度は銃弾ではなく手榴弾であった。爆発音が複数鳴り響くが、それでも少年の漆黒の壁を食い破ることは叶わない。
 時間稼ぎにすらならず、魔剣の露と消える襲撃者達、中には逃走を図る者もいたが、即座にシンジから放たれた虚無の力をうけ、悲鳴すら上げられずに崩れ落ちた。
 「彼は願った。全てをやり直す事を。今度こそインパクトを防ぎ、お前やSEELEの思惑を打ち破る、と。2人の女の子を守りぬく、と。そして時を遡った」
 エレベーターに乗り込むシンジ。最下層への直行エレベーターは、静かに、だが高速で移動する。
 「遡った先は、今から4年前。今にして思えば、赤面するよ。10歳の頃の僕は、お前に心配をかけさせれば、全てを放り出して自分のもとに来てくれるに違いない、そんな妄想を持っていたんだからね。でも全てを知った僕は、そんな事は考えなかった」
 チンと音を立ててドアが開く。同時に苛烈なまでの銃弾の嵐が飛び込んできた。
 複数のマシンガンが、鋼鉄の嵐を少年に叩きつける。その嵐はあまりにも過密で、どこにも逃げ場は無い。
 やがて弾が尽きたのか、カチカチという音だけが虚しく響いていた。
 硝煙がゆっくりと消えていく。そこにあったのは漆黒の壁。
 「ば、化け物だ!」
 「そう、僕は力を求めた。罪を背負い、護りぬくための力を。それがこの力」
 シンジの全身に走る、緑色の雷光―
 「高速分割思考完全開放!」
 両手と翼が一瞬だけ消える。その直後、刃と翼によって、同数の命をこの世から消し去った。
 「虚数魔術展開!収束開始!全てを食らい尽くせ!」
 次に放たれたのは虚無の力。無数の虚無の弾丸は、エレベーターの前に集結していた、残りの諜報部員全ての命を纏めて奪い去る。
 「それなのに、お前は愚行を繰り返すどころか、綾波を殺し、3人目に切り替えようとした。その報いは受けてもらうぞ」
 シンジの振りかぶった魔剣が、特殊金属で製作されたセントラルドグマの扉を、真っ二つに切り裂いた。

 「日向三尉!状況は!」
 「は、報告します!こちらと戦っていた諜報部員は殲滅しました。こちらの被害は死者が5、負傷者が12です!負傷者については、報告前に医療班へ引き渡しました!」
 「分かった。青葉三尉、総務部の状況は!」
 「冬月総務部長が、総務部職員の身の安全と引き換えに降服すると連絡してきましたので、それを受諾。現在は隠した武装の有無について調査をしています」
 「分かった。御苦労だったな、二人とも。少し休んでいてくれ」
 ウィリスは大きなため息をついた。
 脇に置かれたモニターからは、シンジの独白が続いている。それを聞いているのはウィリスだけではない。戦闘が終わり、一息ついた職員達も、固唾を呑んで少年の言動を見守っていた。
 本来ならば、シンジ=使徒である時点で、彼らもシンジを殺さなければならない。だがこれまでシンジが取ってきた行動、未来から帰還して3rdインパクトを阻止するために動いてきた、というシンジの言い分が職員達の中から戦意を奪い去っていた。
 「お前達も御苦労だったな。体を休めながらで構わない、准尉の、いやシンジ君の行動を見た上で判断してもらいたい。このままNERVで戦い続けるかどうかを、な」
 指揮官の言葉に、彼らは頷いた。

NERV本部セントラルドグマ―
 水槽に浮かぶ、無数の綾波レイ。その光景は多くの職員の言葉を失わせていた。
 その前にひとり立つ、男がいた。
 「シンジ・・・」
 「残念だったね、お前の目的は決して叶わない。弐号機が到着したあの日の夜、オリジナル・アダムを殺しておいたから」
 怒りの形相を浮かべるゲンドウ。
 「お前の仕業か!シンジ!そのせいで、俺はユイに会えなくなった!」
 「その初号機に眠っている母さんからの伝言だ。碇ユイは死んだ、だから、サヨナラ。そう伝えてくれと頼まれた。初号機に取り込まれた時にね」
 その言葉が意味するものは、ユイに帰還の意思が無い事を意味する。
 「ウソをつくな!ユイが、ユイが俺を捨てる訳がない!」
 「そう思いたいなら思えばいいさ。どちらにしても、僕がお前に落とし前をつけることにかわりはないのだから」
 ゆっくりと近づくシンジ。ゲンドウが咄嗟に銃を取り出し、発砲する。だが弾丸は全てティルフィングによって受け止められていた。
 カランカランと音を立てて床に落ちる弾丸。
 「ゲンドウ、綾波を・・・僕のただ一人の妹を殺そうとしたお前には死すら生ぬるい。お前には命尽きるまで苦しみ続けてもらうぞ」
 「妹・・・だと?」
 「当然だ。綾波は母さんのクローンなんかじゃない。考えてもみろ、クローン人間という存在はあくまでも劣化した人間にすぎない。新たな要素を備えて生まれてきたりはしない。髪の毛の色が蒼銀なんていう時点で、綾波はクローンではないと気づくべきだったんだ」
 シンジが足音も立てずにゲンドウに接近する。
「初号機へ取り込まれた母さんが産み落とした1つの命。初号機は碇ユイであり、第2使徒リリスでもある。だから初号機の娘である綾波は、碇ユイの息子である僕の妹だ。それをお前は勘違いした。初号機から産み落とされた綾波を調べ、母さんの遺伝子が混じっているから、という理由だけで、サルベージで帰還に失敗した母さんのなれの果て―つまり出来損ないのクローンだと誤解したんだ」
 その言葉を最後に、ゲンドウの意識は闇の中へと落ちた。

発令所―
 シンジの独白に、発令所は凍りついていた。誰一人として声を上げられる者はいない。
 レイの隠された出生。シンジの正体。そしてゲンドウの思惑。全てが大きすぎる衝撃であった。
 『発令所、聞こえますか?』
 「う、うん、聞こえてるわよ」
 『この外道を営倉に放り込んできます。適当なところを開けておいてください』
 「わ、わかったわ」
 肩に担ぎあげられるゲンドウは、シンジの当て身で完全に気を失っていた。
 「ま、まって!シンジ君!」
 『何か用ですか?マヤさん』
 「ごめん、少しだけ時間が欲しいの。私はシンジ君が戦ってきた姿を見てきた。レイちゃんのために初号機へ乗り込む事を決めた時から、今に至るまでずっと見てきた。正直な所、使徒であるシンジ君を恐ろしいと思う気持ちはとても強い。本当は、今にも逃げ出したいぐらい体が震えてる。でもお願いだから時間をちょうだい。また元通り、シンジ君と接したいから・・・ダメかしら?」
 監視カメラを見つめるシンジは、キョトンとした表情を浮かべていた。そこにいたのはただの少年であり、第18使徒として凶悪なまでの戦闘力を曝け出した悪魔ではない。
 『はは、そうくるとは思わなかったな・・・てっきり嫌われるとばかり思ってたんだけどね・・・良いですよ。でも条件付きです』
 「どんな条件?何でも飲むわ!」
 『レイにも優しく接してあげてください。レイは死んでいません。僕の眷属にすることで、命を繋ぎました。僕の条件はそれだけです』
 レイが生きている。
 その情報は発令所はおろか、本部全体を喜びで爆発させた。



To be continued...
(2010.04.17 初版)


(あとがき)

 紫雲です。今回もお読みくださり、ありがとうございます。
 今回はシンジとレイの秘密が暴露される話として考えていました。
 でもそれだけではつまらないので、何かインパクトが欲しいなあ・・・と考えた結果が先週の話から続いているレイの暗殺でした。
 今回は完全に『ヒロイン・レイ』という感じです。それにしても、シンジ君、切れすぎ(笑)
 それとレイですが、堕天使の帰還においてはクローンではなく、ユイ=初号機=リリスの実の娘であり、ゲンドウ視点からは『ユイの出来損ない』として見られているという設定にしています。

 次回ですが、まずはアラエル戦の後日談。対SEELE戦に向けての準備となるお話と、シンジに対する周囲の大人達を、子供の視点から見た話をメインとしたお話です。2話に分けて書きます。
 裏タイトルはそれぞれ『反撃の烽火』『友達』となります。
 それでは、また次回もよろしくお願いいたします。



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