第三十三章
presented by 紫雲様
シンジによる真実の暴露は、NERVに激震をもたらした。同時に、この時に最も活躍したのが加持とリツコである。
NERVは規模の大きい組織であるが、歴史は浅く、仲が悪い組織はかなりの数に上る。加えてエヴァというオーバーテクノロジーを持つ以上、スパイを送り込もうとする組織は山ほどある。
シンジの暴走による真実は、当然、多くの潜りこんだスパイが見聞きする所となり、彼らは当然のように所属組織へ情報を流そうとし―そして失敗した。
リツコはMAGIを使い、この騒動中に外へ送られようとしていた全ての情報を、例外なくカットした。さらに送ろうとした者全てを、監査部のメンバーを率いた加持が捕まえたのである。
特に用心深い者達―本来の彼らなら即座に行動するなどあり得ない事だったが、それを行動に移させてしまうほどに、大きな衝撃だった―はMAGIの性能を警戒し、通信ではなく自分の足で本部から出て行こうとした者もいたが、MAGIの監視網までは掻い潜る事が出来ず、結局は捕縛されていた。
中には家に情報を送ろうとした不届き者もいたが、大半はスパイであり、そのまま裁きを待つことになった。
レイ暗殺の首謀者であり、NERVの裏切り者でもあるゲンドウは、現在は営倉に閉じ込められている。中にはゲンドウの即日処刑を求める者もいたが、それはシンジが止めていた。
『僕が死よりも辛い苦しみを味あわせてやる為に生け捕りしたのを、お前如きが勝手に殺すな』
狂気のスイッチが入ったままのシンジに『命令』され、彼らは一人の例外もなく静まった。ゲンドウの最大の被害者であるのはレイとシンジ。そのシンジに優先権を主張されてしまっては、何の権利も主張できない。何より、彼らは使徒としての実力を見せつけたシンジに恐怖心を抱いてしまった。
冬月は総務部職員の助命と引き換えに降服していた事もあり、比較的温情のある措置が取られていた。ゲンドウの片腕である事は間違いないが、日頃の真面目な勤務態度や、職員に対する温和な接し方、なにより老齢である事が加味され、営倉に閉じ込められてはいるが、それなりに待遇は保障されていた。
シンジも冬月にはやってもらう事があると言い、健康面の管理だけは念を入れるように保安部へ要求していた。
騒動の翌日―
「おはよう、レイ。体の調子はどう?」
エプロンをつけて入ってきたシンジに起こされたレイは、黙って何も言わずにシンジへしがみついた。
「ちょ、ちょっと、レイ!」
「シンジ君・・・夢じゃないよね・・・私、生きてるよね・・・」
「お兄ちゃん、だろ?レイ」
ポンポンと背中を叩く。
「朝御飯、食べよう。顔、洗っておいで」
レイは、コクンと頷き、廊下へと出て行った。
台所へ戻ると、そこには珍しく、スミレが起きてきていた。
「姉さん?どうしたの?」
「少し、レイちゃんのことが気になって・・・シンジは例外だけど、レイちゃん、血を吸う事に耐えられるかな、って思ってね」
シンジは第18使徒リリン。その体内にはS2機関が宿っている。無限のエネルギーを供給される以上、シンジは吸血という行為に頼らずとも、その生命活動を維持できる。
「・・・ちゃんと説明した上で、僕の血を吸って貰うつもりだよ。それがレイを助けた責任であり、兄としての義務だから」
「そう、それならいいわ。頑張りなさい、シンジ」
足早に洗面所から戻ってくるレイ。
朝食後、シンジから説明を受けたレイは、やはり吸血に対して嫌悪感を示した。だがシンジの説得には耳を貸し、妥協点として辛くなったらシンジの血を吸う、という事で落ち着く事になった。
NERV本部個人用病室―
病室に響くノックの音。それを聞いた少女は、うつむき加減だった顔をハッと上げた。
「おはよう、調子はどう?」
入ってきたのはシンジである。手には手製のお菓子とお茶の入った水筒を手にしていた。
「シンジ・・・」
「今は飛鳥なのか、明日香は眠ってるの?」
横に首を振ると、少女は決定的な言葉を告げた。
「私は飛鳥であり明日香。2人の記憶と心を受け継いだアスカなの。シンジ、あなたが知っている2人は、もういないの・・・」
シンジはその言葉を聞いて理解してしまった。アラエルの精神攻撃は、2人の少女を1人に統合してしまったのだと言う事に。
アラエル戦、弐号機エントリープラグ内部―
「負けて・・・たまる・・・もん・・・かあ・・・!」
アラエルの精神攻撃は、容赦なく少女の心を切り裂いていた。そこには一片の容赦も無い。
「シンジも・・・がんばって・・・るんだ・・・」
両目を閉じ、両手を握りしめ、歯を食いしばり、レイがロンギヌスの槍を持ってくる、その時をひたすらに待ち続ける。
もしこの苦痛から解放されたいのであれば、初号機から手を離せば良い。だが、それはできなかった。
彼女たちのプライド―自分達は守られるだけの存在じゃない―があったから。
「明日香、がんばんなさいよ・・・明日香?」
「・・・チッ、アタシも・・・やきがまわった・・・もんよね・・・この程度の・・・事を考えて・・・おかなかったなんて・・・」
徐々に小さくなる明日香の声に、飛鳥の脳裏に閃くものがあった。
「アンタ、まさか!」
「・・・アイツには・・・ごめん・・・そう伝えて・・・」
「ふざけんじゃないわよ!」
だが飛鳥にも、今の明日香を救う手だては存在しない。
「アタシの・・・存在自体が・・・イレギュラー・・・借り物の体・・・こればかりは仕方ない・・・」
「仕方なくなんてない!」
「・・・アタシだって・・・死にたくなんか・・・ない・・・わよ・・・」
右目を僅かに開き、モニターに映るアラエルを睨みつける。もし視線で使徒を殺せたら良いのに、と。
必死に打開策を考える飛鳥。明日香の残り時間は、もう残されてはいない。
「明日香!」
「・・・」
「アタシと・・・一つになろう・・・飛鳥と明日香ではなく・・・一人のアスカになろう・・・それしかないわ」
明日香には、もう言葉を紡ぐ力も残されていなかった。微かに唇が動くだけ。だがそれでも、飛鳥には明日香の言いたい事が理解できた。
「気にしなくて・・・いいわよ・・・きっと大丈夫・・・アタシもアンタも・・・ママの子供・・・なんだからさ・・・ママも・・・笑って・・・許してくれるよ・・・」
「・・・」
「シンジだって・・・受け入れてくれる・・・だから・・・諦めるな・・・ママの娘はこんなに強いって・・・ママに見せてあげるんだ・・・」
明日香と飛鳥の魂が溶け合っていく。
飛鳥は、明日香のシンジに対する愛憎入り混じった記憶を見た。
明日香は、飛鳥のシンジに対する憧れと、明日香への嫉妬の記憶を見た。
「アタシ達・・・ほんと・・・似てるわ・・・呆れるほどに」
「・・・」
「アンタもそう思うんだ・・・改めて・・・よろしくね・・・もう一人の・・・アタシ」
2人の魂が1つになったのは、レイがロンギヌスの槍でアラエルを貫いたのと、ほぼ同じタイミングであった。
お菓子と水筒を置くと、シンジは俯いたまま震えている少女の手を握った。
「大丈夫、僕はアスカを嫌ったりしない。確かに君は飛鳥ではない。勿論、明日香でもない。でも君の中には2人が息づいているんだ。だから、心配しなくていいよ」
コクンと頷くアスカ。そんな彼女にお菓子をそっと差し出す。
「今朝、焼いたばかりなんだ、一緒に食べよう」
その言葉に、アスカは初めて笑顔を見せた。
SEELE―
「では、問題は解決した、と言うのだな?」
「はい、議長の言う通りです。六分儀はテロに巻き込まれて現在は療養中です。赤木博士も一カ月は絶対安静に努めるよう厳命しております」
「では、第15使徒、アラエルの戦闘終了後に、使徒出現を知らせる警報が鳴った。これについては、どのように説明する気かね?」
「単なる誤報です。それ以上も、それ以下もありません」
「・・・そうか、ならばいい。残る使徒は2体、確実な遂行を頼むぞ」
消えていくモノリスの群れ。やがて暗かった室内に、明るさが戻ってきた。
「これで・・・良かったのかね、シンジ君。キール議長を騙せたとは思えないが」
「構いませんよ。もし騙せたのなら、こんなに嬉しい事はないですけどね。とりあえず冬月さんには、委員会への代理出席を今後もお願いします」
「ああ、構わんよ。では、私は営倉へ戻らせてもらうよ」
冬月をじっと見送るシンジ。その視線に気づいたのか、冬月は歩みを止めて振り返った。
「一つ、教えてくれ。どうして私を生かしたのだ?君が気づいていない筈はない。委員会への報告は、赤木博士でも代行できるだろうに」
「・・・少なくとも、温情でない事だけは保証しますよ」
「そうか・・・」
シンジの顔は、終始、暗いままであった。
NERV本部発令所―
シンジが姿を現した瞬間、その場にいた者全てに緊張が走った。比較的緊張の度合いの少ないウィリスや加持、リツコや、シンジが使徒である事を知り複雑な表情を浮かべるミサトもいるが、緊張が0という人物は、この場にはさすがにいなかかった。
ウィリスを通じて集まってもらった面々―栗林、ウィリス、加持、リツコ、ミサト、青葉、日向、マヤ―をゆっくりと見回すシンジ。そしてペコッと頭を下げた。
「今まで騙していて、すいませんでした」
この言葉には意表を突かれたのか、誰一人として反応することができない。
「ただ、僕は護りたかった。それだけです。今までも、そしてこれからも」
「・・・安心しろ、シンジ君。誰も君の事を疑ったりはしていない。さすがに緊張はしているし、怖がっている者もいるだろうが、それでも疑う事だけはしていないよ」
「加持さん・・・」
「俺は知っている。君が3rdインパクトを防ぐために、第1使徒アダムを俺の目の前で殺した事を。だから、俺は信じているんだよ、君の事をね」
はい、と頷くシンジ。外見は14歳だが、中身は18歳。それでもシンジが背負う物は18歳の少年には、あまりにも重すぎる。その負担を少しでも軽くしてやりたいと思い、加持はシンジを信用していると敢えて言葉に出していた。
「それより、シンジ君が俺達をわざわざ集めたのには、理由があるんだろう?」
「はい。残る使徒は2体。その後に行われる戦いについて、準備を始めたい。今日集まってもらった理由は、その説明です」
シンジからある程度事情は聞いている3人は、すぐにそれが意味するところに気がついた。
「シンジ君、それはどういう意味なの?使徒を全滅させれば、問題は解決でしょ?」
「違います。残り2体の使徒を倒した後、今度は人間同士で殺し合いが始まります。僕の時は戦自の大部隊と量産型エヴァが9機襲撃してきました。NERVの職員は投降を許されず、一切の例外なく皆殺しにされました」
「そんな・・・なんで・・・」
ペタンと床へ座りこむマヤを、青葉が支える。
「僕は、今度こそ、あんな出来事を繰り返したくはない。そのために、みんなの協力が必要なんです。生き延びるために、力を貸してください」
協力を拒む者は、一人としていなかった。
それから8人が起こした行動は、迅速であった。
「子供だけに責任を負わせる訳にはいかん」
栗林は政治・外交ルートから、日本政府と戦自の行動の監視を始めた。
「俺には裏ルートがあるからな。色々調べてくるよ」
加持はゼーレの調査のため、行動を開始した。
「まさか、こんな所で役に立つとは・・・」
ウィリスは対人防御能力の見直しを始め、それが非力過ぎると悟ると、ある人物にコンタクトを取り、協力の約束を取り付けた。
「私の前で皆殺しなんてゴメンよ!」
「僕達にもできる事がある」
ミサトと日向は実際に攻めてきた時の事を想定し、ブリーフィングルームで作戦部職員とともに迎撃策を練っている。
「666プロテクトに変わる防御策が必要ね」
「5台のMAGI同時ハッキングを凌ぐ。やりがいがありますね先輩」
リツコとマヤは、MAGIの防御性能の底上げにかかりきりとなった。その際、赤木ナオコの残したMAGIの裏コードを見たマヤが、歓声を上げる事になる。
「冬月部長の手伝いでできたコネ、フルに使ってみるさ」
青葉は世界各地の支部で建造中の量産型エヴァの完成状況についての情報を集めた。
8人は悲劇を防ぐため、それぞれが出来る事に力を注いだ。
その最中に、外部からも協力者が現れた。
「孫を死なせてたまるか!せめて出来る限りの事はしてやる!」
日本経済界の重鎮、碇源一郎が秘密裏にコンタクトを取ってきた。
「息子が奮闘しているのだ、親がでないでどうする」
ヴァン=フェムもまた、ウィリスや栗林と日々、密談をするようになった。
「若いの、お前はそれなりにやるようだが、欧米なら儂の庭じゃ。力を貸そう」
ドイツに降り立った加持は、トラフィムの全面的な支援を受けた。
「私も力を貸しましょう。ハッキングならお手の物です」
エーテライトを使うシオンが、青葉のサポートに入った。
「子供達は私が面倒をみます」
「そうだな、護衛は俺達の専門だ」
スミレと志貴は、レイとアスカの護衛を率先して受け持ちつつ、日々、戦闘訓練の相手を務めている。
毎日が目まぐるしく進む中、シンジは義務感ではなく、希望を持って未来を見据えられるようになった。
To be continued...
(2010.04.26 初版)
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